平和の代償
やる気があるのなら行動しろ、行動しないということはやる気がないということだ。
兎太郎の言葉に従い、蛇太郎は行動していた。
おそらく最後の作戦になるであろう決戦に、しっかりと参加表明したのである。
わずかな充実感を得つつ、蛇太郎はナイルの内部を歩いていた。
非戦闘車両は整備が放置されており、よって逆説的に戦闘員たちはそこで休憩するようになっている。
だからこそ半分必然的に、蛇太郎は兎太郎とその仲間に遭遇していた。
「お、まだ休んでなかったのか」
「は、はい……一応ですが、E.O.Sの管理者として、狐太郎さんに挨拶をしてきました。挨拶をして……よかったと思っています」
「お前の事件についても聞いてたらしいからな。そりゃあお前を参加させたくはないだろうよ」
冥王軍と合流した際に、兎太郎もおおまかを知ることになった。
蛇太郎としても複雑ではあったが、あえて隠す気ももはやない。
なお、兎太郎の仲間は『総人口の百倍以上の魂が解放されたってなに!?』とドン引きした。
そりゃあ傷つくし、精神的に不安定にもなる。相当ろくでもない事件だったのだろうと察してしまう。牛太郎たちが口をつぐむのも当然だった。
「お前が参加表明して、少しは安心しただろうぜ」
「……はい」
「俺も狐太郎さんと話をさせてもらったが、正直に言って好印象だったな。こっちの話を真剣に聞いてくれようとしていたから楽しく話ができたぜ」
「……あの、実際のところは?」
「ご主人様は楽しそうでした」
「やっぱり……」
兎太郎が『楽しく話ができた』というからには、さぞ迷惑をかけたのだろう。
その一方で、彼が高く評価しているのも本当だろう。
「お前さ、あの人の弟子かなんかになった方がいいぜ。お前と話しているとスゲーイライラするからさ、そこをもっと治す努力をしろよ。前よりましになったけども、まだまだ人並み以下だぜ?」
(いろいろ言いたいことはあるけども、これだけ言われても怒らない俺は大したものなのだと思う……)
聞いている全員が思考停止するほど酷い言葉だった。
人間の可能性は下側にも無限大である。人間の悪口に限界はないのだ。
何が酷いって、全部本心である。詩的な表現に逃げない直球勝負であった。
「ん、お前たち休まないのか? 今のお前たちは純粋に戦闘員なんだから、休むのも仕事の内だぞ」
「これから寝るところですよ。ただ狐太郎さんに会って来たので、そのことをチョイと話していました」
「ずいぶんと上機嫌そうだな。俺も話してきたが、お前が嫌うタイプでもなかったから納得だ」
ナイルの主である狼太郎も彼らに合流していた。
彼女も部下と共に休むつもりであるらしく、すっかりオフモードである。
「俺もメロメロにされちまったぜ! ありゃあいい男だ、婚約者もぞっこんだろうよ!」
「あ、婚約者いたんですか。そりゃそうでしょうねえ」
「婚約者がいるんだったらしょうがねえよなあ、諦めるしかねえよなあ。で、その点でお前たちはフリーなわけだが……俺と一緒に休憩するか?!」
「いえ、睡眠時間を確保させていただきます」
(全力で拒絶している……)
どうやら狐太郎に接触したことでよくないスイッチも入ってしまったらしい。
発情した顔の狼太郎に対して、兎太郎は全力で拒否の姿勢を見せている。
(君も知っての通り、彼女は昔からああだぞ)
(ええ、知ってます……)
E.O.Sの中にいるアヴェンジャーから、まったく新鮮味のない情報がもたらされた。
彼からすればループのさなかでずっと見ていたので、つい昨日のように思い出せてしまうのだろう。
「ところで、俺たちの付き合いも長い。楽園に帰った後も、俺たちと一緒に旅をしないか? お前たちの時代からもう百年以上経っているんだ、行く当てもないだろう? それなら……」
「なにがあっても絶対に嫌です、お断りします」
「そこまで否定しなくてもいいだろ!? 流石に泣くぞ!?」
「俺が泣きそうです、勘弁してください」
言い争う二人の英雄を見て、蛇太郎はつくづく思う。
この二人に出会って、自分は幸運だったと。
(俺も、狸太郎君の気持ちが少しわかるんだ……)
何もかもすべて符合するわけではない、それはわかっている。
しかし彼の境遇を知っていれば、彼が『自分に都合のいい展開』を憎む気持ちが分かる。
(狸太郎君にとって、狐太郎さんは理想的すぎる人なんだろう……)
蛇太郎は妖精マロンに騙されていた。
都合のいい仲間を用意され、攻略情報通りに戦闘させられ、半分無自覚にコントロールされていた。
半分無自覚、というのが厄介だった。半分は自覚的だったのだ。
だからこそ仮に『お前は奴に操られている』と言われても悪意を持った言い回しだなとしか思わない。
奴はお前に我らを始末させた後殺すつもりだ、それを繰り返してきたのだ。
などと説明されても信じなかっただろう。
蛇太郎は、完璧に騙されていた。
そしてマロンは膨大な数の人間を騙し続けていた。
だからこそ蛇太郎は疑心暗鬼に陥ることがある。
都合のいい展開があると、これは操作されているのではないかと疑ってしまう。
それと、似たようなものだ。
彼にとって現在の状況、それも彼が触れる情報の範囲で、何もかもが……都合が良すぎる。
疑心暗鬼よりなお質が悪い。反吐がでるほど不愉快に違いない。
※
八人目の英雄、芥子牛太郎、五十八四々、長月蓮華、血潮鳩、歯車猫目。そして八番目のラスボス、ノゾミ。
彼らもまた狐太郎のいる部屋に訪れていた。
楽園からランダムワープをし、離れ離れになっていた仲間たちはついに合流を果たしたのである。
「ノゾミちゃんがお世話になっていたということで……挨拶に来ました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、気にしないでください。私は特に何もしていませんよ、究極ちゃんや麒麟君たちに言ってあげてください」
「そちらはもう挨拶してきましたので……」
平静を装って話をしているが、狐太郎の視線は時折四体の妖精に向いている。
もちろんそれ自体は問題ではないのだが、どうしても好奇心が働いているため、後ろめたさも生じている。
小人に羽が生えているようなタイプではなく、ぬいぐるみのような妖精が四体。
狐太郎の認識ではマロンによく似たタイプなのだが、楽園では珍しくないらしい。
そのうえで……彼女らが元人間である、というのが狐太郎としては意味が深いのだ。
(彼女らは元々人間……いや、この表現だと今は人間じゃないみたいと言うか……いや今は人間じゃないんだけども……すげえ不憫だな)
ノゾミ曰く、うっかり改造ポッドに入れてしまったので、今の姿になったらしい。
物凄くかわいそうである。
(俺はプレイしていないんだけども、8ってこういうシナリオなのか? 原作でも四人の女の子が妖精に改造されているのか? プレイの幅が狭そうだな……)
狐太郎は初代から7まで遊んでいたので、8以降のタイトルには触れてもいない。
5の主人公を前にすると『4のラスボスだったカセイ兵器を、5だと最終決戦でつかえるんだよなあ』とか考えていたし……。
6の主人公を前にすると『5で好評だったカセイ兵器のイベントバトルがなかったのは不評だったな』とかも思い出していた。
そういう思い入れもないので、いきなりネタバレを食らった気分である。つまり、ただただ『へー』であった。
(ねえねえ、ルリちゃん。あの子、人間だったけど改造されてああなっちゃったんだよね? 凄いかわいそう……)
(そうよねえ……あんな変な体にされてかわいそうよねえ)
(あれも冒涜教団がやった……じゃないのよね。アレは事故なのよね……)
一方で三体の昏は、ひたすら憐れんでいた。
本来の自分と全然違う姿にされた、というのは昏の価値観からしても嫌なことであるらしい。
彼女らはベースが人間なので、人間と全然違う姿であることにも抵抗がある模様。
「それでですね! そちらの三体にお話があるのです!」
ちょっと興奮気味のノゾミが、三体の昏に近づいた。
自分たちが話しかけられると思っていなかったので、三体はびっくりして固まる。
「な、なにかしら?」
「皆さんは行く当てがないのですよね? それなら私たちと一緒に、楽園で暮らしませんか!?」
「え、えええ~~!?」
「そんなこと急に言われても~~!」
絶望のモンスターである彼女は、困っている時にたくさんの人から助けてもらえた。
生まれこそ不幸な彼女だが、出会いに関してはとても幸運だった。最高の引きを続けたと言っていい。
そうでなければ再会することは叶わなかっただろう。
だからこそ、彼女は他者に対してもそう振る舞いたかった。
戦う意欲がなく、行く当てのない最強種三体。
周囲からすれば危険分子で、平穏があるとは思えない。
牛太郎たちとも相談して、自分達が後ろ盾になろうとしていた。
「ど、どうしようっか、ネプちゃん、ルリちゃん」
「どうもこうも……土台無理な話でしょ?」
「そうですわねえ。私たちも一応は瘴気世界の昏ですから、瘴気がないと生きていけないのです」
言われてみれば、まったくその通りであった。
瘴気世界特有のモンスターである彼女らは、その性質上瘴気世界の魔境以外では長時間の生存が不可能である。
瘴気を多分に含む食物を摂取すれば問題ないが、その生産にはやはり瘴気が必要なわけで……。
結局最初から現実味がなかった。
「そういえばそうだったね。昏の昏……ややこしいな。えっと、祀の昏が壊滅したのはそれが原因だったしね」
婚の宝で生み出されたモンスターは昏と呼ばれている。
これについては元々の製造者である祀や先代魔王が決めていたので、正式名称と言っていい。
彼らの視点からすれば、昏というのは種族名であり組織名でもある。
本来自分たちの部下以外の昏などいないのだから、組織名と種族名が一緒でもまったく問題なかった。
しかし鴨太郎や冒涜教団が勝手に生産したため、少々ややこしいことになっている。
とはいえ、それを言い出したらAランク上位とかAランク下位とかのほうが、同じ意味が続いているのでややこしいともいえるのだが。
AAAランクとかA++ランクとかの方がよかったのかもしれない。
「今の昏の子たちは、祭の宝で集めていた瘴気を補給してもらっているそうだけど……君たちは平気なの?」
「私はストーンバルーンなので、元々瘴気の消費が少ないのです。だからまだまだ平気なのですわ」
「私はマリンナインだから瘴気を大量に体内へ取り込めます。なのでコーラルリーフと同じで、ちょっとぐらいは瘴気が無くてもしばらくは平気なのです」
「私はネプちゃんの中にいるから平気だよっ」
(ああ、そういう理由なのか……)
何事にも例外はつきものだ。
フェニックスは瘴気を循環させる機能があるため、一旦瘴気を補充すれば永続的に供給が不要となる。
その性質を受け継いでいるからこそ、スザクは冒涜教団の手から独力で離脱できたのだ。
同じくストーンバルーンとマリンナインは、それぞれ瘴気の枯渇に強い。
永続とはいかないが、他の種ほど致命的にならないのだ。
とはいえ、それでも暮らすのなら魔境がいいのだろう。
「楽園での暮らしは魅力的ですが、永住するとなると問題があります。なのでお断りさせていただきますね」
「そうですか……残念です」
(ん? じゃあこの子たちは最初から瘴気世界で暮らすつもりで……瘴気世界に顔が利くのは俺で……そうか、俺が面倒を見るってそういうことか……)
ノゾミたちは面倒を見れないので、狐太郎が最後まで面倒を見ることになるらしい。
狐太郎は今更すぎる現実に打ちのめされていた。
「うぅ……本当は、皆さんとも仲良くなりたかったですけど、皆さんがそれでいいのなら……」
「残念だったね、ノゾミちゃん……」
「ちゃんとした理由があるならしょうがないよ、諦めよ?」
「私たちがいるじゃねえか、なあ?」
「そんなに寂しい顔をしないでね」
落ち込んでいるノゾミを、四体の妖精が慰めている。
なんとも心温まる光景だが、狐太郎と三体の昏はわずかな異物に気付いてしまっていた。
「ああ~~……イイなあ……」
(ガチだ……ガチがいる……)
牛太郎がよこしまな視線で四体の妖精を見ている。
人間の持つ無限の可能性を下の方向に開拓している姿は、まさに英雄。
(俺の周りにいなかったパターンだ……ダメ人間のバリエーションって無限大だな……)
(うわあ……キモイ……キモいよお……)
(逃げて、逃げて!)
(通報したほうがいいんじゃないの!?)
人の心は、拳よりも強い。
牛太郎から垣間見える邪念は、戦わずして昏たちを退けさせていた。
ドン引きさせていたとも言う。
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