ハッピーエンドは終わらせない
大統領であれ社長であれ家長であれ、支持率が高ければ無茶が許される(成功とイコールではない)。
現在狐太郎の判断に周囲の者が従っているのは、狐太郎の提案が割と普通でまともだからである。
一旦状況を確認しよう、という提案も優秀な人材たちは『……せやな』と受け入れていた。
調べて見たら案の定である。ぶっ壊れる直前とは言わないまでも、フレーム交換が必要な段階に達していた。
幸か不幸か、敗者の世界には巨大ユウセイ兵器の製造工場があまたある。これを用いれば修理も可能だろう。
問題なのは、時間がかかるということだった。
有志たちは全員がそろって、議論を紛糾させることになる。
「いいか! 相手は悪役気取りの大悪党だ! だからこそ次の一手は読めるが、放置していれば次に何をするのかわからんぞ! それこそ、楽園へ直接攻撃を仕掛けるやもしれぬ!」
「奴の行動方針がどうであれ、早急な対応が必要であることはわかっている。だが……ナイルもウィッシュも、おそらくはフランケンシュタインも短時間での修理は不可能だ!」
「やつらが製造した巨大ユウセイ兵器も、すべて艦長承認済みだ。コンピューターを根こそぎ交換するとなれば、それなりに時間がかかるぞ」
「だから! キンセイ兵器だけでも先行、同行しようというのだ!」
「バカを言うな! 無駄死には協力も賛成もできん! どうしても必要ならまだしも、十分な戦力が揃っているのだぞ!? どう考えても上は反対する! どう考えても無意味だ!」
ウィッシュの会議室では、議論が大いに盛り上がっていた。
なんとかして同行したい気持ちは皆一緒だが『指をくわえて見送るくらいなら全滅したほうがマシだ』という過激派と『集団自殺に周囲を巻き込むな』という良識派で意見が分かれている。
巨大兵器が一体でも動かせればこんなことにはなっていないが、そうもいかないのが現状である。
なまじ、戦力的には足りている、というのもある。
そもそも巨大兵器、つまり空母無しで戦場へキンセイ兵器部隊を送り出すのは自殺行為だ。
単独での運用にそこまで問題がない英雄たちに任せる方が安全まである。
つまりは、合理性の問題であった。
以前のように誰も手が出せない、というのとは状況が違う。
そこに現れたのは、兎太郎であった。
彼のうしろには『こんな真面目な会議中で入っていいのかしら』と縮こまっている仲間たちも一緒である。
「会議中、失礼します」
精悍な顔つきをした兎太郎が入ってきたことで、周囲の雰囲気は大幅に変わっていた。
ある意味ではそもそもの救助対象である彼は、ある種の指導者、その一人になっていた。
「天帝軍の代表である狐太郎殿と話をしてきました。既に狼太郎さんと話をしていたようで、意見を同じくしています。つまり、皆様の作戦への参加を歓迎していません。その計画に反発があることも伝えましたが、後程、諫めるつもりでこちらへいらっしゃるそうです」
兎太郎は狐太郎の想定通りの動きをしていた。
誤解も隠し事もない話であり、全員が歓迎しない答えである。
しかし……。
(みんな、複雑そうな顔をしてるね)
(そりゃそうですよ。ウチのご主人様みたいに『全員死ねばいいじゃん』とかいうトップは嫌ですよ)
(……でも私たち、それで世界を救ったのよね。全員で死のうぜって言われて、ハイって言ったのよね)
(それは、うん、そうよね……)
兎太郎の仲間も思っているが、『みんな死ぬとわかって無駄に戦場へ行きたいの? よし、全員で死のうか!』というトップだとそれはそれでイヤだった。
本人たちも許容はしてほしいが、賛同は望んでいないし、命令されれば反発してしまうだろう。
人間、というか知的生命体とはそういうものである。
「皆様が贖罪のつもりで戦場に参じることを、狸太郎さんは望んでいません。それはもっともです。であれば、皆様が戦場へ参じることが作戦へのメリットになる、そのようなプランを提案するべきではないでしょうか」
感情の押し合いは不毛。
あくまでも組織的に、作戦に対して合理的な提案をするべき。
兎太郎の示した方向性は、全体にわかりやすく伝わっていた。
「今回想定される主戦場は、巨大なAランクモンスターが暴れまわる森林地帯。二代目教主は、優れたステルス性を持つ小型機で潜伏していることが予測されます。であれば、こちらも同じものを用意するべきではないでしょうか」
現状でも戦力は足りているのなら、それ以外を作戦に提供する。
興奮により視野が狭くなっていた者たちにとっては、一気に状況を進展させる提案だった。
「……世界間ワープを可能にする小型ステルス機、それを何台か生産することは可能か?」
「少し待て……当たり前だが、すでに製造されていたようだ。これを何台か用意するのは簡単だ。ただ全員が同行する、というのはやはり……」
「小型ステルス機のパイロットとして参加するのが精一杯か……心苦しいが、これ以上は難しいな」
戦闘能力のある者を護衛にしながら戦う力のない英雄たちを小型機で輸送、敵のいる場所を目指す。
それなりに合理的な提案だからこそ、有志の作戦への参加も可能だろう。
場合によっては、英雄を連れて離脱……という最終的な安全装置にもなれる。
「途中で撃墜される可能性も考慮して、十台ほど用意するのはどうだ? そこに戦闘員を乗せるというのも悪くは……」
「それは欲をかきすぎだろう。とはいえ、予備の船を用意するのは悪くないな」
「今からでも、可能な限りカスタマイズしてほしい。電子戦対策は最低限でいいだろう? それよりも単純に物理装甲を増やして……」
「最低限の攻撃機能は、不要だな。相手がAランクであり、多種多様なモンスターである以上、威嚇にもならないか。そもそもステルスと相性が悪い」
「奴がすぐに動く可能性も考慮しよう。保険として素組の小型機を用意できるだけ用意したほうがいい」
身のない討論から、実務的な会議に変わっていた。
彼らは既に、最終局面に向かって動き出している。
兎太郎は安心した様子でその会議を見守っているのだが、彼の仲間はやはり呆れていた。
この男、話そうと思えば話せるのに、やんなくてもいいだろと思ったら話さないのである。
雑な有能というのは、やはり嫌悪されてしまうのだった。
※
七人目の英雄、冥王、魂の解放者、人呑蛇太郎。
アヴェンジャーとアイーダを引き連れている彼は、狐太郎がいるという回復カプセルの部屋の前に来ていた。
この奥に、天帝がいる。一国の運命を背負って、この時代の人々のために戦った男がいる。
会う必要があるのか、といえばないのかもしれない。
しかし最強の兵器を扱う者が会わない、というのはいかがなものか。
(俺は示すべきなんだ……俺にも戦う意思がある、ということを)
対甲種、対英雄、対魔境、対宇宙兵器。
多くの英雄英傑、近代兵器や古代兵器が出そろった中でなお最強無敵の理不尽兵器。
その所有者として、しっかりとけじめをつける必要があった。
「失礼します」
ノックをしてしばらくすると、中から入っていい、との許可が下りた。
一拍開けてから中に入ると、三体のAランク上位モンスターと、狐太郎が待っていた。
部屋の中の雰囲気をうかがう間もなく、蛇太郎は頭を下げた。
「ご休憩中のところ、失礼しました。人呑蛇太郎です」
(侯爵家四天王の子たちを思い出す、普通の対応だな。こういうのでいいんだよ、こういうので)
もう面接する側に慣れっこになっていた狐太郎は、自分の護衛を務めた四人と初めて会った時を思い出していた。
「元魔王軍四天王、アヴェンジャーです」
「その妻のアイーダ姫でございます」
(なんで俺、魔王軍四天王とかアイーダ姫から敬語で話されているんだろう……総司令官だからか)
着席を促されてから、三人は腰を下ろした。
話をするのはあくまでも蛇太郎であり、他の二人は黙っている。
先ほどまでとは違う緊張感に、甲種の三体は息を呑んでいる。
「私は……ご存じだと思いますが、対甲種魔導器、葬の宝、End of serviceの所有者です」
「ええ、聞いています」
戦闘中はさほど気にしている余裕もなかったが、End of serviceはその名に恥じぬ無茶苦茶ぶりを発揮していた。
どこまでやったら終わるのかもわからない戦いに決着をつける、恐るべき最終兵器であった。
「これは本来、軽々に使うべき兵器ではない。狼太郎さんから釘を刺されていましたし、私自身もそう考えています。そのうえで、今後の作戦には私も参加し、必要に応じてこれを使用したいと思っています」
「……それはありがたいと思います。しかしそこまで忌避する身でありながら参戦するからには、相応の理由があるのでしょうか」
「……はい」
甲種モンスターを皆殺しにしながら進む必要があるわけで無し、彼の参戦は絶対条件ではない。
否。仮に絶対条件であったとしても、彼が参加するかどうかは彼自身の意思にゆだねるべきだ。
その上で彼が自ら表明するのには、それなりの理由がある。
「私の物語は……後世に残っていません。私がE.O.Sを完成させたこと以外は把握されていません。完全に知っているのは私と、後ろの二人だけです。何があってもこれを語るつもりはありません、墓までもっていくつもりです」
(知ってるんだよ……とは言えないな)
狐太郎自身、この状況をずっと恐れていた。
七番目の物語、その主人公。
彼が自分の人生を語りたがらないのは、まったく納得できる。
安息の地で楽しい夢を見ていた魂を、完全に消し去った。
その責務の重さは、のどにとどめるだけでも息苦しい。
あの物語を終えた後、狐太郎はモンスターパラダイスの新作に触れなかった。
初代のリメイクが出るまで、情報も完全に無視していた。
それほどのゲーム体験だった。
英雄の選択には、痛みが伴わなければならない。
そうでなければ、ロールプレイングゲームとは言えない。
哲学の詰まったシナリオであり、ゲームデザインだった。
何から何まで、プレイヤーの心を痛めつけるためのゲームだった。
ゲーム体験ではなく人生経験だったなら、それはどれほどの負荷か。
狐太郎はそれを想像するだけで身動きができない。
「そのうえで、ハッキリ言います。私は……俺は、自殺を考えました。今生きていることにも、苦痛を感じています。そのうえで……だから、俺は……狸太郎さんの気持ちが分かる」
今自分が生きていることへの是非はともかく、なさねばならぬ目的がある。
今すぐ死にたいが、まだ死ねない。狸太郎の意思は、まだゴールに達していない。
彼を活かしているのは妄執であり、希望でも絶望でもない。
苦しみの道を歩む者だからこそ、同じ道を歩む者を応援したい。
「俺は、たくさんの人に支えられています。何も知らずに支えてくれる人、大体を知って支えてくれる人、全部を知って支えてくれる人。そんな人たちがいるから、俺は……今、なんとか生きています。だから、俺も……遠くからでも、力になりたいんです」
(そうか、この人はもう……大丈夫なんだな)
シナリオの先に、彼は救いがあった。
何もかも救われたわけではないが、傷を負っても生きていけるほど、他人を気遣えるほど強くなっていた。
自分がああだこうだと気をもむ必要などなかった。
「俺にも参戦させてください。足手まといにはなりません」
「私からも、お願いする」
「私もです。微力ながら、お力になります」
「……参戦を許可します。私の指揮下で戦ってください」
狐太郎は安心して彼を受け入れていた。
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