星に願いが届くまで
六人目の英雄、星になった戦士、冒険の神、怱々兎太郎。
クラウドファンディングで月旅行へ行ったところ、月面基地に巣食っていた怨霊と戦う羽目になった人間。
歴代の名もなき英雄たちの中でもぶっちぎりの、母星への貢献度を誇る英雄。比喩誇張抜きで世界を救った彼は、仲間たちと共に狐太郎の部屋に訪れていた。
悪の陽キャラである兎太郎は、最初の英雄である狐太郎にぐいぐいいっている。
「で! 聞いたところじゃ狐太郎さんはシュバルツバルトとかいう、知る人ぞ知るバカみたいな土地で奮闘してたとか! 敵がそこに逃げ込んでるかもしれないとしたら、リーダーはお任せですね!」
(……事実だから困る)
知る人ぞ知るバカみたいな土地、というのは極めて正確な表現である。
知っている層が明確にあり、それ以外の者はほぼ知らないというのが実情だった。
なにせ肝心の、守られているカセイの人々すら『なんか税金高いなあ』ぐらいの認識で、その税金がどう使われているのか全く知らなかったほどである。
「んでもって、そっちの昏の子たちとも話をしたいんですよねえ! こっちにも鴨太郎の仲間が昏なんですけど、子育て中なんで暇じゃないんですよ。いや~~! 暇な人に会えてよかった~~! はははは!」
(よかった……部屋の雰囲気が変わって、さっきの話題も有耶無耶に……)
「で、その三体は実際どう思ってんですか? 俺たちこれから二代目教主をぶっ殺す予定だけど、止めようとか思わないの?」
(回り込まれた……)
割と大事な話題であるし、今しか話せないことではある。
しかしいきなりこの流れで聞くのは、彼の悪しき性格によるものであった。
「そうですねぇ……ねえ、ヒヤシンスちゃん」
「そうよね、ヒヤシンス」
「ふぎゃあああ! なんで私なの~! い、いやまあ、うん……わ、私も、その、助けに行った方がいいのかな、と悩んでいるところでして。ほら、このままだと見殺しになっちゃいますし」
「え? 見殺しにすればいいだろ?」
自分で質問をしておいて、物凄く無神経な応答であった。
ヒヤシンスは引きこもりの寄生虫である、よってコミュ力は低い。
しかしそれとは無関係に! この男のコミュ力が強い!
「悩んでるってことは、大してやりたくないってことだろ? じゃあ見殺しにしろよ」
(まただよ……)
問答や応答が成立していないように見えるが、兎太郎の仲間ならば理解できる彼の論理展開が確かにあった。
※
二代目教主は、貴方たちにとって親です。袂を分かったとはいえ、彼に思い入れもあるでしょう。
ですが彼を保護しようとすれば私たちと敵対することになります。
彼を保護しますか、保護しませんか?
親である二代目教主を見捨てることに罪悪感を覚えていますが、助けに行くと決断できません。
これは貴方たちの人生を決定づける重要な選択です。迷っているのなら実行しない方がよいでしょう。
※
兎太郎の脳内ではこのように会話が成立している……ということになっている。
そこまでおかしなQ&Aではないのだが、一足飛びか二段抜かしぐらいのロジックジャンプが発生している。
「助けに行こうか迷っている段階で、そこまで大事じゃないだろ? じゃあいいじゃん。気にすんなよ、っていうか気に病むぐらいコラテラルダメージ、コラテラルダメージ! そのうち『私の親クソだったんだよね~~』ぐらいの笑い話にできるってもんよ」
気にしない、気にしない。
ぐらいのノリでコラテラルダメージを語る兎太郎。
この割り切りの良さは、まさに英雄であった。
「んでまあ、その話なんですけどね。ウチの、冥王軍の皆さんが最後の作戦に参加したいって言ってるんですよ。俺としても応援したいんで、協力してくれませんか?」
(もしかしてコイツ、地頭が良すぎてまともにコミュニケーションできない天才……というか、相手に理解してもらおうと努力しないタイプ!?)
急激な話題の切り替えを見て、狐太郎は目の前の彼の英雄性を察していた。
彼の周りにはあんまりいなかったタイプの人間だった。
さっきの作戦でもそうだったが、彼を預かっていた狼太郎がいなければ集団行動に齟齬をきたしていた可能性が高い。
「先ほどいらした狼太郎さんは止めていましたよ。私も同意見です」
「全員死んでもいいと思ってるんですから、全員突っ込ませればいいと思うんですよ」
「……君の気持ちはわかるけど、それで実際に傍で死んでいったら他の人の戦意も曇るんだよ」
「なるほど。でもそれは現状でも一緒だと思うんですよねえ、狐太郎さんだって自分が死ぬかもしれないけど行くわけですし、それじゃ納得してくれないでしょ」
「ん~~……なるほどそうかもしれない。それでは私も後で彼らへ話を聞きに伺うよ。でも最終的な決定権は私にも君達にも彼らにもない。いくらシュバルツバルトが危険地帯とはいえ、央土の領土だ。そこに兵器を持った大集団が突入することを陛下がどう思うかわからない。私は大王陛下の意向に反してまで、彼らのやる気を応援できない。君はどう思うかな?」
「それでもって言いたいですけど、それで二代目教主がどっか行くのを良しにはできないですねえ」
「……あの、えっと、アレだ。大王陛下との交渉がこじれて、連合軍の行動が遅くなると、二代目教主が何をするかわからないって話かな? 二代目教主は劇場の犯人役気取りだから、無視されたと思うと怒りそう、みたいな」
「そうですよ。わかりにくかったですか?」
「……解釈の余地がある言葉だったよ」
「文脈でわかりませんかねえ?」
「それだと誤解が生まれかねないから、できるだけ具体的に話をしよう。ね?」
狐太郎は凡人なりに頑張って会話をしているが、兎太郎は兎太郎で『この人は頭がいいから、一から十まで説明しなくてもわかるだろ』とどんどん言葉を抜いていっている。
狐太郎はそれを危ぶんでいるのだが、兎太郎は何が悪いのかよくわかっていない。
なお、兎太郎の仲間たちは驚愕の目で狐太郎を見ていた。
(この人、滅茶苦茶辛抱強いね。私たちだったら、もうブチ切れているよ)
(よく会話が成立しますね。普段より言葉が飛び飛びですよ)
(あらためて、ご主人様って言動が不親切よね。ご主人様としてどうなのかしら)
(人の上に立つ人って、こういう人なのね。ウチのご主人様じゃ無理だわ)
狐太郎が適宜に確認をしているので話の内容が分かるが、そうでなかったら何が何だかわからないだろう。
それぐらい飛躍している会話であった。
「でもそれはウチの皆さんも分かってくれてると思うんですよ、それでも動きたいわけで」
「ん~~……じゃあ君の流儀に乗って言うのなら、私はそこまでして君たちに協力したくない。今回の事件に置いて、私は狸太郎君の気持ちを優先したい。彼を曇らせる要因はできるだけ排除したいんだ」
「なるほど。じゃあ折衷案とそれを決める方法が必要ですね」
「……全員で行くのは無理があるから、同行する人数を絞ろうと。その人員の選抜方法や、狸太郎君を納得させる方法を考えよう、ということかな?」
「はい」
(なんて面倒な奴だ。話しているだけで頭が痛くなってくる。しかも話の内容自体は真面目だから、一方的に打ち切ることもできないし……)
狐太郎としては『他の人に推敲してもらったうえで、書面にまとめて連絡してくれ』と言いたくなっていた。
それが通じない相手であることもわかっているので、ここでひとまずの結論を出そうと苦心する。
「ん……さっきも言ったけど、俺は狼太郎さんと同じ考えだ。君たちが何か提案をするとしても、それは狼太郎さんを納得させるだけの何かにしてほしい。だから……」
「わかりました!」
(最後まで聞けよ……)
納得した様子の兎太郎は、元気よく返事をする。
物わかりが良いのは大変結構だが、物わかりが良すぎてフライングしており大変失礼だった。
元気よく返事をすると、そのまま出ていこうとする。
「よし! 戻るぞ!」
「……あの、マジですみませんでした」
「失礼します~~……本当に失礼しました~~」
「すみません、この人何を言っても聞いてくれないんです……」
「あ、そういえば……写真は、その、後でこう、ネットに流して……すみません、やっぱり忘れてください」
兎太郎と仲間たちは、来た時と同様に去っていく。
台風一過とはまさにこのこと、やはり部屋の中には疲れだけが残っていた。
緩急も序破急もへったくれもない急、急、急。あるいは守破離の破と離だけか。
それでいて会議としては成立しているのがよくわからんところである。
(今まで俺と話をしてくれていた人は、もしかしてとてもまともで上澄みだったのだろうか……そうなんだろうなあ、うん)
下には下がいる、ということを狐太郎は思い出していた。
世の中には彼より下もいるのだろう。むしろ相対的には優秀な方だ。
「もう行った? 私アイツ嫌い~~! 狐太郎さん、人が良すぎだよ! あんなの適当に相手をすればいいじゃん」
悪口を言っている時は、重い口も軽くなるものである。
ヒヤシンスは狐太郎に対して一気に間合いを詰めていた。
「そうですわねえ。お二人とも冥王軍で、しかも兎太郎さんは狼太郎さんの部下なのでしょう? 話をまとめてから来ていただきたいですわ」
(それはそう……本当にそう。とはいえ、わからんでもないんだよなあ……)
コーラルリーフの発言も、そう間違っているわけではない。
しかし狐太郎をして、兎太郎の行動を否定しきれるものではない。
「正直、兎太郎君や有志の気持ちもわかるんだよ。死ぬとわかっていても戦いたい、という気持ちを否定することはできないんだ」
兎太郎も言っていたが、狐太郎は鉄火場に身を置いてきた。
ジューガーのように完全な安全地帯にいたことのほうが稀である。
そのうえで、多くの『英雄ならざる者』が命を散らす姿も見てきた。
お前たちは参加しても無駄だから引っ込んでいろ、無駄に死ぬだけだ、俺たちでも足りる。
そんなことを、口が裂けても言えるものではない。
「それに今の冥王軍はとても忙しい。狼太郎さんが暇かどうかなんて、兎太郎君が把握できるわけもない。少なくとも話し合いができる状態じゃないだろう。だから……暇であろう俺のところへ直接来たんだ。そういう意味で、間違ってはいないよ」
さきほどの会話はとても疲れるものだった。
だが疲れるというだけで、狐太郎でもある程度処理できるものだった。
それすら放棄すれば、狐太郎の仕事はなんなのかということである。
「さっき、狼太郎さんが言っていただろう? 冥王軍と信頼関係を作れって。話し合いをするのは基本だから、どのみち向こうに行く必要があったんだ」
責任を負う、ということは。
謝れる、罰を受ける、他人のせいにしない。
という三つの柱からなっている。
責任感がある大人、というのは格好がいい。
誰でも自分には責任感があると言いたがる。
そのくせ負担は嫌がる。
だが、負担を負うからこそ格好いいのだ。狐太郎の英雄性とはそういうものである。
「嫌な奴が相手でもちゃんと相手をしないとダメなの? やだなあ」
「うるせえ帰れ、っていう奴も嫌だろう? 俺は立場が弱いから、丁寧じゃないとダメなんだよ」
(やっぱり一生懸命優しい人ね)
(そうねえ、二代目教主様とは違って一生懸命ねえ)
余裕のある振る舞いが悪いとは言えない。
構成員や組織によっては、余裕のあるリーダーが求められることもある。
だが合う合わないはどうしてもある。
その意味で、この場の三体は狐太郎の方を好意的にとらえていた。
(しかしこの流れだと……七人目の英雄も来るのか。来なくてもいいんだけど、来るんだろうなあ……来なくていいのに)
※
冥王軍だの天帝軍だのと言い出したのは、今は亡き祀である。
指揮系統から言えば狐太郎軍と狼太郎軍だったのだが、彼らはそう思わなかった。
彼らの視点からすれば、魔王の冠を持つ狐太郎とE.O.Sを持つ蛇太郎が重要だったのでそのように呼んだのだ。
スザクが継続して天帝軍だの冥王軍だのと呼んでいるため、名前に頓着のない両軍が自認するに至った。
その、冥王。
魔王の宝の管理者であり、宝そのものが認めた正当なる所有者。
人呑蛇太郎は、ナイルのすぐそばで腰を下ろしていた。
現在も彼の手元には、最強の兵器がある。
そして今は、彼に寄り添う友人もいた。
「阿部さん、相田さん。もういいんですか?」
「ああ……元々私は大した権限を持っているわけではない。話し合いに参加するのも心苦しい身分なのだが、ローレライ殿が私にも仕事をしろと言って聞かないのだ。……待たせてしまったね」
「一人にして、その……ごめんなさいね」
「いえ、いいんです。一人は、慣れてます。知ってますよね」
「ああ……君が苦しんでいることは、ずっと知っていた」
「合わせる顔がないからと言って、出なかった私達に問題があったわね」
「いいんです。貴方たちにとって友人は……俺だけじゃないんですから」
聞きようによっては突き放す言葉だ。
だが蛇太郎は知っている。
彼らが永遠のループを楽しむために、どれだけのプレイヤーが犠牲になったのかを。
それらすべてを思い出した彼らは、蛇太郎一人を騙しただけの後悔では足りないのだ。
そして蛇太郎もまた、膨大な友人を葬った男。罪は等しく重い。
「……こうなると、わかっていたんだ。私たちが君に会っても、上手く支えることはできない。アレから人生経験を重ねたプリンセスのように……経験が浅くとも前を見据えて跳ぶ兎太郎君のように……君を上手く支えることができない。私は魔王軍四天王の恥さらしだ。何もできやしない」
「違いますよ……違うんですよ。俺は、貴方たちがここにいてくれるだけで、一歩分遠くへ、前へ進めます」
罪を背負って、七人目の英雄は立つ。
「俺は……少し前向きになれました。俺は……俺の物語は終わっているとしても、俺にできることはまだあります。俺は、はっきりと意志表明します」
なあなあで済ませていいほど、この力は軽くない。
最後の戦いを前に、蛇太郎はしっかりと伝えようとしていた。
「俺も、狸太郎君の力になりたいんです」
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