敗者無き世界
休載を挟んでの、長期連載になってしまい、申し訳ありません。
本年もよろしくお願いします。
四体の魔王はササゲたっての希望で、そうそうに回復カプセルに入ることになった。
『私ちょうめっちゃ疲れちゃったの~~! ねえご主人様、一瞬でも早く、おねんねしたいの~~! おねがぁあい!』
表情をコミカルに変形させつつ、全力でプリンセスとの接触を嫌がるササゲ。
狐太郎は『俺も逃げたい』と思いつつ、四体を眠らせながら、回復カプセル部屋で狼太郎とその一行を相手に話をすることになったのである。
「ねえルリ……総司令官って、やっぱり人とお話をするのが仕事なのね」
「二代目教主様もそうだったものね。でも二代目教主様は余裕たっぷりというか、ちょっと嫌な雰囲気だったけど、狐太郎さんはとても丁寧な感じね……」
(テロ組織の親玉と同列に扱われている……)
冒涜教団製の昏三体は、見学モードである。
大人の背中を見て、子供は成長するものだ。
今後ガンガンサンプルを増やしてほしいと、狐太郎は切実に願っている。
「ん……ごほん、改めまして、私が虎威狐太郎です。天帝軍のリーダーであり、連合軍の総司令官という扱いになっています。不愉快に思われるでしょうから、敬語などは不要ですので……」
狐太郎はふと思った。
(なんで俺は自分が天帝軍のリーダーですなんて名乗っているんだろう……初めて会った人に『天帝軍ということは、天帝がいらっしゃるということですか?』と聞かれたら『はい、私が天帝です』とか名乗らないといけないのか……)
狐太郎はあらためて状況の理不尽さを呪った。
王都奪還軍の時はまだ、中核メンバーは全員知り合いだった。
なのに今回はほぼ他人、あるいは元敵である。
特に目の前の狼太郎からすれば、親の仇と言っていいのだ。
(おかしい……日本全国にはモンスターパラダイスをクリアした奴なんていくらでもいるのに、なんで俺が代表してこの人の前に立たないといけないんだ? 座っているけども……)
狐太郎の前にいるのは、少年のような女性だった。
見目麗しいエルフ、ダークエルフ、吸血鬼を従えている女傑であり女怪。
モンスターパラダイス5の主人公、五人目の英雄。
いわく、羊皮狼太郎というらしい。
そっちの名前は初耳だが、彼女の本名については良く知っている。
魔王軍四天王、魔王の娘、サキュバスクイーン、プリンセス。
狐太郎がプレイしたモンスターパラダイスシリーズにおける異物であり、属性をてんこ盛りされた薄い本の女王。
(公式で『愛してるよと言われるだけでメロメロになる、洗脳要らずのクソちょろ主人公』と言われている、どんな男にも簡単にコロッと行く前代未聞の恋愛脳主人公……その御本人か……)
一体どう接していいのかわからない狐太郎に対して、狼太郎は顔をとろかせる。
「ああ~~……すごくいい! こんなに情けない顔をしているのに、一生懸命俺と向き合って、何とかしようとしている……けなげで素敵~~!」
(俺は何にもしてないのに、勝手に堕ちかけている……なんて設定に忠実なんだ……)
「いや~~ん! 親の仇だって分かってるのに、恋に落ちそう~~! 逆にロマンチック~~!」
(なんだコイツ……いままでどうやって生きてきたんだ?)
「ご結婚、ご婚約はなさっていますか!?」
いろんな意味で距離感がバグっていて、急速に距離を詰めてくる狼太郎。
捕食者なのか餌なのか、それが問題だ。いや、どっちでも大問題だ。
「はい、婚約しています」
「あ、そうか。それは残念」
(人生で初めて、婚約していてよかったと思った……ありがとうダッキ、ありがとうササゲ)
狐太郎に婚約者がいると知って、狼太郎は急速にクールダウンする。
どうやら最低限の良識はあるらしい。さっきまでの振舞に、最低限の良識があったかは微妙なラインだが。
「だから言ったじゃないですか。征夷大将軍に婚約者の一人でもいない方がおかしいって」
「滅ぼした国のお姫様を後宮に飼ったりしてますよ、多分ですけど」
「婚約者も国の女王とかじゃないかしら。立場的には相応よね」
(全部事実だから困る……)
彼女についているチグリス、ユーフラテス、インダスの発言は全部当たっていた。
狐太郎がまったく歓迎していないという点を除けば、彼女らの推測通りの展開なので否定のしようもない。
「それじゃあ婚活はここまでにして、俺も真面目な話をさせてもらうぜ」
(最初から婚活するなよ)
「深宇宙探査戦艦ウィッシュと万能走破列車ナイルなんだが……フレームがガタついている」
「……フレームが!?」
ド素人の狐太郎ですら、巨大兵器のフレーム、骨格がガタついていることへの深刻さは理解できる。
ちょっと修理したぐらいでどうにかなるものではない。交換しようにも全部バラさなければなるまい。
「さっきの戦闘で、安全装置を全カットの上でワープ中に変形したからな。そのうえ即座に戦闘だろう? そりゃガタつきもする。仮に今ワープを強行したら、運が良くても到着と同時に航行不能。最悪ワープすらできねえ」
「そこまでですか……まさか、修理が絶望的だとか?」
「いやいや、そこまでじゃねえよ。幸か不幸か、ここには巨大ユウセイ兵器の製造設備が腐るほどあるだろ? それを流用すれば絶対に直るし、何なら新しいのだっていくらでも作れるだろ」
真面目な話、というだけあって真面目な話ではあった。
一方でそこまで深刻な問題でもない様子である。
「そっちの昏どももそうだが、個人単位でワープさせることも可能っちゃ可能だ。奴さんに手札がもうないんなら、Aランクの戦力だけ送り込んで潰すのが上等だろう」
「……行く先がシュバルツバルトなら、その方がいいかもしれません」
「だろうな。俺もAランク上位モンスターとの戦闘経験はある。プルートやノットブレイカー、あとリヴァイアサンだな。アイツらは知能なんてあってないようなもんだったが、その分昏とは別の厄介さがある。考えなしだから判断が早いし、死ぬまで戦い続けるからな」
巨大戦力にはそれなりの強みもあるが、敵に同等以上の巨大生物が多くいるのなら悪手だ。
小柄さを活かして進む方がいいだろう。
「ただなあ……ウチの優秀な人材どもが反対している。なんとしても同行しようと躍起になってるんだよ」
「それは……そうでしょうね」
「おうよ。アイツらの目的は、兎太郎、ハチク、キクフ、ムイメ、イツケ、牛太郎、四々、蓮華、鳩、猫目、狸太郎……しめて十一名の救助だ。奴らが戦力として危険地帯へ向かうってのに、自分らだけ安全地帯で応援ってのはできないだろ」
(その人たちの許可は得ているのだろうか……?)
「質が悪いことに……誰も諦めてねえ」
天帝軍、冥王軍の合流により、連合軍のAランク戦力はかなりのものになっている。
経験のある兵士も多く、指揮系統もよどみない。パワーインフレ、ルールインフレ、バランス型と隙もない。
シュバルツバルトに突入しても何とかなるだろう。
むしろ楽園の優秀な人材が無理に戦場へ出ることの方が、よほど足手まといと言える。
「総司令官! 説得を手伝ってくれ!」
「……俺が言ってどうにかなりますかね」
「どうにかするのがお前の仕事だろうが。なんとか話を聞いてもらえるように信頼関係を構築してくれ、今から奴が行動するまでの間にな」
あらためて、とんでもなく無理な話である。
優秀な人材たちを相手に、大望を諦めさせるなど不可能に近かった。
「やり方は任せる」
「えええええ~~?!」
「安心しろ、やり方を任せる分協力は惜しまねえ。それにお前には十分すぎるアドバンテージもあるだろうよ。なんの勝算もなく、お前に依頼はしねえって」
「……ええ……まあ」
彼らの参戦を止めるに足るだけの説得材料は用意できる。
それはそれとして、説得は困難を極める。
狐太郎はその難行を脳内でリフレインしただけで顔をしかめていた。
「……でだ、ここからはまた私的な話だ。俺が魔王の娘だってことは聞いているな?」
二度目の会話軌道修正。
ここで彼女は私的で、真面目な顔をしていた。
「お前たちがパパを、先代魔王を討ったことは呪ってねえよ。もう今更だしな……だが、何があったのかは教えてほしい」
今までで一番困る内容だった。
はっきり言えば、質問に答える資格すらない。
しかしそれでも、なんとか言葉をかき集める。
それも、自分の口から説得力を持って出せる言葉でなければならなかった。
「正直に言えば、あまりよく覚えていないんです。この世界に来てから、本当にせわしない日々だったので……」
真実、ではあった。受け止め方次第では『まあそうだろうな』と思ってくれるだろう。
だが狐太郎は自分でも嘘を言っている自覚があり、彼女にそれが伝わっても仕方ないとは思っていた。
「ですが、彼が『ここは地獄だ』と言っていたことは覚えています。彼は復活まで年月が経ちすぎていた……彼は孤独でした。彼は、何よりも、孤独に……苦しんでいました。俺はそう解釈しています」
「そうだろうな……俺も覚えがある」
狼太郎、チグリス、ユーフラテス、インダスは長年にわたり封印されていた。
時の果てに解放されたが、楽園は別の世界に変わってしまっていた。
大勢の人々が自分を知っているだけになり、残っているものはあまりにも少ない。
わずかな残滓だけが自分たちの証明であり、『実は異世界でした』なんて逃げ道を塞ぐだけの無意味なもの。
まさに地獄という他なかった。
「やっぱり、会いに行くべきだった……俺の罪だな、まったくもってな」
親の死を看取れなかった後悔が顔に現れている。
子供として失格だった、彼女にも罪の意識が溢れてくる。
それでも彼女は、もう振り切っていた。
久遠の時を越えて復活した彼女だが、そこからさらに時が流れている。
彼女にはすでに、たくさんのものがあった。
「他の四天王も同じようなもんだ。それぞれ各々、自分が助けに行くべきだったとか、一人にさせちまったことに多かれ少なかれ後悔はある。だが自責であって……お前たちを責めてはいない。魔王の冠もお前たちが持っていろ。それもいずれ……いや、もうすでに、意味なんてないんだろうよ」
彼女は涙を流しながらも静かに語っていた。彼女の仲間はそれを慰めることもない。
何年生きているかと関係なく、時代の主役ではなくなった者。
すでに余生を生きている者の、静かな語りであった。
※
狼太郎が去ったあと、部屋の中は沈黙に包まれた。
狐太郎としては仕事、つまり今後について考える余裕があったので沈黙も受け入れられた。
だが三体の昏からすればたまったものではない。
(どうしましょう……すごく辛いのですわ)
(話が上がったり下がったりして、逆に油断して……気まずい!)
(わ、私は出ないからね)
体内で緊急会議を開く三体。
悲しいかな、人生経験の浅い三人による集合知など、休むに似たりである。
やむを得ず、圧力をかけることになっていた。
(ちょっと、ヒヤシンス! こういうときぐらい、なんかこう、話をしなさいよ!)
(えええ!? 私!?)
(そうよ! こういうときぐらい役に立ちなさい!)
(いだだだだ! 水圧かけないで! 浸透圧をかけないで!)
この仲良し三人組だが……。
まずコーラルリーフが宿主となっており、ネプチューンが寄生し、さらにネプチューンの体内にヒヤシンスが寄生している。
つまり現在のヒヤシンスは超寄生虫状態である。
そしてネプチューンの原種であるマリンナインは、体内の塩分濃度を自在に操る能力を持っている。
マリンナインは一旦体内に水棲生物を取り込み、塩分濃度を調整することで殺し、捕食する生態を持っている。
ダークマターが大気中の酸素濃度や気圧を(光合成や呼吸の副産物であり、攻撃目的ではない)変化させることが大気中の生物にとって致命的であるように、塩分濃度を操作されることは水棲生物にとって致命的である。
つまりマリンナインにとって寄生される、体内にモンスターがいるというのはまったく脅威ではないのだ。むしろ一番簡単に殺せる相手である。
「あ、あの~~!」
「……うゎああ!? あ、ああ……リヴァイアサンのヒヤシンスちゃんか……」
コーラルリーフの肌に、にょきっと人面瘡のように顔出ししてくるヒヤシンス。
相変わらずホラーな状況なので、狐太郎はおもわず悲鳴を上げていた。
よくよく考えるとAランク上位モンスター三体が傍にいる状態なので、とんでもなく怖いともいえる。
「はい、ヒヤシンスです! そ、それで、その、えっと、お話してもよろしいですか!!」
「あ、うん」
圧をかけられているヒヤシンスは、勇気をもって狐太郎に話しかけていた。
一方で狐太郎も、勇気を振り絞って最強の寄生虫と話をしている。
こうして、しばらく緊張感が漂っていた。
ノープランだったので仕方ない。
(どうしよう……引っ込んでいいかな?)
(ふざけないで! これで引っ込んだら引っこ抜くわよ!?)
(さっきまでの話を膨らませるのはどうかしら?)
(すげえ気持ち悪いな、この娘たち……なまじ人間に似ている分、今までで一番のモンスターだぞ……ホラーだぞ……化け物だぞ……)
三体からすれば、相手は一番の権力者。
粗相をすれば自分達に未来はない。
狐太郎からすれば、彼女たちが普通に話していることがすでにホラーだった。
「あ、あの……さっき、その、親の話をしていましたよね? 私たちもほら、親である二代目教主様を見捨てているじゃないですか! あとになって後悔、とかするんでしょうか!?」
話題に困ったヒヤシンス。
彼女は慌てた結果、それなりにまともな質問をしていた。
狐太郎に聞いても失礼のないものである。
しかし言った後で滅茶苦茶後悔した。
(空気を更に重くしてどうするのよ!)
(まあまあ、ここからまた別の方向に話を持っていきましょうよ)
(一気に水圧を軽くしないで! 逆浸透圧を発生させないで~~!)
重苦しい空気をぬぐいたかったのに、重苦しさを更新していた。
誰でもいいから何とかしてくれ、という切ない願い。
しかしこんな重い話題をきりっと晴らせる者がいるだろうか。
「失礼しま~~す! 冠の支配者さんはここですか~~?」
「ちょっと、ご主人様! やめなさいって!」
「ノックしてそのまま入ったら、ノックの意味がないですよ~~!」
「征夷大将軍って、殿で呼べばいいのかしら、様で呼べばいいのかしら……それとも、閣下? 本人に直接聞いても失礼じゃないかしら?」
「……それ、今言わないでよ。さっきまで様で呼ぶつもりだったのに迷っちゃうじゃない!」
さっそうと部屋に入ってきたのは、六人目の英雄ご一行である。
親しみやすさとかかわりたくない雰囲気を併せ持つ最強最悪の陽キャラが、問答無用でエントリーしてきた。
仲間はもう限界に近いのかもしれない。
「どうも初めまして、俺は怱々兎太郎です! 六人目の英雄で、星になった戦士とか言われている宇宙飛行士です! いや~~! 一人目の英雄に会えて光栄だなぁ! よし、みんな! 写真撮ろうぜ! これは歴史の教科書に載るぞ!」
「本当に歴史の教科書に載りそうで困るね……私撮りたくないんだけど」
「わ、私はハーピーなので無理ですよ! できなくはないですけど、黙っていてくださいね!」
「それじゃあ……ごめんなさい、私も無理……」
「じゃあ私が……はい、撮るわよ~~……」
「さささ! 狐太郎さん! こう握手しましょう!」
「あ、あの、うん?」
兎太郎は狐太郎の肩を組みつつ、握手もしていた。
狼太郎とは別の意味で距離感がおかしい。
ぱしゃっと撮影されたあと、兎太郎は残った三体に目を向ける。
「おお~~! ストーンバルーンの昏か~~! 実は俺たち、ストーンバルーンの原種の中で寝たことあるんだよ! 存在感が似てるな~~!」
「あ、あら、あらそうなんですか? 私のことじゃないですけど、少しうれしいですね」
「んで、中にマリンナインとリヴァイアサンが入ってると。手を突っ込んでいいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
「よいしょっと! う、うおおおおお! すげえ! 手が体の中に入った~~! 見ろよ! すげえぞ! 肩まで入ってる!」
「……ねえアンタさ。いくら了解を得ているからって、よく他人の体に腕突っ込めるね」
「しかも体の中に寄生虫、リヴァイアサンがいるんですよね? 怖くないんですか?」
「そもそも相手が女性だってことはどうなのかしら……」
(本当に突っ込みたいわけじゃないけど、ちょっと興味があるわね……)
(これがモンスターパラダイス6の主人公か……納得のライブ感だな……)
狐太郎は思い出していた。
モンスターパラダイス6は歴代で唯一の映画化作品だが(映画化二作目はオリジナル脚本)、恐るべきことに映画化してもそんなにシナリオを圧迫しなかったのである。
たいした理由もなく月に行って、事情も分からぬままダンジョンに潜って、状況を把握した後は死ぬとわかって特攻を仕掛ける。
これを全部一時間半で終わらせたのだから、真のリアルタイムアタックだ、と評価する声も多くあったほどだ。
そんな主人公を実体化させればこうもなろう。
(帰ってくれ……)
そんな主人公と向き合えばこうもなろう。
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