最終決戦の前によくあるアレ
周囲にたくさんの人がいる状況で、狐太郎は逆に見返した。
そして、ウズモがシュバルツバルトに突入した時のことを思い出す。
これだけの大勢、これだけの巨大兵器を動員すればどうなるかは目に見えている。
否、それ以前に、敵はまだ『メオのフェロモン』を保管している可能性がある。
アレで虫を刺激すれば、他のモンスターも刺激されることになる。
「ふぅむぅ……よし! 皆さん! 休憩しましょう!」
さしあたりの問題を解決すべく、狐太郎は問題解決能力を復旧させることを選んだ。
周囲の人々はそれでいいのか、とか。俺たちまだ戦えますよ、とか。その予測が正しい保証は、とか。
そんなまっとうな考えをしていた。
どれも正しいが、狐太郎はあえて強弁する。
「もちろん、全員が休憩する必要はありません。ここでいう休憩は、戦闘に参加してくださった人たちです。私も含めた非戦闘員は、それぞれできることをやりましょう。もちろん逃走した追跡もお願いしたいところです。というよりも……敵がどこにいるのかわからない状況では、体勢を整えつつ敵の捜索を行うほかないのでは?」
狐太郎の言葉は、とても普通だった。
まあたしかに、と納得するしかない。
「ということで、いったん解散いたしましょう。皆さんはとても優秀と聞いています。私がここで素人丸出しの指示をするよりも、それぞれの責任者が判断した方がよろしいかと。ただ解決に時間がかかる、あるいは独力での解決が困難である場合は情報を共有しましょう。大丈夫です、人材が優秀ならば目の前の問題を一つ一つ片付けていけば解決しますから」
冠の支配者、天帝、虎威狐太郎。
一体どんな人物なのかと思っていた冥王軍の面々だが、思いのほか普通でまともだったことに驚いている。
物凄く賢いわけでも、物凄く強引なわけでもなかった。
一方で発言はひたすらまともである。
逆らう理由もないので、それぞれで解散していった。
もちろん休む者は少数で、ほとんどは自分の仕事に入っていく。
なんだかんだ言って、相手は強大ではあった。巨大兵器は頑丈だが、点検整備も重要であろう。
「失礼、狐太郎殿。よろしければ純血の守護者の整備もいたしましょうか? オート修復では限度もあります、是非ご検討を」
「それはありがたい、是非お願いしたいです。必要なものはございますか?」
「艦長からの承認が前提です。この場合は、その、狸太郎殿に……」
整備班の責任者であろう人物が狐太郎へ修理の提案をする。
天帝軍には優秀な人間がいないため、純血の守護者はオート修理しかできなかった。
何年も酷使したわけではないのだから、そうそう問題は起きないだろう。だが戦いが熾烈であったため、ガタがきている可能性もあった。
そうでなくとも、点検してもらえるのはありがたい。
そう思っていたところ、どかあん、という音がする。その音がしたほうを見ると、狸太郎が自爆して倒れていた。
しかも頭部に仕込んだ爆弾ではなく、腹に仕込んだ爆弾である。しばらくうめいたのち、ピクリとも動かなくなっていた。
「……彼は疲れていますので、後程話をさせていただきます。それまでは他の二機の修理をお願いします」
「……はい、承知しました。あの、狐太郎殿。狸太郎殿を、よろしくお願いします」
優秀な人物は、年下であるはずの狐太郎に頭を深く下げていた。
「……彼も八番目の事件の被害者です。本来なら、こんな、こんな……いえ、私どもには、気遣う権利すらありません。本当に、お願いします」
「ええ……」
こうしている間にも、狸太郎は昏によって治療を施されている。
彼の場合は肉体的なダメージならば際限なく治るが、精神的なダメージはその限りではない。
治癒に成功しても、しばらくはまた大変なことになるだろう。
「あの、よろしいでしょうか?」
「……ああ、ストーンバルーンの昏、コーラルリーフさんでしたか」
「ええ、その通りです。それで私はどうすればよろしいでしょうか?」
サンゴ型最強種ストーンバルーンの昏、コーラルリーフ。
および内部に格納されている二体。
彼女らがどうするべきかと聞いてきても、狐太郎だって聞きたいぐらいだった。
「ああ~~……その、スザクたちにお願いしましょうか?」
「いえいえ。あの方たちは冒涜教団を恨んでいらっしゃるでしょう? いきなりご一緒するのは気が引けますわ……」
(面倒な話だな……)
昏たちは組織に対して帰属意識を持っており、同じ昏同士であっても別の組織所属なら同胞意識がそこまでないらしい。
人間側もそういうものだから強く言えないが、この状況なので仲良くしてほしかった。
とはいえ双方の気持ちもよくわかる。ここは一旦距離をとるべきだろう。
(それなら手が空いている人に頼むか……今一番暇そうなのは……俺か)
狐太郎は一旦黙ったあと、彼女らに自分へついてくるよう伝えるのだった。
※
人造種終末機関フランケンシュタイン内部の艦長室に、狐太郎は訪れていた。
大量の殺人でも行われたかのように、内部は血肉で汚れ切っている。
分かっていたが、想像以上に汚部屋であったため、狐太郎は立ち尽くしていた。
「すみません、狐太郎さん。俺の部屋、汚くて……こんなことなら、掃除しておけばよかったですね……」
「うん……掃除しようよ」
「掃除、するんです。でも、掃除していたら、自殺したり、自傷したり……自爆するんですよ! あふあはははははははは! 俺凄い萌えキャラですね! 掃除もできないとか、ドジっ子ですね! すげええええ! こんな奴いねえと思っていたら、俺がなっちゃいました! 俺すげえええええ!」
ハイテンションがキマって、狐太郎に縋りつく。
二人の距離はゼロだった。狐太郎の顔はどんどん青ざめて、狸太郎の顔はどんどん赤くなっていく。
「天帝軍と冥王軍の合流! 頼れる仲間! 素敵なスタッフ! みんな俺に協力的! すげえ、すげえ、すげえええええ! 何もかも上手く行っている! 世界の中心は俺だったのか! 万能感! 全能感! 全知全能! 全知全能系ヒロイン! あははははははは!」
引きつって笑っていた狸太郎が、一気に激憤する。
「ふざけてんのか!?」
狐太郎に向かって罵声を浴びせる狸太郎。
狐太郎は彼の圧力に負けているが、それでも踏みとどまっていた。
「狸太郎君、君はね……」
「……すみません、狐太郎さん。少しだけ楽になりました……やっぱりおかしいですよね、こんなの。でも、大丈夫です。あと少しだけなんです、あと少しだけ頑張ったら、俺は……俺の役目を終わらせられる」
「そうか……」
「俺、少し寝ます。睡眠薬、飲みます……は、ははは……寝ます」
汚れた床の上に座って、狸太郎は手をひらひらとさせた。
多分大丈夫だろう、と思うしかない。狐太郎は部屋を出ていった。
部屋の外にはうんざりした顔の魔王たちが揃っており、狐太郎の健闘をたたえている。
「お疲れさまです」
「うん……疲れた。俺も寝たい」
ふと目をやれば、少し離れたところでコーラルリーフが立っている。
彼女としても自分の組織が迷惑をかけていることは知っているので、あまり近づきたくないのだろう。
狐太郎が近くに来てもいいよ、と合図をすればどすどすと歩いて寄ってくる。
彼女らを待ってから、狐太郎たちは回復のための設備へと向かうことにした。
「それにしてもさ、ご主人様の前作主人公感も板についてきたよね。職場の先輩って感じ」
「うんまあ、俺もそう思うよ。職場の先輩って大変だよな……そうか? これ職場の先輩の仕事か? ここまで大変か?」
過去の記憶をさかのぼっても、ここまで大変な職場の先輩というのは……結構いた気がする。
「ジョーさんはこれぐらい大変だったな……迷惑をかける後輩だった……しかも先輩よりすぐ出世するし、自分の実力もなかったし……」
「そこまで気になさらずともよろしいかと。当時からご主人様は大変でした」
「……じゃあ俺が楽をしていた時期ってなかったのか。いやまあ、有る方が問題なのだけども……」
(ねえルリ。もしかして天帝さんって大変なのかしら? 思っていたのとずいぶん違うからびっくりね)
(そうね。でも一生懸命頑張っている人だから、一生懸命優しい人よ)
(一生懸命優しいって……なによそれ。あ、でもわかるかもしれないわね)
苦労している男は背中で語る。
狐太郎の小さい背中は、彼が弱くも頑張っている証拠だと好意的に受け止められていた。
自分たちが重荷の一つであることに気付いていない模様。
「それにしても、またあそこに行くことになるなんてねえ。正直面倒だわ、さっきみたいにコクソウ技で魔境ごと吹き飛ばせばいいじゃない」
「あのね、クツロ。今回の趣旨わかってんの? だいたいあの森にいるって決まったわけじゃないんだから、今行って吹き飛ばしても何にもならないでしょ」
敵のいる場所がシュバルツバルトだと想定されているため、うんざりしているクツロ。
大鬼らしからぬ大味な解決を求めるが、ササゲはあっさりと却下していた。
「ところでさ、さっきの二体ってもう残ってないのかな? 次のところに行ったら、また襲い掛かってくるかも……」
「あ、それは無いと思うわ! ないと、思いますわ」
ハイドランジアとシルルの個体がまだ残っていて、今後も敵として立ち塞がるのではないか。
アカネの懸念を、ネプチューンが否定する。
「それって『お前たち、一体ずつついてきなさい』って命令しないとダメよね? そういう命令に、あの子たちは従わなかったと思うわ」
(確かに、そんな逃げ腰ではなかったな……)
あの二体はある意味合理的な性格をしていたが、合理主義というわけでもないし、良い意味での弱気さもなかった。
二代目教主の為に戦っているというふうでもなかったし、彼が自分だけ逃げるので護衛に一体ずつよこせと言われても断っていたはずだ。
(あらためて、敵の戦力は少ない。婚の宝も、もうほとんど意味がない。だからこそ、敵がシュバルツバルトに逃げ込むことはそれなりに合理的ではある)
シュバルツバルトはこの世でもっとも危険な場所ではあるが、モンスターが強いだけの魔境ともいえる。
過酷な自然環境だとか、特殊な現象が起きているとか、そんなことは一切ない。最強のモンスターが無限湧きするだけの土地なのだ。
しかもその無限湧きするモンスターも、不死性と強さ以外は割と普通だ。
特別なセンサーを持っているとか、概念に干渉するとか、そういうことはほぼない。
よってある程度のステルス系能力や機能があれば潜伏は容易ですらある。これは千尋獅子子が散々証明してきたことだ。
(問題なのは二代目教主が、雁太郎さん、十人目の英雄さんが想像したとおりの作戦をするかどうか、だ)
どのような条件であっても、彼は戦うし自分たちは補佐をするだろう。
だが二代目教主の作戦が想定通りのものなら、対峙するには相応の覚悟が求められるだろう。
それは一人で決めていいことではないのかもしれない。
「よお、久しぶりだな。っていうか俺はお前のことを全然覚えてないんだけどよ。ちょっとお前のところのご主人様を借りていいか?」
「え、誰よ……あ、プリンセス!?」
誰かと相談をするべきだ。
そう思っていたところで、五人目の英雄たる羊皮狼太郎が一行の前に現れる。
「俺のパパを倒して冠を手にした新世代の魔王と、そのご主人様……ちょっと話をしないか?」
狐太郎にとって、正真正銘最後の戦い。
その直前に、彼は歴代の英雄たちと会うことになる。
それはそれで、意味があることなのかもしれない。
(今更!?)
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