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どうでもいい話。
ラードーンの昏、ハイドランジアについて。
実はシルルやメオからは『名前が込んでいて羨ましい』と思われていた。
シズカやモモはそういうことを考えていなかった模様。
恐るべきは、魔王の宝。
天帝軍、冥王軍の面々は、E.O.Sの四終が発動した結果に驚嘆を隠せなかった。
対甲種、対英雄を想定した兵器。
先ほどまで猛威を振るっていた三種の最強種は、ことごとく切り裂かれたうえで絶命している。
その死体がある程度綺麗なことから、苦しむ間もなく即死したことが窺える。
しかも巨大ユウセイ兵器内部でパイロットを脅していた個体たちの場合は、周囲にまったく影響を及ぼさぬまま死んでいる。
同席していたパイロットたちも、コクピットもまったく無傷であった。
勝利を確定させる技だからこそ、既に敗北している者には効果が及ばない。
死体蹴りせず捕虜も斬らない、というのはある種の律義さがあったのだろう。
念のため回収された死体を検めて、魔王軍四天王は感嘆の念を禁じ得なかった。
「宇宙最強の宝、End of service。懐かしいわねえ、アヴェンジャー」
「うっ……そ、そうですね……ローレライ」
「これだけの兵器を作ったってのに、速攻で持ち逃げされたんならそりゃ魔王様も怒るわよ」
「おっしゃる通りでございます……」
「ごほん……ローレライよ、そう責めないでやってくれ。あの件は私が悪いのだ。とはいえ……あの時から悠久の時が流れている。私はプリンセスと同様に楽園世界の発展を見てきたぶん、E.O.Sが完成しても知れているだろうと思っていたが……今でもなお最強というのは救いかもしれんな」
「ムサシボウ。俺がカセイ兵器のパイロットをやってるのを知っておいて、放置していた件はまだ許してねえからな?」
「いいかげんしつこいわねえ、プリンセス。今は関係ない話でしょうが」
四つの世界をまたにかけた戦場。
多くのインフレに触れてきたわけだが、やはりE.O.Sが最強のままであった。
いや、それ以上に……。
「それにしても、私が言うことでもありませんが、魔王様の求めた四つの宝がすべて揃っているというのは感慨深いですね。確かにこれだけ揃っていれば、瘴気世界でもモンスターの国を建国できるでしょう」
天帝の所有する魔王の冠。
冥王の所有する葬の宝、E.O.S。
始祖が所有した婚の宝、太母孵卵器による昏。
そして楽聖の所有する祭の宝、瘴気機関。
わかりきっていたことではあるが、魔王の遺産が揃っている場に立ち会うというのは、魔王軍四天王としても運命を感じずにいられない。
すべてを楽園の人間が所有している、というのは皮肉すぎる運命かもしれないが。
「ま、時代の遺物である俺らが議論するのも変な話だ。先々のことは未来の連中に任せるとして、直近のことを何とかしないとな」
冒涜教団の教団員たちは、大多数が生き残っていた。
彼らは戦場の荒れた土地に座らされ、両手両足を拘束され、並ばされて動けない。
びくびくと震える彼らへ、天帝軍も冥王軍も慈悲を向けることはなかった。
彼らを前にして、狸太郎は挙動不審な振る舞いをしている。
時折自爆し、時折自傷し、時折自殺している。
不可解な言動を繰り返していた彼は、なんとか自分のガス抜きを終えると、最後に聞くべきことを聞いていた。
「お前たちで全員か?」
とてもまっとうな質問に、教団員たちは互いの顔を見る。
名簿なんて真面目なものを作っている集団でもないので、全員いるかと聞かれても誰も把握していない。
だがしかし、全員が知っている人物が不在であることにはすぐ気付いていた。
「……二代目がいないぞ?」「おい、死んだのか?」「いやそういえば、見てないような気が」「そもそも戦闘中も指示とかなかったよな?」「おいウソだろ!? アイツ俺たちを置いて逃げてたのか!?」「くそ、ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」
楽園の住民とは思えないほどの無秩序ぶりであった。
狸太郎は極めて原始的に黙らせる。
「おい、俺の質問に応えろ」
裁量を与えられているはずの男から、絶対的な威圧が発せられる。
自らの出血で汚れ切った異常者に、メッキのはがされた教団員たちは素直に従った。
「全員じゃないです。二代目教主がいません」
「そうか……全員じゃないんだな? じゃあもういいな」
狸太郎が先程まで自傷行為をおこなっていたのは、今の質問をしなければならないと思っていたからである。
本当は短い問答すらしたくないのに、残された忍耐力を総動員してやるべきことをしていた。
もう彼は何もためらうことがなかった。
金づちと太く長い釘を取り出して、拘束されている教団員たちに近づいていく。
「お、おい……おい!」
それが何を意味するのか、冒涜教団の教団員たちは良く知っていた。
なにせ自分でもやっていたし、零落者に正気の者へ実行させたこともあったし、零落者同士でやらせていたこともあったからだ。
自分がやられる側になるなんて、彼らは考えたこともない。
そんな脳みそがあれば、こんなことになっていない。
だからこそ、まだ助かるかもしれないと思っている。
いや、助かるはずだと信じて疑わない。
「おい、おい! いや、その、すみません! 話を聞いていただけませんか!?」
「俺たち、降参したんですよ!? 捕虜とか被疑者ですよね!? ここから暴行を受けるいわれはないと思うんですけど!」
「人権問題だろ!? なあ! 警察官とかもいるだろ!? おい! コイツを止めろよ!」
「俺たちはもう反省したんだぞ! こうやって投降してやってるのに! そのおかげで勝てたのに! なんで助けないんだよ!」
「裁判はどうした、弁護士は!? っていうか警備しろよ! 俺たちの権利はどうなってるんだ!」
彼らは周囲にいる善良で優秀な人々へ保護を求める。もう要求、強要といってよかった。
それに対して善良なる人々は誠意のある回答を行う。
「君たちの言う通りだ。犯罪者であっても法の下に人権は保障されている。いや、そもそも人権とは剥奪されることのないものだ。殺人犯だろうが国家反逆者だろうが、人権が剥奪されることは許されないと法に書いてある」
人権というものに対する考え方はとても難しい。
少なくとも絶対的な正解があるとは言えず、必死で考えて妥協点を探っていくしかないのだろう。
そのうえで、この状況は法と秩序、道徳と正義によれば止めるべきだ。明らかに冒涜教団の人権を侵害している。
楽園の法律においてはそうなっている。
「しかしだね、ここはそもそも楽園ではないのだよ。この土地にはこの土地の法律があり、我らの法律を執行することは主権の侵害に当たる」
警察官が自国外で自国基準の法律で行動すれば大問題になる。
法律の原点はつまり領土であり、どこで起きた問題なのかは常に争点となる。
「楽園の住民は楽園の法によって人権を認められているが、楽園の法は他の領土で適用することを許していない。つまり君たちを保護することは法律違反なのだ」
こうして丁寧に説明をしている間も、狸太郎は粛々と釘を刺していく。
ダイレクト丑の刻参りによって、教団員たちの内臓に深い傷が刻まれていった。
致命傷だが即死することはなく、治療すれば助かるだろう。そのような傷を負わせたうえで、狸太郎は放置して次の者に傷を負わせていく。
「私も君たちも、この土地では人権がないのだよ。辛いだろうが、どうか理解してほしい」
苦しみ続ける被害者と、被害を増やし続ける加害者。
まだ傷を負っていない者は、大声で救援を求める。
助けられない理由を説明されたいわけではない、今すぐ助けてほしいのだ。
「とはいえ……たとえば船舶の中については法律が機能する。もしも君たちがウィッシュやナイルに入ってきたのなら、我らも保護せざるを得ないな」
どうやったら助ける理由が生まれるのか、ということはちゃんと説明した。
教団員たちは唯一の希望を聞いて、ふと希望の船を見る。
ナイルとウィッシュは……結構遠くに停まっていた。
走れればなんとかなりそうだが、両手両足が拘束されている今は不可能である。
なにより、その門が彼らを迎えるために開くとは思えない。
「私からは以上だ。それでは自分の権利を守るために頑張ってくれ」
かつてエイセイ兵器を乗っ取り、世界全体を脅かした冒涜教団。
彼らに対して、有志たちは必要な手続きを伝えてから視線を切った。
視線の向かう先は、やはり連合軍の総大将、虎威狐太郎である。
教団員の断末魔を背景にして、彼を議長とする会議が行われようとしていた。
「……それでは皆さん、私が虎威狐太郎です。この度連合軍の最高責任者に選ばれましたが、皆さんに強い命令をするつもりはありませんし、その必要性も感じません。司会進行役程度にお考え下さい」
大勢の人々、モンスターが見守る中、発言するだけでも寿命が縮まりそうである。
それでも彼は、コレが最後だと命を振り絞っていた。
「我々が確保するべきものは三つ。この場にいないという二代目教主。婚の宝、太母孵卵器。そして残った三種の昏です。とはいえ状況からすれば、一か所にまとまっていると考えるべきなのでしょう」
簡単な説明だったが、シンプルにまとまっている
二代目教主が、三種の昏を連れて、太母孵卵器をもって、逃げ出したのだろう。
他の可能性が考えられないほど『最善』の行動である。
「いえ、そうでもないんですよ。というよりも、そうするのならさすがに私たちも反対して引き留めていましたわ」
ずしんずしんずしん。
山が歩いているような圧迫感があった。
一方で表情も含めてまったく覇気が感じられず、重厚さと相反して無害さが現れていた。
紹介されるまでもなく、Aランク上位モンスターの昏。
未だ現れていない三種の内一種であることは明白だろう。
「もしかして、ストーンバルーンの昏か!?」
「おや、私の原種をご存じなのですか? おっしゃる通り、私はストーンバルーンの昏、コーラルリーフです。よろしくお願いしますね」
海を歩く巨大なサンゴ。
フェニックス同様に、極めて無害とされるAランク上位モンスター。
その存在に因縁がある蛇太郎が声を出すと、あっさりと認めている。
非常におっとりとした雰囲気の彼女は、朗らかに連合軍の前に名乗り出たわけである。
「コーラルリーフさん、ですか。戦闘の意思はないということでしょうか。それから貴方の発言は、どういう意味なのか教えていただけませんか」
「戦う気はありませんよ。二代目教主様は私たちにとって親でしたが、その……正直信用できなくて、戦闘には参加いたしませんでした。これは私だけではなく、他の二体も同じなのです」
「ちょっと違うわよ! 私としては戦ってもいいと思っていたわよ! でもアンタが戦いたくないって言うから、仕方なく引いてあげたんじゃないの!」
腹話術のように、コーラルリーフの体から別の声が発せられた。
おもわずぎょっとしていると、彼女の体から幽体離脱のように何かが出てくる。
「私まで臆病者扱いされたんじゃあ、たまったもんじゃないわ!」
「紹介しますわね。この子はマリンナインの昏、ネプチューンちゃんですわ」
「何勝手に紹介してるのよ! ごほん! 連合軍の皆様、初めまして。私はマリンナインの昏、ネプチューン。生き残った冒涜教団の昏三体を代表し、投降をさせていただきます。どうか受け入れていただけないでしょうか」
キリっと表情を作っている、水の精霊めいた女性。
青と蒼と水色が濃淡を作り、顔や体を表現している。
クラゲ型最強種マリンナインの昏、ネプチューンであった。
「残り三種って、おい……え、まさか、は? リヴァイアサンの昏もいるのか!?」
兎太郎の言葉を聞いて、リヴァイアサンと戦ったことがある面々は思わず後ずさった。
寄生虫型最強種というおぞましさ全開の怪物を知っていれば、そのような反応も自然である。
「ええ、もちろん。少しお待ちくださいね……こら! とっと出てきなさい! いつまで引き篭もっているのよ!」
「やだやだ! 私は出ていかないんだ! ココが私の居場所なんだ!」
「二体とも騒がしいですわね。ここは貴方たちの居場所じゃなくて、私の体なのですけど」
どたんばたん、という音がコーラルリーフの体から聞こえてくる。
体内の音というか、完全に家の中の音であった。
思ったよりコミカルな寄生に、一同は少し安心している。
緩んだ空気の中で、また一人、少女の顔がコーラルリーフの体から出てきた。
とても可愛らしい顔をしているのだが、威嚇の表情をしており、実際とても怖い。
「ごほん、ちょっと失礼しました。こちら、リヴァイアサンの昏、ヒヤシンスです。この通り引き篭もりで、体の外に出ると不機嫌になるんですよ。でもだから安心してくださいね? 体の中では優しい子なんですよ。内弁慶ならぬ、外弁慶な子で……」
「あらそうかしら? 体の中も好き勝手にしているけど」
「話の腰を折らないでよ! 今はなんとか好印象を持ってもらおうと思っているのに!」
カームオーシャンのシズカ同様、極めて液体に近い体を持つマリンナインのネプチューン。
体内に潜入することを好む、リヴァイアサンのヒヤシンス。
この二体を受け入れられる、ストーンバルーンのコーラルリーフ。
なんとも珍妙なる三体の昏が現れたことで、一同の空気は若干緩んでいた。
というよりも、どうしていいのかわからなくなっている。楽園基準、瘴気世界基準でも奇妙奇天烈な生物なのに、普通にコミュニケーションを取られると逆に困るのだ。
しかし何とかしなければならないので、狐太郎は話を続ける。
「ごほん。それでは、その……三体は投降し、我らの保護下に入りたいということでしょうか」
「ええ……だって戦うとか怖いですし、私何もできませんから……」
「ルリが投降するなら、私だって付き合うわよ! 貴方一人じゃ、悪い男に騙されそうじゃない!」
「そうだそうだ! ルリちゃんの体に、変な男の変なものを突っ込まれてたまるか!」
「私は何を突っ込まれてもいいのだけど……」
(まずお前らが入り込んでるじゃん、突っ込んでるどころじゃないじゃん。まずお前らが何より変じゃん)
物凄く突っ込みにくい三人組だった。
仲がいいのは結構だが、こうぴったりだとピーナッツだとか比翼連理どころではない。
もう気持ち悪いという領域さえ超えてしまっている。
こんなに挟まりたくない百合もそうそうないだろう。
「それでは、あらためて。二代目教主は貴方たちを連れて行こうとしなかった、ということでよろしいでしょうか?」
「はい、おっしゃる通りです。私たちが作戦へ不参加を表明したところ、いつものように笑って、それならいいとおっしゃって出立なさいました」
(いつものようにって……俺たち知らないんだけど)
「最も危険な場所で囮になる、とおっしゃっていたのですが……遭遇しなかったのですか?」
ネプチューンの言葉を受けて、全員が互いの顔を見合わせた。
おそらく嘘は言っていないだろう。彼女らも自己申告したが『見捨てるから一緒に逃げよう』と言っていたら、冒涜教団製の昏であっても二代目教主に反旗を翻すはずだ。
であれば彼は、婚の宝をもって、単独でどこかに行ったことになる。
「……失礼ですが、発言をしてもよろしいでしょうか」
ここで挙手をしたのは、十人目の英雄である後先雁太郎であった。
誰も止めなかったため、彼は自分の推理を話し始める。
「おそらく二代目教主は、最後の作戦を実行に移すつもりです。というのも、おそらく彼の考えた作戦は……」
今度こそ、雁太郎は自分の推理を全体へ周知させる。
冒涜教団二代目教主にふさわしい内容を聞いて、全員がぽかんとする。
何がしたいのか、それでなんになるのか、まったくわからない。
一方で原石麒麟や獅子子、蝶花は残念そうに肯定する。
「多分それは正解です……」
「ええ、凄いやりそう。同類として肯定するわ」
「通じ合えるって悲しいわね」
自分も犯罪者なので、相手の気持ちが手に取るようにわかる。
自分の成長を実感しつつ、成長前のダメさ加減を理解して悲しくなっている三人であった。
「そこまでわかるのなら大したものだけど、肝心のどこに逃げたのかは分かってないじゃないか。どうするんだい? まさか、敵が動くまで待つのかな?」
究極の発言ももっともだった。
敵の作戦が想定できたのはいいことだが、肝心の逃走先が分かっていない。
できることなら、行動に移される前に捕まえたいところである。
「……」
「え、どうしたの」
ここで新人類の三人は、そろって狐太郎を見る。
その顔は、とても、大変嫌そうだった。
「狐太郎さん。相手は貴方を冒涜するつもりです。そのうえで『この世で最も危険な場所』と言われたらどこだと思いますか?」
「ああ~~うん。そうだね、シュバルツバルトだね」
かくて、最終局面が始まる。
すべての因縁は、物語のスタート地点に戻ろうとしていた。
(やっぱりあそこ、ラストダンジョンだったのか……)
本作のコミカライズの8話がDMM様より配信されております!
宜しくお願いします!