仕事のできる女
あえて最善ではない、無意味な動作で機を掴む奇策。
味方の了解すら得ずに、混乱したまま行うからこそ成功した強行合流。
やられた、と慌てふためくシルルやハイドランジアたち。
予定地点へ向かう二代目教主は、大画面を前に感嘆の声を上げていた。
「素晴らしい! いやあ~~お見事だ! しかし、惜しくもあるな」
運命論、あるいはメタ視点に置いて、三台が撃墜されて一旦行動不能になる、という未来もあり得た。
いやあるいは、シズカとメオ三世が生還する未来も含まれている。
「いささか惜しいな。どうやら私は、創作物の登場人物ではないらしい」
彼はニヤつきながら困った顔をしている。露骨に演技臭い
シミュレーテッド・リアリティにかかっていない自分アピール、というよくわからない陶酔である。
「これほどの英雄英傑が揃い、不死のモンスターの軍勢と戦うというのに……たったの四回で戦いが終わってしまう! ありえない! 創作物ならばもっと引き伸ばし、掘り下げて、盛り上げてから終わらせるだろうに! はああ~~、もったいない!」
隠し切れない下品さがにじんでいる。
もっと楽しみたい、もっと遊びたい、もっと浸りたい。
もっともっと、もっともっともっと冒涜したい。
欲求を顕にしつつ、それでも自重した。
「まあいい、このライブ感も悪くはない。とはいえこうなれば、あとはもう私でも展開が分かるな」
重ねて言うが、冒涜教団の教主は運命論者である。
自らが部下に与えた作戦は失敗を前提としているが、本人としては具体的にどのようにして失敗するのかは分かっていない。
変な話だが『悪の栄えたためし無し』と考えているだけで、根拠など特にないのである。根拠なく勝てると思っている指揮官もどうかと思うが、根拠なく負けると思っている指揮官もどうかと思われる。
そのような彼だが、ここから先に連合軍がどう動くかは察していた。
「……出番に備えて、最後の身だしなみでもしてくるか」
彼は一気に白けた顔になり、風呂へ入りに行った。
※
敗者の世界。
かつて人類が繫栄していた地であるが、異常な免疫能力をもつモンスターによって滅ぼされてしまったあとの世界。
現在は冒涜教団の開拓地、工業地帯となっており、ある種の繁栄を遂げていた。
その上空には、何百という鋼の巨人が浮いている。
違法生産された巨大ユウセイ兵器が、戦争形態で滞空しているのだ。
それぞれが対乙種級兵器、ということを考えれば凄まじい戦力である。
楽園の宇宙でアルフ・アーと戦ったときも、ここまで大量に揃えられていたことはないだろう。
楽園の威厳。不要なものを滅ぼし続けた人類の最新兵器。
勇壮なる列であったが、そのコクピットの中はコズミックホラーめいていた。
操縦桿を握っているパイロットの体に、美少女の顔をしたムカデが絡みついているのである。
また別のコクピット内には、異様にデフォルメされた女性が首を伸ばしてパイロットの首に巻き付いている。
「はあ……しくじったようですわね。どうせハイドランジアがしくじったに決まっていますわ」
「あ、あの……それじゃあ、その……俺、まだ降りれないんですか?」
「ええ、戦ってもらいます。この巨大ユウセイ兵器は、楽園の人類にしか操縦できませんもの。貴方の力が必要なんです」
「あ、ああ……はい……」
「ああそうそう。一応申し上げておきますが、私のことは気になさらず、命を捨てて戦ってください。私も命を捨てておりますので」
「ひ、ひいっ」
「下等生物の群れ相手にしくじったのは傷つくな。いやな、私自身そういう気持ちがあるから付け込まれるかもしれない、とは思っていたんだ。最強の生物である私の群れなんだが、そういう精神的な侮りがある時点で未成熟なのは分かっていた」
「はひ……」
「誰かに言われるまでもなくそのつもりだった、んだがなあ。それでも、想定していても敗北や失敗というのはへこむものだな。これを糧に成長したい。その意味で、すべての私が記憶しているのはいいことだ。適うなら現地の私とも情報共有を」
「あの、俺、降りていいですか?」
「誰が喋っていいと言った、誰が降りていいと言った、誰がお前に権利を認める。お前はこの私と一緒にこの船と運命を共にするのだ。下等生物にとって望外の喜びだろう、感謝してほしいものだ」
「あ、あの」
「これが最後だ、次に一言でも発すれば絞め殺す」
巨大ロボットのパイロットになり、毒舌美少女マスコットと共に死地を駆ける。
箇条書きマジックにより最高に燃えるシチュエーションとなっていたが、彼らの命は風前の灯火であった。儚いからこそ命に価値はあるというが、彼らにそこまで価値が生じているかは疑問である。
「はあ、役立たず……はああああああ! やくたたず~~~!」
外見だけは勇壮な部隊と比べて、外見すら貧相な個体がいた。
植物型モンスター最強種、ダークマターの昏モモである。
半透明と透明の姿を行き来する彼女は、小声と大声で文句を主張していた。
現在彼女の脳内では、二代目教主からの指示がリフレインしている。
『君には本殿を守ってもらう。敵がワープして来たら、その瞬間に攻撃してくれ』
『とはいえ作戦の第一段階が成功していれば、そもそもここにたどり着くこともできまい。君は時間が来たら帰っていい』
『仮に第一段階が失敗したとしても、ここへたどり着くのが天帝軍だけなら、君の一撃で始末できるだろう』
『ただ、もしも第一段階が完全に失敗した場合……つまり天帝軍と冥王軍が合流したうえでここに到達していれば、その時は苦戦を覚悟してくれ』
「ああ……ああああああ!!」
二代目教主の指示、作戦は適切だった。
モモの視点からすれば、失敗する方があり得ないほどだ。
完全に失敗して、合流されてここに来られるなどありえざることだ。
これでは自分が働く羽目になる、それどころか危ない目に遭うではないか。
ダークマターは植物型モンスターであり、しかも藻である。
動き出して人間から養分を吸い上げる殺人植物とか、罠にはめた虫を消化する食虫植物でもない。
呼吸と光合成を繰り返す、ただ生きているだけの、どう猛さのかけらもないモンスターである。(無害とは言っていません)
それを原種とする彼女もまた、戦闘意欲というものを持っていない。なんなら人間よりも戦闘を忌避している。(無害とは言っていない)
彼女にとって戦うとはそれほどのストレスであった。
しかし戦わなければ死ぬ、という危機感もあった。
彼女は勇気を振り絞って、その時を待っている。
『警告、警告。巨大なワープ反応あり、出現までのカウントダウンを開始します』
「来た……!」
大量に配備されている巨大ユウセイ兵器がアラートを発する。
楽園によって生み出された兵器(の海賊版)に搭載された高度なセンサーとコンピューターが、敵到着までの正確なカウントダウンを開始する。
それぞれのパイロットも緊張するが、まず動いたのはモモであった。
彼女は懐から『銃』を取り出し、眉間に当てたのである。
それが何を意味するかと言えば、己への強化改造であった。
「携帯改造装置、後天的融合投射機! 情報装填、融合変身!」
「後天キメラ、+コンバット!」
六人目の英雄が月で使用したと思われる、忌むべき遺産。
汚泥が再現した後天品種改良を、彼女は自らに使用した。
「シンカ技! コンバットダークマター!」
もしもダークマターの昏が代を重ね、軍事用に品種改良されたなら。
そんなあり得る未来を現在に持ち込んだことで、彼女の体はより戦闘に特化した生態へ変化する。
凛々しい表情になったモモは、出撃予測地点を睨むと大きく息を吸い込んだ。
嵐が起きて、大気が吸い込まれる。
星全体の気体の総量、割合さえ変化させるほどの大吸引。
このまま環境を激変させるのではないかと思われるほどの圧縮は、一瞬で解き放たれた。
「シュゾク技……ホワイト……ホール!」
タメを擁するだけの、通常攻撃。
されどAランク上位モンスターの中でも最強の攻撃力を誇るダークマターの通常攻撃である。
圧縮した大気を放つシンプルな咆哮は、空中にワープホールが出現すると同時に着弾する。
『とっとと撃て』
『う、うおうううううううああああああああ!』
数百からなる巨大ユウセイ兵器たちもまた、それぞれに危険な汚染兵器を発射する。
パワーインフレとルールインフレのコラボレーション。
不死鳥だろうと究極のモンスターだろうとアルフ・アーであろうと、あるいはプルートであれノットブレイカーであれ死ぬしかあるまい。瘴気世界の英雄ですら耐えられるか怪しい。
攻撃が止んだとき、そこには残骸すら残っていなかった。
ワープホールがぽっかりと開いているだけで、最初から何もなかったかのようである。
やったはずだった。
それだけの必死な殺意があった。
だが残骸すら残っていないからか、倒したという手ごたえが全くない。
『報告します』
楽園の最新兵器によるセンサーとコンピューターによる査定を待つしかなかった。
期待と混乱が混じる中、その判定は……。
『敵性体、完全に消滅しました。繰り返します、敵性体、完全に消滅しました』
「行くぞ……プラネットウェポン、戦争形態!」
「こいつは映画化決定だな! サテライトウェポン、戦争形態!」
「これで最後といこうか……マーズウェポン、戦争形態!」
『センサー有効範囲内に、敵性体の存在は確認できません。周囲は完全に安全です』
「対乙種級ユウセイ兵器! 純血の守護者ぁあああああ!」
「対乙種級エイセイ兵器! 久遠の到達者!!」
「対乙種級カセイ兵器……最後の勝利者!」
『戦闘形態の解除を推奨します』
狂ったかのように、安全を保障し続けるコンピューターの音声。
それに乗り込む者たち、およびモモは言葉も出ない。
最新兵器が安全だと言っているが、それならば目の前で君臨する巨体はなんなのだ。
ワープ空間の中で変形し、出現と同時に形態を整えた威容。
そこからは英雄英傑、モンスター、ラスボスが展開されていく。
これは自分たちの目が幻を見ているというのか?
「ノゾミちゃん~~!」
「皆さん……会いたかったです! 会えてうれしいです! でも、その……今は、一緒に戦いましょう! 今度こそ、最後まで戦って、えっと、勝って、生き残って! 一緒に帰りましょう!」
「ああ! それに今は俺たちだけじゃない! 沢山の人が一緒だ!」
「はい!」
『戻ってきたな……スザク。回り道をしてきた……多くの人を巻き込んで、たくさんの人に迷惑をかけて、今も戦わせようとしている。これは、俺の責任だ』
『ご主人様……それは私が提案したことです。ですから……』
『俺は、ご主人様、なんだろう? だから、俺の責任だ。これだけは、狐太郎さんにも、お前にも、他の奴にも負わせられない』
『いいえ、私もです。私とあなた、二人で背負うべきものです。だってあなたは、私を拾ってくださったじゃないですか』
『……そんなこと、言わないでくれよ。俺は、もう本当に、どんな顔をしていいのか、どんな感情を抱けばわからないんだ』
『戦いましょう。どんな顔をしてもいい、どんな感情を抱いてもいい。妥協せず……成し遂げましょう』
『スザク……うん、うん。俺、戦うよ』
冒涜教団の誰もが何も言えず、ただ布陣を見ることしかできない。
否、彼らは何も見えていない。
その布陣の中に、最新兵器のセンサーやコンピューターすら騙す究極の忍者がいることに、気付くことすらないのだから!
「転職武装、忍者。上級昇格、グレート忍者!」
「ショクギョウ技、囮分身の術・極み!」
「ショクギョウ技、蓑の灰煙幕・極み!」
忍者を極めし者、千尋獅子子。
「既知ではあっても、数千年間誰も使い手がなく途絶えていた技。そんなものにデジタルな対策ができるわけがない。攻撃なら装甲の堅牢さで弾けるとしても、センサーやコンピューターを誤認させるなんて……できて当然よね?」
仕事のできる女である。
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