勝ち目のない戦い
王都奪還戦において、ジョー・ホースは大規模なスイッチ作戦を展開した。
チタセーを相手に成功させたのだから大したものだが、戦後に検討をされた際には酷評されている。
曰く、それがやりたかっただけだろ、と。
他に手があったはずなのに、歴史に名を刻む大戦争で、奇抜で画期的な作戦を実現し飾りたかったんだろ、と。
ジョー本人をして『必勝を期しての作戦ではあったが、そう言われても仕方ない』と考えている。
そしてこれが一番肝心なのだが、『俺がトップになったからには独創的な試みをしたい』と考える者は大勢いるのである。
上首尾に終わらせることが目的ではなく、独創的な試みをすること自体が目的になってしまったことだ。
もちろん、それ自体が悪いことではない。人類の進歩はそういうやってみよう、の連続である。今のやり方より良いものが生まれればいいし、失敗しても損失が小さければそこまで問題ではない。
ある意味やる気があるということだし、周囲もそれなりに寛容になるだろう。
ただこれが、命がけの作戦、ともなれば話が違う。
失敗したら自分が死ぬ、仲間が死ぬ。実行部隊は堅実な普通の作戦を求めるのだ。
よほど信頼のある司令官でなければ、有効であると説明しても周囲から反発されて実行に移されることもないだろう。
これを周囲に足を引っ張られた、と考える者もいるが間違いだ。
周囲からの信頼度を把握せずに作戦を提案している時点で無能なのである。
実現可能な作戦であっても承認されないならば、結局は机上の空論なのだ。
ジョーの作戦が実行に移されたのも、参加者がジョーに格段の信頼を置いていたからだ。
彼の人格や頭脳への評価、参加者相互の信頼などがハマったからである。
逆に狐太郎が魔王たちに王都奪還戦のような作戦を提案しても『ちょっと冷静になりましょう?』とか言われて受け入れてもらえないだろう。
狐太郎の作戦立案能力が高くないことは、周囲も把握しているからだ。
分を弁えて普通の作戦を提案しているからこそ、彼の作戦は実行に移されている。
そういう意味で、彼はまともな指揮官なのだ。
同様に、冒涜教団の二代目当主もまともな指揮官である。
第一陣には十分すぎる戦力を投入していたし、第二陣(の昏)には安全性に配慮した作戦を提案していた。
彼の内心では『どうせ運命によって全滅するだろ』という考えがあったのだが、それでも作戦自体はまともで罠の類はなかった。
まともな命令でなければ下は従わない。二代目教主がその地位にいるのは、この基本的な考えがあってこそだろう。
だからこそ彼の次の一手は、もう決まっていた。
第一陣はともかく第二陣も敗北したのだ、次を決戦にしなければ彼への信頼は地に落ちるだろう。
戦力の逐次投入をしたい思いもあるが、彼は現実を理解したうえで残る全戦力を投入しようとしていた。
※
二代目教主は本殿の一室に入った。
そこには二体の昏が待っており、不機嫌そう、あるいはとてもイライラした顔をしている。
一方で体格は特徴的だった。
片方は髪をロールに巻いており、その髪の量がとんでもないことになっている。
しかもよく観察すればその髪は毛髪というより、頭から生えた外骨格であり、節足動物の手足のようなものまで生えている。
そのうえ顔の大きさに比べて、手足や胴体が異様に長かった。古い映像編集で引き伸ばしたかのような不自然さである。
もう片方も別の意味で異様だった。
服を着込んでいるがとんでもなく膨らんでおり、服の中に何かを押し込んでいるかのようである。
首から上しか見えないが、それ以外があらゆる意味で不自然だった。
「やあ、待たせてしまったね。ハイドランジア君、シルル君。おや、モモ君はまだ来ていないのかな?」
「ここに、いま~~す。ここに! いま~す!」
部屋に入ったばかりの二代目教主は、部屋の隅にうずくまっていた三体目に気付かなかった。
半透明な体を持つ彼女は、最初小さな声で自己主張した後、とんでもない大声で再度自己主張する。
「おお、すまない。だがそんな隅にいてはわからないよ、真ん中にいてほしかったね」
「だって、怖かったから……だって! 怖かったから!」
怯える彼女は、やはり最初は小さな声を出し、そのあとで全力の大声を出す。
なんとも二度手間なコミュニケーションであり、ハイドランジアやシルルと呼ばれた二人は露骨にイラついた顔で睨んでいた。
だがすぐに二代目教主を睨みつけ、彼に自分たちの所感をぶつけていく。
「ゾンビ共はともかく、シズカとメオがやられたらしいな。で、今度は私たちだ、と。アイツらのことは別にどうでもよかったが、捨て駒にされるのは御免だな」
「同感です。コイツが死ねばよかったのに、コイツと一緒に戦線に投入されるなど……私一体の方がマシですわ。ああ、臭い臭い。で、あの『仲良し三人組』は呼んでいませんの? 私たちの次? 私たちが負けると見越して温存ですか?」
「彼女ら三体は作戦への参加を拒否したよ。よって、この場の三体が我ら冒涜教団に残された戦力と言っていいね」
「ええ~~……えええ~~!?」
最強の多頭竜、ラードーンの昏、ハイドランジア。
最強のムカデ、エイトロールの昏、シルル。
最強の植物、ダークマターの昏、モモ。
恐るべき三体であるが、これで合流した天帝軍や冥王軍と戦うのは無理がある。
すくなくとも勝算が十分にある、とは最強種である面々も思えなかった。
本能的に恐れはないのだが、知性として二代目教主を信用しておらず、まともな作戦の提案をしてもらえない限り動く気はなかった。
もちろん二代目教主も最初から分かっていたことである。
既に彼女らが納得する作戦を用意していた。
「もちろん私も、むざむざ君たちを死なせるつもりはない。君たちが死ねば、そのまま我らは敗北する。さすがの私も捕まることだけは避けたいからね、十分な策を練っているよ」
この会話だけは嘘だった。
だがある意味でまっとうな説明であったため、三体は信じざるを得ない。
最初から負けるつもりで戦っていたなど、彼女らには想像もできまい。
「武器庫と食糧庫を開放する。君たち二体が好きに使って構わない」
「!!」
ハイドランジアとシルルの口から、一気によだれがこぼれていた。
彼女らに武器を愛でる趣味はないため、食糧庫の開放だけが目当ての涎である。
「いいのかよ……アレ結構貴重なんだろ?」
「瘴気世界特有の資源である瘴気、それを物質化させた魔境植物の食糧。使い果たせばこの世界での活動に支障をきたすのでは?」
「その通りだ。君たちのように瘴気世界のモンスターを元にした昏は、なにがしかの形で瘴気を補充しなければ生きられない。例外はいるが、君たちは該当しないからね。だが祭の宝さえ確保できればすべての問題が解決する。備蓄を惜しんでも仕方ないだろう?」
エイトロールもラードーンも、食欲旺盛な種族である。
それらしい理由があれば、たくさん食べられる作戦というものに反対はできなかった。
「もちろん、モモ君にも専用の武器を用意してある。それを活用して、一気に勝負を終らせてくれ」
「そう上手く行きますか? そう! 上手くいきます! か!」
「もちろんだ。相手には強力な武装や戦力が多くあるが、それらは無敵でも最強でもない。打つべき手を打てば十分勝てるよ」
これも嘘ではない。
二代目教主の提案する作戦は勝算があったし、彼自身も一生懸命考えて練った策である。
本人がこれでも勝てないだろうなあと考えている点を除けば、十分な手と言えるだろう。
「それでは私が食糧庫と武器庫の開放を行ってくるので、君たちは好きなタイミングで訪れてくれ。それではな」
さっそうと部屋を出る二代目教主。だが、彼を押しのけてハイドランジアとシルルは争うように食糧庫へと向かおうとしていた。解放されたとたん、一気になだれ込むつもりだろう。
滑稽な姿に失笑する二代目教主だが、すこしドキッとする顔が目の前にいた。
「おお、君たち三体か。どうしたのかな?」
奇妙なことだが、そこにいるのは一体の昏だけである。
にもかかわらず彼は三体いるかのように話をして、目の前の昏もそれを否定しなかった。
「あの子たちを戦わせて、貴方はどうするつもりですか? 参加しない私たちが言うのもどうかと思いますが、貴方は安全な場所で指示を出すだけですか? 決戦なのでしょう?」
「ふむ、君達から信用を得ていないことは承知だ。だが安心してくれ、私も安全圏でぬくぬくとするつもりはないよ。冠の支配者を見習って、危険な場所で餌を演じるつもりさ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
質が悪いことに、この点も真実であった。
ただしそれは、誤解させるための真実であった。
※
深宇宙探査戦艦ウィッシュ内部を、牛太郎と蛇太郎は歩いていた。
艦長室からでた帰りであり、兎太郎が新生国際宇宙局へ向かったことを話題にして話し合っている。
「天帝、四冠の狐太郎、ですよね。俺たちの代表なのに、会ったことがないって言うのは、確かに不安になるべきでした」
「いざという時は、俺たちも動かないといけないですね。この、EOSが魔王に通じるのかはわからないけども」
「それを言うなら、俺のプレイゴーレムも同じですよ。改修してもらいましたけど、最後の戦いでどの程度役に立つかは……」
「久しぶりだね、雁太郎君。立派になったようでうれしいよ」
「タケルさん……」
「一種のウラシマ効果で同じ年代になってしまったが、それでも私にとって君は年下のままだ。このように話すことを、君は不快に思うかな?」
「いえ、そんなことはありません。ですが、私と話すことは貴方にとって不利益では?」
「覚悟のうえでここにいる。罰が下されるのならば、甘んじて受け入れるさ」
歩いていた二人の耳に、真剣な話声が聞こえてきた。
慌てて隠れるとそこには、武勇猛と後先雁太郎が立っている。
浅く薄く、しかし強固な縁で結ばれている二人は静かに話をしていた。
牛太郎と蛇太郎は、ついつい隠れて、話を聞いてしまっていた。
「そのうえで、君に聞きたいことがある。あの事件から生き残っていた寝入狸太郎君が陣頭に立っているということだが……君は彼が戦うことを良しとするのかね?」
「良しとすることはできませんが、反対の立場に回ることもできません」
「そうか……」
ここで猛は、何かを隠すようなそぶりを見せた。
「正直に言って私は、君にも、狸太郎君にも、牛太郎君にも戦ってほしくない。なぜ周囲が戦うことを奨励するのかわからないほどだ。だが……今から私が彼らを止めることはできないだろう。ならばせめて、彼らと共に戦おうと思う。たとえその先に何が待っていたとしても……」
彼はその何かを抱えたまま歩き去っていった。
幸いにも、蛇太郎たちがいない方向に向かって、である。
そしてまた、蛇太郎たちのいない方向から四体の鬼が現れた。
雁太郎の仲間である。大鬼、田中新兵衛。小鬼 河上彦斎。赤鬼、岡田以蔵。角鬼、中村半次郎。
先祖から人殺しの技を受け継いでいた四体は、とても軽い調子で心配してくる。
「ちょちょちょ、ご主人様~~。大丈夫でしたか? 怖かったですね、あの人」
「言いたいことだけ言って、何がしたかったんだか。正直、迷惑ですよねぇ。気持ちはわかりますけど!」
「ご主人様的にはどうなの? 少し気は楽になった?」
「あの空気だと、本当のことをいいにくいですよね~~。墓暴き達は、お前のために戦ったんだって……」
「みんな、口が軽いなあ……どこに耳があるのかわからないんだから、静かにしてくれ」
(居づらい)
(でも出にくい……)
まさに耳となっている蛇太郎と牛太郎は、雁太郎一行が去ってくれることを切に願っていた。
もはや自分たちは動こうと思っても動けない流れである。
「……で! ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「え、なにかな」
「この後どうなると思います!?」
体格が全く異なる四体の鬼は、それぞれの全力で雁太郎の顔に頭を近づけていた。
元ジャーナリストであり、十番目の事件の真相に誰よりも早く気付いた男。
彼ならば今回の事件の落としどころ、落ち着くところに誰よりも早く気付いているのではないか。
彼女たちは漫画のネタバレを求めるように、自分達の主の推理を聞きたがっていた。
「このまま残りの甲種を全員倒して、冒涜教団を全員逮捕! っていうふうにはならないでしょう!? そのあたり、教えてくださいよ! 相手は何を狙っているのか!」
「すごく気になるじゃないですか! ぜひぜひ、推理を聞かせてください!」
「……」
できるだけ考えないようにしていた、という顔の雁太郎。
彼はしばらく黙っていたが、やがて推理を口にする。
「結論から先に言うと、敵、というか敵のリーダーには目的がある。それは俺たちに勝つことだ」
良くも悪くも、敵の作戦は筋が通っている。
複数の思惑が錯綜しているとか、仲間割れとか派閥争いなどが全くない。
一つの意思の元、統率された作戦が展開されていることは明らかだ。
であれば最終的な目標が制定されていることは事実だろう。
雁太郎はそれを、天帝軍、冥王軍の連合に勝つことだと確信していた。
「時と世界を越えて集結したラスボスや英雄たち、その連合を倒せればさぞ気分がいい。そう思って奴は行動している」
「……え、勝てるんですか? ここから勝てる展開があるんですか?!」
前のめりになる四体もそうだが、蛇太郎と牛太郎も思わず聞き入る。
「ああ、俺たちでは勝てないだろう。そういう手段が、敵にはまだ残されている。それは……」
もったいぶらずに敵の最終作戦を明かそうとする雁太郎。
仲間の四体、蛇太郎と牛太郎が聞き入る中で、彼は敵の狙いを語ろうとする。
しかし……。
『敵襲! 敵襲!』
激しいアラートと共に、船全体が揺れた。
いよいよ天帝軍に合流する、その前段階で襲撃を仕掛けられたのだ。
そして、敵の恐るべき作戦が展開される。
『諸英雄は速やかに出撃を! キンセイ兵器のパイロットたちは指定された位置に付き……こちらから指示があるまで出撃しないでください!』
※
事前に通達したとおり、この世でもっとも危険な場所へ赴く二代目教主。
彼は敵を引き付けるため、囮になるべく向かっているのだが、その顔に緊張感はなかった。
居間のようにくつろげる部屋の中でソファーに座り、天帝軍と冥王軍を襲撃するモンスターたちの動きを見守っていたのである。
「くくく……天帝軍も冥王軍も確かに強い。君たちは本当に優秀な神であり、それの使途らなのだろう。我らはそれを悪用しているだけの分際だ、比較することもおこがましい。そんな君達だが、手の内は知れている。同じ文明の住人なら、対応できて当然だろう?」
Aランク上位モンスター、ラードーン、エイトロール。
天敵同士である種族だが、昏になった結果同じ能力を得るに至った。
エイトロールは自切による増殖、ラードーンは出血などのダメージを受けると傷口から増殖。
Aランク相当のモンスターが大量に増殖する、という恐るべき災害となっていた。
それだけ聞くと原種よりも強くなっていると勘違いされがちだが、実際は異なっている。
増殖が生態である以上、膨大な増殖には膨大な栄養が必要となる。
彼女らは単純に体が小さいため、個体ごとに蓄えられる栄養に限界があるのだ。
よって多大な軍勢となるには栄養補給を並行せねばならず……つまり大量の食事をしながらでなければ増殖はできない。
戦闘中に再生や増殖を行うには限度があり、不死性と呼ぶには弱い個性となっていた。
また増殖した個体は忍者の分身と違い、立派な生物である。それぞれが食料を欲するため、食料の要求値が指数関数的に増えて行ってしまう。
維持を度外視するとしても、やはり限界はあるのだ。
現在の頭数で天帝軍、冥王軍を倒せるとは思えない。
だがそれも、素手ならば、の話だった。
「冥王軍に参加している有志たち……彼らの武器はキンセイ兵器だ。どんな敵ともそれなりに戦えることをコンセプトとする、悪質な機能を備えた戦闘機。再生阻害、即死付与、重度状態異常。カセイ兵器にすら刺さる毒牙を持つ蜂だが……敵が持っていたらどうかな?」
彼の見る映像には、キンセイ兵器の武装、それも近接用の武器を持つハイドランジアとシルルの群れが映っている。
「彼女ら一体一体が、Aランク上位相当の身体能力と簡易キンセイ兵器を持っている。簡単に死ぬとしても無視できる存在ではない。ではどうする? 打てる手は一つしかあるまい」
『蛇太郎、キンセイ技を封じろ! 敵は全員がキンセイ兵器を持って来やがった! Aランク上位モンスターがそんなもんをぶん回してみろ! すぐに全滅するぞ!』
『わ、わかりました! EOS、鉄杖形態! コクソウ技、玩具の弾丸! キンセイ技を封印する!』
「そう、君達には最強の手札がある。世界最強の兵器であるEOSをもってすれば、世界全体へキンセイ技の封印を行える。そうせざるを得ない」
『キンセイ兵器の部隊は出撃するな! 今はキンセイ兵器がまったく使えない! ここは諸英雄に任せろ!』
『そ、そんな……我らに戦うなとおっしゃるのですか!? 英雄たちが戦う姿を、黙ってみていろと!?』
『お前たちが戦うことより、敵のキンセイ兵器を封じる方がデカいって判断だ! 頼むから控えてろ!』
『ぐ、ぐあああああああああ! またか、またなのか!』
「はははははは! そうだ、EOSはルールそのもの! 敵と味方を都合よく識別する機能などない! そして四つの形態を持つEOSは、それぞれ封じる形式や条件が異なっている! その鉄杖形態は特にルールインフレ対応だが、際限なく増殖するというわけでもない彼女らはルールインフレ面では大したことがないからな。それで四終を発動させることはできまい?」
意気に燃える有志たちの悶える姿を肴にして、二代目教主は大いに笑うのであった。
実に、冒涜的な振る舞いである。




