隣の芝生は青く見える
話を聞き終えた狐太郎は、麒麟に対して複雑な感情を抱いていた。
ある意味では、目の前の麒麟が羨ましいのである。その一方で、相手から羨まれている自覚もあった。
「……それは、大変だったね」
目の前の三人がガイセイを相手に痛い目を見たことなど、話を聞くまでもなくわかり切っていた。
とてもではないが、強くて羨ましいね、とは言えなかった。
(自分が強くて仲間が弱いのと、仲間が強くて自分が弱いの……どっちがいいんだろうねえ。いや、そういう問題でもないけども)
狐太郎は健康であることが疑われるほど、相対的に貧弱な男である。その代わり、仲間はAランクに分類されるほどのモンスターだ。
対して麒麟は、元の世界の人間として最高の強さを持っている。ただ彼に従っている二人は、資質としてやや劣っている。
一番大事なことなのだが、この世界の基準だと狐太郎たちは最高峰であり、麒麟たちとの間には超えられない壁が立ちふさがっている。
狐太郎個人はとんでもなく弱いのだが、大公が気を使うほどの実力と地位を得ている。Aランクハンターとは、身元不明の人間が得られる最高の位置なのだ。
そしておそらく、麒麟たちは達することができない。
(話には聞いていたけども、AランクにBランク以下が攻撃してもダメージにならないんだな……いや、今のもただ話を聞いただけだけども)
ままならないもので、元の世界では最強だった麒麟は、活躍ができるこの世界だとBランクどまりなのだ。
それでも大抵の相手に勝てるが、この森以外では雇ってもらえないのである。
そしてこの森には、Aランクがゴロゴロいる。ガイセイでも勝てないAランクの上位さえ、種族単位で繁栄しているのだ。
麒麟たち三人の前途は、決して明るくない。
「ごほん……俺もここで受け入れてもらった男だ。俺も君たちを受け入れるよ」
結局のところ、彼ら三人が危険性を秘めていたとしても、この前線基地は慢性的に戦力が不足している。
彼らを受け入れない、という選択肢は最初からないのだ。
「まあ俺が許可をしても意味なんてないだろうけど、とにかくこれからはよろしくね」
狐太郎の主観から言うと、麒麟たち三人は3のラスボスである。
歴代のボスの中では、設定上でもゲーム上でも最弱とされる弱いラスボスだった。
実際粋がっていた子供が、そんなに強いわけもないのだが。
だが狐太郎が三人を知っているのは、本来おかしいことである。とりあえず淡泊に挨拶をする程度に収めていた。
とはいえ、四体のモンスターからしても『逃げ延びてきた先祖返り』に対して特に思うところがあるわけもないので、話はそこで終わってしまう。
「……はい、おねがいします」
一方で、麒麟たちも何も言えなかった。
ガイセイから強くけん制されていたこともそうだが、一人目の英雄、魔王を討った男を前にして言葉が出てこなかったのだ。
Bランクハンターの傘下につくことしかできなかった自分たちと違って、狐太郎はもうすでにAランクハンターになっている。
その差を前に、言葉が詰まったのだ。自信を持っていた時なら、どんなことを言っていたのだろうか。そんなこともわからないほどに、彼らは消沈している。
「おいおい、せっかく会ったのにそれはねえだろう? なんか言ってやれよ、俺たちもAランクハンターになってみせますとかよ~~、すぐに追いついてみせますとかよ~~ねえのかよ、格好いいセリフは」
なお、ガイセイ。
自分では自粛しろと言ったくせに、割ときわどいところを攻めていく。
「ほら、世界をからめて、格好いいのを言えよ。世界は僕を求めてるとか、世界が僕を応援しているとか、世界が僕を勝たせてくれるとか、世界が何とかしてくれるとかよ~~」
「が、ガイセイさん……止めてください」
「これじゃあただ挨拶しに来ただけじゃねえかよ~~。ほら、獅子子も、座ってるやつに座ってくださいとか、そういうのねえのか?」
「い、いえ……そんな……」
ガイセイの押しに、麒麟も獅子子も参っている。
なお、狐太郎たち。
(世界ってなんだろう……座っている人に座れってなんだろう……)
狐太郎と四体、ブゥとセキトはいまいち会話の流れがつかめなかった。
麒麟の『世界のすべてが僕を否定する』と、獅子子の既に待っている相手への『待ってください』を絡めたセリフなのだが、たぶん説明すること自体が羞恥プレイである。
「まあいいさ、今回は顔見せだ。狐太郎、それからクツロ……これでウチの隊も多少はマシになった。この間みたいな無様は晒さずに済みそうだぜ」
ガイセイは狐太郎が命を捨てる選択をした日、単独でAランクを倒し、ジョーと共に狐太郎を救助している。
その一方で、抜山隊はクツロが救援に向かった段階で既に壊滅していた。
もちろん抜山隊がAランク二体を受け持っていたこともある。
だがそれでもやはり、抜山隊の失態ではあった。
「俺はもうすぐAランクになる。そうなったらお前だけにデカい顔はさせねえ、むしろ俺がお前を抜いてやる。んでもって……」
ガイセイは、ブゥを見た。
「お前も強いな、兄ちゃん」
「僕ですか?」
「ああ、お前だ。お前にも追いつけねえように、ぶっちぎってやるぜ」
「いえ、放っておいて欲しいんですが……僕、護衛ですし……」
「ああん?」
「ひぃ!」
大柄なガイセイが、狐太郎と大差ないブゥに顔をよせる。
それははたから見ても、とても怖いことだった。
「んなこと言ってると死ぬぜ、兄ちゃん。ここで狐太郎を守るんなら、お前自身がクツロ達に追いつきな」
「ええ~~~?」
「まああれだ……今度遊ぼうぜってことだ。今のままなら、殺しちまうかもな」
「ええ~~!?」
ガイセイがハッパをかけるが、ブゥはただ慄くばかりだ。
実力差があるものの、同格だからこそ実力はわかる。
そしてブゥは、ガイセイが本気だと分かってしまった。
「せっかく兄さんや姉さんからしごかれなくなったと思ったのに……やっぱり努力しないと駄目なんだ……」
そして、そんなブゥを見る狐太郎。
(護衛はしても、努力はしないつもりだったのか……!)
微妙に、ブゥへ失望していた。
「んじゃあな、狐太郎! 俺らはここいらで失礼するぜ。次会う時は、こいつらに……」
ばしばしと、ガイセイは麒麟たちの背中を叩いた。
「お前へデカい口を叩かせるぐらい、自信を付けさせておくさ」
顔見せに来たにも関わらず、言いたいことを言いたいだけ言って帰っていくガイセイ。
三人もその勢いに負けて、何も言えずに出ていく。
やはりガイセイは、微妙なところで気遣いができていなかった。
基本、やりたいことをやる男である。
「……ふぅむ、しかしこの状況はよくありませんな」
ガイセイが去った後、セキトは神妙な顔で自分の顎を撫でていた。
悪魔は享楽的だが、実利から目を背けることはない。
現在の状況を、彼は憂いていた。
「へ? 何が? 僕がガイセイさんと試合をすることが?」
「いいえ、それは良いことです。そうではなく……狐太郎様が、基地内で孤立状態になっています」
セキトの説明を聞いて、狐太郎は思わず耳を疑った。
「まず大公様が、私の主人であるブゥ様に続く護衛を厳選していらっしゃることはご存知ですね? それは仕方がないのですが……つまり当分、護衛の人員が増えることはありません」
一番信頼していたはずの友人が、護衛対象であるAランクハンターへ暴言を吐く娘を寄越した。
国内で一番の学校の学部長が、Aランクの精霊を貸せと言い出すガキを寄越した。
はっきり言って、大公は誰のことも信じられなくなっている。仮に候補生を別の場所から引っ張ってきても、長い時間をかけて自分で確かめるまでは狐太郎に紹介することはない。
「加えて、他の各隊に増員がありましたが、結果的に狐太郎様へ因縁を持つものばかりです。全幅の信頼を置くことはできないでしょう」
狐太郎に一切非がないと、頭ではわかっているだろう。
だがしかし、妹や弟、家や学部が失われたのは狐太郎とかかわったからである。
理性的には妹や弟、それらを躾けられなかった上の人間や自分たちを呪うだろう。
だが、コイツさえいなければ、と思ってしまっても不思議ではない。
なにせ、失われたものが大きすぎるのだから。
そして、各隊の隊員たちも同情的である。
白眉隊の古株たちは全面的に共鳴しているだろうし、蛍雪隊の隊長もコチョウを憐れんでいた。
やや難癖に近いが、狐太郎へ少し反感を持ってしまっているかもしれない、という可能性が生じている。
「で、でもリァン様は……」
「一灯隊は元々反抗的と聞いていますが」
「そうだった……」
一灯隊の面々は、理由こそ違えど狐太郎たちへ反感を向けている。
それこそ、最初から一貫して嫌っている。
もちろん同僚として、Aランクハンターとしては認めているだろう。
だがそれはそれとして、嫌っている気持ちを隠せていない。
間違っても、護衛を任せることはできないだろう。
「つまり、基地内の戦力が向上した代わりに、狐太郎様を憂いなく護衛できる部隊がなくなったというわけですね」
セキトの指摘を、狐太郎は理解していた。
確かに『確定的』な不安材料はないが、『低確率』な不安材料は抱え込んでしまっている。
そして低確率であっても、不安材料があれば護衛は任せられない。
(状況が悪化している……!)
身分を問わず、実力者を受け入れる。
前線基地の特色が、結果として狐太郎を追い詰めていた。
なお、その特色がなければ、ここで働くことはできない模様。
「参ったわね……」
「ど、どうしよう?」
「……我らが頑張ってもどうにもならないことだな」
「世の中上手くいかないものねえ……」
四体の魔王も途方に暮れた。
やはり、人が増えるということは、必ずしも良いことではない。
なお、良いことはほとんど起こっていない。
「ねえセキト……どうすればいいと思う?」
「簡単ですよ、ご主人様……ご主人様が強くなればいいじゃないですか」
「ええ~~?」
伸びしろが大いにあるブゥ。
彼がAランク相当の実力を得れば、一気に状況は改善するだろう。
ただし、当人は地獄を見るだろうが。
「そ、そっか……やらなかったら死ぬ?」
「死にます」
「そっか~~……やるよ、うん」
「それでこそ、ルゥ家の当主です!」
当人が努力をすることで、道を切り開ける。
それは才能ある者、力ある者の特権なのだろう。
だがしかし、この場合の努力は尋常ではない程過酷である。
(羨ましいような、そうじゃないような……)
なお、非力な狐太郎は、そんな彼を羨んでいいのかさえ悩んでいた。
一度は自分で努力してみようかとも思っていたが、かなり浅はかだったとようやくわかった。
強くなるための努力は、実を結ぶと分かっていても辛いものである。
次回から新章、『竹取物語』です。




