獣ではなく人材を得る
カンヨー。
先の大戦争によって周辺一帯が月面よりボコボコになっている、爆心地のど真ん中のような都市。
現在ここには多くの民と、大王となったジューガー。
それらを守る三人の英雄。近衛兵長、元Aランクハンター、元斉天十二魔将四席大志のナタ。Aランクハンター、前斉天十二魔将四席、抹消のホワイト。Aランクハンター、前斉天十二魔将次席、西原のガイセイ。
先の大戦争において無双の働きをした彼らは、今も十二魔将のごとく大王とカンヨーを守っている。
もはや以前のように大王を討ち取らせまいと、金城鉄壁の構えをとっていた。
そのように堅牢な城へ、二体のモンスターが入ってきた。
通常なら三人の英雄の内いずれかが速やかに動き排除するのだろうが、二体のうち片方が特別であったため入城を許され、それどころか謁見を許されていた。
ジューガーは万全を期すため三人の英雄を護衛として、二体に直接会った。
それだけ警戒するのは当然であったが、同時にそこまで警戒してでも会わなければならない相手だったのである。
「お久しぶりです、ジューガー陛下!」
謁見の間で天真爛漫に挨拶をするのは、四冠の狐太郎を守る四体の魔王の一角、竜王アカネである。
竜基準では絶世の美少女と称され、その炎は英雄をして灰も残さず消し飛ばす力を持っている。
恐るべきモンスターである彼女に、ジューガーは親し気に応じた。
「うむ、久しぶりだな。元気そうで何より。しかし最初聞いた時は耳を疑ったぞ、君たちはドラゴンズランドに向かったはずではないのか? なぜ狐太郎君と一緒にいない? それから、そこのモンスターは……」
ジューガーは大王らしからぬ早口でまくし立てた。威厳も何もないが、ガイセイをしてそれを笑うことはない。
彼ら三人をして興味深そうに、アカネと一緒にいるモンスターを注視している。
「お初にお目にかかります。私はフェニックスの昏、スザクと申します。先の戦争は西重側の戦力として参加しました。大志のナタ様は、もしかしたら覚えていらっしゃるかもしれません」
「……彼女本人を覚えているわけではありませんが、同じように、モンスターと人間の特徴が混じっている者たちは見た覚えがあります」
スザクが名前を名乗った時点で、問答無用で消し飛ばされているだろう。
そうなっていないのはアカネが同行しているからであり、狐太郎への信頼があってこそだった。
(さすがは天帝……微塵も戦闘が始まりそうにありませんね)
スザクは完全に恐縮しつつ、客観視できる程度には余裕があった。
改めて凄まじい権威であった。
「ふむ。事情を聞かせてもらおうか」
やや不機嫌そうな雰囲気ではあるが、大王はスザクに説明の機会を与えていた。
話を聞くだけ聞いてやる、という最大級の温情である。
スザクは事前に準備していた台本を脳内で思い出しながら、一世一代の説明を行っていた。
「ご存じの通り、我ら昏は……」
央土にとって重大な内容だけをかいつまんで、できるだけわかりやすく、不都合すらも明かしながら語っていく。
奇しくもナタが目の前にいたことで、転移の技術については裏付けになっている。
彼は先の戦争で、自分の前から昏が消えたことを見ていたためだ。
「なるほど。冒涜教団なる享楽的な組織により、祀は全滅、昏は半壊。組織に捕らわれていたところを自ら脱出した狸太郎とやらを首魁として昏は再始動……狐太郎君へ降伏し傘下に入った。そして同規模の、狐太郎君の故郷の軍と西重跡地で合流し、冒涜教団の本部へ向かうと」
「これは北部のガクヒさんとジローさんから預かってきた手紙です。ご主人様がジューガー様へ渡せって言ってました」
「そうか……ふむ」
ガクヒとジローの手紙をさっと流し読みするジューガー。
おおよそスザクの説明通りだと把握すると、一旦黙った。
さほど強いわけでもない彼だが、スザクを殺すと言えばそれは実現する。
一時は西重に協力し、王都奪還戦では直接敵になった相手だ。三人の英雄も躊躇などしないだろうし、アカネも止める暇はあるまい。
「本来なら速やかに処理するところだが、狐太郎君の配下になった以上は無下に扱う気はない。狙い通りだろう? 強かなものだな。まあジローの言う通り、同じ状況なら私でも狐太郎君に降るだろうが」
「寛大な沙汰に感謝いたしまする」
昏の長であるスザクについては、ジューガーも以前から聞いていた。
人間社会に適合しているというか、人間と大差のない性質を持つ、交配可能な怪物。
ここまで知性的で理性的な個体は彼女ぐらいだろうが、それでも警戒に値し……利用価値があった。
祀なる組織が彼女に信を置いていたことは、想像に難くないだろう。
「それで、アカネ君。君だけが先行して戻ってきた理由は何かな」
「カセイ兵器……じゃなかった、ご主人様たちはユウセイ兵器のフランケンシュタインで近くまで来ているんですけど、物が大きいんでいきなり来たら大王様たちがびっくりして、ガイセイとかホワイトとかナタさんとかが撃ち落としちゃうかもしれないんで、アポイントメントをとってこいって」
「……彼はここに来ると」
「はい、最後のお別れになるかもって」
「そうか」
軽く息を吸い、吐き出す。
息を止めている間、返事をしない間。その短い間だけでも、彼が去る時間を延ばしたかった。
だが無意味だと悟っており、すぐに返事をする。
「わかった、それでは門を開いて待っている。呼んできてくれたまえ」
「はい!」
「ナタ。王都全域へ通達を出せ、四冠が新しい手勢を率いて戻ってくるとな。それでだいたい伝わるだろう」
「承知しました」
アカネ、スザク、ナタが去った謁見の間。
しばらく目をつむっていたジューガーは、ふらりと席を立った。
やや老いた足取りで、どこかへ向かって歩いていく。
ホワイトとガイセイは、その後をゆっくりとついていった。
やがて三人は、外が見えるバルコニーにたどり着く。
「はあ……彼がいなくなると、実に不安だ」
「おいおい、旦那。俺らがいるじゃないっすかあ。って言っちゃいますぜ?」
「正直傷つきますよ」
「君たちに不満があるわけではないが、現状手が足りているとは言い難い。彼や麒麟君たちがごっそりと抜けるのは正直痛手だろう」
長年Aランクハンターを務めたアッカが去ったあと、ジューガーはいつも恐怖に震えていた。
今でこそAランクハンターに達したガイセイがいたものの、当時の彼はまだまだひよっこ。いくらシャインが補佐を務めるとしても、Aランク上位モンスター相手にはどうにもならないのではないか。
そう懸念していたときに、彼は突如として現れた。
Aランクモンスターを複数従える、異常に虚弱な亜人。
勤勉で臆病で真面目な彼は、イヤな顔をしつつもAランクハンターを務めてくれた。
ガイセイやホワイトが一人前になるまで間を持たせてくれただけではなく、その後のカセイ防衛戦や王都奪還戦で総大将を務めてくれた。
「彼らがいなければ、我が国は滅びていただろう」
「そうっすね」
「そうですね」
「……うん、滅びていたな」
二人の英雄が『何言ってんだよ、そりゃそうだろ』と返事をしたのでジューガーは今更ながら肝を冷やしていた。
ジローが以前に言っていた通りである。
運命もへったくれもなく、狐太郎や同郷の者たちがいなければ央土は滅びていた。
たまたま偶然彼らがいたので戦争になったというだけで、歴史的視点で見ればそれだけのことだった。
「滅ぶ定めだった我が国を救ってくれた彼らが、次の戦場に向かって行く。終わったら戻ってきてくれないだろうか……」
「はははははは! はははははは! 戻ってくるわけないって!」
「アイツめちゃくちゃ嫌がってましたから、絶対帰ってこないですよ」
「そうだろなあ……」
正直に言えば、大王である自分も投げ出したい。
だがそうもいかないので、彼は踏ん張っている。
できれば友である彼にも踏みとどまってほしかったが……。
あの、ダークマターの時の、死にそうな狐太郎を思い出す。
本当に、なるべくしてなったとしか思えなかった。
あの虚弱体質の亜人が、あんな最前線にいたらそりゃ死ぬ。
もう二度と、あんな想いはしたくなかった。彼をいい加減開放してやりたかった。
(そのわりには、征夷大将軍を任せてしまったわけだが……ちゃんとやってくれたわけだが……)
このまま酷使していたら、二年以内に死にそうである。
なんなら、療養させていても十年以内に死にそうである。
もう解放しないとヤバいので、引き留める気は起きなかった。
「彼こそは、私が、大公が待ち望んだ男だった」
彼との時間が結ばれることを予感しての言葉である。
万感の思いを込めて、短くまとめたのだ。
ちょうどその時である。バルコニーに立つ彼の見た方向から、巨大なモンスターの影が接近してきた。
奇妙奇天烈で、生物のようには見えない。
変な玩具、としか言い表しようのないデザインをしているそれが、まっすぐこちらに向かってくる。
「ははははは! すげ~~! すげ~ので帰ってきたな! そりゃ何も言わなかったらとりあえず撃ち落とすわ! ははは! ていうか、今から撃ち落とさないか? 不審すぎるだろ! 落っことしたら面白そう! はははは!」
「どういう趣味だ、アレは……」
「っていうか、アレに乗ってジローやらガクヒやらと一緒に戦ったのかよ! すげ~! すげ~バカみたいだ! 俺もアレと一緒に戦ってみたいな! 誰が相手でも怖くねえや!」
「勘弁してくれ」
カンヨーの民の動揺が、バルコニーにも伝わってくる。
多くの人々が逃げ惑うこともなく、呆然と見上げて騒いでいる。
ジューガーは今更ながら、彼の特異性に頭を痛めていた。
今までと違って予告はしてくれたが、それでも混乱は甚だしい。
「この展開は望んでないんだよ、狐太郎君……」
この後狐太郎は、この地で別れの挨拶をしつつ、置き土産として楽士の技を広めて去っていったのだが……。
彼がフランケンシュタインに乗り込んできたことは、後世に神話として語られるのであった。




