宗論はどちらが勝っても釈迦の恥
ちょっとした補足。
作中で説明された通り、カームオーシャンの昏が忍者になった場合、不死性である透過性は失われます。
その代わり作中で描写された通り、超広範囲に分身を派遣し、超広範囲へ同時に毒攻撃を仕掛けられました。
素のカームオーシャンはそこまで広範囲に毒攻撃ができないので、その方面においては確実に超強化されています。
その代わり不死性は失われ、物凄く脆くなっています。
現在の彼女は同ランクどころかAランク内の攻撃は避けなければなりませんでした。
まあ忍者なのである意味普通に回避はできるのですが(そもそも素のカームオーシャンも早く動こうと思えばできるので、忍者になればもっと早くなっています)本人がそれを意識していなかったので油断して死にました。
プルートの昏について。
プルートは際限なく誕生する単性生殖形態と、追い詰められたときに自力で戦う有性生殖形態の二相をもちます。
昏になった場合は一種のハイブリットで、単性生殖も有性生殖もできつつ、自力での戦闘も可能です。
もちろん同ランク帯からするとカスみたいに弱いです。
彼女らの認識は作中で語られているように、単性生殖では母体の知識を完全に受け継ぐ転生のようなものであり、しかし彼女ら自身は母体と己を分けて考えています。
つまり自分が死んで子供が生まれても、自分が生き返っているとは認識していません。
(ちなみに鴨太郎の仲間であるコロブの子供はこれと近い状態で、生まれながらに母親の記憶などを完全に引き継いでいます)
知的生命体になった本人からするとものすごく損な生態です。
他者からすると自分と母親、子供を完全に同一視してくるし、死にそうになっても助けてくれません。しかも比較的簡単に死にます。
有性生殖で普通に子供を作ることが、彼女ら四代にわたって受け継がれていた願いでした。
ちなみに楽士になった場合、対昆虫命令フェロモンの大量散布が強化されています。
また昆虫限定の強化は度合いを増しています。
ゲーム的に言うと……
デフォルトで昆虫限定でフェロモン状態にする。
フェロモン状態の味方を大幅強化。
という感じのショクギョウ技を習得します。
シズカとメオ三世、メオ四世は死んだ。
彼女らの作戦は破滅を前提としたものだが、その破滅はある種運命任せであり、生き残る方法は十分にあった。
最初にして最大の分岐点は、北笛の王から逃げられなかったことである。
異世界へのワープである以上、発動していれば退避は十分可能である。少なくとも王都奪還戦やEOS強奪戦に置いて、スザクは誰一人見捨てることなく逃走に成功している。
接近を悟った時点で対応していれば、彼女らはいまごろ拠点でジュースでも飲んでくつろいでいただろう。
そこを逃げ損ねた結果直接戦闘に移行してしまったわけだが、それでもビャッコ達を相手に勝ち目はあった。
自陣がAランク上位が二体いて、相手はAランク中位相当が四体(純血の守護者を含む)である。普通に戦えば負けるはずはない。
普通に、つまり素で戦うかコンウ技を発動していればまず負けなかっただろう。彼女らは転職武装を維持したため負けの目を生んでしまったのだ。
なぜかと言えば、自分達が絶対的に有利だったからである。
シズカが悟っていたように、彼女がその気になれば一瞬で全滅させることも可能だった。しかしそれには相応の労力が必要であったため(というかまずメオ三世が死ぬ)いざとなればそうすればいいという算段であった。
だからこそ転職武装を解除する、という手間を惜しんでしまったのだ。
まあつまり、気合と根性があれば生き残ることもできたはずであった。
そうでなくとも、説明を真摯に受け止めていればよかった。
そして良くも悪くも央土北部全域へ影響を及ぼしていた二体が死んだことは、英雄やそれに準ずる者たちならば即座に察知していた。
シズカとメオ三世、四世が死んだことを誰も特に驚くこともなく、北笛と央土の戦いも一旦終わったのである。
特に、その場で観ていたテッキの反応は劇的であった。
彼女らに対しての心象が良ければもう少しは頑張ったかもしれないが、心象は最悪だったので仕方ない。
「これであいつらも俺たちも筋は通せたな。もちろん、お前たちもだが」
自分の敷地に武装した集団が入り込み、隣の家に攻撃を仕掛けていた。
なんとも迷惑な話だったが、今までの戦闘で十分に見せしめは済んでいる。
テッキは極めて合理的に、賢明に矛を収めていた。
彼を押しとどめていた三体は気が抜けて、何度も繰り返されていた破壊と再生による激痛により膝から崩れて倒れていた。
絶望のモンスターも合体を解き、地面にへたりこんでいる。
テッキはそれを嘲らない。
むしろ敬意をこめて、三体に質問をする。
「ノゾミと共に戦った二体のモンスターよ、名前をぜひ教えてほしい」
遥か格上からの敬語の質問に、究極とスザクは少しだけ黙ったあと答えた。
「昏の隊長、フェニックスのスザクです」
「究極のモンスターよ」
「スザクと究極のモンスターか、覚えておこう」
究極のモンスターという、名前とも呼べないそれを聞いても彼はやはり笑わない。
覚える価値がある者の名前であると認識し、心に刻んでいた。
ノゾミはそんな彼の振舞をみて、かつて彼に送られた時のことを思い出す。
そう、彼は悪い人ではなかった。
『すまないな、娘たちの対応で気を悪くしただろう』
『なんであなたが謝るんですか!?』
『父として、部族の長として、北笛の王として謝らなければならない。あの二人の振舞が、われら騎獣民族の常だと思わないでほしいのだ』
『そうでしょうか。私が化け物であることは事実ですから、怯えても仕方ないと思います』
『だとしてもだ。あの二人はどのような動機であれ、お前を拾って四冠の元へ送ると約束したのだろう?それならば、何があってもそれを遵守するべきだ。たとえ王であり父である俺を敵に回してもな』
『そうなったら、娘さんを殺しますか?』
『もちろん殺す。俺も反対をするからには、娘を殺すほどの理由があるはずだからな』
(パワハラのパワーインフレだ……)
『だがそれは悲しいことではない、むしろ筋を通した結果だ。一人前になったと、誇りに思うよ』
『殺すのに……』
『ふっ。俺と意見が合わなければ、の話だ。だがな、命を拾うとは本来そういうことだろう。「私は彼女を送り届けると約束したのです。父上に止められても成し遂げねばなりません」というべきだ。にもかかわらず、お前に怯えて父親である俺に丸投げしようとしていた。我が娘ながら無責任にもほどがある。少なくとも俺は、そのような教育をしたことがない。まったく、北笛の恥だ』
『そこまで言わなくても……』
『ではお前の英雄たちは、お前の正体を知って見捨てたのか?』
『……いいえ。あの人たちは、私を見捨てませんでした。沈みゆく船の上でも、私を置き去りにせず、一緒に残ってくださいました。逸れてしまっただけで、捨てられていません』
『それはお前の顔を見ればわかる。お前の英雄たちは北笛の王から見ても立派な一人前だ。であれば、その英雄たちに恥じぬように生きるべきだ』
『それは、はい』
『いいか。余所者が何をしても英雄の評価は決まらない。英雄を崇める者たちの振舞こそが英雄の格を決める。俺たちの娘の振舞が俺たちの格を下げたように、お前が情けない真似をすればお前の英雄の格も下がる。英雄たちを大事に思うのなら、英雄たちに恥じぬ生き方を心がけることだな』
看板の名誉は掲げる者こそが守るべきだ。看板は盾ではなく、己こそが看板の盾なのだ。
その看板に書いてあるものは、宗教の名前かもしれないし英雄の名前かもしれないし国家の名前かもしれない。
看板を掲げる者が悪逆非道を行えば、看板を掲げる他の者も同じ目で見られる。あるいは看板そのものの地位も落ちる。だからこそ己は看板に恥じぬよう生きねばならず、同じ看板を掲げる者が道を外れるのなら正さなければならない。
これも彼女の短い人生経験に刻まれた、人生を導く言葉であった。
「テッキさん。私は自分が大事にしている言葉を、私の英雄たちを、守ることができたでしょうか」
「言葉にする必要があるのか? 必要なら言ってやる。お前の行動はお前の矜持を守り抜いた、俺が保証してやる。もちろん、他の二体もな」
善であり悪でもあり、人であり王である。
テッキは言葉にする必要性を感じないうえで、敬意を持つべき相手にしっかりと返事をしていた。
彼はそのまま近くで戦っていたアレックスとクツロの元に向かう。
荒れ果てた土地でクツロはボロボロの体で、魔王の姿のまま立っていた。
残る力を総動員して、渾身の仁王立ちを演じている。
一方でアレックスは豪快に地面に倒れ、見事に気絶していた。
生きてはいるが、完全に敗北している。その顔ははれ上がって痛々しいが、それでも晴れやかな表情に見えた。
「チタセーを討った亜人の王、クツロだったか。アレックスに勝つとは見事という他ない。それでどうだった、チタセーと比べて強かったか?」
「……チタセーよりも強かったわ」
言葉を発するだけで気が抜けて、そのまま倒れそうになるクツロ。
しかしそれでも、やはり返事をしなければならないと全力で伝えている。
「でも、チタセーの方が勝利にしがみ付いていたわ」
「そうか」
誰の名誉も傷つかない返事に感謝をしつつ、テッキはアレックスを抱き起した。
友人の奮戦を喜ばしく思っていると、彼方からエツェルが戻ってくる。
彼もまた肌を焦がし汚しているが、まだまだ戦えそうであった。
「おいおい、アレックスクン! クツロと決着つけたのかよ! 男前が上がって、こりゃあシブいぜえ」
「おう。場を持たせていただけの俺たちと比べて、なんとも格好のいいことだ。今回はアレックスの一人勝ちだな。今度酒でも奢ってやるとしよう」
決着をつけられず引き分けに終わるなど、負けるよりもみっともない。
元より本番ではないので決着にこだわる気はないが、この短時間で終着に至ったことは羨ましかった。
「さて……」
ずずん、とクツロが地面に倒れた。
己の勝ちが確定されるまで気合と根性で立っていた彼女だが、ついに魔王の姿を保てなくなり倒れた。
ずっと連戦であったことを思えば、情けないと言えるはずもない。
「クツロ……よくやってくれた。生きてるか? 大丈夫か?」
誇り高き勝者の元へ、主である狐太郎が駆け寄っている。
彼を守るように狸太郎と、彼の配下である昏たちもずらりと並んでいた。
Aランク中位、Aランク下位、Bランク上位。
挫折から立ち上がった乙女たちは、怯えつつも戦意を見せていた。仮にここで彼らが撤退しなければ、一戦交える覚悟である。
最高にハッピーな人生を諦めたからこそ、壮絶なる戦意を保てているのだ。
「いい一族だな」
テッキは短く評し、エツェルも頷く。
彼らの撤退を感じ取ったのか、退避していた乗獣たちが迎えに現れる。
「言うまでもないが、言っておく。また似たようなことがあれば本気の本番だ。お前には関係ないかもしれんが、央土が滅ぶことも覚悟しろ。それが嫌なら、奴らをしっかり殺すことだな」
「央土がどうなっても俺には関係ない。だが殺す。言われるまでもなく全員殺す」
「それでいい」
余計なことを言い過ぎたとばかりに、テッキとエツェルはこれ以上何も言わずに去っていった。
巨大な獣に乗って北笛に帰っていく様は、実に潔くすがすがしい。
北を守るガクヒとジローは、それを遠くから見送っていた。
「師匠は彼らに憧れたことがありますか?」
ガクヒは私的な話をジローにふっかける。
シンプルで傲慢に生きる彼らを羨ましく思う己を、彼は笑うのか否定するのか。
「……私は以前、アレックスの祖父と話をしたことがある。その時に、それにまつわる質問をした」
どうやらジロー自身も北笛の王を羨ましく思う時期があったらしい。
それを臭わせながら、先に己の結論に至るまでの流れを語った。
「北笛の騎獣民族は、何から何まで自分でやる。王であっても自分の服を作り、自分で家畜を仕留め飯を作るという。それは本当か、と聞いた。アレックスの祖父は『当たり前だろ』と言ったよ」
遠くに見えるテッキもエツェルも、自分が着ている服は自作であり、食事も自炊しているのだという。
おそらく材料調達も、包丁の製作やらも自分でやるのだろう。なるほど、真に自立であり、真に一人前だ。
「絶対やりたくないと思った」
「ですね」
※
北方軍の大部隊は、麒麟と共に虫を相手に奮戦していた。
当初こそ麒麟頼りであったが、やがて士気が回復しそれぞれの兵士も戦果をあげ始める。
皮肉な話だが、上空でガクヒとエツェルが戦い始めたころに、戦況は劇的に好転した。
上空からいくつもの雪竜巻が降りてきて、虫の群れを呑み込み凍死させていったのである。
これはコゴエが精霊使いと協力しているからでは、と麒麟たちが思ったとき。
麒麟たちだけではなく北笛の地全体に祝祭の音楽が流れ始めた。
シュクサイ技『鎮魂祭』
どう片付けるべきか悩んでいた膨大な数の虫の死体が、瘴気へと変換され消滅していく。
放置していれば悪性の病をばらまいていたであろう害悪は、きれいさっぱり拭われていく。
「これはもしや……蝶花様のお力ですか!?」
「違うわ! 絶対に違うわ! だからこの件に関しては、もう一回やってと言われても絶対に応じないわ! だって無理だもの! 分かってちょうだい!」
広範囲に影響を及ぼす音楽の力ということで蝶花の関与が疑われてしまうが、彼女は全力で否定する。
ただでさえ引っ張りだこで手足が千切れるところなのに、このうえ有能だと思われてはたまらないのだ。
「何が起きているのかわからないけど、事態が終息したことは事実みたいね」
「ええ、そうですね。そして、最後の敵は冒涜教団。かつての僕たちと同じか、それよりなお悪辣で低俗な……いえ、目くそ鼻くそですね」
「そこは五十歩百歩と言いましょう。間違っていないけど不衛生だわ」
麒麟と獅子子は降り積もる雪の中で、かつての己を網膜に投影する。
「世界のすべてが僕を否定する。いえ……世界のすべてが僕を無視する、か」
「誰もが貴方のように、否定されるほどのものをもっているわけじゃない。だから、そんなところでしょうね」
黒幕の被害者意識を戦いの中で感じ取り、麒麟は静かに冷笑した。
救いようのない悪人に手を差し伸べる気はないが、哀れには思った。
「冒涜教団。それが僕らの最後の敵であり、この武装を纏う意味なのだとしたら……僕は、それを受け入れます。貴方は、僕の最後の敵にふさわしい」
「だから、絶対に違うの! 憶測で物を言わないで! 誰が聞いているのかわからないじゃないの! そこから伝言ゲームが始まったらと思うと、怖くて眠れないわ! 私この世界に来て知ったの! デジタルタトゥーよりも普通の噂話の方が尾ひれがついてより一層質が悪いんだって! なまじ私がちょっと有能だから、信ぴょう性もちょっとある感じでしょ!? だから、だから、この場で、貴方も! 全力で否定して!」
「あ、はい。ですが、その、貴女がちょっと有能、というのはいかがなものかと。貴女はとても有能で……」
「だまれ~~! だまって~~!」




