地雷を踏ませる
2020年05月21日を最後に登場していなかったキャラの再登場です。
寒風吹きすさぶ、北の最果て、央土北山脈。
北笛の進行に対抗する警備隊が常駐しており、極端な地形であるため隊員のほとんどが氷や風の精霊使いであった。
流石にここまで虫が攻め込んでくることはなかったが、異常事態が発生していることは彼らも察していた。
それでも、今から下山し救援に向かうことはできないと、歯がゆく思っていた。
それはここの警備隊長である氷と風の精霊使い、冷厳なる鷲と名高きアルタイルも同様であった。
「皆が戦地へ赴きたい気持ちはわかっている。私も同様だ。だが事態は既に収束へ向かっている。我らに命令が下されていない以上、見守る他ないだろう」
高山から眺める北部の空は、まさに神々の戦い。高速戦闘を得意とする英雄同士の、軌道の残像が残り続けて絵を描く戦い。
それだけでも恐るべきことだが、他にもAランク級の戦力が各地で奮戦している。
当然ながら、北部に英雄以外のAランク戦力は存在しない。いたとしても救援で訪れた麒麟ぐらいであろう。
にもかかわらず大暴れが成立しているということは……。
「間違いなく、中央から応援が来ている。英雄ならざるAランクの戦力を保有しておられるのは、四冠の狐太郎閣下のみ。閣下が動いておられるのなら、余計な手出しは却って迷惑であろうさ」
狐太郎が四冠と呼ばれる前に会ったことがあるアルタイルは、当時の奇跡を思い出しながらつぶやいた。
彼に従う風のBランク中位精霊タラゼドと氷のBランク中位精霊リベルタスも、同じように思い出して身震いしている。
主と精霊は、今すぐ参じたい気持ちを押さえつけているのだ。
(あの醜態を繰り返すわけにはいかん……!)
思い出す度に羞恥でのたうち回る、人生の汚点。
子供のころの失態どころではない、大人になってからの大暴走。
Aランクの氷の精霊、雪女コゴエ。
彼女がここにきているからこそ、失望させるわけにはいかなかった。
彼女に見惚れたからこそ嫌われたくない、会いたくないのだ。
周囲の部下たちが友軍や家族の心配をする中で、自分の心配をしている男アルタイル。
彼の表面はやはり冷厳なる鷲、国内屈指の精霊使いであった。
だからこそ、であろう。
彼はその接近に真っ先に気付き、一気に感情を飽和させていた。
それに続く形で、彼の部下である精霊使いたちも見惚れてしまう。
「久しいな、アルタイル殿。タラゼドとリベルタスも変わりないようで何より」
魔王へ変身をしたままのコゴエが、彼らの前に降り立っていた。
ただでさえ氷の精霊が力を増す雪山の高所である、彼女の威厳は異常を極めていた。
「コゴエ殿……です、か?」
「そういえば、この姿をお見せするのは初めてだったな。その点の説明がおざなりになって申し訳ない。そのうえで、貴殿らに協力を要請したい」
アルタイルは冷厳さを失っていたが、彼の部下たちはそれに気づくこともない。
彼らもまた精霊使いであり、至極の精霊に見惚れていたからだ。
「先の大戦で、私は精霊使いの助力の強さを知った。今回は貴殿らに力を借り、事態の収拾に勤めたい。ガクヒ殿より許可は得ているのだが、よろしいだろうか」
「よろこんで!」
最高位の精霊が現れたことにより、自然界のエネルギーは大いに活性化している。
精霊使いたちをしてみたことがないほど大量の精霊が、彼女の周囲を渦巻き始めていた。
氷と風のスペクタクルに、精霊使いたち全員が身を投じる。
自分たちに従う精霊もこの上なく活性化し、さらにコゴエ自らも己の力を精霊使いたちにゆだねている。
圧倒的な万能感が彼らの心身を満たしていた。
さながら英雄のように、今なら何でもできる。この力があればAランクのモンスターすら敵ではない。
高空低温下での熱狂は、しかし感覚の拡大によって一気に醒めていった。
「……あちらでも精霊が動いていますな」
「ああ。助太刀したいが、それは無粋。相手をうかつに刺激すれば状況を悪化させかねん、我らはただ他を救援するべきだろう」
ランリがそうであったように、精霊使いたちは周囲の情報を集めることができる。
風の精霊が伝えてくるのは、まさしく争いの中心。
コゴエに勝るとも劣らぬ精霊の群れが渦を成し、強大な力に抗っている。
(Aランクの虫の群れが、まだあんなにも……!)
今の自分たちがあそこに赴いたとして、どこまで戦えるかわからない。
戦力を把握する力が増したからこそ、全能感は拭われ使命感を取り戻す。
他ならぬコゴエが助力を求めている時点で、戦況が甘いはずもないのだ。
※
以前冥王軍と戦ったプルートと同じく、多種多様な高ランク昆虫型モンスターが布陣している。
当時と違うのは、メオ三世がほぼ無尽蔵に展開してくることであろう。
仮にこの場にEOSがあり、世界の境界を展開して増援が呼べないようにしていたとしても、境界線の内側で起きる増援には対応できまい。
しかしここで疑問が浮かぶのではないか。なぜ一気に召喚し畳みかけないのか。これにはそれなりの合理性がある。
まず高ランクモンスターは基本的に大型であり、捕食対象も大型のモンスターである。
ビャッコ、ゲンブ、セイリュウは人間と同じ大きさであり、同時にAランク中位である。的が小さい上に、展開されている昆虫型モンスターと同格なのだ。これでは倒すのは簡単ではない。
であれば、本命は別にある。
高ランクの虫たちは攻撃するし動くが、あくまでも壁。本命はシズカの猛毒の分身であった。
「ショクギョウ技、猛毒分身」
せわしなく動く昆虫の群れ、その巨体の合間を縫ってシズカの分身が駆ける。
目標であるビャッコ、セイリュウ、ゲンブの姿を発見するや否や、その場で毒煙をまき散らしながら自爆した。
もちろんこれは、同じ忍者である獅子子にも不可能な技。
雪女であり侍でもあるコゴエが氷属性の剣技を扱うように、カームオーシャンが忍者に転職することで発揮されたものである。
それゆえ、毒性はカームオーシャンそのもの。瘴気世界最高峰の猛毒が、味方であるはずの昆虫を巻き込みつつ散布される。
もちろん昆虫型モンスターはほどなくして死ぬのだが、その都度補充するのだ。
これしかしてこないが、厄介の極み。まさに害悪戦法に、ゲンブ、ビャッコ、セイリュウは追い詰められていた。
「対毒アイテムを装備してこれか。瘴気世界最強の猛毒は伊達じゃないねえ」
「褒めるとは余裕だな、まだまだいけそうで安心したぞ」
「どっちも無駄口をたたく余裕があるなんて羨ましいわ。いえ、バカなだけだったわね」
彼女らもAランク中位、その中でも戦闘能力に秀でた種族を起源としている。
対毒アイテム『浄気機関』を用いて対毒ダメージを軽減しつつ、純血の守護者による遠距離支援を合わせて生き残っていた。
ここまでしていなければ、Aランク中位であってもカームオーシャンの猛毒に耐えられるわけもない。
そして時間経過は、彼女らを死に近づけていくだろう。
「……心苦しいが、例の作戦に賭けるしかないな」
「おいおい、もうヤルの? いくら何でも早すぎる」
「残酷な話ね。でも、私たちには選択肢がない」
わずかな葛藤をへて、三体は決断を下した。
この戦況を変えるには手段を選べない。
それがどれだけ倫理に反するとしても、彼女らはやり遂げなければならないのだ。
覚悟を決めた彼女らの目の前に、何体もの分身が出現する。
至近距離で爆発されれば、そのまま死は免れない。
三体は互いの顔を見合った。共犯者の覚悟を決めて、攻め手を切り替える。
「転職武装!」
三体の体を光が包んだ。
猛毒の煙を遮断する球体の中で、彼女らは装備を更新する。
「精霊使い!」
「斧戦士!」
「槍兵!」
ショクギョウ技を使えるのはAランク上位だけではないと言わんばかりに、戦法そのものを大きく切り替えた。
まっさきに変わったのは、戦場の空気そのもの。
本来精霊を扱うクラウドライン。その性質を最大強化したセイリュウが、大気の精霊を制御下に置く。
「ショクギョウ技! 精霊大嵐!」
毒で満ちていた大気が入れ替わり、奇麗な空気に戻っていく。
さらに追撃として、雷の精霊が戦場を跳ねまわった。
「ショクギョウ技! 竜声雷走!」
強化されていたはずの昆虫の体すら跳ねまわり、広域に拡散していく。
ほんのわずかな硬直を、ビャッコの斧は逃さない。
「ショクギョウ技! 父斧交!」
攻撃力に特化した斧が、甲虫の外骨格さえ切断していく。
周囲のモンスターを切り裂いた時、そこにはシズカとメオ三世の姿があった。
「ショクギョウ技! 父蛟鮫!」
斧から放たれる斬撃が、視線の先に立つシズカやメオ三世に襲い掛かった。
向かってくる無骨な攻撃へ、メオ三世が竪琴で対抗する。
「ショクギョウ技、賽の河原!」
臭いで操り、音で強化する。
プルートと楽士の合わせ技によって、周辺にいたすべての虫が彼女の壁にならんと殺到した。
強力であるはずの斬撃は、、虫の山によって遮られる。
「ショクギョウ技、泰山弾!」
蛇の意匠を持つ槍を、ゲンブが腰を入れて放った。
貫通力の高い刺突が直進し、虫の山を貫いてシズカとメオ三世へ向かう。
「ショクギョウ技、壊毒分身」
壁になる虫が尽きた状況で、シズカは壊死を引き起こす分身を展開した。
攻撃であるはずの直進エネルギーは、分身を貫くことなく崩れて消えていく。
「少し、すこぉし、ヒヤっとしました。ですがAランク中位なんてこんなものでしょう。楽士、忍者だからと言って侮りましたね。ランクが一つ違うのです、覆すには何十倍も戦力がいる。戦闘向けの職業なのか種族なのかなど、大した問題ではありません」
大きく焦った顔のメオ三世は、平静を装いながら挑発した。
明らかに強がりなのだが、三体はより苦しそうな顔をしている。
わかってはいたことだが、相手は既存の手札だけで悠々と対処してきた。
これがAランク上位。一対三ですら勝つには奇跡が求められるのだから、二対三など絶望的な差であった。
「ずいぶん、上から目線だねえ」
それをぬぐうために、ゲンブはなんとか強がりを吐く。
陳腐な言葉だったが、もはや語彙が思い浮かばない。
絞り出した虚勢を、シズカが切り捨てる。
「上からも何も、上じゃん」
最強種は、目の前の頑張って生きる弱者に呆れていた。
「もうさあ、頑張って抵抗するの、やめてくんないかなあ。はっきりって面倒なんだよね。どうせアンタたち、どうしようもないんだからさ」
分かっていた言葉ではあった。
言われる覚悟をしていたが、それでも胸に来る衝撃は強すぎる。
「アンタたち、どうせ幸せになれないじゃん。祀っていう連中も死んじゃって、仲間も自分たちで殺して、助けられた奴らもへこんでてなんもできない。そんな状況で四体で頑張ってなんになんの?」
シズカは幼い悪性をばらまいている。
テラーマウスのマイクが大口をたたくのなら、カームオーシャンは毒を吐くのか。
そんなどうでもいい考えが一瞬で津波にのまれるほど、残酷すぎる事実の羅列。
「頑張って頑張って、奇跡を起こして大逆転勝利して? そこまで頑張っても消えないトラウマを背負った人生じゃん。お先真っ暗じゃん。そんな連中がさあ、輝かしい未来のある後輩の前に立ちふさがらないでよ。邪魔でしょ? アンタたちが幸せになるなんて無理なんだから、タイパ、コスパ的に私たちの幸せに協力してよ」
ああ、やはり言われてしまった。
「被害者面してるけどさ、少し前に西重とかいう国と組んでこの国に攻め込んだんでしょ? それで今は巻き込んでてさ、生きてるだけで迷惑だってわからない? 自分のことばっか考えてて、どうしようもない人生を取り繕うために迷惑かけてさあ……死んでよ。さっさと」
三体は、喪失しかける戦意をつなぎ留めながら勝利を確信した。
こうなると分かっていた。
自分たち格下が、手を変え品を変え、一生懸命頑張って工夫し戦法を変えたとしても。
幼い最強種たちは評価などしない、イライラするだけだ。
三体が転職を行ったのは、それだけが狙いである。
イライラすれば、上から目線で自分勝手な説教をするだろう。
それを誘発させるための、体を張った挑発行為だった。
「百点満点で言えば、百点以上だよ」
「は?」
「ありがとう、これで私たちの勝ちだ」
ゲンブの言葉が終わるや否や、凄まじいほどの毒ブレスがメオ三世やシズカに襲い掛かってきた。
シズカは飛び跳ね、メオ三世は呼び寄せた中型の虫につかまり離脱する。
何が起きたのかわからぬまま二体はその先を見た。
そこには怒りに燃える昏たちの姿があった。
シズカがついでのようにけなした、救助されていた昏たちである。
その数は、百体ほどであった。
代表して、激憤するクサナギが吠えた。
「私たちに、輝かしい未来がないこと、消えないトラウマに苦しみ続ける未来しかないことは、肯定いたしますわ。西重に加担し、この国に攻め込んだ以上、因果応報であることも! ですが! それを! アナタたちのような人生お気楽ムードの輩に言われる謂れなどありませんわ!」
純血の守護者内部で保護されていた昏たちは、外の戦況を把握していた。
格上相手に逃げず、必死で立ち向かうスザクたちの奮戦を見て、己の不甲斐なさを呪っていた。
立ち上がって共に戦うべきだと思いながら、立ち上がってなんになるのかという呪いが縛っていた。
まさしくシズカの発言通り、自分達が幸せになれないことを悟っていたからだ。
そんな彼女らを奮い立たせたのは、シズカへの怒りだった。
自虐するのと、無関係な他人からあげつらわれるのは、まったく別の話である。
本当のことだと分かっているからこそ、彼女らは激憤して襲撃を仕掛けたのだ。
真実だから怒り、怒るから攻撃するのだ。
「私たちが幸せになれなくてもいい……アナタたちを殺す!」
単純だからこそ分かりやすい衝動的な殺意に、メオ三世はすっかり青ざめていた。
昏の中にAランク上位は混じっていないが、AランクやBランクであり、なおかつ頭数が多すぎる。
先ほどメオ三世が言った、ランク一つを覆すに足る桁違いの戦力がそこにいたのだ。
まずい、これでは勝てないかもしれない。
メオ三世はとっさに、残っていたすべての昆虫を解き放った。
もはや空間を埋め尽くす飽和召喚。
しかしそれも、同数近い昏たちが迎撃していく。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
手札を使い切ったメオ三世は、とっさにテッキの方を向いた。
スザクと究極、絶望を相手に戦っているはずの彼は、残酷で獰猛な笑みを浮かべている。
それも、明確にメオ三世と視線を合わせていた。
逃げる気配を察している、そんな余裕まである。
逃げることもできず打つ手もない彼女は、完全に硬直していた。
(だるい……一人でやらなきゃじゃん)
メオ三世が戦意喪失している姿を見て、昏を奮起させてしまったシズカはそれでも余裕を持っている。
少々手間だが、全力で毒を散布すれば全員殺せる。そこまでいかなくても半分も殺せば怖気づいて逃げ出すだろう。
彼女はこの期に及んでも格下の集団を舐めていた。
「ショクギョウ技! 夸父逐日!」
「ショクギョウ技! 鳴動突貫!」
斧を振り上げて飛びかかってくるビャッコ、槍で突貫してくるゲンブ。
勇猛な二体にも、彼女は恐怖を覚えない。
本能的に分かっているのだ、まったく無駄な攻撃で避けるまでもないと。
「無駄だって言ってるのが、マジでわかんないのかな」
攻撃が来るとわかっているからこそ、彼女はまったく動かずそれを受け入れた。
斧が頭を割り、槍が胴体を貫く。
そして、激痛がシズカを襲った。
「え、あれ……なんで?」
本能を現実が裏切った。
自分にこんな物理攻撃が利くはずもないのに、なんで致命傷を受けている?
「ば~か。お前が、忍者だからだよ」
こうなったのは、二つの要因が絡む。
まずAランク上位モンスターは、必ずしも頑丈ではない。Aランク下位モンスターよりも脆い、ということさえある。
しかしそれ以上の不死性をもって、生態系の頂点に君臨しているのだ。
スライム系最強種たるカームオーシャンの不死性は、流動する肉体。
もはや水に近い体は粘性がほぼなく、地面に浸透することすら可能。事実上物理攻撃を無効化しているのだ。
この不死性はシズカも継承している。
よって、斧の斬撃、槍の刺突など効果がない。彼女の本能はそう認識していた。
ここで問題なのが、彼女が忍者になっていることだ。
というよりも、転職武装していることが問題なのだ。
「転職するってことは、特化型ステータスへ能力値を振り直すってこと。特定の能力を伸ばす分、他の能力は使えなくなるんだよ」
「カームオーシャンの特性は猛毒と流動する体。どのような職業であれ、転職すればどちらかが伸び、どちらかが失われる! お前の分身は猛毒を帯びている……ならば、流動する不死性は失われているということだ!」
転職武装は純粋なパワーアップではない。
それは、教えられており、知っているはずのことだった。
だがシズカは驕るあまり忘れ、本能に従ってしまった。
「嘘、でしょ?」
「お前には! 暗い未来も明るい未来もない!」
「ここからの大逆転もね! どれだけがんばっても、もう詰んだ!」
ビャッコとゲンブは、格上を見下し同時に叫ぶ。
「死ね!」
不死性を失っていたことさえ忘れていたビギナーに、やり直しの機会などなかった。
猛毒の塊である体は地面に横たわり、そのまま動かなくなる。
「ひぃ!」
何が起きたのか理解してしまったメオ三世は、思わず陳腐な悲鳴を上げた。
見上げればそこには、雷の精霊を従えたセイリュウが攻撃の姿勢をとっている。
マズい、このままでは死ぬ。
彼女は本能的にではなく衝動的に、転職武装を解除しようとした。
理屈で言えば、自分もまた不死性を失っている。
このまま直撃すれば、ただでさえ脆い体がそのまま死んで終わりだ。
ああ、でも、自分は……。
「ショクギョウ技、竜怒蜂起!」
雷の精霊が柱を成し、Aランク上位モンスターの中でも最も脆いメオ三世を呑み込んでいた。
そのころには彼女が召喚していた昆虫型モンスターも品切れとなり、怒りに燃える昏たちが三体と共に並んでいる。
「あ、あ、ああ! お母さま、お母さま!」
電撃が収まった時、そこにメオ三世の姿はなかった。
死体すら残っていない焼け野原で、先程まで生まれてすらいなかった命が産声を上げている。
プルートの特性通り、メオ四世が誕生していたのだ。
これが不死性だというのなら、理性ある生き物としては残酷な話である。
とはいえそれも、鉄火場に身を投じていなければ、問題のないはずの特性だった。
それこそ狸太郎がそうであったように、何も知らぬまま死ぬこともできただろう。
「よくも、お母さまを……余は、お前たちを……許さない!」
実母を殺された哀しみに震えるプルートの昏、メオ四世。
仮に彼女を殺しても、メオ五世、六世が誕生するだけだろう。
生まれながらに妊娠している、単性生殖と有性生殖を使い分けるアブラムシ。その怪物と戦う者は、この不毛さと戦うことになるのだ。
『そうか、でも死ね!』
だがそれも、瘴気世界の常識である。
楽園世界には『無敵の卵』を破壊する手段など山のようにある。
『ユウセイ技! 無敵クラッシャー、スタンプ!』
純血の守護者。その巨大な足の裏が生まれたばかりのアブラムシを、その卵ごと粉砕する。
まさしく虫けらのように踏みにじる復讐鬼は、あらゆる迷いを振り切って君臨した。
足元に立つ、強大で、しかし哀れな乙女たちを見下ろしている。
『お前たち、もう戦えるんだな? もう休まなくていいんだな?』
お前たちを利用するぞ。
狸太郎がそれを言うより先に、クサナギたちは純血の守護者、そのパイロットに礼をとる。
言わせないことが、最大の礼であると言わんばかりに。
「ご命令ください、ご主人様。私たちは貴方の命令に従います」
『そうか、それなら戦ってもらうぞ。俺の為に、俺の、復讐のために!』
第二陣を殲滅した天帝軍は、ここに万全となったのだった。