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5W1H

 二代目教主は二体の昏に対してちゃんと説明をしていた。

 

 央土北部には北笛との国境があり、その北笛側から央土側に攻撃を仕掛ければ、英雄やラスボスたちは攻撃を仕掛けることができない。

 普通なら国境を越えて大規模な攻撃をすることはできないが、君たちは最強種なので広域戦も可能だろう。

 だがそこは安全地帯、というわけではない。そもそも央土がそこに手を出せないのは、別の勢力が存在するからだ。戦いになれば、君達でも勝てないだろう。

 そう気を悪くしないでくれ、そもそも君たち自身、そこまで自分の強さに執着はないはずだ。それでも軽く扱われればいい気はしない? そうかもしれないが、これは君たちを想ってのことだ。

 私としても、教団員はともかく、君たちには生還してほしいのだよ。帰還用のワープ装置は渡しておくから、適当に暴れて飽きたら帰ってきてくれ。もちろん、身の危険を感じた時もだ。


 詐欺師はウソと本当を混ぜるものである。

 質が悪いことに、二代目教主の嘘は『君達には生還してほしい』という一点だけだった。

 注意事項はもちろんのこと、帰還用のワープ装置もちゃんとしたものを渡している。

 なにがしかの検証を行っていたとしても、彼女らにとって不利益なものはないと判断されていただろう。


 二代目教主は他の教団員に対してもそうであるように、彼女らに対しても正しく注意しても死ぬと確信していたのだ。

 そして実際に、それに近い状態に陥る。結局彼女ら二体も教団員と同じで、忠告を生かせない人種だったのだ。


 寒風吹きすさぶ荒野に立つ二体は、相変わらずのんきに戦場の方角を見ている。背後や周囲に警戒をしていなかった。

 そんな二人の元に、三人の王が急接近する。

 もしも三人がなにがしかの探知技を使用していたのなら、忍者であるシズカは逆に気付けただろう。

 だが二人が目立つ行動をしていたので遠くからでも視認できたというだけで、シズカも反応できなかった。

 隕石のように三人が出現した次の瞬間、二体は硬直し動けなくなってしまう。


 英雄と甲種の戦力差は、猛獣と少女ほど。

 三人の熊に囲まれた無力な少女たちは、あまりの事態に脳の処理が追い付かなくなる。

 状況を把握しようとすればするほど、自分達の置かれた状況が絶望的であるとわかってしまう。


「ああ、そのなんだ。お嬢さん。俺も怒っているが、他の二人も大分怒っている。何もしゃべらないことをお勧めするぜ」


 テッキ・ジーンの言葉に、血相を変えた二人はなんとか頷いていた。

 言葉こそ冷静だが臨戦態勢になっている。

 うかつなことをすれば、その瞬間に殺されると理解できていた。


「俺たちはな、どうでもいいんだ。お前たちに聞きたいことなんて一つしかない。何時からとか、どこから来たとか、お前たちの正体とか、何をしているとか、動機はなんなのかとか、どんな能力を持っているのかもどうでもいいんだ」


 5W1Hをことごとく無意味と断じるテッキ。

 他二人も同じであるらしく、あと一つでも苛立つ理由が増えれば手を出してしまうだろう。

 逆に言えば、まだ殺す気はなかった。ここから彼女らが生還できる目が残っていた。


「俺は悪魔じゃないんで、正解を教えてやるよ。重要なのはな、お前たちはどの程度の気持ち(きあい)で央土に攻撃を仕掛けていたってことだ。何があっても絶対にぶっ殺してやるって気合でやってたんなら生かして返してやる。だが適当に暴れてだるくなったら逃げるって程度だったんならぶっ殺すしかねえ」


 テッキ、アレックス、エツェル。

 三人の王の目は、ある意味誠実だった。


 あらかじめ正答が示されており、なおかつ引っ掛け問題ではないと伝えている。

 もっといえば、彼女らが真面目ではないと察したうえで、あえて質問をしていたのだ。


 二代目教主に命令されただけで、自分の意思でここにいるわけではない。

 ヤバいと思ったら逃げていいと言われている。


 そんな真実を真面目に答えれば、彼らは次の瞬間彼女らを殺すだろう。


 嘘であると誰もが分かったうえで、正答を口にするしかなかった。


「なにがあってもぶっ殺してやるつもりだった! 本当だ、ウソじゃない!」

「朕はアイツらを全員ぶっ殺すために来ましたわ!」


 あまりにも白々しい言葉だったが、彼女たちは他の言葉を吐けなかった。

 まさに、正真正銘、まじりっけなしの『その場しのぎ』である。


「良し分かった。そこまで本気なら俺たちも手を貸してやる、一緒に戦おうじゃないか」


 幼き最強種は、一瞬だけ何を言われたのかわからなかった。

 言葉をそのまま受け止めるのなら、彼らは自分たちの建前を信じる体で、央土に殴り込みをかけようとしている。

 論理的に破綻した理由で自らも参じようとしているのだ。


 意味が分からないが、彼らは本気である。


「それじゃあ行こうか」


 三人の王は、それぞれ角笛を吹く。ほどなくして筋肉質の長毛馬、青い狼と白い鹿、けたたましく咆哮する山羊が現れた。

 テッキはシズカを、アレックスはメオ三世を掴んで自らの乗騎に飛び乗ると、そのまま央土へ向かって南下していくのであった。



 強大な力を持った五体の個体が戦場に接近してくる。

 それに気づいたのは二人の英雄であった。


『この感じ……あ奴ら、そろって向かってきているぞ!!』

『それもいきり立っている。最悪の展開だな』


 二体の昏を三人の英雄が連れて央土に向かっている。

 お前たちの敵を捕まえてやった。これは貸しだぜ?

 とかならまだいいが、どう考えてもそんな合理的展開にはならない。


 間違いなく三人と二体の連合軍となって、央土へ本格的な攻撃を仕掛けてくるはずだ(カームオーシャンとプルートが望まない形で)。


 もはや冒涜教団がどうこうではなく、北笛の英雄を相手に戦争をすることになっていた。

 冒涜教団が北笛の地にいる時点で、こうなっても不思議ではない。


『こうなってはやむなし、ガクヒ! 行くぞ!』

『もちろんです! では狐太郎殿、他をお願いします!』


 北を預かるガクヒとジローは、そのまま自分達だけで向かおうとする。

 普段と違い、後を任せられるAランクの仲間が複数いる。

 英雄たちは何も恐れることなく向かおうとするが……。


「いいえ、少なくとも俺と狸太郎君は行きます。事情を知っている者は必要でしょう」

「はい、俺は当事者としていく義務があります。スザク、ビャッコ、ゲンブ、セイリュウ。お前たちも一緒だ」


『……承知しました。行きましょう、みんな』

『覚悟はできていますわ』

『~~ああ、うん! よし、行く!』

『うす! うす! うす!』


『クツロ、我らを代表してお前がご一緒しろ。敵に浄化属性のテッキがいる以上ササゲは行くべきではないし、アカネは既に一発タイカン技を使っている。私も広域戦をするべきだろう』

『仕方ないわねえ……クツロ、任せるわよ』

『何勝手に決めてるの!? この前もそうだけど、クツロだけ狡いじゃん!』

『敵は英雄……そうそう、こういうのよこういうの。アカネ、任せておきなさい』


『ノゾミちゃん、僕らも行こう。元々広範囲戦闘は得意じゃないし、スザクちゃんと協力すれば英雄を抑えられるさ』

『究極さん、わかりました。相手はテッキさんなので少し不義理な気もしますけど、行きます』


 北笛の英雄と戦うというのに、瘴気世界の英雄ならざる者たちが手を上げていた。

 そのうえで勝算まで臭わせている。あっけにとられるほど、驚くほど頼もしい仲間たちだった。


『僕ら三人は広域戦に参加します。もう大物は片付いていますし、ある程度は大丈夫でしょう。ガクヒさんとジローさん、どちらかが残ってくれれば問題ありません』


 英雄のいる戦場に向かうことを恐れぬ仲間の参戦に、ガクヒの心は動いていた。

 その背中を、師であるジローが押す。


『今の北方大将軍はお前だ。狐太郎殿と共に迎え撃て』

『……当然です』


 誰もが逃げ出したくなる非常事態に、誰も臆することなく役目を全うしようとする。

 屈強な敵の参戦よりも精強な味方に震えながら、ガクヒは迎撃地点へ跳躍した。



 狐太郎、狸太郎。

 クツロ。

 究極、絶望。

 スザク、ビャッコ、ゲンブ、セイリュウ。

 そしてガクヒ。


 超巨大兵器たるフランケンシュタインを背負う形で並び立つ者たちは、敵の進路に立ちふさがっていた。

 不退転の覚悟はあるが、ビャッコ、ゲンブ、セイリュウの顔は硬い。

 今まで彼女らは、敵の英雄に対して逃げの一手を打ってきた。英雄以外には負けないが、英雄には絶対勝てないので賢明な判断である。しかし今回は味方に英雄がいるとはいえ、逃げることはできない。

 それでもここにいる彼女らは、あえて自分たちより非力な狸太郎の顔をうかがった。


 明らかに、(たけ)り狂っていた。

 普段同様に目が血走り、顔はどう猛さゆえの笑いを浮かべ、イライラが現れている。

 その表情だけで十分だった。自分たちは戦わねばならぬからこそここにいる。再確認した事実が、彼女らの体幹となって支えていた。


 それでも後ずさりたくなるほどの圧力をもって、四体の搭乗モンスターとそれに乗っている者たちは現れた。

 いっそ通り過ぎてくれればよかったのだが、四体のモンスターは止まり、乗っていた者たちは地面に降り立った。


(なんでこんなことになったのよ……貴女のせいよ、反省して)

(うっさい。そもそもバフ撒いている時点で隠れようがないでしょ)


 逃げ腰になりそうなシズカとメオ三世は、改めて目の前の面々を見た。

 幸いなことに、瘴気世界の英雄は一人しかいない。他は彼女らが当初想定していた敵だけである。

 彼我の戦力差を想えば、圧倒的な優位で臨めるのだから僥倖とも言えるだろう。

 だが彼女らはそもそも、そんなに真面目ではなかった。


 彼女らの原種であるカームオーシャンもプルートも狂暴ではなく、彼女ら自身も攻撃的ではない。

 二代目教主に言われたから暴れていたというだけで、彼女らからすれば自分の(・・・)戦争ではない(・・・・・・)という認識だった。

 このように面と向かって戦うなどイヤにもほどがある。仮に二代目教主から命令されていたのなら、作戦をボイコットしていただろう。


 だが友軍(・・)である三人の王たちは、揃って目の前の英雄(・・・・・・)たちに敵意を向けていた。明らかにやる気だ。

 これではどちらが巻き込んだのかわかったものではない。


「北方大将軍ガクヒ、それに元征夷大将軍狐太郎殿か……。こういう形では会いたくなかったものだ」


 苛立ちをあらわにするテッキが、代表して意志を表明する。


「貴様らがこんな腰抜けだとは思いたくなかったぞ!」


 騎獣民族である彼らの価値観は、定住民族には理解しがたいところである。

 通常彼らが怒っていても、理不尽な怒りであるとして、逆に反感を覚えるのが常だ。

 しかし今回は違う。北笛は純粋な被害者だった。

 自分の庭に見知らぬ者が上がり込み、隣の国へ攻撃を仕掛けているのだ。


 彼らがそういう理由で怒っているわけではないと知っていても、それでも納得できている。彼らが怒っている理由もまた納得できるところだったからだ。


「この二体の娘は、お前たちのナワバリを攻撃していたのだろう? それならばぶちのめすべきだ! 我らとの衝突が怖いので手が出せなかった、など言い訳にもならん! 英雄ならば何も恥じることなしと! 何も迷わずこの娘どもを叩き殺し! 我らが咎めてくれば一戦でも二戦でも交えればいいだろうが! 違うか!?」


 正論である。

 少なくとも選択肢の一つではあったし、事態の収拾をつけるにはそれしかなかった。

 決断ができなかったことは、央土側の落ち度であった。


「我らのナワバリだから我らに委ねるなど……恥を知れ!」


 主権、というものがある。

 概念を表す言葉ではあるが、単語として辞書に乗る前から存在はしていた。

 自国を守る権利だとか、自分の生きる権利だとか、生物として最低限のものである。


 これらは衝突するものだ。

 主権とは平和を維持するものではなく、むしろ戦争の原因である。

 主権とはつまり王権であり、互いに対等であると認めているからだ。

 国家間であれ個人間であれ、対等だからこそぶつかる。

 それ自体は悪いことではない。


 そして北笛は主権の主張を良しとし、それをしないことを恥じるべきことだと考えている。

 他国との衝突を恐れ、自国の防衛に最善を尽くさない。これは恥であり、好敵手がこれをしていれば苛立ちを隠せない。


 自分達とぶつかり合い、自分側が死ぬことになるとしても、毅然とした態度をしてほしかった。

 失望を隠せない三人の王は、あえて言葉を待っていた。


 そして、ガクヒでも狐太郎でもなく、狸太郎が返事をする。



どうでもいい(・・・・・・)



 好戦的な態度をあらわにしている強大な敵を前に、狸太郎は会話を拒絶していた。

 当事者として話し合いに参加しながら、被害者に対してどうでもいいと言った。それに何ら恥じることなし、という厚顔ぶりだった。


「お前たちもそいつらもこの国もなにもかもどうでもいい。何の興味もない、とっとと片づけるだけだ」


 先ほどテッキに問われたことなど、既に葛藤の果てにたどり着いている。

 彼はもう迷わない。


「ぐだぐだ話しなんぞしてるんじゃねえ、失せるか戦うかすぐ決めろ。俺にはやることがあるんだよ」


(うわ、死んだわ。バカじゃないの、こいつ)

(これで怒りが奴らに向けば、楽に勝てるかもしれないわね。これで朕も安心して生還できる)


 シズカとメオ三世は彼の言葉が火に油を注ぐものだと解釈していた。

 ただでさえ怒り心頭だった三人の王は、狸太郎とその仲間を殺すだろうと確信して顔色をうかがう。


「へえ」


 テッキもアレックスもエツェルも機嫌を直し、納得(・・)していた。

 なんで、と思って央土側を見るが、やはり納得したような顔をしている。

 己の英雄を持たず、また自らが英雄というわけでもない二体には理解しがたい状況であった。


「なるほどなるほど、お前の戦争(ケンカ)はここじゃないってか」


 狸太郎のメインクエスト(もくてき)は北笛にも央土にもなく、よって現在の状況はサブクエスト(じかんのむだ)に過ぎない。


 よって、北笛の王も、彼らが捕らえた二体の昏もどうでもいい。

 迷いを捨てて、割り切っていた。


 それが伝わっていたのだ。


(この兄ちゃんの侠気(きょうき)を見て、狐太郎が力を貸したいと思ったわけか。で今は、狐太郎の付き合いで戦う羽目になっていると。なるほどなるほど、じゃあこの兄ちゃんにとってはたしかにどうでもいいわけだ)


 狸太郎からすれば正真正銘どうでもいいことだが、北笛にとっても央土にとっても今回の問題は重大だ。それこそ狸太郎の方がどうでもよく、とりあう価値がない。


 しかしそれは、定住民族(シャバ僧)の考えである。


 この時三人の王の脳裏には、時折現れる男前たちの顔が浮かんでいた。


 俺の妹が攫われた、何があっても救い出す。

 私の息子が殺されたの、何があっても仇を討つわ。

 わが家の家宝が奪われた、何があっても奪い返す。


 北笛に自分たちがいると知ってなお死をも恐れず、どこにいるともしれぬ目標を目指してひた走る者たち。

 動機はさまざまであり、逆恨みであったり金で雇われただけの場合もあった。

 だがどんな理由であれ、命を懸けて乗り込んでいたのなら許容できた。


 目的のために命を捨てている者には、相応に敬意を払うべきだ。

 問題解決を長引かせて彼の邪魔をすることは、彼らにとって本意ではない。


 自分勝手な彼らだからこそ、自分勝手な狸太郎を尊重したかった。


「では戦おうか」


 しかし、ガクヒに対してデカい口を叩いた自分たちはどうか。

 文句を言うだけ言って、それで何もせずに帰るというのは彼らにとって悪い自分勝手だ。


 自分たちは他国の領土を侵犯してまで文句を言いに来た。相応の覚悟も当然あった。

 ならばこのまま無傷で、自分の身を危険にさらさず帰るなどありえない。


 自分勝手な理屈の重ねがけだが、そこに冒涜はない。むしろ誇りを守っている。


「最初からそのつもりだっただろう? もちろん、俺もだ!」


 北方大将軍ガクヒは高速で跳躍する。

 自らこそが難敵に向かうべきだと、テッキに一瞬で接近した。


「ジャンプエフェクト、クレーン!」


 Aランク上位モンスターですら影を追えるかどうかという一瞬。

 テッキは大いに笑っていたが、何もしない。


加速属性(アクセル)付与技(エフェクト)(ウィンク)!」


 横から割り込んだのはエツェル。

 超高速の英雄たちは互いに彼方へ吹き飛んでいく。


「下がっていろ、三下(エツェル)!」

「どかしてみろよ、兄ちゃん(ガクヒ)!」


 共に超高速で弾きあい、どこにとどまることもなく動き続ける。

 高機動戦闘はまさに一番槍にふさわしいものであった。


 対照的にのそのそと近づきあう二つの影がある。

 魔王になったクツロとアレックスであった。


「その姿、チタセーを討ったという亜人王クツロか。虫の相手をして疲れているのではないか? ずいぶん弱そうにみえるぞ」

「亜人王、まあまちがってないわね。でも虫相手に戦って疲れていたかって言うと違うのよ。フラストレーションがたまっていてね、ぶつける相手を探していたところよ」


 相手がチタセーの名前を出したことで、クツロの中の鬼性に火が点く。

 この男が彼を知っているのならば、彼の名誉のためにも負けることはできない。

 かつてのように、初手からタイカン技を発動させる。


「鬼が笑うぞ、鬼が泣くぞ、鬼が叫ぶぞ、鬼が来るぞ!」


「鬼が怒るぞ、鬼が怒ったぞ、鬼が怒ってしまったぞ! さあ逃げろ、逃げろ、逃げろ……鬼の怒りは(とど)まらぬ!」


「タイカン技、鬼面赫神!」


 発動する自己強化のタイカン技。

 対英雄の名に恥じぬ、実際に英雄を討ち果たした技であった。

 ただでさえ強力な鬼の体が更に膨れ上がり、高熱を発し始めていた。


 なんとも色気のあふれる姿に、アレックスはうれしそうに笑う。


「安心した。どうやらあの老雄は、老衰で死んだわけではないらしい。強者に敗れるのなら名誉は守られる。そしてぇ~~チタセーを討った女を討つ、というのは面白い! 大笑いだな!」


 はははは、鬼が笑うように豪傑は笑う。


 あふれるエナジーが、彼の体を盛り上げる。

 盛り上がる体をへこませようと、クツロは巨大な金棒を振り下ろす。


 油断も慢心もない、卑怯だとも思っていない。

 この男は既に臨戦態勢に入っている。

 ここで殴ることはベストであった。


怪力属性(パワフル)付与技(エフェクト)(アーム)!」


 鬼の金棒を、男の両腕が受け止める。

 力と力が打ち合って、地面にクレーターが生じた。二人以外のすべてを撃ち飛ばし合って、二人は相撲さながらに一歩も引かずぶつかり合う。


「シュゾク技、鬼の金棒!」

怪力属性(パワフル)付与技(エフェクト)(パンチ)!」


 何もかもを置き去りにして戦うガクヒとエツェル、何もかもを吹き飛ばして戦うクツロとアレックス。

 始まってしまった戦いを見て、テッキは嬉しそうだった。


 彼はまだ何もしていない。

 悠々と観戦をしている。

 このままで満足してくれないだろうか、という淡く卑しい期待がないではなかった。


「貴方の強さは良く知っています。とても心強いですよ、究極のモンスター」

「あらあら、私もよ。貴方のしたたかさはよくしっているもの、それに前よりも強くなっているしね。話があるのなら後で聞かせてほしいわ。今はただ、肩を並べて戦いましょう」

「ええ、ココを越えねばいけぬ場所がありますから」


 何もしていないテッキに向かって行く三つの影。

 スザク、究極のモンスター、絶望のモンスターであった。

 Aランク上位種一体、特種二体という文字通り破格の戦力であったが、相手が北の王であっては絶望的であった。


「ん、お嬢さんは確か……」

「はい、以前お世話になったノゾミです。あの時はお世話になりました。それなのに、こうして戦うことになって申し訳ないと思います」

「気にすんな。娘たちも言っていたが、こうなる可能性はあった。だから何だって話だろ? 敵になるなら助けちゃいけないのか?」

「そう、ですね」


 やはり人生はそううまくいかない。

 少し話しただけで、純粋な悪ではないとわかる。

 そんな人と戦わなければならないのだと思うと、ノゾミの心中はかき乱される。

 それでも戦うと彼女は決めていた。


「それはそれとして……」

「うん?」

「この状況で戦うのはどうかと思います!」

「そうかそうか。だが俺は退かないぞ?」

「それなら戦うだけです!」

「ははははは!」


 ノゾミの主張(けつだん)を見て、ちゃんと自立していると再確認できた。

 主張しないことは情けないことであり、実行力が伴わなければ意味はない。

 主張しない人間とは、主張のための実力を持っていない、得ようとしてこなかった者だ。

 彼女はそうではない。


「いいだろう、お前の相手をしてやる」


 テッキ・ジーンは目の前の三人ならば自分の相手ができると認めた。

 英雄でも魔王でもないラスボスたちの意気に応じ、手加減なしで向かって行く。



 どうしてこうなった。

 自分たちは一方的に攻撃する側であり、安全圏を確保している者ではなかったか。

 鉄火場のど真ん中に放置されるなど考えてもいなかった。


(どうすんの、逃げる?)

(朕は無理だと思う。少なくともテッキとかいう奴は、私たちのことも見てる。逃げようとしたら、次の瞬間には殺されるわ)

(……私もそう思う、クソ)


 不本意極まりない状況ではあったが、撤退を検討する程度には余裕もあった。

 同格や格上の戦力は既に交戦中であり、すでに格下しか残っていない。

 こいつらを倒すだけでいいのならそんなに問題ではなかった。

 

「一応名乗っておきましょうか、先輩方。朕は昆虫型最強種、Aランク上位モンスター、プルートの昏、メオ三世」

「……なに名乗ってんのよ。これじゃあ私も名乗る流れじゃん。はあ……だるい」

「毒を吐いてないで名乗りなさい」

「ったく。カームオーシャンのシズカですよ、はい」


 ビャッコ、ゲンブ、セイリュウは士気を高めつつ構えている。

 二対三という数的有利を活かして、格上二体を倒す算段でも立てているのだろう。

 まったく能天気な話だ、自分達もそこまで楽天的ではない。


「もったいぶらずにさっさとやりなよ、こいつらを片付ければあの三人も文句言わないでしょ」

「ええ、そうね。元は撤退時にばらまくつもりでしたが……」


 メオ三世は懐から多くの小瓶を取り出した。

 中に何かが入っていると思えないほど軽く見えるそれを、彼女は粗雑に地面へ投げる。

 そのアクションを見て、三体の背筋が凍った。


「まさか……」


 他でもない昏が西重に提供した戦力。

 時間を越えたワープ技術による、モンスターの疑似召喚。


 それもAランク下位、中位という強豪たちが群れとして出現していた。


 決死の覚悟を決めていた三体をして、戦意を失いそうになる光景であった。


「瘴気世界には朕たちの原種のように強力なモンスターがわんさかといる。それならストックし持ち歩く、当然のことであろう」

「楽士と忍者は主体となって戦うわけじゃない。面と向き合えば弱いけどさ、こうやって壁がいれば話は違うよね」


 文字通り、敵二体の姿が見えなくなった。

 巨大な虫に阻まれているという状況が、シズカとメオ三世にとってどれだけ優位に働くか。

 少々の劣勢が、絶望的な劣勢に変わっている。


 否。

 まだ天帝軍は、札を切り終えていない。


『人造種終末機関フランケンシュタイン、戦争連結!』


 各地に散っていた子機を集合させ、モザイクアートの怪物となった巨大ユウセイ兵器。

 四番目のラスボスのレプリカは、この戦場に改めて姿を見せる。


『対乙種級ユウセイ兵器、純血の守護者!』


「ご主人様!?」


『俺も援護する! 戦うぞ、この先のために!』


「はい!」


 勝算は十分なほどある。

 狸太郎は自らも戦場に立ち、命を危機にさらそうとしていた。


 かくて、冒涜教団の第二陣との戦いは、最終局面を迎える。

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― 新着の感想 ―
侠か。 狐太郎は武侠でも任侠でもないが、ただ一つ貫いているものがある。 誠。 真実から出た誠の行動は、決して滅びはしない。 (何しろ、ネゴロとフーマの件で止む無く方便を用いた事を、死にそうになった…
この空気のなかでなんだけど、狐太郎さん大丈夫かな。周囲で英雄級の激突が多数発生しているけど、死にかけていないだろうか。今はエフェクト技での守りもない状況なのだけど
北笛の流儀は難解だなー… ここで狐太郎と狸太郎が行かなかったら、もっと面倒なことになってたのは確か
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