それは悪い話です
二代目教主は今回の作戦をしっかりと観戦していた。
彼は少しだけ意外そうな顔をして、戦況を評している。
「……どちらも、思ったよりだいぶ早いな。流石に舐めすぎたか?」
北笛に二体を配置したことに、天帝軍も北笛も早々に気付いていた。
天帝側はある種のメタ読みであり、北笛側は単に騒動を聞きつけてやってきただけである。
何か不思議なことが起きたわけではないが、彼の想定を超える速さで事態が進展していることは事実だった。
「しかし、これはこれで悪くない。英雄やラスボスにしてみれば自分たちの優秀さが、自分達の苦難に早々に気付けてしまったのだからな。運が良ければ気付かぬうちに解決していたかもしれないというのに、優秀だからこそもどかしさで長く苦しむことになる」
二代目教主の想定は、天帝軍を侮っていたわけではない。
普通に考えれば、央土国北部のどこかに潜伏しているか、あるいは敗者の世界からワープ技術によって遠隔攻撃遠隔支援をしていると考えるだろう。
虫の群れがチャフの役割をしているため、発見できないだけ。殺していればそのうちなんとかなる。
相手には高度なセンサーを持つユウセイ兵器があるのだから、普通はそうするはずだ。
虫を散らしても、ワープ反応や隠密反応も中々発見できない。
いったいどこから……という段階になってようやく、気付く可能性に行き当たる。
これが普通だ。最適解を読み合うのならそうなる。
そうなっていないということは、相手は思った以上にこちらを理解しているということだ。
「良いな、悪党冥利に尽きる」
自己表現の芸術が理解してもらえるというのは、本当に喜ばしいことであった。
彼は心底から愉快そうに笑っていた。
このあと彼は、もっと笑うことになる。
※
央土北部で暴れていたAランク、Bランクのモンスターは既に掃討されていた。
虫の群れに紛れていた巨大ユウセイ兵器もすべて破壊されており、既に敵の大型戦力は壊滅状態にあった。
あと少しで各種センサーがまともに機能するようになり、二体の甲種を捜索できるという段階になった時である。
原石麒麟やノゾミから、作戦開始時に渡していた携帯通信機を通じて推測が報告された。
『ノゾミです! 敵はたぶん、北笛の国境の向こう側にいます!』
『麒麟です! 僕もそう思います! 最初から僕たちに解決することはできなかったんです!』
原始の通信機と違い、常にデジタルチャットのように複数と通信可能である。
それゆえガクヒやジローにも二人の報告は即座に伝わっていた。
『ありうる! この北部では逃げ場に困った悪党が北笛に逃げることはまれにあるのだ!』
『相手がAランク上位モンスターであり、広範囲に及ぶ技を使えるのなら……それなりに合理的な展開だな。逃げ足に自信があるのならなおさらに』
二人の英雄もその手段を肯定する。
相手が犯罪者だからこその一手を聞いて、フランケンシュタイン内部で操縦している狸太郎は怒りで目を血走らせていた。
「……どこまでも、舐めていやがる!」
彼がコックピット内にあるモニターに視線を向ければ、そこには小型の虫の群れが他の大型モンスターを捕食し骨に変えていく映像があった。さらにそれに怯える兵士や、奮い立たせる麒麟とその顔が映った。
己の復讐に、これだけの人々が付き合わされている。
この状況を引き起こした己に生きる資格があるのか。
過去の映像が脳内でフラッシュバックする。
その上で、彼は自殺しなかった。
「死ぬべきは奴らだ、俺が死ぬのはその後でいい」
改めて、この現実と向き合う。
無尽蔵に湧く虫を討ち続けなければ犠牲が出るという『目の前の問題』と、根本的な解決が許されない現状だ。
(相手は楽士のプルートとカームオーシャンの忍者。戦闘向けの職業でも種族でもない。忍者のショクギョウ技で隠れていても、このユウセイ兵器があれば居場所を特定できる。スザクの一体でも送り込めばなんとかなる。だが北笛に見つかれば、スザクが殺される。その上央土との戦争になるかもしれない。少し前の俺ならそんなことは知らねえと突っ込めたが、俺のことを受け入れてくれた狐太郎さんの迷惑になることはできない。それじゃあ俺は狐太郎さんと一緒に行動をするべきじゃなかったか? イヤ、俺たちだけで洗脳された昏を助けることはできなかった。そもそも倒すこともできなかった。狐太郎さんの助力があるから竜や魔王と手を組むことができた。それは今も変わっていない。奴らは強大だ、俺とスザクたちだけじゃどうにもならない。だから狐太郎さんと手を組むことは正しい。それに洗脳されていた昏たちを見捨てるのか? 俺は甘い、甘いのか。何もかも体よく利用して使い捨てる覚悟がないのか。狐太郎さんもスザクも知ったことじゃねえと、適当なところで信頼を無くすような真似をしてでも復讐を。いや待て、それをするとしても今やることか? 俺が今、狐太郎さんやスザクを切って、それで目的を達成できるのか? できないのなら、今は裏切るべきじゃない。でもそれじゃあ、この世界の人が、この国の人が、俺のせいで、俺が巻き込んだせいで……俺は、どうすればいい!)
「狸太郎君、手が止まっているよ」
コックピットの中に入っている狐太郎が、操縦している狸太郎をなんとか諫めた。
「君は今、戦うべきだ。俺と違って、君には今できることがある。そうだろう?」
「ひゃは、ヒャハハハハ! いやあ、すみませんね! 何度も何度も何度も! 俺は同じことを繰り返す! 学習能力のなさにがっかりですよ! じゃあ目の前の虫をぶっ殺しまくる動きに入りますわ! 手を動かしますよ、半自動運転ですけどね!」
なんとか張り詰めた空気に戻った狸太郎は、ユウセイ兵器の操作に戻る。
一方で狐太郎も、コックピット内のモニターに注視した。
(センサーのノイズになっていた虫はだいぶ数が減った。これならAランク上位モンスターが隠れていればわかる。それでもセンサーは見つけられていない……それならやっぱり、相手は北笛にいるのか?)
数年ぶりに触る電子機器は、スマートフォン以上にノーマライズされていた。
少々練習しただけで、狐太郎でも複雑な操作ができていた。
(楽士の演奏によるバフは今も続いているが、一定の場所から流れているわけじゃない。ドローンとかを中継して各地から放送しているんだろう。ドローンを操作する微弱な電波はまだ走査できない。だが忍者の分身の出現パターンから、いるであろう場所を予測することはできる……やっぱり北笛か)
意味のない行動をしてしまうのは、本当にやることがないからだった。
もともと彼の仲間は自分の判断で行動できるうえに、仲たがいすることもない。
戦闘中に指示を出せるわけでもなく、麒麟やノゾミのように気づきを得ることもなかった。
そんな彼の思いは、北笛がどう動くかであった。
狐太郎は北笛にいる三人の英雄のうち二人に遭遇している。
どこかずれているものの、義理堅さと誇り高さは感じ取っていた。
一方で傲慢さと強欲さも兼ね備えている。
彼らがどう動くのか、彼には確定できなかった。
(いつ動く、どう動く?)
二代目教主が想定したとおり。
よく知らぬ他者に解決がゆだねられている現状に狐太郎は苦しんでいた。
※
犯罪者が国境を越えて国外へ逃亡する。
どの世界でも行われていることではあるが、央土においてもよくあることだった。
とはいえ、命がけの逃避行であることに変わりはない。北笛の地に逃亡するというのは、下手な魔境に突入するよりも危険なことだった。
まず北笛の者は縄張り意識がある。
遊牧民にそんなもんはない、と思う者もいるがそんなことはない。
むしろものすごくきっちりとしている。
そのうえ問答無用で殺される。
本当に人権という概念がないので、殺しても何の問題もなく、殺さなければならないとばかりに地の果てまで追いかけてくる。
逃げ切れば『やるなアイツ』と逆に評価されるかもしれないが、騎獣民族相手にそれを成功させることは不可能に等しい。
しかしそれも逃げるというだけのこと。
なにがしかの形で協力を要請するのなら、それなりの手順を擁する。
比較的穏健とされる部族を介して王へアポイントメントをとり、協力を取り付けたい組織の長が自ら王へ挨拶に赴くことになる。
西重の王はこれを実行し、三者から戦争への協力を取り付け、なおかつ失敗に終わっても恨まれていないのだから大したものである(ある意味では)。
人権意識はないが礼儀にはうるさいのが彼らなのだ。(ある意味当たり前だが)
そんな彼らの王たちは、央土のほうで大騒ぎが起きていると知って、なんだなんだと揃って見物に向かった。
すると国境付近で央土に向かって攻撃を仕掛けている二人の亜人がいたのだ。
彼らはおおよそを悟って、互いに顔を見合わせる。
「よし、ぶっ殺そうぜ。二人まとめて俺が始末してやんよ」
「それは贅沢だろう。ここはほれ、俺が一肌脱ごうではないか」
「ああん? おいおい、アレックスクン、俺が先にやるって言ったんだぜぇ? 聞いてたかよ、首突っ込んでんじゃねえよ!」
「そうそう気を高ぶらせるな、獲物が逃げるぞ。それは流石に面白くあるまい。気配を殺す狩りならば俺の方が上だ。ぜひ任せてほしいのう」
アレックスとエツェルはともに、二人まとめて自分が殺すと言い出していた。
相手がAランク上位二体とはいえ、彼らはそれぞれに十分な実力がある。
この時点で彼女らの死亡率は二百パーセントに達している。
「まあまて、二人とも。それは少々面白くあるまい」
三人の中でもまとめ役を担うテッキ・ジーンは死亡率二百パーセントの話し合いを止めていた。
ただしその顔は、死亡率をさらに引き上げかねないものであった。
「確かに奴らは気に入らん。だがガクヒやジローたちも情けない、とは思わないか」
テッキは遠くに見える二人よりも、その更に先にいるガクヒやジローに苛立っていた。
「奴らのことだ、あの二人がここにいることはもう気付いている」
麒麟が二代目教主の作戦を察したように、テッキもまたガクヒやジローの心中を察していた。
規模はともかく手口はありふれたものなので、戦況の予想は立てやすかったのだ。
「にもかかわらず奴らが手を出さないのは、我らが始末すると察しているからだろう。それで殺す、というのは奴らに利用されているようで気分が悪い。とはいえあの二人を好きにさせている気にもならん」
「賢さ自慢んじゃねえよ! 結論を言えや!」
「ずいぶんもったいぶるなあ、我らが納得する答えがあると?」
「あの二人を連れて、央土に殴り込もう」
二代目教主ですら想像していなかったことを、北笛の大王は言い出していた。
損得勘定をせずに悪人足らんとしている冒涜教団では思いつかない、別の社会で生きているものの茶目っ気であった。
「そこから先は、その後で考える。悪い話じゃあるまい?」
「ガハハハ! 乗った! 乗った!」
「しゃあ! そんじゃああの娘っ子をひっかけるとすっか!」
本日、本作の最新話が更新されます。
宜しくお願いします。




