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最悪性の違い

 冒涜教団の第一陣が壊滅、教団員全員が未帰還。

 凄惨なる報せを受けても、第二陣に参加を表明する者は多くいた。


 理由は単純、第二陣の参加者は甲種の昏に接触できる権利が与えられていたからである。

 プルートとカームオーシャン。規格外な生命のはびこる瘴気世界においてなお、最強格とされるモンスター。その擬人化ともいうべき女の子と接点を持てる。

 教団員たちは大勢が挙手、という名の申し込みを殺到させていた。


 一応元のモンスターの画像も資料として添付しており、その生態についてもまとめていたのだが、全員がそれをまったく読まなかった。

 教主は一応真面目に資料作成したのだが、誰も手をつけなかった。

 おそらく教団員たちは法整備のなされたインターネット社会で生活していたため、資料は読まなくても自分が不利益を受けることはないと勘違いしているのだろう。

 ちゃんと資料が残っているのだから、問題が起きてもそれを元に訴訟なりなんなりすればいい。

 と、彼らは思っているに違いない。


 あるいはなんの考えもなかったとしても、致命的なことにはならないと楽観していたのだろう。


 仮に何もかも上手くいって甲種の昏と良好な関係を構築出来たところで、生還の見込みは薄いのだがそれも考えていないだろう。


 そもそも冒涜教団に入信しテロ行為に参加している時点でまともであるわけがない。



 第二陣に参加を表明した教団員たちは、本殿の中にある特別な区画に入っていった。

 特に封鎖されているわけではなく、『特別な区画』であるということを今知らされたのである。


 仮に教団員たちが興味を持って本殿を歩き回っていれば、特定のフラグを回収しなくても踏み入ることができただろう。

 とはいえノーヒントであったため、自分の足でマップを埋める根気が必要であり、彼らにそれがあったはずもないのだが。


 ともあれ、大型ユウセイ兵器内部の通路を歩く彼らは、一様に無言だった。

 全員、妙に歩き方が不自然で、視線はうつろ。

 行儀がいいとはいえない、ゾンビの行進めいたもの。


 彼らの脳内は、等しく都合のいい妄想で埋め尽くされている。


 甲種に見初められ、華々しい戦果を挙げ、更にどんどん女を増やしていく。

 それも、なんの苦労も経ずに。


 万民が夜眠る前に行うような妄想だが、甲種に見初められればそれが現実味を帯びる。

 なにせ最強種族だ。対乙種級兵器を単独で複数台撃破可能な怪物だ。

 そんな最強生物が可愛い女の子の姿をしていて、人間と同じ価値観を持っていて、しかも人間を『性の対象』として見てくれるのだ。


 とんでもないトロフィーワイフ、逆玉である。

 

 素晴らしいのは、自分が何もしなくていいこと。

 自分が何も変わらず、あるがまま、自分が自分のままで、成功が手に入る。


 彼らは卑しさの塊のような顔で『地獄の扉』を開いていた。

 そしてそのまま、天国に達したのである。



 第二陣を送り込んでからしばらくして、二代目教主はいくつかのマジックアイテムを装備して『地獄の扉』を開けた。

 中には恍惚とした表情で、黒く染みた絨毯の上に寝転がっている第二陣の教団員たちがいた。

 彼らの身に何が起きたのか、教主は特に疑問に思わなかった。


「やはりこうなったか……くくく」


 二体の甲種が待機していた部屋は、低濃度の毒とフェロモンで満ちている。

 対ガス装備がなければ、致命傷にこそならないものの意識を失ってしまう。

 もちろんそれは資料にきちんと記入していたのだが、誰も読んでいなかったらしい。


「やはり、こうなった? はあ……教主様、殺生ね。こんな字も読めない輩の中から朕の伴侶を選べとおっしゃるの? 本当に殺生、殺生だわ。これではおばあ様やお母様から受け継いだ悲願……大恋愛が叶わないわ」


 フェロモンを発していたのは、ソファーでくつろぐ女性。

 昆虫のような雰囲気をわずかに放つ、スレンダーで高貴な姿の女性。


 昆虫型最強種プルートの昏、メオ三世である。


「ああ、うざ……記憶を引き継いでいるんだから、おばあ様もお母様もあったもんじゃないってのに」


 黒く染みついていた絨毯そのものから声が出た。

 絨毯に染みついた液体そのものが移動し、逆再生するかのように絨毯から染みが抜けていく。

 中央で集まり、絨毯から抜けきったのはごろんと横になっている、肉体が豊満(スライム)な女性。

 全身があらゆる意味でだらしない彼女は、その姿に似合うだらしない姿勢のまま話をしている。


 スライム型最強種カームオーシャンの昏、シズカであった。


「ま、アタシも同じ意見だけどね。なに、舐めてるの? こんなのと結婚しろっての? 毒殺するよ、マジで」


「はははは、すまない。彼らにはきちんと説明していたのだがね……それでこうなったのだから彼らが悪い。君たちの好きにしていい」


 教主の反応は、ある意味誠実なものだった。

 教団員だけではなく彼女たちにも、選ぶ権利という人権を認めていたのだ。

 そして敬意のない教団員に非があると裁き、二体の好きにすることを許したのである。


「そうはいってもねえ……殺す気もおきないぐらい、どうでもいい奴らなんだけど」

「このまま餓死するまで放置が吉、ってところじゃない? アタシらも部屋を移動するぐらいの手間はかけてあげようか」

「そう言わないでくれ。こんなどうしようもない奴らでも一応は人間(カミ)。ユウセイ兵器を操縦できるから、操縦席に座らせれば役に立つとも。メオ三世君、君にとって大した手間ではあるまい」

「……結構な手間なのよ。こいつらを同じコックピットにぶち込むなら簡単だけど、それぞれを操縦席に座らせるのが面倒」

「そうか……フェロモンで操るとはそういうことだったな。すまない、だが君の作戦にとっては意味があることだろう?」

「……はあ、わかりましたわ。おばあ様の代からお世話になっている教主様のご命令だもの。朕が譲歩して差し上げますわ。シズカさん、手伝ってちょうだい」

「だるい」

「……きぃいいいいい!」


 会話を見るに、教主は二体とそれなりの関係を構築しているらしい。

 それだけでも教主が教団員よりは優秀、あるいは相手と良好な関係を構築しようと努力していることが分かるだろう。


 ーーー知性ある生命ならば、相手に理想を求める。それ自体は罪ではないし、むしろ健全であろう。

 だが理想を強いることはあさましく、卑しい行為だ。

 そしてもっとも浅ましい理想の条件とは、『自分を愛してくれること』に他なるまい。

 自分にそのつもりがないにもかかわらず、愛してくれるものには無償で永遠の奉仕をするべきだ、という歪んだ思想があってこその理想だからだ。

 相手に好かれようという気持ち、そのために行動する気持ちがまったくないことは、卑しさの極みである。


 その点だけは、教主も多少はわかっている。

 騙そうと思って、自分に都合よく動かそうという気持ちがあるのだ。

 詐欺師は、無能では勤まらない。


(さて、ラスボスたちの運命は如何に。この甲種たちに敗れ、噛ませ犬として役目を終えるか……あるいは、十二番目の物語の参加者になれるのか。賽は投げられた……私が賽を投げるのだがな!)



 人造種終末機関フランケンシュタインは、ドラゴンズランドから央土北部へ向けて飛行していた。

 到底飛行に適していないデザインに見えるが、それでも順調に飛んでいるのは流石の科学力であろう。

 ほどなくして北部で仕事をしているラスボスたちと合流できるはずだった。はずなのだが、そう上手く行くとはだれも思っていない。

 相手は悪の組織足らんとする異常者の集まり。これから向かう先でテロ行為を行うことは確実だった。


「敵戦力について、改めて説明させていただきます。洗脳されていた昏は全員解放(・・)されました。敵の戦力は前回同様にユウセイ兵器と……婚の宝によって新しく生み出された甲種モンスターです」


 高速飛行しているフランケンシュタインの物見台に立つのは、狐太郎一行とスザクである。

 これから行われるであろう敵のテロ行為に対して、対策を練っていたのだ。


「フェニックス、ノットブレイカー、ベヒモス、テラーマウス以外の甲種モンスターが、自らの意思で冒涜教団の命令に従い襲ってくるでしょう」


 婚の宝たる大母孵卵器は、如何なるモンスターであっても擬人化、人に寄せた生命として生み出すことができる。

 宇宙怪獣だろうが精霊だろうが巨大戦艦だろうが〇〇〇〇〇〇だろうが、瘴気世界のモンスターだろうが例外はない。

 一応は『一種につき一回しか使用できない』という縛りは存在するが、脅威が去っていない以上意味のない話だ。


「それも今の私同様に、ショクギョウ技やキョウツウ技が使えるようになったうえで」


 ショクギョウ技、キョウツウ技。

 いずれも楽園で生み出された、技のパッケージである。

 使用者たちは自分で編み出したわけでも習得したわけでもない。

 ある種の儀式によってスキルツリーを体内に刻まれ、プログラムとして使用できるようになっている。


 麒麟はともかく、獅子子や蝶花が自分のショクギョウ技を普及させようとしなかったのは、やりたくてもできなかったからであろう。

 彼女たちは優れた人間ではあったが、他人に技術を教えることはできなかったのだ。


 格闘ゲームのコマンド入力が得意であることと、その格闘ゲームのプログラミング入力が全く別の技術であることと同義である。


 そういう意味では通常の技と比べて大きく劣るのだが、設備さえあれば簡単に外付けできるという利点に比べれば些細であろう。

 スザクがフランケンシュタインの設備でショクギョウ技やキョウツウ技を習得したように、新しい甲種もショクギョウ技やキョウツウ技を習得しているに違いない。


「純粋な戦闘能力という意味では、生来使えるコンウ技ほどではありません。しかし技の幅が広がることの恐ろしさは、貴方たちもよくご存じのはず」


「……君達に協力するとは言ったが、もうすでに大政奉還(いんたい)したくなってきたな」


 これまで多くのAランク上位モンスターを狩って来た狐太郎からしても、スザクのように理性というものを持っているのなら狩れるとは言えない。

 むしろこちらが狩られる可能性すら考えてしまう。


 すくなくとも、目の前のスザクはそれを常に行ってきた。

 彼女が優秀だからこそ、他の甲種にも危機感を抱いてしまう。

 それは四体の魔王も同じなようで、悪い想像が脳を駆け巡っている。


「そうだよねえ……ブレスを強化する職業のカームオーシャンとダークマターが協力していたら、国一つが二息で滅びそうだよ」

「あああああ~~! アナタはなんで、いきなりそんな最悪の想像をしちゃうのよ!」

「相手がテロ組織であることを想えば、ありえないとは言い切れないな。もしも実行に移されれば、英雄でもなければ耐えられまい」


(アカネの奴、最悪の中の最悪をいきなり言い出しやがった……)


『それは無いな、少なくともいきなりやりだすことはねえよ』


 コックピットで操縦しているであろう狸太郎のフラットな声が、外部マイクを通じて会議に届く。

 狸太郎は確信をもって『カームオーシャンとダークマターによる大規模テロ』を否定していた。


『俺はカームオーシャンもダークマターも知らないが、冒涜教団のことは良く知っている。アイツらは悪役気取りだ、何が何だかわからないうちに皆殺しにする、なんてことはしない。そんなお優しいことはしない。そんな、憎悪に満ちた類の行動はしない。もしもやるのなら犯行予告をして、デモンストレーションをして、さんざんパニックと不安をあおって『35分後に実行するよ、止められるものなら止めて見ろ』とかほざくのさ』


「……じゃあ、いきなりやるのならどういうのをすると思う?」


『そうだな……考えたくもないがな、考えちまう。真綿で首を絞めさせられた俺のように……!?』


 フランケンシュタインのコックピット内部で、アラームが鳴り響いていた。

 外部マイクがその音声を狐太郎たちのいる物見台にも伝えている。


「どうしたんだい、狸太郎君! 一体何があった!?」

『センサーがぶっ壊れたのかってくらい、すげえ量の……な、なんだこりゃ!?』

「ご主人様、ご自分の目でご確認なさった方が早いかと」


 情報の整理をしている二人の主に対して、コゴエは周囲を目視するように促した。

 狐太郎も狸太郎も、促されるままに上空を航行するフランケンシュタインの周囲を観る。

 外部カメラ、あるいは肉眼でも確認できた『異常』を、狸太郎は気象と見間違えた。


『なんだ、黒い雲……気象操作系の能力か!?』

「ご主人様、アレは違う! アレは……暗雲なんかじゃない! 虫の群れよ!」

『は、はあ!? んなバカな!? この世界じゃあ、あの規模の虫害がおきるってのかよ!?』


 なまじ視点が高く視野が広いからこそ、国土全体を覆わんばかりの『暗雲』がすべて虫の群れだと認めたくなかった。

 スザクやセンサーがそう伝えてきても、楽園で生まれた狸太郎には偽装情報に思えて仕方ない。

 しかし狐太郎は、コレができるモンスターを知っている。


「昆虫型最強種プルートだ……その昏がやっているとしか思えない」

『なんだって!?』

「……あ、いや、よく考えたら、普通にプルートの原種がやっているだけかもしれないけども……とにかくプルートならこれができる!」


 冒涜教団とはまったく関係なく、一般野生動物、現地の原生生物による虫害かもしれない。

 とにかくプルートならこの状況を引き起こせるし、他のいかなる手段でもこれを成すことはできない。


 あらゆる昆虫を支配するアブラムシの怪物が、災害の主導権を握っているはずだった。


「どっちにしても対応しないと……」

『ひ、ひひひひひ! 悪い報せだぜ、狐太郎さんよお!』


 一気にハイテンションに達した狸太郎が、センサーを正常に認識していた。


『極めて広範囲に! バフがばらまかれてやがる! それも! 調べたら楽士のショクギョウ技『侵略すること火の如し』だとよぉ! ははははははははは! 大群を統べる虫が、大勢にバフをかける職業を引くとか……合理的だなぁおい! 一周回って褒めたくなったぜ! 冒涜度合いが足りてねえなあ! 冒涜教団様にしてはよぉ!』


「いや……待て、それは、冒涜だ」


 狸太郎の言葉を受けて、狐太郎は敵の『冒涜性』を理解していた。


「今すぐ! センサーの感度を上げてくれ!」


『あ、いや、さすがに無理だ! 敵の数が多すぎて、センサーの感度をどうこうじゃ……っつうか、なんでだよ』


「間違いなく敵には……甲種の忍者がいる!」


 狐太郎の言葉を証明するように、目視下の地表でどす黒い煙が、噴火のように吹き上がっていた。

 見ただけでもわかる猛毒の煙。それが一か所ではなく、複数個所で同時に発生している。


「スライム型最強種、カームオーシャンの……忍者だ」


 自分たちはテロ組織の相手をしている。

 狐太郎たちはそれを否応なく、改めて突き付けられていた。

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― 新着の感想 ―
冒涜、ね。 狐太郎は軍師・策士タイプの強者でもないんだけど(弱さを極めているという特性は貫徹されている)、悪魔一千騎を従えた時、シナリオのパターンを読み切ってカードを切っている。 今の手札でプルート…
学士に忍者、勇者の婚も隠してない? 歴代ラスボスを冒涜した手駒持ってそう。 そう考えると絶望は究極の冒涜?
アレ?これって、教主の方もラスボス達を狙ったのに、何故か先読みされて一人目と十二人目の英雄に攻撃してしまった最悪の事態?
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