何者かになりたいが、苦労はしたくない者たち
北方大将軍ガクヒ、および北方担当Aランクハンター震君のジロー。
前北方大将軍であったジローはガクヒの師匠でもあり、引退後にAランクハンターになった男である。
元Aランクハンター圧巻のアッカが現西方大将軍なので、割とよくある話だった(というか英雄になれる人間の数が限られているので、生涯で複数の役職に就くのは普通)。
一応言っておくと、ガクヒもジローも人間的に問題を抱えているわけではない。
オーセンやガイセイ、アッカと違って模範的な大将軍たちと言って過言ではない。
では人間関係が良好かといえば、そうでもなかったりする。
良くも悪くもガクヒは普通の大将軍であり、抜きんでた手腕を持っているわけではない。
若手ということもあって、ジローから見れば甘いところもあった。
師匠であり近隣にいるということもあって、ガクヒの判断に苦言を呈することもしばしばである。
それが正当である、というのはガクヒも認めるところだ。
相手が上司のままだったなら普通のことだしありがたいし尊敬すら覚えるし、なんなら悪いとさえ思う。だが引退したあとともなれば、面白くない。
苦労して計画を練ったというのに、引退したはずの男が最後にやってきて悪いところを指摘してくる、というのは気分がよくない。それが続けばなおのことだろう。
ジローはジローでそれを面白がりつつ、自分が文句をつけられないほどの仕事をして見せろと言ってもいた。
そのような、一人前になったあとの師弟関係であった。
戦争中は北笛を統べる三人の王と戦い、なんとか押しとどめることに成功していた。
この二人が負けていれば、央土は解体されざるを得なかっただろう。(もちろん他の大将軍も同じだ)
短くも辛かった戦争は終わったが、今度は長く辛い復興が始まった。
しかも、北笛への警戒を続行しつつ、である。
北笛の騎獣民族は気合が入っているので、今後も割と定期的に攻め込んでくる。
それを抑えながら復興しなければならないとなれば、北方には戦力が足りなかった。
戦力が足りないのはどこも同じなので、融通してくれるわけもない。
藁にもすがる想いでガイセイの部下である麒麟たちに声をかけたところ……何とかなったのであった。
※
北部の中枢である、大都市中の大都市。
その城の最奥に、ガクヒとジローが並び、多くの豪勢な食事の準備をして歓待していた。
二人がもてなしていたのは、三人と二体。麒麟、獅子子、蝶花、ノゾミ、究極である。
一同一様に、蝶花の顔色を窺っていた。
「私はまだまだがんばれるわ私が頑張らないと暴動とか起きるもの暴動が起きたらもっとたくさん演奏しないといけないからそれを避けるために今頑張らないとそうよ今頑張ればいつか報われるわだから負けないで勝って私は平気まだまだ平気耐えられるわ耐え忍ぶわこれが永遠でも大丈夫永遠なんていない私はずっとこのままポジティブシンキング」
「蝶花……今日はお食事よ。演奏の仕事はないわ」
「獅子子私演奏しなくていいのねでも明日は演奏の仕事があるのよね今日と明日がお休みでも明後日はまた演奏の仕事がずっとずっと続くのねこれが私たちの求めていた私たちが活躍できる私たちが英雄として認められる世界で夢見た生活なのよねそうなのよねだから私はきっと幸せなんだわ」
全員、思わず目頭を押さえた。
彼女の楽曲による全体強化は、当然彼女自身にも及ぶ。
士気高揚だとか沈静化だとかの楽曲をずっとリピート演奏していた彼女は、その影響を受け続けていたのだ。
ぜったい、心身に悪い影響を及ぼしている。まさに自己催眠と言っていいだろう。
彼女には静養が必要だと思われる。
「ごほん……君たちには本当に救われた。とても負担を強いてしまったと思う。これはお礼だ、ゆっくりと食べて、気を休めてくれ」
「あ~~……そうだな。うむ、この席は君たちをねぎらうためのものだ。他意は一切ない、さあ報酬の一部と思って受け取ってくれ」
ガクヒとジローも本当は、できればこの北部に残ってほしい、と頼むつもりだった。
Aランクモンスターを倒せる麒麟と絶望、究極。英雄とは違う意味で対応力の高い獅子子と蝶花。
この五人がいれば、北部は安泰に思える。
しかし蝶花の表情を見て、そんなことは言えなかった。
仮にそんなことをいった場合、心証を悪くしたうえで断られるだけだろう。
二人の英雄もそんなことはわかっているので、すんなり方針転換していた。
「こ、こんなにご馳走を用意してもらって、申し訳ないほどです! まだまだ戦争の爪痕も癒えぬ中、申し訳ありません!」
九百九十九の英霊から『なんの欠点もない英雄』と認められた麒麟は、過分な感謝ですよと謙遜の言葉を述べた。
ちらちらと蝶花の地雷を踏んでいないか確認しつつの、危うい会話であった。
「この中枢都市は、四冠陛下の尽力により最優先で復興していただいたのだ。他にも先の大都市も復興していただろう?」
「ああ……竜と悪魔を四方に飛ばしていましたね」
「そのおかげもあって、なんとか持ちこたえているところなのだ。もしもアレがなければ、北部はもう瓦解していただろう。本当に……四冠陛下には頭が上がらない」
王都奪還戦後に央土のすべての英雄が集まり、今後の方針について話し合いが行われた。
この場のジローとアッカ、ナタの誰が斉天十二魔将主席になるか、西部に残った西重の鎮圧を行うかでもめたのだが……。
その際に狐太郎は配下を動かしていた。Aランクのドラゴンと、Bランクの悪魔の群れ。
救国を成した最強の魔物使いに恥じぬ、圧倒的な魔物の軍勢であった。
割と器用だったのか、復興作業を大いに進めてくれたらしい。
「ところで、貴殿らは四冠どのと同郷であり、今度一緒に帰郷すると聞いていたが……やはり親しいのかな?」
他意はないのだが、少し探る形になってしまうジロー。
既に食事を始めている究極のモンスターは、あっさりと否定していた。
「あ~~、いや、そうでもないんだ。僕はホワイトの仲間だったし、麒麟君もガイセイの仲間。親しいっていうほど仲がよくはないかなあ」
(そんなことを言うんだ……)
親密な関係じゃないよ、と朗らかに発言することに、ノゾミは驚いていた。
人生経験の薄い彼女からすれば、到底あり得ない発言である。
「それに故郷での思い出なんて全然ないし、待っている人もいない。だから帰るほどの理由もない。でもなんというか……流れ、みたいな感じかな。ホワイトに出会ったときから、そういうのがあるんだよ。それは今も終わってなくて、行くべき場所があるって思うんだ。今は狐太郎さんたちと合流することがそうかな」
なかなかゆめみがちな発言だが、麒麟と獅子子も頷いている。蝶花は話を聞いていないし食事もしていない。
「運命論か……あまり同調できぬ話だ」
恩義のある相手だからこそ関係を荒立てたくないが、それでもジローは言葉を選びつつ否定した。
「聞けばジューガー陛下も『先の戦争では戦力が均衡していた、まるで調整されたようだ』とおっしゃっていたそうだ。しかしそれは悲観からくる勘違いだ」
「い、言い切りますね……」
「仕方あるまい。そもそも勝算があるから戦争に発展するのだ、戦力が均衡しているのはある意味当たり前だ」
老いたとはいえ英雄である彼にとって、英雄以外は敵ではない。英雄以外なら一方的に駆逐して終わるし、英雄なら戦力が均衡して被害を出す戦いになる。
そこにロマンが介入する余地はない。
「我々が強ければ相手は引いていたし、相手が強ければこちらが譲歩していた。悲観主義者は、そうなっていたらそれはそれで運命だった、というだろうよ」
瞬間瞬間で区切れば、都合のいいことが起きていると思うだろう。あるいは都合の悪いことが起きたと思うだろう。
しかし高い視点から見てみれば『戦争で国が滅びました』という程度のことで、歴史的には珍しいことではない。
それを運命だと悲観するのは自己憐憫に他なるまい。
「……震君のジロー殿、陛下に向かって批判的な発言は控えるべきかと。あれだけの被害があったのですから、弱音を言いたくもなりましょう」
「そうだったな。だが言わねばならぬこともある」
「私からすれば、言わねばならぬこと、とは到底思えませぬがね」
ぎすぎすし始める空間。
ガクヒもジローもそこまで間違ったことをいっていないのだが、無駄に真っ向から対立していた。
「ケンカはよしてください。ごほん……少なくとも私たちは、帰るべき理由があります」
均衡の緊張を、麒麟はなんとか崩そうとしていた。
「私たちは故郷で罪を犯しました。それを償うためにも、故郷に帰りたいのです」
麒麟も獅子子も蝶花も、自分の持つ能力が活かされ評価される社会で暮らしたかった。
その夢はこの世界に来ることで叶った。それはそれで本当だった。
しかし今の蝶花がそうであるように、勇者が必要とされる社会というのは勇者が負担を受ける社会だった。
勇者が自分が不必要になる社会を目指し、その最果てに楽園があった。
その楽園で生まれた『新人類』たちは、活躍に苦労が伴わないと思っていた子供に過ぎなかった。
忙しくない程度に活躍して、それ以上にちやほやされる環境を求めていた、くだらないロマンチストだったのだ。
「そこまでの大罪を犯したのか?」
「いいえ、そうでもないでしょう。帰ったところで、警察も今更出頭されてもなと困るかもしれません。それでもいいんです、区切りが欲しい。そして……」
そのくだらないロマンチストがどういう集団なのか、麒麟たちは良く知っている。
「僕たちがこの状況にロマンシズムや運命を感じなかったとしても、他はそう思わない。僕たちが集まっていること自体に意味を見出し、仕掛けてくる大馬鹿は……楽園にはいるんです」
西重という国家は、利益のために戦争を仕掛けた。祀や昏も同様である。
強大な敵ではあったが、憎悪の対象かというとそうでもない。もちろん彼らを憎悪する者たちがいたとしても不思議ではないし、憎むななどと諭す気もないが……。
憎悪すべき敵、嫌悪すべき相手とは種類が違う。
「自分を不幸だと思い込もうとしている暇人は、簡単に凶行へ走る。そんな輩が僕たちを知れば、大喜びで標的にするでしょう。もちろん、周辺のすべてを巻き込んで」
「理解しがたいな、なんのために?」
「……この世界の人には、わからないでしょう。何者かになることの価値が薄れ、評価だけが残ってしまった世界で生きていると……何者かになるチャンスに手を伸ばしてしまうものなのです」
楽園では何でも万人が手に入れられる。
剣もある、魔法もある、モンスターもいる、科学技術だってある。
夢も希望もある、安全も安心もある、恋人も友人もある。
だからかえって、価値が下がった。
「誰もなれない者になろうという者、誰もやっていないこと、やろうと思ってもできないことを……成し遂げる者になりたがる」
美味しいごちそうがゆっくりと冷めていく中で、食事は粛々と続いた。
最後の余暇が終わり、緊張が始まる。
※
冒涜教団は天帝軍へ戦力を送り込んだ。
二十もの大型ユウセイ兵器と洗脳された昏たち。
圧倒的な戦力であり、勝ちが確定している。
現地に向かう者たちはそう思っていたが、実際には敗北していた。
彼らが弱かったわけではない。戦力は確かに足りており、圧倒はできずとも拮抗までは持っていけていた。
だがそれでも結果は敗北。誰一人殺すことができず、戦力の一部を奪われ、教団員は全滅した。
二代目教主は、オンラインによる映像付き講義を行い、今回のことを発表する。
「君達に残念な報せがある。勇敢にも出撃した第一陣だが、惜しくも敗れてしまった。彼らがどうなっているのかつかめていない。まことにもうしわけない」
この発表に対して、多くのコメントが書き込まれた。
自分が動く前に勝たなくてよかった、こんな簡単に勝っていたらがっかりだった、おいおい大丈夫かよ、どうせ三流悪役みたいなへまをしたに決まっている、そうだよな最初はあっさり負けるもんだよな。
だいたいがこんなものであり、敗者を心配する声はまったくない。
まさに民度の知れるコメントであった。
「ついで、第二陣を派遣することにした。既に大型ユウセイ兵器の製造も終わりつつある、希望者を募りたい」
一斉に、コメントが入力されなくなった。やはり民度が知れる。
まったく完全に予定通りであったため、二代目教主は大いに笑っていた。
本当に思うがままにしか動かない輩である。であるからこそ、次の言葉で一気に変わると確信していた。
「第二陣に参加する者には、次に生産する甲種昏のパートナー候補の権利をあたえよう」
極めて想定通りに、コメントが爆発する。
こうなると思っていた、やっぱり第一陣はバカだった、好き勝手出来るモンスターが来た、洗脳じゃなくて俺専用のモンスターが来る、こういうのを待ってたんだ。
悪しき神々の言葉は、やはりテンプレート通り。
これはこれで、予言書と言えなくもないのだろう。
「カームオーシャンとプルートを君たちに託そう」
名前だけならそう恐ろしいものではない。
楽園の者からすれば、モンスターなど恐れるに足りないだけかもしれない。
だが彼らは原種の恐ろしさを知らないまま、カームオーシャンとプルートの昏の夫に立候補しようとする。
(く、くく……バカどもが。せいぜい第二の襲撃に花を添えてもらうとしよう。央土国の北部にいるという、かつての勇者から逃げ延びたラスボスたちと戦い……派手に散ってくれ)
教主は笑いをこらえることはなかったが、誰もそれを不審に思わなかった。
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