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運命に流れぬもの

モンスターパラダイス12について。

いわゆるブラウザゲームです。

 東洋に浮かぶ群島、ドラゴンズランドでの戦いは幕を下ろした。

 避難していた竜の民たちは、竜神の恐ろしさを初めて目の当たりにし、自分達を運搬している海の竜たちにも畏怖の念を向けている。

 一方で避難させていた海の竜たちもまた、強大な己の同胞たちでさえ二軍扱いとなる外の世界の脅威に身を震わせていた。

 多少の余裕があったのは、狐太郎の護衛にして側近。ロバー・ブレーメ、キコリ・ボトル、バブル・マーメイド、マーメ・ビーン。侯爵家四天王とされる者たちである。


「ん~~! もったいないなぁ! どうせなら、戦うところも絵にしたかった!」

「おい! 実戦だぞ! 死者だっているかもしれないんだ、軽はずみなことは言うな!」

「わかってるよぉ……だから避難を命じられた時、反対しなかったんじゃん」

「行動もそうだが、口を慎めと言っているんだ!」


 バブルの軽口をロバーが諫めている。

 まったくその通りであったが、二人が普通に会話をしていること、心身が震撼していないことに周囲の人や竜は驚いていた。

 この四人も竜の民とさほど変わりのないアリだ。竜ですら恐ろしい光景を見ても、ある意味平常心を保っている。

 竜も竜の民も、この二人が化け物に見えてきた。


(とか思ってそうよね……まあ私たちも、それを察する程度には落ち着いているんだけども)

(王都奪還戦じゃあ、敵の英雄とタイカン技の激突を特等席で見ることになったからな。あの時に比べればまあ……魔王様方も本気じゃない。とはいえなあ……ビビるべきだろ)


 マーメとキコリもまた、周囲と同じようにロバーやバブルに呆れている。

 二人が平静である理由にも共感できているが、一方で『ステージが違い過ぎる戦場』という意味では前回も今回も変わらない。恐怖していないのは危機感がマヒしている証拠だと解釈している。

 つまりはある種の精神異常と言っていいだろう。畏怖に値する豪胆さを、この二人は持っていない。

 真に豪胆と言えるのは、先程も戦場の最前線にいた『英雄』だろう。


(あの人は、まだ戦う気なんだな……)

(狐太郎様が独裁官を務められてきた理由が、ようやくわかってきたわ)



 劣っている人間とは、自助努力をしない人間である。

 彼らは基本的に何もせず過ごしているが、常に能天気なわけではない。

 自分の明るい未来を疑い、猛烈な不安に襲われてしまう。

 その不安が過ぎ去るのを待つ間、彼らは間違いなく不幸だろう。

 そしてその不安が実際に現実になった時、彼らは不幸になり続ける。


 彼らはそれを被害者だ、と解釈する。

 幸福なものはそれがないから幸福であり、加害者であると考える。


 本気で自分が不幸で弱い被害者だと認識しているから、何をしても許されると思い込む。


 実際には、そんなことはない。

 劣っていない者、無能ではない者にも不安は襲い掛かる。

 彼らはそれに対して備えをする。

 不安に対して、貯金残高や保険、家族や友人、定職や年金……不安に対して根拠を用意する。

 将来に不安はあるが、これだけ備えがあるからきっと大丈夫。そう思えばこそ、彼らは不安を漏らすことがない。


 劣っていない者は、不安がないわけでも能天気なわけでもない。もちろん、劣っている者に加害を加えているわけでもない。自分の不安に自力で対処しているだけだ。


 とはいえそれを理屈として説き、理解できるように語ったとしても、劣っている者に利する理屈ではない。だからこそ劣っている者はそれを認めない。


 自分たちが加害者に回ったとしても、それにたいして理屈をつけるだけで被害者であると主張し続ける。

 そしてやはり不安を抱いて、それが実際に起きても……やはり、無力だった。


「これがなんだかわかるか? ノコギリだ。古い工作道具だな、これでお前たちを生きたまま解体する」


 説明に対して、聞くに堪えないノイズが生じた。


「殺傷能力は落としてある、すぐ死ぬことはない。奇跡が起きれば、お前たちを助ける者が間に合うこともあるだろう」


 希望に対して、聞くに堪えないノイズが生じた。


「俺は正直、誰か来てくれることを願っているよ。誰か俺を止めてくれ、と祈っているよ」


 悲嘆に対して、聞くに堪えないノイズが生じた。


「なんでだろうなあ、なんでだろうなあ。なんで俺の望みが叶うんだろうなあ、おかしいよなあ」


 ノイズは生じる。意味のある音声はない。


「俺のことを誰かが止めて、そいつがお前たちを助けて、人道的になんとかしようとしたとして……俺はもちろん非人道的に対応するんだろうが……そうなってないことに、俺は納得できない」


 狸太郎は独り言を発しながら、ノコギリを『からだ』に当てた。

 ゆっくりじっくり、時間をかけて解体を始める。


「なんでだろうなあ、おかしいなあ」


 ノイズが真にノイズに変わる。

 狸太郎はノコギリで解体を続行していた。



 ドラゴンズランドの島の一つ。

 魔境の一つもない小さな島に、二十一の死体が転がっていた。

 二十の死体はノコギリによって解体されており、その表情や出血具合から生きたままバラバラにされたのだと理解できる。

 最後の一つは拳銃でこめかみを撃っており、相対的に綺麗に死んでいた。解体による殺人を終えた後、自殺したのだろうと思われる。


 戦場とも違う殺人現場に、狐太郎は訪れていた。

 少し疲れた顔をしているが、それでも逃げずに殺人現場で立っていた。


「ふぅ」


 すこしだけ、このままにするべきではないかと考えた。

 弱音を吐き出したあと、狐太郎は拳銃自殺している死体に回復アイテムを処置する。


 普通ならば、この死体が治ることはない。

 拳銃で脳を撃てば、楽園の治療技術でも蘇生は不可能だ。

 だが狸太郎の特異体質は、その不可能を可能にする。

 際限のない回復体質によって不死鳥のように蘇生した。


「狐太郎さん」

「起きたかい、狸太郎君」


 狸太郎は寝起きのようにしばらく呆けていたが、やがて立ち上がった。


「なんでだ! なんでだ! なんで……!」


 解体によって血まみれになった狸太郎は、張り詰めた(ハイテンションな)顔で狐太郎につかみかかる。


「なんで、なんで……あ、あぐ……あ、あははははは! ははははは!」


 痛ましい顔の狐太郎に、狂気の笑いを叩きつけていた。


「いやあ、幸先のいいスタートですよ! 俺の予定通りに復讐できてます! この後のことはわかんねえけど、とりあえずハッピーですよ! いやあ、二十人も連続殺人できるとか、俺はもう凄い殺人鬼ですよね! 現時点で大悪人だ! こんなに殺せるなんてすごいですよね!」


 近くにいることさえ耐えがたい狂気を、狐太郎は受け止める。

 その顔は、やはり忍耐が表に出ていた。


「この調子で、この調子で! 全員ぶっ殺してやりますよ、俺は! 俺は、俺を、誰も止められない! 誰も止めてない! このまま、このまま、この調子、この感じで……全員ぶっ殺すけど邪魔とか入るんですかねえ!? 入るはずですよねえ!? アンタすら止めないんだから! アンタが味方なんだから! アンタが共謀犯なんだから! 共犯者になってくれてるんだから! あ、あああああああああ!」


 狸太郎は叫んでいた。


「なんでだ!」


 問いではなく、怒りを吐く狸太郎。

 理不尽(せかい)に怒り、理不尽(じぶんかって)に怒る。


 回答を求めていない男に、狐太郎は如何に返事をするのか。



「君はここで自虐している場合じゃないはずだ」



 英雄の頂点、その度量。

 狐太郎はしっかりと忍耐をしたうえで、感情的な男を諫めていた。


「君にはもう仲間がいる。一緒に戦ってくれた竜たちもいる。彼らに対して何もせず、自虐していていいと思っているのか。君はちゃんとしなければならないよ」


 張り詰めていた糸がちぎれていた。

 狸太郎は目を閉じて、言葉を反芻する。


「俺たちはご主人様なんだ。それはもうしょうがないことなんだ。だから、命がけで戦ってくれる仲間に、ちゃんと礼を尽くさないといけないんだよ。一人で苦しむことは許されない、わかっているだろう」


 なぜだ。

 狸太郎の怒りは尽きない。

 だが一つ回答は示された。


「……わかってます。俺、行かないと」

「俺も一緒に行く」


 バカに向かってバカと言うのはバカだ。

 この言葉には色々な解釈があるが、今回の場合は『感情的な人に対して理性的になれと説くことは理性的ではない』という意味があるだろう。

 狸太郎は普段以上に感情的になっていた。理性的になってもらう必要があった。

 だが理性的になれと直接言っても火に油を注ぐだけだっただろう。


 相手の感情をしっかりと受け止め、傷つき、それを表しつつ、相手に届く理性を説く。

 それこそが必要なことだった。


「は、は、ははははは! はははは! いやあまったく、狐太郎さんはすげえ人だ! 理解ある彼ってやつですかね! すげえすげえ、理解ある彼の魅力がよくわかりましたよ! こりゃあモテるわけだ! はははは! 俺に必要な人でしたよ! そうか、俺って理解ある彼が大好きな女子的なキャラだったのか~~! 図らずも自分探しができましたよ! 冒険は人を成長させるんですね! 出会いって素敵ですね! 俺もいずれ狐太郎さんみたいになれますよね、ねええ! なあ! ははは!」

「……さあ行こう。君の仲間も傷ついている」

「そうですよね! そうじゃないと困る! これでもしもスカッとした顔をされたら、どうしよう! 出会って間もないのに、スザクみたいに全員が俺を大好きになって、俺に近づいてきたらどうしよう! こんな下らねえこと考えている俺がどうしよう、どうしようもねえなあ! 本当にな! なんでこんなバカみたいなことを心配しているんだ!? なんで心配しなきゃいけない状況なんだ!?」

「大丈夫だ、そうならない。君の心配は無用だよ。運命と違って、心ってやつは思い通りにいかないものだ」

「だといいんですがね」


 狐太郎は確実に、狸太郎を仲間にしていた。

 それはカリスマ性だとか不思議な魅力とかではなく、丁寧なコミュニケーションによるもの。


 狐太郎の英雄性(にんげんせい)である。



 狸太郎の仲間たちは、疲れ切った心のままで、自分達以外の昏を清めていた。


 あらゆる意味で辱められた数百の体を、少しでもきれいにして送り出したかった。

 今まで死亡者のいなかった昏にとって初めての葬儀であり、できる限りの弔いだった。


 狸太郎もほどなくして合流したが、彼女たちの作業を眺めることしかできない。

 こんなことしかできない。そんな彼女たちから、こんなことを奪うなどできないのだ。


「薄情な話だけど、全員のことを覚えているわけじゃないの。生き残った私たち四体の、親しい仲間なんて……全体の一部ね」


 日が暮れ、星明りの下。

 いよいよ送る時が来た。

 昏の四体は、それぞれが楽器を手にしている。


 狸太郎が冒涜教団から奪った『祭の宝』、瘴気機関。

 狸太郎の心情によってか、ベース、ギター、ドラム、キーボードへと変じたそれを、四体は手にしている。

 少々場に合わぬ編成であったが、楽曲は葬儀にそぐうレイクエムであった。


「瘴気機関……シュクサイ技、慰霊祭。みんな、みんな……おやすみなさい」


 倒れていた数百の死体が、砂のように崩れていく。

 瘴気世界のモンスターを元にした彼女たちが瘴気へと帰っていく。

 魔境による修正力のように、何事もなかったかのように消えていくのだ。


 火葬でも土葬でもない慰霊に、狸太郎もしばし感じ入る。

 だがまだ、何も終わっていない。

 順番は前後したが、ここから救命活動が始まるのだ。


「やはり、ですわねえ。慰霊祭を使っても残る体がある……これも生物としての強みということかしら。羨ましいとは思えないけれど」


 セイリュウが近づいていったのは、自分と同じく竜を元にした昏。

 Aランク中位モンスター、八岐大蛇のクサナギであった。


 やはり頭部に機械を埋め込まれ、その機能不全によって行動が停止している。

 今も細胞は活動しているが、死体と言って過言ではない。


「零落を治療することはできない。でもスザク隊長や私たちのご主人様のような体質があれば、話は違う」


 セイリュウは尾を動かし、七つの竜の頭と、一つしかない人間の頭を同時に粉砕していた。

 普通ならば即死だが、多頭竜であるクサナギにとってそうではない。むしろ頭部こそ、彼女にとって唯一の再生可能部位だった。

 見る間見る間ににょきにょきと、すべての首が生えそろっていく。


「な、あ……なにをするんですの、セイリュウ!?」

「目が覚めたようで何よりね、クサナギ。本当によかった……」

「なにがいいんですの、何が! 再生するからと言って、痛くないわけではないとあれほど言ったでしょうに!」


 頭部への外科的な洗脳は、通常不可逆的である。

 だが頭部を粉砕されても再生可能な生命体であれば、首を切断することで復帰が可能である。

 クサナギは自力で首から上を再生させ、記憶さえも取り戻していた。


「聞くのが怖いけれど、記憶はある?」

「記憶?! いつも言っているでしょう! ワタクシは頭部が吹き飛んでも記憶は消えないと……消えない、と」


 クサナギは主体性とともに記憶すら復元する。

 そういう生物だからこそ荒療治が可能なのだが、それは必ずしもいいことではない。


 尊厳を破壊しつくされた彼女だが、外科的な洗脳を受けてからの記憶すらも復元していたのだ。


「あ、ああああああああ!」


 清められた自分の体を抱きしめて、クサナギは絶叫する。

 泣きながら周囲を観れば、自分同様に頭部が再生可能な種族だけが地面に横たわっていて、スザクたち四体は心配そうにこちらの様子をうかがっている。


「あ、あ、あ……あああああああ!」


 頭部が再生するクサナギも乙女だった。彼女にも淡い夢があり、将来に希望を抱いていた。

 冒涜教団は彼女の尊厳を奪い、記憶に消えない傷を刻んでいた。


「クサナギ、貴方は」

「なんで! なんで! ワタクシのことを生かしたの! 他のみんなと同じように弔ってくれなかったの! せめて、眠ったまま死にたかった! 貴方たちにわかるの、ワタクシたちの気持ちが! 穢されなかった貴方たちに、私たちの気持ちなんてわかるわけがない! 助けたつもりなの!? それでワタクシたちが喜ぶと思ったの!? 一緒に戦うとでも!?」


 あの時、スザクだけが動けた。

 スザクは自分の近くにいた三体を何とか連れ出し、狸太郎はそこを拾った。

 セイリュウ、ゲンブ、ビャッコは確かに救われたのだ。

 たまたまスザクの傍にいた、というだけで助かった。

 この幸運を、三体も、スザクも、狸太郎も祝福していない。


 だがそれでも、救われなかった者よりは幸福だ。


「みんな、みんな死ねばよかったのよ! 死ねばよかったのに! なんで、なんで!?」


 嘆き悲しむクサナギの叫びが、ドラゴンズランドの夜に響く。

 きっと他の生還者たちも、覚醒すれば同じように嘆くのだろう。


「こ、こんなことなら、こんなことなら……頭が再生する種族に生まれたくなかった!」

「そうだな」


 血塗れの狸太郎は異常なほど普通のテンションだった。

 英雄性(いじょうせい)を一切表に出さぬまま、普通の人のようにクサナギに近づく。


「なんなのです、その顔は。ワタクシが生き返ったことで安心しているの」

「違うよ。俺にとって都合が悪いから、安心しているんだ。これで、あんな目に遭って、好意的で即座に復帰したら、どうしようかと」


 確かな運命力を狸太郎は確かに感じている。

 だがその運命力をもってしても、クサナギの心は変わらなかった。

 自分と同じ目に遭った彼女は物語の都合に反している。ならば己もそうなのだろう。


 都合の悪い現実を前に、狸太郎は優しく笑っていた。


「なあ、クサナギ。お前も俺と一緒で、何で生まれてきたのかわからないだろう。でも今死んだらはっきりと決まっちまうんだ」

「……」

「奴らの被害者として死ぬ、それでいいか?」

「……」

「そりゃあな、冒涜教団は潰すさ。お前や、今寝ている奴らが何もしなくたって、俺たちはやるさ。でもな、お前たちもちゃんとやり返したい、そうだろ」


 英雄のためだとか、運命の都合で立ち上がらなくていい。

 自分自身のために、自分自身の心に従えと狸太郎は説く。


「泣き寝入りは御免だろ?」

「そ、そんなの……嫌に決まっています!」

「他の奴らもそうさ、目が覚めたらきっと苦しむ。それでも起こそう、寝ているよりはいい。苦しむとしても、それよりも許せないことがある。俺たちは他のどんな理由でもなく、許せないから戦うんだ」

「そのあと、どうするんですか。汚されてしまったワタクシたちに、未来はあるんですか」

「死にたきゃ死ねばいい、でも今は違う。俺はそうだ」


 欺瞞のない気持ちが傷ついた心にしみわたる。

 これもまた英雄性ではない。


「アイツらを全員殺すまで俺は死ねない。君たちもそうするべきだ」


 ご主人様になると決め同志を募った。その責任を全うしようとする姿は良き神である。


「そうですわね、ええ、そうするべきですわ。そうしたい、でも……」


 良き神を前に、クサナギは泣いた。


「少なくとも、今は……そんな、無理、です」

「それでいい」


 改めて狸太郎は、彼女の心に安堵していた。


「お前たちはゲームのキャラじゃないんだから、俺の都合で復帰しなくていいんだ」


 合理的に考えるのならば、Aランク中位モンスターである彼女には復帰してもらうべきだろう。

 だがこの状況で復帰を強要して成功すると考える者は合理的な思考を持っていない。

 その意味で、狸太郎は合理的な選択をしていた。もちろん本人は、そんな合理を軽蔑するだろうが。


「クサナギがアレじゃあ、他の奴らもキッツいだろうよ。どうする? 生命維持だけして放置するか?」

「先送りは良くないわ。私たちはもう私たちの道を前に進むしかない。何もかも終わったあと起きて、何もすることがないって、のは、きっともっと辛いでしょ」

「そ~、だな。ああ、悪い」


 生き残った昏、その数は百に届かない。

 全員が辱められ、その記憶を残している。

 正気に戻すべきではないかもしれないが、狸太郎の言葉が響いている。


 ここで死ねば、被害者のまま、犠牲者のまま終わってしまう。

 彼女たちの生まれた意味は、死ねば確定してしまう。

 これ以上冒涜教団の好きにさせるわけにはいかなかった。


 四体の昏は、命だけは残った姉妹たちを救うべく、頭部の除去を行っていくのだった。



 竜のシュゾク技に、ヘルファイアというものがある。他のシュゾク技がそうであるように、瘴気世界の竜でも使用可能な種族は存在する。

 相手を炎上させるブレス技なのだが、これは概念的なものではない。相手に燃料をぶちまけて燃焼させ続けるというものだ。

 仮に地面に向かって撃てば、焚火のようにしばらく燃焼し続ける。


 Aランク中位のドラゴンが集団で『焚火』を作れば、真夜中でも昼のように作業が可能だった。


 激戦を終えたドラゴンズランドの竜たちは、そのような灯の元で横になっていた。

 戻ってきた竜の民たちにより料理を作ってもらい、のんびりと食事をしている。

 対乙種級兵器……人間換算で言えば対人銃で撃たれまくったにもかかわらず、ごろっと横になっているのは流石といったところだろう。

 彼らの主観からすると、人間同士で殴り合った、ぐらいの認識なのかもしれない。


 それでも再生阻害などの凶悪なバッドステータスを押し付けられた彼らは、その傷で苦しみ続けるのだろう。

 しかしそれも、更新された装備を持つ人造種終末機関フランケンシュタインが無ければ、の話だ。


 モンタージュとなっていた子機が分離し、それぞれが医療用の魔法を各竜に施術していた。

 同じ文明で作られた兵器なのだから、対処法も存在していて当然だろう。

 即座に完全回復とはいかないが、少々の傷が残る程度で済んでいた。後遺症も最低限に収まるだろう。


 文明のありがたさを感じていたのは四体の魔王も同じである。

 今までは長時間魔王になって戦っていると疲れ切っており、治癒属性のクリエイト技などを受けても疲れが抜けきらなかったのだが、現在は既に回復しきっていた。


「魔王になるデメリットが解決するまで、ちょっと長すぎない? 漫画とかアニメとかだったら、第二部に突入したら解決しているはずじゃん」

「だったら今が第二部なんでしょ」

「そんなことないよ! 第三部か第四部ぐらいだよ! 第二部はご主人様が幕府開いて大政奉還するまででしょ!?」

「第二部が長いわね、何百年よ」


 巨大な焚火に当たっているアカネの愚痴を、クツロはうんざりした顔で受けていた。

 言いたいことはわかるのだが、表現が微妙過ぎて同調できない。


「こんなに回復が早いと、逆に心配になってくるわ。私は元々悪魔だし、魔王になれば寿命問題は解決するらしいけど、変な形になって固定されたりしないかしら。ほら、定命が不老不死になって命がひずむ、的な感じ」

「私は今の自分の外側や内面を好ましく思っている。成長や時間経過で歪むことは受け入れるが、戴冠の影響で変化する、というのは嫌だな」


 狸太郎達と違って、こちら側は穏やかであった。

 圧倒的な戦闘経験によるものか、あるいは喪失が伴っていないからか。

 十分な休息期間を経てから第四部に突入した彼女たちは、焚火を前にゆったりと過ごしている。


 彼女たちの元に狐太郎が戻ってきた時も、過剰な反応はなかった。


「みんな、お疲れ様。大変な戦いだったけど、大丈夫かな」


「楽園の技術で治してもらったから、普段より楽なぐらいだよ。ま、体調の話だけどね」

「心情は、まあ、ええ、最低ですね。正直、イヤな気分です」

「ゴミクソクズ野郎どもは殺されたんでしょ? それならざまあって感じよね」

「良き神と共に悪しき神を討つ……大義を感じますね。やり遂げなければならぬ、という強い思いがあります」


「同感だ」


 四者四様の返事に、すべて共感する。

 四体とも別々のことをいっているが、全員同じ気持ちだった。


 それを含めての同感、である。


「それで、アカネ。一緒に戦ってくれたドラゴンズランドの貴竜の方からすれば一番大事なことだけど、これで納得してくれたかな」


 狐太郎はここで急激に質問の舵を切った。

 そのかじ取りに、周囲の竜たちは聞き耳を立てる。

 言うまでもなく、それを狙っての会話航海術だった。


「ん~~、そりゃね。対乙種級兵器と戦ってくれたんだから、そりゃあもう、褒めるよ」

「具体的には?」

「ドラゴンズランドの貴竜は、とても強くて義理堅い。若い子が悪戯をしていたことを気に病んで、償いとして命がけで戦ってくれたんだよ、って言う」


 アカネからの配慮された回答に、どの竜もため息を漏らしていた。

 全竜がそれをしたものだから大風が起きて、狐太郎が素っ転びそうになったほどである。

 悪戯が性犯罪であったことは言わないのだろうし、これで一安心であった。

 他の竜たちにもメンツが立ちそうである。


「それじゃあいよいよドラゴンズランドを離れよう。麒麟君たちや究極ちゃん、絶望ちゃんと合流しないとね」


 今回のことで清算は済んだ。

 ドラゴンズランドの竜たちに、これ以上の負担は強いれない。

 次の襲撃が来る前に場を変えなければなるまい。


 それは移動した先に負担を強いることになる。場合によっては現地の実力者から反発を招くだろう。


「三人と二体は央土の北側にいる。あそこなら多少の迷惑をかけても俺たちなら許されちゃうだろう」


 幸いと言うべきか、既に狐太郎は向かう先に貸しを作っている。むしろ戦力を都合することに問題はない。

 瘴気世界の英雄という最強個体の助力さえ望めるはずだった。


 逆に言えば、現状の戦力でも十分に勝てるとは言い切れなかった。


「次の敵、かあ……どれ(・・)が来るんだろうね」


 アカネのボヤキに、全員が顔をゆがめていた。

 想像したくないことだが、既に次の敵はわかりきっていた。

慰霊祭の意味について。


前提として……。

瘴気世界には瘴気が溢れるポイント、魔境が存在している。

魔境内ではどれだけの破壊が生じても、瘴気によって恒常性が保たれている。

英雄によって地盤ごと粉砕されても、地盤が回復して生態系も復活する。

つまり魔境モンスターは復活し続けている。


慰霊祭の効果。

死んだモンスターを瘴気に返す。

瘴気に返したモンスターの情報を記憶する。

記録されたモンスターは、別のシュクサイ技で生み出すことができる。

よほど特殊な例を除けば記憶などは引き継がれない。

原理上、瘴気世界の魔境モンスターやそれをもとにした昏以外には意味がない。


よって、やろうと思えば今回慰霊したモンスターを、瘴気を消費して再生産することは可能。

(少なくとも戦闘員補充の意味では考えていません)

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― 新着の感想 ―
自らの都合通りに物事が動いて嬉しくないってのも、ひどい話だなぁ 瘴気機関の復活機能から7のキャラクターとの思い出が残るアレが頭を過ったけどオフライン版みたいな話なのかな?
鋸引きの刑、か。 車折とかその他、拷問もたっぷりと用意してあるのかな。 首から上が再生する連中は、つまり、一々殺さなくても首を切り落とせばよかったのか…というのはともかくとして。 北と言うと・・・…
北ってことは次の敵は…冒涜教団より強そうなんだけどどうしたもんか
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