傷だらけの不死鳥
超巨大ユウセイ兵器、その数二十。
なんとも恐るべき威容であり、甲種モンスターと戦ってなお勝利しうる様相であった。
移動型の宇宙戦艦形態から人型の戦闘形態へ移行したそれらに、何百もの貴竜が向き合っている。
対乙種級兵器と乙種級、丙種級の群れ。数ならば十倍以上の差があるのだが、戦力差はいかばかりか。
高い頭脳を持つ竜たちは、逃げこそしないものの、あまりにも未知の存在であったため力を測りかねていた。
一方でユウセイ兵器に乗り込んでいるパイロット、教団員たちは勝利を確信していた。
『この瘴気世界には、超強いモンスターがわんさかいるって話だったよな。確かに強そうだな、普通の人間なら太刀打ちできないよなあ。でもまあ……こっちは万物の霊長、素っ裸で戦ってやる義理はないんだよなあ』
『昔見たアニメではよぉ……竜神とか呼ばれて崇められている竜が、カセイ兵器に挑んで逆にボコられる話があったぜ。それを俺が実践できるとか……すげえ楽しい!』
『こっちは超巨大な最強兵器だぜ? 野生動物が勝てるかよぉ!!』
教団員たちの考えが、あながち間違っているとは言えない。
これが地球で言うところの第二次大戦当時、あるいはそれ以降の戦艦だったなら、素人が一人乗り込んだぐらいで運転できるわけがない。港から離岸することもできず、大砲の一つも動かせないだろう。
しかしこのユウセイ兵器は、最新技術によって大幅な自動化が成されている。
人間が一人乗り込めば、ロボット系のアクションゲーム程度の練度で操縦が可能だった。
適当にレバーをガチャガチャやってボタンを連打すれば、セミオートで戦闘できるのだ。
乙種にさえ通じる恐るべき大量破壊兵器が、癇癪を起しただけで発射されるのだ。
『テンプレ通りに死ねやあああ!』
『現実を、科学を、甘く見るんじゃねえよ!』
『どうするよ、オヤジ……』
『決まっている……攻撃だ!』
ドラゴンズランドの貴竜たちは、一様に大きく息を吸い込んだ。
巨大な竜たちが全員で息を吸ったものだから、それだけで大風が起きる。
そして大きく吐き出した時、圧倒的な死の嵐が吹き荒れた。
『ブレス攻撃か! ははっ! 図体がデカくても竜は竜だな!』
『フィードファーストバリアシステムを舐めるなよ!? いくら威力が高くったってな、効きやしないんだよ!』
楽園世界にもドラゴンはいる。規模が違うだけで、ドラゴンがブレスを吐くなど珍しくもなんともない。
コックピットの教団員たちは多種多様なブレス攻撃を前にしても一切動じることはなかった。
しかしユウセイ兵器の人工知能は動じていた。
【警告します。敵生体の攻撃は、バリアの許容量を大幅に越えています。直撃した場合大ダメージが予測されます】
『は……?』
さて、ここで身もふたもない話をしよう。
恐れられる強力なモンスターを、近代兵器が軽々と撃破する物語は多くある。
逆に強力な近代兵器を、強力なモンスターがあっさりと破壊する物語もままある。
どう違うのかと言えば、作品の趣旨に過ぎない。
近代兵器というカテゴライズに属しているのなら、野生動物というカテゴライズの存在に問答無用で勝利できるというわけではない。
その上で……ユウセイ兵器、あるいはエイセイ兵器のコンセプトについても語らねばならない。
究極のモンスターのように、ありとあらゆる属性の攻撃を無尽蔵に吸収する装甲というものは製造しうる。しうるのだが、ユウセイ兵器もエイセイ兵器もそれを備えていない。
これはある種、当然のことなのだ。
楽園世界における兵器の進化は、メタの歴史。
どんな盾も貫く矛、を止める盾、を貫く矛、を止める盾、を貫く矛……。という、矛盾ならぬイタチごっこ。
最終的に『無敵ではないが頑丈な盾』だとか『何もかも貫くわけではないが強い矛』という程度に落ち着いた。
うかつに無敵性を獲得すると、その穴を突かれてしまうからだ。
この設計思想の正しさは、世界を滅ぼした獣やアルフ・アーとの戦いにおいても証明されている。
免疫能力は暴走し自滅させられ、高速の進化適応は誘導されてしまった。
通常のエイセイ兵器、その海賊版であるユウセイ兵器は対概念兵器を想定した防御システムを搭載しており……。
究極のモンスターや絶望のモンスターのようなルールインフレには強いが、瘴気世界の英雄やAランクモンスターのようなパワーインフレには弱いのだ。
もちろん最初から対パワーインフレコンセプトで製造していればその限りではないが、素人集団にそんなことができるわけもなく……。
素人たちは素人ゆえに大打撃を受けていた。
『おぶ、おぶあああああ!?』
『ち、ちくしょう! コックピットの中に置いてあった菓子が散らかっちまった! ジュースもこぼれてべちょべちょだ!』
『こっちは舌噛んだ! い、いでえ!』
『楽勝だと思ったのによ……くそ、装甲が大分持っていかれた! 駆動系、兵器も結構動かなくなってる! 再生まで……クソ、ドッグに入れないと治らないだと!?』
『こんなことならさっさと攻撃していればよかったんだ!』
重力制御、慣性制御を越えてダメージを受けた。
一番安全なコックピットにもダメージが通っている。
戦闘に支障をきたしており、そうそう回復できない。
『……嘘だろ、俺たちが全力でブレスを浴びせたのに、原形をとどめていやがる……』
『なんか治ってるし、動き始めたぞ!』
『くそ、今のでケリがつけばよかったのに……!』
『馬鹿を言うな! この程度でケリがついたら、詫びにならんだろうが!』
『むしろ安心したぞ……戦え、戦え!』
驚いたのはドラゴンたちも同じである。
自分たちが勢ぞろいして乾坤一擲の大ブレスを浴びせたというのに、相手はまだ戦えるのだ。
渾身のクリーンヒットが、クリティカルヒットになっていない。
これから混戦に突入したのなら、削りきるまでどれだけ犠牲が出るのやら。考えたくもなかったが、勝機は十分にある。
少なくとも甲種のような無茶さはない、普通に戦えば普通に勝てるだろう。相手が素人、それ以下のバカだったからこそ優勢になっている。
だがそれも……。
『それとも、あっちの甲種対決に行きたいか!?』
『行かねえよ!』
他の戦場で自陣営が負ければ、一気に崩される程度の優勢でしかない。
※
スザク、ビャッコ、ゲンブ、セイリュウ。
この四体を除いて、すべての昏は外科的な洗脳下に置かれた。
冥王軍と五分にわたり合う超戦力に対峙するのは、四体の魔王と残る三体の昏、そして純血の守護者だった。
Bランク上位、Aランク下位、Aランク中位からなる、数百体もの強大なモンスター軍団。
Aランク中位が八体だけでは、到底勝ち目がない数字に思える。実際に戦ったアカネからすれば、絶望的な数字だった。
だが戦力差からくる絶望以上に、全員の無表情さが不気味だった。
頭部に金属製の装置を装着した数百体もの『モンスター娘』が、無表情で、異臭を放ちながら突っ込んでくる。
これは脅威の軍団というよりもパニックホラーであった。
『……酷い。これじゃあゾンビだよ』
「竜王、その通りですよ。彼女たちは正しくゾンビ、生きる屍……ネクロマンシーの被害者。殺してやるのがせめてもの慈悲」
恐ろしさ以上におぞましく、なにより痛ましい。
殺すどころか、かかわることにすら忌避感が湧く。
『殺してやるって簡単に言うけど……勝算のほどは?』
なにも恐れずに突っ込んでくる脅威の群れは、プルートの虫軍団を思い起こさせる。
魔王となった大鬼クツロをしてたじろぐが、狸太郎は引きつった声を上げる。
『勝算? みりゃわかるだろ! 奴らは全員洗脳されている! 死にたいとも思えないほど完璧に、不可逆的になぁ! それが弱点だ!』
コックピット内のレバーを引き、人造種終末機関フランケンシュタインを戦争形態へと変形合体させる。
『いくぜ、いくぜ! プラネットウェポン戦争合体!』
食玩の如き陳腐な玩具の頭上に、ワープゲートが出現する。
おもちゃ箱をひっくり返したかのように、大量の玩具群が落下してきた。
それらは一つ一つがフランケンシュタインに組み付き接合していく。
フォトモザイクアートのごとく、巨大な人間の模造品として完成した。
『対乙種級ユウセイ兵器! 純血の守護者ぁあああああ!』
モンスターパラダイスシリーズに於いて、最初に登場したカセイ兵器。四作目のラスボス。その海賊版。
夢の結晶体にして、その成れの果て。
いつか人造種が地に満ち、人にとって代わるのではないかというフランケンシュタインコンプレックスから生み出された安全装置。
それが人の制御下に入った怪物と対峙するのは、果たして正常と言えるのか。
『お前たちは強いさ! ああ、強い! 操られていても、お前たちは強いんだろうさ! だがな……だがなぁ! 操られているってことは、それが弱点だ!』
元々人造種との戦いを想定している純血の守護者は、その性質上人型機械へ有効な兵器を多数搭載している。
相手が人間大ならば十分に有効だった。
『ユウセイ技! アシッドシャワーぁあああああ!』
大量に散布されるのは、機械を腐食させることに特化した強酸の雨。
機械は当然ながら、人間や楽園世界のモンスターには有効であろう。
しかし瘴気世界のBランク上位、Aランク下位、Aランク中位モンスターや、それをもとにした昏たちには通じるわけがない。
だがそれも、洗脳されていなければ、の話だ。
『お前たちは、以前の俺と同じように! 外科的に、機械的に洗脳されている! その機械を無理矢理外しても、お前たちが元に戻ることはない! 脳機能を機械で補っているから、止まって死ぬだけだ! だが! 殺す気ならそれは弱点だ!』
機械で洗脳されている彼女たちは、機械的に機械を守ろうとする。
本来なら無視して突っ込めるはずの脅威ではない酸の雨から逃れようとしていた。
しかし大型ユウセイ兵器がその気になれば、相手の動きは誘導できる。
『お前たちを操っている頭の機械は、キンセイ兵器と同じようにそれぞれがスタンドアローン! そうじゃないと簡単にクラッキングされちまうからな! 特に、元々そのために作られた純血の守護者を相手にするなら当然のこと! だがだからこそ! そんな難しく考えて戦えない! ネズミやゴキブリより学習能力がねえんだよ!』
多くの昏へ酸を浴びせつつ、極一部の昏だけに魔王たちへの進路を作る。
考えようという意識があれば、仲間から分断されているとわかるだろう。
だが考える意識がない彼女たちは、迷わずに魔王たちへ向かって行く。
洗脳、催眠、狂信。
それらは強力で抗いがたいが、だからこそ弱点なのだ。
『さあ、そっちは任せたぜ!』
「……おっす」
何もかも上手く行っているからこそ苛立たしい主従。
ビッグファーザーのビャッコは、狸太郎と共鳴しながら爪を伸ばした。
昏である彼女は人間と同じ手を持つ一方で、手の甲から爪が伸びるというキメラ的な構造をしている。
その鋭利な爪を震わせながら、向かってくる姉妹たちへ構えた。
「う、うぉおおおおおおおああああああ!」
見知った姉妹、生まれた時からずっと一緒だった仲間が、不衛生で無表情なまま襲い掛かってくる。
まさにゾンビ、動くだけの死体。これを殺すのは、やはり親しい友人だったゾンビを殺すようなもの。
それでも彼女は、なんとか立ち向かおうとする。
しかしそれでも、つい、目を閉じてしまった。
罪悪感からか、目が涙で滲んだからか。
戦闘中でありながら、彼女は自ら視界を閉ざした。
「ちくしょう……ちくしょう! なんでだよ、なんでお前たちを、私は殺さねえとならねえんだよ……なんでこんな簡単に殺せちまうんだよ……!」
ビャッコの攻撃は空手で言うところの山突きであった。左右の手で頭と胴体をそれぞれ打つもの。
普通なら両方を防ぐか、あるいは普通に回避するだろう。
だが彼女が最初に手をかけた仲間は、頭を全力で守っていた。がら空きの胴体に深々と爪が突き刺さり、柔らかい感触が伝わってくる。
「せめて……せめて、お前たちと戦えたら……くそったれ!」
腹に突き刺した爪で、胴体を切り裂いた。
生命力にあふれている彼女は、それでも死ぬことはない。
頭部に取り付けられた機械は、彼女の体を今も動かし、命令通りに戦おうとしている。
「……!」
呪いの言葉を吐く余裕もない。
安楽死を施すような心持で、仲間だったものの頭部を踏み砕いていた。
これだけでも泣きたくなるというのに、まだ一体倒しただけなのだ。
仲間だった者たちは、一体が倒されたことになんの感情も抱くことなく突っ込んでくる。
歯を食いしばる。
自分たちは何のために生まれたのか。
戦うためだったとしても、こうではないはずだ。
「~~~~!」
友の返り血を浴びたビャッコは、白い体を赤く染めながら、新しい主にも似た激情で吼え続けた。
それは彼女だけではない。堅牢なる装甲を持つゲンブもまた、腰を下ろして戦っていた。
「お前達につけられた『人工知能』はぁ……それなりには考える機能があるんだろう? とっても頑丈な体を持つ私が、こうやって無防備に腹を晒せば、よく考えたうえで、何にも考えてない風に突っ込んでくるだろ?」
両手両足を広げ、腹を晒している。
彼女は亀型モンスター、ウォーキングアイランドの昏であり、全身が堅牢な甲羅で覆われているのだが、やはり体の内側は防御が薄い。
それをさらけ出す構えをとれば、洗脳されたモンスター娘たちは真正面から突っ込んでくる。
それぞれの持つ爪や牙、拳などが彼女の弱点に突き刺さっていた。だがそれは決して貫通しない。
内側が弱いというのは外側に比べてのことだ。そもそもカメとて、腹側も甲羅に覆われている。無防備に直撃を受けても、致命傷になることはない。
一撃で倒せなかった以上、重量級のファイターに組み付かれる状況にしかなっていない。
「さあて、胸に飛び込んできたお前たちを抱きしめて、私は跳ぶわけだが……その人工知能はどんな判断をするんだろうな? まあ、ロマンチックにはならないよな」
壊れるぐらいに抱きしめて、ゲンブは腕の中の宝物を注視する。
機械的にもがき、致命傷を避けようとする仲間たち。
全員の顔と名前が一致するほど、彼女は頭がよくないし交友関係も広くない。
それでも仲間だった。喜怒哀楽のある、未来のある女の子たちだった。
「ごめんな」
殺すことを謝っているのか、助けることを諦めているから謝っているのか、自分達がこれからも生きていくことを謝っているのか。
いずれにせよ、罪悪感でいっぱいだった。
「そいやあああ!」
全体重を込めて、跳びながらの反り投げを敢行する。
両手両足を動きを封じたまま、全員の頭を地面にたたきつけていた。
頑丈な彼女たちの首は折れない。しかし頭部の機械は破損する。全員が、糸が切れたように動かなくなった。
細胞単位ではまだ生きているかもしれないが、そのうち停止するだろう。
「今の動きを、お前たちの人工知能は見ていたんだろうな。ここで私が同じ構えをとったら、お前たちはどうするんだ?」
怒りを滲ませながら、ゲンブは馬鹿の一つ覚えのように同じ構えをとる。
ある種の絶望をしていた彼女に、案の定の現実が突き付けられた。
今の攻防を視認していたはずの人工知能たちは、まったく同じ攻防を繰り返そうとしている。
「ああ……お前たちは、純粋に! 私たちへの嫌がらせにつかわれているんだな! アイツらは冒涜的なことをしたいだけなんだな!」
再び弱点ならざる弱点へ攻撃が行われ、ゲンブは同じ攻撃で仲間を葬る。
このままいけば、自分が削りきられる前に倒せるだろう。
それが腹立たしくてたまらない。せめて勝とうとしてほしかった。
自分たちの仲間が、遊び飽きたオモチャのように捨てられているこの現実。
到底許せるものではない。
「全滅しても『ま、いっか』『あいつらすげえ顔してたんだろうよ』って笑うんだろうな! ああ、くそったれ!」
激高するゲンブ。
彼女にとって、この戦いは最悪の通過点である。
憎い敵が用意した避けて通れない点だ。
どうあっても愉快になる要素がない。
不愉快にさせるためだけに戦力を送り込んできているのだから、冒涜教団の作戦は最初から成功しているのだろう。
それでも彼女たちは、前に進むことを辞めない。
「私たちは尊厳を保ち生き残った。それはただ運がよかっただけ、スザク隊長のすぐそばにいただけ。その幸運の対価を、ここで貴方たちに払いましょう。貴方たちを殺し、弔います」
セイリュウの足元には、頭部の機械が破壊され、停止しているモンスターたちが転がっていた。
彼女と仲が良かったものも含まれている。
生まれたばかりの彼女たちにとって、自分と似た姿というだけでも仲間意識が芽生えるには十分だった。
それが彼女たちにとっての、日常のすべてだった。
「この身に変えても……!」
先の冥王軍との戦いでは、彼女もここまでの境地に達していなかった。
あの戦いは祀の戦いであり、命じられるままに戦っていただけだった。今は彼女自身の戦いである。
戦う理由を得られたことは成長だろうが、はたしてそれは幸福なのか。
そんなことを考える余裕も今はない。
対して、またしても己たちではない戦いに巻き込まれた魔王たちは、自分達の幸福に安堵さえ覚えながら精悍なる顔つきで戦っていた。
『私が前に戦った時は簡単には倒れなかった子たちだけど、今は軽く当てるだけで殺せるね……。ちっとも嬉しくないけど』
『殺す価値はないけども、殺す意味のある相手……切なくなるわね』
『できるだけ我らが処置するべきかもしれんが、それは野暮か』
『そもそもそんな余裕ないでしょ。どれだけ脆くたって攻撃力は据え置き、それに半端のない量。安定した戦法で勝ち切れるっていうのは、机上の空論じゃないかしら』
主従は似るもの。あるいは似ているからこそ、主従関係が成立する。
狐太郎が狸太郎の意気に応じたように、四体の魔王もまた昏の本気に応えていた。
あるいは、誰かのための戦いこそが、狐太郎とその仲間の戦いなのかもしれない。
※
家畜も奴隷も資産である。これがいいこととは言い難いが、少なくとも洗脳して無駄に死なせるよりはマシだろう。
竜の下僕であるドラゴンズランドの住民たちは、一部の若い竜たちによって避難させられていた。
避難と言っても船に乗せられているわけではないので、自然と外の景色を確かめることになる。
とはいっても、常人の視力。いかに竜が巨大と言っても、その姿をみつけることはできなかった。
しかし彼らは、始まってしまった戦いに目を奪われていた。
遠くから見るからこそ、戦いの全貌が顕わになる。天帝軍と冒涜教団の初対決を、自分達が先祖代々崇めてきた貴竜の力を。
「おお……竜神様……」
人間の視点では把握することすらできず、何が何だかわからぬうちに死んでいたであろう災害級の戦争。
数多の竜たちが巨体をうねらせつつブレスや精霊を駆使して巨大兵器へ攻撃を仕掛け、巨大兵器も負けじと大火力兵器を連射している。
酸の雨が降り注ぎ、それを吹き飛ばすほどの大風が地上で吹き荒れる。
まさしく神と神の戦い。
災害と災害の戦い。
Aランクの群れとAランクの群れの戦い。
同等の怪物たちが群れを成し、食らいあう。
人よりも強大な怪物たちが、その巨体よりもはるかに強大な力を行使しぶつけ合っている。
それが、持続している。強大であるはずの力が互いにぶつかり、しかし巨体は持ちこたえている。
「竜神様……竜神様……」
ドラゴンズランドの住民は、生まれながらに竜の下僕。
大量の竜を見上げて生きてきたため、ある種の卑近さも感じていた。
自分たちと比べて強大であるとは思っていたが、それだけの生き物であると勘違いしていた。
彼らの巨体は自分たちの想像以上に頑健で、内に秘めたる力は想像以上に強大だ。
彼らは生き物ではなく神。人々は今更のように、身近にいた怪物の強さに震撼し、信心を深めていた。
そして、声に出すことさえ気が引ける、ある想いを共通して抱いていた。
(はるか雲の上で、竜神以上にぶつかり合う存在はなんなのだ?!)
Aランク上位勢。
竜神さえ恐れる怪物が、天上にてぶつかり合う。
竜よりもさらに上がいる、という瘴気世界の現実を、彼らはようやく目の当たりにしていたのだ。
※
望まれた新しい命。
祀にとって、フェニックスのスザクこそがそれだった。
『おお……我らが昏の誕生だ!』
『この時をずっと、ずっと待っていた!』
『お前こそ我らの希望だ!』
『望まれた新しい命の誕生だ!』
彼女は祝福されて生まれてきた。
彼女が産声を上げるより先に、周囲は感動の涙を流していた。
彼女の生誕は、彼女自身にとっても間違いなく幸福だった。
誕生の仕方が歪であっても、彼女は望まれて生まれてきたのだ。
それが彼女の自己肯定感を今も支えている。
『フェニックスのスザクよ、お前はよくやってくれた。鴨太郎の所有していたモンスターは謎の存在だったが、まさか宇宙怪獣だったとはな』
『お前はそんな不測の事態からも、我らを救ってくれた。実に孝行娘だったぞ』
『婚の宝も確保している。我らは何も失っていない。撤退はしたが、勝ったと言っていいのだよ』
彼女の幼少期は健やかであった。
すくなくとも、彼女の主観ではそうだった。
彼女の倫理に歪みはない。
生命体としては異常でも、知性体としては一種理想的ですらあった。
英雄を束ねる存在である狐太郎やチタセーも、彼女にある種の信頼を抱いていた。
その彼女にとって、この状況が好ましいわけがない。
空を舞うスザクは、今までにない苦悶の表情で仲間だったものを見ていた。
「ミゼットちゃん……」
『貴女が私の初めての妹……ノットブレイカーの昏ね? はじめまして! アナタは私たちが望んだ新しい命よ!』
『……なるほど、アナタは私の仲間ですか』
『ええ! フェニックスとノットブレイカーは捕食関係になるそうだけど、仲良くしましょう!』
『捕食関係……なるほど、食欲がわきますね』
『ご、ごちそうなら用意してあるわ! 祀の人と一緒につくったの! さあ! 仲良くしましょう!』
「マイクちゃん……」
『貴女がテラーマウスの昏ね! はじめまして! アナタは私たちが望んだ新しい命よ! これから一緒に仲良くしましょうね!』
『ねえアンタ、その言葉誰にでも言ってる感じ?』
『え、ええ、そうよ。私が人生で初めて言ってもらえた言葉なの! だからとても大事にしているわ! アナタも嬉しいでしょう?』
『どうせなら私専用の祝福が欲しかったわね。それじゃあ手抜きもいいところよ、ふん!』
「ジャンボちゃん……」
『そ、そんなことないですよ~~! 私も嬉しかったです! 挨拶にしてほしいぐらいですよ~~!』
『そうかしら……手抜きと言われたら反論できないわ』
『みんなが同じ言葉で祝福されるなんて、素敵だと思いますよ~~! 仲間って感じで、素敵だと思います~~!』
三体の誕生に立ち会ったことは、いまでも覚えている。
雲も届かぬ上空で舞うスザクは、無表情で攻撃を繰り返す三体を何とか回避していた。
元より、唯一の空の最強種。
空中戦において、彼女の右に出る者はいない。
コンウ技によってドレスアップしている三体は、一応の飛行能力を獲得しているが、それでもスザクを仕留め損ねていた。
「まったく、駄目な隊長ね。覚悟はできていたはずなのに、いざ向き合うと踏ん切りがつかないわ」
燃え盛る彼女の顔から、涙がこぼれた。
視界がにじみ、前が見えなくなる。
それを隙ととらえたのか、ジャンボが一気に肉薄する。
スザクの顔面に、甲種最強の拳がめり込んでいた。それどころか貫通し、頭部そのものが粉砕する。
それでもジャンボは手を緩めない。極めて機械的に、スザクの全身を火の粉レベルへ削っていく。
「痛いわね……きっとあなたたちは、これ以上の苦しみを受けているのよね」
不死鳥は、火の粉からも復活する。再生した脳に痛覚が達する頃には、彼女の全身は既に復元していた。
甲種最高の不死性を誇るフェニックスの再生力。
戦いばかりの人生だった彼女にとって、大本から受け継いだ力こそがよりどころだった。
「わかっては、いたのよ。わかっては、いたの。こうならないように頑張っていたの。でも、でも……ごめんなさい」
巨大化したマイクの口が、スザクの体のほとんどを呑み込み咀嚼する。
残った僅かな部位から、スザクは瞬く間に復帰する。
激しい痛みが襲うのだが意味は薄い。彼女にとって苦痛と喪失はまったくつながらないものだ。
だが今まさに、フェニックスの天敵、ノットブレイカーの昏がスザクへ向かって突撃を敢行しようとしている。
「私は……私の不死身の体は、大事な人を守るためにある。ずっとそうだった。今も、残った三体の妹たちのために、私は戦わないといけないの。でも……でも」
避けることもできたはずだった。
しかし図太い甲殻は、スザクの体に突き刺さっていた。
ノットブレイカーの狩は、そこからが本番である。
ミゼットの体から生えている触手が、スザクの体に絡みついていく。
通常のイカが行うように、スザクの体を強く拘束していく。
Aランク上位モンスターは、必ずしも頑健ではない。
特にフェニックスは、再生能力ゆえか防御面では脆い。
ノットブレイカーの触手をもってすれば、締め付けるだけで骨をへし折ることができる。
へし折れた骨は当然高速再生するのだが、拘束されたままでは再生できない。
万力のようにゆっくりと、固定されて圧迫され続ければフェニックスの体はどうなるか。
無尽の再生力が暴発し身の内に流れ続け、限界を超えると失神するように死ぬのである。
不死鳥を殺すのは、イカの捕食行為。
ゆえにノットブレイカーは不死鳥の天敵なのである。
この形になった時点で、フェニックスはノットブレイカーに抗う術はない。
スザクは死の危機に瀕しながら、かろうじて動く手をミゼットに向かって伸ばしていた。
「ミゼットちゃん……ミゼットちゃん、ミゼットちゃん……」
未練だった。もう殺すしかないとわかっているのに、奇跡に期待してしまう。
殺さずに済む手段がないか、今更考えてしまう。
無敵の甲殻を持つ天敵ミゼットすら、スザクからすれば祀や他の仲間と変わらぬ儚い命。
殺されそうになっても愛おしい気持ちが消えない。
「ミゼットちゃん、昔みたいに私を叱ってよ……隊長なんだから、しっかりしてって怒ってよ……お願いだから、私ちゃんとするから」
ミゼットは機械的に触手を締めていく。
スザクの全身の骨がきしみ始めた。彼女の死はすぐそこまで来ている。
「ふふふ」
スザクは泣きながら、自分を嘲った。
「そうよね、今までさんざん、『これからはちゃんとするわ』と言ったものね……今更よね、本当に……本当に、ごめんなさい」
細い骨、太い骨が粉砕される。それを治そうとするエネルギーが彼女の体の中で暴走し始める。
内側への圧力が高まり続けた。
「もう独り立ちしないとね。大丈夫、貴方に叱られなくても頑張るわ」
フェニックスの昏、スザク。
多くの苦戦を越えた彼女は、既に完成した戦士であった。
洗脳された同胞に負けることはない。
「キョウツウ技、ホワイトファイア」
燃え盛るスザクの体から、白熱の炎が放出された。
水分を多く含むミゼットの触手は一瞬でゆで上がり、スザクを拘束する力を一瞬で失う。
今度は逆に、スザクがミゼットの体を拘束する。
甲殻以外は無敵ではないミゼットの肉体を、確実に料理していった。
白い炎が燃え尽きた時、そこには甲殻だけが残っている。
それを抱きしめて、スザクは副官と別れをした。
「お疲れ様、ミゼットちゃん」
感傷に浸る間もなく、マイクが大きな口を開けて突っ込んでくる。
今度こそ全身を呑み込まんとする鮫に、スザクは視線も向けなかった。
「マイクちゃんも、おやすみなさい」
もう感慨に浸ることはないとばかりに、スザクはミゼットの遺骸、甲殻をマイクの口の中へ放り込む。
マイクは肉体を縮小させながら甲殻をかみ砕こうとするが、逆に内側から甲殻に貫かれてしまっていた。
ノットブレイカーは、テラーマウスの天敵でもある。
異常な咬筋力、消化力を誇るテラーマウスも、無敵を誇るノットブレイカーの甲殻を呑み込むことはできない。逆に体を貫かれてしまうのだ。
テラーマウスは通常の鮫と同様に、歯以外が再生することはない。マイクもまたあっさりと命を落としてしまう。
「……やさしいジャンボちゃん。二人が死んでも、泣いてくれないのね」
残ったのがシンプルイズベストを極める、再生能力を全く持たないベヒモスのジャンボなのはある種必然か。
甲種のなかでも最高のフィジカルを誇る、スピードタフネスパワーに隙のない怪物。
対してフェニックスは攻撃力も低い。ベヒモスと戦ってもダメージを通せず、千日手になってしまうだろう。
その場合、地表付近で戦っているユウセイ兵器が勝利し、こちらへ援軍にきかねない。
ユウセイ兵器には再生阻害の効果を持つ武装が多くあるため、スザクもそのまま殺されてしまうだろう。
あるいは単純に、その巨大な腕で絞殺されるかもしれない。
「転職武装、無頼漢!」
あらゆる想定を凌駕して、スザクはショクギョウ技を解禁する。
燃え盛っていた体の炎は消え、それ以上の力が全身を駆け巡っている。
スザクが選んだショクギョウ、無頼漢。
格闘家の亜種なのだが、大きく異なる点がある。
回避技や防御技などを一切持たず、リスクやデメリット、コストを支払う自己強化技のみで戦う職業であった。
「ショクギョウ技! 小細工無用! 問答無用! 助太刀無用!」
無頼漢ショクギョウ技、小細工無用。
ショクギョウ技以外のパッシブスキルを一切破棄し、その分だけ基礎身体能力を向上させる。
強大な再生能力を自己解除した結果、低かった身体能力は爆上げする。
同じく問答無用。
キョウツウ技、シュゾク技を自己封印し、その分だけ基礎身体能力を向上させる。
既に多くの技を習得していた彼女は、やはり身体能力を向上させる。
同じく助太刀無用。
他者からの強化回復を拒絶し、それを代償に強力な自己強化を行う。
三重の自己強化を行ったスザクは、ジャンボと真っ向から激突した。
「痛いわね……そして、痛みが引かない。不死身じゃない体って、こんな感じなのね……」
甲種最強であるはずのジャンボとスザクは、互角の格闘を演じていた。
周囲の雲をちぎり、嵐を破り、大気を割っていく。
甲種の最大値同士が真っ向勝負を演じることで、大規模な災害が空中で発生していた。
無頼漢となったスザクは、現在のジャンボとも見劣りすることなく戦えている。
しかしスザクは優勢ではなく、むしろ劣勢だった。
防御力も底上げされたとはいえ、スザクの体にはダメージが蓄積していく。対してジャンボはコンウ技を使っているため、僅かずつだがダメージが回復していた。
「おごほ……うぐっ! この……あっ!」
ダメージレースはスザクが圧倒されている。
削り合う格闘戦は、徐々にジャンボへ傾いていく。
「う、うふふ、強いわねえ、ジャンボちゃん。普段の貴方は、手加減してくれていたのかしら」
顔面をぐしゃぐしゃにされながら、スザクはそれでも笑っている。
贖罪ができる喜びではない、彼女は今も勝利のために最善を尽くしている。
「でも……もう行くわ。まだ私には、残っているものがあるから」
あと一撃で死ぬ。
そこまで体力を削られたところで、スザクは最後のショクギョウ技を発動する。
「ショクギョウ技……心配無用!」
自己の体力が少なくなればなるほど強まる身体強化。
双方が削り合ったからこそ、スザクに寸毫も自己回復がないからこそ、最高強化の段階まで待つことができた。
もはやジャンボですら、スザクのフィジカルに及ばない。
「バフ盛り盛りのぉ……通常攻撃ぃいいいいいい!」
無頼漢の拳が、最強の種族を追い詰める。
わずかな回復では間に合わない攻撃速度と攻撃威力。
圧倒的なラッシュによって、ジャンボは動きを止めて落下していった。
「……あの時のナタ様も、同じ気持ちだったのかしらね」
ショクギョウ技を解除し、素のままに戻ったスザク。
再生能力も戻り、全身の負傷は一瞬で完治した。
もうこうなってしまえば、この戦いは決している。
今のスザクを止められる冒涜教団の戦力は、もはや残っていないのだから。
全体の戦場が均衡しているからこそ、一か所で勝負がつけば決壊するように決着へ向かう。
「コンウ技……ドレスアップ!」
伴侶を得た不死鳥が、ウェディングドレスで羽ばたいた。
まさに、婚羽。
人生の新しいステージに進んだ彼女は、眼下へ急降下していく。
「真のコンウ技、ご覧に入れてあげるわ!」
多くのドラゴンたちがボロボロになりながらも、ユウセイ兵器群と死闘を演じていた。
自分達のために戦ってくれている無関係な竜に、これ以上傷を負わせるわけにはいかない。
「コンウ技……バージンロード!」
雲の上から地上付近のユウセイ兵器へ、乙女の花道が形成される。
羽ばたくスザクは花道を直進し、一直線にユウセイ兵器へ向かって行く。
花道は巨大なユウセイ兵器を固定拘束し、その動きを封じていた。
【警告します。強力な拘束により、移動回避が不可能です。エネルギー不足により、解除に時間がかかります】
『なんだとぉ?! おい、ふざけんな、なんとかしろ!』
楽園の常識において拘束技を食らうということは、解除できないと死ぬということである。
相手が回避不能状態でなければ絶対に当たらない、超強力で融通の利かない大技を当てる前準備だからだ。
自分がリーサル圏内に入ったことで狂乱するパイロットだが、貴竜との戦いでパワーが下がっているユウセイ兵器では、甲種からの拘束を脱することはできない。
「コンウ技! ブーケスマッシュ!」
花束のような巨大エネルギー弾を構築し、高速落下の勢いそのままで敵にたたきつける。
超威力のエネルギーは、ただでさえ破損していたユウセイ兵器を完全停止させていた。
『おい、ウソだろ……上の奴らが負けたのか!? 三体もいたのに!?』
『ふざけんな、あの役立たず共が……!』
「お前たちは……お前たちは! 絶対に許さない!」
スザクの憤怒を見て、ボロボロの竜たちは後方に下がった。
怒り狂った甲種に近づくなど、完全に自殺行為である。
「コンウ技、マリッジショットガン!」
飛沫の如き弾丸が、十体以上のユウセイ兵器をまとめて蜂の巣に変えていく。
恐るべきは不死鳥のエネルギー量。甲種モンスター三体と対乙種級兵器十体を相手取ってもなお弱る様子を見せない。
「コンウ技、鐘鳴らし!」
巨大兵器の頭部を掴み、他のユウセイ兵器の頭部にたたきつける。
プロレス技めいたストロングスタイルの花嫁により、二つの頭部が粉々に割れていた。
「コンウ技、蝋燭火刑!」
彼女の掴んだユウセイ兵器が、ロウソクのように炎上する。
最高の技術で精製されたはずの装甲やフレームが、燃えカスのようになりながら地面にこびりつく。
「コンウ技! リングチェーン! からの……市中引き回し・空き缶鳴らし!」
残ったすべてのユウセイ兵器に、指輪とリボンを模した拘束具が取り付けられる。
恐るべきは不死鳥の運搬力。巨大なユウセイ兵器を空き缶のように、地面や海面に叩きつけながら引きずっていく。
最新鋭の強力な兵器は、おもちゃのように破壊されてしまった。
『すげえ……』
自分たちが弱らせたとはいえ、大量破壊兵器をあっというまに散らかしたスザク。
貴竜たちは獲物をとられたと騒ぐこともなく、生唾を呑み込んでいた。
ここまでで、なんとか折り合いをつけようとする。
すべてのユウセイ兵器をガラクタに変えた彼女は、その残骸に近づいていった。
「う、ぐ、くそ……この……脱出装置が働かねえ……ひぃ!?」
「さすがは楽園の最新兵器、これだけ壊してもコックピットの中は保護されていたわね」
何とか逃げようとしている教団員の前に、彼女は降り立つ。
その表情は殺意を押し殺す、容赦のないものであった。
「な、なあ……俺の人権は保障されるよな? 噂じゃあ、先代の教主様は、八人目の英雄によって、人道的に避難させられたんだよな? 俺も、救助されるんだよな? 裁判を受けられるんだよな? 弁護士がつくんだよな?」
現実を受け入れられない教団員は、なんとか良い材料を探そうとする。
しかしモンスターは、彼に向ける情を持っていない。
「私は、お前たちが謝るとは思っていない。罪の意識なんて、期待していない。だからお前も、期待をするな」
「は、は? お、おい! お前は、十二番目の英雄の仲間なんだよな? 英雄の仲間が、そんなことをしていいのか? 戦闘中にうっかり殺したのならともかく、俺は、生きてるんだぞ? まだ未来があるんだぞ? 罪を償うとか、そういう選択肢があるんだぞ?」
すべての言葉が癪に障る。
声を発すること、意思を持っていることすら苛立たしい。
「私がなぜお前を生かしているかわかるか? 私のご主人様が、それを望んでいるからだ。だからかろうじて我慢している」
「そ、そうか! 十二番目の英雄が、目覚めた零落者が、楽聖が……」
「さっきから、なんだ、それは」
スザクは、できるだけ傷を負わせないように確保する。
何よりも難しいのは、自分の殺意を抑えることだった。
うっかり殺さないように、できるだけ自制して救助を行う。
「美辞麗句を並べて命乞いをすればどうにかなる段階だと思っているのか?」
「おい、ウソだろ? 俺に反省を促すために脅しているだけだよな? そうだよな?」
「真実を伝えよう。お前はこれから私のご主人様の元に連れていかれて殺される」
「嘘だよな、ウソだって言ってくれ」
「いいや本当だ」
「おい、おい! 俺は人間だぞ?! 故郷には家族だっている、俺のことをきっと心配している! 俺を殺す権利なんて、誰にもないはずだ!」
「安心しろ、ご主人様は法治国家に生まれた身だ、法律はちゃんと守る」
「だ、だったら……」
「お前たち全員を殺したら、警察に出頭するとさ」
「ふ、ふざけんな! こ、この悪党が、異常者が! 殺処分されちまえ! くそ、おい、誰か、誰か助けてくれ! 俺は悪いことはしたが、したが! そんなひどい目に遭うほどじゃないはずだ!」
スザクは知っている。
残る十九体のユウセイ兵器のパイロットも生きていて、この男と同じことをほざくのだろう。
それどころか残る教団員全員がそういう輩なのだと。
そういう輩だからこそ、ここまでやらかしたのだと。
「殺すならせめて、一思いにやれよ! なんのために苦しめて殺すんだよ!」
「勘違いするな、手段の為に殺すんじゃない。苦しめて殺すことが目的なんだ、復讐なんだからな」
「そ、そんな、自分勝手なことが、許されるのか!? 俺は、俺は……誰か、誰か助けてくれ! 俺はまだやりたいことがたくさんあるんだ! 反省する、謝る、なんでもする! だから、だから、誰でもいいから、俺を助けてくれ~~!」
助けを求めても、誰も答えることはない。
世界はなんとも残酷だった。
「そうだな、奇跡が起きて助けが来てくれれば助かるな」
「あ、あ……たす、助け、助けてくれ~~! 死にたくない、痛い思いをしたくない! あ、あ、ああああああああ!」
なんと素晴らしい世界だろう、奇跡が起きないなんて。
力を持つ人道主義者が、異を唱えることがないなんて。
この時ばかりは、スザクも世界の残酷さに感謝していた。