死の価値
ドラゴンズランドから離れていた狐太郎たちだが、方針が決まったので戻ることにした。
とはいえもはや長居は不要。侯爵家四天王は残していくが、狐太郎はラスボスを回収しにむかいつつ、冥王軍と合流するつもりだった。
いよいよすべての因果が収束し、すべての物語が決着に向かう。
冗長な先延ばしも、戦争の合間の休息ももはやない。
十二番めの物語を終らせるべく、狐太郎たちは純血の守護者に乗り込み、ドラゴンズランドの入口へ向かうのだった。
「いやあなんつうか……凄い文明レベルが上がったな」
ユウセイ兵器、純血の守護者。食玩の見た目をしている関係で甲板らしいものはないが、作業用なのか運搬用なのか、展望台のように立てる場所があった。
バリアでも張っているのか風が達することもなく、かつほとんど揺れていない。
目の前の光景が映画にすぎず、自分達は動いていないと錯覚しそうになっていた。
「文明レベルって言うか、経済レベルが上がったわよね。私も長く生きてるけど、こんな感じの豪華な旅行は初めてだわ。他のみんなはどう?」
楽園の基準で言うと、現在の状況は豪華客船に乗っているようなものらしい。
存在は知っているし乗ろうと思えば乗れなくもないが、高額なのでわざわざ乗りたくはない。
この巨大兵器に対する印象はそんなものだった。
もちろんこれは長く生きているササゲの所感。彼女自身も一般論とは思っていない。
「私もだ。こういう機会を得たことはない」
「私もよ、ワープで済ませているわ」
「ワープ駅があれば、乗り物いらないもんねえ。ご主人様は?」
「ないよ……」
なお狐太郎は周囲との常識がまず違うもよう。
周囲とのジェネレーションギャップに心を痛めていた。
(もしもこの後俺がいろいろとカミングアウトして、受け入れられたら……SF的な世界で疎外感を受けるのだろうか。そっちの方が嫌だな……)
最後の敵がはっきりして、最後の戦いに臨む直前だというのに、戦いの先に希望を見出せない『この時代の覇者』。
勝ってもいいことがなく、なんならやりたいことも無い。それでも逃げずに立ち向かおうとする姿勢はまさに英雄であった。
そのように希望のない(絶望とイコールではない)豪華な船旅も、すぐに終わる。
未来の超兵器で移動しているのだから、近くの島を行き来するのになんの支障もなかった。
塔のようにまっすぐ空まで伸びている異様な山を持つ中央の島、その周囲でうねる竜たちの元に狐太郎は来た。
Aランク中位、下位の竜の群れは、慌ただしく狐太郎の元にやってくる。
勇壮な姿をしているが『やべえよやべえよ』と落ち着きなく徘徊していただけなのは、彼らの不安そうな顔を見れば明らかであろう。
『竜王様……狐太郎様。どのようなお話をされていたのですか?』
飛べる竜を代表して、縁深い長老が話しかける。
血圧が上がっているのか呼吸が荒い。これを誠実さととらえるか情けなさととらえるかは人それぞれである。
「あ、あ~~……そのですね。ごほん。申し上げにくいのですが、私共を狙う刺客がこちらに向かっているとの情報があったのです」
そしてこの時代の覇者であるはずの狐太郎の返事は、なんともわかりやすいものであった。
隣で聞いている魔王たち四体だけではなく、音声を遠くから聞いている狸太郎やその仲間たちも感心していた。
「英雄級はいないそうですが、それでも甲種、乙種が大勢押しかけて来るでしょう。このドラゴンズランドで迎え撃つというのは、さすがにご迷惑が過ぎるかと。なので私どもは早急にここを離れ、友軍と合流するつもりです」
『さ、さようですか……』
甲種や乙種の群れがわんさか来ると聞けば『そんなの俺らでなんとかしますよ』とは言えない。
ウズモはそれを言って失敗しているが、それは彼が若く世間知らずだったからだ。
ドラゴンズランドの住民たちは、その共同体の強さを良く把握している。
つまり竜の賢さとは、身の程を知っていること、に帰結する。
狐太郎視点でも、彼らが自分たちにできるだけ残ってほしいと思っていることはわかっていた。
だからこういえばあきらめてくれるだろうとも思っていた。
なんなら、力を貸してくれといっても、断ってくるだろうと思っていた。
なので『そういうことでしたら仕方ありませぬな』と言ってくれると考えていた。
『……その、竜王様』
「え、何?」
『故郷に帰った時、我らについてなんと語るおつもりで?』
「失礼な変態ばっかの国」
『……そうでしょうなあ』
アカネがされたことを人間の価値観で言うと、外国に来たら国中の若い男女が素っ裸になって包囲して、さらにナンパしてきたようなもの。
もう二度と来たくない国、に間違いはない。
『竜王様、狐太郎殿……今回のことは、我ら竜もさすがに重く受け止めております』
「そうでしょうね……」
『恥ずかしくて恥ずかしくて、鱗がふやけるところでございます』
(羞恥で顔が赤くなった、という意味かな)
『このうえ『迷惑なので追い出した』と言われるのは到底耐えられるものではないのです』
ドラゴンズランドの長老、およびほかの竜たちも、アカネを『別の魔境の竜だ』と把握している。
自分たちほど強大な種ではないにしても、知的な竜たちが文化的、文明的な暮らしをしているのだろうと想像している。
まあ、だいたい合っている。
これでアカネが出ていくのを引き留めなければ、いよいよドラゴンズランドの汚名はぬぐえなくなる。
狐太郎たちが気を利かせて『俺たちがここにいると危ないので移動しますね』と言っているとしても『ドラゴンズランドの竜が迷惑だからって追い出したんだろ』と解釈されかねない。
この噂の厄介なところは、内心の罪に響くところだ。
狐太郎たちが察しているように、竜たちもまた『俺たちは要請されても断るだろう』と自認している。それを恥じて認めつつ、仕方がないと受け入れるのが彼らの賢さだ。
彼らは恥知らずではないし、すぐに忘れられるほど愚かでもないのだ。
そのうえ、寿命も長いときている。老い先短い長老ですら、狐太郎よりもずっと長く生きるだろう。
『このままなら、ムカデに食われて死んだ方がマシです!』
シンプルに、泣くほど嫌だったもよう。
『以前もお話ししましたが、儂は若いころムカデに食われる友人を見捨てて逃げました。あれですら思い出す度に胸がとぐろをまいてからまるというのに! なんのお詫びもせずに、死地へ赴く竜王様方に何の助力もせぬというのは、到底耐えられませぬ!』
「こういってるけど、どうする? アカネはどう思う?」
「え~~? でも怖くなったら逃げない? ウズモたちも最初は逃げてたじゃん」
『我ら貴竜、命を捨てて戦いまする! 国が亡ぶまで戦う所存です!』
実に縁起でもない宣言だった。
どっかの国の王様はそれを口にして、本当に国を滅ぼしたのである。
狐太郎たちも把握していることなので、顔を引きつらせていた。
この流れで本当に国が亡ぶというのはいただけない。
「しかし……」
『いいじゃないか、狐太郎さんよぉ、YOYOYO!』
なんとか断ろうとする狐太郎を制したのは、純血の守護者を操縦している狸太郎だった。外部マイクを通して、大声でコミュニケーションをはかっている。
ややテンションが緩み、ギリギリまともなテンションの彼は、このドラゴンズランドを戦場として、貴竜たちを兵とすることを良しとした。
『死にたいんなら、死なせてやろうぜ』
戦場で最高責任者を務めた狐太郎は、僅かに眉を動かした。
心では許せても、頭では許したくない言葉だった。
それでも狐太郎は狸太郎を許していた。
「君以外が言うのなら、俺はそれを許さないだろうね」
『俺もアンタ以外が似たようなことを言ったら許してねえよ』
奇妙な緊張感が走っていた。
胆力が滲み、英雄と英雄の気迫がぶつかっているように見えた。
互いに生半であることを許せない意志と意志が押し合っているようだった。
狐太郎は発言を認めただけで、意見として受け入れたとは言っていない。
果たして彼は、どう反応するのか。
「ふぅ……俺たちがここを離れても、冒涜教団がここに来る可能性はある。貴竜が参戦してくれるのならこんなに心強いことはない。アカネだって自治区で同種の悪口を言いふらしたいわけじゃないだろう? これで逃げたらその時に焼き殺せばいい」
「ん、そうだね」
『おお! では参戦を許してくださるということで!』
ーーー瘴気世界において、ドラゴンズランドは伝説の地であった。
これは貴竜たちが自己申告しているように、政治的に遠い土地だったからである。
先の首都奪還戦でも、若い竜が数体参戦したにすぎず、大局を決したといえるほどではなかった。
しかし冒涜教団が初めて侵攻してきた際には、総力を結集させ、本土決戦に臨んだという。
俗世に拘わらぬようにしている彼らがなぜ参戦したのか、杳として知れない。
※
敗者世界。
無軌道に開発が成され、環境を破壊し、世界を再構築する悍ましき自動工業世界。
そこでは極めて不合理に、高度な戦闘機械が生産され続けている。
都市開発ゲームのド素人が、何もわからずただ必要なものを近くに並べて行っただけの、不細工でみっともない醜悪な生産ライン。
少しでも都市計画を考える者がいれば、全部ぶっ壊して新しく作りたくなるような、自由という名の不勉強な世界。
その産物、大量の大量破壊兵器。
今回投入される数は、なんと二十。それぞれが最新兵器であると考えれば、恐るべき戦力であった。
たとえ、乗っている者や指揮する者がド素人であったとしても。
素人が書いた電子報告書を端末で拝読している教主は、今回投入される戦力を検めて、にやにやと笑っていた。
「く、くくく……悪い冗談だ」
最初の教主が冒涜教団を創設したのは、社会への警鐘のつもりだった。
それが本当に脅威になるなど、彼は考えていなかった。そういう意味でも悪い冗談であろう。
だが現在の教主はそれを知らない。彼が悪い冗談だと言ったのは、別の理由である。
「どいつもこいつも、この状況になってようやく自分の尻に火が点いていると気付く。冒涜教団に入信している時点で、履歴書が丸焦げだというのに。はははは!」
彼が嗤っているのは、今回出撃する教団員たちである。
ユウセイ兵器という、何百億もの大金を投じられて製造される高級品に乗り込み、自動車学校でやれば一発で退学になるような試運転ごっこをして、さあ出撃だとなった時。
『あ、えっと、勝てますかね?』
『大丈夫ですよね?』
彼らは今更正気に戻った。
あれ、俺たち戦争をするの?
名前のない英雄と戦うの?
もしかして俺たち死ぬの?
今の今まで冒涜的な行為に勤しんできた勇者たちが、ただのチンピラになっていた。
保護や保証、鼓舞や慰めを求めていた。
教主はにっこりと笑って、期待に応えていた。
『安心しろ。英雄ともてはやされているが、相手も素人だぞ?』
『盗まれたユウセイ兵器も一体だけじゃないか』
『皆の前では盛り上げようとしたが、実際に戦えばすぐ終わる』
『むしろ本番はそこからだろう? 前座について深く悩んでどうする』
口車に乗せられた彼らは、無謀にも死地に向かって行った。
「はははは! あの手の輩は裏について教えてやると大喜びで受け入れる。その裏面に書いてあることが正しいとは限らないのにな! はははは! 結局自分に都合のいい情報を信じる!」
教団員が愚者であることに疑問はない。
しかしこの教主が正気かと言えばその限りではない。
「十二人目の英雄になった男だぞ!? 運命力がすごいに決まっている! あいつらは全員死ぬ! この後何人送っても撃退される! そして私の元にたどり着く!」
運命力の実在を、彼は疑っていない。
むしろ運命力以外のすべてを大したものだと思っていない。
世界に筋書きがあり、世の中はそのように動くのだと信じ切っている。
なるほど、ある意味教主であった。
※
改めて、ドラゴンズランドについて説明しよう。
塔の如き高い山がそびえる島を中央に、魔境を擁する多くの島が点在する海域である。
瘴気の量はシュバルツバルトに勝るとも劣らず、強大な貴竜が大勢暮らしていても問題が発生していない。
人間も暮らしてはいるが竜の下僕であり、主権は持ち合わせていない。
ここで敵の初手を迎撃するという話になっても、誰も文句は出なかった。
多数の貴竜と純血の守護者、四体の魔王、四体の昏。これをもって迎撃態勢が構築されていた。
『いいか、お前たち……敵は強大だ。回復しにくい攻撃や、回避できない攻撃がバンバン飛んでくる。お前たちは大勢死ぬだろう、だが逃げることは許さん。逃げたら竜王様が地の果てまで追いかけてお前たちを殺す。もちろん私たちも参加する。全員死ぬまで死ね!』
『おっす!』
もういっそ全員死んでほしい。そっちの方が格好がつく。
儚い願いを抱く大人たちは、子供たち(性犯罪者)を死地に向かわせようとしていた。
子供たちも賢いので『ヤバいな、マジで生き残らなければ殺されるぞ』と悟っていた。
貴竜に逃げ場はないのだ。
『ウズモ……お前とその仲間は今回の作戦では』
『出なくてもいいだろ?』
『中核を担ってもらう!』
『出なくてもいいだろ!?』
『大変危険だが、竜王様の部下として経験を積んだお前ならできる!』
『出なくていいだろ!!』
『お前たちは一回敵前逃亡しているだろうが!』
『それについてはもう罰を受けただろうが!』
『お前は昔からデカいことをやる奴だと思っていたよ、さあ最後の一働きだ!』
『イヤ~~!』
繰り返す、逃げ場はない。
悲壮な悲鳴が響く状況で、ビャッコ、セイリュウ、ゲンブは緊張した面持ちを保っている。
静かな闘志、覚悟を固めるという雰囲気であった。
並んでいる四体の魔王をして、意気込みを感じずにいられない。
味方として肩を並べる身ながら、思わず注視してしまう。
それを不快に受け取ったのか、セイリュウは拒絶の意を示した。
「竜王アカネ様、アナタの武勇は先輩から聞いております。共に戦うことを誉に思っておりますわ。ですが……私は貴方の部下になった覚えはありません。部下扱いすることのないよう、お願いします」
「え、うん」
「であれば、心配などなさらないでください。私たちは何の問題もなく敵を討てます」
おそらく敵は、初陣で自分たちの姉妹を投入してくる。
それも外科的に洗脳を施された、取り返しのつかない状態でだ。
もう殺すしかないのだろう。だからこそ、彼女たちは覚悟を固めていた。
ここで自分たちが殺さなければ、どうなるのかわかってしまっているのだ。
「アカネ、あんまり水を差しちゃ悪いわ」
「うん……」
「どうしたの? まさか竜王だから、気になるとか?」
「すごいまともだなって……クラウドラインの昏なのに、ウズモとかよりイイなって」
「……それ、いろんな意味で失礼だからやめなさい」
あれだけまともなのが『竜』なら、竜王をやってもいいかな~~。
アカネが竜種に希望を取り戻す中、クツロはすっかり呆れている。
気持ちはわからないでもないが、今は無粋であろう。
「迷いがないのは結構だ。やはり彼女たちもご主人様に巡り合えたということだろう。実に心強い」
「そうね~~……あのスザクも、元々強かったけど更に強さを増したわ」
ササゲが注視するのは、純血の守護者の前で滞空しているスザク。
現在狐太郎は純血の守護者の中で待機しており、狸太郎と同じ場所にいるはずだった。
であれば、二人の会話も聞いているのだろう。
『スザク、いいのか? 俺は俺を殺したいと思っているし、奴らも自分を殺してほしいと思っているだろうが、それは俺の理屈であり俺の感性だ。お前はそれに付き合うことはないぞ』
「気にしないでください、ご主人様。私がしっかりやらないといけないんです」
『トドメぐらいは俺がやるぞ。あてにならないんなら、魔王様がたに頼んでもいい』
「そんな余裕はありませんよ。そう思いませんか、天帝殿」
『スザクの言う通りだよ、狸太郎君。相手は強い、そんな余裕のある戦いにはならない。だから……』
ハイテンションを失っている狸太郎に、狐太郎は強く釘を刺す。
『君は君の仕事をするんだ。少なくとも今は、自殺なんかしちゃいけないよ』
『くひ、くひひひひひひひひ!』
狸太郎は一気に張り詰める。
そこへ誘導した狐太郎は、悪手を打ったのか。
否であろう。
『いやああああああ! すげえすげえ! 流石天帝! この時代の象徴! 偉大な英雄! すげえ心強いぜ! こんなすごいカリスマを独り占めで戦えるのかよ! 俺ってラッキーだな! 最高に幸運だな! 人生が上振れしてるな! 最高に、最高に、今の俺に必要な人材だったぜ! あははははは!』
『君はそれでいい。さあ……来るぞ!』
『さあああああ! 凄い頼もしい仲間と一緒に! すごく憎い敵をぶっ殺そうぜぇええええええ!』
空間を打ち破って、二十もの巨大兵器が出現してくる。
ありのままの自然が支配する土地が、無秩序に打ち破られる。
しかし最も警戒すべきは巨大兵器に紛れるほど小さなモンスターたちだ。
すなわち……。
哺乳類型最強種、ベヒモス。
魚類型最強種、テラーマウス。
そして軟体動物型最強種、ノットブレイカー。
それぞれの昏が、正気を失った目をして出現していた。
どれもが甲種、どれもがAランク上位、どれもが最強種。
英雄ならざるものでは太刀打ちが難しい怪物ばかり。
迎え撃つのは、ただ一体。
「ジャンボちゃん、マイクちゃん、ミゼットちゃん。わかってはいたけど、切なくなるわね……」
鳥型最強種、フェニックスの昏、狸太郎の使徒、スザク。
彼女が三体まとめて倒せなければ、この戦線は崩壊する。
「みんなのことは忘れないわ。絶対に、絶対にね。貴方たちの思いは、私の胸で生き続ける」
不死身の怪物の体が、心が、炎となって燃え盛る。
かつて十一人目の英雄に敗れ、その後も負け続け、なおも不死鳥として蘇り続けた彼女は、ここに完成に至った。
だがそれは、傷つかないわけではない。
「ちゃんと殺して、弔ってあげるわ」