Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ……
今回が第三部『蛇は昔を語らず』の最終回です。
かくて……冥王一行と昏の戦いは終結した。
もっと言うと、自国の主権を脅かされた女王が、自ら自衛権を行使した。
とはいえ、南万と親交のある冥王一行は、とりあえず殺されずに済んでいたので勝ったともいえる。
面倒くさいことは一旦魔王軍四天王に任せて、他の面々は和気あいあいとした雰囲気の中、合流を喜んだのだった。
※
深宇宙探査戦艦ウィッシュ。
そのキャプテンとして正式に就任した怱々兎太郎は、戦闘が終了して通常形態に戻した後、仲間とともにサブブリッジへ入ろうとした。
というか、サブブリッジの入り口で、ちょっと悶着していた。
「おいおいお前ら、どうしたんだよ。早く入ろうぜ?」
彼の仲間が、全員入りたがらなかったのである。
「あの……ご主人様?! 状況分かってるんですか?!」
「私たち! 伝説の勇者になってるのよ?! それで、助けに来てくれた人たちと合流するのよ?!」
「な、何を言われるのかしら……怖いわ……」
「こんな超巨大戦艦まで作って、ここまで来てくれたなんて……どう対応していいのかわからない……」
重ねて言うが……兎太郎の仲間は、全員普通である。
普通の女子なので、世界を救った英雄扱いされることに耐えられないのだ。
「みんな拍手で迎えるからこっちも笑顔を振りまいて、何か言われたら楽園万歳って言っておけばいいんだ。それより待たせたら悪いだろ、行くぞ」
でも兎太郎は普通じゃないので、ぐいぐい行くのだった。
「あの! ご主人様! 私たち本当に楽園万歳って言いますからね! 後で梯子外さないでくださいね!」
「バカ言え、それは初心者救済だ。俺はちゃんと受け答えする」
「私たちもちゃんと受け答えしたいんですよ! だからちょっと時間ください!」
ハーピーのムイメが熱烈な抗議をする。
そしてその彼女の後ろには、共に苦楽を越えた三体の仲間がいた。
三体とも、ムイメに大きく頷いている。
「まあそうは言うけどなあ、お前たちを待ってたらスゲー待たせちまうし、俺まで楽園万歳としか言わなかったら、相手が困るだろ」
「……みんな、もうこの際全部ご主人様に任せましょう。多分それが一番上手くいくわ」
オークのイツケは、涙を流しながらすべてを諦めた。
そして天帝の仲間と同様に、面倒なことは人間に任せるという結論に達したのである。
むしろそのためのご主人様であると、割り切ることにしたのだ。
「そうよね……私たちなんて結局、ご主人様のおまけみたいなもんだろうしね……」
「あんなに一生懸命頑張って、時間の果てに飛ばされたのにおまけなのね……」
ワードッグのキクフも、ミノタウロスのハチクも、もう受け入れることにした。
確かに少々心の準備をしたぐらいで、兎太郎のようにふるまえるとも思えない。
「さ、行こうぜ」
堂々たる振る舞いで、兎太郎はサブブリッジに入った。
そこには大勢の人間とモンスターが整列しており、誰もが拍手をする構えで……固まっていた。
マスターキーであるアバターシステム、艦長用のマントを羽織る彼は、威風堂々とサブブリッジの中を進む。
なんとも奇妙な話だが、兎太郎が堂々としすぎていて、誰もが身動きをとれずにいたのだ。
星を救った、伝説の英雄。
その正体は、クラウドファンディングに参加しただけの一般人。
だが今の兎太郎は、とてもではないがそう見えない。
(この風格……本当に一般人か?!)
変な話だが……六人目の英雄については、『クラウドファンディングに参加した誰か』だとわかっていた。
特定できないというだけで、全員分のデータが残っている。
つまり兎太郎だと特定できた時点で、この場にいる職員たちはそのデータを確認していた。
身体情報、親族、学歴、職歴(犯罪歴は無かった)。その他さまざまなデータが、既に共有されている。
はっきり言って、一般人だ。どこにでもいる誰かに過ぎない。データの上では、そうなっていたのだ。
そして実際、その通りではあった。だが……人間性については、さすがに把握しきれていなかった。
(本当にただの一般人なのか? この状況で、堂々としすぎている! 私たちが神聖視していることを抜きにしても、カリスマ性があふれているように見える!)
(この世界で何十年も経験を積んだ、という気配はない……だとすれば……彼は月に行った時点でこの風格を持っていたのか?)
(いや……ある意味当たり前だ!)
一緒に居る四体の仲間たちもまた、生唾を呑んだ。
そもそも根本的に、正真正銘の一般人が世界を救えるわけがない。
ある種の異常者だからこそ、危険を省みずに事態の解明に動き、その末に衛星破壊爆弾へ突入を仕掛けたのである。
納得するしかない。
この男こそが、六人目の英雄、星になった戦士、冒険の神。
ただ歩く姿だけで、全員に納得をさせた。
もちろん、同じような精神性の持ち主が人の中を物おじせずに歩いても、変な奴だなとか度胸があるんだなとしか思われない。
間違っても、畏敬の念を抱かれることはない。
星を救った実績の持ち主。
一度でも空を仰ぎ、月の破壊痕を見たことがあれば知れる存在。
偉大な英雄が平然と人の中を歩いているからこそ、畏怖畏敬を集めるのだ。
ましてここにいるのは、神になった宇宙飛行士であり……その後世に宇宙局へ就職した者たちである。
こうして、拍手喝さいさえ通りこした硬直になっても、全く不思議ではない。
それこそ真空にでもなったかのように、誰も音を出せない。
ただ兎太郎が前に進み、その後に使徒が続く。
そして兎太郎は、歩けるだけ歩いてサブブリッジの中央に進んだ。
彼は少しの間、周囲を見た。
おそらく、ごく普通に、誰もしゃべらないことへ疑問を抱いているのだろう。
ほんの一瞬だけ段取りを待った後、彼は口を開いた。
さて、伝説の宇宙飛行士は、後世の宇宙局職員へ何を言うのか。
「皆さん、初めまして。怱々兎太郎と申します」
彼は、ごく普通の真顔で、ごく普通のことを言った。
「先ほどは戦闘中とはいえ、失礼をしました」
いえいえ、そんなことは。
などという謙遜を言う暇も与えず……。
「救助に来てくださり、ありがとうございます」
彼は、深く頭を下げた。
感謝の最敬礼だった。
なにも、おかしくは、なかった。
現に常識的な彼の仲間たちも、あわてて頭を下げたほどだ。
そして、下げられた宇宙局の面々も、むしろ救助に来たのだから何も言うことがない。
行方不明の宇宙飛行士を救助に来て、救助してくれてありがとうと言われたのだ。
はい、ご無事で何よりです、と言えばいい。
(ご、ご無事で何より……!)
その言葉が、のどに詰まる。
それこそ、ただ知っているだけだった牛太郎たちとは事情が違う。
六人目の英雄の事件にかかわった誰もが、本当に、心の底から、彼を助けたかったのだ。
だが誰も、それをできなかった。
未完成の宇宙船の封印を解除して、それに乗り込ませて、月に突入させることしかできなかった。
そう……当時の宇宙局や指導者が責任を取ったときのコメントと同じだ。
アレは冒険譚でも武勇伝でも美談でもない。美化してはならない、ただの悲劇だと。
その悲劇に、ようやく正真正銘の救いが訪れた。
星の命運を背負って戦い、行方不明になった宇宙飛行士。
国際宇宙局は偶然から彼を発見し、なんとか救助に成功した。
ああ、救われた。ああ、許された。
先人たちの無念は、ここに晴らされたのだ。
六人目の英雄とその仲間が困惑する中……一般人でも異常者でもない、極めて優秀な宇宙局の職員たちは、悲願の成就に涙を流していた。
※
さて、宇宙局の救助作戦に参加した、エイセイ兵器の義勇軍である。
先日のアルフ・アー撃退作戦に参加した 兵 達であり、この時代に珍しい実戦経験者であった。
その彼らは……当然ながら行方不明の一人だった武勇猛との再会を、猛烈に喜んでいた。
「おいおい武勇! お前なにしれっと帰ってきてるんだよ!」
「あんなに格好良く散ったくせに、現地の権力者とよろしくやってたな~~?」
「楽園の技術でチート活躍してやがったな? ハーレム作っただろ、こんなこと大したことありませんとか言って、口説きまくっただろ?」
「おいおい、止めろよ! マジで、ぐしゃぐしゃすんな!」
超巨大兵器内部の、エイセイ兵器の格納庫。
その一角では、帰還した武勇を仲間たちがもみくちゃにしている。
誰もが心底から嬉しそうで、わずかながら涙が目じりに光っていた。
「……まあ真面目な話だが、あの時は死を覚悟したよ。だが気付いたらこの世界の東威って国の、ベネっていう町の近くにいたんだ。もちろん、アルフ・アーの一部と一緒にな」
普通に考えれば、アルフ・アーの一部など危険極まりないだろう。
未知の細菌だとかウイルスだとか放射性物質だとかではなく、ごく普通にそれそのものが暴れだしかねない。
「現地の方が一瞬で消した……」
「……そうか」
本来なら信じてもらえないことだが、先ほどの戦場を経験したものは違う。
別惑星の大嵐(再現映像)みたいなものが、突如として吹き荒れたのだ。
すべてのセンサーが異常を起こし、焼き付くほどの超高エネルギー反応。
あれが個人の力なのだとしたら、宇宙怪獣だって倒せそうである。
「というか……俺のセンサーでも確認できたんだが、今この船に『アルフ・アー』が乗ってないか?」
「ああ、乗ってるぞ。それどころか、繁殖していて子供までいる」
「そうか……」
実物のアルフ・アーと戦った面々からすれば、なんとも言えない雰囲気である。
彼らはモラルが高いので『敵の子供は敵』などと考えないが、怖いものは怖い。
「ちなみに、さっきの大嵐の時には一緒に逃げた」
「そうか……」
なお、その宇宙怪獣でもダッシュで逃げるようなのがこの世界にいる模様。
しかも遺伝学的には人間の模様。
「一応言っておくとだな、コロブというモンスターが遺伝子操作をして、赤ん坊たちの危険度を下げているそうだ」
「遺伝子を操作する力を持ったモンスター?! そんなのがいるのか?!」
「ああ、俺たちも驚いた。ついそれを、本人の前で言ってしまったんだ」
「ハラスメントだぞ、それは……」
「わかってる。だが彼女はけらけらと笑って……」
『人間に言われたくね~~!』
「って言ってた」
「それもそうだな……」
人間は自力で深海に行って『凄い、深海に生き物が!』とか、自力で高空に行って『凄い、こんな高いところを鳥が!』とか驚くのだ。
多分他の生き物からすれば、人間が一番おかしい。
「それに、昏とか言うのになっているおかげで、だいぶ話も通じる。なんだかんだ言って、人間と結婚して子供もいるんだしな」
「……それが一番の驚きだ」
「ちなみに、その人間は四股の重婚だ」
「更新された」
原型を知っているだけに、なおさら驚きが濃い。
「宇宙戦艦の擬人化と、例の宇宙からきた電波の精霊と、さっき話に出た遺伝子を操る力を持ったモンスターと結婚している」
「……それは、なんだ、英雄だな」
「ああ、男の中の男、雄の中の雄だ」
亜人がさらに人間に近づきました、とかならまだわかる。
実際この世界にいる『人間』も亜人やら何やらで体格が違うので、そういうのなら(悪)趣味で理解できる。
だが羅列されたのは、全部色物だった。仮に異類婚の婚活市場に居たら、最後になっても誰にも選ばれないだろう。
「……楽園もいろいろあったみたいだな」
「ああ、お前が去った後もいろいろあった。三度の大きな事件が起きて、三人の英雄が立った。その彼らの運命力がなければ、ここまで来れたか怪しいな」
「おい、待て……まさか帰れる保証はないのか?」
「ああ。だが……来ないという手はないだろう。お前でもそうしたはずだ」
久遠の到達者は、確かにマスターキーをある程度認識していた。
だがそれは嵐の海で、灯台の光が見えるというだけのことだ。
目的地へ、確実にたどり着けるほどの技術はない。
だからこその力技、楽園にいる三人の英雄を全員同席させて、運命力に任せて突っ込んだのだ。
「いや、違うな。お前は、実際にそうした」
「……ふ、警官の本分を果たしただけだ」
この地獄のような瘴気世界を理解したうえで、帰還の保証がない状況。
にもかかわらず、誰もが充実し、笑っていた。
彼らは決して言葉にしないが、それでもずっと憶えていることがある。
八人目の英雄の事件。
民間人が完ぺきに解決するまで、見ていることしかできなかった悲哀。
それに比べれば、なんということもない。
いや……こうして命を危険にさらしているからこそ、罪悪感がまぎれるのかもしれない。
平和の神、捨て身の仁士。彼が作った安寧に身を委ねることは、彼らにとって地獄なのだ。
「なあ、みんな! あそこにいたぞ!」
「あ、本当だね! 格納庫に集まってたんだ! てっきり休憩室とか食堂にいるのかと思ったよ~~!」
「キンセイ兵器部隊の皆さんが、こんなにそろってるな~~! すげえ格好いい!」
「なんかこう……立ち入り禁止区域とかじゃないわよね?」
「大丈夫大丈夫! 私たちのプレイゴーレムも、ここで整備してもらってるし!」
そんな面々の元に、牛太郎たちが現れた。
少し大柄で筋肉質な牛太郎も、先祖返りやモンスターの精鋭であるキンセイ兵器部隊には大きく見劣りする。ましてや小柄な精霊である残り四人は、それこそ巨人を見上げる小型犬だった。
その五人組が現れたことで、武勇を含めたキンセイ兵器部隊は困る。
果たして彼らは、何者なのか。
「皆さん、救助に来てくださってありがとうございます! おかげで助かりました!」
「ありがとうございました!」
彼らの口ぶりからして、この瘴気世界に来ていた英雄のようである。
誰もがしばらく考えた後、ようやく思いついた。
「あ、ああ! あの、所属不明機のパイロットか! なんか高性能な味方機がいるな~~、変なのだな~~って思ってたんだ!」
「機体の設計コンセプトもよくわからんかったしな……どう見ても敵じゃないし、楽園製だったから攻撃しなかったが……」
「っていうか、口ぶりからして妖精も一緒に乗っていたのか? ますますどんな兵器だ?」
「お前たちも知らないのか? もしかして、みんなよりも未来の英雄か……?」
キンセイ兵器部隊が困惑しているので、牛太郎たちも困った。
だがしばらく考えて、なるほどと納得する。
「なあ四人とも……よく考えたら楽園の人たちって、『ユウセイ兵器』の存在自体知らないんじゃないか?」
牛太郎の言葉に、四人も納得する。
あのエイセイ兵器の中で、ユウセイ兵器に改造されたり、特種ユウセイ兵器と友達になったり、ユウセイ兵器で武装した敵と戦っていた。なので感覚がマヒしていたが、あの船の外にはユウセイ兵器などないはずなのだ。
「アレはユウセイ兵器プレイゴーレムっていって、俺たちが敵からもらったものなんです」
「敵からもらった?」
「はい……相手が変な奴なんで説明が難しいんですが……」
牛太郎はモラルが高いので、敵から奪ったとは言わなかった。
奪ったのなら素直に奪ったというが、録音されていたセリフからするに『もらった』というのが正しかった。
「ユウセイ兵器っていうのは、遊製にして憂世の兵器で……冒涜教団が作った兵器全般を指すんですよ」
「ああ、冒涜教団……そうか奴らめ、独自規格の兵器まで所有していたのか……?」
近代最悪のテロ組織だった冒涜教団。
その名前が出たことで、キンセイ兵器部隊の気配は一気に剣呑となった。
無理もあるまい、彼らの犯行声明、および公開処刑は、どれも放送が禁じられるほど冒涜的だったのだから。
もちろん牛太郎たちも直接見ていたうえ、公表されていたことも知っている。
そのため彼らが怒ったことも理解できた。
だが、いきなり、キンセイ兵器部隊の目が皿のようになった。
全員そろって、牛太郎の顔を見たのである。
「あ、あの……?」
「君、つかぬことを聞くが……」
キンセイ兵器部隊を代表して、武勇が問う。
「君はまさか、芥子牛太郎というのでは?」
「は?」
「答えてくれ!」
「はい、俺は芥子牛太郎ですが……?」
剣幕に負けつつ答えると、今度こそキンセイ兵器部隊が異常になった。
全員がけいれんし、涙を流しながら、腰砕けになったのである。
「じゃ、じゃあ君は……君たちは! 八人目の英雄、捨て身の仁士か?!」
「捨て身……? 後世でなんて言われているのかは知りませんけど、冒涜教団が乗っ取ったエイセイ兵器の中で、冒涜教団と戦ったのは俺たちですが……」
「あ、あああああああああ!」
武勇の脳裏に、先ほどの光景がフラッシュバックした。
膨大なモンスターと敵の中で、目についた正体不明の所属不明機。
それが背後から狙われていた時、自分はとっさに引き金を引いた。
計らずも武勇は、悲願を成就させていたのである。
「お、おおおおおお!」
そしてそれは、キンセイ兵器部隊も同じだった。
あまりの衝撃に、全員が狂乱していた。
「あ、あの~~……皆さん、どうしたんですか?」
あまりのことに、四々が質問をする。
彼ら彼女らからすれば、本当に意味が分からない。
「す、すまない……わ、私たちは、私は……私たちのなかには、私を含めて……」
そこまで言ったところで、武勇は気づいた。
牛太郎の傍にいる、奇妙な四体の妖精を。
「まさか君たちは、冒涜教団に改造された人間か?!」
「あ、はい……」
「芥子牛太郎の友達……たしか、五十八四々、長月蓮華、血潮鳩、歯車猫目か?!」
「はい……?」
「お、おおおおあああああああ!」
極めて高いモラルを持つ楽園の住人、中でも警察官になるほどの者たちは、牛太郎が解決した事件について自殺を考えるほど気に病んでいた。
彼らは犠牲者たちの写真と名前を、夢に見るほどしっかりと見ていた。
その面々の内、生き残っていた者。つまり八人目の英雄が目の前にいるとようやく認識したのである。
「あの、すみません……本当に何があったんですか?」
比較的冷静だった、先祖返りの男性へ質問をする。
彼自身も気にしていたので平静ではなかったのだが、なんとか理解してもらえるように、順序よく話し始めた。
「まず……私たちは、君たちとほぼ同年代の人間だ。君たちがあの事件を解決してから、十年ほどしか経過していない」
「あ、そうなんですか……俺たちはこっちに来てから、一年も経ってないです。いやでも……兎太郎さんたちは百十年ぐらいなんですね……」
「六人目の英雄のことかな? そ、そうだな……確かに彼らは悲しいことになってしまった……だ、だが、そのなんだ……私たちは、そして武勇は……当時警察官でね……」
さて……いまさらだが、八人目の英雄たちは、外部と全く連絡が取れなかった。
加えて目の前のことに一生懸命で、外のことを考える余裕がなかった。
「なんで警察の人が、そんなに落ち込むんですか?」
なので八人目の英雄たちは、心底不思議そうに首をかしげていた。
「おああああああ!」
「あああああああ!」
「あがががががが!」
「おぐ、おぐううああ!」
自分たちは、まったく当てにされていなかった。
むしろ、意識さえされていなかった。
これなら『なんで助けに来てくれなかったんですか』とののしられた方がマシだろう。
キンセイ兵器部隊は、かつてのように自傷行為を始めるのだった。
「え、え、えええ?!」
「ちょちょっと?! なにがあったの?!」
「私たちなにか酷いこと言ったの?!」
「落ち着いてください! 警察の皆さん!」
「一体何があったんですか?!」
事件の被害者から、何があったんですか、と心配されるこの哀しみ。
決死隊に志願するほどモラルが高いので、とんでもなく落ち込むことになった。
そして……その姿を、遠くから見ている面々がいた。
十人目の英雄、後先雁太郎と、その仲間達である。
「はあ……武勇巡査が生きてる……よかった……」
「あの~~……ご主人様、あの人たち、放っておいたら死にますよ?」
「私たちも当時のことは覚えてるけどさ~~……責任者、マジでヤバかったらしいもんね……」
「六人目の英雄も収容されたっていうけど、当時の時代の人が生き残ってたら同じ感じだったのかしらね」
「いや……まず助けようよ」
自責の念で阿鼻叫喚となっている、逆モラルハザード。
それを見ている四大殺人鬼は、止めるべきだと進言していた。
なお、あんまり近づきたくない模様。
「ん……そ、そうだな、通報しよう!」
「おいおい……」
一応十人目の英雄なのに、自分で解決するつもりはみじんもないこの男。
その情けない姿に、四大殺人鬼もがっかりである。なお、彼女たちも自分で解決するつもりはない様子だ。
「すみません! キンセイ兵器の格納庫で、集団自決が始まってます! すぐ来てください!」
雁太郎はいつものように現場に居合わせたが、即座に警備へ通報をするのだった。
そして四大殺人鬼は、しみじみと、自傷する武勇を見る。
「いやあしかし……ご主人様ほどじゃないけど、感慨深いよね~~」
「武勇猛巡査……いや、今は巡査部長だっけ……」
「私たちが解決して闇に葬った、十番目の事件……その発端になった男」
「歴史に刻まれなかった名前、か……」
「お前ら、めったなことを言うな! 何のためにあの事件を迷宮入りさせたと思っている?! 一番聞かれたら困る人の傍で、そんなことを言うな!」
十人目の英雄、消えた匿名、聖域の神、後先雁太郎。
英雄の名誉のために戦った、歴史の闇を守る者。
名前のわからない英雄の、その名前を暴かんとした者たち。
墓暴きと戦った英雄であった。
※
さて……悠久の時を越えてそろった、魔王軍四天王。
九人目の英雄の祖師、ムサシボウ。東威ベネの主、ローレライ。五人目の英雄、プリンセス。七人目の英雄の仲間、アヴェンジャー。
この四人を中心として、九人目の英雄とその仲間、七人目の英雄もそろっている。
そうそうたる顔ぶれではあるのだが、それも『女王』の前には霞むだろう。
英雄にして南万の女王、ゲツジョウである。
現在この面々は、深宇宙探査戦艦ウィッシュの、入植用生産設備に訪れていた。
当然だが、楽園がこの南万に侵略するという話ではない。
結果として国内で戦争をしてしまったお詫び、賠償に関する問題である。
「……想像を絶する光景だ。ナイルの内部を見せてもらったときも思ったが、貴殿らの国は相当に『進んでいる』様子だ。英雄以外では加工などできない巨大なモンスターが、細い鉄の腕によって勝手に解体され、そのまま『肉』に変えられていく。なるほど、この工場があれば、我が国の民の腹を満たせるであろう」
現在このウィッシュでは、急ピッチで『食糧生産』が行われている。
この世界にいくらでもいる、超巨大モンスター。それをある程度切り取ってウィッシュ内部に格納し、資源として解体、加工して出荷しようとしている。
本当は戦闘で消耗した装甲などを修理したいのだが、ぶっちゃけゲツジョウがいる限り彼女に何とかしてもらえばいいので、戦闘の心配はなかった。
むしろ、いかに彼女の機嫌を取るか、であろう。彼女の機嫌を損ねたら、それこそ南万と戦争になってしまう。
「我が国の船にもちょっとした竈ぐらいは乗せられるが……これはそういう規模ではないな。この工場が空を飛ぶ船の一部というのは驚くが……人の形に変わって戦うというのは理解の外だ」
「いやあまったくまったく! 別で作ればいいのにねえ」
「……ヒミコ殿の故郷でもあるのだろう」
「数千年帰ってないから、もう別の世界よ」
その南万国女王の相手をしているのは、ローレライであった。
瘴気世界に来て長い彼女は、ゲツジョウとも知り合いなのである。
「……それで、魔境対策もしてくださるとか?」
「Bランク上位を狩れる装備をした兵士を、千人ほど各地へ配置できます。必要に応じて、その上の兵力も派遣可能です」
ムサシボウ……正しくは九人目の英雄である蛙太郎が着ている哀しみの鎧が、実務的な質問に応じた。
その返答に対して、ゲツジョウは溜息をついた。
「……なんとも恐ろしい話だな」
(なんの冗談だろう……)
先ほどの戦闘で、両陣営をまとめて粉砕しようとした女傑の言葉とは思えない。
甲種を四体も抱える組織が、一瞬も迷わずに逃げ出す強さ。
自身がそれだけ強いにもかかわらず、なんとも恐ろしい話だな、と言ったのだ。
「ヒミコ殿には申し上げるまでもないが……この周辺諸国において……Bランクから上を単独で狩れる個人は本当に少ない。貴殿らのように、Bランク上位には彼ら、Aランク下位には彼ら、Aランク中位にはこの船……とはいかない。基本、全部我らが倒すことになる」
(なんで超巨大兵器が苦戦するようなモンスターを、個人が倒せるんだろう……)
「もちろんAランク上位もな」
(なんで超巨大兵器が何十体もいないと勝てないようなモンスターを、個人が倒せるんだろう……)
「他国にも英雄がいるため、そちらばかりに注力することもできない……」
(なんでそんな人間が、他の国にもけっこういるんだろう……)
楽園世界の住人と、瘴気世界の住人。
双方の常識と苦悩がぶつかり合ったとき、どっちも困惑するのであった。
「まあとにかく……しばらくの間は補償していただく」
「はい、償わせていただきます」
本来こういう、異世界の軍勢が他国で暴れた時の補償問題では……。
『こんな強大な国家に、補償なんて請求できないよ~~!』
『大変申し訳ありませんでした、償わせていただきます』
『なんていい人なんだ……!』
というシチュエーションがよくある。
なお、現状だとゲツジョウ一人でパワーバランスが崩壊している。
同じぐらい強いのが、あと二人いる模様。
「しかしまああれよねえ……これだけ楽園の文明が発展しても、英雄一人で全部ひっくり返るんだもの。そりゃあ魔王様もE.O.Sを作るわよねえ」
けらけら笑うローレライは、その目で蛇太郎を見た。
本来の蛇太郎なら、それだけで敵意をむき出しにするだろう。
だが彼は過去を知っている。あの場にいた四天王は、探るまでもなくE.O.Sを知っている。
むしろ覗き見ていたのは、蛇太郎の方だ。
だからこそ、むしろ神妙な顔になる。
「E.O.S、サイモンを殺した武器か。さすがに英雄殺しの武器だけは、そちらの国でも一品もののようだな」
「ルーツをたどれば、むしろこの世界のようだけどね」
既にゲツジョウにも、敵の狙いはE.O.Sだと伝えている。
国を荒らされたこと、今後も狙われうることを思えば、教えない方が問題だ。
そして自らも英雄である彼女もまた、英雄殺しの武器に危機感を覚えていた。
「正直に言えば、その宝は我が国も欲しい。もちろん身を滅ぼしてまで手に入れたくはないが、欲しい気持ちに嘘はつかぬ。今後も狙われることを思えば……貴殿は私やほかの大将軍の傍にいたほうがいいぞ」
(この人やほかの大将軍の傍にいれば、それだけで昏は手を出せないというのが……)
いまさらだが、昏が冥王一行を襲ったのは、単純に南万の英雄から離れていたからである。英雄の近くに居たら、絶対に手が出せなかった。
兎太郎は囲まれたとき真っ先に『ここから逃げて、女王様に保護してもらえ』的なことを言っていたが、実際それで解決していたのだ。
「……待ってください! 対甲種、対英雄の宝は、もう一つ、もう一種あるんですよね?!」
そこまで考えてから、蛇太郎は懸念事項に至った。
おそらく昏も祀も、蛇太郎の持つE.O.Sについては当面手が出せないだろう。
「それを持っている人が……一人目の英雄が、今後重点的に狙われるかもしれません!」
蛇太郎は、先ほどの絶望を思い出した。
強大なモンスターの群れに包囲される、極めて単純でどうしようもない絶望を。
自分たちはたまたま楽園からの救援によって救われたが、彼にそれがあるとは限らない。
もちろん、同じように行方不明になっているとはいえ、この世界、この時代にいるとは限らない。
だがもしも、この時代のこの世界にいるとすれば、狙われているはずだった。
あの思いを、彼にさせたくない。
「その前に彼を助けるか……昏を倒さないと」
彼の言葉に、ムサシボウもアヴェンジャーも、プリンセスも頷く。
もちろんその仲間たちも、同じようなものだった。
だがしかし、ローレライだけは違った。
「……馬鹿なの?」
なぜそんな心配をしているのか、むしろわからないほどだった。
「私たちが仕えた、あの方を倒した男、一人目の英雄。その所在を、貴方たちはまだ知らないの?」
「姉、知ってるのか?」
「知ってるも何も……超有名人よ?」
例えば異世界に転移したとして、元の世界の人を探そうと思ったとして、近所の国の大統領を探るだろうか。
むしろ一周回って、なかなか見つけられない。
「さすがにゲツジョウ殿下は知ってるでしょう? 四冠のことよ」
「……例の男が?!」
「そうそう、そいつが蛇太郎君の心配している『一人目の英雄』よ」
ゲツジョウをして、畏怖の感情を隠せない。
その姿を見て、楽園の者たちはローレライの言葉を待つ。
「つい先日まで、この世界全体で戦争があったの。それは知ってるわよね? その最終的な勝者が、央土という国なんだけど……そこの最高司令官よ」
「……外国人の身で、最高司令官になったのですか?!」
「ただ軍事の最高司令官を務めただけじゃない。政治面においては独裁官を務め、外交官としての敏腕も振るったわ」
東威、ベネの長、ヒミコ。
その口から、なんの偽りもない評価が語られる。
「ここに来たばかりのムサシボウ殿にもわかるように言うけど……央土は超大国であり、人類の利用できる土地の半分以上を占拠していた。それを不満に思っていた西重という国の大王が、周辺諸国をまとめて全面戦争をしかけたの。敵味方合わせて二十人以上の英雄が投入された、私でも体験したことがない超絶の規模の大戦争だったわ」
先ほど英雄の強さを見たからこそ、それが真正面からぶつかることが想像できない。
だがゲツジョウの顔を見るに、実際に起きたことなのだろう。
「西重は強かった……央土を挟んで反対側にあった私の国にも武名がとどろくほどの大将軍を三人かかえ、さらに黄金世代と呼ばれる若き英雄たちも多く所属していた。彼らは犠牲を払いながらも央土の大王を討ち取り、それを守っていた近衛を殺し、央土の首都を占領するまでに至った。これはもう央土が壊滅するかと思われていた時……四冠が新しい王を擁立し、軍を起こした」
ローレライらしからぬ、ただひたすら真剣な言葉。
それだけ、恐ろしい戦争だったということだ。
「彼は四体の魔王と若き三人の英雄を率い、西重の残存戦力と昏の連合軍を相手に戦った。そして少々の要素が加わったとはいえ……敵を壊滅。そのまま西重を滅ぼしたわ」
名もなき英雄、事件を解決した一般人、というレベルではない。
本当に戦記、英雄譚である。
蛙太郎も、蛇太郎も、その偉業にただ息を呑む。
その畏怖は、勘違いではない。
ムサシボウもプリンセスもアヴェンジャーも、実際に軍人だったからこそ畏敬を抱くのだ。
強い敵が全力で向かってくる、その恐ろしさを知るがゆえに。
「彼こそは、万物の霊長。私たちが仕えた魔王様が、本当になりたかったものになった男。大王が権威の象徴として求め、強大な英雄たちが自ら傅き、数多のモンスターから親愛と友好を得る……そんな、絶対的な権力者」
永遠に近い時間、一つの都を統治した女は称える。
「冠を授ける神、玉座に座る者を選定する神、王権の裏付けとなる神……」
神となった、一人の男。その神格は……。
「短命の身で皇天上帝と成った英雄……虎威狐太郎よ」
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ここで、時系列を整理しよう。
狐太郎たちがドラゴンズランドに訪れ、その前段階で足止めをくらったのは……南万において、冥王一行が襲撃を受けた当日のこととなる。
よって狐太郎たちがドラゴンたちからの歓待を受け始めたのは、冥王一行が襲撃されて数日後となる。
そのうえで……。
冠を持つ狐太郎は、まさに『現在の英雄』であろう。天帝たる彼は、この時代を象徴する英雄である。
葬を持つ蛇太郎は、まさに『過去の英雄』であろう。冥王たる彼は既に死んだ者たちの為に、弔いの為に戦った英雄である。
婚の所有者であった鴨太郎は、まさに『未来の英雄』であろう。始祖たる彼は、後に生まれる者たちにとっての英雄である。
ではもしも、祭の宝を誰かが、英雄が手に入れるのなら。
それは、現在過去未来、いずれの為に戦うのか。
否、そのいずれのためでもない。
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狐太郎たちは、ドラゴンズランドで生まれ育った竜の民と交流があった。
主体性はないが、それでも礼儀正しく、なおかつ仕事のできる者たちだった。
少なくとも狐太郎たちは、竜の民に不快感を覚えたことはなかった(この国に来るまでは)。
だがそれは、ドラゴンたちのお世話係兼監視役という、超エリートたち相手に限られていたからである。
だが当然ながら、ドラゴンズランドに行けば、それ以外の竜の民とも接近することになる。
狐太郎側がなんとも思わなかったとしても、エリート以外の竜の民は狐太郎を知り、その姿を遠くから見ることになる。
それで、一部の者が野心を抱くのは無理もない。
「おいおい、お殿様たちがあんなに集まって、踊り遊ばされているぞ」
「なぜあんなにも媚を売っておられるのだ……?」
「噂に聞く、外の国の英雄が来たのだろうか……」
というかまあ、まずドラゴンたちがそろって踊っているのだから、遠くからでもすぐにわかる。
それが何かのお祭りでもなく、発情期でもなく、酔っぱらっているわけでもない。
それが分かるからこそ、一般の民でさえ異常だとわかる。
そして……冗談だと思っていた、例の御触れが真実だと知るのだ。
「まさか、神官たちが言っていた、冠頂く四体の王が、竜王様が、その主がいらしたのか?!」
「殿様や姫様を従える竜王陛下……それと同格の三体の魔物……さらにその四体が傅く人間……!」
貴竜が崇める竜王がいて、さらにそれよりも偉い『人間』がいる。
それはドラゴンズランドの価値観からすれば、本当に異様なことだった。
それこそ、広報担当の神官がおかしくなったとしか思えないほどに。
だが実際にドラゴンたちが歓待をしているのだから、信じないわけにはいかなかった。
こうなると興味を引くのは、竜王でありその主だろう。
竜王とはどんなドラゴンであり、その主とはどんな人間なのか。
もちろん、興味を持ったからといって、そうそう魔王一行を見られるわけがない。
若い衆が失礼をする前ならともかく、とんでもない失礼をした後なので、それはもう厳戒態勢を敷いていた。
そのためそう簡単には彼らの姿を発見できないのだが……それでも執念によって、ある程度接近できた者たちもいた。
その彼らの感想は『神々しい』ではなく、『弱そう』であった。
この世界ではモンスターも人間も『強そうなやつは強い』『弱そうなやつは弱い』である。
そして狐太郎もアカネも、貴竜に比べてとても弱そうであった。
まあ実際その通りではある、彼の目が曇っているわけではない。
だがしかし……それをどうとらえ、どう行動するか。
そこで問われるのが、品性であろう。
「……なあ、なんであんな弱そうな竜に、他の殿様や姫様は媚を売るんだ?」
「わからねえ、わからねえが……それこそ、冠ってやつなんじゃねえか?」
弱そうな人間とドラゴンに、強そうなドラゴンたちが従う。
その理由が、『冠』にあると彼らは考えた。
それは、あながち間違っていない。
とはいえそれは、人間が手に入れることのできないものだ。
また、実体として存在しているものでもない。
だがそんなことは、彼らにはわからない。
「じゃあよ、もしもだぜ? それを俺たちが手に入れたら……」
「俺たちが、竜王の主に?」
あの弱そうな人間を自分たちが襲い、彼が持っているであろう『冠』を手に入れて、そのままドラゴンたちに命令できる立場になる。
そんな都合のいい妄想が、彼らの脳裏に満ちていた。
そう、彼らの頭の中は、都合のいい妄想で満ちていた。
冠が本当にあるのか無いのか、彼が持っているのか、そしてそれを手に入れたとしていきなり誰もが従うのか。
そんなことは考えない、夢のアイテムを手に入れた先のことしか考えない。
だからこそ彼らは「冒険」をしようとする。
いかにも弱そうな狐太郎に襲い掛かって、その懐をあさろうとする。
もちろん……。
襲い掛かることに成功しようが失敗しようが、彼らにはろくな未来が待っていない。
だが彼に襲い掛かること自体が成功すれば、それこそドラゴンズランドの面目は地に落ちる。
場合によっては、ドラゴンズランドに暮らす全ての人間が殺されかねない。
そんな愚行が、いよいよ実行に移されそうになった、その時である。
ドラゴンズランド全体が、大いに鳴動した。
地面が揺れるとか、大気が吹き荒れるとか、海面が波立つとかそういうレベルではない。
そのすべてが、等しく、波のように揺れ始めた。
これには貴竜たちも、狐太郎たちも困惑する。
ましてや一般人など、なすすべもない。
頭を抱えて、うずくまるほかない。
「……なんだ、何が来る?!」
狐太郎は座布団から飛び降りると、周囲を見渡す。
彼は確信していたのだ、『何か』がくると。
いやさ、『迎えの船』がくると。
その期待に応えるように、空に亀裂が走った。
空間に裂け目が、大穴が開きつつあった。
そしてその隙間から、その巨体が見え始める。
「あれは!」
「うそでしょ?!」
その特徴的なデザインを見た狐太郎と魔王たちは、一瞬でそれの正体を見抜いた。
すなわち……かつて製造されたものの、いくつかのパーツに分けて博物館に保管されていたもの。
その後本来の目的を果たすべく動き出し、破壊行為に及ぼうとして、四人目の英雄に倒された『四番目のラスボス』。
そのデザインは、二足歩行のロボットではあった。
ではあったのだが、余りにも稚拙だった。
「対乙種級カセイ兵器! 純血の守護者!」
プラスチック製でゼンマイ仕掛け、ちまちま二足歩行するだけの陳腐な食玩。
その超巨大版が、空間を突き破って落下してきたのだ。
ウインウインというぎこちない音とともに、手と足がぎしぎしと動いている。
右に左に、頭を左右に振っている。
そんな陳腐な巨大ロボットの登場に、この世界のモンスターも人間も度肝を抜かれていた。
こんな奇異な『人造物』は、この世界に存在しない。
そして……巨大兵器であるからには、そのパイロットがいた。
彼は巨大ロボットのコクピットとは思えない、とても狭い操縦席の中で、いくつもあるモニターのすべてに映る『狐太郎』の姿を見て笑った。
「は、はは、ははは! はははは! いやあ、運命だなあ! 運命万歳!」
彼は笑っていた。
目以外のすべてが、大いに笑っていた。
そしてその眼だけは、明らかに血走っていた。
「試しにワープしてみたら、本当に出会えたぞ! 運命って、最高だな! ああ、ああああああ!」
明らかに、普通ではない。
異様にハイテンションな彼は、まさに張り詰めた顔をしている。
「は、ははは……ははは……いいぜ、いいぜ、順調だ! お前たち……白旗を掲げろ!」
まるで宣戦布告でもするかのような勢いで、彼はマイクで仲間へ指示を出した。
その通信先から、やはり元気いっぱいな回答がある。
『任せて、ご主人様! 私は頑張って白旗をぶんぶん振るよ!』
『隊長、なんでこんなに切り替えが早いんですか、なんでもう気を取り直しているんですか……』
『不死鳥だからじゃない? もしくは運命のご主人様に出会えたからとか……』
『私たちの運命って、一体なんなんだろうなあ……』
訂正、元気なのは一体だけだった。
Aランク上位モンスター、フェニックスの昏、朱雀。
Aランク中位モンスター、クラウドラインの昏、青龍。
Aランク中位モンスター、ビッグファーザーの昏、白虎。
Aランク中位モンスター、ウォークアイランドの昏、玄武。
十一番目のラスボスを筆頭とする、超強力なモンスターたちであった。
「さあ……一人目の英雄、虎威狐太郎だな?! お前の軍門に、降りに来てやったぞ!」
新造された四番目のラスボス、対乙種級ユウセイ兵器『純血の守護者』のパイロットにして、十一番目のラスボススザクの良人、そして祭の宝の新しい所有者。
「俺は、狸! 狸太郎だ! どうも、初めまして! 仲良くしてください! 可愛がってね! 今後よろしく! 友達になろうよ! 握手しようぜ! 俺たちきっと分かり合えるさ! 武器を捨てて話し合おう!」
現在のためでも、過去のためでも、未来のためでもない。個人の為に戦う者。
十二人目の英雄となる男、寝入狸太郎である。
「だから! 今! そっちに行きます! 逃げるなよ! 逃げたらどこまでも追いかけて、お前の靴を舐めてやる! 捨てられた子犬みたいにな! ははは! 可愛いな、俺、可愛いなあ! 萌えキャラだな!」
『……なんか、すげえのが来た』
狐と狸の邂逅。
それは、すべての因縁が集結する、十二番目の物語の始まりであった。
「こんな可愛い俺から! 萌えキャラから! お前は逃げるか?! 追いかけてほしいのか?!」
『……とりあえず、うるさいから静かにしてくれ』
そして……。
『ここはドラゴンの国だ、少し場所を変えよう』
「お、話を聞くのか?! かわいそうな俺の話を!」
『ああ、もちろんだ』
どれだけ嫌でも、恐ろしくても。
英雄の王は、英雄から逃げない。
英雄を統べてこその、天帝なのだから。
『君の話を、聞かせてくれ』
「……さすがだ、英雄の中の英雄よ。ああ、本当に感謝する」
狐太郎にとっても、最後の戦いが始まる。
次回より……最終章『モンスターパラダイス12~何もかも、この時のためだったならば~』
更新の予定は未定ですので、気を長くしてお待ちください。




