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Ⅴ Ⅵ Ⅶ Ⅷ

 ことの発端は……というと、どこが発端なのかわからないほど、とかく長く続いた問題であった。

 だが少なくとも、六人目の英雄が生き残っていると判明したことに関して言えば、完全に新造された、宇宙戦艦のマスターキーが認証されないことにあった。


 宇宙戦艦のマスターキー、というのはそれこそ高度なセキュリティによって保護されている。

 先日エイセイ兵器の乗っ取りが行われたのだから、通常よりも、必要な分のセキュリティの、その数倍は複雑になっている。


 そのため、なにがしかのコンフリクトが起こったのかとも思われた。

 一時はメインブリッジ、メインコンピューターそのものの交換さえ行われた。

 だが、何をしても、何を取り換えても、マスターキーの認証がされなかった。


「この船は……もう船長がいるのよ。二重認証ができないようにしているだけで、この船は正常なんだわ」


 四大天使へ意見を伺ったところ、なんともオカルトな返答がきた。


「そ、そんなバカなことがあるか! この船は、確かに『あの船』と同じだ! だがそれは、名前と形だけだ! 技術も、素材も、何一つとして同じものは使っていない! それなのになぜ、艦長認証を引き継ぐんだ?!」


 太古の昔に、未完成のまま封印され、そのまま破壊された宇宙戦艦。

 それを再建した、というよりも最新の技術で建造しなおした、まったく別の船である。

 外観こそ同じでも、内部の機構もなにもかもが最新式であり、同じ部分を探す方が難しい。


「名前と形だけ? それだけあれば、使命を引き継ぐには十分でしょう」


 だが天使は、そんな理屈を否定する。


「貴方たちはどうなの? 新生国際宇宙局を名乗る貴方たちは、人員も機材も何もかも、旧国際宇宙局とは無関係。名前と形だけしか受け継いでいないけど、それでも同じことをするんじゃないの?」


 理屈など、大して重要ではない。

 その可能性があるのなら、確かめなければならない。


「以前の「あの船」は、砕け散って天命を遂げたわ。旧国際宇宙局は、責任を取って使命を終えたわ。この船を建造した貴方たちは、何をするの?」


 確認せずに断定するなど、それこそ非科学的、非論理的だ。


「……私たちの使命は、私たちのやるべきことは」


 宇宙飛行士を、送り出すこと。そして、母星に帰すこと。

 それが、彼らの使命だった。



 瘴気世界の空に、願いを冠した宇宙戦艦が飛ぶ。

 そのメインコンピューターが、マスターキーとそれを装備している艦長を捕捉した。


『ランデブーポイントを送信します。こちらのガイドに従って、当機へご搭乗ください』


 今まで何をしても、絶対に認証を断り続けた巨大戦艦。それは異世界の空に現れた瞬間、まるで既に認証を済ませていたかのように、その主へデータを送信した。

 それを受け取った兎太郎たちは、脳内に直接映し出される案内に従って、閃光のように飛翔する。


 それはまるで、彼ら自身が宇宙戦艦の一部であるかのように。

 否、宇宙戦艦そのものが、彼らの一部として生み出されたかのように。

 流れるように、ごく自然な流れで、彼らをメインブリッジへ招き入れる。


 アバターシステムの装甲透過機能によって、彼らはメインブリッジ直近の装甲にそのまま侵入する。

 まるで幽霊のように、分厚い装甲の中を泳ぎ、その果てに待つ荘厳なる操縦席に着席した。


 彼らがシートに着いた瞬間、シートベルトが彼らを固定する。

 それは友人と手をつなぐように、彼らをそっと、しっかりとつなぎとめる。


「行くぞ! みんな!」


 感慨に浸る暇などない、兎太郎は『宇宙戦艦(スペースシップ)権限神器(マスターキー)』から送られてくるマニュアルに従って、その船の変形機構を作動させる。


「深宇宙探査戦艦ウィッシュ……戦争連結(ドッキング)だ!」



 ウィッシュの突き破った、空間の穴。

 高速でふさがりつつあるその穴から、何かの駆動音が響いてきた。

 それは、列車が線路の上を走る音。


 それから発される信号を、ナイルは確かに感じ取っていた。


『ミラーリング、開始します』


 その音声を聞いて、狼太郎とその仲間たちはすべてを理解した。


「いくぞお前ら、連結解除だ!」


 巨大な人型から五両編成の列車へと、マニュアル変形を開始する。

 空中に出現した仮想の線路が、光を放ちながら軌道を作る。

 高速で回転する金属の車輪が、火花を散らしながら車体を前進させる。

 その慣性によってシートに押し付けられながらも、狼太郎たちは操作を止めない。

 そしてメインコンピューターであるナイルもまた、内部での更新を止めなかった。


『乗員乗客の皆様、当車両を長らく御愛顧くださり、誠に感謝いたします』


 そのナイルから、定型文が流れ始める。

 過去幾度となく聞いたそれは、もはや合図だった。

 この後何が起きるのかなど、考えるまでもない。


『この度当車両は、よりよいサービスを皆様へ提供するため、大幅な改修を行います。乗員乗客の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解ご了承のほどを願います』


 空間を突き破って、四両編成の最新車両が瘴気世界へ突入する。

 それらはナイルと速度を同期しつつ、内部データをリンクさせていく。


『当機は五両編成から九両編成へと増結いたします。揺れが予想されますので、皆様はお近くの手すりや吊革におつかまりください』


 そう……それは楽園で人造種たちが生み出していた『車両』。

 いつか狼太郎がナイルと共に帰ってきた時の為に、彼女たちに最新にして最高の兵器を届けるために。

 いつでも、彼女たちへ胸を張って納品するために。

 世代さえこえて、更新されていた『パワーアップパーツ』。


「行くぞ……万能走破列車ナイル……戦争連結だ!」


 それが、今この瞬間に、彼女たちの下へ届けられた。



 楽園に比べて、余りにも文明の劣る南万。

 その国の空で、巨大な兵器が音と光を伴いながら変形する。


 一隻の宇宙戦艦と九両の列車が、大気を切り裂きながら人型へ変わっていく。

 人類の英知を満載した大量破壊兵器が、霊長に似た姿になっていく。


 この瘴気世界にいるいかなる巨人よりも巨大な兵器は、並び立ちながら着陸する。


『改修完了! 対乙種級カセイ兵器……最後の勝利者!』 


 悠久の時を生きる長命者たちが乗り込む、改修を重ね続けたマーズウェポン。

 それが更なる強化を果たし、南万の熱帯樹林を蹂躙する。


 そしてそのすぐわきに立つ、人型の宇宙戦艦。

 ナイル、最後の勝利者とは対照的に、今回こそが処女航海である新造兵器。


 その内部には……大勢の職員たちが待機していた。

 他でもない彼らこそが、内部で祈っていた。


 この深宇宙探査戦艦ウィッシュは、内部に新生国際宇宙局を内包している。

 建造物そのものが宇宙戦艦と一体化しており、サブブリッジとして機能するようになっていた。


 楽園における高度な教育を修了した、優秀な職員たち。

 彼らは設計通りに変形を遂げた宇宙船の中で、変形そのものに喜ぶことなく、ただ黙っていた。


『アテンションプリーズ』


 それに応じるように……今の今まで、すべてのマスターキーを拒絶してきたメインコンピューターが、その音声をサブブリッジに届かせた。


『深宇宙探査戦艦ウィッシュ、戦争形態へ移行完了』


 それは、その宇宙船こそが、何よりも求めた時。


 コールサイン(・・・・・・)()変更(・・)を報せるもの。


『これより当機の名称は―――』


 六人目の英雄『星になった戦士』の収容に、この機体が成功した証。


『対乙種級エイセイ(・・・・)兵器、久遠の到達者となります』


 すなわち、星に願いが届く時(タッチダウン)


 新生国際宇宙局の職員たちは、その名称を聞いた瞬間喝さいを上げた。

 誰もが生存を絶望していた、星を救った英雄を、自分たちが救助したということだ。

 悲願ですらなかった淡い夢を、伝説の英雄を招いたことを、彼ら彼女らは喜び合った。


「き、聞こえますか、こちらサブブリッジ! メインブリッジ、応答願います!」


 だがいつまでも喜ぶことなどできない。

 職員の代表者は船内通信によって、メインブリッジ、操縦席へ通話を開く。

 人類でもっとも有名な、しかし誰も名前を知らない英雄。

 その彼と話ができる興奮を抑えながら、抑えきれずに応答を求める。


『こちらメインブリッジ! 操縦席の兎太郎だ!』

「う、兎太郎……!」


 メインブリッジからの応答と同時に、サブブリッジへデータが移される。

 それはマスターキーを持つ艦長の、パーソナルデータだった。

 

「……クラウドファンディングに参加していた、一般搭乗員のデータと一致します!」

「同乗していた、兎太郎氏の仲間四体のデータも確認できました!」


「そうか、彼が……」


 今まで誰も特定できなかった、六人目の英雄。

 その彼が特定された感動に、職員の誰もが打ち震えた。

 ただの一般人が、あの月で孤立無援の奮闘を遂げていた。

 その事実に、さらなる感動を覚える中で……。



『今戦闘中だ!』



 当の英雄は、ものすごく雑だった。


『時間がないんだ、余計なことを話している暇はない!』

「は、はい!」


 サブブリッジ、新生国際宇宙局の面々は、ごもっともすぎる言葉に気を引き締める。

 外部のセンサーに目をやれば、尋常ならざる戦力が存在していた。

 はっきり言って、感動している場合ではない。


『俺が聞きたいことは、確認したいことは一つだ!』

「何でもおっしゃってください!」


 何を聞かれるのか、彼らは備えていた。

 何を聞かれても、速やかに答える準備をしていた。

 設計者、製造者、監督者さえも同席している。

 何を聞かれても、即座に答えられるはずだった。



『この船は、完成しているんだな?!』



 答えられるはずだったのに、答えられなかった。



『おい、はやく答えろ! この船は完成しているのかって聞いているんだぞ!』



 この問いに、感動するなと、心が揺れるなという方が無理だった。

 遥か古の昔に、同じ名前の船を封印した者たちがいた。彼らは未完成の船を、そのまま封じることしかできなかった。

 およそ百年前に、この船の封印を解除した者たちがいた。彼らは未完成だとわかったうえで、それでも彼らに他の船を用意できなかった。


 宇宙飛行士に、完成した船を準備する。

 そんな当たり前のことさえ、先人はできなかった。

 その無念を思うと、言葉が喉に詰まる。


 ああ、先人たちへ伝えたい。

 その無念を、自分たちが晴らしたと伝えたい。

 ついに、ようやく、自分たちがそれを成し遂げたのだと。

 だが今は、宇宙飛行士にそれを伝えるのだ。


「はい! この船は完成しています!」


 万感の思いを込めて、そう叫んでいた。


『よし分かった! おい、メインコンピューター! 隣の最後の勝利者へ通信をつなげ!』

『了解しました、我が君(キャプテン)


『あのご主人様、もうちょっと話をしてあげた方がいいんじゃ……』

『なんかものすごく感動してるっぽいんだけど……』

『この人、いつもこうだから……』

『諦めましょう、実際今はそれどころじゃないわ』


 ついに宇宙戦艦へ乗り込んだ宇宙飛行士は、隣の列車へ通信を求める。


『聞こえますか、狼太郎さん! 俺、エイセイ兵器のパイロットになりました! この機体は、俺が操縦してます!』

『ああ、そうみたいだな!』

『俺、巨大兵器の操縦なんて初めてなんです!』

『それはそうだろうな!』

『こんなことなら、一回ぐらいは最後の勝利者を運転させてもらえばよかったですね!』

『馬鹿言うな! そんなおっかないことさせられるか!』


 巨大兵器のパイロット同士の、緊迫した雰囲気での会話。

 それを聞く者たちは、果たしてどこに至るのかを待っていた。


『ってわけなんで! 指示をください! 狼太郎さんなら、巨大兵器の連携もわかるでしょう!』

『……』

『あの、狼太郎さん?』

『はあ……超いい男……この謙虚さ、正しくて迅速な判断、たまんない~~……』

『あの、今は発情している場合じゃないんですけど……』

『そうだったな! よし、じゃあまずは右手を頭の高さに上げろ!』

『わかりました!』

『そのまま動かすなよ』


 人型の巨大兵器が、並び立っている。

 その傷一つない機体の、裏拳同士がぶつかった。


『昔のカセイ兵器パイロットは、こうやって挨拶したもんだ』

『……うす!』

『さあ実地で覚えろよ! まずは艦載機の発進だ! もちろん乗ってるんだろう?!』

『そうみたいです!』


 その合図を待っていたかのように、両巨大兵器から艦載機、キンセイ兵器の部隊が発進していく。

 新生国際宇宙局の職員ではなく、各地から集まった義勇兵たち。先日の宇宙戦争を経験した、甲種を相手に戦った者たちである。

 戦いの時を待っていた彼ら、その数は千に達するほどであった。


 小回りの利かない巨大兵器を守るように展開するその群れの中心には、巨大兵器に乗らない英雄たちがいた。


 七人目、蛇太郎。八人目、牛太郎。

 彼らは劇的すぎる援軍の登場に、理解が追いついていない。

 だがその視線は、やはり救援に現れたムサシボウに注がれていた。


 死んでいたはずのムサシボウが生前の乗騎にまたがって、死んでいたはずのアヴェンジャーと向き合っている。

 この異常事態に、救援に訪れたはずのキンセイ兵器部隊さえ言葉を失っていた。


(この人が……本物のムサシボウ……)


 夢の中で彼と重なっていた蛇太郎は、本人の出現に別種の感動さえ覚えていた。

 まして当人は、幾千万の夢の中で、幾千万も殺し続けたアヴェンジャーとアイーダは、何を思うのか。

 そして、ただ一度の人生を終わらされたムサシボウは、この場で何を言うのか。


「……すまなかった、アヴェンジャー。私を許してくれ」


 もちろん、ムサシボウがアヴェンジャーに言ったのである。

 被害者であるはずの男が、殺害した男に詫びたのだ。

 不動の精神を持つがゆえに、一切の精神異常、記憶操作を受け付けない。

 その彼が詫びたということは、つまり彼自身の本心ということだった。


「ムサシボウ、殿……」

「誰よりも心にゆとりのある私こそが、貴殿の心に寄り添うべきだった。四天王筆頭でありながら、たった三人しかいない他の四天王に配慮が行き届かず……どれだけ詫びても詫びきれぬ」


 わからなくはない、という理屈だった。

 だが殺された本人が、本心から言える言葉ではない。


「なにを今更と思うかもしれないが……今度こそ、貴殿の仲間として、共に戦いたい」

「……はい、こちらこそ!」


 アヴェンジャーはもとより、アイーダ姫もまた霊体の目から涙をこぼしていた。

 恋愛に脳を焼かれていた当時の自分たちが、どれだけ周囲を見ていなかったのかわかったのだ。

 これだけの人物を、自分たちは八つ当たりで殺したのだ。


(これが……本物のムサシボウ……)


 蛇太郎は、感服せざるを得なかった。

 あの状況で心を同調させていた彼は、今のムサシボウのようにふるまえる気がしない。

 それこそ、度量が違い過ぎる。


「うひゃあ……」

「すごい映える……とっとこ」

「ちょっと、押さないでよ! 私も撮ってるんだから!」

「やばいやばい……写真写真!」


 ムサシボウの部下の子孫である四大殺人鬼たちは、その二人の姿を写真に収めていた。

 戦闘中であるにもかかわらず、わざわざスマホ的な物を取り出して撮影しているあたり、なんとも緊張感に欠けている。


「おい、みんな! 駄目じゃないか、許可を取らずに撮影するなんて! 後で訴訟されたら勝てないぞ!」


 それに対して過剰な反応をするのは、彼女たちの仲間である十人目の英雄、雁太郎であった。

 彼女たちの私的な行動に対して、法的処置をとられないか真剣に心配している。


「ごるぁあああ! 貴様ら! なに写真撮ってるのよ!」


 そう思っていたら、ムサシボウの仲間であるフェアリー・ヌヌが普通に怒ってきた。

 それはもう、激憤である。


「それでも四大殺人鬼の末裔なの?! ムサシボウ様とアヴェンジャーの和解をみて、なんできゃっきゃと楽しそうにしてるの! こんなのおかしいって怒鳴りなさいよ!」


「ど、どうしようっか、ヌヌ様に怒られちゃったんだけど……」

「どうすんのよ、あんたのせいよ? 私はそれにのっかっただけだし」

「ヤバい……おじいちゃんにバレたら、殺される……」

「む、ムサシボウ様! ご主人様! 助けて!」


 何気に、四天王筆頭直属であるヌヌは、魔王軍においてかなり身分が高い。

 名家である四大殺人鬼たちも、彼女には頭が上がらないのだ。


「……ヌヌ、ここは怒りを収めろ。何度も言うが、ローレライの進言を受け入れなかった私の失態だ。あの時の私は、何から何まで、悪手しか打たなかった。それは当時を知るお前たちこそが、一番わかっているだろう」

「いえ……それでも、私こそが咎人です。ヌヌが、キキが、ラクが怒るのは当然のこと……」


 アヴェンジャーはすべてを受け入れた顔で、静かに前を見た。


「ことが終わった後で、いかなる罰も受けましょう。今は……」

「ああ、そうだ。昏を名乗る者を、なんとしても退けねばな」


 ムサシボウは、目をそむけたくなる光景を直視していた。



「長話、終わったぁ?」



 断絶を越えて集結した英雄たち、その救援に来た義勇軍。

 そのそうそうたる顔ぶれを見てもなお、その最強種は見下すことを止めなかった。

 サメの擬人化だと一目でわかる体型をした少女は、ただただ呆れている。


「なんかこう、ド派手に集まって、格好よく布陣しているところ悪いけどさあ……なにしに来たわけ? うちの雑魚どもがビビってるけど、それで終わり? もう品切れ?」


 彼女はわざとらしく、並んでいる戦力を指さしで数えていく。

 だがしかし、その数えている数はあまりにも少ない。

 テラーマウスのマイクが『戦力』と認定する水準は、余りにも高かったのだ。


「甲種が一体で、対乙種が三体、乙種が一体……それでどうやって、私たち甲種四体を倒すのかしら?」


 マイクの嘲りは、実に論理的だった。

 かつて楽園に襲来した甲種宇宙怪獣を倒すために、対乙種級兵器が何十も投入された。雑に言って、甲種は対乙種級の数十倍強いということになる。ましてそれに大きく劣る対丙種級、対丁種級は数にも入らない。

 もちろん性質や不死性の違いがあるため一概にそうとは言えないが、一つの参考としては十分だろう。


「数が足りないわ、数が。対乙種級なら三桁連れてくれば、勝ち目ぐらいは湧くわよ?」


 その嘲りを聞いて、他の昏たちは表情を緩めた。

 普段は気に入らないクソガキだが、こういう時だけは役に立つ。


「あ? 甲種って分類だけで、何を偉そうに言っているんだ、この稚魚は」


 それに対して、楽園側の甲種、アルフ・アーの昏、オキルは露骨にキレていた。


「宇宙の広さも知らねえ小魚が、多くの星を滅ぼしまくったこのアルフ・アー様に何を抜かす。お前の大好きな海ごと蒸発させてやろうか」


 怒りのあまり、なんか有害そうな宇宙線を放射している宇宙怪獣。

 その周囲が、急速に滅菌されていた。


「はあ……オキルさん、ちょっと怒りっぽいところがあるんですよ。でもそういうところも、僕は好きなんです」

「今、それを聞いている人はいないですよ」


 鴨太郎の惚気に、牛太郎が突っ込んだ。


「というか……今の話からして、彼はあのモンスターと恋仲みたいですね。凄い剛の者だ……」

(多分彼も、君には言われたくないだろうな)


 他人事のような牛太郎の言葉に、蛇太郎は内心で突っ込んでいた。


「てめえら四体なんぞ、私一人で『こんにちわ死ね』だ。他の奴らがちょいとサポートに回れば、余裕も余裕よぉ……!」


 実に頼もしい宇宙怪獣である。

 その背中からは、人体に有害そうな液体が噴出して煙になっている。


「まあそうなるでしょうねえ」


 宇宙怪獣のデカい口を、他でもないフェニックスのスザクが肯定する。

 マイクは苛立たしくも不満そうだが、他の面々は違った。ノットブレイカーのミゼットでさえも、不安そうになっている。

 フェニックスのスザクの言葉は、どこか後ろ向きで、しかし後になってみれば正しいものだ。

 その彼女が『勝てない』というのなら、それは確実なものである。


「アルフ・アーの昏である貴方の火力は、私もよく知るところ。その貴方をメインアタッカーに据えて、他の者たちが妨害や遅延に徹すれば……四タテもありえなくはない。いえ、その前に戦線が崩壊して、撤退という可能性もある」


 先制、強化、弱体、状態異常、回復阻害、消費増大、強制、バリア、無敵、分身。

 数多の搦め手に関して、楽園の右に出る者はいない。

 遥か格上相手には時間稼ぎをするのが関の山だが、一人でも相手に有効な火力を持つ者がいれば話は違う。


「ですがねえ」


 不敵に、スザクは笑う。


「私たちが、それに何の備えもしなかったとでも? 寝ても覚めても、貴方たちに追いつかれることをこそ恐れていた私たちが、ただ怯えて願っていたとでも?」


 ぞっとする笑みは、それこそ味方にすれば頼もしい。

 この後ろ向きなところのあるリーダーが、勝算を見出していることに自信を取り戻す。


「天丼、と行きましょう。優れた作戦は、何度やっても外れない!」


 彼女がわずかなしぐさをした、その直後だった。

 昏たちと楽園軍の、その周辺一帯に音楽が鳴り響く。

 そしてそれに合わせて、最新兵器のセンサーが異常を示していた。


『報告します! 周辺の空間が歪曲を始めました!』

『周囲に生体反応が増大! かつて観測されたことのない現象です!』

『成体とみられるモンスターが、空間の歪みを中心として発生中!』

『推定脅威度……己 種(Bランク下位)から戊 種(Bランク中位)!』


 この瘴気世界でのみ見られる、瘴気の濃度が高い箇所での異常事態。

 すなわち空間の歪曲と、強力なモンスターの発生である。


「こればかりは、魔王軍四天王もご存じないでしょう。祀が所有しており、そして先日完成させた『祭の宝』、瘴気機関! それをもってすれば……この一帯を一時的に魔境へ変えることは可能です!」


 祝祭技、感謝祭。

 一時的に周辺一帯から瘴気をかき集め、指定した魔境の瘴気濃度を増大させる技。

 それによって、極めて無差別に、無作為に、Bランクのモンスターが無限湧きを始める。


「もちろん、これで勝てるなんて思っていませんよ。楽園の誇るNBC兵器をもってすれば、Bランクのモンスターがいくらいても倒せます。ですが……何度もは倒せない!」


 つまりは、対処能力の限界である。

 エイセイ兵器とカセイ兵器ならば、Bランクモンスターなど脅威ではない。

 だが、ある程度の手数を削がれることは否めない。

 ましてキンセイ兵器では、さらに手数を割かれてしまう。


「ああ、一応申し上げておきますが、もちろん私たちも狙われます。ただ呼んだだけで、支配下に置いているわけではありませんからね。ですが……だからこそ、指揮系統をハッキングすることもできない!」


 天の時、人の和は楽園の英雄が勝る。

 だが単純な戦力と地の利は、昏の方が上だった。


「私たちもあなた達も、自分の身を守りつつ戦わなければならない……その状況なら、勝つのは強い方でしょう!」


 第三軍の介入。それもいくらでも湧いてくる、そして死を恐れないモンスターの群れである。

 それによるかく乱をもってすれば、確かに個々の実力勝負に持ち込みやすい。


 緊迫していく空気、殺到してくる野生の猛威。

 最後の最後……敵も味方も、全員が話を聞く余裕のある最後の瞬間……。


 昏たちは見た。


 楽園の民たちの、獰猛な闘志を。


(信じられない……これが英雄に率いられた者?!)

(こいつら一人残らず、この状況で戦う気だ!)


 誰かに檄を飛ばされることもない。

 鼓舞されるまでもなく、しようと思うこともなく、鋼の士気がぶれもなく燃え盛る。


 作戦の打ち合わせさえできる最後の瞬間、彼らは一塊となり吠える。


 大戦力が、激突した。



 己 種(Bランク下位)から戊 種(Bランク中位)。一般人では、到底勝ち目のない怪物である。

 熟練の兵士でも、あるいは武将であっても、一対一でようやく勝てる相手。

 それが、自分の何十倍も来れば……それこそ、この世界の一般人ではどうにもならない。

 ましてそれが、魔境の無限湧きならば、軍隊であっても逃げる以外に手はない。


 だが、楽園の軍隊は違った。

 全員が対丙種以上の装備を身にまとい、それを扱うための十分な訓練を積んでいる。


 そう……スザクでさえ言っていたが、楽園の世界の軍隊にとって、この状況は絶望からほど遠い。


「キンセイ技! 座標固定式空間設置型焼夷弾! ファイヤーぁ!」

「キンセイ技! 強伝播式強毒光線銃! 発射!」

「キンセイ技! 拡散型即死性音波砲! 斉射ぁあ!」


 火を噴く弾の一発で、放たれる閃光一筋で、録音編集された呪文で、強大なはずの命が生まれてすぐに散っていく。

 この世界の住人が、十年も真面目に鍛えてようやく倒せるはずの存在が、ごみのように処理されていく。

 楽園世界の住人からすれば初めて遭遇した脅威だが、それでも鎧袖一触ですらない。モンスターたちはこの場で最弱の兵器でしかないはずのキンセイ兵器、その鎧に触れることさえできない。


 だが、当然と言えば当然だ。あらゆる世界でもっとも文明が発展した楽園で、ひたすら高度になり続けた武装が弱いわけがない。

 それもただの拳銃のような、日常でも携帯できるという物ではない、戦場以外では使えない完全武装。

 高度なコンピューターを内蔵したパワードアーマーと、それをもって運用することが前提の強力で危険な兵器の数々。

 それを訓練を積んだ兵士たちが使えば、いかに無尽蔵に湧こうと問題にならない。


丁 種(Bランク上位)、接近!』

「く!」


 そう、問題なのは昏のモンスターである。

 一番の雑魚でさえ丁 種(Bランク上位)という悪夢のようなモンスター軍団が、極めて理性的に兵隊へ襲い掛かる。

 多数のモンスターを処理しているところに強敵が現れれば、どうしても対応が一瞬遅れる。

 その隙を狙って、Bランク上位モンスター、インペリアルタイガーの昏がキンセイ兵器の兵へ襲い掛かった。


「遠距離戦なら、兵器の方がはるかに上。でもここまで近づけば……!」

「く……!」

「そしてここには、頑丈な壁がいくらでもある!」


 高度なセンサーによって、ひと際強力なモンスターの接近をコンピューターが警告する。

 それによって間合いを詰め切ることはできず、射撃を許してしまった。

 だが昏もバカではない、周囲に落ちているモンスターの死骸を、文字通りの肉壁として防御に使う。

 巨大なモンスターの死骸を持ち上げたうえで、さらに高速で移動する身体能力。

 なるほど、見た目こそ人間に近くとも、モンスターであると言わざるを得ない。


 だが……。


「その程度の知恵しかないのか、野生動物。そんなカビの生えた戦法が、最新兵器に通じるとでも?」

「は……は、あああ!?」


 キンセイ兵器の弾丸を受け止めていた死体が、突如として爆発した。

 そしてそのまま、彼女は無防備になる。


「死体とは、柔らかく分厚い装甲だ。そう、弾を受け止めて包み込む壁だ。硬い壁と違って(はじ)くわけじゃない、弾は死体の中に残る」

「その中に入った弾丸を、一気に爆発させた?!」

「そういうことだ……お前は身を守ったんじゃない、爆弾を手元に溜め続けたんだ!」


 兵士は務めて冷静に、その危険な銃口を人に似た獣へ向ける。

 可憐な少女のような怪物へ、何の躊躇もなく引き金を引く。


『警告! 己 種(Bランク下位)接近!』

「ぐぅ?!」


 だが、そう簡単ではなかった。

 一対一なら今ので有効打も撃てただろうが、無限湧きの中ではそうもいかない。


 例えば重戦車に猛牛が襲い掛かってきたとして、まあ負けまい。

 だが敵戦車と戦っているところにぶつかってこられれば、普通に脅威となる。


 もちろん、即座に射撃で倒す。だがその間に、丁種の昏が完全に間合いを詰めていた。


「でぃやああああ!」


 洗練された兵器だからこそ、接近戦をあまり想定していない。

 間合いを詰められてしまえば、接近戦の専門家には不利だった。


「……!」


 被弾を覚悟し、防御にエネルギーを割く。

 そして実際に攻撃をくらい、大きく吹き飛んでいた。


「……この程度の単純な物理攻撃ならば、耐えきれないはずはない!」

「それは一発だけの話でしょうが!」


 動物の狩りは、ダメージの与え合いではない。

 それこそレスリングのように相手を抑え込み、その急所へ牙を突き立てること。

 相手を転ばせた時点で、勝負の八割はついている。


「転んだ状態で、懐に飛び込まれて、それでご自慢の装甲は持つのかしらねえ!」


 組み付いて攻撃しまくれば倒せる、簡単なことだ。


 だがそれも、やはりこの状況では難しい。


「って……つううう!」

「……敵味方の区別がないのは本当のようだな」


 追撃を行おうとした昏に、野生のモンスターが襲い掛かる。

 Bランク中位であろう大型の怪物に噛みつかれて、彼女は大きく体勢を崩した。

 もちろん即座に反撃し、そのモンスターを死体に変える。

 だがそれでも、追撃の機会は失っていた。


「ああもう隊長が余計なことをしたせいで……せいで」

「……なんとも、だな」


 恨み言をいう昏だが、その言葉が途中で引っ込んだ。

 彼女と戦っている兵士もまた、『隊長』がいる方向を見て言葉を失う。

 否、自分たち以外の戦場を見て、その規模に絶句するのだ。



 楽園側の対乙種級兵器は、二体。

 狼太郎の駆る最後の勝利者、兎太郎の駆る久遠の到達者。

 それに対する昏の乙種モンスターは、数十体。


 単純な数値で言えば、楽園側が有利だろう。

 だがそこには、想定のずれがある。


 まず昏が小さいということだ。

 元となったモンスターによってメートル単位の差はあるが、それでも十メートルを超えることはない。

 もちろん体重も、それ相応になる。


 これが何を意味するかと言えば、元の種族よりも攻撃力や防御力が劣るということだ。

 真っ向から殴り合えば、絶対に勝てない。元の種族との差が、そのまま戦力差になってしまう。


 だが、対乙種級兵器と戦うとなれば、それはむしろ有利に働く。

 カセイ兵器もエイセイ兵器も、自分と同じぐらいの兵器と戦うことを想定している。

 自分よりもちょっと弱いぐらいの戦闘機が数十体が相手なら、どこまで戦えるか怪しいだろう。


『狼太郎さん! どうするんですか、まとわりつかれて叩かれまくってる! FFバリアシステムである程度は防げてますけど、完全無効化とはいかない!』

『わかってる……本来ならキンセイ兵器の援護で何とかするが、この状況じゃあそれは望めない!』

『そんな……!』


 パワーアップしたばかりの新兵器も、狼太郎の経験も、兎太郎の機転も、『打つ手なし』の盤面では意味を持たない。

 もちろん即座に破壊されることはないが、それも時間の問題だ。

 そしてそうなれば、乙種の手が空いて、キンセイ兵器部隊も即座に壊滅する。


『まあそう悲観するな。確かにお披露目した新ロボットが活躍しないのはどうかと思うが……こっちには援軍がいるだろう!』


 狼太郎の言葉を肯定するように、英雄が軍馬と共に駆ける。

 膨大な武霊を従えて、九人目の英雄が援護に参じる。


「大橋流古武術最終奥義、全霊全開技! 多重恩寵、武霊軍勢! 三途の大橋!」


 準乙種級モンスター、エルダーリッチ、ムサシボウ。

 その化身となった蛙太郎が、二体の巨大兵器にまとわりつく乙種へ襲い掛かった。

 だが……乙種たちはまったく怯えない。


「千体を越える、武装した霊。なるほど厄介でしょうねえ、私たち以下には」

「でも全部合わせて、ようやく準乙種……それで私たち乙種に、何ができるのかしら?」


 展開されていく武霊たちを見ても、むしろ侮るばかりだ。

 数値的に考えれば、むしろ当然である。


「おおっと、それはどうかしら?」

「私たちのことを、舐めてもらっちゃ困るわね!」

「我ら十人目の英雄とその仲間……」

「義によって、ムサシボウ様の助力をさせてもらうわ!」


 しかし、勝算もなく参じるほど、死後のムサシボウは無謀ではない。

 彼を守る形で、十人目の英雄の仲間たる、四大殺人鬼が布陣する。


「行くわよ……シルバームーンの最新作、ハイブリットシステム、スタンバイ!」


 かつてシルバームーンの創始者が完成させた、キメラシステム、アバターシステム。

 これはとても画期的ではあったが、実用性とイコールではなかった。

 時代はキンセイ兵器、パワードスーツに流れ、肉体を直接強化する兵器は廃れた。


 だがしかし、シルバームーンに属する『とある科学者』は考えた。

 ショクギョウ技にも限界はあり、キンセイ兵器にも限界はあり、アバターシステムにも限界はある。

 ならば、併用すればいいではないか、と。


 アバターシステムで肉体を強化し、その上で最新兵器を身につけ、その状態でしか使えない専用の『ショクギョウ技』を生み出せばいい。


「情報装填、肉体強化完了」

「古流最新兵器、装備完了!」

「悪鬼羅刹、転職完了!」


 由緒正しい殺人鬼たちが、最新の科学で新しい鬼へと変わる。

 それは六人目の英雄とその仲間とはわけが違う、ソフト面でもハード面でもプレイヤ-スキルでも懸絶した超兵士。


丙 種(Aランク下位)モンスター、人造大量殺人鬼! ここに見参!」


 堂々と見得を切るその怪物たち。

 だがやはり、その存在を乙種たちは脅威と思わない。


「だから~~……牢名主(マイク)様も言っていたけど! Aランク下位やそれよりちょっと強いのがいたって、私たちに勝てないでしょうが!」


 やはりこれも数値、何もおかしなことは言っていない。


 だがそれは、分かりきっていたことだ。

 楽園側も、やはり無策ではない。


「お前たちの言っていることは、正しい。だが少し、抜けていることがある」


 控えている十人目の英雄、雁太郎。

 彼は根拠のある表情で、やはり数値を羅列した。


「俺の仲間も、ムサシボウ様も、その仲間も……キンセイ兵器やカセイ兵器、エイセイ兵器は装備していない。単に名前が違うだけじゃなく、そもそものコンセプトが違う」


 さて……絶望のモンスターがいる。

 彼女のアンリミテッドシステムの中には、敵を異常強化して倒す技があった。

 過去の大戦では、同じようなコンセプトの兵器が、それこそ大量に存在した。


 だからこそ、キンセイ兵器にもカセイ兵器にもエイセイ兵器にも、他者からの強化を受けないという安全装置がついている。

 これは相手が兵器なら必須の対策だが、それ以外の敵を想定するのなら真っ先に排除する機能だ。


「弱体化対策をしているうえで、強化を乗せられるってことだ!」


「……まずい!」


『兎太郎! 俺は耐性突破力を低く設定して、周囲へ高威力のデバフを行う! お前は……』

『味方を識別する全体強化を発動、ですね! やります!』


 最後の勝利者も久遠の到達者も、巨大であるがゆえに小回りが利かない。

 だが巨大であるということは、多くの機能を持たせられることを意味している。


『カセイ技! オールパワーダウナー!』

『エイセイ技! グッドウェーブエリア!』


 二体の巨大兵器から放たれる、最大値の強化と最大値の弱体化。それは非常にシンプルだが、Aランク中位が水準となるこの状況でも大いに意味を持つ。

 乙種モンスターたちの戦力は相当に下がり、逆に九人目の英雄と十人目の英雄の仲間は大幅に強化される。


「な、なんのこれしき……コンウ技、ドレスアップ!」


 だがしかし、乙種の昏たちも負けてはいない。

 魔王の宝で生み出された命が標準装備する、自己強化技。

 それはすべての能力値をまんべんなく強化し、なおかつ持続的な自己回復の効果も持つ。

 さすがに弱体化を帳消しにするほどではないが、それでも全員が使えば戦力はある程度回復する。


「嫌な思い出があるからあんまり使いたくなかったけど、ここで使わないと勝てない……!」


「ウェディングドレスに嫌な思い出があるのですか、ではそれを更新して差し上げます」


 だがその横っ面を、楽園側の昏がぶったたく。


「エイセイ技……マイクロブラックホールクラスター弾頭ホーミングミサイルランチャー……発射!」


 対乙種級の戦力を人間の大きさに圧し縮めた、驚異の昏タマワ。

 彼女も兵器であるがゆえに強化の恩恵を受けられないが、彼女はもともと強い。

 そして小回りが利くゆえに、人間大の昏へ有効な攻撃が可能だった。


「きゃ、きゃあああああ!」


 局所的なブラックホールの粒子が、昏たちに襲い掛かる。

 強靭な体と再生力によってなんとかこらえるが、それでもかなりのダメージを負っていた。


「大橋流、大槍三段技……硬質、貫通、斬撃、一触の一突き!」

「近代大量殺人(たいりょうさつじん)()! 仏殺神殺羅刹斬り!」


 そこへさらに、強化を施されていたモンスターの追撃が入る。

 防御も迎撃もできない状態でのクリーンヒットによって、ほとんどのモンスターが地面に倒れる。


「ここね……終わらせるわ! シュゾク技……圧壊恒星光線!」


 タマワと同じ楽園側の昏、ラストメッセージのムスビ。

 宇宙から来訪した電波の精霊が放つ、生物に有害な光線。

 それが当たれば、乙種と言えども致命的なダメージを負うはずだった。


「さすがにそれはさせませんわ」

「?!」


 電波の肉体へ、電撃と突風、そして炎が襲い掛かる。

 外宇宙の存在に、大きなダメージが刻まれていた。

 当然攻撃は失敗に終わり、悔しそうにその敵を見つめることしかできない。


「何者だ……!」

「乙種モンスター……クラウドラインのセイリュウと申します。一応ですが……この部隊の長を任せられておりますので、よろしく」


 膨大な雲を身にまとう、チャイナドレスを着こんだドラゴン。

 その威容は、ムスビやタマワをして、苦戦を意識するほどだった。


「この瘴気世界においてさえ、ドラゴンは同ランク中最強。中でもクラウドラインは、乙種のドラゴンの中でも最強。甲種がいる戦場では虚しいことですが……私、弱くはありませんよ?」

「そのようね……さっきの攻撃でもダメージが薄い様子だわ」

「機を逸したでありますなあ……!」


 さすがは乙種、圧倒的な生命力である。

 セイリュウが稼いだ時間の中で、他の乙種たちも戦う力を取り戻していた。

 そして相手の手札が出切ったことを確信し、反撃の闘志を燃やしている。


「さて……そちらの最善手は見せてもらいました。そのうえで、叩きのめさせていただきます!」


「手を出し切ってなお、押し切れなかったな、プリンセス……」

『これぐらいで倒せるなら、あんたの手はいらなかったさ、ムサシボウ!』

「そうだな……だがこれぐらいでなければな!」


 巨大兵器を攻略しようとする小型モンスターと、巨大兵器の援護を受ける小型モンスター。

 どちらが勝ってもおかしくないその戦いは、まだ終わりをみせない。


 

 大量に投入され続ける、野生のモンスターたち。

 そのあおりを一番受けたのは、他でもない蛇太郎だった。


 現在冥王形態となっている彼の呼び出す眷属は、はっきり言って数量で押されると弱い。

 知恵もない者たちに衝動のままに襲い掛かられると、どんどん数を減らしてしまう。


 先ほどまでの状況なら甲種四体の妨害さえできただろうが、今はそれも難しかった。

 では誰の相手をしているのかと言えば、最も危険な甲種である。


「……はあ、あんたのそれは使えないって話だったけど、祀の情報も当てにならないわね」

「俺もさっき知った機能だ、無理もない」

「で? で? で? 私の足止めに残った力を注いでいるの? 私を一番危険視しているの? わかってるわねええ~~!」


 魚型の甲種と言えば、テラーマウスである。

 一見して鮫に酷似していたマイクを見て、蛇太郎は最も危険であると判断していた。


「お前を野放しにしたら……一口で全滅する……!」

「ぷふふふふ! いやあ、最強の甲種はつらいわああ! 葬の宝、対甲種魔導器を一体で相手取るとか凄い負担だわ~~!」


 テラーマウスのマイクが一度口を開けば、相手の群れに応じて巨大化し、そのすべてを飲み込む。

 それゆえに、『一度に一体ずつしか倒せない』という形で判定を吸う眷属や、『逃亡不能』の判定を持つ眷属を大量に配置して、彼女の動きを封じている。

 だがその間も、野生のモンスターが絶え間なく出現してくる。それによって、生産される眷属はどんどん目減りしていた。


「……蛇太郎君、一応言っておくが君の判断は間違っていない。そして私たちは、君のことを守るのが最善だ」

「これは私情じゃないわ……もう私たちに、私情で動く資格はないもの」

「わかっています……!」


 加えて、アヴェンジャーとアイーダの吸収防壁も、敵の目標である蛇太郎の防御に割かなければならなかった。

 甲種をたった一人で抑えていることが凄いというべきか、それとも対甲種を持ちながら甲種一体に手こずっているとみるべきか。


(味方に甲種がいる現状、他の形態は使えない……)

 

 マイクは泰然と、あるいはやる気もなさそうに、ただにたにた笑ってたたずんでいる。


「我慢のしどころだ、蛇太郎君……私が何を言っても全く説得力はないと思うが、それでも仲間を信じるんだ」

「ええ、私たちが仲間とか友軍とか言っても薄っぺらいでしょうけど、それでもそうするしかないのよ」

「くう……こんな俺のことを仲間だと思ってくれている人たちが、血を流して苦しんでいるのに……!」


 最善を尽くしきっている蛇太郎は、仲間を信じるしかない。

 その忍耐は、彼の心身を削っていた。



 甲種の中でも最も対多数に優れている、テラーマウスのマイク。

 その彼女が封じられている現状で、フェニックスのスザク、ノットブレイカーのミゼット、ベヒモスのジャンボはどうしているのか。


 楽園側唯一の甲種、アルフ・アーのオキルと戦っていたのである。


「てやあああ!」


 ベヒモスのジャンボが、その巨大な拳を振るう。

 掛け声やその顔こそ麗しいが、その拳を振るう轟音だけで周囲が鳴動する。

 ましてや着弾地点ともなれば、途方もない威力が発生するだろう。


 だがその相手、正面から拳で迎撃しようとしている者もまた甲種であった。


「シュゾク技……!」


 アルフ・アーの昏、オキル。

 彼女はこれでもかと大きく拳を振りかぶって、最大加速と共に放った。


 それは大気を切り裂くどころではない、大気摩擦によって燃焼さえ生じていた。

 まるで隕石のように、燃え盛る拳。その圧倒的な熱量は、周囲のすべてを焼き尽くしていく。


「ケルビムパンチ!」


 一兆度の気合を込めて放たれた、宇宙怪獣の拳。

 それは地上最大の獣ベヒモスの拳と正面からぶつかり合った。

 そして……オキルの方が吹き飛んでいた。


「あ、あああああ!」


 恐るべきは、ベヒモスのジャンボ。

 純粋な腕力やタフネス、フィジカル面では最強格と言って過言ではない。

 彼女は宇宙怪獣を、力づくで跳ねのけたのである。


「う、うううう……!」


 だがジャンボの拳も無傷では済まなかった。

 頑健であるはずの彼女の皮膚は、無残なほどに焦げていた。

 なんとか涙をこらえて耐えているジャンボだが、その手を抑えている。

 悲しいかな、彼女の種に再生能力はない。


「ジャンボちゃん、一旦休んでいて! コンウ技のドレスアップの自然回復でも治るはずよ!」

「その間は私たちが……!」


「は、はいいい……!」


 南万の樹林にクレーターを形成している、勢いよく吹き飛んだオキル。

 だがこの程度で死ぬ甲種などいない、彼女たち自身こそが分かっていた。


「ん……よくもこの私を!」


 その期待を裏切ることなく、オキルは立ち上がった。

 それこそ打ち勝ったはずのジャンボよりもさらに元気な様子で、攻撃の体勢に入る。


「シュゾク技……」


 アカネのレックスプラズマは、発動の準備段階で周囲を溶岩へと変えていた。

 オキルの大技もまた、それに近い状況を作っていく。

 両手の間に生まれた、極小の原始宇宙。その熱量で大気中の塵が燃焼し、陽炎を生み、彼女以外のすべてが歪んでいく。


「スローイング……ビッグバーン!」


 投擲されるのは、宇宙が始まったときの、目覚めの一撃。

 もはや直撃がどうとかではない、接近するだけでも死に至る、あるいは遥か彼方にいる命さえも焼き尽くす猛毒にして高熱の電波。

 エイセイ兵器だろうがカセイ兵器だろうが、一瞬にして消滅させるであろう開闢の炎。

 それに対して、この瘴気世界の怪物は挑む。


「ミゼットちゃん!」

「わかっています!」


 否、突貫する。

 絶対無敵を掲げる、不壊烏賊の甲殻。

 それを破城槌として、向かってくる原始の炎に突入する。


「?!」


 絶対の自信を持ったもの同士の衝突、今回はミゼットが勝利した。

 大技を放ち隙だらけになったオキルへ、その甲殻を突き刺す。


「でゃあああああ!」


 ただでさえクレーターを形成していた地面に、さらなる大穴が形成される。

 甲種たるミゼットの、全力の突貫。それは大地へ大穴を穿った。


「びっくりした……だが、防御だけだなあ……!」


 しかし、着弾したはずのオキルは、しっかりとその甲殻をつかんでいた。

 ベヒモスと組み合えるオキルにとって、ミゼットの突貫も恐れるほどではない。


「く……!」


 悔しそうなミゼットだが、受けられたことも初めてではない。

 一旦甲殻の中に体を引っ込めて、難を逃れようとする。

 しかし、その体に、全身に、茨のようなものが絡みついていた。


「?!」

「捕まえた、死ね!」


 恐るべきは、宇宙怪獣の進化。

 オキルは自らの肉体を変化させ、ミゼットの肉体、甲殻以外の部位を縛り、動きを封じたのである。


「死なせ、ないわ!」


 フェニックスのスザクが、オキルの追撃を阻む。

 その燃え盛る翼をばらまいて、茨となった肉体を焼いた。


 拘束から逃れたミゼットは、大慌てで飛びのいて距離をとる。

 そのすぐわきに、スザクは立っていた。


「隊長……一応確認します、私たちは圧しているのですよね?」

「ずいぶん自信なさげね……ええ、圧してはいるわ。少なくとも前回の戦いよりは、勝ち目がありそうよ」


 三対一で襲い掛かっているのに、押し込めてはいても瞬殺はできない。

 ともに圧倒的な生命力を持つ甲種同士だとしても、この現状は受け入れにくかった。

 冷静なはずのミゼットをして、不安になるほどである。


「ざけやがって……!」


 一方で、オキルは不満だった。

 一体ずつなら、勝てなくはない。

 だがまったく異なる個性を持った三体が立ち替わりで襲い掛かってくるので、彼女の強みが全く活かせない。


「ミゼットちゃん、一応言っておくけど……彼女は宇宙怪獣よ。相手が一体、あるいは一種なら、進化適応してメタを張ってくるわ」

「……なるほど、三体同時にメタは張れませんね」

「そういうことよ……まあ素のスペックも高いのだけどね」


 双方ともに、気持ちは一つだった。

 他の戦場など些細なこと、この場の決着がそのまま戦争の決着となる。


 先日の王都奪還戦で、ナタの乱入がそのまま勝利を決定させたのと同じだ。

 甲種の手が空けば、そのまま他を壊滅させて終わってしまう。


「お、お姉さまたち! 大丈夫ですか?!」


 それが分かっているからこそ、まだ回復の終わっていないジャンボがクレーターに飛び込んできた。

 オキルを相手に、メインアタッカーとなるのは彼女しかいない。


「……ジャンボちゃん。休んでいてほしいけど、そう言える余裕が私たちにないのよね」

「できるだけ早く潰しましょう、貴方が休むのはその後ということで」

「……はい!」


「何を、勝った気になってるのかしらねえ……雑魚どもが!」


 そして、肝心のオキルはまだ何も諦めていなかった。

 当然のように闘志を燃やし、全身から有害な電波を放出している。


「ぶっ殺す! 死ね!」


 語彙が少ない、と笑うことはできまい。

 圧倒的な強者が吐けば、どんな軽口も重圧が乗る。


「コンウ技……ドレスアップ!」


 そしてオキルは、当然のように強化形態へ移行する。

 脅威の宇宙怪獣(ヤンママ)は、その全身にフリルをまとい、ゴスロリ系の姿に変わっていた。


「本気ってわけね……でもそれは、私たちも使えるわよ!」


 ともに魔王の宝で生まれた者同士、強化形態があること自体は共通している。

 既に強化していたジャンボは元より、ミゼットとスザクも変身を遂げていた。

 これならば、戦力差は埋まらない。そう思っていた三体を、オキルは失笑と共に否定する。


「けっ……相手もいないくせに花嫁衣裳かよ……みじめだなあ!」


 微妙に気にしていたことを言われて、三体はひるむ。

 そのひるみに対して、オキルはさらに圧していく。


「真の婚羽(コンウ)技を見せてやるよ……メスガキども!」


 獰猛に笑う宇宙怪獣は、先ほどと同様に拳を振りかぶる。

 そして放つ技は……やはりパンチ。


「コンウ技……」


 それは、マウントポジションからのパウンドよりも、さらに精神的マウントをとった大技。

 母は強しを地で行く、驚異の必殺技。



「経産婦パンチ!」



 恐るべき威力で、心と体を同時に攻撃する。

 それはただ一振りで、三体の甲種を吹き飛ばしていた。


「ぐ……なんて威力なの……二人とも大丈夫?!」


「……すみません、甲殻で受け損ねました」

「ごめんなさい……お姉さま」


「しばらくは無理そうね、私一人で持ちこたえるわ!」


 なんて威力なの、と震撼したスザク。

 しかし震撼しながら急速に再生し、既に完全復活をしていた。

 彼女は二体の仲間が回復する時間を稼ぐべく、決然と立ち向かおうとしていた。


(ずるい……)

(スザクお姉さま一人で大丈夫なのでは……)


 なお、その背中は頼もしすぎて、他二体は自分たちの存在意義を失いかけていた。


「結局お前だけかよ……仲間を増やしても無駄だったなあ」

「そうでもないわ……あの子たちは、まだまだ強くなるもの」


 十一人目の英雄、鴨太郎。最強の仲間、オキル。

 そして十一番目のラスボス、フェニックスのスザク。

 成長を遂げた怪物同士、雌雄を決するべく向き合う。


「それに私だって……素敵な出会いを諦めてはいないわ。貴方に英雄がいたように、私にも王子様が来てくれる。そう信じているのよ」

「儚いなあ、不死鳥。そんなことを言ってると売れ残るぜ?」

「……勝ち組は強いわね、私もそうなりたいわ!」



 楽園からの救援と合流した冥王一行は、昏と拮抗していた。

 瘴気世界で名をはせる怪物たちと真っ向から戦えているのだから、この世界の住人でも驚きを隠せないだろう。

 だがそれは、楽々というわけではない。全力を出して、ようやく互角という状況だった。


 膨大な技術の蓄積によって生み出された、多くの最新兵器。

 それを総動員してなお、敵は強大だった。精鋭であるはずの義勇軍は疲弊し、キンセイ兵器もエネルギー切れや弾切れを起こしつつあった。

 母艦である久遠の到達者や最後の勝利者は、受け入れた友軍の回復に苦心していた。


 そして……キンセイ兵器部隊に混じって、プレイゴーレムに搭乗している八人目の英雄たる牛太郎たちは奮戦していた。


「ユウセイ技……シューティングボムソード!」


 巨大な剣の形をした弾丸が、高速で連射されていく。

 それも前方だけではなく、四方八方へ向けてである。

 多くのモンスターを切り散らし、そのまま昏にも切り込んでいく。


「ユウセイ技、ジョイント剣!」


 ユウセイ兵器、プレイゴーレム。

 ドクター汚泥の生み出した傑作機であり、見た目こそ幼稚だが性能は高い。

 キンセイ兵器ほど洗練されてはいないが、だからこそ逆に万能性が高く、接近戦も強かった。

 対丙種級装備の中では、上位に食い込む方だろう。


 だが相手もさるもの、瞬殺できる相手ばかりではない。

 丙 種(Aランク下位)ドラゴン型モンスター、グレイトファング。

 恐竜に似た姿の彼女は、その堅い鱗で攻撃を受け止めていた。


「ぐ……」

「お返しだ!」


 そして腕から生えたその牙を、反撃で突き込む。


「ユウセイ技、無敵シールド!」

「……今の、結構自信あったんだけど!」


 接近戦ができるということは、防御もできるということ。

 光る盾によって、ドラゴンの牙を受け止める。


「陳腐なデザインのわりに……強いじゃない!」

「……陳腐なのは認める」


 戦っている相手から『お前の武器すげーダサいな』と言われても、牛太郎は微妙な顔をしつつ認めていた。

 なにせ本人たちも、プレイゴーレムが敵として現れた時の第一声がダサいだったのだ。

 まさかドクター汚泥が半ば自殺のつもりでこれに乗っていたとは思わなかったし、これを自分たちに与えるつもりだとはなお思っていなかった。


「でもまあ……この程度よね。正直分からないわ」

「何がだ」

「なんでアンタ、逃げないの?」


 まだ生まれて日の浅い昏には、牛太郎の行動原理がよくわからなかった。


「他の英雄たちは、逃げたらそのまま戦場が瓦解するから、逃げるわけにはいかない。でもアンタは、特に強いわけじゃないから問題にならない」


 彼女の意見は、実にまともだった。


「こいつらはアンタたちを助けに来た、なのにアンタはなんで前線で命をかけているの?」

「……」

「ここでアンタが死んだら、いろいろ台無しじゃないの?」


 煽りではなく、素直な疑問だった。

 確かに、その通りではある。

 彼女の視点からすれば、もっともな疑問だ。


「言いたいことはわかる、確かにその通りだ」


 牛太郎は、その正しさを、合理性を認めた。


「だけどね……私たちはそうしたくないの!」


 核の一部となっている、五十八(いそはち)四々(よんし)が叫んでいた。

 必要でなくともやりたいのだと、切実に訴える。


「確かに私たちは、いつだって助けを求めていたよ。でもね、救助してほしかったんじゃない……一緒に戦って欲しかったんだ!」


 やはり核となっている、長月(ながつき)蓮華(れんげ)も輝きながら叫ぶ。


「今でも逃げ出したいほど怖いさ……だけどな、これだけたくさんの人が一緒に居てくれる。戦うことが正しいって示してくれている。だから……怖くても戦えるんだよ!」


 血潮(ちしお)(はと)もまた、己を奮い立たせながら吠えた。


「私たちは、戦う怖さを知っている……だからこそ、戦いに来てくれた、助けに来てくれた人たちが心強いの……」


 歯車(はぐるま)猫目(ねこめ)も、むしろ周囲へ感謝を伝えたいかのように応じる。


「戦力が数字だって言うのは本当だ! 人数もただの数字だ! それは俺たちだって……わかってるさ! だけどな、だからなあ!」


 芥子牛太郎は、涙を流しながら、心の内を明かす。


「生きているのかも怪しい人を探すために、こんなにたくさんの数字が……数えきれないぐらいの数字が、ここに来たんだ! だからとっても嬉しい……これが俺たちの戦う理由だ!」


 かつて冒涜教団と戦っていた彼らは、これでもかと人の醜さを味わった。

 しまいには、政治家の危険思想さえも知ることになった。


 だがだからこそ、尊い人々が嬉しいのだ。

 楽園の民がここに来てくれたことで、胸がはち切れそうになっている。


「守りたいから戦うんだ! 俺たちは、何も間違えていない!」


 この心を、幼稚と笑いたければ笑えばいい。

 だがそれでも、八人目(かれら)は決して恥じることはない。


「何が正解かわからなくても! 間違いじゃないことだけはわかるんだ!」

「そうか……でも死にな!」


 そして……その高潔さも、戦場では意味を持たない。

 プレイゴーレムの背後から、別の昏が接近していた。


「!」

「もらった!」


 これは卑劣だろうか、否であろう。

 一対一だと申し合わせたわけではなく、戦場では当然の振る舞い。

 もちろん牛太郎たちも、それを咎めることはなく、それを考える余裕もなく……。

 そして、防ぐことはできなかった。


「……きゃ、きゃあああ!?」


 だがそれは、『味方』からの射撃によって阻まれた。

 牛太郎たちにも友軍はいるのだから不思議ではないが、誰が撃ったのか彼には分らなかった。


「今の援護は……戦場の外からの遠距離射撃?!」


 プレイゴーレム内のコンピューターによって、援護してくれた者が遠くにいるとわかった。

 膨大なモンスターの群れの中で、たまたま空いたわずかな隙間を、きっちりと狙い撃ってくれたのである。


「こんなことができるのは、この世界にはいないはず……誰が?!」



 さて……いまさらだが、ここは南万である。

 楽園から来たばかりの者たちは全く把握していないが、いかに無人の熱帯樹林とはいえ、ここは主権国家の領土なのだ。

 そんなところで『オールウェポンズフリー』な戦争を、無許可でおっぱじめてしまったのである。

 相手が襲い掛かってきたので仕方ないのかもしれないが……国家の君主としてはたまったものではない。


「……本当に、戦争しているわねえ!」


 南万国女王、ゲツジョウ。

 既に孫もいる彼女だが、その表情は実に猛々しい。

 自国を脅かす争いを遠くから見て、両陣営に怒りを燃やしていた。


「ね? 私の言った通りでしょう?」


 その彼女の隣に立つのは、東威はベネの主、ヒミコ。あるいは魔王軍四天王、エンシェントウンディーネ、人殺雫、ローレライであった。

 この世界の基準では小柄に分類される彼女は、となりの大柄な女王と比べると本当に子供である。


「言った通り、ではないわ! どういうことだ、ヒミコ殿! 東威は我が国へ侵略をしているということか?!」

「違う違うって……ねえ、タケル君。貴方からも言ってあげてよ」


「も、申し上げます! どうやら片方の陣営は私の故郷のようです!」


 その二人がどこに立っているのかと言えば、高速飛行しているキンセイ兵器の上であった。

 もちろん普通なら立てるような場所ではないのだが、この女性二人は自力で平然と立っていた。


「もう片方の陣営は、西重に協力していたっていう昏っぽいわね。なるほど、E.O.Sを狙って襲ってきたって感じかしら」

「……いずれにせよ、我が国で暴れていることは事実だ。私を運搬している貴殿も、先ほど攻撃をしたしな」

「も、申し訳ありません! つい、とっさに……!」


 なにやら見たことのない兵器に、見たことのないモンスターが襲い掛かっていた。

 射線が通っていたこともあって、ついとっさに彼は撃っていた。

 警察官にあるまじきことだと思い、彼は普通に謝ってしまう。


「まあ、いい……狼太郎殿たちにはいろいろと借りもあるが……この状況ならまとめて吹き飛ばされても文句は言うまい!」

「あら大変、それじゃあ警告ぐらいはしてあげないとねえ。タケル君、ちょっと、通信、って奴をしてくれる?」


 のんびりとした様子で、ヒミコは足元のタケルへ戦場への通信を願った。

 その間もゲツジョウは、膨大なエナジーを体の外へ放出していく。


 戦場にいる両陣営たちは、互いの敵を忘れて、そのエナジーを見た。

 それを見た瞬間、双方のトップは撤退を命令する。



「あ、プリンセス、ムサシボウ殿、アヴェンジャー……聞こえる~~? この国の女王様……ゲツジョウ殿がまとめてぶっ殺すって言ってるわよ~~?」


『全員この場から逃げろ! 急げ!』

『総員退避! ワープしなさい!』



 果たしてローレライの警告は届いたのかどうか。

 苛烈な戦いをしていたはずの両陣営は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 残ったのは、哀れ、祭の宝で生み出されたモンスターばかりである。


回転属性(スピン)疾風属性(ウィンド)斬撃属性(スラッシュ)……トリプルスロット!」


 だがそんなことは知らんと、南万国最強の英雄は、その膨大な渦を戦場(だった場所)に投げ込んだ。

 それはまるで日食のように、南国の空を一瞬で嵐に染める。



Caelusカイルス!」



 神の名を冠する、殺意の大回転。

 それはこの世の終わりに思えた大戦争を、跡形もなく切り刻んで消していた。

 それこそ、生物が生存できない天体で起きる、大乱流のごとき光景であった。


 その絶望的な光景を、センサーを通して観測できる武勇猛は絶句していた。

 一方で張本人であるゲツジョウは、まだ怒りが収まらないとばかりに隣の女をにらんでいる。


「ヒミコ殿……ただで済むとは思ってはいらっしゃるまい?」

「もちろん! ま、楽園の人に期待だけどね!」


(この人……もしかしてアルフ・アーより強いんじゃ……)


 英雄の本気、その一端をみた楽園の民。

 彼らは改めて、とんでもない世界に来たと後悔するのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「経産婦パンチ!」 唐突にネタぶっこまれて笑うわw
[良い点] このお祭り感と無情なパワーバランス、最高だなぁ
[一言] やっぱこの世界の英雄はすげえや
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