Ⅸ Ⅹ Ⅺ
祀の下部組織に当たる、モンスター娘の集団『昏』。
そのトップに当たる四体の甲種たちは、作戦会議を行っていた。
とはいえそれは、祀とスザク、ミゼットで立てた作戦を残るマイクとジャンボに伝える程度だったのだが。
「……あのさあ、バカじゃないの?」
その作戦を聞いた時、テラーマウスのマイクはものすごく不満そうだった。
「ま、マイクちゃん? なんでそんなこというの~~? また御口にえいえいってやられちゃうよ~~?」
そんなマイクを、ベヒモスのジャンボは心配する。
というよりも、なぜそんなことを言うのかが分からないようだった。
「そ、それに……お話を聞いた感じだと、凄くいい作戦だと思うけど……」
「すごくいいっていうか……こんなの普通すぎるでしょ! 馬鹿が考えた作戦としか思えないわ!」
平凡な作戦であることに、マイクは憤っている様子だった。
牢屋の中でお勉強をさせられていたらしい彼女としては、もうちょっと高尚な作戦を期待していたようである。
「あ、あの、副隊長? 怒ってます?」
「いえ……予想された反発ですので。それに正直に言って、私も同じようなことを思いました」
ミゼットはやや恨めしそうに、スザクを見つめる。
彼女の不満は作戦そのものというよりも、この時期になってしまったことであるらしい。
「正直に申し上げて……これぐらいの作戦なら、もっと早く仕掛けてもよかったのではないですか?」
楽園から支援が来ることを思えば、作戦は早く仕掛ければその分だけ安全性が増す。
つまり……こんな簡単な作戦を仕掛けるつもりなら、訓練期間をもっと短くしてもよかったのではないか、と思っているのだ。
「二人とも血気盛んねえ、ねえジャンボちゃん」
「え、そ、そうですね……二人とも、落ち着きましょうよ~~」
スザクは相変わらず余裕綽々なので、ジャンボだけ困っていた。
陸上甲種の中では最大最強を誇る怪物ながら、押しには弱い様子である。
「まあぶっちゃけた話……二人とも弱い子の気持ちがわかってないわよ」
他でもない、最強種の中でも最強の再生能力を持つスザクは、じろりとミゼットとマイクを見た。
「今回の作戦は、確かに簡単よ。そんなに練度も必要としないし、場合によっては戦わずに済む可能性もある……まあないけど」
スザクは自陣営の根本的な不利、そして相手陣営の強みを理解していた。
「というかまあ、そもそも戦力比で言えばこっちがずっと上よ。乙種の子を二十体もぶつければ、そのまま特に面白いこともなく勝てるわ。作戦らしい作戦が必要ないほどにね」
「それならなぜ?」
「戦力比で言えば、だもん。いざぶつかれば、こっちが絶対に逃げる」
さて、これは単純な戦力の話である。
一人の男が拳銃、リボルバー式の六発入り拳銃を持っていたとする。
それに対して十人の男、素手で囲んでいるとする。
純粋に戦力で考えれば、十人の男たちが圧倒的に有利だ。
拳銃を持っている男が超一流のガンマンだとしても、六人を撃ってそれで終わり。あとの四人に殴られて負けるだろう。
ましてや一般人同士なら、六発で六人倒すなんてできず、そもそも命中させられるかも怪しい。
だから十人の方が勝つ、というのはバカな話である。
襲う側の十人がまともなら、拳銃を持っている男に襲い掛かったりしない。
他人の体に当たったところを見ただけで腰を抜かすだろう、何なら地面に向かって威嚇射撃をされるだけで逃げ出すはずだ。
仮に襲う側の人間が訓練された軍人だとしても、いや訓練された軍人だからこそ「作戦立てさせてください」というだろう。
「あのね、相手には対乙種級兵器があるのよ? 乙種の子なら十体ぐらい殺せるのよ? そんなのに乙種の子を無策で突っ込ませられるわけがないでしょう? 命令したらむしろ亡命されかねないわよ?」
無策で突っ込んでも勝てるとか、戦力比ではこっちが有利とか、そんなのはうわべの話である。
二十体でつっこんでね、半分死ぬけど勝ってね、と言われたらそりゃあ嫌がるだろう。
「少なくとも、なにか作戦を、って言うに決まってるじゃない」
「それはそうですが……でもこの作戦なら、訓練の必要性も薄いような気が……」
「だから、同じなのよ。どううまく進めても、一体は死ぬか、その可能性があるのよ?」
相手の弾倉に弾が一発だけだったとしても、その一発が仲間に当たって死んだ場合、それで平然と戦えるものだろうか?
全体で恐慌が起きれば、それこそ作戦は一気に瓦解する。
「相手は英雄とその使徒……最後の一体になっても、死ぬまで抵抗するわ。でも私たちはそうじゃない、戦力は十分でも士気も練度も低い。地道に相手の戦力を削って、こっちがめちゃくちゃ有利な条件にして、それでようやく成功が見込めるのよ」
「……あの、英雄とその仲間って本気でそうなんですか? 私、そっちの方が怖いんですけど~~……」
ジャンボとしては、一人でも殺されたら逃げる、というのはわかるらしい。
しかしながら、最後の一人になっても死ぬまで戦う、というのは理解できないようだ。
「英雄とその仲間を舐めちゃいけないわ……この間の戦争もそうだけど、心の強さが普通じゃない。というか……精神的な支柱が不在のままで戦おうとしている、私たちが無謀ともいえるのよね。だからこそガチガチで凡庸な手を打つしかないし、それ以外をやったら負けるけども……」
この場の四体、最強種たる甲種たちなら精神的支柱になりうる。
だがそれができない以上、別の手を打つしかないのだ。
「はあ……その心配性のせいで? あるいはその弱虫たちを戦わせるしかないせいで? 楽園の救援が間に合うかもしれないけど? その場合はどうするのかしら?」
マイクが挑発する。
確かにその懸念はもっともだった。
「その場合は、私たちも出るわ。嫌な話ではあるけども……楽園からの救援が来れば、あっちもE.O.Sを使えなくなるものね」
その時は、真正面から戦う。
その顔には、闘志があった。
最初の昏、フェニックスのスザク。
短い年月の中で多くの戦いを経験した彼女は、間違いなく精神的支柱だった。
※
さて、いまさらではあるが……モンスターパラダイス5の敵だった、敗者世界最後の生き残りホープの失敗について話そう。
そもそも楽園世界を滅ぼす意味がないとかはおいておいて、楽園世界を滅ぼすには何が足りなかったのか。なぜ狼太郎に敗北したのか、なぜ何もできぬまま負けたのか。
答えは単純、数が足りなかったのである。
できたかどうかはともかく、世界を滅ぼした獣を三十体ぐらい召喚していたら、狼太郎は途中で撤退していただろう。
対甲種魔導器E.O.Sなら、英雄や甲種なら何億いようが何兆いようが問題にならないが、それはそういう宝であるからにすぎず。
対乙種級カセイ兵器最後の勝利者は確かに強く、これと言って弱点もないが……Aランク中位モンスターが二十体も来れば対処能力を超える。
つまり……最後の勝利者を無力化するには、Aランク中位モンスターを二十体ぶつければいいのである。
これは、楽園世界においては簡単ではない。というか、まず無理である。
だが瘴気世界にはAランク中位モンスターなど、生息域さえ把握していればいくらでも見つけられる。
そして敗者世界のワープ技術があれば……。
ちょっとした手間暇をかけるだけで、乙種という大戦力を投入することができるのだ。
相手に英雄がいればそれも跳ねのけられるだろうが……英雄が付近に居なければ、それも難しくなる。
『……狼太郎さん、こりゃあマズい! どう考えても、これから本命が来る!』
『そうだな、兎太郎……全員気を引き締めろ、ここから先は一瞬の油断が命取りだ!』
マリンナインを見物しにいく道中で、突如としてAランク中位の群れに包囲された冥王一行。
周辺への被害も考慮し、全員で戦闘に突入。辛くも勝利を収めたが、兎太郎も狼太郎も表情は硬かった。
『たしかに……E.O.Sを発動させずに勝つには、この上ない好機ですね』
蛇太郎も状況を把握して、息を吞んだ。
絶対に勝ち目のない物量で押し込むのではなく、こちらが勝てる範囲の数で疲労させ、その後に仕掛ける。
シンプルながら、E.O.Sへの対策としては適切だった。
つまり、E.O.Sに対して詳しい敵が現れたと、既に張り詰めた顔になっている。
「その通り……予想されていたとは、驚きです。ですがわかっていたところでどうにもならない、というのが真に優れた作戦……まあ隊長や祀の皆様の受け売りですがね」
その言葉に応えるように、多くのモンスターが冥王一行の周囲に展開される。
その数たるや、数百に達している。Bランク上位、Aランク下位、Aランク中位からなる、強大なモンスターの包囲網。
冷静に考えれば先ほどまでの奇襲が不要なほどの、圧倒的戦力差であった。
『全員が別種で、人型で、人の大きさで、全員が知恵を持っている……まさか、太母孵卵器か?!』
だがその一方で狼太郎は、目の前の異様な光景に圧倒され、だからこそその異常事態を説明できる宝に思い至っていた。
『太母孵卵器?』
『お前の持っているE.O.Sと同じ、パパの遺産……魔王の宝だ! 飼いならせないモンスターの遺伝子情報から、同等の力を持つ、飼いならせるモンスターを生み出すための宝……新種の製造機だ!』
卵が先か、鶏が先か。
卵を産むことができる鶏が先なのか、鶏になる卵が先か。
否、この孵卵器こそが先。
イヴを生み出す『婚の宝』、太母孵卵器。
それによって生み出されたモンスターであると、狼太郎は理解していた。
『そうか、パパは元々この世界の生まれ……それならこの世界の強大なモンスターを相手に使うはずだった……つまりお前たちこそが、元々想定されていた戦力、種族……!』
「理解が早くて、こちらは楽ですよ。ええ、この瘴気世界には、多くの強大なモンスターが生息しています。それこそ貴方たちの生まれた、楽園世界とは比べ物にならないほどね。私たちはその強大なモンスターを元にした、新しい強者でございます」
この世界に来た楽園の英雄たちは、嫌というほど『暴力的な生命』を思い知った。
それに知恵が宿り、なおかつ群れを成して、こちらへ奇襲を仕掛けてきている。
自分たちの置かれている状況を理解して、声も出せないほど絶望する者もいた。
「ちなみに私はAランク中位モンスター、ウォークアイランドの昏、ゲンブ……亀型モンスターでございます。まあその強さの説明は必要ないでしょう……したいのですがね」
その姿を見て、ゲンブだけではなく多くの昏が笑っていた。
実際のところ、目の前の『英雄たち』を見れば誰でも笑ってしまうだろう。
刀折れ矢尽きる、あるいはその寸前だった。
単にこちらが有利というだけではなく、相手が消耗しきっている。
強力で危険な兵器も、もう品切れ。もはや勝ち目云々の段階ではない。
「もうお察しでしょうが……E.O.Sを差し出していただきたい。魔王の遺産、葬の宝、対甲種魔導器 End of serviceは、本来我々のものなのですから」
『……我々?』
「ええ、魔王の娘、プリンセスである貴方でさえご存じないでしょう。貴方が仕えた魔王様は、元々この世界の生まれであり……その時代にも仲間がいました。それこそが我らの主、祀……その先祖。貴方のお父様の同志ということになります」
『……モンスターの国を作る、同志か』
「楽園世界では裏切りにあい、彼自身が野望を成就させることは叶いませんでしたが……今この時代、この世界には魔王の遺産がすべてそろっている……結果から言えば、無駄にはならなかった。そういうことですよ」
しょせん『英雄』など、一般人の描いた幻想にすぎない。
英雄自身もわかっていることだ、英雄も所詮戦士の一区分に過ぎないと。
実際の戦場では数字の一つにすぎず、数値で表せる程度の存在だ。
そしてその数字は、残酷なほどに枯渇している。
「降参して、End of serviceを差し出してください。それで終わりです、ええ、殺したりはしませんよ」
もう、勝っている。
だからこそ、昏の面々は笑っていた。
『……!』
それは、蛇太郎もわかっている。
彼の持つ葬の宝は、起動できないと主に伝えてくる。
だがそれでも、何が何でも、彼はこれを誰にも渡す気はなかった。
それこそ、自分に降伏を、差し出すことを促すものさえ殺すほどに。
『蛇太郎! わかっているな!』
その彼に、兎太郎は叫んでいた。
昏は仲間割れを予感して、ほくそ笑む。
この流れで、わかっているな、と言われれば一つしかない。
『牛太郎と一緒に逃げろ! 活路は俺たちと狼太郎さんが切り開く!』
だがその想定を、兎太郎は飛び越えた。
だが彼にしてみれば、この選択こそ唯一の道であった。
『お前の持ってるE.O.Sの恐ろしさは、俺もよくわかってる! こいつらに渡せばどうなるか、考えたくもねえ! だから牛太郎と一緒に逃げろ、ホウシュン様のところへな!』
あまりの潔さに、昏たちは困惑する。
いや、その理屈はわからないでもないし、実際にそれをされると途方もなく困る。
だがまっさきに自分が捨て石になるといいだしたことと、それに自分の仲間を巻き込んだことにも困惑する。
まったく助かる目がないならともかく、生き残る役目を譲れるわけがない。
兎太郎が死ぬことを受け入れても、仲間が受け入れるわけがない。
『ちょ、ちょっと、ご主人様?! なんでいきなりそんな……』
『あ、あのさあ! 言っちゃあなんだけど、私たちもみんなで逃げない? 包囲網としては薄いんだしさ!』
『その役割分担だと、私たちは高確率で死んじゃうんじゃ……』
『せめて相談しなさいよ!』
そして、実際そうだった。
英雄の使徒の中でももっとも凡庸な、兎太郎の仲間たち。
彼女たちがそうすんなり捨て石を受け入れるわけがないのだ。
『兎太郎さん……貴方たちを置いて逃げるなんて、俺には、俺たちにはできません!』
『それでも逃げろ! アバターシステムはカセイ兵器から離れるとほとんど戦えない、だからお前のプレイゴーレムが適任だ!』
兎太郎は、あくまでも数値で、数字で話をする。
やはり間違っていないが、だからこそ敵からも味方からも異様にみられていた。
そして……次の瞬間、英雄たるを示す。
『ここが死に場所だ! お前ら、覚悟を決めろ!』
『……まあ月で死ぬよりはマシですよね』
『仕方ないわねえ……!』
『ご主人様の仲間になんかなるんじゃなかったわ!』
『……みんなと一緒で、よかったわよ』
兎太郎が決意を促すと、その仲間たちは一瞬で覚悟を決めた。
本当にただ、決意を促しただけだ。だが凡庸なはずの彼の仲間たちは、それだけで十分だった。
牛太郎たちと蛇太郎を逃がすために、血路を開き殿を務め、捨て石になる覚悟ができていた。
あまりの主従ぶりに、敵味方が唖然とする。
だが理解するしかないのだ、この男の英雄性を。
そして昏はひるんでいた、気圧されていた。
それこそスザクが懸念したように、肝心の蛇太郎とE.O.Sが離脱されかねなかった。
『承服、いたしかねます』
だが受け入れない、無機質な声が出ていた。
『貴方が当機と運命を共にすることを、許容できません』
本当に、本当に、兎太郎もその仲間たちも驚いていた。
兎太郎の最適な提案を、感情的かつ事務的に否定する者。
それは、エルダーマシン、ナイルであったのだ。
『な、ナイル……?!』
よりにもよって、巨大兵器の人工知能に作戦を否定されるとは思わなかった兎太郎。
彼は思わず、その機体を見てしまった。
『その通りだ、兎太郎。なんでお前が、いきなり諦めるんだ』
そして唯一兎太郎を諫められるもの。
狼太郎は、確固たる意志を持って兎太郎の提案を却下する。
『お前は、宇宙飛行士だろうが!』
その言葉に込められた想いを、全人類を代表するかのように叫んだ。
『お前は何が何でも、最後の最後まで、生き残ることにベストを尽くすんだよ!』
『で、でも、牛太郎も言っていましたけど……俺の生存は、とっくに絶望視されていて……』
もう誰も、兎太郎が生きているなんて信じていない。
歴史の教科書に書かれた、ただの偉人。
遠い過去に消えた、悲劇のヒーローに過ぎない。
助けようと思っている者なんて、楽園には一人もいないはずだ。
『それでもあがけ! たとえ全人類がお前の生存を諦めても、お前自身がお前を諦めるな! それが宇宙飛行士の義務だ!』
楽園世界の歴史に影響を与えたという意味では、兎太郎は本当に最大格の英雄である。
だが戦力面において、この場の英雄たちの中ではもっとも劣る存在だ。
たとえ万全であっても、Aランク下位を数体倒せるかどうかの、ろくに役に立たない存在だ。
昏も祀も、あるいは彼自身も、それをよくわかっている。
だが違うと、狼太郎は、ナイルは叫ぶのだ。
『そうでないと……お前の愛機が報われない!』
『……俺の?』
そして、直後のことだった。
戦場の空に浮かぶ、破壊の神となった兎太郎。その着こんだ服が、アバターシステムが穏やかに点滅を始めた。
『……これは』
エネルギー切れ寸前になっているだけかもしれない。
あるいはアバターシステムそのものが、酷使によって壊れかけているだけなのかもしれない。
すくなくとも、そう考えるべきだった。まっさきに思い至るべきは、そのはずだった。
「その男を、殺せええええええ!」
『兎太郎を、守れぇえええええ!』
だが敵も味方も、そうは思わなかった。
一瞬でも早く、その男を殺さなければならないと。
何が何でも、この男を守らなければならないと。
この男を基点として、何かが起きると。
そして、悲しいことに。
元々冥王一行はエネルギーのほとんどを消費しており、兎太郎を守るための行動ができなかった。
「兎太郎さん……!」
それは、ことさらに……対策を取られれば何もできない、蛇太郎にとっては胸を焼く状況だった。
「俺は……俺は、貴方の……!」
いつも、こうだった。
いつだって彼の胸は、炎で焼かれている。
彼は己の激情で、不甲斐ない己を責めるのだ。
「俺は……俺は、どうしようない奴で……!」
何を言えばいいのかわからない彼は、何を言っていいのかわからない彼は、最後の勝利者の中で自分を卑下した。
彼にとって、この状況で出てくる言葉は、自分が言うことを許されている言葉は、それだけだった。
「そう自分を卑下しないでくれ」
「貴方は、どうしようもない人じゃないわ」
その彼の持つ、まさに運命の中心であるE.O.Sの中から、男女の声が発された。
そしてその直後、二つの魂が射出される。
「こ、これは……!」
E.O.Sの中から飛び出た魂は、最後の勝利者の装甲を通り抜け、そのまま空中に躍り出る。
強大な昏からの攻撃にさらされる、兎太郎の前に立ちふさがった。
「……な、なんだ? 魂……死霊?! いや、死霊は、こんなしっかりとした形はしていなかった!」
その死霊の後姿を見る形になった兎太郎は、突如として壁になった存在を見て唖然とする。
他でもない、死霊を相手に戦った英雄である。だからこそ、目の前の死霊が、しっかりと実体を保っていることに驚いていた。
「驚くのも無理はない……私たちのように、しっかりとした実体を保たされたまま、悠久の時を過ごした霊などそういないだろう」
「でもおどろくことではないわ、そう……悲しいことだけれど、不思議なことではないの。私たちは確かに死霊であり……そして、貴方の味方よ」
驚嘆すべきことに、その男女の死霊は強大な昏からの攻撃を受け止めていた。
悠々と話をしている男女は、しかし障壁を展開し、何十という昏をせき止めている。
「な……なんで?! なに、この手ごたえ?!」
「攻撃しているというよりも、空振りしているみたいに……!」
「当たっているのに、届いていないみたいな……」
ただ固いだけではない、柔らかいわけでもない。
攻撃が受けられた、その実感もない。
不気味に思った昏たちは、大きく離れる。
「……相田さん、阿部さん」
「ああ、そうだ……君は、君たちは、そう呼んでいい。私が殺した彼らと、私を正気に戻してくれた君は、そう呼んでいい。だがそれでは、名乗りとして不誠実だろう」
「そうね、名乗りましょう。何もかもを裏切った、どうしようもない愚か者たちの名前を……」
そして、決然として、死霊は名乗った。
「我こそは魔王軍四天王! 黒騎士『不忠大逆』アヴェンジャー!」
「その妻……アイーダ姫!」
人類の歴史に名を刻んだ、人類史を決定づけた男女。
その二人は、死に恥をさらす。それを惜しむことこそ、真の恥と信じて。
「我らの友……人呑蛇太郎への恩義により、この英雄を全力で守る!」
「これ以上蛇太郎君を、苦しませたりしないわ!」
寄り添いあう二人。
見せつける二人。
その姿に、文句をつける者が一人。
『やっぱりそこにいたか、アヴェンジャー! 出番をまってやがったな、この野郎!』
同じく魔王軍四天王、プリンセス、狼太郎であった。
『蛇太郎の奴が苦しんで悩んでても、その中で引き篭もっていやがって……この!』
「すまない、プリンセス……正直に言えば、合わせる顔がなかったのだ」
「ええ、多くの人を犠牲にして、マロンに負担を押し付けて、さんざん死後を楽しんだ私たちが……この期に及んで今生に関わるなんて許されるとは……思えなかったのです」
狼太郎が怒るのも当然だった。
呆然としている蛇太郎は、何を思っていいのかもわからない顔をしている。
この情報量に、彼の脳は耐えられない。
「だが……もう迷うまい。私たちの持てるすべての力で、彼の力になる!」
『……生前は人間殺すとかしか言ってなかったくせに、ずいぶんキャラを変えたなこの野郎』
「君には言われたくないな……正直、驚いた」
『はあ?! てめえ俺の年下のくせに、何を偉そうに! 俺がこのキャラになったのは、その方が男受けが良かったからだ!』
(それは果たして自慢になるのか?)
悠久の時を越えて再会した、魔王軍四天王。
その当時を知る蛇太郎は、やはり情緒がぐちゃぐちゃになっていく。
『おい、蛇太郎! 簡潔に言え、こいつはお前の仲間か?!』
だがそれを、兎太郎が断つ。
この男のシンプルさが、蛇太郎の迷いを切り裂く。
「はい! この二人は、俺の友達です!」
ああ、こんな簡単だったのか。
蛇太郎はもはや、その言葉に一々感動することもない。
誰かを友達と言える覚悟を、彼は固めたのだ。
『いよし、頼んだぞ二人とも!』
「ああ、任せてくれ……きっと力になる」
「その時が来るまで……絶対に守ってみせるわ」
そして兎太郎もまた、一瞬で割り切る。
先ほどまで命を捨てる覚悟をしていたが、それをすでに忘れていた。
今の彼は、その時が来ることを確信し、そのために最善を尽くす所存だった。
「あの……それはいいんですけど……」
「ぐ、具体的なプランとか、あ、あったりします?」
「魔王軍四天王、アヴェンジャー……狼太郎さんの同僚さん……ですよね? それとアイーダ姫……」
「有名なカップルさんですけど……あの、この状況を何とかできるの?」
魔王軍四天王、準丙種モンスター、ブラックナイト、不忠大逆、アヴェンジャー。
そしてその女、アイーダ姫。
はっきり言って、とても有名である。
だからこそ、兎太郎の仲間たちも知っている。
だがだからこそ、希望を持てずにいた。
最初の一撃こそ防げたが、この状況を準丙種一体とその妻でどうにかできるとは思えない。
「アヴェンジャー……魔王軍四天王の一人、というよりも裏切り者……E.O.Sの中に潜んでいたのね」
「確か無損失の吸収体質と、霊媒体質だったはず……」
「そうか、こっちの攻撃を吸収したのね? でも所詮準丙種……防ぎきれるわけがない!」
「そうよ、二重の特異体質だけなら……受け止められる攻撃に限界があるはず!」
既に周囲には、何十、何百という昏が展開している。
そして相変わらず、冥王一行でまともに動けるのはこの夫妻だけ。
状況は、見た目通り絶望的だった。
「一斉に攻撃よ! そうすれば吸収しても蓄積しきれず、破裂するわ!」
「死霊だから本体を叩かなければ倒せない……でもその間は無防備になる!」
「そいつは跡形もなく殺して問題ないわ、全力でやるのよ!」
しょせん、Aランク下位よりも弱い程度の存在。
それが妻と一緒に現れただけなら、戦況に影響は及ばない。
こちらにはAランク中位もAランク下位も、山のように、わんさかといる。
何も恐れることはない、少し手間取るだけで勝ちは変わらない。
そう、戦力は所詮数字。
満を持して現れた援軍だとしても、結局はただ二体という数字に過ぎないのだから……!
「総員、攻撃!」
「きゃ、きゃあああああ!」
もはや感覚がマヒするほどの、Aランクたちの猛攻。
誰がどう考えても、準丙種一体が受けきれる攻撃の量ではない。
そしてその守り一枚しかない兎太郎とその仲間は、それこそ風前の灯火であろう。
「……?!」
その、はずだったのだ。
Aランクの猛攻を、雨あられとぶち込んでいる。
にもかかわらず、まったく、攻撃が通らない。
いくら攻撃しても、ただ吸われ続けているようだった。
「あ、あれ?」
「だ、大丈夫な感じ、かな?」
「なんで全部吸収されてるの?」
「アヴェンジャーに、無制限の蓄積体質はないはずなのに……」
兎太郎の仲間たちは、困惑を隠せない。
ノベルのように蓄積限界のない体なら、どれだけ吸収しても破裂することはない。
だがアヴェンジャーにその体質はないはずだった。
「無損失の吸収体質、だけじゃない?!」
「毒やら酸やらも浴びせているのに……なんで平気なの?!」
「無制限の蓄積体質でも、多種多様すぎる力を収めればダメージがあるはずなのに……?!」
『ねえ、ご主人様……なんであの二人は耐えられているの?』
『知らん。だが……アヴェンジャーは知っているようだな』
誰もが、その状況に困惑する。
古い仲間である狼太郎をして、なぜ耐えきれているのかわからない。
その答えは、庇われている兎太郎の直感によって暴かれた。
「まさか……アイーダ姫も特異体質なのか?!」
アヴェンジャーだけで耐えられないのなら、アイーダ姫が何かをしているとしか思えない。
そしてこの状況で作用するということは、彼女にも特異体質があったとしかおもえない。
「そう……その通りよ! 王であるお父様が必死で隠したからこそ、私に特異体質があることは当時でさえ知られておらず! だからこそ後世に伝わることもなかった!」
アイーダ姫は、何も隠すことが無いと言わんばかりに力を明かす。
「無損失の浄化体質と、無損失の供給体質! 本来なんの意味もない、二重の特異体質よ!」
悪魔や毒に汚染されたとして、それを浄化属性で治したとする。
それは当然、肉体そのものにも負担を負わせることになる。
だが無損失の浄化体質があれば、どれだけ異物を注ぎ込まれても、ダメージを負うことなく浄化、ろ過することができる。
本来ならば、無制限の治癒体質の下位互換に過ぎない、特に役に立つことがない力。
ついで、無損失の供給体質だが……これは超電導体質と思えば合っている。
電気であれ水であれ、膨大な量を遠くへ送ろうとすれば、その経路を太くしなければならない。
だがこの無損失の供給体質をもっていれば、どれだけ膨大なエナジーであっても、細いエネルギーラインで際限なく遠くへ送り込める。
本当に、ただそれだけの力。
「でもこの状況なら……アヴェンジャーが吸収した攻撃をろ過し、別の場所へ供給することで受け流せる!」
「キンセイ兵器のように特別な突破能力があるのなら話は別だが……どれだけ強大で数が多くとも、力押ししかできない『野生のモンスター』であるお前たちに、私たち二人の守りは貫けない!」
「……なによそれ、特種みたいなもんじゃない?! またインチキにやられるの?!」
「というか、吸収している人間とろ過している人間が別なんだから、結局アヴェンジャーにはダメージがたまるはずじゃあ……!」
「大体特異体質って……二人とも死んでいて、霊体じゃないの!」
「……まって、アヴェンジャーには霊媒体質があったはず。……二人とも死んでいることで、特異体質の共有を可能にしたの?」
「そんなの、バグじゃない!!」
アヴェンジャーの持つ、無損失の吸収体質と霊媒体質。
アイーダ姫の持つ、無損失の浄化体質と無損失の供給体質。
その合わせ技による防御をみて、以前に苦戦した特種モンスターを思い出す昏たち。
だが彼女たちは、気付いていなかった。
そう、一番肝心なことに気付いていない。
アイーダ姫が、どこに供給しているのか考えるべきだった。
『報告します。枯渇していた戦闘エネルギーが、120パーセントまで回復しました。ダメージを蓄積したため、応急修理を行います』
「……モンスターからの攻撃エネルギーを無色に戻して、俺たちに供給してくれているのか?」
先ほどまでの戦闘でエネルギーが枯渇していた、プレイゴーレム、最後の勝利者、アバターシステム。
それらの兵器へ、過剰なほどのエネルギーが補充されていく。
『……こりゃあ頼もしい援軍だなあ、おい』
『まだやれるみたいだな……こっちからも反撃するぞ!』
『ええ、行けます……限界まであがきましょう! 全員で生き残るために!』
「……どうすんのよ! 敵を回復させちゃったじゃない!」
「いや待って……しょせん対乙種級が一体と対丙種級が二体、もうエネルギーの逃がし先がないはず」
「そうよね、これで結局エネルギーの供給先は……」
アイーダ姫は吸収防御のついでに供給をしているのではない、吸収防御をするためには供給をしなければならないのだ。
楽園の兵器へエネルギーを供給しきった今、エネルギーの逃がし先はない。であれば、アヴェンジャーとアイーダ姫の防御も維持できなくなる。
そう思いかけた時、彼女たちは気づいた。
そもそも彼女たちが、何をするためにここに来たのか。
この戦場に、何があるのか。
「これは……」
最後の勝利者内部にいた蛇太郎は、手にしていたE.O.Sから熱を感じていた。
それは即ち、完成しているE.O.Sへ『余剰なエネルギー』が注がれていることを意味している。
「感情の余剰によって生まれた四終の意思は、既に消えている! 彼らはあの夢にとらわれた何十億もの魂へ、その心をささげたのだ! それはもう、戻ってくることはない!」
「それでも! 意思は消えても、精神は消えても、魂さえ消えても! 感謝という遺志は消えないわ! それは今ここで、余剰分によって顕になる!」
E.O.Sが鳴動し、蛇太郎を包み込んだ。
そして安全なはずの最後の勝利者の中から、彼をはじき出す。
玉、鎖、けん。
それら三つのパーツが分離し、肥大化していく。
「これは……こんなことが?」
「それは本来なかった機能……マロンが注ぎ続けた結果、生まれた機能」
「それを使う資格は、貴方にしかないわ。蛇太郎君……貴方は無価値ではないし、無力じゃない!」
七人目の英雄、蛇太郎。
彼は巨大化した玉の上に立っていた。
その手には王笏と化したけんがあり、彼の背には円環となって回転する鎖が浮かんでいる。
「君こそ、私たちの英雄だ!」
「呼びなさい……貴方の、大切な仲間を!」
「来い……ステージギミック! メーカートラブル! マスターアップ! オフィシャルインフォメーション!」
本来ありえざる、四終の同時召喚。
冥王を守護するように浮かぶ、心無き四体の怪物。
それらはただ、蛇太郎の指示を待っていた。
「対甲種魔導器、End of service……人呑蛇太郎、冥王形態!」
生きることに飽いた、何十億もの終末願望。
それと一体化した、一塊と化した神、冥王人呑蛇太郎。
仲間とともに戦うことを望んだ彼に、E.O.Sは応えていた。
「コクソウ技……粗製乱造!」
召喚された四体の悪夢は、その眷属を吐き出していく。
本来ならあり得なかった、拡張された機能。
膨大な数の『不快感』が、面白くない存在が、うんざりが生産されていく。
昏というモンスターたちに、『面白くない』が押し寄せていく!
「な、なに……え、なにコレ?! こんな技、E.O.Sにはなかったはずじゃ?!」
「で、でも、四終技とちがって、出せば勝てるような技ではない、よね?!」
「だったら……って、なに?!」
一定時間は倒せない、破壊された後も空中に判定が残っている、攻撃をしようとすればそのたびにダイスロールやコイントスが発生する、逃走することができない。
一体一体がひたすらに雑魚でも、倒すことに手間や時間がかかりすぎる。
なんの爽快感もない、ただイライラさせるだけのうんざり……。
すなわち、遅延、妨害、遅滞戦術!
商品としては無意味の無価値でも、兵器と考えれば有用だった。
「コクソウ技……在庫放出!」
増産され続ける『時間の無駄』が、昏の侵攻を押しとどめる。
出せば勝利が確定する、E.O.S。その拡張機能が、負けを引き延ばすことだとは笑えない。
「時間を潰す……か、これだけなら特に勝ち目はないな」
冥王そのものとなった蛇太郎は、自分の得た力を認識して自嘲する。
だがその自嘲に、絶望は見えない。
今の彼は、自分が有用であると認識していた。
「それでも……狼太郎さん、兎太郎さん、牛太郎君! ここからは、俺も戦います!」
神のごとき姿に至った英雄は、その姿を戦場にさらしていた。
そして……。
「……阿部さん、相田さん。兎太郎さんのことを、頼みます」
「ああ……任せてくれ、君の期待を裏切らない」
「私たちを犠牲にしてでも、守り切ってみせるわ!」
(アベ? アイダ?)
何が何やらわからぬまま、戦場は『膠着』する。
そう、これは数字であり数値。
アヴェンジャーとアイーダの参戦と、それに合わせたE.O.Sの拡張機能。
それらが正常に機能した結果、昏たちは押し込むことに苦労し始めた。
だが、それだけである。
このまま戦い続ければ、人数でも戦力でもはるかに上回る昏が勝つだろう。
そう、このままなら、そうなるしかない。
『お前ら……わかるか? アバターシステムが、俺たちに何かを伝えようとしている』
『違いますよ、ご主人様。そんなあいまいなのじゃない……!』
『これは……ナビゲーションだよ!』
『ランデブーポイントを、私たちに伝えようとしているんだわ!』
『……こんなことって、あるのね』
兎太郎とその仲間が、その装備から伝わってくるメッセージを受信している。
点滅は激しくなり、もはや目視することが難しいほどに。
そして、その時は訪れた。
瘴気世界の空に、晴れ渡る空に、亀裂が走った。
まるで絵画を、モニターを破壊するように、何かが空間の壁を突き破ろうとしてくる。
さながら、異次元からの侵略者。
あまりにも強引に、招かれざる客が、この世界へ土足で踏み入ろうとしてくる。
強引に、力押しで、空間を破っていく。
まるでパニックムービーで、モンスターがドアを打ち破ろうとしているように。
それは、この世界に押し入った。
脅威の生命である昏たちは、それを見上げる。
自分たちを影で包む、巨大建造物を見上げる。
その船体に書かれた、巨大な文字を読む。
「Wish……願い?」
そう、その船の名前は……。
新生国際宇宙局所属、深宇宙探査戦艦、Wish。
船体に刻まれているように、願いを意味する名前を背負った船であった。
だがその船体そのものをみて、楽園の英雄たちはうろたえた。
願いなる名前など些細なこと、その造形を彼らは知っていた。
なぜならそれは、未完成のまま崩壊した船の、完成予想図そのものだったのだから。
結局完成しなかったはずの、想像上の存在。
それが完成した姿で、瘴気世界を航行している。
その事実に、狼太郎でさえ動揺を隠せない。
「はあまったく、あんたたちがボケッとしているから、けっきょく助けが来ちゃったじゃないの」
「そ、そんなことを言ったら可哀そうよ! みんな一生懸命頑張っていたじゃない!」
「ええ、E.O.Sにあんな機能があったとは知りませんでした。加えてアヴェンジャーとアイーダ姫のことも……想定外。ですがここからは、私たちも参戦します」
その困惑している戦場に、甲種の昏が参戦する。
ただ一体でドラゴンズランドを殲滅する、この瘴気世界の最強種。
その力を帯びたものが、四体も戦場に現れる。
それは本来決定的で、どうにもならないものだ。
だが、その甲種たちの顔は、硬い。
「……追いつかれたわね」
スザクは見上げた。
かつて敗走を選ばざるを得なかった、恐るべき強敵の存在を感じ取ったからだ。
※
深宇宙探査戦艦ウィッシュ、その甲板に一人の英雄と、その仲間が姿を見せた。
「いつもこうだ……いつもこうなんだ」
十人目の英雄、消えた匿名、聖域の神、後先雁太郎。
「肝心な時に限って……一番最後に出発することになって、そのくせ一番最初に到着するんだ……なんでだろうな」
英雄たちの祭典を汚した『墓暴き事件』を迷宮入りに導いた男は、この凶悪な生命の世界の空で自嘲していた。
その彼の背後には、彼の仲間が控えている。
全員が武装している、亜人、鬼だった。全員がうら若き女性なのだが、先祖から受け継いだ男性名を名乗っている。
「それは~~、もう運命っていうか、そういう星の下に生まれたってことで納得するしかないんじゃ?」
大鬼、田中新兵衛。
「悪いことでもないでしょう。正直、後になったら怖いので……」
小鬼、河上彦斎。
「ねえねえ、あれあれ、アヴェンジャーとアイーダ姫じゃん……?! 心霊現象じゃん! ご主人様、写真撮らないと!」
赤鬼、岡田以蔵。
「そんなわけが……本当にいるわね、どういうこと?」
角鬼、中村半次郎。
一族郎党、先祖代々、殺人鬼。
太古の昔から人殺しの技を現代に伝える、鬼の名家。
すなわち、四大殺人鬼である。
その彼らに遅れる形で、九人目の英雄とその一行が現れる。
「……」
九人目の英雄、魂の継承者、武芸の神、水面蛙太郎。ひたすらに無言な、大橋流古武術の継承者である。
「はあ?! あのクソがマジでいるの?! どの面下げているの?!」
その彼の周囲を飛び回るのは、フェアリー、ヌヌ。
「本当にいた、ここにいたんだ……ムサシボウ様を殺した、あいつが……!」
蛙太郎に背負われている、ミミックのキキ。
ぶふぅるるる……!
蛙太郎を背負う、八本脚の軍馬。スレイプニル、ラク。
それら三体は、怨敵を見つけて高ぶっていた。
だがその面々を、当の本人は諫める。
「お前たち、それぐらいにしておけ。何度も言うが、アレは私の不覚……彼に非はない」
哀しみの鎧に宿った亡霊、ムサシボウは静かにアヴェンジャーを見つめている。
そして……。
楽園世界において、天帝、冥王と並んで語られる英雄が現れる。
「すみません、遅れました! 子供がぐずってしまって……あやしていたら、こんな時間に!」
貧弱な人間が普通の楽園世界において、なお貧弱な姿の、幼い容姿の男性だった。
その彼は、四体の凶悪なモンスターを従えて、この甲板に身を晒す。
「子供を寝かしつけていたら、呼び出された……殺す! 星ごと殺す!」
黒を基本とした硬質な皮膚が、脈動するように柔らかく変形を続けている。
シルエットこそ人間の女性に近いが、明らかに楽園、瘴気世界とは起源の異なる姿の怪物。
かつて単独でいくつもの星を滅ぼした怪物を元とする、新しい命。
甲種宇宙怪獣型モンスター、アルフ・アーの昏、起。
「ママになってから日は浅いので不十分ですが……戦闘はお任せを!」
無機物、機械、兵器。巨大なそれらが、有機物の女性に装着されていた。
これは外付けの装備ではなく、これも彼女の一部。こういう生き物であるとして生まれた、兵器を起源とする新種。
人類が生み出した最強兵器、その権化。
対乙種級エイセイ兵器、天命の了承者の昏、承。
「ここで終わらせましょうか。私たちの運命を、子供に引き継がないために」
それは、精霊に近い姿をしていた。本来ありえざる、しかし存在を予想されていた電波の精霊。
しかしただの精霊にあらざることに、生殖器を有している。
それこそ彼女が、精霊を起源とする新しい命であることの証明。
乙種精霊型モンスター、ラストメッセージの昏、結。
「おやおやおやあ? 私たちの同類が、こんなにたくさん……ずいぶんと有効活用されているようですねえ?」
さて、Aランク上位、対Aランク中位、Aランク中位。
そうそうたる顔ぶれに混じるFランクがいた。
「実に結構、攻めていて結構! いいですねえ、頑張ってますねえ!」
一番、異様だった。
彼女は長い髪をしているのだが、その髪がまずおかしい。
髪の毛の『一本一本』が、二重螺旋で構築されている。
その二重螺旋は時折ほぐれ、他の螺旋と絡み合って別の『一本の髪の毛』を構築する。
眼球、否、眼窩の中には無数の『A、T、G、C』が浮かび、めまぐるしく変動していた。
口の中を開けば、そこには喉も歯も舌もなく、ただ乱雑な化学式が溢れているのみ。
「さあて、こっちが淘汰されちゃうかもしれませんよ、ご主人様?」
癸種情報生命体型モンスター、???の昏、転。
それら、モンスターの中でも異形を極める怪物たち。
その亭主たる彼は……。
「勝ちますよ……僕は、お父さんなので!」
十一人目の英雄、始祖、雄の中の雄、葱背鴨太郎。
既に進化を、繁栄を、増殖を始めた新生物たちの父である。
九人目の英雄
魂の継承者、武芸の神、水面蛙太郎
ミミック キキ Bランク上位
フェアリー ヌヌ Bランク上位
スレイプニル ラク Bランク上位
哀しみの鎧 ムサシボウ Aランク下位以上
十人目の英雄
消えた匿名、聖域の神、後先雁太郎。
大鬼 田中新兵衛 Bランク上位 (Aランク下位)
小鬼 河上彦斎 Bランク上位 (Aランク下位)
赤鬼 岡田以蔵 Bランク上位 (Aランク下位)
角鬼 中村半次郎 Bランク上位 (Aランク下位)
十一人目の英雄
雄の中の雄、始祖、葱背鴨太郎
アルフ・アーの昏 起 Aランク上位
天命の了承者の昏 承 Aランク中位
???の昏 転 Fランク
ラストメッセージの昏 結 Aランク中位




