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ドラゴン図鑑完成への道

 冠頂く四体の魔王、その一角竜王アカネ。

 戴冠火竜たる彼女は、しかしドラゴンズランドとはほぼ無関係である。


 アカネは彼ら彼女らを保護する義務がないし、納税してもらっているわけでもないので生活に支障はない。

 なのでぶち殺しても、彼女に問題は起きないのだ。


 だが一応は自分の部下だったウズモから説得されて、アカネはなんとか抑えた。

 誠意ある謝罪、命がけの命乞いもあって、ぎりぎり殺すのは勘弁してやった。


「……はあ」


『あ、アカネ様……この度は慈悲深い判断をしていただき、ありがとうございます!』


「いいよ、おじいちゃんにはよくしてもらっていたもんね。それにウズモも、なんだかんだ言って仕事は真面目にしたし……」


『さ、さようでございますか……』


 自分の国の民に向かって大量破壊兵器をぶっ放そうとしたアカネに対して、長老は賢明な対応をしていた。

 これが愚かな人間なら『俺の国の人間に銃を向けやがったな……許さねえ! セクハラされたぐらいで、けち臭いことを!』とか言い出しそうなものである。

 なお、それを言われた場合アカネは『へえ(パァン、パァン)』と引き金を引くだろう(正しくは大量破壊兵器のスイッチをぽちっと押す)。

 引き金の軽い相手にうかつなことを言うのは、それこそバカである。


「アカネ……えらいぞ。今のお前の姿を見ただけで、俺の中でドラゴンの株が上がった」

「ご主人様……そういってもらうのは嬉しいけどさぁ……本当にマジで、クツロのところの亜人が一番頭いいよ、まったく……私も亜人の王になればよかった」

「それを言われた私はどう思えばいいのかしら……」


 ともあれ、事態の収拾はついた。


 まあ『竜王がすげえ強くて怖かったので従います』というスタンスは、賢いのか馬鹿なのかわからないが、とりあえず収拾はついた。

 大量破壊兵器による威嚇は、ある意味究極のパワハラかもしれない。

 セクハラへのカウンターがパワハラというのは、同種ゆえの決着なのか。


「それじゃあドラゴンズランドに案内してくれるんだよね?」


『はい、もちろんでございます! ウズモ、ご案内するぞ!』


『うっす!』


 長老とその孫は、これ以上話がこじれないうちに、一気に事態を動かすことにした。

 さすがは貴竜の頂点、とても賢い。


『っつうか、アカネ様がマジでレックスプラズマをぶっ放すとは思ってなかったっす……』


(アレ、マジで撃つ前だったのか……)


 とりあえず一行は、ウズモに乗り込んでドラゴンズランドに入ることになった。

 なんか目標の直前で足止めをくらっていたが、万全な歓迎体勢で入国することになる。


「あ、あの、狐太郎様。例の件に関しては……」

「この場は冷え切っているからな、あとで竜の民にお願いしておくよ。安心してくれ、君の働きには報いる」


 やや無礼なことを口にするバブルだが、それに対して狐太郎は速やかな返事をする。それこそ、他の三人が咎める暇もないほどに。


「アカネ、例の話はそのままでいいな?」

「……うん、やっちゃって」



 さて、いまさらだが……。

 バブルの究極的な目標は、ドラゴンズランドでドラゴン図鑑を完成させることである。

 短期間で全種を完全に調べるなど誰にもできまいが、それでもできる限りは調べたいであろう。


 そして、ドラゴンの生態を調べるというのは、ただ身長体重形状などの数値を計測するだけではない。

 如何に求愛をするのか、家族構成はどうなのか、親は子をどう教育するのか、という行動の把握も重大である。


 それを調べられる機会があるのなら、学者は絶対に記録するだろう。

 そこには金に換えられない価値がある。


 当然、バブルもそれを記録したがったが、アカネにしてみれば恥部である。

 他種族から見れば求愛行動でも、自種族からすればセクハラなのだ。それも自分に向けてのものなのだから、面白いわけがない。

 ではどうしたのかと言えば……。


 もっと、記録させることにしたのである。


『あの~~……親父、まだこのポーズとって無いとダメ?』

『やってろ、アカネ様に言いつけるぞ』

『……はい』


 アカネに求愛していた若きドラゴンたちは、現在バブルの前で列をなしていた。

 親たちが監視する中で、バブルの求めるままにポーズを決めていたのである。


「はい、ありがとうございました! では次は、威嚇のポーズを!」


『承知した……やれ』

『はい』


 威嚇のポーズ、降参のポーズ、弛緩のポーズ、寝るときのポーズ、食事のポーズ。

 それら一つ一つを固定させて、バブルはスケッチをとっていた。


 つまりは、求愛のポーズだけ記録するから(アカネ的に)いやらしいのであって、多種多様なポーズに紛れ込ませればいいのである。

 それこそ図鑑に出てくるような、あるいはゲームのキャラの差分のようにすれば、下品さはいっさいなくなる。

 資料的価値は一気に高まり、なおかつアカネやドラゴンへの醜聞も控えられるのだ。


『はずい……』


 なお、描かれるドラゴンたちの負担は、著しかった。

 なんでひ弱な人間に言われるがままに、ジェスチャーをしなければならないのか。

 若きドラゴンたちは、現状を嘆いていた。とはいえ、逆らうとマジでレックスプラズマなので、仕方ないともいえる。


「改めてさあ……アカネ様って竜王なんだな。これだけのドラゴンが恐れおののいているんだもんなあ」

「それはそうでしょう、この間の戦争では英雄二人をまとめて焼き殺したのよ? それも、北の戦場から西のコンロン山の頂を狙ってよ? そんなの、英雄でも無理よ」


 キコリとマーメは、その光景を見てあっけにとられつつも、しかし納得していた。

 英雄二人をまとめて殺せる力を向けられたのなら、乙種や丙種がひれ伏すのも不思議ではない。

 アレを向けられるぐらいなら、少々の恥は飲み込むだろう。


「この間もムカデを殺してたし……そりゃあ尊敬されるでしょう」

「あの時か……俺たちはさっぱりだったけどな……」


 その二人は、そろってロバーを見た。

 バブルに負けないぐらい楽しみにしていた彼は、果たして何をしているのか。


「海にいるドラゴンで一番偉いのは、乙種、Aランク中位モンスター、リュウグウノヌシって言うんですね?! 他の海の乙種とか、もっと詳しく教えてください!」

「それでしたら、この本などをどうぞ……」

「わあ! こんなに! もらっちゃっていいんですか?!」


 彼は竜の民、その神官からレクチャーを受けていた。

 実物のドラゴンを見ながら、そのドラゴンのことが書かれている本を読む。

 なんとも贅沢な時間を、彼は過ごしていた。

 これはこれで、文化的に価値があるものだと思われる。


「まあ……よかったんじゃないか?」

「そ、そうよね……温度差はあるけども……私たちもなんだかんだ言って楽しいし……」


 狐太郎も気にしていたが、あそこまで努力して、あれだけ危ない目にあって、それを完遂したのに目的を達成できないというのは残念である。

 いや、世をはかなむレベルだろう。いやあ、報われてよかった。


(俺もあれぐらいはしゃげたら幸せなんだろうけどなあ……)

(子供のままでいられたら……いや、大人になれないのは嫌だけども……)


 キコリとマーメは、報われているとは言い切れなかった。

 とはいえ、この状況が凄いことは認めており、素直に喜べないことを残念に思っていた。



 さて、狐太郎たちである。

 現在彼らは、山車(だし)に乗せられていた。

 そう、お祭りでよく見る、車輪で移動する神輿みたいなものである。


 現在狐太郎はそれに乗っているわけだが、神の代理だとかではない。

 事実上、新しい最高神として乗せられている。

 なんなら、今後の行事でこれに祀られる者は、狐太郎の代理ということになるだろう。

 竜が強いたわけではない、単に竜の民が最上級の迎えをしようとしたらこうなっただけだ。


 そして恐るべきことに……この山車を引いているのは、Aランク下位、丙種の竜である。

 普通なら選ばれた牛や馬、他の家畜にやらせるところだが、このドラゴンズランドにおいて『下級神』として扱われる丙種がそれをやっているのだ。


 その光景を見るだけで、一般的な竜の民たちは恐れ入る。

 Aランクのモンスター、それも知恵ある竜を牛扱いするとは、どんな神が山車に乗っているのか。

 もはや見ることさえ恐れ多く、大勢がひれ伏していた。


「俺さあ……今までも王様扱いだったけど、それはまあ慣れたんだよ。なんだかんだ言って、央土の為に頑張ったし……いいかなって。でも初めて来た土地で神様扱いされるとさあ……逆に馬鹿にされているんじゃないかって気分になる」


 さて、山車の上である。

 はっきり言うが、かなり大きい。正確には、広いと言っていいのかもしれない。

 この世界における山車が基本的に大きいのか、それとも特別製なのかわからない。だが最上段であるにもかかわらず、狐太郎たち一行が座っていても狭くない程度には広かった。

 クツロやアカネがかなり場所をとっているはずだから、狐太郎ぐらいの人間なら十人座っても平気だろう。

 それほどの山車の上に座っている狐太郎だが、はっきり言って尻が痛かった。地面の舗装が不十分だからか、木製の車輪のせいか、車高が高いせいか、それとも丙種のドラゴンが引いているからか、とにかく揺れる。

 はっきり言って気分が悪くなってきた。


「なあ……もしも俺がここで吐いたら、どうなると思う? やっぱり神話になると思う?」


 今まさに、神話の時代が来ていた。

 一挙一動が神話の文句となり、後世に残ろうとしている。

 果たして彼がこの状況で吐いたことに、どんな意味があるのだろうか。

 神話を読む人々は、きっと様々な解釈をするに違いない。

 その中にはひねくれものがいて『単に乗り心地が悪かっただけじゃね?』と、当時の道路事情や乗り物事情を調べて無粋なことを言うのだろうが……。

 それが実際には正解なのである。


「あ、ご主人様。なんか着いたみたいだよ」

「そ、そうか……」


 起き上がろうとした狐太郎は、しかし止まった山車の上でよろめいた。


(いかん、このままだと落ちて死ぬ……!)


 何分山車は山車なので、急な階段しかない。仮にこの調子で降りれば、転落死しかねない。

 ドラゴンズランドまで来てお祭り用の移動車両で転落死とか、悲劇的な死が過ぎる。


「ご主人様、大丈夫? 私が下ろす?」

「ササゲ……頼む」


 悪魔に普通に心配されて、普通に助けてもらう男、四冠の狐太郎。

 彼は悪魔であるササゲに抱えてもらって、そのまま山車の上からやんわりと降りていった。


 そしてその降りた先にあるのは……やはり神社のような木造の神殿だった。

 大きな特徴としては、海に面しているということだろう。

 とても見通しがよく、壁らしいものがほとんどない。柱以外は、ほとんど視界を遮らなかった。

 そのため必然的に、建物の向こう側に海が見えた。それこそ、素通しのように海しか見えない。


「狐太郎様~~、アカネ様~~、こちらへ~~!」


 ある意味当たり前だが、狐太郎とアカネを呼んでおり、他の三体はおまけの扱いである。

 だがそれは突っ込むところではない。土地柄を考えれば、むしろ当然だった。

 分けるように誘導されない限り、文句を言うことはない。


(しかし……当然ちゃあ当然だが、コゴエはともかくクツロやササゲが入っても文句言わないんだな……思っても言えないだろうしな……)


 まあ他でもないアカネや狐太郎が咎めていないのに、神官たちが咎めることはできまい。

 むしろ今までのルールが撤廃されるぐらいの勢いで、新しいルールが構築される可能性もある。

 なにせ狐太郎とアカネは、権威という意味において上限を突破した存在なのだから。


「ご主人様、海中の精霊が騒いでおります。おそらく……クラウドラインと同等の、海中最強格のドラゴンが潜んでいるのかと」

「まあこの状況で襲撃とか見物はないでしょ、私たちになにかを見せるんじゃないかしら」

「もともとの用途はわからないけど……豪華な見物席ねえ……」


 一行はあらかじめ用意されていた座布団に座る。

 それは一種異様なことに……狐太郎の座布団は五枚重ねで、アカネの座布団は三枚重ね、他の三体は一枚だけだった。

 厚遇しよう、という気概は感じられる。だが狐太郎とアカネは……。


「なんか馬鹿にされているみたいだな……」

「うん……」


 厚遇したいという思いは伝わるが、笑顔になれるわけではなかった。

 これが「真心」や「おもてなし」の限界なのかもしれない。


 そう思っていると、さらに竜の民は畳みかけてきた。

 もっと神様扱いしなければ、という熱い想いだけをぶつけてくる。


 しゃんしゃん、という音が聞こえてきた。

 またも鈴が鳴り始め、さらに雅楽的な音楽まで始まった。

 何事かと思っていると、食事の乗った供養台的なものを持った神官たちが、厳かに歩いてくる。

 しかもその供養台を、崇めるように持っていた。


(そこまでしなくても……)


 ただ配膳をするだけなのに、まるで神事であった。

 いや、実際そうなのかもしれないが、神様である一行はめちゃくちゃドン引きしてた。

 そしてそこまでして持ってこられた料理は……。

 お茶碗に山盛りの白米、漬物、尾頭付きの鯛のような魚(塩味)、お吸い物、お茶であった。


(リアル系が来たな……)


 供養台やお箸、茶わんなどはとてもきれいな漆器である。

 金箔で装飾されていることもあって、日本でも相当な高値で取引されるような品だ。

 そしてそれに盛り付けられている食事も、まあおいしそうである。


 だがこの献立は、ちょっと地味だった。

 この国の生活水準はよくわからないが……人間に限ればそんなにいいものを食っていないらしい。


「お召し上がりください~~~……」


「うん、ありがとう」


「もったいないお言葉~~……」


 そして狐太郎の目の前には、足の長い供養台があった。

 座布団を五枚重ねにしている関係もあって、供養台を長くしないと食べにくいはず……という判断だろう。確かにそのままだとよほど手を伸ばさないといけないので、正しい判断と言える。

 だがその判断が、もっと行き届いてほしかった。


「ねえご主人様、お酒とお肉を追加していいかしら」


 なお、クツロとしては『ビーフ、オア、フィッシュ』という質問を先にしてほしかったらしい。


「……晩御飯まで待ってくれ」

「ええ?!」


「あのさあ、クツロ。ここであの食べ方するのやめてよ。私たちはいいけど、ここの人たちが困るでしょ?」

「そうよねえ……歴史に醜聞を残すわ。場合によっては、めちゃくちゃ汚く食べるのがマナー、ってなるかもしれないじゃない」

「大鬼の習性を否定しないが、ここはアカネの顔を立てろ」


 そして一行としては、それがよかった模様。


 そうこうしていると、目の前の海原で波が、渦が起き始めた。

 今までは油を流したかのような海だったはずだが、急速に変化が起こったのである。

 なぜなのかなど、考えるまでもない。


「おおお~~……」


 アカネが何かに気付いたのか、拍手を始めた。

 それに合わせるように、いくつもの竜が姿を見せる。

 とても長い胴体を持つ、海で暮らす竜、Aランク中位モンスター、リュウグウノヌシであった。


 彼らは器用に長い胴体を海上に出すと、そのままの姿勢を保ちつつ列をなして、前後左右に動き始める。

 それは一種の、シンクロナイズドスイミングだった。イルカショーの技術や規模を、比較できないほど高度にしたものであった。


 そしてそれに合わせるように、他のドラゴンたちも海面から飛び跳ね始める。

 ばしゃんばしゃんと、その巨体を海面にたたきつけて、大きいしぶきを起こしていた。

 それは狐太郎たちに飛んでくるか、と思ったが、途中で水の精霊たちがそのしぶきを止めていた。

 

「ミュージカルが始まったな……」


 狐太郎は、喜ぶというよりも圧倒されていた。

 貴竜たちが全力で、集団で演技をしている。

 それはあまりにもダイナミックで、壮大なスケールの『ミュージカル』だった。

 これには今までどこか冷ややかだった面々も、感動の渦に飲まれていく。


 それこそ「アニメーション」のような、ぬるぬるとした動き。

 貴竜たちによる芸術は、確かに狐太郎たちに届いていた。

 これにはアカネもご満悦である。


「……狐太郎様、少々よろしいでしょうか」

「ん、サカモか。もう家に帰ったのかと思ったぞ?」

「いえ、少し気になることがあったので……」


 分裂せず、一体の人間に化けているサカモ。

 彼女は狐太郎の傍に現れ、耳打ちを始めた。


「竜の民の中で、神職についていない者たちが、狐太郎様たちを見てよからぬ考えを巡らせている様子です」

「……神職が止めているのなら、放っておけ」

「いいんですか?」

「俺たちが動けば、余計にこじれるだけだ」

「俺たちの中に、私は入ってます?」

「当然だろう、サカモ(・・・)

「……へへへ、失礼しました」


 機嫌をよくしたサカモは、そのまま去っていった。

 その会話を聞いていたらしく、アカネが口を開いた。


「そういう話も、結構あるもんねえ……」


 彼女は相変わらず、目の前の光景を見ている。

 それこそ、一々他の面々を見なくていい、という気持ちの表れである。


「ご主人様がどんなモンスターも従えられるアイテムを持っていて、それで嫌がる私たちを従えているの。で、それを知った他の人が「じゃあオレが君たちを自由にしてあげる」とか言って、知恵と勇気でご主人様のアイテムを奪うんだ……」

「で、今度はその『いいご主人様』が私たちの主になってハッピーエンド……確かにありがちよね。それこそ昔話でもありそう」

「どんなモンスターも従えられるアイテムか……妄想の域だな。楽園の人間ですら不可能だろう」

「まあその楽園の人間は、すべてのモンスターを従えているけどね。従わない奴を殺していけば、そんな便利アイテムが無くても何とかなるものだしね」


 四体は『どうでもいい話』をしていた。

 なにせ存在しないのだから、どうでもいいに決まっている。


「だが……妄想したくもなるだろうよ。このドラゴンズランドにおける神、竜がこれだけ踊ってくれるんだ。自分にもその力が、アイテムがあればって考えたくもなるさ」


 狐太郎は、目を細めた。


「俺も、欲しいよ。そういう妄想はする」


 そんな便利な物、狐太郎の人生になかった。

 魔王の冠にモンスターを従える力が無いように、狐太郎にも魔王を従える力はない。

 それどころか、人間相手にもそんなものだ。


 彼は央土の最高権力者、独裁官にさえなったのに、何もかもをほしいままにすることはできなかった。


 彼の心が支配しているものなど、この世界には一つもない。


「ははは、ご主人様もそういう妄想するんだね」

「妄想で留めるのが、ご主人様のいいところよ」

「実際悪魔になんでも命令できるってなったら、嫌になって解放したくせに……」

「ご主人様のお心は、常に伝わっております」


 だがそれでもいいのだと、彼の仲間は笑って肯定する。

 そんなものが無くても、彼を尊敬している。


 天帝とは名ばかりの男ではあるが……。


 そう思われるほどに、彼のもとには力が集っている。


 ならば結局、同じことなのだろう。


 この男は、世界を支配しているに等しい。


 誰もが想像する英雄の中の英雄と、狐太郎はまったく同じなのだ。


「……みんながいれば、楽園だな。ああ、心からそう思うよ」


 愛されているのだと、狐太郎は実感していた。このなんてことのない時間に、彼は幸せを感じていた。


 これが、もうすぐ終わると知っているから。

 なお、愛おしいのだ。



 もうすぐ彼の下に、『迎えの船』が現れる。

 それが、最後の戦いの始まりだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の戦いかぁ… もうこのままアフターストーリーだけやってくれれば楽しく読めるのですが(続きは読みたい
[良い点] 愛情。 同種ではない生き物の間にも、家族愛、友愛は生まれる。 われわれの世界の人間はそうやって、狼と友達になった。 …残念な事に、その後裏切って絶滅寸前に追いやってしまったが… 狐太郎は…
[一言] 狐太郎、そのうち「地味な剣聖」の世界に迷い込みそうやな(目反らし
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