ハッピーエンドは終わらせない
ラストバトル突入!
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ダムの決壊、のようなものであろう。
マロンが貯めこんでいた運命の流れが、蛇太郎の暴挙によって一気に崩れた。
正気に戻ったアヴェンジャーとアイーダ。数千年ぶりに二人とまともに話をして、マロンは混乱の境地に達している。
夢と現のはざまにて、彼は涙を流しながらあえいでいた。
「あああ……あああ……!」
二人から感謝された、とてもうれしかった。
二人から辞めようと言われた、とても悲しかった。
二つの感情の量が、尋常ではない。
元より感受性の高い妖精であるため、マロンの心中は荒れに荒れている。
だからこそ彼は、まったく心が落ち着かなかった。
だがしかし、それはあくまでも感情の話である。
彼はあくまでも、夢の世界を続けるつもりだった。
今彼は、はざまにいる。世界の外と言ってもいい場所には、五枚の世界と、EOSだけがある。
五枚の世界……円盤の外見をしている五つの夢は、すべてマロンの作品だ。
傍から見ればDVDやCDでしかないが、近くで見ればその内容量が分かる。衛星軌道上から国を見下ろしているかのように、円盤の表面にはぎっしりと映像が詰まっている。
これがただのまやかしではなく、真に迫ったまやかしなのだから、マロンの惜しむ気持ちもわかるというものだ。
「これを……全部捨てる? そんなこと……嫌に決まってる!」
栄光の世界の住人とは、それこそスケールが違う。
この数千年間、マロンは一人で世界を拡大させ続けた。
どの部分をみても、その時の苦労がよみがえるほどに、すべての世界のすべてのパーツに思い入れがある。いや、それどころか空白と呼べる場所さえも、だ。
いくら二人のための世界とは言え、その二人にさえ止められたくなかった。
これを無にすることなど、マロンにはできない。
「まだまだ続けられるんだ……ずっとずっと続けていくんだ……EOSさえあれば……永遠に続けられる!」
マロンの歪みは、ついに手段と目的の逆転に至った。
二人がもう望んでいないにもかかわらず、世界を続けようとする。
しかしその表情に、笑みはない。
惰性というには余りにも切なすぎる、寂しさの張り付いた顔だった。
彼はその顔で、EOSを見る。魔王の宝、飽きを吸う玩具。魔王の冠にも匹敵する、強大なる宝。
製作者である魔王自身さえ手にすることができなかったそれを、現在マロンは独占している。
なるほど、一妖精には過ぎた宝かもしれない。しかし彼がそれだけの力を注いだことは事実であるし、そもそも誰がこれを手にする資格を持つのか。
幾千幾万幾億もの倦怠。
何十億もの人間が、自殺したくなるほどの『飽き』。
それを背負う資格者など、どこにいるのか。
「……マロン」
宙に浮かぶ、EOS。今もなお飽きを供給され続けているそれの様子が、一気に変わっていった。
「めでたしめでたしは……いつまでもいつまでもは……」
飽きるという感情の吸い上げが、一瞬で止まった。
あふれ出る倦怠の感情が、靄となって収縮する。
死を求める心の声に満ちた空間に、一人の男が出現する。
「おしまいだ!」
これでもかと目を見開いて、できる限りの怒りと覚悟を表して、天命を請け負った蛇太郎がEOSを手にする。
願いや祈りに達した自殺願望へ応えるように、蛇太郎は決然たる覚悟を叫ぶ。
「な……なんてことを……! EOSを完成させるなんて、そんな……!」
「おしまいだ……ああ、おしまいだ!」
もう、引く道はない。
マロン以上に下がる場所を失った蛇太郎は、投げ出したくなる使命を握りしめる。
「マロン……あの二人は、お前を殺すなと言った! お前を許してくれと、俺にすがった! だが俺は、それを振り払ってここにいる!」
絶望する妖精へ、欺瞞をぶつける。
一刻も早く殺してくれと願う祈りの中で、まったく無意味な嘘を口にする。
それは一体、誰のためなのか。
「俺は! 俺が! 俺の為に! この夢の世界を……ぶっ壊す!」
だが意味のない欺瞞以外のすべて、この夢を終わらせるという行為。
それはすべて、夢の住人のためにある。
「お前を、殺す!」
終わらせなければならない夢が、ここにある。
誰も続くことを望んでいない夢が、ここにある。
その夢の膨大さに比べれば、蛇太郎という個人のなんと矮小なことか。
運命という大きな流れに乗った蛇太郎は、迷いを覚える余裕さえなく突き進む。
「……やめろ、やめろ、やめろ! やめてくれ!」
蛇太郎は己だけで進んでいるのではない、せき止められていた感情に背を押されている。
それはあまりにも止めがたく、抵抗し難い。
マロンは夢の一つを背にして、助けを乞うことしかできない。
「これは……僕の生きた証! 僕があの二人のためにできた、唯一のことなんだ! それを……消さないでくれ!」
「断る!」
もう、こらえられなかった。
蛇太郎は完成したEOSを、起動させようとする。
けん玉に似た形の魔動機、その球をけんから引き抜く。
「起きろ! End of service!」
終末のラッパが鳴り響くのと同義、葬の宝が起動する瞬間。
あまりにも最悪な代物が、夢と現のはざまで覚醒した。
「……こ、これが、EOS!」
「そうだ……お前の行動の結果だ!」
「やめろ、やめろ!」
マロンの叫びに合わせて、彼が守る史実の世界以外の四つに、守護するモンスターが現れる。
それは当然ながら、蛇太郎と旅をした四体だった。
「やめて、ご主人様! 私たちの世界を、壊さないで!」
グリフォンのリームが、日常の世界を背負うようにしてかばう。
「私と一緒に過ごした場所を……時間を、消してしまわないで!」
アルトロンのラージュが、栄光の世界を抱きしめるように隠す。
「ご主人様……嫌いだからって消すのはおかしいって、私に言ってくれたじゃない!」
インテリジェンススライムのポップが、修羅の世界を両手を広げて守ろうとする。
「我らの戦いを、無に帰するおつもりですか……その願いには、従えません!」
阿修羅のヤドゥが、牧歌の世界の前で正座する。
誰もが動かぬ構え、自分ごと殺せという姿だった。
「……!」
その『姿』をみて、蛇太郎の手が止まりかける。
今もなお祈りに圧されている中で、それでも手が止まりかけた。
彼自身こそが、一番わかっている。
このためらいに、何の意味もないことを。
だが、思い出はいつも美しい。
蛇太郎の中に有る「真実」が、彼を止めかける。
『シシシシシ、どうしたまだ何もしていないだろう。後悔するには早すぎる、迷うにしては遅すぎるぞ』
『ジゴジゴジゴジゴ……もう何をするべきか、お前は決めているはずだ』
『ジャジャジャ! 臆してもいいぞ、ためらっていいぞ、だが振り下ろせ!』
『テンテンテン。私たちは知っていますよ、貴方が決断を済ませていることを、そしてそれを裏切らないことを』
その彼の周囲に、モンスターが現れる。
今まで蛇太郎が下してきた四体のナイトメア、四体の四終である。
「ステージギミック、メーカートラブル、マスターアップ、オフィシャルインフォメーション……!」
その姿を見て、蛇太郎は思い出した。
四体の怪物が、それぞれに予言を残していたと。
今まさに、それが成就するときが来たのだ。
『お前を、待っていた。誰もが、お前を待っていた。同情の余地がある者へ、間違っていると断じることが出来る者をな』
『マロンが連れてくる者の中に、いつか貴方のようなものが現れること。それを待つことしかできなかった』
『それが来てくれた以上、我らはついになすべきことを成すのみ。多くの者が、いやすべての者が、それを待っている』
『共に終わらせましょう……その先が、本当に無だったとしても』
不思議な感覚だった。
蛇太郎の中に、勇気が湧いてくる。
姿かたちは、美少女でも何でもない。
以前戦ったときと変わらない、世界を滅ぼす災厄の怪物。
だが同じ方を向いて、目的を共有している。
それだけで、たまらなく頼もしい。
「……!」
思わず、唇が震えた。
倦怠の渦の中で、歓喜の沸き上がりを感じた。
「四終……わかっているのか! 感情の余剰分で自我を得たお前たちは、供給され続けなければその心を失うんだぞ! 完成しても、外側しか残らないんだぞ!」
それを切り裂くように、マロンが叫ぶ。
知っているはずだったことを聞いて、蛇太郎は歓喜を失った。
自分はこれから、彼らに消えろと命じなければならないのだ。
『シシシ! 望むところ! 我らは元より、それを目指していた!』
『ジゴジゴジゴ! 我らは人の終末を守る者……人と共に滅ぶは必定よ!』
『ジャジャジャ! その脅しが通じると、今更思っているのか!』
四終は笑う。
彼らは明るく、そしてはっきりとしていた。
『テンテンテン……蛇太郎よ、貴方は知っているでしょう』
「オフィシャルインフォメーション……」
『仲間を騙して死中に追いやることと、仲間に死んでくれと頼むことは違うのだと。それを、身をもって知った後のはず』
「そうだな……そうだな……!」
ああ、友達が欲しかった。
ああ、仲間が欲しかった。
誰かのため、自分のために、死んでくれる友達が欲しかった。
なんて、エゴだ。実際にそれを得た後には、たまらなく罪深く思う。
だがそれでも……嬉しくて、涙が止まらない。
「……行くぞ、みんな!」
『応!』
向かう先には『仲間』がいた。
苦しくないわけがない、つらくないわけがない。
でも、決意はここにある。
「やめろ……やめろ!」
ついに、抵抗の策を使い切ったマロン。
夢の世界を守ってきた彼は、叫ぶことしかできない。
「あの二人がようやくたどり着いた……ハッピーエンドは終わらせない!」
悠久の時を、その言葉を支えに走ってきた。
だからこそ、その言葉こそが最後の希望。
『愚かな』
だがそれは、通じない。
マロンにとって意味がある言葉であり、他の誰にも通じない。
『もうお前の思い通りにはさせん! 私たちは、結末の先へ向かう!』
『昨日までと同じ明日などいらない! 停滞する未来などいらない! 私たちは最後の瞬間に進む!』
『誰がお前を肯定しても、私たちはお前を否定する!』
『過去にしがみつく亡霊め……消え失せろ!』
そして四終の言葉は、終末を求める人々の願い。
それを受けて、冥王は立ち向かう。
人はいつか、消えてなくなるべきなのだと。
「対甲種魔導機、End of service、鉄球形態!」
けん玉の球を振り回しながら、その狙いを日常の世界へ向ける。
「来い、ステージギミック!」
『応!』
「お願いだよ……話を聞いてよ、ご主人様!」
泣き叫ぶリームへ、その背中にある世界のすべてへ、隕石を振り下ろす。
いつかのように、活力の限りを込めて。
「もっともっと……楽しい場所があるんだよ! 一緒に行きたかったところがあるんだよ!」
「国葬技! 四終、死!」
ゆうに十億を超える魂が過ごす、日常の世界。
誰もが明るく楽しい生活をしている、刺激と平和に満ちた世界。
そこにいる誰もが、向かってくる隕石を見ていた。
「製作済みの結末!」
『全員、ぶっ殺してやる!』
「ああ! 隕石だ! どんどん大きくなってくるよ!」
「やっと降ってくるのか……待ってたかいがあったなあ」
「ねえ、見て……すごく格好いい」
「君と一緒に終われるなんて……幸せだね」
「ずっと手を握っていてね?」
「やめてええええええ!」
誰もが、それを受け入れる。
リームだけが、泣き叫びながらそれに呑まれた。
『やっと、殺してやれたんだな……遅くなって、すまない』
世界が砕けると同時に、隕石もまた消えていく。
ただ技が発動を終えただけではない、その人格が消えていくのだ。
「ああ!」
「……!」
殺した、消した。
グリフォンのリームが守っていた円盤世界は、隕石によって叩き潰された。
封じられていた魂が、滝のようにあふれて消えていく。
十億以上の安息を砕いた。
その事実を受け止めきるより先に、蛇太郎は次へ武器を向ける。
「End of service、鉄槌形態! 来い、メーカートラブル!」
『今度は私か! ああ、待っていたぞ!』
アルトロンのラージュが守る栄光の世界へ、鉄槌を振りかぶった。
自分が粉砕したものの重さが脳をよぎるなか、蛇太郎は地獄を解き放つ。
「ご主人様……私と一緒に過ごした時間は、全部どうでもよかったって言うんですか!」
「国葬技! 四終、地獄!」
やはり十数億の魂が過ごす、栄光の世界。
誰もが時間を忘れて創作に打ち込み、平和的に競い合う世界。
そこで生み出されたあらゆる創作物が、創作者たちが地獄に飲み込まれて消えていく。
「集積中枢物理崩壊!」
『地獄に、落ちろぉお!』
「はあ……結局完成しなかったな」
「仕方ない、ここで止めるか」
「こうもきれいさっぱり消えるなら、いっそすがすがしいもんだな」
「勝ちたかったような、そうでもなかったような……」
「いや、いや、いや、ご主人様!」
人々は、突然の崩壊を受け入れる。
アルトロンのラージュだけは、呑み込まれる直前まで悲鳴を上げ続けた。
だが、何もかもが地獄に落ちていく。それを止めるすべは、誰にもない。
『これでいいのだ……創作を辞める機会を奪われるなど……地獄にも勝る苦しみなのだから』
炎と氷、呑み込む暗黒。それらの混ざった四終、メーカートラブル。
彼は自らを生み出した魂と、その成果物をすべて飲み込むと、安堵したように自己の圧力に負けて小さくなり、消え失せた。
「End of service、鉄剣形態! 来い、マスターアップ!」
『待ちわびたぞ、この時をな!』
ポップの守る修羅の世界に、蛇太郎は鉄剣を振りかぶる。
その背後には天秤が浮かび、今か今かと揺れている。
「ここまでしないといけない理由があるの? 私たちを切り捨ててどこへ行くの?」
「国葬技! 四終、最後の審判!」
十億を超える魂が過ごす、修羅の世界。
二つの陣営に分かれ、いつまでも戦い続ける世界。
選手もサポーターも、敵も味方も、誰もが切り裂かれていく。
勝敗とは無関係に、理不尽なる裁定を誰もが受け入れていた。
「第三者による決着!」
『決着の時だ、裁きを受けるがいい!』
「これで試合終了か……勝ったのか負けたのかも分からないな……」
「いいじゃないか……もう勝ったか負けたかなんて」
「いいプレーができたし、いい対戦相手に恵まれたしな」
「楽しかった~~!」
「なんでよ……どうしてよ……ご主人、様……」
決着は、さわやかに。
熱狂を強いられてきた魂たちは、安息を得ていた。
『……私が至らぬばかりに、裁定が遅くなった。許してくれ』
絶対の権力を与えられたはずの審判は、それ相応の義務が課せられる。
それを果たせなかったマスターアップは、最後に自らを切り刻んで消えた。
「End of service、鉄杖形態! 来い、オフィシャルインフォメーション!」
『ええ……ああ……私で最後ですね』
鉄杖を、牧歌の世界へ向ける蛇太郎。
その目は開いているが、涙をたたえていた。
その眼球が、何を見ることをできるだろう。
だがそれでも鉄の杖を、前に向けることは止めなかった。
『……貴方に、感謝を。夢に縛られた人々に代わって……心から、お礼を』
「お礼なんて……」
四分の三を殺した、少なく見積もっても三十億以上も殺した。
まだ四分の一、十数億も残っている。
蛇太郎は、弱音がでかけていた。
「お礼なんて……いうなよ」
『貴方は、お優しい方だ。どうか……気に病まず』
目を閉じる、涙がこぼれる、現実の直視が一瞬止まる。
このまま目を閉じていたら、夢から覚めるだろうか。
何もなかったかのように、朝を迎えられるだろうか。
何もなかったことに、していいのだろうか。
いいわけが、ない。
「国葬技!」
「なぜですか、ご主人様!」
「四終、天国!」
「なぜ、返事をしてくださらないのですか!」
仲間と世界へ、仲間をぶつける。
その苦行を蛇太郎はやり遂げた。
「公式にして非公式!」
『天国へ……召されよ!』
残った人々が、光に包まれて消えていく。
それは変わらない仕事を文句ひとつ言わずにこなしていた人々への、最後のご褒美のようだった。
「ああ、やっとお迎えが来たか……」
「これでもう、仕事も終わりかあ……」
「さあて、天国はどんなところなんだろうなあ」
「働かなくてもいい、夢みたいなところらしいぜ」
「なぜです……いつも、話をしてくださったのに……」
一切の苦痛はなく、眠るように消えていく。
それをもたらしたオフィシャルインフォメーションは、その文字盤に最後のメッセージを添える。
『……大変お疲れさまでした、どうか安らかにお休みください』
最後の四終は満足気に言い残すと、一切の光を失って闇と同化していった。
そして、魂が解放されていく。
マロンが貯めこんだ、絞り続けてきた、人の魂が解き放たれていく。
その魂は、どこにもいかない。地獄にも天国にもいかず、ただ消え失せるのみ。
だがしかし、それこそが魂たちの望みだった。
心と命をつなぎ留められていた何十億もの魂は、ようやく救われたのだ。
そして、残ったのは一人と一体、そして一つの世界。
あらゆる感情に満ちた蛇太郎は、もはや無表情に近い。
涙さえ枯れた彼は、すべてを失ったマロンの前に立った。
果たしてマロンは、何を口にするのか。
背後には、誰もいない史実の世界のみ。
「いつからだ」
自分が作り上げたすべてを葬った男へ、マロンは粗雑な問いを投げた。
はっきり言えば、自暴自棄だった。だがそれでも、聞かなければならなかった。
「ついさっきだ」
「なぜ気付いた」
「……材料は、いくらでもあった」
二人は分かり合っていたからこそ、言葉は少なかった。
そして何を語っているのかと言えば、隠されていた最後の真実についてである。
「史実の世界で話した理屈は、真実だろう。それならこの世界には、お前以外は人間しかいないことになる」
「……」
「あの四体について、お前は何も言及しなかった。いや……しないわけでもなかったがな」
「……」
「今にして思えば……あの四体には不自然なところが多すぎた。そして、夢の世界の住人だから、では説明がつかないことがある」
「何がだ?」
蛇太郎は悟ったのだ。
あの四体が、『人形』に過ぎないと。
「あの四体は、俺にしか話しかけなかった。あれだけ一緒にいたのに、お互いに話をすることはなかった」
「……!」
「腹話術以下の、お粗末な芸だ。それに騙されていた俺も、間抜け極まりないけどな」
夢幻泡影。
夢の世界のモンスターが、妖精の操る人形、創作物だというのは皮肉の極みであろう。
人造種のように、自我があるわけでもない。仕草や言動まで、何から何までマロンのマニュアル操作だったのだ。
「俺には最初から……仲間なんていなかった。それが、最後の真実だ」
思い出は、美しい。
サンタがいないと知った後でも、知らなかった時の思い出が色あせないように。
陥れるための人形だと知っても、自分の手で砕くには覚悟を要した。
それに比べて、自分を裏切った敵を殺すことの、なんと簡単なことか。
許すことの、なんと難しいことか。
「……僕が、僕が!」
マロンの最後の本音を聞いても、蛇太郎はどうしても許せなかった。
「僕が、楽しかったと思っているのか! 僕が、辛くなかったと思っているのか! 僕がどれだけ長い時間、こんなことをやり続けたと思っているんだ!」
EOSは人間の感情を吸い上げる。
ならば妖精の感情はそのままだ。
彼は、ずっと自分の中の飽きと戦っていたのだ。
その彼からすれば、人々は勝手に思えて仕方ないだろう。
だが、縛り付けていたのは、彼自身だ。
「僕は……ちっとも幸せじゃなかった!」
たとえ一番つらかったのが、彼自身だったとしても。
彼自身こそが、この世界の存続に飽き飽きしていたとしても。
蛇太郎は鉄球を叩きつけた、鉄槌を振り下ろした、鉄剣を振りぬいた、鉄杖を突きさした。
「あ、ああ……!」
「国葬技、奥義!」
情報が、消えていく。
電子データが喪失するように、紙の劣化で文字が読めなくなるように、石板に描かれた文字がかすれるように。
そこにいるはずのマロンの、解像度が落ちる。
鮮やかに人の心で輝いていたものが、価値を失って忘れられていくように。
「コン、テン、ツぅ……エンドぉおおおおおお!」
何もかもが、消えていく。
妖精マロンと、その背後の世界は、風化して消えていく。
それをやりきった蛇太郎は、ここで意識を失った。
夢と現のはざまで、彼は激しい流れに消えていった。
※
「ごめんなさい、蛇太郎君……貴方に、他の言葉が言えないわ」
「ああ……マロンについても、申し訳なく思う。彼はいつだって、私たちの味方だったのに……」
蛇太郎は、意識の判然としない中で、確かに聞いた。
夢から覚める中で、夢を見ていたのだ。
「でも……もう続けるわけにはいかなかった。死にたくなるほど飽きていたのなら、その時点で消えるべきだった」
「そしてそこに、生きている人を連れ込み、縛り付けるなんてしてはいけなかった」
復讐から覚め、熱愛からも覚め、現実を見た二人。
マロンが隠していたものを見てしまったがゆえに、やはりどうしようもなく苦しんでいる。
「私たちの人生の為に、多くの人生を消費してしまったわ……彼らにも、彼らの人生が、ハッピーエンドがあったはずなのに」
「だからせめて、君だけでも……ここから出てくれ。他人の作った夢の世界なんて、救うことはないんだ」
そして、感謝。
どうあがいても不幸にしかなりえない蛇太郎へ、それでも幸せになってほしいと願っていた。
「私たちのハッピーエンドはここで終わる。でも……貴方のハッピーエンドは終わらせないで」
※
その日、その時。
楽園において、何十億もの魂が解放される現象が観測された。
当時の人口の百倍近い、膨大過ぎる量の魂。何者かが長期間にわたり、何かの目的で蓄積していたことは確実だった。
それが、何者かによって解放された。
誰も、何も把握できないまま、事件は終結へ導かれた。
ただ一体、死霊となって哀しみの鎧に宿っていた、ムサシボウだけは察していた。
『まだそこにいたのか、アヴェンジャー……』
と。
Congratulations!
All Stage Clear!
Thank you for playing!




