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ほぼすべての真実

要望が多いので、この章が終わったら設定集を投稿します。

 対峙する、人間と妖精。

 蛇太郎とマロンは、今までにないほどの敵対的な視線を交わしていた。


 今まで四つの世界を救って回った間柄とは、とても思えない。

 だがむしろ、一緒に世界を回った後だからこそ、互いに失望の念が堪えないのだろう。


「……理由を聞かせてくれ」

「いいとも」


 蛇太郎もマロンも、今にも殺しにかかりそうな顔をしていた。

 だが意外にも、双方はまず事情の確認で合意していた。

 だがそれは、互いの怒りが限界を超えすぎていたからだ。


 何もわからぬまま決着というのは、双方ともに許容できなかった。

 ただそれだけである。


「僕としても……君がどれだけ罪深いことをしたのか、教えてやりたいしね」


 互いに激情を封じつつ、会話は進んでいく。

 それと同時に、周囲の景色も一変した。


 景色も、地面も、空さえも、一瞬で漆黒に染まる。

 その中で残っていたのは、蛇太郎とマロン、アイーダ姫とアヴェンジャーだった。

 それを見ても、蛇太郎は何も思わない。


「……やっぱりな」

「察していたかい? この第五の世界、史実の世界には僕たちしかいない。いや……他のすべてが記録だった、と言ったほうがいいね」


 思えば蛇太郎は、最初の段階で検証を済ませていた。

 ヌヌやキキが記録映像であると認識した時点で、他のすべてが記録であると判断してしまった。

 だが実際には、アヴェンジャーとアイーダ、そしてマロンは実体と自意識を持っていた。


「俺だってバカじゃない……ここまでくれば、さすがにわかる。阿部さんに俺を殺させるつもりだったなら、阿部さんが幻であるはずもない」

「阿部さんか……もうわかっていると思うけど、阿部というのは仮の名前で、アヴェンジャーこそが彼の正体。夢の世界で見た時の彼は、記憶を失って別人のようにふるまっていたにすぎない」

「よく言うな……お前が記憶をいじったんだろう」

「言い方が悪いのは君の方だよ、本人との合意の上でのことさ」


 どんなパズルも、ピースがそろっていなければ完成しない。

 そして現状の説明もまた、すべてのピースがそろっているからこそ可能だった。


「今からもう数千年前……僕とアイーダ、そしてアヴェンジャーは家族のように育った」

「……アヴェンジャーと、アイーダ姫」


 記憶の蓋が外れた蛇太郎は、重要なことを思い出していた。

 それこそとても有名な、楽園で語られる歴史である。


「そうさ……人間側の強大な国家の姫だったアイーダと、有力な貴族の息子だった『アヴェンジャー』……魔王の強大な術によって、名前を奪われてそう呼ぶしかないが、あの二人は僕の友達だった。仲間だった」


 妖精の感情表現によって、蛇太郎にもその誠実さが伝わってくる。

 今まで一度も感じたことがない、マロンの本音が伝わってくる。


 それと同時に、周囲の景色もそれに合わせて変わった。

 そこには、まるで絵本のような、女の子と男の子が遊ぶ姿がある。

 そして、妖精であるマロンの姿も。


「二人は幼いながらも思いあって、だんだんと気恥ずかしくなっていって……ほほえましかったよ」

「……日常の世界」

「そうだ。日常の世界では、それに近い関係だった」


 一瞬だけ、絵本のような光景から、日常の世界の光景に切り替わった。

 それは二人が、一番幸せな時代だった。いや、マロンも含めてだろうが。


「やがてアヴェンジャーは、アイーダの父親、国王へ結婚したいと願った。それに対して国王は、無茶なほどの武勲を要求した。それをかなえれば、結婚してもいいと」

「……栄光の世界」


 ここで景色は、戦場へと変わった。

 かつて人類が魔王軍と戦っていた、霊長の座を争っていた時代。

 その激戦の時代を、写実的に表現していた。


「普通なら、要求された武勲を上げるなんてできなかった。でもアヴェンジャーには、二つの特異体質があった。霊媒体質と、無損失の吸収効率……これによって彼は、戦場でも疲れ知らずに戦うことができた」


 相手の体から力を吸収する、あるいは相手の攻撃を吸収する。

 こうした系統の技は多くあるが、完全に吸収することはまず不可能である。


 術の発動に十のエネルギーが必要だったとして、相手から吸収できるエネルギーは三あればいい方だという。

 つまり、吸収すれば吸収するほど疲れてしまう。それが人間の使う吸収系の技の限界だった。(吸血鬼のように、生態として体力吸収や捕食を行うなら別となる)


 もちろん反例として、究極のモンスターの吸収形態があるわけだが、その原理が『無損失の吸収効率』なのだ。

 この体質を持っていれば、吸収系の技を使いさえすれば、相手の体力をそのまま奪えるだけではなく、相手の攻撃を無効化して自分の中にエネルギーをため込むこともできる。

 とはいえ、究極のモンスターのように『蓄積限界がない体質』を持っていなければ、エネルギーのため込みすぎで内側から破裂してしまう。


 とはいえ、戦闘継続において、脅威であることは事実。

 後先を考えずに全力で戦い続け、失った体力は敵から吸収する。

 これを繰り返すことが可能であり、一方的に損害を与え続けることができる。


 これだけでも脅威だが、霊媒体質がそれを助長する。

 戦場には多くの死霊があふれる。それはアヴェンジャーの下へ集まっていくことになるが……彼はそれを吸収できる。

 つまり、いつでも吸収できる外部タンクを持っているようなものだ。

 これによって彼は、力尽きた時周囲に敵がいなかったとしても、周囲の霊魂を吸収して力に変えられるのである。


「……それを本人が好意的に思っていたわけじゃないことは、主題としてはそこまで重要じゃない」

「……」

「だけど、彼がそうやって戦う姿は、味方からも恐れられた。敵味方を問わず死者の魂を食っているわけだからね、武勲と引き換えに評判は悪くなっていった。そして……それを口実に、アイーダの父親は結婚を白紙にした。最初から結婚させるつもりなんてなかったのにね」

「それが、修羅の世界か」


 戦いたくもないのに、味方から嫌われながらも、必死で戦い続けた。

 にもかかわらず、国王は約束を反故にした。そして周囲も、それに同調した。

 アヴェンジャーは怒り狂い、人類を滅ぼすべく魔王の配下となった。

 その光景もまた、周囲に映し出されている。


「アイーダは悲しんでいたよ……自分の為に戦ってくれたのに、自分は何もできなかったからね。そばにいた僕も、何とか慰めたいと思っていた。でも……国王は彼女に別の男を、夫としてあてがおうとした」


 蛇太郎は、怒りを維持したまま、しかし真摯に話を聞いていた。

 奇妙なことだが、話が終わった瞬間殺すつもりだったにもかかわらず、話自体は一言一句聞き漏らさなかった。

 それは彼の性格云々ではなく、それだけマロンの言葉が真剣だったからだろう。


「アイーダは、ついに決断した。僕にお願いをして、城を抜け出して……アヴェンジャーのいる戦場に向かった。そして……膨大な霊を吸収しているアヴェンジャーに抱き着き……私を連れて逃げてと……」

「……それが、さっきの光景につながったのか」

「ああ……君と違って、ムサシボウは抵抗せずに斬られたけどね」


 ここまで話して、マロンは黙った。

 それこそ、沈痛な沈黙だった。


「……これで、牧歌の世界の光景のように、誰も知らない国へ逃げて、幸せな生活をできればよかった。でもそれはできなかった、君も知っての通りムサシボウは人望に厚い。彼を討ち取ったことで、魔王軍は本気で、全力で、アヴェンジャーとアイーダを殺そうとした。逃げることはできなかった、少なくとも生きようとする限りは」

「伝説の通り、二人は心中したのか」

「ああ」


 伝説でのアヴェンジャーとアイーダは、逃げられないと悟って自殺したとされている。

 史実ではない理由は、証拠が残っておらず、そうなったのだろうという推測しかできなかったからだ。

 そして今この瞬間、史実でも伝説でもなく、真実として蛇太郎に刻まれた。


「二人は僕にこう願った……『いつまでも、幸せな夢を見せてくれ』と。そういってから、二人は互いに……僕の目の前で……!」


 痛々しい顔だった。

 マロンの表情は、悔やんでも悔やみきれないとしか言えなかった。

 無力を呪う、そんな顔だった。


「僕は妖精の力で、二人の魂に素敵な夢を見せ続けた。それこそ牧歌の世界のような……安心して暮らせる夢を」


 ここまでなら、美談と言っていいだろう。

 おそらくはアヴェンジャーもアイーダも、そこまでは願っていたはずだった。


「だが、限界が来た。そうだな」


 蛇太郎は、既に想像がついている。

 仔細は知れないが、全容は既に体験していた。


「ああ! 僕がどれだけ頑張っても、そんなに長く術を使うことはできない。それに僕の術では、やがて二人は……二人の魂は、疲れていった、飽きていった……!」


 夢を見せる術も、一種の精神攻撃に他ならない。

 そして同じ情景を浴びせ続ければ、精神はやがて疲弊する。

 適度なストレスが無ければ、精神は保たれないのだ。


 なにより、一妖精に過ぎないマロンが、永劫継続する術を使うなどできるわけもない。

 どこかで限界は来る。『いつまでもいつまでも』など、実現不可能だった。


 そして悲劇的なことに、それを実現させる手段があった。

 アヴェンジャーの死体と、アイーダの死体、そしてEOSである。


「僕はアイーダとアヴェンジャーの魂を、EOSに封じた。それで既に、二人から『飽きる』という心は抜かれていった。だがその行きつく先は無気力……それを避けるために、僕は登場人物を増やそうとした」

「魔王がやろうとしたように、死者の魂をEOSに注いでいったんだな」

「そうさ、僕一人でもある程度は演じることができる。だけど僕の演技じゃ限界があった……手っ取り早いのは、新しい住人を招くことだった」


 二人に幸せな夢を見続けてほしい、その一心で妖精マロンは頑張った。

 それこそ、一切手段を選ぶことはなかった。


「君たちが言うところの勝利歴の時代になれば、それはどんどん簡単になった。なにせ人が増える上に、どんどん死んでいったからね。彼らの多くは平凡な日常に焦がれていたからか、EOSに『飽きる』はたまっていかなかった。でも……いつからか、『飽きる』という感情がどんどん流れ込んでいった。それはつまり、あの二人の夢も劣化していったってことさ」


 単純な話だった。

 どれだけ平和で苦痛のない生活でも、ずっと続けば飽きる。

 戦争の中で平和を夢見て死んだ魂も、平和に耽溺すれば飽きるのは当然だ。


「僕は苦心して、他の世界を作った。できるだけ二人を楽しませるように、刺激になるように、二人の魂に再体験をさせた。季節が巡るように、二人に過去を体験させて……刺激を与えた。それで二人は良かったけども……多くなり過ぎたほかの魂までは、手が回らなかった」


 楽しい施設がいっぱいな日常の世界。

 クリエイティブな競争ができる栄光の世界。

 狂騒に身を置ける修羅の世界。

 何気ない日々の続く牧歌の世界。


 それらをどれだけ整えても、どれだけ楽しくても。

 ずっと続けば、飽きるのは当然だ。


 そして、飽きるという感情を集めること自体が目的だった魔王と違い、飽きさせたくなかったマロンは大いに困っていた。


「僕がEOSに二人を封じてから、数千年後……既に何十億もの魂が、EOSの中に集まっていた。そして気付けば、EOSを完成させるに足る量が収まっていた。それでも僕は、世界を保つために『飽きる』をEOSに捨て続けた。気付けば……EOSの機能に、意思が生じていた」

「四終か……」

「ああ。感情が集まりすぎて、意思を得たんだ。僕らや悪魔、天使のような精神生命体だよ。それも、自殺願望のね」


 死を望む程の倦怠が、たまりにたまって自殺願望となった。

 だからこそ四終は世界を滅ぼそうとしており、住民たちはそれを喜んで受け入れていたのだ。


「四終を倒すには、生者の活力が必要だった。だからこそ僕は……生きている人間をEOSに呼んで、戦ってもらった。そして……外に知られるわけにはいかないから……最後にはアヴェンジャーの前に出していた」

「殺させたのか、アヴェンジャーに」

「そうさ、アヴェンジャーの憎しみをぶつける相手としてね。そして殺された者は、この世界の一員になる。この世界を旅したことで、この世界を好きになって……死後も活力を発揮してくれた。しばらくの間は、だけどね」


 蛇太郎は、目を閉じた。

 これほど、歪みという言葉がふさわしい状況はない。

 まったくの善意で始めたことなのに、気付けば殺人をさせている。

 永続を保つためとはいえ、人の心を弄びすぎている。


「そうか……お前の言うみんなの夢は……死者の夢か」


 察していたことだが、理解すると切なくなる。

 何度も見下ろした、見渡す限りの広大な世界。そこで暮らす、たくさんの人たち。

 世界の人口よりもはるかに多いであろう夢の世界の住人たちは、ため込まれていった死者の魂だったのだ。


「わかったかい?」


 ここで、マロンは説明を打ち切った。

 そして憎悪だけの目で、告発するかのように問いただす。


「君が、どれだけ罪深いのか……! 愛し合っていたにもかかわらず、引き裂かれてしまった二人の夢を……君は汚した!」


 史実の世界には、実体があるのは蛇太郎とアヴェンジャー、マロンとアイーダだけ。

 ならば蛇太郎が持っていた、と思っていた長刀も、実際にはなかったものだ。

 つまりアヴェンジャーは、その魂は、一切怪我を負っていない。殺されたと思い込んでいるだけで、実際には無傷だった。

 それこそ、夢のようなものである。


「それでも君は、自分の行いが正当だと……」

「正当だ!」


 蛇太郎は、マロンに最後まで言わせなかった。


「戦いの中で仲間を失うことと、仲間を騙して殺すことは全然違う! お前もそれが分かっているから、俺に今まで話をしなかったんだろうが!」

「世界を維持するため、夢を守るためだ!」

「それを騙しているっていうんだよ!」


 蛇太郎は、マロンに怒っていた。

 なるほど、マロンがここまで行動した理由はわかった。

 歪んでいても、間違っていても、尊くはあった。

 だがそれでも、正当性などない。


「俺に死ねといったならともかく! 死なせようとさせたこと、殺させようとしたこと、抵抗したら怒鳴ってきたこと! 全部全部最悪だ! 裏切りも甚だしい!」


 蛇太郎は、話をすべて聞いても怒っていた。

 結局のところ、蛇太郎のためではなかったのだ。

 仲間を騙って、蛇太郎へ不利益を被せてきたのだ。

 友情を神聖視する蛇太郎にとって、許容できることはない。


「もう話すことはないな? なら死ね! お前が死ね!」

「……呆れるな蛇太郎、君はずいぶん気が大きくなっているみたいだ」


 軽蔑の目を向けて、マロンはその大きな目でにらむ。

 それだけで蛇太郎の体は、まったく動かなくなっていた。


「……!」

「僕の指示に従って、僕の言う通りに動いて、僕の用意したもので戦ってきた君が……自分一人では何もできない、何もしない君が……僕を殺す? なんの冗談だ」


 妖精は、お世辞にも強大ではない。

 だが先祖返りでも何でもない蛇太郎にとって、脅威のモンスターである。

 それこそ、太刀打ちできる相手ではない。


「僕の用意した世界で遊んでいただけの君が、舐めるのもほどほどにしてくれ」

「……!」


 ぬいぐるみのような手が、蛇太郎の首に近づく。

 それに対して蛇太郎は、抵抗することもできない。

 これから待つのは、真綿で首を絞められる、苦痛の末の死だ。

 それを理解した蛇太郎は、それでも敵意をむき出しにする。

 彼の顔に、それ以外の感情はない。


 恐怖も絶望もない、ただ怒りだけがある。


「呆れるね……この平和な時代に生まれた、なんの力もない人間のくせに……殺気だけは一丁前だ」


 それを嘲るマロンは、その手をいよいよ首にかけようとして……。


「え?」


 その手を握る感覚に、驚いた。

 蛇太郎もまた、表情が一気に変わる。


「もういいの、マロン」

「ああ……もう、いいんだ」


 そこには、アヴェンジャーとアイーダがいた。

 二人は諭すように、マロンを止めていた。

 その表情は、切なさに満ちている。


「な、なんで……二人の記憶には蓋をしたはず……合意の上での蓋なら、そんな簡単に解けるはずはないのに……」


「ここが、史実の世界だからだろう。私は夢を見るように、過去の行動をなぞっていた。だからこそ、これが夢だという自覚はなかった。だが……彼に殺されたことで『こんなはずじゃない』と思った。そこからは一気に、自然と目覚めた」

「私もよ……ええ、ようやく目覚めたの。この光景が……文字通り、何千回も繰り返されていたことを」


 この瞬間、憎しみはどこにもなかった。

 慈しみと困惑だけが、場に満ちていた。


「……マロン、本当にありがとう。まさかこんなにも長く夢を見せてくれるなんて、思ってもいなかった」

「ええ、本当に、ありがとう。貴方がどれだけ苦労したのか……誰からも褒めてもらえない中、誰にも相談できない中、私たちにも知らないふりをして……大変だったわね」


 アヴェンジャーとアイーダから出てくるのは、労いと感謝。

 それも今この瞬間の、夢を維持していたマロンへの感謝だった。

 だからこそ、マロンの心に深く突き刺さる。


「……な、なんてことないさ! 僕が二人の為に頑張るなんて、当たり前だろ!」


 強がりながら、マロンは胸をたたいた。

 だがその顔には、涙があふれている。

 ぬいぐるみのような体の彼を、二人は左右から抱きしめた。


「それなら……頑張ってくれた君へ、感謝を伝えるのも当たり前だ」

「マロン……私たちの理解者、私たちの味方……私たちの、仲間」


 蛇太郎は、目を見開いた。

 そこには、確かな友情がある。

 拝みたくなるような、自分にはないものがしっかりとあった。


「ふ、二人とも……」


 マロンは泣いていたが、しかし不安そうにもなっていた。

 おそらくは、この感謝が区切りだと察したのだろう。


「二人とも……僕に言いたいことがあるのかい?」


「ああ……もういい、もう十分だ」

「私たちの夢を、ここで終わらせましょう」


 それは、残酷な提案だった。

 蛇太郎からどれだけ敵意を向けられても、なんとも思わなかったマロン。

 その彼は、この上なく動揺していた。


「な、なんで? 僕の作った夢が、つまらないから? もう飽きたから? それなら、もっといい夢を作る、何度も何度も、何度もやり直すから!」


「違うんだ、マロン。もうこれ以上……私たちの為に、誰かを犠牲にしたくない」

「貴方は私たちの願いをかなえてくれた。そのために多くの人が犠牲になったのなら、それは私たちのせい……」


「ど、どうでもいいじゃないか! 君たちはたくさんの人のために犠牲にされてきたんだよ? それなら死後ぐらいは、いくらでも迷惑をかけてやろうよ!」


 駄々をこねるように、マロンは抵抗する。

 しかしながら、明らかに力がない。


「……そうだな、昔の私ならそう思っていただろう。だが、今は違う」

「ええそうね……遠慮していた自分を悔いて、素直になった時とは違う」


 二人は、蛇太郎を見た。

 そしてその背後にいる、大勢の前任者たちを見た。


「多すぎた、長すぎた……これ以上、私たちの為に迷惑をかけられない」

「そして、誰よりもあなたに……負担をかけられない」


 蛇太郎は理解した、マロンはそれ以上に理解した。

 この二人は、自分が幸せになるための、すべての犠牲を理解したのだ。


「……い、嫌だ! 僕は誓ったんだ……二人に幸せな夢を見せるって! いつまでもいつまでも……いつまでもいつまでも! 終わりなんてない、ずっと続けてみせる!」


 そう叫んだマロンは、霧となって消えた。

 それに対して、人間たちは何もできない。

 深い暗闇の中で、ただ立つことしかできなかった。


「蛇太郎さん、大丈夫?」

「あ……ああ、もう動けます」


 あまりのことに、殺意を忘れていた蛇太郎。

 彼はアイーダから声をかけられて、ようやく自分が動けることを自覚していた。


「ごめんなさい……私たちのせいで、貴方をこんな目にあわせてしまって」

「……」


 違うと言いたかったが、言えなかった。

 深く理解しているからこそ、マロンの罪とは言えなかった。


「……蛇太郎君、改めて礼をいう。私の目を覚まさせてくれて、ありがとう」

「そんな……」


 そしてアヴェンジャーも、穏やか極まる顔で、切なそうに感謝を伝えた。

 蛇太郎は、状況の変化、人間関係の変化に戸惑いを隠せない。

 この短時間で、何もかもが変わっていた。


「その君に、酷なことを頼みたい」


 その戸惑いが晴れるより先に、アヴェンジャーは『それ』を蛇太郎の前に出した。

 混乱に乗じようとしたのではない、彼もまた気遣いを行き届かせるだけの余裕がない。


「マロンを、休ませてあげてくれ。この夢の世界を、終わらせてくれ」

「……!」

「私からもお願いします……あの子はもう、止まることができないの」

「そんな……」


 宇宙最強の兵器、対甲種魔導器。

 何十億もの倦怠を吸い上げ、あふれだしている葬の宝。


 とっくに完成しているべき、魔王の遺産。

 これを使って何をするのかなど、考えるまでもない。


「五つの夢の世界を、これで滅ぼせと……そう言うんですか」

「そうだ、もうそうするしかない」

「もう誰も……この夢を望んでいないの」


 蛇太郎は、天命を知った。


 それは歴代の英雄と比べても、比べようがないほどの天命だった。


「そんなことは……」


 いくら飽いているとはいえ、何十億もの魂の、安寧の地をぶち壊す行為。

 それはそのまま、何十億もの魂を消し去る行為。

 回復の見込みがない患者から、生命維持装置を止めるようなもの。それが、何十億人分もある。


「そんな、ことは……!」


 誰もがそれを望んでいる、それはわかっている。

 だがしかし、何十億もの魂を消す重圧に、誰が耐えられるだろうか。


 蛇太郎は、想像するだけでめまいを起こす。


「俺が、やらなかったら、どうなるんですか……」


 堰を切るかのように、事態は動き出す。

 断崖の上の岩が転がり落ちるように、蛇太郎へ畳みかけてくる。


「おそらくマロンは、また同じことを続けようとするだろう。私たちへもう一度、記憶へ蓋をしようとするはずだ」

「そしてあなたは……おそらくこの夢に取り込まれる。他の人たちと同じように」


 進む道は一つ。

 そしてその険しさは、誰も知らない境地だった。


「……俺と同じように、四終と戦うために生者が呼ばれて、貴方たちに殺されるんですか」

「そうだ。君と同じように真実へ行きついたとしても……この状況になるだけだ」


 立ち止まりたくなる、立ち尽くす。

 蛇太郎は、自分の腕が鉛に変わったのかと思った。


「そ、そんなの……!」


 蛇太郎は、泣いていた。

 子供のように、泣いていた。


「そんなの……!」


 彼はしかし、手を伸ばす。


 想像するだけで心がはち切れそうな重責。

 遭遇するだけで涙が止まらない天命。



「こんな、こんな嫌な思い……!」



 蛇太郎は、EOSをつかむ。



「他の誰かに……押し付けるなんて、できない……!」



 二人は、儚げに笑った。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい。幸せな夢が、見たかっただけなの……」

「ああ……本当に、それだけだったんだ……」


 笑いながら、泣いていた。


「ああ……夢見ることさえ、罪だったのか……」

「父上たちのいう通り……私たちが……我慢すればよかったのね……」


 その涙の重さを、彼は知っている。

 もう泣かせたくない、そう願ってEOSを握る。


「俺が……俺が、俺が、おれ、が……!」


 蛇太郎は、天命を知った。

 蛇太郎は、天命を請け負った。



「俺が……全部を、終わらせます!」



 七人目の英雄、冥王、魂の解放者。

 人呑(ひとのみ)蛇太郎(へびたろう)


 彼の右にも左にも、仲間はいない。

 彼の前には、すがってくる人がいる。


「俺だけで……俺だけで……!」


 彼は、この苦しみを一人で背負うと誓った。


「誰にも……誰にもこの辛さは……負わせられない……!」


 彼は、英雄になった。

次回 ハッピーエンドは終わらせない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「どうすれば良かった?」って、そういう時は上司に相談するんだよ、仲間でも口に出して言ってくれないと分からん まあ普通は、「人間、ぶっ殺す!」しか言わなくなってるんだから、(ああ、こいつ精神病…
[一言] 蛇太郎が間違ってるって判断したのは駆け落ちか? だとしたら央土の王の先祖のAランクハンターのカイみたいに 大暴れかますのが正しいって事か?(明後日の方を見ながら
[良い点] これで『ほぼ』すべての真実ってことは、まだ明らかになってないのがあるのか。
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