ほぼすべての真実
要望が多いので、この章が終わったら設定集を投稿します。
対峙する、人間と妖精。
蛇太郎とマロンは、今までにないほどの敵対的な視線を交わしていた。
今まで四つの世界を救って回った間柄とは、とても思えない。
だがむしろ、一緒に世界を回った後だからこそ、互いに失望の念が堪えないのだろう。
「……理由を聞かせてくれ」
「いいとも」
蛇太郎もマロンも、今にも殺しにかかりそうな顔をしていた。
だが意外にも、双方はまず事情の確認で合意していた。
だがそれは、互いの怒りが限界を超えすぎていたからだ。
何もわからぬまま決着というのは、双方ともに許容できなかった。
ただそれだけである。
「僕としても……君がどれだけ罪深いことをしたのか、教えてやりたいしね」
互いに激情を封じつつ、会話は進んでいく。
それと同時に、周囲の景色も一変した。
景色も、地面も、空さえも、一瞬で漆黒に染まる。
その中で残っていたのは、蛇太郎とマロン、アイーダ姫とアヴェンジャーだった。
それを見ても、蛇太郎は何も思わない。
「……やっぱりな」
「察していたかい? この第五の世界、史実の世界には僕たちしかいない。いや……他のすべてが記録だった、と言ったほうがいいね」
思えば蛇太郎は、最初の段階で検証を済ませていた。
ヌヌやキキが記録映像であると認識した時点で、他のすべてが記録であると判断してしまった。
だが実際には、アヴェンジャーとアイーダ、そしてマロンは実体と自意識を持っていた。
「俺だってバカじゃない……ここまでくれば、さすがにわかる。阿部さんに俺を殺させるつもりだったなら、阿部さんが幻であるはずもない」
「阿部さんか……もうわかっていると思うけど、阿部というのは仮の名前で、アヴェンジャーこそが彼の正体。夢の世界で見た時の彼は、記憶を失って別人のようにふるまっていたにすぎない」
「よく言うな……お前が記憶をいじったんだろう」
「言い方が悪いのは君の方だよ、本人との合意の上でのことさ」
どんなパズルも、ピースがそろっていなければ完成しない。
そして現状の説明もまた、すべてのピースがそろっているからこそ可能だった。
「今からもう数千年前……僕とアイーダ、そしてアヴェンジャーは家族のように育った」
「……アヴェンジャーと、アイーダ姫」
記憶の蓋が外れた蛇太郎は、重要なことを思い出していた。
それこそとても有名な、楽園で語られる歴史である。
「そうさ……人間側の強大な国家の姫だったアイーダと、有力な貴族の息子だった『アヴェンジャー』……魔王の強大な術によって、名前を奪われてそう呼ぶしかないが、あの二人は僕の友達だった。仲間だった」
妖精の感情表現によって、蛇太郎にもその誠実さが伝わってくる。
今まで一度も感じたことがない、マロンの本音が伝わってくる。
それと同時に、周囲の景色もそれに合わせて変わった。
そこには、まるで絵本のような、女の子と男の子が遊ぶ姿がある。
そして、妖精であるマロンの姿も。
「二人は幼いながらも思いあって、だんだんと気恥ずかしくなっていって……ほほえましかったよ」
「……日常の世界」
「そうだ。日常の世界では、それに近い関係だった」
一瞬だけ、絵本のような光景から、日常の世界の光景に切り替わった。
それは二人が、一番幸せな時代だった。いや、マロンも含めてだろうが。
「やがてアヴェンジャーは、アイーダの父親、国王へ結婚したいと願った。それに対して国王は、無茶なほどの武勲を要求した。それをかなえれば、結婚してもいいと」
「……栄光の世界」
ここで景色は、戦場へと変わった。
かつて人類が魔王軍と戦っていた、霊長の座を争っていた時代。
その激戦の時代を、写実的に表現していた。
「普通なら、要求された武勲を上げるなんてできなかった。でもアヴェンジャーには、二つの特異体質があった。霊媒体質と、無損失の吸収効率……これによって彼は、戦場でも疲れ知らずに戦うことができた」
相手の体から力を吸収する、あるいは相手の攻撃を吸収する。
こうした系統の技は多くあるが、完全に吸収することはまず不可能である。
術の発動に十のエネルギーが必要だったとして、相手から吸収できるエネルギーは三あればいい方だという。
つまり、吸収すれば吸収するほど疲れてしまう。それが人間の使う吸収系の技の限界だった。(吸血鬼のように、生態として体力吸収や捕食を行うなら別となる)
もちろん反例として、究極のモンスターの吸収形態があるわけだが、その原理が『無損失の吸収効率』なのだ。
この体質を持っていれば、吸収系の技を使いさえすれば、相手の体力をそのまま奪えるだけではなく、相手の攻撃を無効化して自分の中にエネルギーをため込むこともできる。
とはいえ、究極のモンスターのように『蓄積限界がない体質』を持っていなければ、エネルギーのため込みすぎで内側から破裂してしまう。
とはいえ、戦闘継続において、脅威であることは事実。
後先を考えずに全力で戦い続け、失った体力は敵から吸収する。
これを繰り返すことが可能であり、一方的に損害を与え続けることができる。
これだけでも脅威だが、霊媒体質がそれを助長する。
戦場には多くの死霊があふれる。それはアヴェンジャーの下へ集まっていくことになるが……彼はそれを吸収できる。
つまり、いつでも吸収できる外部タンクを持っているようなものだ。
これによって彼は、力尽きた時周囲に敵がいなかったとしても、周囲の霊魂を吸収して力に変えられるのである。
「……それを本人が好意的に思っていたわけじゃないことは、主題としてはそこまで重要じゃない」
「……」
「だけど、彼がそうやって戦う姿は、味方からも恐れられた。敵味方を問わず死者の魂を食っているわけだからね、武勲と引き換えに評判は悪くなっていった。そして……それを口実に、アイーダの父親は結婚を白紙にした。最初から結婚させるつもりなんてなかったのにね」
「それが、修羅の世界か」
戦いたくもないのに、味方から嫌われながらも、必死で戦い続けた。
にもかかわらず、国王は約束を反故にした。そして周囲も、それに同調した。
アヴェンジャーは怒り狂い、人類を滅ぼすべく魔王の配下となった。
その光景もまた、周囲に映し出されている。
「アイーダは悲しんでいたよ……自分の為に戦ってくれたのに、自分は何もできなかったからね。そばにいた僕も、何とか慰めたいと思っていた。でも……国王は彼女に別の男を、夫としてあてがおうとした」
蛇太郎は、怒りを維持したまま、しかし真摯に話を聞いていた。
奇妙なことだが、話が終わった瞬間殺すつもりだったにもかかわらず、話自体は一言一句聞き漏らさなかった。
それは彼の性格云々ではなく、それだけマロンの言葉が真剣だったからだろう。
「アイーダは、ついに決断した。僕にお願いをして、城を抜け出して……アヴェンジャーのいる戦場に向かった。そして……膨大な霊を吸収しているアヴェンジャーに抱き着き……私を連れて逃げてと……」
「……それが、さっきの光景につながったのか」
「ああ……君と違って、ムサシボウは抵抗せずに斬られたけどね」
ここまで話して、マロンは黙った。
それこそ、沈痛な沈黙だった。
「……これで、牧歌の世界の光景のように、誰も知らない国へ逃げて、幸せな生活をできればよかった。でもそれはできなかった、君も知っての通りムサシボウは人望に厚い。彼を討ち取ったことで、魔王軍は本気で、全力で、アヴェンジャーとアイーダを殺そうとした。逃げることはできなかった、少なくとも生きようとする限りは」
「伝説の通り、二人は心中したのか」
「ああ」
伝説でのアヴェンジャーとアイーダは、逃げられないと悟って自殺したとされている。
史実ではない理由は、証拠が残っておらず、そうなったのだろうという推測しかできなかったからだ。
そして今この瞬間、史実でも伝説でもなく、真実として蛇太郎に刻まれた。
「二人は僕にこう願った……『いつまでも、幸せな夢を見せてくれ』と。そういってから、二人は互いに……僕の目の前で……!」
痛々しい顔だった。
マロンの表情は、悔やんでも悔やみきれないとしか言えなかった。
無力を呪う、そんな顔だった。
「僕は妖精の力で、二人の魂に素敵な夢を見せ続けた。それこそ牧歌の世界のような……安心して暮らせる夢を」
ここまでなら、美談と言っていいだろう。
おそらくはアヴェンジャーもアイーダも、そこまでは願っていたはずだった。
「だが、限界が来た。そうだな」
蛇太郎は、既に想像がついている。
仔細は知れないが、全容は既に体験していた。
「ああ! 僕がどれだけ頑張っても、そんなに長く術を使うことはできない。それに僕の術では、やがて二人は……二人の魂は、疲れていった、飽きていった……!」
夢を見せる術も、一種の精神攻撃に他ならない。
そして同じ情景を浴びせ続ければ、精神はやがて疲弊する。
適度なストレスが無ければ、精神は保たれないのだ。
なにより、一妖精に過ぎないマロンが、永劫継続する術を使うなどできるわけもない。
どこかで限界は来る。『いつまでもいつまでも』など、実現不可能だった。
そして悲劇的なことに、それを実現させる手段があった。
アヴェンジャーの死体と、アイーダの死体、そしてEOSである。
「僕はアイーダとアヴェンジャーの魂を、EOSに封じた。それで既に、二人から『飽きる』という心は抜かれていった。だがその行きつく先は無気力……それを避けるために、僕は登場人物を増やそうとした」
「魔王がやろうとしたように、死者の魂をEOSに注いでいったんだな」
「そうさ、僕一人でもある程度は演じることができる。だけど僕の演技じゃ限界があった……手っ取り早いのは、新しい住人を招くことだった」
二人に幸せな夢を見続けてほしい、その一心で妖精マロンは頑張った。
それこそ、一切手段を選ぶことはなかった。
「君たちが言うところの勝利歴の時代になれば、それはどんどん簡単になった。なにせ人が増える上に、どんどん死んでいったからね。彼らの多くは平凡な日常に焦がれていたからか、EOSに『飽きる』はたまっていかなかった。でも……いつからか、『飽きる』という感情がどんどん流れ込んでいった。それはつまり、あの二人の夢も劣化していったってことさ」
単純な話だった。
どれだけ平和で苦痛のない生活でも、ずっと続けば飽きる。
戦争の中で平和を夢見て死んだ魂も、平和に耽溺すれば飽きるのは当然だ。
「僕は苦心して、他の世界を作った。できるだけ二人を楽しませるように、刺激になるように、二人の魂に再体験をさせた。季節が巡るように、二人に過去を体験させて……刺激を与えた。それで二人は良かったけども……多くなり過ぎたほかの魂までは、手が回らなかった」
楽しい施設がいっぱいな日常の世界。
クリエイティブな競争ができる栄光の世界。
狂騒に身を置ける修羅の世界。
何気ない日々の続く牧歌の世界。
それらをどれだけ整えても、どれだけ楽しくても。
ずっと続けば、飽きるのは当然だ。
そして、飽きるという感情を集めること自体が目的だった魔王と違い、飽きさせたくなかったマロンは大いに困っていた。
「僕がEOSに二人を封じてから、数千年後……既に何十億もの魂が、EOSの中に集まっていた。そして気付けば、EOSを完成させるに足る量が収まっていた。それでも僕は、世界を保つために『飽きる』をEOSに捨て続けた。気付けば……EOSの機能に、意思が生じていた」
「四終か……」
「ああ。感情が集まりすぎて、意思を得たんだ。僕らや悪魔、天使のような精神生命体だよ。それも、自殺願望のね」
死を望む程の倦怠が、たまりにたまって自殺願望となった。
だからこそ四終は世界を滅ぼそうとしており、住民たちはそれを喜んで受け入れていたのだ。
「四終を倒すには、生者の活力が必要だった。だからこそ僕は……生きている人間をEOSに呼んで、戦ってもらった。そして……外に知られるわけにはいかないから……最後にはアヴェンジャーの前に出していた」
「殺させたのか、アヴェンジャーに」
「そうさ、アヴェンジャーの憎しみをぶつける相手としてね。そして殺された者は、この世界の一員になる。この世界を旅したことで、この世界を好きになって……死後も活力を発揮してくれた。しばらくの間は、だけどね」
蛇太郎は、目を閉じた。
これほど、歪みという言葉がふさわしい状況はない。
まったくの善意で始めたことなのに、気付けば殺人をさせている。
永続を保つためとはいえ、人の心を弄びすぎている。
「そうか……お前の言うみんなの夢は……死者の夢か」
察していたことだが、理解すると切なくなる。
何度も見下ろした、見渡す限りの広大な世界。そこで暮らす、たくさんの人たち。
世界の人口よりもはるかに多いであろう夢の世界の住人たちは、ため込まれていった死者の魂だったのだ。
「わかったかい?」
ここで、マロンは説明を打ち切った。
そして憎悪だけの目で、告発するかのように問いただす。
「君が、どれだけ罪深いのか……! 愛し合っていたにもかかわらず、引き裂かれてしまった二人の夢を……君は汚した!」
史実の世界には、実体があるのは蛇太郎とアヴェンジャー、マロンとアイーダだけ。
ならば蛇太郎が持っていた、と思っていた長刀も、実際にはなかったものだ。
つまりアヴェンジャーは、その魂は、一切怪我を負っていない。殺されたと思い込んでいるだけで、実際には無傷だった。
それこそ、夢のようなものである。
「それでも君は、自分の行いが正当だと……」
「正当だ!」
蛇太郎は、マロンに最後まで言わせなかった。
「戦いの中で仲間を失うことと、仲間を騙して殺すことは全然違う! お前もそれが分かっているから、俺に今まで話をしなかったんだろうが!」
「世界を維持するため、夢を守るためだ!」
「それを騙しているっていうんだよ!」
蛇太郎は、マロンに怒っていた。
なるほど、マロンがここまで行動した理由はわかった。
歪んでいても、間違っていても、尊くはあった。
だがそれでも、正当性などない。
「俺に死ねといったならともかく! 死なせようとさせたこと、殺させようとしたこと、抵抗したら怒鳴ってきたこと! 全部全部最悪だ! 裏切りも甚だしい!」
蛇太郎は、話をすべて聞いても怒っていた。
結局のところ、蛇太郎のためではなかったのだ。
仲間を騙って、蛇太郎へ不利益を被せてきたのだ。
友情を神聖視する蛇太郎にとって、許容できることはない。
「もう話すことはないな? なら死ね! お前が死ね!」
「……呆れるな蛇太郎、君はずいぶん気が大きくなっているみたいだ」
軽蔑の目を向けて、マロンはその大きな目でにらむ。
それだけで蛇太郎の体は、まったく動かなくなっていた。
「……!」
「僕の指示に従って、僕の言う通りに動いて、僕の用意したもので戦ってきた君が……自分一人では何もできない、何もしない君が……僕を殺す? なんの冗談だ」
妖精は、お世辞にも強大ではない。
だが先祖返りでも何でもない蛇太郎にとって、脅威のモンスターである。
それこそ、太刀打ちできる相手ではない。
「僕の用意した世界で遊んでいただけの君が、舐めるのもほどほどにしてくれ」
「……!」
ぬいぐるみのような手が、蛇太郎の首に近づく。
それに対して蛇太郎は、抵抗することもできない。
これから待つのは、真綿で首を絞められる、苦痛の末の死だ。
それを理解した蛇太郎は、それでも敵意をむき出しにする。
彼の顔に、それ以外の感情はない。
恐怖も絶望もない、ただ怒りだけがある。
「呆れるね……この平和な時代に生まれた、なんの力もない人間のくせに……殺気だけは一丁前だ」
それを嘲るマロンは、その手をいよいよ首にかけようとして……。
「え?」
その手を握る感覚に、驚いた。
蛇太郎もまた、表情が一気に変わる。
「もういいの、マロン」
「ああ……もう、いいんだ」
そこには、アヴェンジャーとアイーダがいた。
二人は諭すように、マロンを止めていた。
その表情は、切なさに満ちている。
「な、なんで……二人の記憶には蓋をしたはず……合意の上での蓋なら、そんな簡単に解けるはずはないのに……」
「ここが、史実の世界だからだろう。私は夢を見るように、過去の行動をなぞっていた。だからこそ、これが夢だという自覚はなかった。だが……彼に殺されたことで『こんなはずじゃない』と思った。そこからは一気に、自然と目覚めた」
「私もよ……ええ、ようやく目覚めたの。この光景が……文字通り、何千回も繰り返されていたことを」
この瞬間、憎しみはどこにもなかった。
慈しみと困惑だけが、場に満ちていた。
「……マロン、本当にありがとう。まさかこんなにも長く夢を見せてくれるなんて、思ってもいなかった」
「ええ、本当に、ありがとう。貴方がどれだけ苦労したのか……誰からも褒めてもらえない中、誰にも相談できない中、私たちにも知らないふりをして……大変だったわね」
アヴェンジャーとアイーダから出てくるのは、労いと感謝。
それも今この瞬間の、夢を維持していたマロンへの感謝だった。
だからこそ、マロンの心に深く突き刺さる。
「……な、なんてことないさ! 僕が二人の為に頑張るなんて、当たり前だろ!」
強がりながら、マロンは胸をたたいた。
だがその顔には、涙があふれている。
ぬいぐるみのような体の彼を、二人は左右から抱きしめた。
「それなら……頑張ってくれた君へ、感謝を伝えるのも当たり前だ」
「マロン……私たちの理解者、私たちの味方……私たちの、仲間」
蛇太郎は、目を見開いた。
そこには、確かな友情がある。
拝みたくなるような、自分にはないものがしっかりとあった。
「ふ、二人とも……」
マロンは泣いていたが、しかし不安そうにもなっていた。
おそらくは、この感謝が区切りだと察したのだろう。
「二人とも……僕に言いたいことがあるのかい?」
「ああ……もういい、もう十分だ」
「私たちの夢を、ここで終わらせましょう」
それは、残酷な提案だった。
蛇太郎からどれだけ敵意を向けられても、なんとも思わなかったマロン。
その彼は、この上なく動揺していた。
「な、なんで? 僕の作った夢が、つまらないから? もう飽きたから? それなら、もっといい夢を作る、何度も何度も、何度もやり直すから!」
「違うんだ、マロン。もうこれ以上……私たちの為に、誰かを犠牲にしたくない」
「貴方は私たちの願いをかなえてくれた。そのために多くの人が犠牲になったのなら、それは私たちのせい……」
「ど、どうでもいいじゃないか! 君たちはたくさんの人のために犠牲にされてきたんだよ? それなら死後ぐらいは、いくらでも迷惑をかけてやろうよ!」
駄々をこねるように、マロンは抵抗する。
しかしながら、明らかに力がない。
「……そうだな、昔の私ならそう思っていただろう。だが、今は違う」
「ええそうね……遠慮していた自分を悔いて、素直になった時とは違う」
二人は、蛇太郎を見た。
そしてその背後にいる、大勢の前任者たちを見た。
「多すぎた、長すぎた……これ以上、私たちの為に迷惑をかけられない」
「そして、誰よりもあなたに……負担をかけられない」
蛇太郎は理解した、マロンはそれ以上に理解した。
この二人は、自分が幸せになるための、すべての犠牲を理解したのだ。
「……い、嫌だ! 僕は誓ったんだ……二人に幸せな夢を見せるって! いつまでもいつまでも……いつまでもいつまでも! 終わりなんてない、ずっと続けてみせる!」
そう叫んだマロンは、霧となって消えた。
それに対して、人間たちは何もできない。
深い暗闇の中で、ただ立つことしかできなかった。
「蛇太郎さん、大丈夫?」
「あ……ああ、もう動けます」
あまりのことに、殺意を忘れていた蛇太郎。
彼はアイーダから声をかけられて、ようやく自分が動けることを自覚していた。
「ごめんなさい……私たちのせいで、貴方をこんな目にあわせてしまって」
「……」
違うと言いたかったが、言えなかった。
深く理解しているからこそ、マロンの罪とは言えなかった。
「……蛇太郎君、改めて礼をいう。私の目を覚まさせてくれて、ありがとう」
「そんな……」
そしてアヴェンジャーも、穏やか極まる顔で、切なそうに感謝を伝えた。
蛇太郎は、状況の変化、人間関係の変化に戸惑いを隠せない。
この短時間で、何もかもが変わっていた。
「その君に、酷なことを頼みたい」
その戸惑いが晴れるより先に、アヴェンジャーは『それ』を蛇太郎の前に出した。
混乱に乗じようとしたのではない、彼もまた気遣いを行き届かせるだけの余裕がない。
「マロンを、休ませてあげてくれ。この夢の世界を、終わらせてくれ」
「……!」
「私からもお願いします……あの子はもう、止まることができないの」
「そんな……」
宇宙最強の兵器、対甲種魔導器。
何十億もの倦怠を吸い上げ、あふれだしている葬の宝。
とっくに完成しているべき、魔王の遺産。
これを使って何をするのかなど、考えるまでもない。
「五つの夢の世界を、これで滅ぼせと……そう言うんですか」
「そうだ、もうそうするしかない」
「もう誰も……この夢を望んでいないの」
蛇太郎は、天命を知った。
それは歴代の英雄と比べても、比べようがないほどの天命だった。
「そんなことは……」
いくら飽いているとはいえ、何十億もの魂の、安寧の地をぶち壊す行為。
それはそのまま、何十億もの魂を消し去る行為。
回復の見込みがない患者から、生命維持装置を止めるようなもの。それが、何十億人分もある。
「そんな、ことは……!」
誰もがそれを望んでいる、それはわかっている。
だがしかし、何十億もの魂を消す重圧に、誰が耐えられるだろうか。
蛇太郎は、想像するだけでめまいを起こす。
「俺が、やらなかったら、どうなるんですか……」
堰を切るかのように、事態は動き出す。
断崖の上の岩が転がり落ちるように、蛇太郎へ畳みかけてくる。
「おそらくマロンは、また同じことを続けようとするだろう。私たちへもう一度、記憶へ蓋をしようとするはずだ」
「そしてあなたは……おそらくこの夢に取り込まれる。他の人たちと同じように」
進む道は一つ。
そしてその険しさは、誰も知らない境地だった。
「……俺と同じように、四終と戦うために生者が呼ばれて、貴方たちに殺されるんですか」
「そうだ。君と同じように真実へ行きついたとしても……この状況になるだけだ」
立ち止まりたくなる、立ち尽くす。
蛇太郎は、自分の腕が鉛に変わったのかと思った。
「そ、そんなの……!」
蛇太郎は、泣いていた。
子供のように、泣いていた。
「そんなの……!」
彼はしかし、手を伸ばす。
想像するだけで心がはち切れそうな重責。
遭遇するだけで涙が止まらない天命。
「こんな、こんな嫌な思い……!」
蛇太郎は、EOSをつかむ。
「他の誰かに……押し付けるなんて、できない……!」
二人は、儚げに笑った。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい。幸せな夢が、見たかっただけなの……」
「ああ……本当に、それだけだったんだ……」
笑いながら、泣いていた。
「ああ……夢見ることさえ、罪だったのか……」
「父上たちのいう通り……私たちが……我慢すればよかったのね……」
その涙の重さを、彼は知っている。
もう泣かせたくない、そう願ってEOSを握る。
「俺が……俺が、俺が、おれ、が……!」
蛇太郎は、天命を知った。
蛇太郎は、天命を請け負った。
「俺が……全部を、終わらせます!」
七人目の英雄、冥王、魂の解放者。
人呑蛇太郎。
彼の右にも左にも、仲間はいない。
彼の前には、すがってくる人がいる。
「俺だけで……俺だけで……!」
彼は、この苦しみを一人で背負うと誓った。
「誰にも……誰にもこの辛さは……負わせられない……!」
彼は、英雄になった。
次回 ハッピーエンドは終わらせない。




