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意味が分かれない真実

意味が分かれない、というのは誤字ではありません。

 カルチャーショックというべきか、あるいはジェネレーションギャップというべきか。

 遥か古の昔を再現している状況で、蛇太郎は『太古の儀式』に巻き込まれたという困惑を隠せない。

 いや、隠せない一方で、表せないという一面もある。


(俺が悪いのはわかるが……酷いな)


 視点が違えば、荘厳な儀式もこんなものかもしれない。

 結局文化とは価値観であり、万人に理解できるものではないのかもしれない。

 だがだからこそ、尊重するべきなのだろう。


 すげえ変だとか、すげえダサいとか、すげえ嫌だとか。

 そう思ったとしても、口にしてはいけない。それが尊重するということだ。

 美しいと思うもの、素晴らしいと思うものだけを大事にするのは、尊重するとは言わない。


(俺は絶対にやりたくないな……)


 それはそれとして、人の心は自由なので、内心ではぼろくそに思ってもいい。それが人の尊厳である。


(さっきの見得切りが魔王発案だったとしたら、魔王は案外悪い奴じゃないのかもしれない。さっきまで人を殺すとか言ってたアヴェンジャーもノリノリで付き合ってたし……)


 その一方で、人類の敵対者である魔王や、人類の裏切り者であるアヴェンジャーへの好感度が上がっていた。あるいは脅威度が下がっていた。

 こんなもんで喜ぶなんて程度が低いなあ、と思っていたのである。


 その茶番を終えた後、一同は改めて跪いた。

 玉座に君臨する、魔王に対して最大限の礼をとったのである。


「さて……今日お前たちに集まってもらったのは、他でもない。我が冠に並ぶ、至高の宝の雛型が出来上がったからだ」


 だが魔王の一言を聞いて、蛇太郎は四天王とリンクした。

 モンスターに対して大幅な強化をもたらすという、魔王の冠。

 それに並ぶ宝と聞いて、一同は緊張した。


(そんなもの、聞いたことがない……聞いたことがないってことは、結局完成しなかったんだろうが……一体どんなものだ?)


 上機嫌な魔王の言葉を、蛇太郎も四天王も黙って待っている。

 その緊張を感じ取って、魔王は饒舌に語りだした。


「ふふふ……真面目に聞いてくれることは嬉しいが、あいにくとこの戦争に影響を及ぼすものではない。それゆえに、もう少し気を楽にしていいぞ」

「この戦争に影響を及ぼすものではない、とはどのような意味でしょうか」


 質問を求められている、誘い受けである、と判断したのだろう。

 ムサシボウは……正しく言えば、過去の記録だが、ムサシボウは質問をする。


 魔王の冠に匹敵する宝があるのなら、それこそそのまま人類は負けていただろう。

 この場にいる四天王にそれを使わせれば、そのまま一気に勝利まで持っていけるからだ。


「理由は二つ。一つは完成に時間がかかりすぎること、もう一つはそもそも対象がいないことだ」


 人類との長い戦争中であるにも関わらず、人類との戦争に使えない兵器を生み出し、なおかつそれを大いに喜んでいる。

 普通に考えればおかしなことであり、場合によっては怒りを買うだろう。だが喜んでいる本人が魔王であり、魔王軍が大いに優勢な状況なのでそれは流された。


 そう、現在魔王軍は優勢のはずだった。

 なにせ人類最強の兵士と畏れられた、アヴェンジャーが魔王軍に寝返ったのだから。


「……恐れながら、魔王様。完成に時間がかかることはわかるのですが、対象がいないとはどのような意味でしょうか」


 ローレライが、素直な疑問をぶつける。

 悪魔である魔王が『完成に時間がかかる』というのだから、よほど長い時を必要とするのだろう。

 それについては、まあわかる。魔王の冠ほどのものが、そんな簡単にできる方が問題だ。


 しかし対象がいない、とは意味が分からない。

 例えばドラゴンを殺せる剣があったとして、この世にドラゴンがいなくなったとして……。

 それでも普通に有効活用できるだろう。ドラゴンを斬れるのだから、他の大抵の物も斬れるはずだからだ。


 まさか、ドラゴンは斬れるが、他の何も斬れない、なんて剣があるわけもない。

 だがまさにそれなのだと、魔王は言う。


「対甲種魔導器、End of service……EOSと呼ぶ。対甲種を想定しており、それ以下の者には効果が及ばないか、あるいは発動さえしない」

「対甲種? パパ、それって……」

「うむ、この世界に存在しないほど強大なモンスターだな」


 魔王の表情は真剣そのものだった。だからこそ、プリンセスも茶化すことができない。

 そんなの作ってどうするんだよ、というのは甲種という区分けを作った魔王本人が一番よく知っているはずだからだ。


「ふ……」


 ここで魔王は、一瞬不快そうな顔をした。


「もとより私にとって、この世界(・・・・)などどうでもいいのだ」


 薄っぺらい不機嫌などではない、もっと深淵のもの。

 それこそ彼の根幹からくる、本気の感情だった。


「モンスターは丁種程度しかおらず、英雄のいない世界……もとより征服できて当然なのだ。この上新兵器など、開発する必要はない」


 魔王が時折見せる、その感情。

 それはある種の人間らしさだった。


 理解の及ばぬ理由で怒っていることはわかるが、その一方で理解の及ぶ感情である。

 だからこそ決して茶化すことはなかった。


「話を戻すが、甲種にしか効かないからこそ強力無比。他のすべてに意味を成さない分、甲種に対しては致命的な効果を及ぼす」

「しかし魔王様……それほどの兵器、一体どうやって完成させるのですか?」


 アヴェンジャーは、素直な質問をした。

 膨大な武器と死霊を操るムサシボウですら準乙種である。それよりも数段階強力なモンスターに有効な兵器など、どうやって作るのか見当もつかない。


(その通りだ……制約的に考えても、膨大なエネルギーが必要になるはず)


 科学ではなく魔法的な技術には、対象を絞ること、対象以外への効果を下げることで威力を増すという手法がある。

 だがそれにも、限度というものがある。倍率をいくら上げても、元の数値が低ければ話にならない。

 いくら時間を費やしても、それほどのエネルギーをため込むのは至難のはずだ。

 それが一度きりの発動ならともかく、何度も使うようなものならなおさらである。


「いい質問だ、アヴェンジャー。この宝、EOSは……人間の持つ最強の感情、それを膨大に抽出することで完成する」


 そういって、魔王はEOSを取り出して見せた。色味の薄い、けん玉のような道具である。

 もしも取り出したものが魔王でなければ、あるいはエネルギーを注ぎ込む前だと聞いていなければ、質の悪い冗談だとしか思わなかっただろう。


 そう、問題なのは、その中に何を注ぐのかであった。

 ミサイルの本質が弾頭で決まるように、EOSなる魔動機には何が注がれるのか。


「ところでお前たち……最強の感情とは、何だと思う?」


 ここで魔王は、悪戯っぽく笑った。

 それこそ、悪魔らしい笑みであった。


 そして、次いで出てきた言葉も、悪魔らしいものだった。


「本来なら、当てれば褒美を取らせるところだが……絶対に当てられないのでな、賭けにならんからそれは無しとする」


 賭けのオッズが成立しない、ということは実際の賭け事でもままあることだ。

 だがこうした身内事ならば、おふざけで『当てたらなんでもしてやる』というだろう。

 しかし魔王は悪魔であるため、成立しない約束事を忌避している。

 それを、蛇太郎を含めた全員が理解しているため、むしろ困惑した。


(絶対に当てられない?)


 アニメオタクが『俺の好きなアニメを当てろ』とか言ってきたなら、アニメを見たことのない人にはまず絶対に当てられない。

 あるいはワイン好きが『私が最高だと思うワインを当てろ』と言ってきたなら、ワインを飲んだことが無ければこれもやはり当てられない。

 

 だが人間の感情、となれば違う。

 母数もそう多くないし、一番強い感情と言えばいくつかに絞られる。

 もちろん当たる確率は低いが、四人が別々の感情を言えば当たることもあるだろう。


 だが魔王は、それさえないと言い切った。

 最強の感情とは何かと聞かれて、候補にも挙がりそうにないものが正解なのだ。


 たくさんある感情の中で、到底最強とは思えないもの。

 それの中に正解が混じっているとすれば、なるほど四人がばらばらに言ったぐらいではどうにもなるまい。


「まずはムサシボウ、言ってみよ」

「はっ……愛国心でしょうか」


 当てられないとわかったムサシボウは、とりあえず自分の考える最強の感情を口にしたらしい。

 なるほど、これならば魔王に悪印象は与えない。


「ローレライはどうだ?」

「そうですねえ……恐怖、でしょうか」


 いかにも魔王軍四天王らしい発言だった。

 セリフだけ聞けばなんとも安いが、その表情にはぞっとするものがある。

 恐怖を与えてきたものである彼女は、恐怖に苦しむ者たちを思い出しながらそんなことを言ったのだろう。


「プリンセス、お前はどうだ」

「恋です! 愛です! 恋、愛ですぅうう!」

「そうか……」

(そうですか……)


 魔王と蛇太郎がリンクする。

 魔王の娘プリンセスは、なんとも恋愛全開でアピールしていた。


「アヴェンジャー、お前はどうだ」

「憎悪とそれに始まる感情でしょうか……!」


 今まさに、この瞬間も憎悪を燃やす男。

 その発言は、まさに彼の中の真実であろう。


(俺も普通に考えれば、これと希望とか絶望とかなんだろうが……違うんだよな?)


 魔王もおそらくは、悪戯をする気はない。

 恐怖じゃなくて絶望ですとか、愛国心じゃなくて忠誠心ですとか、憎悪じゃなくて嫌悪ですとか。

 そんな言葉遊びにもならないような、程度の低い回答はしないだろう。

 小学生みたいなことを始めれば、それこそ魔王の株が下がる。

 蛇太郎だけではない、四天王も『何言ってるんだ』という気分になるはずだ。


 であれば、納得のいく回答が存在するはずだ。

 今言った四つの回答とは明らかに異なる、他の候補とも違う、『この宇宙』で最強の感情が。


「……最強の感情。それは、数値的な物であり性質的な物だ。兵器として利用する場合、その感情こそが一番有効だった」


 魔王は、何かを思い出している。

 あらゆる感情を調べ、その中で一番強かったものがなんだったか。

 その時に憶えた、共有した驚きは、今も忘れていない。


「人間の持つ最も強い感情……絶望よりも、希望よりも、激怒よりも、寛容よりも、恋愛よりも、欲望よりも、さらに強い感情……」


 純然たる笑い話として、魔王は語る。

 計測の結果、甲種に対してもっとも有効だった力は……。



「それは『飽きる(・・・)』だ」



 四天王、および蛇太郎もあっけに取られていた。

 飽きる、という感情は知っている。

 人間ならば、誰でも知っている感情だ。


 愛国心、恐怖、恋愛、憎悪。

 それらとも全く異なる、掠ってもいない感情だ。

 なるほど、候補に挙がるはずもない。


「飽きる、倦怠……その感情から生み出された力こそが、最も強く、甲種に有効だった……なぜかはわからんが」


 魔王自身も、理由がわからない様子だった。

 しかしながら飽きるという感情が強いとなれば、それを使うのは自然だろう。


「魔王様、よろしいですか?」


 自然なことだからこそ、真面目に考える。

 ローレライは、具体的に考えたからこその疑問を覚えた。


「そのEOSを完成させるには、飽きるという感情が必要であることはわかりました。ですが……どうやって集めるのですか? 積極的に飽きさせるなんて、そうそうできることではないと思うのですが」

 

 大勢の愛国心を煽る、これはできない方が問題だ。

 大勢を恐怖させる、時代によっては簡単だろう。

 大勢の恋慕というのは、それこそ夜の街の領分である。

 大勢の憎悪というのは、放っておいても集まる。


 しかしながら、大勢を飽きさせて、それを集めるというのは想像がつかない。


「その通りだ、ローレライよ。私たち(・・・)もそれは大いに悩んだ」


 疲れたとか、面倒だとか、似通ったものでは駄目なのだ。

 飽きる、倦怠。それを純粋に集めなければならない。


「そこで、少々非効率的だが……順番を変えることにした」

「順番、ですか?」

「そうだ。本来なら特定の感情を抱いて死んだ魂から、その感情を抽出する。だがこのEOSの場合……」


 まだ無垢な、出来上がったばかりのEOS。

 宇宙最強の力を宿すはずの宝は、既にそれ相応の機能を有している。



死んだ人間(・・・・・)の魂を格納し、そこから『飽きる』という感情を抜き取り続けるという機能がある」



 まさに、悪魔の発明だろう。非人道的な発想のそれは、聞くだけで蛇太郎の心を揺さぶる。

 だがしかし、大昔のことであり、再現映像に過ぎない。

 言ってしまえば、昔こういうことがありました、というだけのこと。

 そもそも魔王軍は負けているので、このEOSは完成しなかったということだ。

 ならば、犠牲云々も考えなくていいだろう。


「ねえねえ、パパ。私わからないことがあるんだけど~~」


 かわいらしさをアピールしつつ、プリンセスも質問をする。


「人間の魂って『飽きる』を奪われるとどうなるの? 見当もつかないんだけど」

(それは確かに……)


 元気を奪われたら、文字通り元気がなくなるだろう。

 憤怒を奪われれば、怒りが冷めるはずだ。


 しかしながら、倦怠が、飽きるが奪われるとはどういうことか。

 当然ながら、飽きるがなくなるという日本語も、飽きるが冷めるという日本語もない。

 

「ふむ……考えたこともないな。だがおそらくは……」


 魔王は純粋にEOSを完成させたかったので、人間がどうなるかは考えていなかったらしい。

 刺身を作るとき、魚が痛がるかを考えないのと一緒であろう。

 だからこそ、魔王は今更のように考え始めた。そして出た答えは、シンプルに残酷である。



「同じことを、ひたすら繰り返し続けるのではないか?」

(消えてなくなった方がマシだな)



 それを聞いた四天王は納得したが、蛇太郎は嫌な気分になっていた。

 飽きるというのはネガティブな言葉だが、それがない世界というのはつらいものがある。


「ふむ……そうしてみると、これも少し違って見えるな。とはいえ、やるべきことに変わりはない」


 EOSを手にもつ魔王は、どうでもいい考えを切り捨てた。


「このEOSを完成させるには、膨大な『飽き』が必要だ。今生きているすべての人間を殺し、その魂をすべて格納しても足りない。その程度では時間がかかりすぎる」


 対甲種、対宇宙、対英雄。

 それを一方的に殺しせしめるには、生半なエネルギーでは足りないのだ。



「何億もの魂を注ぎ込んだとしても、そこから更に数千年もの間抽出し続けなければならん」



 蛇太郎は知っている。

 この時代の人類が、決して膨大ではなかったと。

 だからこそ、何億という数字は、この時代において全人類よりも多いのだ。

 もちろん、蛇太郎の時代の総人口よりも、ではあるが。


(つまり……もしもEOSが完成するなら……何億もの人々が、何千年も拘束されて……飽きることを許されずに同じことを繰り返すことになっていたのか)


 蛇太郎にはそんな状況が、想像もできなかった。


(完成しなくてよかったな……)


 想像することもできない悲劇が、実際には起きなかった。

 それを思って、蛇太郎は安堵する。


 そう、ここはあくまでも過去の再現。

 これが過去にタイムスリップしたとかなら、それなりにやきもきしただろう。

 何とかして阻止しようとしただろう。動ける数少ない時間で、何とかしようと試みたはずだ。

 だがそんなことは、考えるまでもない。普通にしていれば、そのまま終わるのだ。

 だからこそ、ただ観客としてそれを眺めていた。


「さて……いろいろ言ったが、EOSには可能な限り魂を詰め込んでいかなければならない。ならばこそ、前線で戦う者に預け、戦いの中で貯蔵してほしい」


 魔王はここでようやく、このEOSをどうするか話し始めた。


「本来なら、四天王筆頭たるムサシボウに預けるところだが……お前は確か、まだ願掛けを成していなかったな」

「はっ! まだ一万人目にふさわしい猛者に巡り合っておりませんので」

「よいよい、より強さを求めることは好ましい。であれば、他の三人だが……ローレライは軍の風紀を保つこと、プリンセスは私を守ることが仕事だ」


 魔王は、ここで度量を見せる。

 人類を裏切って魔王軍に与した新参者に、己の悲願を預けたのである。


「アヴェンジャーよ……多くの人間を殺し、この中に収めていくのだ。すぐに完成はせんが、今始めねば完成は遠のくばかりなのでな」

「はっ……お任せください、魔王様。このアヴェンジャー……一人でも多くの人間をこの中へ収めましょう……!」



 この数日後、アヴェンジャーは前線へ向かい……。

 EOSを持ったまま、魔王軍から逃げ出したのだった。

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― 新着の感想 ―
マジでこのシナリオ作ったやつは何考えてたんだ……熱意は感じるけど、それはそれとしてモンパラを凄く終わらせたがってる……
[一言] これ、メタ的に観たら… ゲームスタッフ「モンパラ7の世界観がクソゲーをモチーフにしてるだって?そう!我々が飽きたからさ!モンパラもこれで終わりだぜ!イヤッフゥー!」 ※尚、映画がヒットした所…
[一言] 更新お疲れ様です。 飽きるのが最強の感情なのは、モンパラ世界がゲームであることと関係しているのか…?  アヴェンジャーが借りパクして逃げて行ったのも気になりますね。彼の目的はなんだったのか……
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