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知りたくなかった真実

温度差をお楽しみください

 遥か古、伝説、神話の時代の物語。


 楽園がまだ楽園となる前、異世界からきた魔王と、この世界の人類が戦っていた時代の物語。


 実際に起きた物語。


 そして……人類の勝利を決定づけた物語。



 蛇太郎の意識は、大いに混濁していた。

 涙ながらも仲間と別れ、一人最後の世界に来た彼は、一時意識を失っていた。


 夢の中の世界なので一種奇妙だが、目を覚ますとベッドの上だった。

 それはもう、とんでもなく豪華な、ベッドだった。

 お世辞にも近代的とは言えないが、下品な言い方をするとカネのかけ方が違うベッドだった。


 寝心地で言えば楽園の都市で市販されている、ちょっとお高いベッドのほうが勝つだろう。

 だがただ見るだけで、大勢の職人が作ったとわかる、付加価値の高いベッドだった。


(どういうことだ?)


 目を覚ました蛇太郎は、状況に困惑する。

 普通に寝て起きたかのような感覚であり、余計に事態がつかめない。


(なんだ、この体の感覚は……おかしい、普通じゃない)


 自分の意志で動く、自分の体だった。

 にもかかわらず、普段と感覚が違う。

 まるで全身が軽い麻痺にかかっているようで、触覚が伝わってこない。


(何がどうなって……?)


 自分の手を見る。

 そこで一気に、意識が覚醒した。


「あ?!」


 自分の喉から出た声が、自分のものではなかった。

 自分の手を見て、自分の手ではなかった。


 起き上がって、周囲に鏡を探す。

 ちょうど全身を映せるほどの鏡があり、それに己を映すと……。


「そ、即身仏?!」


 自分の体が、なくなっていた。

 文字通りの『仏』になっている、乾いた己の体に瞠目を隠せない。

 普通に考えれば、体に不調はあって当然だった。

 いいや、死んでいて当然の体だろう。

 にもかかわらず、己は普通に生きている。なんの苦痛もなく、何の支障もない。

 少し体の感覚が違うだけで、動きに変化はなかった。


「……いったい、何がどうなっている」


 第五の世界に来たこと、それは覚えている。

 だがそこから、いきなりこうなっている。

 自分が動く死体になっている、その事実は受け止めがたい。


「お、俺は……俺は、何だ? これは、いったい……!」


 混乱する一方で、発狂には至らない。

 自分が死体になっていればパニックになってもおかしくないが、その段階には達していなかった。

 だが現状がわからないままであるのだから、事態に進展は見込めない。


「これは……この体は、誰のものだ?」


 一つはっきりしているのは、この肉体が根本的に蛇太郎のものではないということだった。

 骨格、身長の段階で自分ではないとわかる。平均的な体格の自分より、明らかに大きかった。


「……人間、だよな。違っても、亜人のはずだ」


 皮膚や筋肉が明らかに異常な一方で、骨格単位での異常はなかった。

 尻尾があるとか、羽が生えているとか、逆に手がないとか足がないとか、指がないとか。

 そういう『人間ではない別の生き物』という感じはない。

 そこから想定して『人間のミイラ』になっているのだと理解する。


「悪夢だ……!」


 現状を理解すると、悪夢にしか思えなかった。

 今まで一番の、『夢』としか思えない現状である。


「なんでミイラのまま、生きているんだ……俺は!」


 楽園には、基本的にアンデッドモンスターは存在しない。

 吸血鬼もアンデッド扱いではなく別のモンスターであるし、ゾンビやスケルトンも魔法で死体を動かしているだけである。

 幽霊、亡霊については人間の魂の残滓であり……ある意味アンデッドだが、これも特定の土地や物品を本体としている。

 つまり個体として独立しているアンデッドモンスターなんてものは、楽園には一体もいないのだ。


 いや、正しくは……。

 現在の時点で一体も残っていない、というべきだろう。


「ご主人様~~!」


 その困惑へ回答を示すように、飛び跳ねるような声が聞こえてきた。

 音の発生源である『個体』がぴゅんぴゅんと位置を変えているので、正直に言って落ち着かなかった。


「な……?」

「おはようございま~~す! 今日も大変に凛々しいお姿ですね!」


 その声の主が、蛇太郎の体の、その前で止まった。

 小人に羽が生えた容姿の、妖精種である。ぬいぐるみめいたマロンとは見た目からして異なる、しかし同じ種族であった。


(不味い……この体の本来の主を知っている……! 俺が中身だと知れたら……どうなるんだ?! いや、そもそも騙る気はないが……!)


 詰みである。

 ごまかす気はさらさらないが、ごまかそうと思ってもごまかせまい。

 この死体めいた肉体の持ち主について、目の前の妖精について、まったく何も知らないのだから。


 仕方がないので、正直にすべてを話そうとする。

 気が変になったと思われるかもしれないが、それでも騙すよりはマシだった。


「はははは!」

(?!)


 だが蛇太郎の体は、その意思を裏切っていた。

 彼の口は、勝手にしゃべりだしていたのである。


「そういうお前も、朝から元気だな! ヌヌ(・・)よ!」

「はい! このヌヌ、いつも元気でございます!」


 小さな姿の妖精が、羽ばたきながら蛇太郎の顔に抱き着いてきた。

 正直距離感が近すぎて怖いのだが、体が思うように動かない。


(ちょっと待て、さっきまでは普通に動いていたはず……?)


 状況の好転という意味ではありがたいが、体は勝手に動いて対応している。

 しかしそこに意思はなく、まるでからくり人形が機構にそって動いているようだった。


(俺以外の意思が体を動かしているわけじゃない……電車がレールの上を走るように……いや、それこそゲームのキャラがコントロールを離れたかのように……イベントで強制的に動いている?)


 困惑する蛇太郎は、正直に状況を伝えたかった。

 まるでだましているようで、気分が悪いのである。


「あ、あああ! よし、動く……そ、そのなんだ、俺は蛇太郎というもので、この体の主ではないというか……」


 会話の流れを不自然にぶった切って、蛇太郎は釈明をしようとする。

 それに対して妖精は……。


「今日は魔王様(・・・)から、重大なお知らせがあるとのことでしたね!」

(!?)


 妖精は、なんの反応も示さなかった。

 見て見ぬふり、どころではない。それこそアニメのキャラに話しかけても、アニメのキャラは動画通りにしか動かない理屈のように見えた。


「うむ! 今日は四天王(・・・)が全員そろって、魔王様から直々にお伺いする予定なのだ!」

「きっと素晴らしいお話なのでしょうね! 一緒に聞けないのが残念です!」

「なあに! 何かの機密でなければ、お前に教えてやるとも! いや、お前だけではない……キキにもな!」


 ことここに至って、蛇太郎は自分の状態を理解した。

 今を生きている誰かの体を乗っ取っているわけではないし、目の前にいる妖精も本物ではない。

 一人称視点のVR方式で映画を見ているようなもの、ゲームと違って『登場人物』へ影響を及ぼすことはないのだ。


(……話の流れからして、今の俺は魔王軍四天王の一人ということか? 死体の姿をした魔王軍四天王……まさか……!)


「お、おはようございます! ムサシボウ(・・・・・)様!」


 蛇太郎の気付きに応えるように、彼の足元から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 蛇太郎が足元を見ると、そこには大きめの宝箱がうごめいている。


(ミミックか? それも原種のデザイン……いや、それよりも……!)


 宝箱に誰かが入っているのではない、宝箱そのものがモンスターなのだ。

 それを知っている蛇太郎は、だからこそ宝箱が動くことに驚かない。

 驚くのは、呼ばれた名前だ。


(魔王軍四天王筆頭、破戒大僧正、エルダーリッチ、ムサシボウ! 俺は今……その視点を得ているのか!)

 

 蛇太郎は歴史に詳しいわけではないが、その名前ぐらいは知っている。

 準乙種級モンスター、ムサシボウ。人間の魂を集めやすい霊媒体質と完全な精神安定をもつ、二重の特異体質。


 蛇太郎は知りえぬことだが、のちに大橋流古武術の開祖となり、その継承者である九人目の英雄の『仲間』として事件を解決することになる。

 そんな数奇な運命をもつムサシボウの、その生前の姿にして魔王軍の現役時代。

 その視点を得ていることに、今更ながら気づいていた。


(エルダーリッチってこんな見た目だったんだ……)


 思った以上に、本格派の動く死体だった。

 この状態になっても平然と寝起きができるというのは、確かに『精神の完全安定』に至っているのかもしれない。

 しかしそれがうらやましいかと言えば、はなはだ疑問だが。


(魔王軍四天王は長命だったらしいが……この体で長生きしたくないな……)


 そんなことを考えている間にも、事態は進んでいた。

 ミミックのキキが、自分の中からムサシボウの着替えを差し出す。

 それに対して妖精のヌヌが、怪しげな光の粉を振りかける。

 すると妖精の力によるものか、先ほどまで白い死に装束姿だったムサシボウは、僧兵姿に変わっている。


「うむ! 魔王様の前に出ても恥ずかしくない、見事な礼服だな! いつも感謝してるぞ、キキ、ヌヌよ!」


「はい、ムサシボウ様!」

「お仕えできて、私どもの方が幸せでございます!」


「……ん、んん? 今、今動けるのか?」


 いきなり自動操縦が解除されて、あわてる蛇太郎。

 どうやらセリフとセリフの間は、ある程度動けるらしい。


「失礼……」


 僧兵の姿のまま、キキやヌヌの顔の前で手を動かす。

 小手に守られた手でやると一種滑稽だったが、それでも目的は達成された。

 やはり全く反応がない、蛇太郎の仮説は証明されていた。


「……しばらくは流れに乗るか、どうせ他に当てもないし」


 マロンはこの世界について、何も言ってくれなかった。

 しかし今までの流れからして、マロンが嘘を言っているとは思えない。

 彼は情報を小出しにすることはあったが、必要なことは都度説明してくれた。

 今回のことも、世界を救うために必要なことだろうと察しがつく。


 元より流されやすい性格もあって、蛇太郎はしばらくこの『映画』を楽しむことにした。

 おそらく史実を元にした、あるいは史実そのものであろうと察しはつく。

 今まで興味があったわけでもないが、魔王軍四天王、魔王本人に会えるというのは少々楽しみである。


「……イベントが進まないな、部屋を出ろってことか?」


 しばらく待ったが、キキもヌヌもその場を動かない。

 既にこの部屋でするべきことはないのだろう、そう判断して、蛇太郎は部屋の外へ向かった。


 西洋風の部屋の中に、鎌倉時代の僧兵の姿をしているムサシボウ。

 正直に言って浮いているが、それでも出ないわけにはいかない。

 元々恥ずかしがり屋で引っ込み思案な蛇太郎は、羞恥しつつも表へ出た。


 魔王軍四天王筆頭という、事実上のナンバー2。

 準乙種級という破格の強さを持つ怪物の姿でありながら、とてもこまごまとした、小物めいた振る舞いをしていた。

 むしろ堂々としている方が恥ずかしくないのでは。そう思いつつも、おっかなびっくりの振る舞いを止められなかった。


「あらムサシボウ、おはよう」

「ひっ!」


 そんな振る舞いの中で、後ろから声をかけられた。

 物凄くびっくりして、つい悲鳴を上げてしまう。


「うむ、ローレライ! おはよう!」


 だがすぐに、体が自動操縦に変わった。おかげで一気に堂々たる振る舞いに戻る。

 相手がこちらの所作に反応しないとわかっていても、こっぱずかしさが解消されてありがたかった。


(というか……ローレライ? そんな四天王いたか? いや……俺が知っているのはアヴェンジャーとムサシボウとプリンセスだから……俺が知らないだけか)


 頼光四天王というのがあるのだが、日本人でもその四人を全員言える者は少ないだろう。

 だが一人だけ、坂田金時、あるいは金太郎については知っているはずだ。

 なんなら頼光本人よりも知名度があるし、頼光四天王を知らなくても知られている。


 その逆もまたしかり。

 魔王軍四天王、準丙種モンスター、エンシェントウンディーネ、人殺雫、ローレライ。

 楽園において、一番知名度の低い将である。(ちなみに、この時代はササゲの上司)

 のちにランダムワープで追放され、魔王の故郷へ転移。その先でベネという大都市を築き、女王ヒミコを名乗るに至った長命者。

 治癒限界がなく、水の精霊との完全親和が可能な、二重の特異体質の所持者。

 

 現在の彼女は水色のマーメイドドレスを着ている、実に優雅で気品の高い姿をしている。

 その周囲にはいくつかの水球が浮かんでおり、彼女が高位の水の精霊であるとアピールされていた。


「ねえムサシボウ、貴方本当に今日の用件について聞いていないの?」

「うむ、さっぱりだ! それらしいことさえ、今まで聞いたことがない!」

「一番の古株である貴方でさえ聞いていないなんて……一体何なのかしらねえ」

「悪いことではなかろう、魔王様は最近上機嫌だ。魔王軍四天王が全員そろってからは、ずっとな」

「……一時期なんて、私と貴方だけで『四天王』を名乗らされていたものね。何なのかしら、魔王様の『四』へのこだわりは」


(……?)


 現代人……というと表現があいまいになるが、後世の生まれである蛇太郎はその愚痴に奇妙な感覚を覚えた。


 一人の人間が仲間にできるモンスターは、四体まで。

 一体の魔王が従えているモンスターは、四天王。


 なにがしかの因果を、感じずにいられない。


「ただのゲン担ぎではないか? 私も側近以外で配下を作るときは『四体にしろ』と言われたが……実際不都合はないぞ」

「貴方自慢の『四大人斬り』ね……まあ確かに、直属の部下を百人にしろって言われても困るし、そこまで反発するのもおかしいか」

「うむうむ! 魔王様がご機嫌なら悪いことではない!」


(まあ確かに……)


 その、なにがしかの因果を蛇太郎は忘れることにした。

 兵法で伍という単位があるように、一人が直接指示する人数として四人というのは普通だ。

 魔王が「四天王を作るぞ~~」と決めていて、それが達成されて喜んでも、まあ普通だろう。


 そう思っているところで、蛇太郎の口が勝手に動いた。


「おお、噂をすれば影だな! 四人目の四天王のご登場だ!」


 眼球の動き、瞳孔の動きさえも強制された。

 蛇太郎は自然と、その四天王を見る。


 そこにいたのは、全身が黒ずくめの騎士だった。

 城内であるにもかかわらず、全身が金属の武具で隠れている。

 肌もなにもかも、全く見えていない。


 その一方で、感情はわかりやすかった。

 幽鬼のように揺れ動く彼は、つねにぶつぶつとつぶやいている。


「ぶっ殺す……人間をぶっ殺す……一人残らずぶっ殺す……!」


(怖い……)


 ある意味では、誰もが想像する『魔王のしもべ』だった。

 途方もないほどの憎しみと殺意をあふれ出させながら、その男は歩いている。


「ははは! 頼もしいな、アヴェンジャー! お主一人で残った敵を、全員殺してしまえそうなほどだぞ!」

「ええ、敵だと厄介だったけど……味方だと頼もしいわねえ」


(こ、この男が、魔王軍四天王で一番有名な男……!)


 自分の口から出た言葉で、相手が誰なのか理解する。

 かつて人類側で戦っていた戦士でありながら人類を裏切り、魔王軍の配下となった者。

 そして……。


(……ん?)


 そういえば、なぜ有名だったのか。

 歴史に興味があったわけでもないからか、なかなか思い出せなかった。


「人間は、一人残らずぶっ殺してやる……!」


 魔王軍四天王、準丙種モンスター、ブラックナイト、不忠大逆、アヴェンジャー。

 誰よりも強く人間を憎む、もっとも新しい四天王。


 殺気を垂れ流しにしている怪物を前に、蛇太郎は思わず身をすくませた。

 そう、今この瞬間は、身がすくんでいた。彼は自分の体が、わずかに自由になったと理解する。

 だがだからといって、何ができるわけでもないのだが。


(待て待て、この流れだと……!)


 だが蛇太郎の体は、自分で動かせるからこそ挙動不審になる。

 このままの流れだと、最後の一人が現れるに決まっている。


 唯一と言っていい、蛇太郎に関係のある英雄だった。


(俺が子供のころ、世界を救ったあの……!)


 体が勝手に動き出すまでの数秒、彼はうろたえにうろたえた。

 そして……来るべきものが来る。



「ちょっとアンタたち! 何やってるのよ! パパが待ってるのに、なにくっちゃべってるの!」



 体が勝手に、そちらを向いた。

 そこにいるのは、幼子だった。

 男の子と言っても通じるほどに未熟な肉体をしている、瑞々しい少女である。


「おおプリンセス、今日も元気そうだな。しかし魔王様への謁見は、まだしばし時間があったはずでは?」

「そうよねえ、早すぎると失礼だし……」


「何言ってるのよ、二人とも! もうパパは謁見の間で待っていらっしゃるのよ!」


 だがその幼い姿の一方で、表情はややませていた。

 少女というよりも、思春期の乙女というにふさわしい。

 もっとも、実年齢はそれどころではないのだが。

 魔王から長命を授かった彼女の実年齢は、この時点でも三桁に達しているはずである。


(こ、この人が……あの時世界を救ってくれた英雄!)

「はぁああああ! 謁見の間で玉座に座っているパパ……私が先に座って温めてあげようと思っていたら、もう先に座っていらっしゃって……ものすごく楽しそうに、そわそわしながら身を揺さぶっているおパパ……ああ! 最高に素敵! いつも素敵だけど、今は子供みたいにはしゃぎたがっていて、それを抑えている姿がもう……たまらないわ~~!」

(……英雄っていったい)


 彼女こそ、人類史に最も長くかかわった四天王。

 魔王が討たれたあと長く封印され、勝利歴末期、終末戦争末期に英雄黄河により封印が解かれ、その妻となった女。

 黄河との間に多くの子をもうけ、彼の死後はカセイ兵器ナイルを引き継ぎ……。

 のちに異世界からの漂流者と敵対し、彼の召喚した異世界からのモンスターを倒した女傑。


 強化上限がなく、悪魔との完全親和を併せ持つ、二重の特異体質。

 丙種モンスター、サキュバスクイーン、魔王の娘、プリンセス。

 五人目の英雄、太古の神、魔王の娘、羊皮狼太郎。

 

 その四天王時代の姿である。


「そのパパが貴方たちを待っているのに……道草を食ってるんじゃないわよ!」


 瞳孔が、ハートマークになっている。

 大きく開いた口の奥も、ハートマークになっている。

 何なら自分の両手でも、ハートマークを作っている。

 臀部から伸びる尻尾でも、ハートマークを作っている。


 古代の昔なので当然だが、ものすごく古典的な所作であった。

 いや、時代を先取りしている、と言っていいのかもしれない。

 あくまでも、比較的ではあるのだが。


(なぜだろう……すごく悲しくなってきた)


 憧れの英雄の、幼少の姿。

 それがどれだけみっともなかったとしても、文句を言う筋合いはない。

 だがそう思いたくなるほど、彼女の所作は幼かった。

 そしてそれを見ても尊敬を保てるほど、蛇太郎は信仰に厚くない。


「ははは! そう急かされてはたまらないな!」

「魔王様がそこまで急いていらっしゃるなんて……一体なにかしらね?」


 幼少のころからプリンセスを知るムサシボウとローレライは、まったく気にせずに話を進めている。

 二人からすれば、彼女はこれで普通なのだ。むしろ本人に会って幻滅している、蛇太郎がおかしいのである。


「人間ぶっ殺す……人間ぶっ殺す……!」

(この人はこの人で、なんで集団生活ができているんだろう……)


 なお、アヴェンジャーはプリンセスに全く気付いていなかった。

 一人だけの世界にいるので、興味自体がない様子である。

 その一方でここにいるのだから、魔王からの招集に応じる気はあるようだ。

 そのあたり、狂気と正気のはざまにいるのかもしれない。


「では皆がそろったことだし……少々早いが、全員でご挨拶に参ろうか!」

(魔王……!)


 プリンセスの登場で気が緩んでいた蛇太郎は、わずかに興奮する。

 自分はこれから、人類の敵対者であった魔王の素顔を知ることになるのだ。


 自分の口で魔王へ挨拶に行くと言ったところで、体は自由になる。

 しかし彼は、やはり流れに乗る。魔王の待つ、謁見の間へ歩いていく。

 とはいえ道を知らないので、プリンセスの先導についていくことになるのだが。


(一人目の英雄に打倒された、人類の敵対者……魔王の冠の前任者!)


 悪魔の亜種とは聴いているが、一体どんなモンスターなのか。

 ここが過去の再現映像のようなものだとわかっているからこそ、らしくもなく気分が上がっていた。


「今日のパパは普段一倍格好いいだからね! 失礼しちゃだめよ!」

「普段一倍って……普段と同じじゃないの」

「ははは! 普段から偉大だ、ということだろう?」

「人間ぶっ殺す……人間ぶっ殺す……」


 四天王は、ひと際大きな扉にたどり着いた。

 その奥に、冠頂く魔王が座っている。


 そう思うと、体が緊張する。

 しかしここで、ムサシボウの体は動き出した。


 大きな扉を開けて、中に入る。

 荘厳な玉座には、強大な王が座っていて……。


「ふはははは!」


 突如として、ムサシボウが笑い始めた。

 いきなりのこと過ぎて、蛇太郎は魔王に注目できない。


「がはははは!」

「おほほほほ!」

「ひひひひひ!」


 それに続く形で、他の三体も笑いだす。 


「我こそは魔王軍四天王筆頭! 『破戒大僧正』ムサシボウ!」

「同じく魔王軍四天王! 『不忠大逆』アヴェンジャー!」

「同じく魔王軍四天王! 『人殺滴』ローレライ!」

「同じく魔王軍四天王! 『魔王の娘』プリンセス!」


「我等、人より霊長の座を奪い取り!」

「世界をモンスターの手へ移す者!」

「大いなる魔王の下に集いし精鋭!」

「邪悪、凶悪、最強、無敵!」


「我等、魔王軍四天王!」


 四天王はそろって、玉座にいる魔王の前で見得を切り始めた。

 さながら特撮ヒーローか歌舞伎役者のごとく、あるいは大昔の武者が「やあやあ我こそは」と名乗りを上げるのと同様であった。


(……俺は一体何をやっているんだ?)


 時代背景を考えれば、何もおかしくないはずである。

 しかしいきなりヒーローショーが始まって、その役者にされてしまった。

 蛇太郎の困惑は深い。


「よくぞ来た、我が配下よ!」


 そして、それを見ている唯一の観客、魔王。

 彼は心底愉快そうに、大いに笑っていた。

 その所作はとても恐ろしいのだが、なぜ笑っているのかを考えると怖さがない。

 むしろ滑稽であった。


(情報が渋滞している……!)


 全身全霊でカルチャーショックを味わう蛇太郎。

 何から驚けばいいのかわからないが……。


 彼が本当に知るべきは、この後のこと。


 対甲種魔導器、End of serviceの説明についてであった。



 そう、魔王自ら語るのである。

 娯楽作品の最強議論で上位に食い込む、宇宙最強の兵器。

 それが一体何なのか、蛇太郎は知らされることとなる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゑ? ササゲに上司が居たの?
[良い点] いよいよ最強論議の最高峰であるEOSの全貌が! [気になる点] やはり4人縛りが気になります。 [一言] 結局EOSというのは「人間の一番強い感情」を利用する事で完成し、甲種や英雄すら葬る…
[一言] 更新お疲れ様です。 魔王の正体、気になりますね。 一人の人間が仲間にできるモンスターの数は4人… 最初から4人いなかった四天王… 要素を書くだけでワクワクしますね。
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