知りたくなかった真実
温度差をお楽しみください
遥か古、伝説、神話の時代の物語。
楽園がまだ楽園となる前、異世界からきた魔王と、この世界の人類が戦っていた時代の物語。
実際に起きた物語。
そして……人類の勝利を決定づけた物語。
※
蛇太郎の意識は、大いに混濁していた。
涙ながらも仲間と別れ、一人最後の世界に来た彼は、一時意識を失っていた。
夢の中の世界なので一種奇妙だが、目を覚ますとベッドの上だった。
それはもう、とんでもなく豪華な、ベッドだった。
お世辞にも近代的とは言えないが、下品な言い方をするとカネのかけ方が違うベッドだった。
寝心地で言えば楽園の都市で市販されている、ちょっとお高いベッドのほうが勝つだろう。
だがただ見るだけで、大勢の職人が作ったとわかる、付加価値の高いベッドだった。
(どういうことだ?)
目を覚ました蛇太郎は、状況に困惑する。
普通に寝て起きたかのような感覚であり、余計に事態がつかめない。
(なんだ、この体の感覚は……おかしい、普通じゃない)
自分の意志で動く、自分の体だった。
にもかかわらず、普段と感覚が違う。
まるで全身が軽い麻痺にかかっているようで、触覚が伝わってこない。
(何がどうなって……?)
自分の手を見る。
そこで一気に、意識が覚醒した。
「あ?!」
自分の喉から出た声が、自分のものではなかった。
自分の手を見て、自分の手ではなかった。
起き上がって、周囲に鏡を探す。
ちょうど全身を映せるほどの鏡があり、それに己を映すと……。
「そ、即身仏?!」
自分の体が、なくなっていた。
文字通りの『仏』になっている、乾いた己の体に瞠目を隠せない。
普通に考えれば、体に不調はあって当然だった。
いいや、死んでいて当然の体だろう。
にもかかわらず、己は普通に生きている。なんの苦痛もなく、何の支障もない。
少し体の感覚が違うだけで、動きに変化はなかった。
「……いったい、何がどうなっている」
第五の世界に来たこと、それは覚えている。
だがそこから、いきなりこうなっている。
自分が動く死体になっている、その事実は受け止めがたい。
「お、俺は……俺は、何だ? これは、いったい……!」
混乱する一方で、発狂には至らない。
自分が死体になっていればパニックになってもおかしくないが、その段階には達していなかった。
だが現状がわからないままであるのだから、事態に進展は見込めない。
「これは……この体は、誰のものだ?」
一つはっきりしているのは、この肉体が根本的に蛇太郎のものではないということだった。
骨格、身長の段階で自分ではないとわかる。平均的な体格の自分より、明らかに大きかった。
「……人間、だよな。違っても、亜人のはずだ」
皮膚や筋肉が明らかに異常な一方で、骨格単位での異常はなかった。
尻尾があるとか、羽が生えているとか、逆に手がないとか足がないとか、指がないとか。
そういう『人間ではない別の生き物』という感じはない。
そこから想定して『人間のミイラ』になっているのだと理解する。
「悪夢だ……!」
現状を理解すると、悪夢にしか思えなかった。
今まで一番の、『夢』としか思えない現状である。
「なんでミイラのまま、生きているんだ……俺は!」
楽園には、基本的にアンデッドモンスターは存在しない。
吸血鬼もアンデッド扱いではなく別のモンスターであるし、ゾンビやスケルトンも魔法で死体を動かしているだけである。
幽霊、亡霊については人間の魂の残滓であり……ある意味アンデッドだが、これも特定の土地や物品を本体としている。
つまり個体として独立しているアンデッドモンスターなんてものは、楽園には一体もいないのだ。
いや、正しくは……。
現在の時点で一体も残っていない、というべきだろう。
「ご主人様~~!」
その困惑へ回答を示すように、飛び跳ねるような声が聞こえてきた。
音の発生源である『個体』がぴゅんぴゅんと位置を変えているので、正直に言って落ち着かなかった。
「な……?」
「おはようございま~~す! 今日も大変に凛々しいお姿ですね!」
その声の主が、蛇太郎の体の、その前で止まった。
小人に羽が生えた容姿の、妖精種である。ぬいぐるみめいたマロンとは見た目からして異なる、しかし同じ種族であった。
(不味い……この体の本来の主を知っている……! 俺が中身だと知れたら……どうなるんだ?! いや、そもそも騙る気はないが……!)
詰みである。
ごまかす気はさらさらないが、ごまかそうと思ってもごまかせまい。
この死体めいた肉体の持ち主について、目の前の妖精について、まったく何も知らないのだから。
仕方がないので、正直にすべてを話そうとする。
気が変になったと思われるかもしれないが、それでも騙すよりはマシだった。
「はははは!」
(?!)
だが蛇太郎の体は、その意思を裏切っていた。
彼の口は、勝手にしゃべりだしていたのである。
「そういうお前も、朝から元気だな! ヌヌよ!」
「はい! このヌヌ、いつも元気でございます!」
小さな姿の妖精が、羽ばたきながら蛇太郎の顔に抱き着いてきた。
正直距離感が近すぎて怖いのだが、体が思うように動かない。
(ちょっと待て、さっきまでは普通に動いていたはず……?)
状況の好転という意味ではありがたいが、体は勝手に動いて対応している。
しかしそこに意思はなく、まるでからくり人形が機構にそって動いているようだった。
(俺以外の意思が体を動かしているわけじゃない……電車がレールの上を走るように……いや、それこそゲームのキャラがコントロールを離れたかのように……イベントで強制的に動いている?)
困惑する蛇太郎は、正直に状況を伝えたかった。
まるでだましているようで、気分が悪いのである。
「あ、あああ! よし、動く……そ、そのなんだ、俺は蛇太郎というもので、この体の主ではないというか……」
会話の流れを不自然にぶった切って、蛇太郎は釈明をしようとする。
それに対して妖精は……。
「今日は魔王様から、重大なお知らせがあるとのことでしたね!」
(!?)
妖精は、なんの反応も示さなかった。
見て見ぬふり、どころではない。それこそアニメのキャラに話しかけても、アニメのキャラは動画通りにしか動かない理屈のように見えた。
「うむ! 今日は四天王が全員そろって、魔王様から直々にお伺いする予定なのだ!」
「きっと素晴らしいお話なのでしょうね! 一緒に聞けないのが残念です!」
「なあに! 何かの機密でなければ、お前に教えてやるとも! いや、お前だけではない……キキにもな!」
ことここに至って、蛇太郎は自分の状態を理解した。
今を生きている誰かの体を乗っ取っているわけではないし、目の前にいる妖精も本物ではない。
一人称視点のVR方式で映画を見ているようなもの、ゲームと違って『登場人物』へ影響を及ぼすことはないのだ。
(……話の流れからして、今の俺は魔王軍四天王の一人ということか? 死体の姿をした魔王軍四天王……まさか……!)
「お、おはようございます! ムサシボウ様!」
蛇太郎の気付きに応えるように、彼の足元から名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
蛇太郎が足元を見ると、そこには大きめの宝箱がうごめいている。
(ミミックか? それも原種のデザイン……いや、それよりも……!)
宝箱に誰かが入っているのではない、宝箱そのものがモンスターなのだ。
それを知っている蛇太郎は、だからこそ宝箱が動くことに驚かない。
驚くのは、呼ばれた名前だ。
(魔王軍四天王筆頭、破戒大僧正、エルダーリッチ、ムサシボウ! 俺は今……その視点を得ているのか!)
蛇太郎は歴史に詳しいわけではないが、その名前ぐらいは知っている。
準乙種級モンスター、ムサシボウ。人間の魂を集めやすい霊媒体質と完全な精神安定をもつ、二重の特異体質。
蛇太郎は知りえぬことだが、のちに大橋流古武術の開祖となり、その継承者である九人目の英雄の『仲間』として事件を解決することになる。
そんな数奇な運命をもつムサシボウの、その生前の姿にして魔王軍の現役時代。
その視点を得ていることに、今更ながら気づいていた。
(エルダーリッチってこんな見た目だったんだ……)
思った以上に、本格派の動く死体だった。
この状態になっても平然と寝起きができるというのは、確かに『精神の完全安定』に至っているのかもしれない。
しかしそれがうらやましいかと言えば、はなはだ疑問だが。
(魔王軍四天王は長命だったらしいが……この体で長生きしたくないな……)
そんなことを考えている間にも、事態は進んでいた。
ミミックのキキが、自分の中からムサシボウの着替えを差し出す。
それに対して妖精のヌヌが、怪しげな光の粉を振りかける。
すると妖精の力によるものか、先ほどまで白い死に装束姿だったムサシボウは、僧兵姿に変わっている。
「うむ! 魔王様の前に出ても恥ずかしくない、見事な礼服だな! いつも感謝してるぞ、キキ、ヌヌよ!」
「はい、ムサシボウ様!」
「お仕えできて、私どもの方が幸せでございます!」
「……ん、んん? 今、今動けるのか?」
いきなり自動操縦が解除されて、あわてる蛇太郎。
どうやらセリフとセリフの間は、ある程度動けるらしい。
「失礼……」
僧兵の姿のまま、キキやヌヌの顔の前で手を動かす。
小手に守られた手でやると一種滑稽だったが、それでも目的は達成された。
やはり全く反応がない、蛇太郎の仮説は証明されていた。
「……しばらくは流れに乗るか、どうせ他に当てもないし」
マロンはこの世界について、何も言ってくれなかった。
しかし今までの流れからして、マロンが嘘を言っているとは思えない。
彼は情報を小出しにすることはあったが、必要なことは都度説明してくれた。
今回のことも、世界を救うために必要なことだろうと察しがつく。
元より流されやすい性格もあって、蛇太郎はしばらくこの『映画』を楽しむことにした。
おそらく史実を元にした、あるいは史実そのものであろうと察しはつく。
今まで興味があったわけでもないが、魔王軍四天王、魔王本人に会えるというのは少々楽しみである。
「……イベントが進まないな、部屋を出ろってことか?」
しばらく待ったが、キキもヌヌもその場を動かない。
既にこの部屋でするべきことはないのだろう、そう判断して、蛇太郎は部屋の外へ向かった。
西洋風の部屋の中に、鎌倉時代の僧兵の姿をしているムサシボウ。
正直に言って浮いているが、それでも出ないわけにはいかない。
元々恥ずかしがり屋で引っ込み思案な蛇太郎は、羞恥しつつも表へ出た。
魔王軍四天王筆頭という、事実上のナンバー2。
準乙種級という破格の強さを持つ怪物の姿でありながら、とてもこまごまとした、小物めいた振る舞いをしていた。
むしろ堂々としている方が恥ずかしくないのでは。そう思いつつも、おっかなびっくりの振る舞いを止められなかった。
「あらムサシボウ、おはよう」
「ひっ!」
そんな振る舞いの中で、後ろから声をかけられた。
物凄くびっくりして、つい悲鳴を上げてしまう。
「うむ、ローレライ! おはよう!」
だがすぐに、体が自動操縦に変わった。おかげで一気に堂々たる振る舞いに戻る。
相手がこちらの所作に反応しないとわかっていても、こっぱずかしさが解消されてありがたかった。
(というか……ローレライ? そんな四天王いたか? いや……俺が知っているのはアヴェンジャーとムサシボウとプリンセスだから……俺が知らないだけか)
頼光四天王というのがあるのだが、日本人でもその四人を全員言える者は少ないだろう。
だが一人だけ、坂田金時、あるいは金太郎については知っているはずだ。
なんなら頼光本人よりも知名度があるし、頼光四天王を知らなくても知られている。
その逆もまたしかり。
魔王軍四天王、準丙種モンスター、エンシェントウンディーネ、人殺雫、ローレライ。
楽園において、一番知名度の低い将である。(ちなみに、この時代はササゲの上司)
のちにランダムワープで追放され、魔王の故郷へ転移。その先でベネという大都市を築き、女王ヒミコを名乗るに至った長命者。
治癒限界がなく、水の精霊との完全親和が可能な、二重の特異体質の所持者。
現在の彼女は水色のマーメイドドレスを着ている、実に優雅で気品の高い姿をしている。
その周囲にはいくつかの水球が浮かんでおり、彼女が高位の水の精霊であるとアピールされていた。
「ねえムサシボウ、貴方本当に今日の用件について聞いていないの?」
「うむ、さっぱりだ! それらしいことさえ、今まで聞いたことがない!」
「一番の古株である貴方でさえ聞いていないなんて……一体何なのかしらねえ」
「悪いことではなかろう、魔王様は最近上機嫌だ。魔王軍四天王が全員そろってからは、ずっとな」
「……一時期なんて、私と貴方だけで『四天王』を名乗らされていたものね。何なのかしら、魔王様の『四』へのこだわりは」
(……?)
現代人……というと表現があいまいになるが、後世の生まれである蛇太郎はその愚痴に奇妙な感覚を覚えた。
一人の人間が仲間にできるモンスターは、四体まで。
一体の魔王が従えているモンスターは、四天王。
なにがしかの因果を、感じずにいられない。
「ただのゲン担ぎではないか? 私も側近以外で配下を作るときは『四体にしろ』と言われたが……実際不都合はないぞ」
「貴方自慢の『四大人斬り』ね……まあ確かに、直属の部下を百人にしろって言われても困るし、そこまで反発するのもおかしいか」
「うむうむ! 魔王様がご機嫌なら悪いことではない!」
(まあ確かに……)
その、なにがしかの因果を蛇太郎は忘れることにした。
兵法で伍という単位があるように、一人が直接指示する人数として四人というのは普通だ。
魔王が「四天王を作るぞ~~」と決めていて、それが達成されて喜んでも、まあ普通だろう。
そう思っているところで、蛇太郎の口が勝手に動いた。
「おお、噂をすれば影だな! 四人目の四天王のご登場だ!」
眼球の動き、瞳孔の動きさえも強制された。
蛇太郎は自然と、その四天王を見る。
そこにいたのは、全身が黒ずくめの騎士だった。
城内であるにもかかわらず、全身が金属の武具で隠れている。
肌もなにもかも、全く見えていない。
その一方で、感情はわかりやすかった。
幽鬼のように揺れ動く彼は、つねにぶつぶつとつぶやいている。
「ぶっ殺す……人間をぶっ殺す……一人残らずぶっ殺す……!」
(怖い……)
ある意味では、誰もが想像する『魔王のしもべ』だった。
途方もないほどの憎しみと殺意をあふれ出させながら、その男は歩いている。
「ははは! 頼もしいな、アヴェンジャー! お主一人で残った敵を、全員殺してしまえそうなほどだぞ!」
「ええ、敵だと厄介だったけど……味方だと頼もしいわねえ」
(こ、この男が、魔王軍四天王で一番有名な男……!)
自分の口から出た言葉で、相手が誰なのか理解する。
かつて人類側で戦っていた戦士でありながら人類を裏切り、魔王軍の配下となった者。
そして……。
(……ん?)
そういえば、なぜ有名だったのか。
歴史に興味があったわけでもないからか、なかなか思い出せなかった。
「人間は、一人残らずぶっ殺してやる……!」
魔王軍四天王、準丙種モンスター、ブラックナイト、不忠大逆、アヴェンジャー。
誰よりも強く人間を憎む、もっとも新しい四天王。
殺気を垂れ流しにしている怪物を前に、蛇太郎は思わず身をすくませた。
そう、今この瞬間は、身がすくんでいた。彼は自分の体が、わずかに自由になったと理解する。
だがだからといって、何ができるわけでもないのだが。
(待て待て、この流れだと……!)
だが蛇太郎の体は、自分で動かせるからこそ挙動不審になる。
このままの流れだと、最後の一人が現れるに決まっている。
唯一と言っていい、蛇太郎に関係のある英雄だった。
(俺が子供のころ、世界を救ったあの……!)
体が勝手に動き出すまでの数秒、彼はうろたえにうろたえた。
そして……来るべきものが来る。
「ちょっとアンタたち! 何やってるのよ! パパが待ってるのに、なにくっちゃべってるの!」
体が勝手に、そちらを向いた。
そこにいるのは、幼子だった。
男の子と言っても通じるほどに未熟な肉体をしている、瑞々しい少女である。
「おおプリンセス、今日も元気そうだな。しかし魔王様への謁見は、まだしばし時間があったはずでは?」
「そうよねえ、早すぎると失礼だし……」
「何言ってるのよ、二人とも! もうパパは謁見の間で待っていらっしゃるのよ!」
だがその幼い姿の一方で、表情はややませていた。
少女というよりも、思春期の乙女というにふさわしい。
もっとも、実年齢はそれどころではないのだが。
魔王から長命を授かった彼女の実年齢は、この時点でも三桁に達しているはずである。
(こ、この人が……あの時世界を救ってくれた英雄!)
「はぁああああ! 謁見の間で玉座に座っているパパ……私が先に座って温めてあげようと思っていたら、もう先に座っていらっしゃって……ものすごく楽しそうに、そわそわしながら身を揺さぶっているおパパ……ああ! 最高に素敵! いつも素敵だけど、今は子供みたいにはしゃぎたがっていて、それを抑えている姿がもう……たまらないわ~~!」
(……英雄っていったい)
彼女こそ、人類史に最も長くかかわった四天王。
魔王が討たれたあと長く封印され、勝利歴末期、終末戦争末期に英雄黄河により封印が解かれ、その妻となった女。
黄河との間に多くの子をもうけ、彼の死後はカセイ兵器ナイルを引き継ぎ……。
のちに異世界からの漂流者と敵対し、彼の召喚した異世界からのモンスターを倒した女傑。
強化上限がなく、悪魔との完全親和を併せ持つ、二重の特異体質。
丙種モンスター、サキュバスクイーン、魔王の娘、プリンセス。
五人目の英雄、太古の神、魔王の娘、羊皮狼太郎。
その四天王時代の姿である。
「そのパパが貴方たちを待っているのに……道草を食ってるんじゃないわよ!」
瞳孔が、ハートマークになっている。
大きく開いた口の奥も、ハートマークになっている。
何なら自分の両手でも、ハートマークを作っている。
臀部から伸びる尻尾でも、ハートマークを作っている。
古代の昔なので当然だが、ものすごく古典的な所作であった。
いや、時代を先取りしている、と言っていいのかもしれない。
あくまでも、比較的ではあるのだが。
(なぜだろう……すごく悲しくなってきた)
憧れの英雄の、幼少の姿。
それがどれだけみっともなかったとしても、文句を言う筋合いはない。
だがそう思いたくなるほど、彼女の所作は幼かった。
そしてそれを見ても尊敬を保てるほど、蛇太郎は信仰に厚くない。
「ははは! そう急かされてはたまらないな!」
「魔王様がそこまで急いていらっしゃるなんて……一体なにかしらね?」
幼少のころからプリンセスを知るムサシボウとローレライは、まったく気にせずに話を進めている。
二人からすれば、彼女はこれで普通なのだ。むしろ本人に会って幻滅している、蛇太郎がおかしいのである。
「人間ぶっ殺す……人間ぶっ殺す……!」
(この人はこの人で、なんで集団生活ができているんだろう……)
なお、アヴェンジャーはプリンセスに全く気付いていなかった。
一人だけの世界にいるので、興味自体がない様子である。
その一方でここにいるのだから、魔王からの招集に応じる気はあるようだ。
そのあたり、狂気と正気のはざまにいるのかもしれない。
「では皆がそろったことだし……少々早いが、全員でご挨拶に参ろうか!」
(魔王……!)
プリンセスの登場で気が緩んでいた蛇太郎は、わずかに興奮する。
自分はこれから、人類の敵対者であった魔王の素顔を知ることになるのだ。
自分の口で魔王へ挨拶に行くと言ったところで、体は自由になる。
しかし彼は、やはり流れに乗る。魔王の待つ、謁見の間へ歩いていく。
とはいえ道を知らないので、プリンセスの先導についていくことになるのだが。
(一人目の英雄に打倒された、人類の敵対者……魔王の冠の前任者!)
悪魔の亜種とは聴いているが、一体どんなモンスターなのか。
ここが過去の再現映像のようなものだとわかっているからこそ、らしくもなく気分が上がっていた。
「今日のパパは普段一倍格好いいだからね! 失礼しちゃだめよ!」
「普段一倍って……普段と同じじゃないの」
「ははは! 普段から偉大だ、ということだろう?」
「人間ぶっ殺す……人間ぶっ殺す……」
四天王は、ひと際大きな扉にたどり着いた。
その奥に、冠頂く魔王が座っている。
そう思うと、体が緊張する。
しかしここで、ムサシボウの体は動き出した。
大きな扉を開けて、中に入る。
荘厳な玉座には、強大な王が座っていて……。
「ふはははは!」
突如として、ムサシボウが笑い始めた。
いきなりのこと過ぎて、蛇太郎は魔王に注目できない。
「がはははは!」
「おほほほほ!」
「ひひひひひ!」
それに続く形で、他の三体も笑いだす。
「我こそは魔王軍四天王筆頭! 『破戒大僧正』ムサシボウ!」
「同じく魔王軍四天王! 『不忠大逆』アヴェンジャー!」
「同じく魔王軍四天王! 『人殺滴』ローレライ!」
「同じく魔王軍四天王! 『魔王の娘』プリンセス!」
「我等、人より霊長の座を奪い取り!」
「世界をモンスターの手へ移す者!」
「大いなる魔王の下に集いし精鋭!」
「邪悪、凶悪、最強、無敵!」
「我等、魔王軍四天王!」
四天王はそろって、玉座にいる魔王の前で見得を切り始めた。
さながら特撮ヒーローか歌舞伎役者のごとく、あるいは大昔の武者が「やあやあ我こそは」と名乗りを上げるのと同様であった。
(……俺は一体何をやっているんだ?)
時代背景を考えれば、何もおかしくないはずである。
しかしいきなりヒーローショーが始まって、その役者にされてしまった。
蛇太郎の困惑は深い。
「よくぞ来た、我が配下よ!」
そして、それを見ている唯一の観客、魔王。
彼は心底愉快そうに、大いに笑っていた。
その所作はとても恐ろしいのだが、なぜ笑っているのかを考えると怖さがない。
むしろ滑稽であった。
(情報が渋滞している……!)
全身全霊でカルチャーショックを味わう蛇太郎。
何から驚けばいいのかわからないが……。
彼が本当に知るべきは、この後のこと。
対甲種魔導器、End of serviceの説明についてであった。
そう、魔王自ら語るのである。
娯楽作品の最強議論で上位に食い込む、宇宙最強の兵器。
それが一体何なのか、蛇太郎は知らされることとなる。




