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夢の行く先

 公式。

 それは絶対の創造神であり、支配者である。

 彼らは自ら世界を作り、秩序を作り、住人を作り、魔法を生み出す。


 そのあとで調和を乱す(これ強すぎるな)という理由で、自ら生み出したものに手をつける。

 仕方のないことだ、更新はされなければならない。更新こそが世界を維持するのに必要な、利益を生み出す最良の手段なのだから。




 最後の四終、オフィシャルインフォメーション。

 なるほど、今までのネーミングから考えて自然である。

 そして見た目としても、『そうだね、うん』という感じだ。


(凄いのが来た……!)


 今までの相手も、名で体を表し、能力も相応だった。

 さて、オフィシャルインフォメーションである。

 いったいどんな能力を持っているのか、想像もしたくない。


『コクソウ技』

(くる……!)


 想像したくもない技が、実際に来る。

 何が来るのか身構えようとして……。


玩具の弾丸(グレードダウン)!』

(?)

『キンセイ技の性能が高すぎるので、修正が入ります』

(……何言ってるんだ、こいつ!)


 初手で、キンセイ技の性能を下げました、などとほざいてきた。

 理屈から考えれば、わからなくもない。蛇太郎の知る限り、キンセイ技は個体が扱う中で一番強い技だ。

 耐性無効、高性能追尾、バリア貫通、回復阻害など、とにかく殺意が高い。加えて一切強化できない代わりに、一切の弱体化を無効化してもいる。


 どんな相手にも勝てる、殺せる。格上相手にも通用する。

 まさに兵器であり、危険物。だからこそ楽園でこれを使用するのは、違法であり禁忌とされている。


 弱体化を無効にするというのは、攻撃力や防御力の低下、呪詛や毒、出せる技の封印などを含む。

 それの性能を下げたと、この怪物はほざいたのだ。


『コクソウ技、戦闘高速化(スピードアップ)

「連続で?!」

『戦闘中に換装ができないようにします』

「……なぜそれでスピードアップ」


 話を聞いている蛇太郎は、ネーミングのチョイスに疑問を覚えた。

 しかしその一方で、マロンがなぜキンセイ技を習得させなかったのかがわかった。


(もしもキンセイ技で挑んでいたら……初手で負けていた!)


 相手の戦術は、極めてまっとうである。

 まず一番強い形態の性能を下げて、さらに形態の変化を妨げる。

 もしも何も考えず『とりあえずキンセイ技で』と思っていたら、確実に負けていた。

 もちろんそれは、メーカートラブルに対しても同じだったが。


「何をしているんだ! 反撃しないと、どんどん選択肢がなくなるぞ!」

「そ、そうだな……みんな、攻撃してくれ!」


 相手の能力はわかった。

 いささか規模は大きいが、やっていることは普通である。

 ステージギミックは即死、メーカートラブルは遅延、マスターアップは判定、オフィシャルインフォメーションは制限を行うということだろう。


「シュゾク技……グリフォンキック!」

「シュゾク技……ドラゴンブレス!」

「シュゾク技……ハンマーストライク!」

「シュゾク技……六連斬り!」


 改めて行う、普通の攻撃。

 際立って特異な効果はないが、だからこそこの敵には有効だろう。

 巨大な窓と戦うのはいかにも異様だが、それは今更というものだ。


 そして当たり前だが、普通に攻撃は成立する。

 多大なダメージが直撃し、巨大な窓は軋んでいる。


 それを見た蛇太郎は、全く安心できなかった。


(こいつがオフィシャルインフォメーションを名乗り、それにふさわしい力を持つのなら……おそらくアカウントブロックだのアカBANだのに属するコクソウ技を持っているはず……)


 その一方で、即座に死ぬ、とも思っていなかった。


(そう……アカウントブロックだ。あくまでも、運営の常識的な判断だ……!)


 蛇太郎はオフィシャルインフォメーションという名前を、MMORPGやソーシャルゲームの運営だと認識していた。

 あながち、そこまで間違ってもいない。


(つまり、ゲームが成立しなくなるほど強いとか、反則的な存在でなければ発動できないはず……)


 そしてその想像も、正しかった。


(それこそ究極のモンスターみたいに、ありとあらゆる攻撃が効きませんとか、そういう……プレイヤーが使ってはいけない……というか、プレイヤー同士で使えない奴のはずだ……)


 そう、調整が頻繁に必要になるのは、主にPVP……つまりプレイヤー同士が戦うゲームである。

 なぜかと言えば、勝つ側も負ける側も遊べなければならないからだ。


 一方的に勝つ、問答無用で相手を倒せる。

 それは対戦相手が飽きて投げ出してしまうし、それを繰り返せば世界は滅ぶ。


 そしてそれを管理するのが、公式という存在だ。

 その公式を冠する存在が、そこまで強力でもないものへ制約をかけられるわけがない。


(今までの奴もそうだった……条件を満たさなければ、即死技は発動しない。あるいは、対応できる技ばかりだった……)


 ある意味当たり前だが、マロンの選択は常に正しかった。

 今現在、素のままで戦っていることも含めて、戦術的にも戦略的にも常に正しい。


(それなら一周回って、俺たちは奴の即死技の対象になりえないはず!)


 時間経過で発動する、イベントムービー。

 世界の性能低下が極まって発動する、サーバークラッシュ。

 半数が倒されて発動する、レフェリーストップ。


 そこから推定される、アカBAN系の技は……。

 ほぼ間違いなく、理不尽なほど強大な存在にしか発動できないはずだった。


(……?)


 そこまで考えついて、意味が分からなくなった。

 ここに来て、蛇太郎は困惑した。


 なるほど、イベントムービーは理解できる。本質的に同じである、サーバークラッシュもわかる。少々条件は異なるが、レフェリーストップもまた理解ができる。

 どれも、各々の世界を、その住人を消すことができる。


 しかしながら、この牧歌的な世界で。

 いやそもそも、人間しかいない世界で。

 なぜそんな技が存在する。


 一体だれが、何のために、そんな技を作るのか。


 夢の中だから、ではつじつまが合わない。


『意思を得た技』


 その文句が、脳裏で反響した。

 そう、四終はいずれも、意思を得た技だと名乗った。


(そういえば……こいつらの造形は『映像効果(エフェクト)』そのものに近い)


 ゲームにおいて本来無意味なもの、それがエフェクトである。

 要するにプレイヤーの気分を盛り上げるため、特殊な演出をして『凄いことが起きています』というアピールをするものだ。

 なんならスキップしてもいいのだが、これを省いていくと極論……文字が描いてあるだけのゲームブックや、チェスや将棋に帰結する。


(そうだ……隕石といい地獄の集合体といい、天秤といい窓といい……ド派手な技を使ったときに……というか技がド派手であることを強調するための効果に近い)


 そう考えると、つじつまが合った。


(意思を得た技、つまりこいつらは暴発しているってことか? いや……公式声明が暴発するってなんだ?!)


 気のせいだった、つじつまが合わなくなった。


「こんな時に何を考えてるんだよ!」

「……いや、悪い」


 やはり夢の中の出来事に、つじつまを求めることが間違っている。

 今はただ、起きていることに対処するのみ。


『コクソウ技、意味深なる無意味(フレーバーテキスト)!』


 そう思っていると、どんどん相手は畳みかけてくる。

 ウィンドウのメッセージに、新しい文章が浮かんでいた。


「……フレーバーテキスト?」


 フレーバーテキスト。

 その意味自体は、蛇太郎もわかる。

 雑に言えば、何の意味もない文章のことだ。


 たとえばゲーム内で『このドラゴンは絶対無敵である』という文章があったとする。しかし実際には戦えるし勝てる。

 あるいは『どんな相手も一撃で倒せる』と書かれていても、実際には何度も攻撃しなければならないことがある。


 ゲーム内の処理に影響を及ぼさない、ただの文字列。

 それがフレーバーテキストである。


(どういう効果だ?)


 技の名前がフレーバーテキストとはこれ如何に。

 文面通りに考えれば『何の意味もない行動』ととらえるべきだろうが。

 そして実際、周囲を見ても何かが起きているようには見えない。

 本当に無意味だったのだろうか。いやさすがにそれは、と思った時である。


「なんだ?」


 突如として、足場である雲が揺れ始めた。

 それこそ地震のように、いや、それ以上に雲が揺れ動く。


 おそらくは振動系の攻撃。

 そう思った直後……。


「きゃあああ!」

「いやああ!」


 空を飛んでいたはずのリーム、スライムであり振動に強いはずのポップが等しく吹き飛んでいた。

 もちろんその二体だけではなく、ラージュもヤドゥも吹き飛んでいる。

 だがその二人は、即座に復帰して反撃を始めた。


「シュゾク技……ドラゴンブレス!」

「シュゾク技……六連切り!」


 二つの頭からのブレス、六本の腕からの攻撃。

 それらが直撃し、やはりオフィシャルインフォメーションは揺らぎかけた。

 だが……。


「……おかしいです、一回しか当たっていません」

「六回攻撃したはずなのに、一度しか当たっていない……」


 攻撃した二体は、何があったのかを報告する。

 それを聞いて、ようやく蛇太郎は現状を理解する。



「相手の能力をフレーバーテキストに変える力?!」



 あるモンスターのイラストが『雲の上を飛行しているもの』で、テキストに『空を自由に飛行する』だとする。

 あるモンスターのイラストが『柔らかそうなスライム』で、テキストが『柔らかい体で受け流す』だとする。


 あるモンスターのイラストが『頭が二つあるドラゴン』で、テキストに『二回攻撃できる』と書かれていたとする。

 あるモンスターのイラストが『六本の腕のある亜人』だったとして、テキストに『六回攻撃できる』と書かれていたとする。


 それらを『ゲームの処理に関係ありません』と宣言することで、完全に無意味化したのだ。


(状態異常の類じゃない……世界のルールを書き換える力……まさに、オフィシャルインフォメーション!)


 納得をする蛇太郎だが、相手は待ってくれない。

 さらにさらに、どんどん畳みかけてくる。


『コクソウ技……消費増大(コストアップ)!』

「これはわかる……消費量アップか!」


 悪魔の使う技には、技ポイントの消費を増やす呪いがある。

 もちろん呪いなので、治療することも防御することも可能だ。


 だが相手が公式声明なら、これはそういう対処ができる相手ではない。

 もっとシンプルに、割り切って対応するしかない。


「回復アイテムは結構持ってきた……多分『回復アイテムの持ち込み制限』とかもあるんだろう、今のうちに使い切る! みんな、消費を気にせず最大技を打ちまくるんだ!」


『コクソウ技、上限設定(ダメージキャップ)!』


「……ひるむな、それでも最大技だ!」


 ことここに至って、蛇太郎は相手の戦法を理解する。

 このままいけば、こちらは何もできなくなる。

 それこそ、弾切れになった玩具の銃をもっている、途方に暮れた子供のように。


「シュゾク技……グリフォンアクセルチャージ!」

「シュゾク技……マックスドラゴンブレス!」

「シュゾク技……スライムボルケーノ!」

「シュゾク技……六腕六刀六連六重!」


 自分たちの持っている力が本物であるうちに、この敵を削りきらなければならない。



 世界を相手に、戦いをしてきた。

 世界の摂理を好き勝手に改ざんする、世界を滅ぼす敵に抗ってきた。


 その最後の敵が、公式声明だという。

 もう納得するしかないが、この上なく厄介だった。

 その強大さに、蛇太郎は屈しかける。既に多くの技が、無意味に帰した。

 

 雪隠詰めという言葉が似つかわしいほどに、どんどんできることが減っていく。

 自由度が下がり、爽快感が失せ、どんどん『調和を乱さない(面白くない)』技を使うだけになっていく。

 そしてその果てには、疲弊したものの健在なオフィシャルインフォメーションと、既に打てる手のなくなっている四体がいた。


(こんなの……クリアさせる気がないとしか思えない……! いや、敵だから当たり前だが……!)


 既に、すべてのポイントが尽きている。

 この状況では、出せる技が何もない。


 立ち上がれないほどの傷を負っているわけではなく、ただ疲れているだけ。

 まだ戦える程度の、肩で息をしている程度の疲労だった。

 そのうえで、もうできることがないということだ。


「ご主人様……あと一押しです」


 だがその中で、ヤドゥだけが戦意を見せていた。

 以前に自分が戦うところを見せたいと言っていた、彼女だけがこの状況で活力を見せている。


「私に力をください……」

「ムゲン技か……」

「ええ、あれならこの状況でも使えます……少なくとも、奴はそれを封じていない」

「……わかった」

「ムゲン技、スティックスクリューをお願いします」


 インプットワンドへ、活力を込める。

 だがいつもより、活力が乏しい。


 ここまでの戦いが、とことんこちらの心を削るものだったのだから、仕方がない。

 蛇太郎の精神は、はっきり言って折れかけていた。


「……」


 あと一押し、その言葉を聞いてなお、彼の心は活力を保てない。


「ご主人様……あえて、お頼み申します!」


 その彼へ、ヤドゥは言葉を発する。


「私を……戦士にしてください!」


 仲間の我欲、それを叶えさせてくれという願い。

 世界のためではなく、仲間のための願い。


 それは蛇太郎の心へ、火をくべていた。


「いくぞ……ヤドゥ!」

「ええ……!」


 ヤドゥは、六本の腕すべてを使って、一本の刀をつかむ。

 非常に不格好ではあるが、それでもすべての力を込めていた。



「ムゲン技……スティックスクリュー!」

「でぃやあああああ!」



 活力の限りを、ヤドゥへ力を送り込む。

 これで終わらせる、終わらせられなければそれで負ける。

 その覚悟で、インプットワンドを握りしめていた。


『テンテン、テンテン、テンテンテン』


 その攻撃を、オフィシャルインフォメーションは無防備に受け入れる。


『楽しいですか、充実していますか?』


 少しずつ切り込まれていく己のことを省みず、蛇太郎へ語り掛ける。

 それは一種挑発しているようで、憐れんでいるようだった。


『今までも多くの者たちが、私たちを越えていきました。貴方と同じように、マロンとともに……』

「……!」

『ですが、テンテンテン……』

「お前の言葉に……耳を傾ける気はない!」


 ゆっくりと亀裂の入っていく、そのウィンドウ。

 だがそれは、あくまでもメッセージを伝えることに終始していた。


『誰もが、この世界の存続を願っていた』

「それの、何が悪い!」

『全部ですよ』


 その挑発によって、蛇太郎はむしろ活力を増していた。


「そんなわけあるか……すくなくともこの世界は……あの二人にとって目指す夢だった!」

『そうでしょうねえ』


 会話をしながらも、ムゲン技を止めることはない。

 むしろ強く強く、力がこもっていく。


 それこそ、もはや応援しているようですらある。


『貴方は、これから第五の世界へ行く』

「……!」

『そこは……であり……です』


 ウィンドウが割れて、何が書かれているのかわからなくなる。


『貴方は知るのだ。この………の……が……だと』

「……!」

『そして……は……れて……る』

「……!」


 だが最後の文字だけは、彼にも理解できた。

 それこそ、絶対に伝えたいという願いが込められているように。



『だが貴方は、その男を殺すだろう』

「?!」

『私たちは、その時を待っていたのだ……!』





 農村の、小さな家にて。

 一組の男女が、小さな灯に照らされながら抱き合っていた。


「相田さん……」

「阿部くん……」


 それは欲をぶつけ合う行為ではなく、愛を伝えあう行為だった。

 それはあまりにも尊く、余りにもありふれていて、しかし求めても手に入らないもの。

 愛する者が、自分を愛してくれる。

 そんな関係にたどり着くことの、なんと難しいことか。


「ずっと……こうしていたいわね」

「ああ……もっと早くこうするべきだった」


 その難しさを、二人は誰よりも知っている。

 まだ妊娠しているとはわからない、とても細い姿。

 二人は愛の結晶が宿るそこを、四つの腕のすべてでなでていた。


「私たちは、子供のころから思いあっていた」

「ああ……でも身分の差から、伝えあうことができなかった」

「でもあなたは、私が欲しいと父に言ってくれた」

「それに対して、あの人は条件を付けた」

「貴方はそれを達してくれたけど、お父様は許してくれなかった」

「だから私は……君のもとを去った」

「ええ……でもね、私は貴方を追ったの」

「私は……それが嬉しかった……! だからこうして、ここへ逃れた!」


 二人は、幸せな時間を共有していた。

 ハッピーエンド(めでたしめでたし)の先へ、二人はたどり着いていた。


「幸せよ……ええ、幸せだわ」

「ああ……何があっても、この幸せを守ってみせる……」

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームシナリオとして考えると 「メーカーはこのゲーム作りたくなかったんだな……」というのを感じさせられて 微妙な気分になる敵ですね
[一言] なんだろう。製作者≒神が居るのか?
[一言] ハッピーエンド、幸せの結末が、最後の敵? これまで見てきた世界の、こうなれば、ああなればと言った自分が望んだ幸せの結末を自らの手で粉砕しなければならないのかな?
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