夢の行く先
公式。
それは絶対の創造神であり、支配者である。
彼らは自ら世界を作り、秩序を作り、住人を作り、魔法を生み出す。
そのあとで調和を乱すという理由で、自ら生み出したものに手をつける。
仕方のないことだ、更新はされなければならない。更新こそが世界を維持するのに必要な、利益を生み出す最良の手段なのだから。
※
最後の四終、オフィシャルインフォメーション。
なるほど、今までのネーミングから考えて自然である。
そして見た目としても、『そうだね、うん』という感じだ。
(凄いのが来た……!)
今までの相手も、名で体を表し、能力も相応だった。
さて、オフィシャルインフォメーションである。
いったいどんな能力を持っているのか、想像もしたくない。
『コクソウ技』
(くる……!)
想像したくもない技が、実際に来る。
何が来るのか身構えようとして……。
『玩具の弾丸!』
(?)
『キンセイ技の性能が高すぎるので、修正が入ります』
(……何言ってるんだ、こいつ!)
初手で、キンセイ技の性能を下げました、などとほざいてきた。
理屈から考えれば、わからなくもない。蛇太郎の知る限り、キンセイ技は個体が扱う中で一番強い技だ。
耐性無効、高性能追尾、バリア貫通、回復阻害など、とにかく殺意が高い。加えて一切強化できない代わりに、一切の弱体化を無効化してもいる。
どんな相手にも勝てる、殺せる。格上相手にも通用する。
まさに兵器であり、危険物。だからこそ楽園でこれを使用するのは、違法であり禁忌とされている。
弱体化を無効にするというのは、攻撃力や防御力の低下、呪詛や毒、出せる技の封印などを含む。
それの性能を下げたと、この怪物はほざいたのだ。
『コクソウ技、戦闘高速化』
「連続で?!」
『戦闘中に換装ができないようにします』
「……なぜそれでスピードアップ」
話を聞いている蛇太郎は、ネーミングのチョイスに疑問を覚えた。
しかしその一方で、マロンがなぜキンセイ技を習得させなかったのかがわかった。
(もしもキンセイ技で挑んでいたら……初手で負けていた!)
相手の戦術は、極めてまっとうである。
まず一番強い形態の性能を下げて、さらに形態の変化を妨げる。
もしも何も考えず『とりあえずキンセイ技で』と思っていたら、確実に負けていた。
もちろんそれは、メーカートラブルに対しても同じだったが。
「何をしているんだ! 反撃しないと、どんどん選択肢がなくなるぞ!」
「そ、そうだな……みんな、攻撃してくれ!」
相手の能力はわかった。
いささか規模は大きいが、やっていることは普通である。
ステージギミックは即死、メーカートラブルは遅延、マスターアップは判定、オフィシャルインフォメーションは制限を行うということだろう。
「シュゾク技……グリフォンキック!」
「シュゾク技……ドラゴンブレス!」
「シュゾク技……ハンマーストライク!」
「シュゾク技……六連斬り!」
改めて行う、普通の攻撃。
際立って特異な効果はないが、だからこそこの敵には有効だろう。
巨大な窓と戦うのはいかにも異様だが、それは今更というものだ。
そして当たり前だが、普通に攻撃は成立する。
多大なダメージが直撃し、巨大な窓は軋んでいる。
それを見た蛇太郎は、全く安心できなかった。
(こいつがオフィシャルインフォメーションを名乗り、それにふさわしい力を持つのなら……おそらくアカウントブロックだのアカBANだのに属するコクソウ技を持っているはず……)
その一方で、即座に死ぬ、とも思っていなかった。
(そう……アカウントブロックだ。あくまでも、運営の常識的な判断だ……!)
蛇太郎はオフィシャルインフォメーションという名前を、MMORPGやソーシャルゲームの運営だと認識していた。
あながち、そこまで間違ってもいない。
(つまり、ゲームが成立しなくなるほど強いとか、反則的な存在でなければ発動できないはず……)
そしてその想像も、正しかった。
(それこそ究極のモンスターみたいに、ありとあらゆる攻撃が効きませんとか、そういう……プレイヤーが使ってはいけない……というか、プレイヤー同士で使えない奴のはずだ……)
そう、調整が頻繁に必要になるのは、主にPVP……つまりプレイヤー同士が戦うゲームである。
なぜかと言えば、勝つ側も負ける側も遊べなければならないからだ。
一方的に勝つ、問答無用で相手を倒せる。
それは対戦相手が飽きて投げ出してしまうし、それを繰り返せば世界は滅ぶ。
そしてそれを管理するのが、公式という存在だ。
その公式を冠する存在が、そこまで強力でもないものへ制約をかけられるわけがない。
(今までの奴もそうだった……条件を満たさなければ、即死技は発動しない。あるいは、対応できる技ばかりだった……)
ある意味当たり前だが、マロンの選択は常に正しかった。
今現在、素のままで戦っていることも含めて、戦術的にも戦略的にも常に正しい。
(それなら一周回って、俺たちは奴の即死技の対象になりえないはず!)
時間経過で発動する、イベントムービー。
世界の性能低下が極まって発動する、サーバークラッシュ。
半数が倒されて発動する、レフェリーストップ。
そこから推定される、アカBAN系の技は……。
ほぼ間違いなく、理不尽なほど強大な存在にしか発動できないはずだった。
(……?)
そこまで考えついて、意味が分からなくなった。
ここに来て、蛇太郎は困惑した。
なるほど、イベントムービーは理解できる。本質的に同じである、サーバークラッシュもわかる。少々条件は異なるが、レフェリーストップもまた理解ができる。
どれも、各々の世界を、その住人を消すことができる。
しかしながら、この牧歌的な世界で。
いやそもそも、人間しかいない世界で。
なぜそんな技が存在する。
一体だれが、何のために、そんな技を作るのか。
夢の中だから、ではつじつまが合わない。
『意思を得た技』
その文句が、脳裏で反響した。
そう、四終はいずれも、意思を得た技だと名乗った。
(そういえば……こいつらの造形は『映像効果』そのものに近い)
ゲームにおいて本来無意味なもの、それがエフェクトである。
要するにプレイヤーの気分を盛り上げるため、特殊な演出をして『凄いことが起きています』というアピールをするものだ。
なんならスキップしてもいいのだが、これを省いていくと極論……文字が描いてあるだけのゲームブックや、チェスや将棋に帰結する。
(そうだ……隕石といい地獄の集合体といい、天秤といい窓といい……ド派手な技を使ったときに……というか技がド派手であることを強調するための効果に近い)
そう考えると、つじつまが合った。
(意思を得た技、つまりこいつらは暴発しているってことか? いや……公式声明が暴発するってなんだ?!)
気のせいだった、つじつまが合わなくなった。
「こんな時に何を考えてるんだよ!」
「……いや、悪い」
やはり夢の中の出来事に、つじつまを求めることが間違っている。
今はただ、起きていることに対処するのみ。
『コクソウ技、意味深なる無意味!』
そう思っていると、どんどん相手は畳みかけてくる。
ウィンドウのメッセージに、新しい文章が浮かんでいた。
「……フレーバーテキスト?」
フレーバーテキスト。
その意味自体は、蛇太郎もわかる。
雑に言えば、何の意味もない文章のことだ。
たとえばゲーム内で『このドラゴンは絶対無敵である』という文章があったとする。しかし実際には戦えるし勝てる。
あるいは『どんな相手も一撃で倒せる』と書かれていても、実際には何度も攻撃しなければならないことがある。
ゲーム内の処理に影響を及ぼさない、ただの文字列。
それがフレーバーテキストである。
(どういう効果だ?)
技の名前がフレーバーテキストとはこれ如何に。
文面通りに考えれば『何の意味もない行動』ととらえるべきだろうが。
そして実際、周囲を見ても何かが起きているようには見えない。
本当に無意味だったのだろうか。いやさすがにそれは、と思った時である。
「なんだ?」
突如として、足場である雲が揺れ始めた。
それこそ地震のように、いや、それ以上に雲が揺れ動く。
おそらくは振動系の攻撃。
そう思った直後……。
「きゃあああ!」
「いやああ!」
空を飛んでいたはずのリーム、スライムであり振動に強いはずのポップが等しく吹き飛んでいた。
もちろんその二体だけではなく、ラージュもヤドゥも吹き飛んでいる。
だがその二人は、即座に復帰して反撃を始めた。
「シュゾク技……ドラゴンブレス!」
「シュゾク技……六連切り!」
二つの頭からのブレス、六本の腕からの攻撃。
それらが直撃し、やはりオフィシャルインフォメーションは揺らぎかけた。
だが……。
「……おかしいです、一回しか当たっていません」
「六回攻撃したはずなのに、一度しか当たっていない……」
攻撃した二体は、何があったのかを報告する。
それを聞いて、ようやく蛇太郎は現状を理解する。
「相手の能力をフレーバーテキストに変える力?!」
あるモンスターのイラストが『雲の上を飛行しているもの』で、テキストに『空を自由に飛行する』だとする。
あるモンスターのイラストが『柔らかそうなスライム』で、テキストが『柔らかい体で受け流す』だとする。
あるモンスターのイラストが『頭が二つあるドラゴン』で、テキストに『二回攻撃できる』と書かれていたとする。
あるモンスターのイラストが『六本の腕のある亜人』だったとして、テキストに『六回攻撃できる』と書かれていたとする。
それらを『ゲームの処理に関係ありません』と宣言することで、完全に無意味化したのだ。
(状態異常の類じゃない……世界のルールを書き換える力……まさに、オフィシャルインフォメーション!)
納得をする蛇太郎だが、相手は待ってくれない。
さらにさらに、どんどん畳みかけてくる。
『コクソウ技……消費増大!』
「これはわかる……消費量アップか!」
悪魔の使う技には、技ポイントの消費を増やす呪いがある。
もちろん呪いなので、治療することも防御することも可能だ。
だが相手が公式声明なら、これはそういう対処ができる相手ではない。
もっとシンプルに、割り切って対応するしかない。
「回復アイテムは結構持ってきた……多分『回復アイテムの持ち込み制限』とかもあるんだろう、今のうちに使い切る! みんな、消費を気にせず最大技を打ちまくるんだ!」
『コクソウ技、上限設定!』
「……ひるむな、それでも最大技だ!」
ことここに至って、蛇太郎は相手の戦法を理解する。
このままいけば、こちらは何もできなくなる。
それこそ、弾切れになった玩具の銃をもっている、途方に暮れた子供のように。
「シュゾク技……グリフォンアクセルチャージ!」
「シュゾク技……マックスドラゴンブレス!」
「シュゾク技……スライムボルケーノ!」
「シュゾク技……六腕六刀六連六重!」
自分たちの持っている力が本物であるうちに、この敵を削りきらなければならない。
※
世界を相手に、戦いをしてきた。
世界の摂理を好き勝手に改ざんする、世界を滅ぼす敵に抗ってきた。
その最後の敵が、公式声明だという。
もう納得するしかないが、この上なく厄介だった。
その強大さに、蛇太郎は屈しかける。既に多くの技が、無意味に帰した。
雪隠詰めという言葉が似つかわしいほどに、どんどんできることが減っていく。
自由度が下がり、爽快感が失せ、どんどん『調和を乱さない』技を使うだけになっていく。
そしてその果てには、疲弊したものの健在なオフィシャルインフォメーションと、既に打てる手のなくなっている四体がいた。
(こんなの……クリアさせる気がないとしか思えない……! いや、敵だから当たり前だが……!)
既に、すべてのポイントが尽きている。
この状況では、出せる技が何もない。
立ち上がれないほどの傷を負っているわけではなく、ただ疲れているだけ。
まだ戦える程度の、肩で息をしている程度の疲労だった。
そのうえで、もうできることがないということだ。
「ご主人様……あと一押しです」
だがその中で、ヤドゥだけが戦意を見せていた。
以前に自分が戦うところを見せたいと言っていた、彼女だけがこの状況で活力を見せている。
「私に力をください……」
「ムゲン技か……」
「ええ、あれならこの状況でも使えます……少なくとも、奴はそれを封じていない」
「……わかった」
「ムゲン技、スティックスクリューをお願いします」
インプットワンドへ、活力を込める。
だがいつもより、活力が乏しい。
ここまでの戦いが、とことんこちらの心を削るものだったのだから、仕方がない。
蛇太郎の精神は、はっきり言って折れかけていた。
「……」
あと一押し、その言葉を聞いてなお、彼の心は活力を保てない。
「ご主人様……あえて、お頼み申します!」
その彼へ、ヤドゥは言葉を発する。
「私を……戦士にしてください!」
仲間の我欲、それを叶えさせてくれという願い。
世界のためではなく、仲間のための願い。
それは蛇太郎の心へ、火をくべていた。
「いくぞ……ヤドゥ!」
「ええ……!」
ヤドゥは、六本の腕すべてを使って、一本の刀をつかむ。
非常に不格好ではあるが、それでもすべての力を込めていた。
「ムゲン技……スティックスクリュー!」
「でぃやあああああ!」
活力の限りを、ヤドゥへ力を送り込む。
これで終わらせる、終わらせられなければそれで負ける。
その覚悟で、インプットワンドを握りしめていた。
『テンテン、テンテン、テンテンテン』
その攻撃を、オフィシャルインフォメーションは無防備に受け入れる。
『楽しいですか、充実していますか?』
少しずつ切り込まれていく己のことを省みず、蛇太郎へ語り掛ける。
それは一種挑発しているようで、憐れんでいるようだった。
『今までも多くの者たちが、私たちを越えていきました。貴方と同じように、マロンとともに……』
「……!」
『ですが、テンテンテン……』
「お前の言葉に……耳を傾ける気はない!」
ゆっくりと亀裂の入っていく、そのウィンドウ。
だがそれは、あくまでもメッセージを伝えることに終始していた。
『誰もが、この世界の存続を願っていた』
「それの、何が悪い!」
『全部ですよ』
その挑発によって、蛇太郎はむしろ活力を増していた。
「そんなわけあるか……すくなくともこの世界は……あの二人にとって目指す夢だった!」
『そうでしょうねえ』
会話をしながらも、ムゲン技を止めることはない。
むしろ強く強く、力がこもっていく。
それこそ、もはや応援しているようですらある。
『貴方は、これから第五の世界へ行く』
「……!」
『そこは……であり……です』
ウィンドウが割れて、何が書かれているのかわからなくなる。
『貴方は知るのだ。この………の……が……だと』
「……!」
『そして……は……れて……る』
「……!」
だが最後の文字だけは、彼にも理解できた。
それこそ、絶対に伝えたいという願いが込められているように。
『だが貴方は、その男を殺すだろう』
「?!」
『私たちは、その時を待っていたのだ……!』
※
農村の、小さな家にて。
一組の男女が、小さな灯に照らされながら抱き合っていた。
「相田さん……」
「阿部くん……」
それは欲をぶつけ合う行為ではなく、愛を伝えあう行為だった。
それはあまりにも尊く、余りにもありふれていて、しかし求めても手に入らないもの。
愛する者が、自分を愛してくれる。
そんな関係にたどり着くことの、なんと難しいことか。
「ずっと……こうしていたいわね」
「ああ……もっと早くこうするべきだった」
その難しさを、二人は誰よりも知っている。
まだ妊娠しているとはわからない、とても細い姿。
二人は愛の結晶が宿るそこを、四つの腕のすべてでなでていた。
「私たちは、子供のころから思いあっていた」
「ああ……でも身分の差から、伝えあうことができなかった」
「でもあなたは、私が欲しいと父に言ってくれた」
「それに対して、あの人は条件を付けた」
「貴方はそれを達してくれたけど、お父様は許してくれなかった」
「だから私は……君のもとを去った」
「ええ……でもね、私は貴方を追ったの」
「私は……それが嬉しかった……! だからこうして、ここへ逃れた!」
二人は、幸せな時間を共有していた。
ハッピーエンドの先へ、二人はたどり着いていた。
「幸せよ……ええ、幸せだわ」
「ああ……何があっても、この幸せを守ってみせる……」




