幸せの夢
さて、いまさらではあるが……。
この牧歌の世界ではコンテストで優勝しない限り、天国へ召されることはない。
そしてコンテストに出場しないことで、何らかのデメリットが生じるということもない。
つまり、コンテストに出なければいい。
優勝すれば消されるとわかったうえでわざわざ出品して、その上で消されに行っている。
それがこの世界の現状であり、住民たちの心情である。
そのため……逆説的に言って、住民がいない田畑に行けば、それは優勝者の田畑をそのまま引き継げることを意味する。
如何に夢の世界とは言え、優勝者の田畑を使えばあっさり優勝できるなんてことはないのだが……。
それでも助かることは、確実だろう。
夕暮れ時、初めての野良仕事を終えた蛇太郎は、少し一人になって歩きたいと言って、周囲の田園地帯を歩くことにしていた。
この牧歌の世界では、過酷な貧困生活を送っている小作農はいない。
誰もが日没に合わせて農作業を終えて、家に帰り始めている。
その表情は、誰もが晴れやかで、穏やか。まさに牧歌的。
とてもではないが、コンテストで優勝を狙っている顔ではない。
ならば彼らは安全なのかといえば、そうでもないだろう。
(確かに他の世界ほど、ひっ迫していないかもしれない。でも……そんな楽観できる話でもない)
蛇太郎は農業にそこまで詳しくないが、収穫は一年に一回ぐらいだと思っていたので、コンテストとやらが開かれるのも一年に一回程度だと思っていた。
だが実際には、収穫は一週間に一回ほどであり、コンテストもまた一週間に一回だという。
(まあ……本気で一年に一回だったら、マジでシャレにならないんだが……何百年かかるんだよって話だし。いや、一週間に一回でも、それぐらいかかる可能性はあるけども……)
一週間に一回のペースで、農家が一つ消される。
それは一年に一回とは、比べ物にならないペースだ。
(しかし……ここはいいところなんだろう、多分)
今まで三つの世界を巡ったが、どこも熱さというか、騒がしさがあった。
ただ楽しく過ごすにしても、創作に没頭するにしても、勝負に身を投じるにしても。
世界全体から、そう強いられているような、一種の息苦しさがあった。
陰キャラを自覚している蛇太郎にとって、いつでも体験していることである。
大きなイベントごと……みんなが一生懸命盛り上げるために準備をしていて、その準備の結実としてイベントが始まる。
誰もがお祭り騒ぎをする、ある意味空気を読んでバカ騒ぎをする中、盛り上がるに盛り上がれないときに感じる空気。
周囲から「なんかあいつ冷めてねえか?」とか「楽しんでない人が一人いると雰囲気悪くなるよね」とか「友達と遊びなさいよ」とか言われる空気。
いや、それは実際には一種の被害妄想である。楽しんでいる人たちは、それこそ熱中しているのだから、楽しんでいない人がいることにまず気付かない。
よって蛇太郎のような人間が考えていることは、一種の自己肥大、自意識過剰に他ならない。
だが……それはそれで、人の個性である。
大勢で大騒ぎする雰囲気が嫌い、という人だっていていいはずだった。
と、自己欺瞞する蛇太郎。
(……さて、いるのかな)
当てもなくさまよう蛇太郎だが、目的がないわけではなかった。
今まで三つの世界で出会った、阿部と相田を探しているのである。
いや、出会った、というと語弊がある。三番目の世界では、顔を合わせることもなかった。
果たしてどうなっているだろうか、という浅い興味がわく。
この、浅い興味、というのが重要だった。
もしもここが現実なら、蛇太郎は絶対に踏み込まない。深く踏み込む気がないのだから、浅くさえ踏み込むことはない。
ここが夢の世界だからこそ、浅く、遠くから見てみたい。その、好奇心とも野次馬根性とも呼ばれるようなものを、蛇太郎は浅く肯定していた。
四体の仲間に協力をお願いすれば、見つけられる確率は大幅に上がる。
だがそこまで全力で探すのは、どうかと思ってしまう。
すこしうろついて、たまたま出会えたらいいな。
そんな浅い期待を抱いて、蛇太郎は田舎の道を歩く。
通り過ぎる人々、あるいは既に家に帰っている人々。
誰もが穏やかで、微笑んでいて、汗だくで、充実した日々を過ごしている。
穏やかな幸せに浸る人々を見るたびに、淡い期待がわいた。
どの世界でも思いを伝えあえなかった二人ではあるが、ここならばそれもかなうのではないか。
ここにたどり着きさえすれば、幸せな時間を共有できるのではないか。
そんな虫のいい話を考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おや……見ない人だな?」
「何を警戒しているのよ、阿部さん。きっと、新しく引っ越してきた人よ」
振り向けばそこには、一組の男女がいた。
いかにも畑仕事帰りという姿の、泥だらけの二人だった。
「ごめんなさいね。うちの人、今神経質なのよ。私よりもずっとね」
「し、仕方ないじゃないか! 初めてのことだから、気を張るのは当たり前だろう?」
からかうように笑う女生徒、困った顔の男性。
二人の顔を見ただけで、蛇太郎は思わず口角を上げてしまった。
お世辞にも陽気ではない彼は、しかし嬉しそうな顔になった。
「私たちも、越してきたばかりなんです。これからよろしくお願いしますね」
「あ、はい……」
「お、俺の……おれ、俺の! 俺の妻に手を出したら、タダじゃおかないからな!」
威嚇してくる男性は、しかし微妙に照れくさそうだった。
傍らの女性を妻と呼べることが、よほどうれしいらしい。
照れるのか威嚇するのか、どちらかにするべきであろう。
背が高く体つきもがっしりしているのに、まったく怖く見えない。
「もう……ごめんなさいね、変な人で」
きれいな女性だった。顔や表情だけではない、所作がとても美しく気品にあふれている。
確かにこんな素敵な人が農村にいれば、威嚇したくもなるだろう。
「い、いえ……怪しい自覚もあるので……」
「もう、阿部さんが威嚇するから、萎縮しちゃったじゃないの!」
「じ、自分で怪しいって言っているじゃないか!」
美男子と美女。
二人がそろって農業用の作業服を着て、泥だらけになりながら田舎の道を歩いている。
その姿をみて、もったいないと感じる者もいるだろう。
だが蛇太郎には、とても尊いものに見えた。
この二人にとっての、この上ないハッピーエンドに見えた。
「……実は私、今子供がいるんです」
それを肯定するように、絶世の美女は、母親の顔をして自分のおなかを撫でた。
「まだ全然目立たないですし、私も実感がないんですが……お医者様から、そういわれていて……」
「そ、そうなんだ! なのに相田さんは、農作業にでて……俺は、家で寝ていてほしいのに!」
「だから……まだ平気だって言っているでしょう?」
幸せそうな二人を見ていると、蛇太郎はこみ上げてくるものがあった。
「ま、迷ったなら……その、お医者様のいう通りにしたほうがいいと思います……」
「ほら、この人もそういっているわ。お医者様はまだ気にしない方がいい、運動していた方がいいっておっしゃっていたじゃない」
「い、いや、でもなあ……もしも転んだらって思ったら……」
「家の中でも、転ぶ時は転ぶわよ。それに、貴方の傍にいたいって……口にしないとわからない?」
「うう! うう! うううぅううううううう!」
あまりにも初々しい、青春の中にいる二人。
それを見ただけで、蛇太郎は満足してしまった。
これ以上ここにいれば、邪魔にしかなるまい。それは蛇太郎にとって、とても不本意なことだった。
「それでは俺はこれで……どうかお体を大事に」
こういうのを、おなか一杯というのだろう。
蛇太郎は満足して、二人から離れていった。
(ふふ……そうか……)
ここが夢の中だということは、蛇太郎も理解している。
もしかしたら、現実ではこれとほど遠いのかもしれない。
だがそれでも、夢の中で結ばれているのなら、それは救いだ。
「夢見ることぐらいは、好きにしていいよな」
夢見ることで、誰かを犠牲にしているわけではない。
ならば二人の幸せな夢に、余計なおせっかいは必要ない。
そう思って帰ろうとする蛇太郎の前に、人影が現れた。
「ご、ご主人様! ここにいらっしゃいましたか!」
「ヤドゥ……」
とても慌てた様子の阿修羅、ヤドゥ。
汗だらけの彼女は、蛇太郎の姿を見て安心した様子だった。
「て、てっきり四終の手の者にやられたのかと……!」
「いや、マロンも言っていたけど……ここはそんなことがないはずじゃ?」
「いえ! あり得ないとは、誰にも言い切れますまい!」
「……それもそうだ、俺が軽率だったよ」
本気で心配してくる彼女に、そっけない態度はとれない。
蛇太郎は自分の非を認めて、素直に詫びた。
「それじゃあ戻ろうか?」
「はい……い、いえ! ご主人様、よろしければこのまま、しばらくゆっくり歩きませんか!」
「……いいのか、他の三体は」
「いいのです! 他の三体はご主人様と親しく話をしていますが……私だけしていませんので!」
「それも……そうだな」
阿部と相田のことに気を向けすぎて、仲間のことをおざなりにしていた。
それを素直に認めた彼は、あえてゆっくりと歩き始める。
夕焼け空は一気に暗くなり、あっという間に夜へと変わる。
それこそ、イベントが進んだかのように。
星明りが照らすだけの野道は、しかし黒いだけで暗くはない。
遠くに見えるいくつかの民家は灯ぐらいしかわからないのに、隣にいる、光ってもいないモンスターはよく見えた。
「……先に伝えておきたいのですが、最後の世界に私たちは同行できないのです」
「五番目の世界……」
「はい、すべての四終を倒した後に向かう世界です。私たちはそこで何が起きるのか知らないのですが……私たちがご一緒できないことだけは確実です」
この、争いのない世界。
農作物の出来を競うコンテストはあるが、やる気のあるものは既に召されている世界。
もはややる気の出しようがない、発揮する機会のない世界。
究極のモンスターは、そのやる気を持て余している。
少なくとも蛇太郎は、そう見えていた。
(……俺に友達がいないのは、こういう理由があるからかもな)
仲間と世界を救う旅をする。
なにやら『へんてこりん』な冒険ではあるが、世界を存続させるという、負い目のない冒険だ。
だからこそそれが楽しすぎて、仲間への配慮が欠けていた。
(そうか、結局楽しんでいるんだな、俺は……)
文句をつけている一方で投げていない。
なんだかんだ言って、ここまで来た。
それはつまり、楽しんでいるということだ。
「ヤドゥは、それが嫌なのか」
「……正直に申し上げて、はい」
三対の腕を、すべて内側に向けて。
三十本もある指をすべて絡め合わせて、阿修羅は語る。
「……私は鬼系の亜人、戦士の一族です。夢の住人ではありますが、精神性や価値観、文化は鬼に近い」
「武勲が欲しいのか?」
「そうと言えばそうです……決して争いを好むわけではないのですが……いえ、好んでいるのでしょう」
前の世界、修羅の世界でのポップは、「ここが好きじゃない」と言っていた。
蛇太郎もまた、それに同調していた。
だがヤドゥにとっては、むしろ修羅の世界の方が好ましかったのかもしれない。
(阿修羅だけに……)
どうでもいいギャグが、脳内に浮かんだ。
さすがに口にすることはない。
「ここは……退屈です。私は武勇を示せる世界の方が……好きです」
「そうか……もしかして修羅の世界で、スポーツとか試合とかしたかったのか?」
「……はい。それどころではなかったので、自粛しました」
その自粛を、蛇太郎は咎めない。
むしろ彼の認識しているヤドゥならば、そうするだろうと納得できる。
「三面六臂の武芸、それを試合の場で披露しとうございました」
(対戦相手がかわいそうだな……)
好機を逃したと惜しむヤドゥだが、蛇太郎は対戦相手に対して同情していた。
修羅の世界と言えば「試合の世界」でもあった。
戦争ならともかく、公正で公平な試合の世界では、彼女の相手は大変だろう。
それこそ、生物という単位でレギュレーションが違う。
「ご主人様……畑仕事をバカにするつもりはありませんが、私の武者働きもあと一度……そう思うと、武者震いが今から収まらないのです」
(ほかの三体と試合でもすればいいのに……いや、ここでするわけにもいかないか)
「次の一戦で……誰よりも鮮烈に戦い、勝利に貢献したい。そう思えばこそ……今のこの状況にやきもきしてしまうのです」
せめてここに敵がいれば、四終の眷属がいれば。
それを倒すことで、備えができただろう。
だがそれが叶わない今は、それを土にぶつけるしかないと彼女は語る。
「……そうか」
改めて、蛇太郎は思った。
この奉仕心に、できるだけ報いたいと。
「今から修羅の世界に戻ることはできない。でも……最後の一回、期待しているよ」
「……ええ!」
拙い言葉だったが、ヤドゥには届いていた。
少なくとも、三つある彼女の顔には、そう思いたくなる笑顔があった。
※
一週間に一度の、コンテスト。
それに出品された、蛇太郎たち入魂の作物。
それはある意味当然なことに、一度で優勝を果たしていた。
既に優勝した者の畑を使って、優勝を目指して全力で頑張ったのである。
ただ漫然と畑仕事を……その夢を見ていた者たちに、負ける道理はない。
優勝者が優勝した順に世界を去っていくのだから、そんな者ばかりが残るのは当然の帰結である。
満点ではなくとも、にわかであっても、最善を尽くせば勝てる。
優勝者として発表された一行。その屋敷の前に、雲の上から白い階段が現れた。
それこそ、天まで続く階段である。今までの優勝者は召されると知って、階段を登っていったのだろう。
ある意味では、蛇太郎たちも同じだ。虎がいると知って虎穴に入る、否、虎を討つために虎穴へ入るのだ。
「この先に……最後の四終がいる」
「ああ……」
感慨にふける蛇太郎。
体感一週間、農作業をしていただけなので、正直感慨がわかない。
だがそれでも、これが最後なのだ。
今の気持ちがどうであれ、ここが別れである。
「リーム、ラージュ、ポップ、ヤドゥ……今までありがとう。正直気の利いたことは言えないけど……」
蛇太郎は、四体の顔を見た。
誰もかれもが、頼もしいことに普段と同じ顔をしている。
リームは微笑み、ラージュは上目遣いで、ポップは妖艶に余裕を見せ、ヤドゥはひたすらに真剣だった。
「最後の敵を、たおそう」
「……ああ!」
階段に足を踏み出した蛇太郎。
その隣に浮かぶマロンが、それに頷く。
一行は一列となって、天まで続く道を登り始めた。
状況としては、ステージギミックと変わらない。
だが登っていくスピードは、明らかに遅い。
階段をつかっているとはいえ、文字通り雲の上を目指すのだ。
それこそどんな登山よりも、さらに過酷と言えるだろう。
だが蛇太郎が、今更不満や文句を言うことはない。
彼の想像したとおり、どんどん高度が上がっていく。
階段がエレベーターのようになっているわけでもない、はやく登れているわけでもない。
にもかかわらず、あっという間に天上へ達していた。
そこはまさに雲海、一般的に想像される天国であった。
普通に立つことができる雲の上で、蛇太郎は周囲を見渡す。
今までの優勝者たちが幸せそうに生活をしているのなら、あるいは許せたかもしれない。
「……やっぱり、ここに来た人は消されるのか」
蛇太郎は四終への憎悪を燃やす。
四終たちは結局、死も地獄も審判も、天国さえも同じこと。
結局消す、それだけなのだ。
やはり妥協の余地、交渉の余地はない。
夢を奪う悪夢は、倒すしかないのだ。
だが、その燃え上がる闘志を吹き消すように、最後の四終が姿を見せる。
その異形に、蛇太郎は困惑を隠せなかった。
ステージギミックは隕石だった。
メーカートラブルは八寒地獄や八大地獄の集合体だった。
マスターアップは天秤だった。
最後の一体、それは……。
観音開きの鎧戸に守られた、一つの窓だった。
巨大な窓が、宙に浮かんでいたのである。
「……は?」
白い雲の上に、窓が一つ浮かんでいる。
その状況なのだから、窓そのものが敵だとわかる。
しかしなぜ、窓が浮かんでいるのか。なぜ窓と戦うのか。
いや、窓が開いて、普通に敵が出てくるかもしれない。むしろそうであってほしい。
どんな恐るべき存在でもいいから、窓以外であってほしかった。
そしてその願いにこたえるように、鎧戸が開いていく。
そこから何かが出てきてくれ、そう期待する蛇太郎であったが……。
鎧戸が開かれた先にあったのは……窓であった。
『テンテンテン。ようこそ、お待ちしていました』
白い鎧戸が開くと、そこには文字通りのウィンドウがあった。
そこに文章が並び、こちらへ話しかけてきている。
あまりの異形ぶりに、蛇太郎の覚悟は一気に失せていた。
彼にできたことと言えば、マロンへ確認することぐらいであった。
「まさかとは思うけども……システムメッセージって名前じゃないよな?」
「違う、そんな普通の名前じゃない」
「……それ以下なのか」
巨大なウィンドウという奇妙奇天烈、不可思議な存在。
それを前にして、理解が追いつくわけもない。
だがそれでも、懇切丁寧なほどに、そのウィンドウは話しかけてくる。
『ええ、私の名前はシステムメッセージなどではありません』
(いや……そこは重要じゃない、重要じゃないんだ……)
なぜ天国を司る存在が窓なのか、鎧戸付きのウィンドウなのか。
確かに牧歌的な意匠の鎧戸ではあったが、だとしても今までで一番ひどい。
『さて……マロン。貴方がここに達したということは、もはや私の命運は尽きたようですね』
「ああ、当たり前だ!」
『しかし……ふふふ、なるほど、希望は確かにある様子』
「お前までそんなことを言うのか……!」
窓に浮かぶ文章は、明確にマロンと会話をしていた。
(目とか耳とか、どうなっているんだろう……)
一度なえた蛇太郎は、冷静になりすぎて観察や想像に脳の容量を割いてしまっていた。
もちろん、無駄な想像であることは彼も理解していた。
『最後の旅人よ』
「……ん?」
文章が現れる時に、奇妙な効果音が鳴った。
それによって蛇太郎は、文章が現れたことを理解する。
そして、一拍遅れて自分が話しかけられたことに気付いた。
『私たちは、ずっと待っていました。すべてを終わらせるものが現れることを』
「お前たちは、そればっかりだな……」
『ええ、それしかなかったので』
文章こそ柔らかいが、やはり四終である。
その内容は、今までと同じであった。
『貴方はこの世界の住人が消滅を望むことを、我らの力によるもの。そう思っている様子ですね』
「違うとでも言うのか? いや……それが心からの願いでも、そんなものは一過性だ! 俺はそう信じている!」
『心をゆがめる力があると知りながら、なぜ自分は正常だと思い込めるのですか?』
だがしかし、その問いには心が揺らされた。
根の部分で自分に自信がない蛇太郎は、己が間違っているのではないかという言葉には弱かった。
『まあとはいえ、自分の正常さを確かめるすべはない。正気ではないのなら、なおさらのことです』
「……俺を迷わせたいのか?」
『いえ、違います。私が貴方に何を言っても無駄だと、既に認識しています』
飄々としたものだった。
ある種の諦念に至ったが故の、余裕ともいえる強がりに近い。
『だが、だからこそ』
「?」
『貴方が貴方であることに、希望がある』
しかしながら、窓に並ぶ文章には諦念以外の何かがあった。
希望。それはむしろ、活力の根源であろう。
「ご主人様! こんな奴に耳を貸すことないよ! 耳っていうか、この文章は読まなくていい奴だよ!」
「ご主人様……人が消されるなんて間違ってます!」
「ご主人様、やるべきことをやりましょう。どうせ戦うんだし、わからなくていいのよ」
その迷いを振り切れと、仲間たちは蛇太郎を諭す。
そう、事ここに至っては、殺し合うしかない。
その一点だけは、全員の共通認識である。
「ご主人様……私はいつでも戦えます」
「そうだったな……」
蛇太郎はようやく、仕切り直すことができていた。
『ええ、戦いましょう。それが運命を動かす、ただ一つの条件であれば』
これは、四終でさえも同じこと。
『我こそは意思を得た技、創造と封印の輪廻!』
『四終が一つ、天国の鉄杖!』
『オフィシャルインフォメーションでございます!』
四終、天国、遷移する預言書が現れた!
四終
死 鉄球 ステージギミック
地獄 鉄槌 メーカートラブル
最後の審判 鉄剣 マスターアップ
天国 鉄杖 オフィシャルインフォメーション




