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夢の至る場所

 晴耕雨読優游するに足る、という言葉がある。

 端的に言って、スローライフ願望である。


 農家を舐めるなとか、農業を舐めるなとか、田舎暮らしを舐めるなとか……。

 まあいろいろと叩かれそうな言葉である。


 しかしながら、憧れる気持ちはあるだろう。

 特に……都会暮らしどころではない、戦場で荒々しく激しい日々を過ごした者にとっては。

 誰も傷つけなくていい、誰とも争わなくてもいい、自然を相手にする生活というのは。


 まあ実際には現代日本ですら、日照りになって農業用水を巡って殺し合いになったり、動物が作物を荒らして危機的な状況になる。

 自然を人間より優しいと考えるのは、自然を舐めすぎている。


 やっぱり夢を見過ぎるのは良くない。

 だがそれでも、夢を見るぐらいは、まあいいのではなかろうか。



 第四の世界、牧歌の世界。

 例によって空の上からマップを見下ろす蛇太郎。

 彼はその光景を見て、なんとも言えない気分になる。


「……田園風景だな」


 そう、そこは農村地帯だった。

 広い田畑と、まばらに家々が並んでいる。

 いわゆる「中世風」かと思いきや、農耕用の機械が所々で動いている。

 その一方で馬や牛が車を引いているし、それとは別で羊なども飼われている様子だった。


「自治区……にしては、なあ……」


 蛇太郎の知るいくつかの自治区は、一種のロールプレイめいた田園風景を構築している。

 最新の技術で品種改良された種をつかって、手作業で田植えをしたり、場合によっては機械を入れたり。

 水を手作業で撒いたり、場合によってはスプリンクラーで水を撒いたり。

 無農薬を謳いつつ、場合によっては殺虫魔法を撒いたり。


 伝統的と謳わないまでも、そんな雰囲気を出している「観光地」めいた土地がある。

 つまり……ある意味全自動農業よりも高度な、3Kを解決した『伝統風農業』、という具合だった。

 もちろんそれは雰囲気の話である。重要なのは3Kが解決されているということだ。


 夢の中にある『理想の田舎』という雰囲気だ。

 それを見た蛇太郎は……。


「どうだい、ここは」

「いや……特に感想はないな」


 たとえるのなら、興味がない美術館に付き合いでついていった、という心境だろう。

 こういう趣向があることを知っているし、こういう願望があることも知っている。

 悪感情も抱いていないし、好感情もない。


「……君さあ、ここで暮らしたいな! ってところはないの?」

「ない」

「……変な人だなあ、夢がないよ」

「いや……他人の夢の中に住みたいとかないだろう」

「……あっそ」


 そんな蛇太郎に対して、マロンはやや不満げである。

 確かに他人の夢の中で暮らしたいかと言われたら、そういわれても仕方がない。


「参考までに聞くけどさ、君って夢はないの?」

「……笑うなよ? と、友達が欲しいなって……」

「……笑えないよ」


 本当に笑えない夢だったので、マロンは何も言えなかった。

 気まずい空気が、しばらく流れた。


「……」


 マロンはちらりと、飛びながら蛇太郎を抱えているリームを見る。


「やだな~~! 私たちはもう友達じゃん! それなのに友達が欲しいとかさ~~、友達じゃないみたいじゃん!」

「あ、いや……そういう意味じゃなくて、前はそう思っていたっていうか……今はそうでもないっていうか……夢はかなったから、特に目標も夢もないかなあって……」


 蛇太郎は基本、何か嫌なことがあれば自分に原因がある、と思うタイプである。そして悲しいことに、だいたいその通りである。

 だがそれは、周囲の人間関係や生活環境に対して不満がない、ということでもあった。

 

 周囲の人間が変わっても、周囲の環境が変わっても、きっと自分は変わらない。

 そう思っている人間というのは、わりと幸せなのかもしれない。


「しいて言えば、今は夢がかなってるかな~~なんて……」


 そう口にして、四体を見る。

 リームもラージュもポップもいつものように微笑んでいるが、ヤドゥだけはやや曇った顔になっていた。


「ヤドゥ、どうかしたのか?」

「え、いえ、何もありません! ご心配なく! それよりも、この世界を狙う最後の四終を叩きましょう!」

「そ、そうだな……?」


 慌てた様子のヤドゥに対して、蛇太郎は特に突っ込まなかった。


(何か思うところがあるんだろう……)


 彼自身、内心を聞かれたくないことが多い。

 なので突っ込むことはなく、ヤドゥの話を流した。


「なあマロン、この世界を襲う四終はどこにいて、それを倒すにはどうすればいいんだ?」

「……君さあ」


 なお、ポップは微妙に嫌そうな顔をしている。

 おそらくヤドゥに対して、いろいろと突っ込んでほしかったと思われる。


「まあいいけども……ここの四終はいろいろと特殊なんだ」

「いままでもだいぶ特殊だったと思うが……」

「そうだったね……でも、まず聞いてほしい」


 今日まで蛇太郎は、仲間に新しいショクギョウを与えることで、メタを張って勝ってきた。

 果たしてこの世界では、どんなメタを張るのだろうか。


「この世界の四終には、メタをはる「ショクギョウ」がない」

「……じゃあ、シュゾク技とキョウツウ技だけで戦うってことか?」

「そうなる。というか……ヤツと戦うことを想定して、今まではそこまで強い力を授けられなかったんだ」


 さて、最後の四終はいかなるものか。

 蛇太郎はマロンの言葉を待つ。


「考えてもみてくれ……今までいくつかの職業を得てきたけど……これってある意味ズルだろう?」

「……まあ、確かに」

「奴はそれを封じる力を持っている」


 本来ショクギョウ技は、一人一体につき一種である。

 これは一種の縛りであり、制約と言っていい。


 他の余計な機能を捨てて、特定の技能に特化させる。

 それがショクギョウ技の基本原理であり、大原則だ。

 もしも一人で複数の職業を習得できるようになれば、状況に応じて対応できるようになってしまう。

 実質万能になると言っていいだろう、それでは特化の意味がない。


「君にあえて教えなかったけども……実は今まで巡った世界にも、他の職業があるんだよ」

「あったのか……聞きたくないな」

「うん、君は聞かない方がいいと思うよ」


 水着技とかサンタ技とかハロウィン技とか、高校生技とか女武将技とか女軍人技とか、まあいろいろあったのだ。

 おそらく、蛇太郎にはなじまなかったであろうことは確実である。


「ただね……そのどれも、奴には通じない。いや……『出せなくなる』というべきか」

「……?」

「とにかく、キョウツウ技とシュゾク技だけで戦うんだ。他の技は使えないと思ってくれ」

「わかった……」


 マロンの言葉を、蛇太郎はすんなりと受け入れた。

 それに、わからなくもない道理である。

 悪魔の扱う技の中には、装備や所持している金銭に応じて重量が増す「陽気な悪魔」なる技もある。

 また特定の技を出させなかったり、あるいは特定の技だけを連発させることもできる。

 そのたぐい、と思えばおかしくはない。


「それから……ここの四終と戦うには、条件がある」

「どんな?」

「ここで行われている大会に出場して、優勝することだ」

 


 多くのゲームには、ジャンルごとに定型(テンプレート)がある。

 物事のあら捜しをする輩は、『〇〇なんて全部同じじゃん』という否定をするが、その否定の対象になるのがコレだ。

 RPGなんて全部同じだとか、シューティングなんて全部同じだとか、アクションなんて全部同じだとか、オープンワールドなんて全部同じだとか……。

 あえて言えば、そりゃそうであろう。むしろそのジャンルそのものが好きな人にとっては、その定型こそが好ましいのだ。


 その定型に沿ったうえで、どれだけ面白いのか。

 そこが評価の対象であり、定型になっていること自体がマイナスになることは少ない。


 さて……。

 では都市経営シミュレーションのテンプレートについて語ろう。

 都市経営シミュレーションとはいうが、たいていの場合は開拓から始まる。

 

 どこに拠点を構えるか。

 どこで食料を生産し、どこに備蓄するか。

 住民の要望を、いかにして叶えるか。

 どこから資源を調達するか、加工するか。

 外敵がいる場合は、国防を。外部から戦力を要求される場合は、派兵の準備を。

 新しい技術の解放、新しい施設の開放、それに伴う都市全体の改造。


 その行きつく先は、完成しきった都市である。


 この完成しきった都市に定義はない、しいて言えばプレイヤーが満足すればそれで終わる。


 そう、終わる。

 プレイヤーにとって、都市を完成させればそこで終わる。

 ある意味ではパズルゲームであり、きちんとハマれば終わる。


 これは都市経営シミュレーションゲームが、ゲームであるがゆえだろう。

 本来ならそこからがまた新しいスタートであるにもかかわらず、完成してそこで終わらせるのは。

 しかし、そんなものかもしれない。一旦完成させれば、そこから先は面白くない。


 また次の都市を作るために、プレイヤーは別のゲームか、あるいは新しいデータを作るのだ。


 そんな整備され切った、田園地帯に一行は訪れた。


 まさしく、牧歌の極み。いっそ退屈なほどに、何もないド田舎。

 この世界そのものが娯楽の一種であるがゆえに、娯楽らしいものが存在しない地。

 

 その中の、主のいない家と、田畑。

 そこに一行は腰を下ろして……畑仕事に手を出し始めた。


(なんで他人の夢の中で野良仕事をしているんだろう……)


 鍬を手にして、畑を耕す。

 根は真面目な蛇太郎は、根が真面目ゆえに言われるがまま畑仕事をして、根が真面目ゆえに現状の不条理さに戸惑っていた。


「みんなで畑仕事って、結構エモいよね! たまにやれば、だけどさ!」


 無駄に翼をばたつかせているリームは、無駄に張り切って鍬を振るっている。

 モンスターなので体力的に問題はないだろうが、おそらく普通の人間ならすぐばてるであろう動きだった。


「わ、私のやり方、正しいでしょうか……そうですか、誰もわかりませんか……」


 ラージュは背中の頭を目まぐるしく動かして、周囲を確認している。

 自分のやり方が正しいのか自信がない様子だが、全員バラバラなので仕方なく鍬を振るっている。


「私なら鍬を使わない方が速いと思うんだけど……鍬を使わないといけないなんて、不便な話よねえ」


 体積の大半を使って大きな腕を一本作り、鍬を上下させているポップ。

 他の残った部分でやれやれ、というあきれのポーズを作っていた。

 

「夢の世界だからこそ、鍬を使わないと畑を耕せないんだよ。でも夢の世界だから、泥とか虫とかで困らないだろう?」

「いやまあ……で、なんで畑仕事をしているんだっけ?」

「さっきも言ったじゃないか、この世界の四終のもとにたどり着くには……」


 なぜ田園地帯に来て、田園地帯を救うために、田畑を耕すのか。

 その答えは、極めてシンプルである。



「農作物のコンテストで優勝しないとダメなんだよ」

(ライバルが多そうだな……というか、無理では……)



 蛇太郎は、もちろん覚えている。

 ついさっきみた、見渡す限りの田園地帯を。

 そこにはたくさんの民家があり……つまり、その数だけライバルがいるのだ。


 いくら夢の世界とは言え、いや、夢の世界だからこそ……。

 夢の中で農業をしている人たちを相手に、優勝できる自信がない。


「そもそも、なんで四終に会うのに、それが必要なんだ?」


 蛇太郎は田畑を耕す手を止めない一方で、一体だけ畑仕事をしていないマロンへた尋ねる。


「ステージギミックとメーカートラブルは、世界をまとめて滅ぼそうとしていただろう?」

(改めて聞くと、ネーミングが最悪だな……)

「だがマスターアップは、少しずつ確実に消していた。最後の四終も同じさ、優勝した奴から消していく、そういう能力を持っている」


 時間経過に合わせて、世界を消そうとしたステージギミック。

 世界の性能を下げて、世界を止めようとしたメーカートラブル。

 勝敗を決し、敗者を消したマスターアップ。


 そのいずれとも違う、優勝者を消す最後の四終。

 もっとも奇異(・・)なる名を授かった、天国に至る階段。


「奴と戦うには、優勝するしかない」

「……なんか他のと比べてしょぼくないか?」

「いや……脅威度の高い奴から潰すのは当たり前では?」

「……ごめんなさい」

「謝るぐらいなら、いう前に考えようよ……」


 陰気になりつつ鍬を振るう蛇太郎。

 歴代の名もなき英雄たちの中でも、ぶっちぎりで面倒くさい男。

 その彼に辟易しながら、マロンはちらりとヤドゥを見た。


「ご主人様! いかがでしょうか! 私の鍬さばきは!」


 六本の腕と三つの顔、そのすべてで頑張っているアピールをするヤドゥ。

 正直畑仕事で鍬を使う分には、まったく生かされていない。

 なにせ彼女の腕は三対なのだ、どうあっても自分の腕が邪魔になる。


「……頑張ってるな」

「はい! 頑張っております!」

「……そんなに頑張らなくてもいいんだよ?」

「いえ、そういうわけにはまいりません!」


 三つの顔、そのすべてが焦りに染まっている。


「私たちの役目は……今回が最後なのですから!」


 そう、この奇妙な旅も、終わりが近い。



「そう……終わる」


 最後の四終は、優勝者を待っていた。


「この下らぬ世界も、それを維持するシステムも、何もかも終わる」


 己は討たれるだろう、いつものように。


「ああ……ようやく終わるのだ、この……最も強い感情の奪われた世界が……!」


 だがそのあとに、世界を滅ぼすのだ。

 七人目の英雄が天命を知るときは、確実に近づいている。



「私たちは……君をずっと待っていた!」



 歴代の英雄の中で、もっとも面倒くさい男。

 彼の英雄性が求められる時が、確実に近づいていた。

最後の四終、天国の鉄杖。

マジでぶっちぎりで変な名前です、ご期待ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メタ要素の強いネーミングセンス [気になる点] 名字と名前で性格とかを表す主人公達の名前だから、未だに明らかになってない蛇太郎の名字が何なのかで話が変わってくるし 倒した相手との共闘って…
[一言] ゲーム終了系の名前なんかな?エンディングとかゲームオーバーとか(目反らし
[一言] 更新お疲れ様です。 ネーミングセンスがとても良い作品なので、変な名前が楽しみですね!
感想一覧
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