夢の至る場所
晴耕雨読優游するに足る、という言葉がある。
端的に言って、スローライフ願望である。
農家を舐めるなとか、農業を舐めるなとか、田舎暮らしを舐めるなとか……。
まあいろいろと叩かれそうな言葉である。
しかしながら、憧れる気持ちはあるだろう。
特に……都会暮らしどころではない、戦場で荒々しく激しい日々を過ごした者にとっては。
誰も傷つけなくていい、誰とも争わなくてもいい、自然を相手にする生活というのは。
まあ実際には現代日本ですら、日照りになって農業用水を巡って殺し合いになったり、動物が作物を荒らして危機的な状況になる。
自然を人間より優しいと考えるのは、自然を舐めすぎている。
やっぱり夢を見過ぎるのは良くない。
だがそれでも、夢を見るぐらいは、まあいいのではなかろうか。
※
第四の世界、牧歌の世界。
例によって空の上からマップを見下ろす蛇太郎。
彼はその光景を見て、なんとも言えない気分になる。
「……田園風景だな」
そう、そこは農村地帯だった。
広い田畑と、まばらに家々が並んでいる。
いわゆる「中世風」かと思いきや、農耕用の機械が所々で動いている。
その一方で馬や牛が車を引いているし、それとは別で羊なども飼われている様子だった。
「自治区……にしては、なあ……」
蛇太郎の知るいくつかの自治区は、一種のロールプレイめいた田園風景を構築している。
最新の技術で品種改良された種をつかって、手作業で田植えをしたり、場合によっては機械を入れたり。
水を手作業で撒いたり、場合によってはスプリンクラーで水を撒いたり。
無農薬を謳いつつ、場合によっては殺虫魔法を撒いたり。
伝統的と謳わないまでも、そんな雰囲気を出している「観光地」めいた土地がある。
つまり……ある意味全自動農業よりも高度な、3Kを解決した『伝統風農業』、という具合だった。
もちろんそれは雰囲気の話である。重要なのは3Kが解決されているということだ。
夢の中にある『理想の田舎』という雰囲気だ。
それを見た蛇太郎は……。
「どうだい、ここは」
「いや……特に感想はないな」
たとえるのなら、興味がない美術館に付き合いでついていった、という心境だろう。
こういう趣向があることを知っているし、こういう願望があることも知っている。
悪感情も抱いていないし、好感情もない。
「……君さあ、ここで暮らしたいな! ってところはないの?」
「ない」
「……変な人だなあ、夢がないよ」
「いや……他人の夢の中に住みたいとかないだろう」
「……あっそ」
そんな蛇太郎に対して、マロンはやや不満げである。
確かに他人の夢の中で暮らしたいかと言われたら、そういわれても仕方がない。
「参考までに聞くけどさ、君って夢はないの?」
「……笑うなよ? と、友達が欲しいなって……」
「……笑えないよ」
本当に笑えない夢だったので、マロンは何も言えなかった。
気まずい空気が、しばらく流れた。
「……」
マロンはちらりと、飛びながら蛇太郎を抱えているリームを見る。
「やだな~~! 私たちはもう友達じゃん! それなのに友達が欲しいとかさ~~、友達じゃないみたいじゃん!」
「あ、いや……そういう意味じゃなくて、前はそう思っていたっていうか……今はそうでもないっていうか……夢はかなったから、特に目標も夢もないかなあって……」
蛇太郎は基本、何か嫌なことがあれば自分に原因がある、と思うタイプである。そして悲しいことに、だいたいその通りである。
だがそれは、周囲の人間関係や生活環境に対して不満がない、ということでもあった。
周囲の人間が変わっても、周囲の環境が変わっても、きっと自分は変わらない。
そう思っている人間というのは、わりと幸せなのかもしれない。
「しいて言えば、今は夢がかなってるかな~~なんて……」
そう口にして、四体を見る。
リームもラージュもポップもいつものように微笑んでいるが、ヤドゥだけはやや曇った顔になっていた。
「ヤドゥ、どうかしたのか?」
「え、いえ、何もありません! ご心配なく! それよりも、この世界を狙う最後の四終を叩きましょう!」
「そ、そうだな……?」
慌てた様子のヤドゥに対して、蛇太郎は特に突っ込まなかった。
(何か思うところがあるんだろう……)
彼自身、内心を聞かれたくないことが多い。
なので突っ込むことはなく、ヤドゥの話を流した。
「なあマロン、この世界を襲う四終はどこにいて、それを倒すにはどうすればいいんだ?」
「……君さあ」
なお、ポップは微妙に嫌そうな顔をしている。
おそらくヤドゥに対して、いろいろと突っ込んでほしかったと思われる。
「まあいいけども……ここの四終はいろいろと特殊なんだ」
「いままでもだいぶ特殊だったと思うが……」
「そうだったね……でも、まず聞いてほしい」
今日まで蛇太郎は、仲間に新しいショクギョウを与えることで、メタを張って勝ってきた。
果たしてこの世界では、どんなメタを張るのだろうか。
「この世界の四終には、メタをはる「ショクギョウ」がない」
「……じゃあ、シュゾク技とキョウツウ技だけで戦うってことか?」
「そうなる。というか……ヤツと戦うことを想定して、今まではそこまで強い力を授けられなかったんだ」
さて、最後の四終はいかなるものか。
蛇太郎はマロンの言葉を待つ。
「考えてもみてくれ……今までいくつかの職業を得てきたけど……これってある意味ズルだろう?」
「……まあ、確かに」
「奴はそれを封じる力を持っている」
本来ショクギョウ技は、一人一体につき一種である。
これは一種の縛りであり、制約と言っていい。
他の余計な機能を捨てて、特定の技能に特化させる。
それがショクギョウ技の基本原理であり、大原則だ。
もしも一人で複数の職業を習得できるようになれば、状況に応じて対応できるようになってしまう。
実質万能になると言っていいだろう、それでは特化の意味がない。
「君にあえて教えなかったけども……実は今まで巡った世界にも、他の職業があるんだよ」
「あったのか……聞きたくないな」
「うん、君は聞かない方がいいと思うよ」
水着技とかサンタ技とかハロウィン技とか、高校生技とか女武将技とか女軍人技とか、まあいろいろあったのだ。
おそらく、蛇太郎にはなじまなかったであろうことは確実である。
「ただね……そのどれも、奴には通じない。いや……『出せなくなる』というべきか」
「……?」
「とにかく、キョウツウ技とシュゾク技だけで戦うんだ。他の技は使えないと思ってくれ」
「わかった……」
マロンの言葉を、蛇太郎はすんなりと受け入れた。
それに、わからなくもない道理である。
悪魔の扱う技の中には、装備や所持している金銭に応じて重量が増す「陽気な悪魔」なる技もある。
また特定の技を出させなかったり、あるいは特定の技だけを連発させることもできる。
そのたぐい、と思えばおかしくはない。
「それから……ここの四終と戦うには、条件がある」
「どんな?」
「ここで行われている大会に出場して、優勝することだ」
※
多くのゲームには、ジャンルごとに定型がある。
物事のあら捜しをする輩は、『〇〇なんて全部同じじゃん』という否定をするが、その否定の対象になるのがコレだ。
RPGなんて全部同じだとか、シューティングなんて全部同じだとか、アクションなんて全部同じだとか、オープンワールドなんて全部同じだとか……。
あえて言えば、そりゃそうであろう。むしろそのジャンルそのものが好きな人にとっては、その定型こそが好ましいのだ。
その定型に沿ったうえで、どれだけ面白いのか。
そこが評価の対象であり、定型になっていること自体がマイナスになることは少ない。
さて……。
では都市経営シミュレーションのテンプレートについて語ろう。
都市経営シミュレーションとはいうが、たいていの場合は開拓から始まる。
どこに拠点を構えるか。
どこで食料を生産し、どこに備蓄するか。
住民の要望を、いかにして叶えるか。
どこから資源を調達するか、加工するか。
外敵がいる場合は、国防を。外部から戦力を要求される場合は、派兵の準備を。
新しい技術の解放、新しい施設の開放、それに伴う都市全体の改造。
その行きつく先は、完成しきった都市である。
この完成しきった都市に定義はない、しいて言えばプレイヤーが満足すればそれで終わる。
そう、終わる。
プレイヤーにとって、都市を完成させればそこで終わる。
ある意味ではパズルゲームであり、きちんとハマれば終わる。
これは都市経営シミュレーションゲームが、ゲームであるがゆえだろう。
本来ならそこからがまた新しいスタートであるにもかかわらず、完成してそこで終わらせるのは。
しかし、そんなものかもしれない。一旦完成させれば、そこから先は面白くない。
また次の都市を作るために、プレイヤーは別のゲームか、あるいは新しいデータを作るのだ。
そんな整備され切った、田園地帯に一行は訪れた。
まさしく、牧歌の極み。いっそ退屈なほどに、何もないド田舎。
この世界そのものが娯楽の一種であるがゆえに、娯楽らしいものが存在しない地。
その中の、主のいない家と、田畑。
そこに一行は腰を下ろして……畑仕事に手を出し始めた。
(なんで他人の夢の中で野良仕事をしているんだろう……)
鍬を手にして、畑を耕す。
根は真面目な蛇太郎は、根が真面目ゆえに言われるがまま畑仕事をして、根が真面目ゆえに現状の不条理さに戸惑っていた。
「みんなで畑仕事って、結構エモいよね! たまにやれば、だけどさ!」
無駄に翼をばたつかせているリームは、無駄に張り切って鍬を振るっている。
モンスターなので体力的に問題はないだろうが、おそらく普通の人間ならすぐばてるであろう動きだった。
「わ、私のやり方、正しいでしょうか……そうですか、誰もわかりませんか……」
ラージュは背中の頭を目まぐるしく動かして、周囲を確認している。
自分のやり方が正しいのか自信がない様子だが、全員バラバラなので仕方なく鍬を振るっている。
「私なら鍬を使わない方が速いと思うんだけど……鍬を使わないといけないなんて、不便な話よねえ」
体積の大半を使って大きな腕を一本作り、鍬を上下させているポップ。
他の残った部分でやれやれ、というあきれのポーズを作っていた。
「夢の世界だからこそ、鍬を使わないと畑を耕せないんだよ。でも夢の世界だから、泥とか虫とかで困らないだろう?」
「いやまあ……で、なんで畑仕事をしているんだっけ?」
「さっきも言ったじゃないか、この世界の四終のもとにたどり着くには……」
なぜ田園地帯に来て、田園地帯を救うために、田畑を耕すのか。
その答えは、極めてシンプルである。
「農作物のコンテストで優勝しないとダメなんだよ」
(ライバルが多そうだな……というか、無理では……)
蛇太郎は、もちろん覚えている。
ついさっきみた、見渡す限りの田園地帯を。
そこにはたくさんの民家があり……つまり、その数だけライバルがいるのだ。
いくら夢の世界とは言え、いや、夢の世界だからこそ……。
夢の中で農業をしている人たちを相手に、優勝できる自信がない。
「そもそも、なんで四終に会うのに、それが必要なんだ?」
蛇太郎は田畑を耕す手を止めない一方で、一体だけ畑仕事をしていないマロンへた尋ねる。
「ステージギミックとメーカートラブルは、世界をまとめて滅ぼそうとしていただろう?」
(改めて聞くと、ネーミングが最悪だな……)
「だがマスターアップは、少しずつ確実に消していた。最後の四終も同じさ、優勝した奴から消していく、そういう能力を持っている」
時間経過に合わせて、世界を消そうとしたステージギミック。
世界の性能を下げて、世界を止めようとしたメーカートラブル。
勝敗を決し、敗者を消したマスターアップ。
そのいずれとも違う、優勝者を消す最後の四終。
もっとも奇異なる名を授かった、天国に至る階段。
「奴と戦うには、優勝するしかない」
「……なんか他のと比べてしょぼくないか?」
「いや……脅威度の高い奴から潰すのは当たり前では?」
「……ごめんなさい」
「謝るぐらいなら、いう前に考えようよ……」
陰気になりつつ鍬を振るう蛇太郎。
歴代の名もなき英雄たちの中でも、ぶっちぎりで面倒くさい男。
その彼に辟易しながら、マロンはちらりとヤドゥを見た。
「ご主人様! いかがでしょうか! 私の鍬さばきは!」
六本の腕と三つの顔、そのすべてで頑張っているアピールをするヤドゥ。
正直畑仕事で鍬を使う分には、まったく生かされていない。
なにせ彼女の腕は三対なのだ、どうあっても自分の腕が邪魔になる。
「……頑張ってるな」
「はい! 頑張っております!」
「……そんなに頑張らなくてもいいんだよ?」
「いえ、そういうわけにはまいりません!」
三つの顔、そのすべてが焦りに染まっている。
「私たちの役目は……今回が最後なのですから!」
そう、この奇妙な旅も、終わりが近い。
※
「そう……終わる」
最後の四終は、優勝者を待っていた。
「この下らぬ世界も、それを維持するシステムも、何もかも終わる」
己は討たれるだろう、いつものように。
「ああ……ようやく終わるのだ、この……最も強い感情の奪われた世界が……!」
だがそのあとに、世界を滅ぼすのだ。
七人目の英雄が天命を知るときは、確実に近づいている。
「私たちは……君をずっと待っていた!」
歴代の英雄の中で、もっとも面倒くさい男。
彼の英雄性が求められる時が、確実に近づいていた。
最後の四終、天国の鉄杖。
マジでぶっちぎりで変な名前です、ご期待ください。




