価値
さて、ウズモをはじめとするドラゴンズランドの若き竜たちである。
一種の労役、あるいは奉公に出されていた六体の貴竜たち。
狐太郎たちから『そろそろドラゴンズランドに案内してよ』とか『それでお役御免、いままで頑張ったね、お疲れ様』と言われていた。
大ムカデと戦うことになったり、英雄のいる戦場に出ることになったり、わけのわからん小さいモンスターの群れと戦うことになったり、各地でちょちょいと『小さい作業』をすることになった。
正直しんどいことがあったのだが、終われば安堵できる。
魔境の森に腰を下ろして、話し合いをしていた。
『ようやく帰れる……ウズモのせいで、こんなことになるなんてなあ……』
『まったくだ! なんでこんな奴をバカにしたぐらいでこんな目に遭わないといけないんだ!』
『覚えてるか、竜王様のあのブレス……レックスプラズマ。あさっての方向にぶっ放されたけども……死ぬかと思ったぜ』
『言うんじゃねえよ! 思い出したら、鱗が剥けそうだ!』
『英雄たちと魔王様の戦場……今でも夢に見るんだ……ふとした時に目が覚めて、恐怖で体から毒液が噴出してるんだ……』
この、なんでも本音で言い合える仲間たち。
彼らはこれまでの旅を振り返って、とりあえず全員で生き残ったことを喜んでいた(咎めていないとは言っていない)。
雰囲気は険悪であるが、まあ許容範囲である。
『お前らなあ……』
取っ組み合いになっていないだけ、六体も大人になったということだろう。
言い合いこそはしているが、とびかかる様子はない。
『……悪かったよ』
ウズモは明後日の方を向きながら、そんなことを言った。
『……いや、なんで俺がお前らに謝るんだ』
だが冷静になって訂正した。
『少なくとも俺は、お前たちに謝るようなことはしてないだろ。お前らも言ってるけど、お前らが俺のこと笑ったのが原因だろ』
それを言われると、今度は五体の丙種たちが顔をそむけた。
『もっと言えば、お前らが竜王様の前で痴話げんかして、玉手箱をぶっ壊して、大恥かいて追い返されたのが原因だろうが』
極めて冷静で客観的な意見だった。
五体のドラゴンたちは、ぼふぼふとブレスを漏らした。
おそらく人間的、漫画的に表現すれば、口笛を吹くような行為であろう。
『……山に帰ったらお前らも大ムカデ退治に参加したって言ってやろうかと思ったけど、止めた』
『はあ~~~!? それはないだろ!』
『そこは融通利かせようぜ! 俺たち仲間だろ?!』
『そうだよ! いままでずっと一緒に頑張ってきたじゃん!』
『一回分ぐらい大目に申告しようぜ!』
『人間どもや爺さんたちだって、それぐらい黙っててくれるだろ!』
『いや! やめだ!』
大ムカデ退治に参加する。それは貴竜にとって、本当に最高の栄誉である。
嫌な予感がしたので逃げ出したという六体の若者たちが殺されていないのも、この名誉が大きいからだろう。
『お前らが自分の子供に『俺は若いころ大ムカデ退治に参加したんだぜ』とか教えたら訂正しに行ってやる!』
『ひいいい!』
英雄と魔王の戦いに参加したというのは確かに格好いい、大ムカデ退治よりも規模が大きい。
しかし想像を絶しすぎて、理解しがたい。
その点大ムカデは身近で、もっとも恐れるべき脅威であった。
英雄は貴竜を狙わないので、人里を襲わない限り問題ない。
魔王竜王はほぼ伝説の存在で、最近存在が確認されただけだ。
彼らにとって唯一の捕食者が、積極的に狙ってきて、しかも襲われたら助からないのが大ムカデだ。
だからこそ、それを退治したことはとても称賛される。
まあうっかり『俺一人で倒したんだぜ』とか言ったら『じゃあ見せて!』とか言われそうなので、あえて謙虚に『竜王様の補佐を務めたんだぜ』と正直に言うのが大事である。
ほらとラッパは大きく吹けというが、それは百パー嘘だった場合に限られる。
竜王様を持ち上げつつ、それの足場を務めた自分を持ち上げるという高度な謙遜が大事なのだ。
「おい、人間ども! もしもこのドラゴンたちが『俺もムカデ退治に参加したんだぜ』とか言ったら俺やお爺ちゃんに報告しろ!」
「承知しました」
『ああ、おい!』
そして控えている人間たち、竜の民へウズモは正式な命令を下した。
それを聞いた竜の民たちは、正しくそれを請け負った。
なにもおかしなことはないので、極めて業務的に承認する。
『……ちくしょう! 地獄に落ちろ!』
なお……竜の民たちは竜の言葉をすべて理解できるわけではない。
人語を話せる竜たちが、人間の言葉を意識的に話そうとして、それでようやくわかるのである。
よって今しがたの、若き竜たちの話を理解できたわけではない。だがそれでも……。
(またしょうもない話をしているな)
言葉が通じなくても、異なる生物でも、ずっとそばにいれば分かり合えるのだ。
※
さて、ドラゴンズランドに行くともなれば、外せないのが侯爵家四天王であろう。
一生懸命努力してクリエイト使いになって、二度にわたる大合戦に参加し、四冠の狐太郎の護衛を務めた四人。
若き貴族の勇者たちは、最終目標であるドラゴンズランド渡航の直前に至っていた。
だが感慨にふける暇など、四人にはなかった。
正しく勇者となってしまった四人には、相応の待遇が待っていたのである。
「……」
四天王が一人、バブル・マーメイド。
治癒属性の使い手でもある彼女の下には、大量の手紙が届いていた。
どれもが侯爵家、あるいは公爵家からである。ごくまれにそれ以下の家からも届いているが、それらは同格の中では抜きんでて金持ちであったりする。
つまり国内の貴族、その中でも特に有力な家から誘いが来ているのだ。
「……」
同じく四天王が一人、キコリ・ボトル。
硬質属性の使い手である彼のもとにも、大量の手紙が届いている。
送り主はバブルと同じで、なかなかの格の持ち主たちであった。
「バブルとキコリに、これだけの縁談が舞い込むなんてな……いや、状況的に当然だが」
「そうね……ねえ、ロバー。実は私のところにも少しは、彼らと同じようなのが届いているのよ」
ロバー・ブレーメとマーメ・ビーンは、そろってその光景を見ている。
一つの部屋の、一つのテーブル。そこに山積みにされた手紙と、それを前にうんざりしている二人を見ている。
(こう言ったら、少しは嫉妬するかしら……!)
ロバーはただかわいそうだと思っているだけだが、マーメはそうでもなかった。
傍らにいるロバーをやきもきさせようと、わずかに悪戯心を見せている。
「ああ、俺のところにも来ているよ。困ったものだよね」
「そう……」
空気を読んでいるのか読んでいないのかわからない対応だった。
状況的には『手紙が届くのって面倒だよね』という流れなので、そこまで間違っていない。
だがマーメとしては「ええっ、本当かい? まさか返事を出したのかい?!」とか言ってほしかった。
「うげえ……これ全部返事しないといけないんだよね……」
(かけらも興味をもってねえのはすげえな……)
さて、この四人に届いている手紙である。
これらは口語訳すると、『結婚してくれ!』である。
かなり力のある家から、積極的に声をかけてもらう。
これはバブルとキコリが、大いに評価されている証明だった。
「……よし、決めた!」
バブルは雄々しく拳を握りしめて、手紙を書き始める。
それは大勢向けの内容ではなく、とある一つの家への入魂の一筆だった。
「お、おい……どこに返事を書くんだ?」
元婚約者であるキコリは、不安そうにそれを見ている。
まだ未練があるので、彼女が誰かへ思いを伝えることに不満があるのだ。
なお、自分の意志で、土壇場で、本気の本音で『お前のことを好きになるんじゃなかった』と言っていた模様。
「私の実家!」
その彼へ、バブルは力強く返事をした。
「もう全部断れ、こっちに送ってくるなって言う!」
「そうだよな、お前はそういう奴だったな……」
実家に向かって縁談を持ち込むなというのは、普通なら許されない暴挙であろう。
なにせ相手は貴族であり金持ちだ、下手をすれば彼女たちの実家よりも力があるかもしれない。
それが一つ二つではなく複数から来ているのだから、それをすべて雑に処理するのは、それこそ全体への心象を悪くするだろう。
仮にバブルの実家、マーメイド家がそれを許せば、その家そのものの経営が悪化しかねない。
貴族とは一種の会社であり自治体の長なのだから、そういうこともあり得る。
だが現状では、それはあり得ない。
なぜならバブル本人こそが、マーメイド家史上最高の偉人である。
少なくともマーメイド家に、国家の歴史に名を刻むような偉人はいない。
だが彼女はなっている。将来的にとかではなくて、もうすでになっている。
それは単なる名誉にとどまらず、ぶっといコネクションも成立させていた。
もちろん狐太郎に対して一番強く働くが、現大王であるジューガーや次期大王であるダッキともつながりがある。
もちろん現役の全英雄からも顔を知られているし、その功績も評価されている。勲章を贈られているということは、そういうことなのだ。
大量虐殺をしたとかではなく、単に縁談を断るだけなら、誰も彼女に文句を言えない。
彼女本人が努力して実力を得て、その上で功績を重ねたのだから当然だ。
「ようやく念願のドラゴンズランドに行けるんだよ? こんなアホみたいなことに時間を割けないって」
「アホってお前……この手紙の中には、家の存亡がかかっているケースだってあるだろうさ」
「知るか!」
(……まあ確かにそうだけども、仲間内とはいえ声に出すなよ)
同じ立場であるキコリは、内心で共感しきれなかった。
でも同じ内容の手紙を実家に送ろう、とも考えていた。
ぶっちゃけキコリはまだバブルに未練があるので、なかなか踏み切れなかった。
そしてそれが許されるのも、やはり同じである。
「……なあバブル、覚えているか?」
手紙を書いているバブルへ、ロバーは柔らかく語り始めた。
テンションの差が著しい状況だが、バブルはいつもこんな感じなので待つだけ無駄である。
「マーメとキコリは知らないだろうけどな……俺はバブルから相談された時、狐太郎様にバブルが見初められれば、そのまま楽にドラゴンズランドへ行けるって話したんだ」
(悪い、盗み聞きしてた……)
(私とキコリで、盗み聞きしてたの……)
『一番安全で簡単なのは、お前がAランクハンターと結婚することだ。俺たちは侯爵家、それなりに身分は高い。向こうから声がかかる可能性はありえた』
『俺達が長期休暇を利用してカセイに行くのも、カセイからシュバルツバルトに行くのも、そこまで難しくない。だがシュバルツバルトで偶々Aランクハンターに会って、そこでお前に一目ぼれするなんて期待するほうが間違っている』
淡い思い出を語りながら、ロバーは達成感に浸っていた。
「そんなことあったっけ?」
台無しだった。
「……ま、まあ、覚えてる方がどうかしてるよな。真剣に検討したわけでもないし……」
「そりゃそうでしょ、私困っちゃったよ」
「ごめん……」
(いや、俺は覚えてるぞ……)
(私も……)
バブルの記憶にまったく残っていないことは、一種当然のことだった。
なので三人とも特に咎めなかった。
だが自分が覚えていることを仲間が覚えていないことで、微妙に切なくなっていた。
だがそんなことを気にしていたら、バブルと友人をやっていられない。
ロバーはそれを流して、話を続ける。
「まあとにかく……狐太郎様がお前を好きになって愛人やら何やらにしてもらえていれば、あんな死ぬ思いも、あんなキツイ日々もしなくてよかったんだ」
「マーメならともかく、私がそんな風に思われるわけないじゃん」
「あの時もお前はそんなふうに言っていたよ……」
(ロバー……貴方はあの時も、バブルが私を褒めていることをスルーしていたわよね……)
(すげえな。ロバーもバブルも、全然変わってない……)
なおロバー本人はまったく気にしていないが、ロバー自身もマーメの容姿が褒められていることを全く気にしてない。
「今俺たちは……憧れられる立場になっている。侯爵家四天王なんてふざけた名前で呼ばれていて、実際に英雄の皆様からも覚えてもらっている。だからやっぱり、正しかったんだろうな」
ロバーは自分へ送られた手紙を、読む気にもならなかった。
「憧れられても、相手をする気にならない」
残酷なようで、誠実な言葉だった。
「そうだよね、どうでもいいよね」
バブルはもっとあけすけに残酷だった。
「……手紙を送っている人の中には家の利害関係を抜きにしても、『若き侯爵家の勇者』だと本気で憧れている人もいるだろう。実際戦績を考えれば、そう思っても不思議じゃない」
実質的に、戦ったのは二回だけ。
しかも誰かを殺したとかはなく、ただバリアを張っていただけだった。
だがそれでも、守っていたのはダッキと狐太郎。
参加した戦場は、どちらも国家の命運をかけたものだ。
そりゃあ、憧れて当然の勇者だ。
「俺のことを好きになってくれるのは、まあ嬉しい。でも……特別に何かをしてあげようとは思わない」
だからこそ、惚れられても特別嬉しくない。
はっきり言って、会う気にもならない。
「だから、正しかったんだと再確認できた。俺たちは……間違えた道を選ばなかった」
「バカだなあロバー、たどり着くのが正しい道だよ? たどり着いたんなら正しいに決まってるじゃん」
「いやまあ、そうだけども……言いたいことはわかってほしい」
「勝った後でなら何とでも言えるとか?」
「……もうそれでいいよ、間違ってないし」
同じ夢を描いて、同じように努力して、同じように命をかけて、同じように重責を背負って。
それでようやくゴール手前に来ていて、感慨にふけって、なんかいいことを言おうとしているのに。
(こいつ……誰よりも塩対応してきやがる)
何を気取っていやがるんだてめえは。
バブルのあけすけさに、ロバーは自分を見つめなおさざるを得なかった。
(バブルとロバーがどれだけ接近しても……絶対恋愛関係にならないって安心できるのよね……)
(俺でも心折れたしな……)
しかし心無い言葉を言われたとしても、この友情は崩れまい。
なんだかんだいって、夢や努力、重責を共有した事実は消えない。
侯爵家四天王の絆は、バブルの心無い言葉やキコリの問題発言ごときでは分解しないのだ。
断ち切った方が精神衛生上好ましい関係、人はそれを腐れ縁と呼ぶ。
※
さて、四天王と同じくカンヨーの城にいる者たち。
救国の英雄ご本人と、それに準ずる者たち。
あの大戦争を左右した大戦力、抜山隊の中心人物たちである。
「へえ……そろそろ央土を出るのか」
「狐太郎さんに対して、迎えの船が来そうな気配でして。僕たちもそれにご一緒させてもらおうかと」
西原のガイセイ、原石麒麟、千尋獅子子、甘茶蝶花。
彼ら彼女らは、最後になるかもしれない挨拶を交わしていた。
「へえ……ヒーローに飽きたか?」
「そんなところです。もう……疲れました」
赤裸々に負けを認める麒麟。それに対して、蝶花も獅子子も苦く笑うばかりだった。
「十分味わいましたよ……だからもう、罪を償おうかと」
「そうか……」
楽園で新人類を名乗った三人は、この世界で十分に大成した。
多くの人を助け、多くの敵を討ち、多くの評価を勝ち取った。
だからこそ、人生に納得した。これから刑務所暮らしをすることになっても、『私たちは若いころ異世界で大活躍したんだぜ~~』と胸を張れる。
なので故郷に帰り、刑に服すことにした。
これもまた、成長と言えるだろう。
「いや~~……どこも大騒ぎだろうなあ! 麒麟もそうだけどよ、獅子子も蝶花もいなくなったら大騒ぎだろ」
「ええ……特に蝶花は、ね」
「……もう一生分演奏しました」
楽士である蝶花は、多数の人間へ一気に強化回復をかけられる。
単独での戦闘は苦手だが、味方の人数が増えるほど有用性を増す。
そしてこの強化と回復は、非戦闘時にも有効に作用する。なによりも、肉体と精神の両方に作用する点が大きい。
彼女が病院に行けば、患者だけではなく治癒属性の使い手にも供給が回る。
復興現場に行けば、戦争災害の被災者も奮い立つ。
慰霊の場に赴けば、遺族たちは大いに悲しみに浸ることができ、その分割り切ることができる。
彼女はなぜ楽士という職業が生まれたのか、音楽がなぜ生まれたのか、その意味を知った。
そして……レコードやテープ、CDやDVDがなぜ生まれたのかを知った。
「何時間も何時間も、ずっと同じ曲を弾き続けて……しかも止める気配がなくて……誰も代わってくれなくて……」
「……お前もしかして、森にいた方が幸せだったかもな」
「そうだと思います……」
ショクギョウ技を身に着けるのではなく、職業に就くということ。
それは決して、楽しいことではない。
物腰こそ柔らかい蝶花であるが、その本分は戦闘であり戦争なのだろう。
戦況に合わせて弾く曲を切り替えて、周囲へ適切な支援をするのではなく、ずっと同じ曲を弾く。
それは彼女にとって、とてもつらいことだった。
というか、大抵の人間はつらいだろう。
「蝶花さんは範囲が広くて対象人数が多い分、効果がゆっくりですからね。その点獅子子さんは、かなり楽だったのでは?」
「移動以外はね……防犯の概念が薄いから、楽なものだったわ」
一方で獅子子は、諜報活動が嫌いではなかった。
あっさり終わるので苦痛ではないということもあっただろうし、本人の性格的にもあっていた様子である。
「ただ……心残りがないわけでもないのよ。西重の権力者だったコンコウリさんなんだけどね……その人と家族については、私たちが帰った後もある程度は……健康でいてほしいわ」
獅子子はあえて、最低限のラインを引いた。
なんだかんだ言って、コンコウリは敵である。
彼とその家族に向かって『幸せになってほしい』というのは、いろいろと問題がある。
「ジューガーの旦那へお願いする気か?」
「それは少しお願いしにくいから……ノベルさんにお願いすることにしたわ。彼女は空論城へ帰るらしいし、いざという時はコンコウリさんのお孫さんだけでも保護してもらうつもりよ」
絶対服従を誓っているノベルではあるが、その忠誠心が重すぎるので残すことにした狐太郎。
彼女はやや残念に思いつつも、それに従うことにしていた。
「まあ……そうならないように、いくつか手を打っておいたけども」
「お? なにしたんだよお前」
「今まで出向いた先で、『依頼者』の懐も探ってきたんです。それの証拠を、ノベルさんに渡しておきました」
「……えぐいな、お前」
「探ってはいけない、とは言われていませんので。それにみだりに公表するつもりもありません」
千尋獅子子、仕事のできる女である。
ただいいように使われるだけではなく、相手の弱みもしっかり握る。
それを安易な小遣い稼ぎに消費せず、目的のために忍ばせていたのだ。
「それにどれも大したことのないものばかりですよ。まあいざとなれば、ノベルさんには第二、第三の『矢』も渡していますが……」
(少なくともこいつは、さっさと外国に出した方がいいな……)
外国から来た優秀な諜報員。
その危険性をモロに体現した彼女に対して、ガイセイはらしくもなく肝を冷やしていた。
「……隊長。いろいろありましたが、抜山隊に受け入れてくださり、感謝しております。今日の僕たちがいるのは、貴方や先輩のおかげです」
「湿っぽいことはよせよ、それこそらしくねえ」
「いえ、ちゃんとお礼を言いたかったので……」
お世辞にも、楽しいことばかりではなかった。辛いことや苦しいこともたくさんあった。
だがそれでも、捕まるとわかって故郷に帰る決断ができたのは、ガイセイのもとで働きを評価されたからこそ。
三人は改めてガイセイに礼を言っていた。
「ま……お前たちともいろいろあったが……特に思い出深いのはあれだな」
「ええ……あれですね」
「あれね……」
「あれよね……」
四人はそろって、感慨にふけっていた。
「カセイが崩壊した後……大量の女性が押しかけて来てた時だ……」
狐太郎はハンターとして、モンスターに食われる覚悟をしていた。
同じように軍人になってからは、兵士に殺される覚悟もしていた。
だが殺し屋に殺される覚悟はなかったので、ネゴロやフーマのことには怒っていた。
同じような理屈で、ガイセイたちは『一般女性』たちからの押し売りに辟易していた。
なにせ反撃できず、相手の勢いは衰えず、しかも数が多かった。
「隊長が言っていたわよね……私たちが体を売っても、期待しているほどの価値はないって……その通りだって理解できたわ」
真っ先に逃げ出した蝶花は、かなり残酷なことを言う。
しかし実際のところ、『なんでもしていいわよ』にそこまで価値は感じられなかった。
投げ売りの状況では、なおのことである。
「まあアレもアッカの旦那の受け売りだったんだが……俺もあれで骨身にしみた」
「そうでしょうね……あら?」
ふと、獅子子があさっての方向を向いた。
どうやら何かに気付いた様子である。
「北の方から、ものすごい速さで誰かが近づいてきて……」
「おいおい、北笛か?」
「いえ、覚えのある気配です。確かこれは……」
獅子子がその気配に気づいて数分後、最後のお別れ会をしている抜山隊の前に一人の英雄が現れていた。
ものすごく慌てた様子で、汗だくのまま、身なりを整える余裕もない男。
北方大将軍、ガクヒであった。
「……ど、どうしたんだ、アンタ。忙しいんじゃなかったのか?」
「もちろん忙しい! さっきこちらへ来たばかりだが、もうすぐに北へ戻らなければならないほどだ!」
「じゃあ何しに……」
挨拶もそこそこに、ガクヒは膝を床にたたきつけた。
そしてそのまま、鮮やかに頭も床にたたきつける。
全身全霊の叩頭であった。
「頼む! 北を助けてくれ!」
今しがた、叩頭に価値ないよね、と言っていた四人。
しかし大将軍の叩頭には、途方もない説得力があった。
「多大に迷惑をかけていることは知っている! さらわれた女性を助けてくださったこともわかっている! 既に援助してくれていることもわかっている! だが……まだ駄目なのだ!」
若き大将軍、ガクヒ。
その切実な願いを聞いて、ガイセイと麒麟は思わず顔を見合わせる。
「どうか、どうか助力を……!」
色々な意味で、狐太郎には合わせる顔がないのだろう。
だがそれでも助けが必要だからと、彼はガイセイたちに会うためやってきたのだ。
それを受けて四人は……。
(どうしよう……)
物凄く、困っていた。
やはり嘆願とは、される方も困ってしまうのだった。




