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劇場版モンスターパラダイス~真の脅威~

 牛太郎たち五人および絶望のモンスターは、エイセイ兵器の内部にいた。そのためエイセイ兵器でどんな惨劇が行われていたのか知っているし、それを喧伝していたことも把握している。

 下界は大混乱になっている、なんとしてもこの船を止めなければ。

 テロから生き残り、警備員たちの犠牲によって生きながらえ……そして副教主である汚泥からの影ながらの支援によって戦う力を得ていた少年少女たちは使命感に燃えていた。


 その想像通りだった。

 空を飛ぶエイセイ兵器、その眼下にある多くの都市、自治区。

 その混乱ぶりたるや、六人目の英雄が解決した事件の時以上であった。


 なにせ前回は、人造種の自治区や人間の都市に逃げ込みさえすれば、一応は何とかなったのだ。

 だが今回は、最新鋭の巨大兵器が奪われたのである。

 ごく単純に、公開されている『通常兵器』が使用されるだけで、最新鋭の防衛設備が破壊されてしまう。

 この世界のどこにも、安全な場所が存在しないのだ。


 しかも悪いことに、現時点でエイセイ兵器は一つしかない。

 もちろんカセイ兵器はすべて遺失している。

 頼みの綱と言えば、一種の戦闘機であるキンセイ兵器だけだったのだが……。


「署長、俺に行かせてください! 決死隊に参加する覚悟はできています!」

「めったなことを言うな! お前ごときが命を懸けたところで、あの巨大兵器をどうにかできるものか!」

(とんでもないことになってきた……!)


 建造されたばかりの最新兵器が、危険思想を持った団体に奪取される。

 タチの悪い冗談のような事態になった現在、雁太郎はまだ署長室にいた。

 どこもかしこも混乱している中で、学生一人を移動させられない。

 それに一種の接客室でもある署長室なら、一般人がいても問題にならない。

 その判断によって、雁太郎は部屋を移動できなかった。

 そのため……武勇巡査と署長の議論を、間近で聞くことになっていた。


「俺だけではありません! 他の署員も……民間のキンセイ兵器保有者も、先祖返りもモンスターも……出撃の許可を待っている状態です!」

「……相手がカセイ兵器なら、まだ許可は出せた。だがエイセイ兵器が相手では……無理だ」


 対乙種級兵器であるカセイ兵器。

 その一段下の対丙種級兵器であるキンセイ兵器。


 この二つがぶつかれば、どう考えてもカセイ兵器が勝つだろう。

 だがそれは、単独でぶつかった場合の話だ。

 キンセイ兵器が十体で編隊を組めば、カセイ兵器を倒すことはできる。

 というよりも、キンセイ兵器はもともとのコンセプトとして、そう作られているのだ。

 実際に四人目の英雄は、キンセイ兵器を装備したモンスター四体で、純血の守護者を撃破している。


 だがエイセイ兵器は、キンセイ兵器を迎撃するシステムが構築されている。

 最新兵器なのである意味当然だが、既存の兵器への対策は万全なのだ。


「キンセイ兵器は強力で危険、その上テロリストでも用意できなくはない。だからこそそれへ対抗するために、エイセイ兵器は万全のバリアを張っている。ゆえにキンセイ兵器で突破することは……事実上不可能だ」

「ですが! 消耗させることはできます! 万の屍を築いてでも、あの船を撃墜せねばなりません!」

「バカを言うな! 下手に刺激をして、テロリストどもが攻撃を始めればどうなる? それこそ万の屍どころの騒ぎではないぞ!」

(ひぃいいい!)


 大人と大人の、本気の口論。

 まだ学生の雁太郎は、豪華な椅子に座って体をすぼめていた。


「しかし……!」

「まだ交渉の段階だ、我らが動くことはできん。これは命令だ……! ヒーロー気取りでの扇動や、軽挙妄動は慎め!」

「……」

「……出撃準備だけは、しておけ。私に言えることは、それだけだ」


 まるでネズミになった気分である。

 歴史の舞台裏を直接見ることになった雁太郎は、メモを取ることも忘れて時が去ることを待っていた。


 事実の羅列として、次の瞬間にこの都市が攻撃され、その内部にある警察署が吹き飛んでも全く不思議ではない。

 その状況で、取材ができるほどの心の準備はない。


「俺も警察官です、署長のおっしゃりたいことは理解できます。ですが……もはや交渉の余地なしという段階に達したということは、多大な犠牲が出た後……都市や自治区への攻撃が始まった後……『万どころではない』犠牲が出た後に……我らが死ぬということです」

「そうなるな……」

「どうせ死ぬのなら……犠牲が出る前に!」

「私だって、そうしたい! 私が先祖返りなら、お前のようにキンセイ兵器に乗り込んで、そのまま万の屍の一人になる! だが……それは許されないのだ!」


 この世界の一般的な人類、先祖返りでも何でもない、体を鍛えているだけの中年男性。

 その彼の口から、歯を食いしばっていることによる血が漏れていた。


「投入した戦力が全滅したとしても、作戦が成功するのならそれでいい。犠牲が出る前にあの船を行動不能に追い込めるのなら、それが確実なら私もお前に協力できる。だがそうではない……お前たちが全滅して、それでもあの船が航行や攻撃が可能な状態のままになる可能性が高いのだ!」


 最強の兵器が奪われた、その意味の重さ。


 勇敢な戦士たちを現場に送り込んでも、勝てる見込みがない。


「私は署長だ、お前たちを犠牲にする覚悟があり……責任を取る覚悟がある。この都市にいる他の署の署長も……別の都市の責任者たちも、その覚悟がある。だが……我らが積極的に動き、その結果市民に犠牲が出れば……責任の取りようがない」

「ですが、後手に回った結果も同じでは……」

「もちろんだ! だが動くなら……すべての戦力を同時に、協力体制で動かさねばならん。それはわかるはずだ」


 散発的な特攻では意味がない。

 地上に残ったすべての戦力が、一つの作戦のもとに動かなければ確実に敗北する。


「それにだ……今各地の科学者が全力で、バリアを突破するための手段を構築している」

「……間に合いますか」

「わからん。だが、その時間を稼ぐためにも交渉が必要なのだ」


 一つ救いがあるとすれば、エイセイ兵器はこの世界で製造されたものであり、既知の科学理論によるものだということ。

 はるかに進んでいる未知の科学文明が送り込んできた兵器、というわけではない。

 よってどれだけ強力なバリアを張れるとしても、突破する手段を作れないわけではない。


 十分な時間さえあれば、追加で一隻でも十隻でも作れる。

 問題はその時間がどれだけあるのか、誰にも保証できないということだ。


「……最悪の場合は、彼らを無罪放免することを条件に、船を着陸させることになるだろう」

「あれだけの惨劇を起こした彼らを、ですか」

「そうだ……悲しいが、それが最善だ」


 犠牲というのなら、既に犠牲者は出ている。

 だがそれを飲み込んで、許してでも、彼らをあの船から降ろさねばならない。

 悲しいが、それが最善なのだ。


「わかりました……本官は、署長の判断に従います。待機している者たちにも、それを伝えます。くれぐれも暴走はしないように、と」

「そうしてくれ」


 苦渋の決断だったが、他に手の打ちようがなかった。


「ですが……叶うのなら、六人目の英雄のように突っ込みたかった」


 武勇巡査の発言は、英雄願望なのかもしれない。

 しかしここまで未曽有の危機に瀕して、既に多くの民間人が死亡していて、さらに多くの犠牲が出かねない、最悪世界が滅びかねない。

 そんな状況で、命を捨てて解決するなら安い物、と考えるのは自然だ。


「名前を知られなくてもいい、誰かに褒めてもらえなくてもいい、孤独に宇宙で散ってもいい……人々の為に、未然に防ぐために戦いたかったです」

「私も同じだ……いまさらになって、小判さんの気持ちがわかったよ」


(これが……大人か)


 口論を終えて、わかり合った二人。

 警察官たちの言葉は、雁太郎の心に深く刻まれていた。


 そして、その時である。

 事態に大きな進展が生じたのは……。

 否、進展が生じていたことが発覚したのは、その時だった。


「署長! エイセイ兵器の甲板に動きが! 監視衛星の画像を署長室のモニターに映します!」

「わかった、やってくれ!」


 女性署員の報告を受けて、署長はモニターに電源を入れる。

 部屋から出そうになっていた武勇巡査も、縮こまっていた雁太郎も、女性署員も一緒にそれを見る。


 強度の高いバリアに阻まれているため、解像度はとても低い。

 だがそれでも、バリア内部で『戦闘』が起こっていることは把握できる。


 エイセイ兵器の砲台が火を噴き、何かに向かって攻撃している。

 その何かは回避と反撃を行い、確実に砲台へダメージを与えていた。


「……なぜバリア内部で戦闘が起きている?」


 望んでいた光景ではあるが、今起きることはあり得ない。

 少なくとも署長は、そんな作戦を聞いていない。

 だからこそ彼は、一般人のようにつぶやくことしかできなかった。


「もしかして、警備隊の人が生き残っていたんじゃ……」

「冒涜教団が配信した映像により、警備隊の全滅は確認されています。つまり……警備隊でないことは確かです」


 雁太郎の仮説を、女性職員が否定する。

 悲しいことだが、警備隊全員分の死体が確認されている。


「……じゃあ、つまり、まさか」


 めまいを起こしそうになりながら、武勇巡査は『唯一』の可能性を口にした。


「民間人が、戦っているのか?」


 まさに、六人目の英雄そのもの。

 本来救助されるべき民間人が、事態の解決に向けて奮戦している。

 それもバリアシステムを解除するとかではなく、兵器に乗り込んで砲台と戦っている。


「やめるんだ……危ない……! 死んでしまう……やめるんだ!」


 武勇巡査は、届かないと知って制止する。


「市民は……そんなことをしなくていいんだ……! それは警官の……命を懸ける仕事に就いた者のやるべきことだ……!」


 一般人が兵器に乗り込んで、兵器と戦う。

 それはとても危険なことであり、他でもない搭乗者が一番危険だ。

 武勇巡査はこの状況で、民間人の命を案じていた。


「やめるんだ……怪我じゃすまない……死んでしまう!」


 制止の言葉は届かず、戦いに決着がつく。


「折角生き残ったのに……生きていてくれたのに……!」


 八人目の英雄の偉業を、彼は見ることしかできなかった。



 なぜエイセイ兵器は奪取されたのか。

 それは最高責任者であり、被害者であるとも思われていた清木リネン本人が首謀者であったからだ。

 あんまりと言えばあんまりすぎる現実は、八人目の英雄がリネンを逃がしたことで確定した。


 つまり今回の事件は、八人目の英雄が何から何まで解決してしまったのだ。

 危険な兵器を追放することも、首謀者を法の裁きにかけることも、何から何までである。


 清木リネンという人間の暴走は、人間の英雄によって砕かれた。

 これをどう評価するかはモンスターや人によるであろうが……悪しき神は良き神によって倒された。


 そして……清木リネンがいかなる動機で今回の騒動を起こしたのか、本人の精神状態が悪化したことによって不明のままだが……。

 今回の事件の結果として、エイセイ兵器が大量生産されることとなった。


 エイセイ兵器が一体しかなかったため、暴走を止めることができなかった。それならば十体、二十体と用意しておけばいい。

 戦前の発想だが、倫理的にも論理的にも、それほど間違ってはいない。

 少なくとも民意によるものであるし、無抵抗の死を選ばないのならそれはそれで健全であろう。


 この情勢に異論を唱える者もいた。

 そもそも今回の一件は、エイセイ兵器が生産されてしまったことが原因である。

 極論生産していなければ、今回のようなことにはならなかった。一部の政治家の暴走によって、世界が脅かされることはあり得なかったのだ。

 ならば以前のように、誰もが武器を持たない、兵器のない世界を目指すべきだと主張していた。


 この世界にも、言論の自由はある。

 大勢に反する意見であっても、発表する権利はある。

『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』

 というものがあるように、兵器の生産中止を訴える声は多くの手段で発表されていた。

 言論統制をされることはなく、意見がかみ合わないからと言って私刑を下されることもない。


 だが民主主義に則って、多数派の意見が尊重された。

 少数派の意見は握りつぶされることこそなかったものの、なんの意味も持たなかった。


 とはいえ、『自国に防衛兵器を』という意見と『誰も兵器を持たない世界を』という意見に妥協点があるわけもないので、多数派が通るのは仕方ない。

 そして少数派たちもそれに不満は覚えたが、結局は我慢していた。納得したのではない、そうするほかなかったのだ。


 まさか兵器の生産に反対する者たちが、暴力に訴えるなどありえなかった。

 そんなことをすれば、ただのテロリストである。


 だが……そんなあわただしい世間とは裏腹に、武勇巡査は仕事への意欲を失い、覇気を失い、うなだれた日々を過ごしていた。

 今までは非番であっても、トレーニングなどをしていた。

 だが今の彼は、ただ街をさまようことしかできない。それどころか、時折危うい考えに行きつくほどだった。


 彼はまともな警察官であり、だからこそ職業意識も高かった。

 警察官は立派な仕事。とても大事な使命を帯びた、誇らしい人たち。

 心底からそう思っており……そして実際、この時代では特にそうだった。


 汚職しなければならないほど給料が少ないわけではなく、やる気が失せるほど忙しいわけでもなく、現実に悲観するほど市民から嫌われているわけでもなく、人間に絶望するような凄惨な事件もない。

 だがそれでも迷惑な違法駐車はあるし、弱いものを狙った暴行事件も起きるし、殺人事件だって時折は起きる。


 そういう、善良な人間にとっては生きやすい時代だった。


 だからこそ彼は、高潔な警察官だった。

 たまたま助かった一般人が、身を危険にさらし、そのまま死んだことがつらかったのだ。

 

 この辛さへ、誰も罰を下してくれない。

 警備を担当していたわけでもないし、監査をしていたわけでもないし、暴走して突っ込んだわけでもない。だからこそ、法的な責任はない。

 民間人を見殺しにしたのに、悪いととがめられることがない。


 ある意味では、健全な話だ。

 もしも自分以外の人間が同じような事態になったとき『命令違反してでも救出に行くべきだった』など遺族からと言われれば、さすがにどうかと思うだろう。

 感情的には理解できるが、道義的には反対の姿勢を示すはずだ。


 だが自分がその状況になれば、打ちのめされざるを得ない。


(職務中に事件が発生して……! 待機していて……! それで何もできなかった、しなかった……!)


 神ではないのだから、自分の管轄外で起きたこと、その犠牲には責任感を持たないし感じない。

 だが事件が発生し、それを認識し、待機していたのなら話は違う。


(助けられたかもしれない……!)


 もちろん、これは勝手な妄想だ。

 そもそも待機していたのは、エイセイ兵器を撃墜するためである。

 仮に出撃していたとして、生存がわかったとして、救助するために動けたとは思えない。


 そんなことは、彼もわかっている。

 彼はエイセイ兵器の脅威がわかっているし、警察という組織についてもわかっている。


 助けられたかもしれない、というのは欺瞞に近い。

 自分の理想とする『最高に格好いい警察官』の姿であり、つまり妄想だ。

 だが理想だ、ともいえる。

 

 理想に向かって努力することが、真面目な人間の基本的なスタンスである。

 そしてそれを怠ることへ、強い罪悪感を覚える。

 ましてやそれを、他人が成し遂げた場合には……。


(彼は……あるいは彼女は成し遂げた……!)


 ただ巻き込まれた民間人が、己なりに最善を尽くして、事件を解決し犯人を司法の場に残した。自らの死と引き換えに。

 その高潔さに、彼は打ちのめされた。


(一般人に、そんなことをさせてしまったのは……俺たち全員の怠慢だ……!)


 罪というよりは恥かもしれない。

 遠い世界でナタが味わった感覚の、さらにその上だった。

 なにせ正真正銘、まったく何もしていない。


(これが……生き恥を晒すってことか)


 彼は呆然として、水路の前に立っていた。


(今まで俺は自殺しそうな人を見ては声をかけて、そんなことをしてはいけないと言ってきたが……それは気持ちに寄り添っていなかったな)


 もしもここから、一つでもきっかけがあれば、彼は身を投じていたかもしれない。

 あるいは何事もなく、その場を去っていたかもしれない。

 そんな、危うい精神状態だった。


 その時である、彼へ誰かが声をかけてきた。


「あ、お巡りさん!」

「君は……」


 私服であるはずの武勇巡査を、お巡りさんと呼んだ少年。

 武勇巡査は、その少年を覚えていた。


「あ、あの時はありがとうございました!」

「いやいや、本官は当然のことをしたまでだよ。それに何度もお礼を言ってもらったからね、そんなに言わなくてもいいさ」


 武勇巡査は、現在非番である。

 だがそれでも、目の前の少年に対して大人としてふるまっていた。


 その、子供の前で形式通りの対応をする、という行為が彼の精神状態をまともにしていた。

 ある意味、役を演じているようなものである。


「それよりも、制服を着ていないのによくわかったね」

「お巡りさんのことは、よく覚えてるから……。それよりも、お巡りさんは今日お仕事じゃないんでしょ? なんでここにいるの?」

「……」


 その役を演じながら、彼は心の内を明かしていた。


「仕事を、辞めようかと思ってね」


 いろいろと言葉を選ぶと、そうなっていた。

 気持ちの整理がついていて、ある意味では穏当な選択になっていた。


「え、なんで?!」

「このまえ、大きな事件が起きただろう? その時本官も待機していたんだが……なにもできなかった。警察官として、自信を無くしてしまったよ」


 それはまるで、手紙を書くようなことだった。

 子供へ話をしようとすると、考えが整理されていく。

 飾らないように、しかし傷つけないように。

 そうやっていると、自分の進路が見いだされていく。


「一般人に……いや、八人目の英雄に解決させてしまった」


 文句なしに、英雄だった。

 だからこそ彼は、惜しみのない称賛を送った。

 一般人になると戻ると誓ったからこそ、それを言うことができた。


「違うよ!」


 だが少年は、それを強く否定する。

 世界を救ったヒーローよりも、自分を助けてくれた人の方がずっと立派だった。


「お巡りさんのほうが、ずっと凄い英雄だよ! だから辞めるなんて言わないでよ」

「……ありがとう。すこし気が楽になったよ」


 少年に対して、武勇巡査は礼を言う。

 本当に、救われていたのだ。


(だが……そのうち辞めよう。そうだな、別の都市へ配属が変わったとでも……)


 この感謝を最後の勲章にして、警官を辞めよう。

 彼は本気でそう思っていた。

 とても穏やかに、人生のルートを決めていた。



 だが、そうはならなかったのである。





 新生宇宙局。

 先日の事件では人工衛星によって、エイセイ兵器を監視していた組織。

 宇宙局なので、天体望遠鏡や宇宙からの電波を集めるための施設もある。

 そしてそれは地上にはなく、静止衛星軌道上に存在している。


 天文台の類は、宇宙に置く方が合理的だ。

 地上に置けば大気が邪魔をして、どうしても精度が落ちてしまう。


 そしてその観測施設に、異様な波長の電波が達していた。

 それは宇宙の彼方で起こった超新星爆発の余波ではなく、さりとて宇宙人の発したメッセージでもない。


 それは継続的で、不定期で。

 はっきり言えば『瀕死の心音』そのものだった。


 この電波が何なのか、宇宙局の職員は速やかに理解する。


「この電波は……精霊の類だ!」


 物理的には氷の塊に過ぎない雪女がいるのなら、物理的には電波でしかない『宇宙人』がいても不思議ではない。

 むしろその可能性を想定して、この世界の外宇宙観測器は存在している。


 彼らは事前のプログラムに従って、スペシャリストを招集することにした。


「ど、どうするんですか、署長!」

「どうするもこうするもない……相手が電波の精霊なら、我ら人間を『知的生命体』だと認識できない可能性が高い。瀕死なら、なおのことだ。ここは同じ種類の……情報生命体にお越し願うべきだろう」

「……つまり」

「四大天使様だ」



 四大天使たちは宇宙局に現れ、その電波と会話を行った。

 やはりその電波そのものが情報生命体であり、ある意味では宇宙人だった。


 宇宙人からのメッセージではなく、宇宙人がメッセージを届けに来たのである。


『我々は……遠い惑星の、菌類のネットワークに生まれた、知的生命体である』


 ネットワークを形成する菌類、おそらくキノコの類であろう。

 キノコというとパッケージに収まっている小さなものを想像するが、野生には鯨よりも大きい範囲に根を作るものもいる。


 菌類は強い生命力を持ち、過酷な条件下でも生存、繁殖が可能である。

 異星の環境はわからないが、普通に人類のような多細胞生物が生まれる環境よりは、よほど高確率で存在するだろう。


 そしてその菌類の内部で生まれた知性。

 果たしてキノコそのものの知性なのか、それとも本人たちの言うようにキノコの中で生まれた知性なのか。


 脳が知性なのか、脳の中の情報が知性なのか。

 そんなSF的な考察は、どうでもいいことだった。


『我らは繁栄していた。だが……厄災が宇宙の彼方からやってきた』


 この電波生命体が、何を伝えに来たのか。

 これはSFどころではない、もはやスペースオペラ、怪獣映画である。


『我らにとって、初めてのクライシス……我らはそれを「アルフ・アー」と名付けた。抵抗したが……我らの星は、暮らしていたネットワークは、破壊されてしまった……。私は命からがら逃げ延びたが……宇宙に満ちた電波によって、既に息絶えかけている……そして……』


 その情報を聞いた人類は、身震いを覚えた。

 この後何が起きるのか、想像できてしまったがゆえに。


『奴は……私を追っている……すまない、すまない……逃げて、くれ……』


「必要ないわ」


 人類の順法精神から生まれた四体の情報生命体は、こゆるぎもしない確信をもって返答をする。


「逃げるなんて冗談でしょう、人里に近づく害獣は殺すのがこの星の流儀よ」

「幸いにして……エイセイ兵器は増産されている。時間も十分なら、なんとでもできる」

「さあて……ロックって奴を、見せてやりましょうか」

「万物の霊長たる人類の総力(・・)をもってすれば、宇宙怪獣ごとき敵ではない」


 平和な時代に生まれた名もなき英雄たち、善意の個人(・・)たちとは度合いが違う。


 戦争をすると決めた人類(・・)の、その恐ろしさを誰よりも知っている。



「おそらく有史以来初でしょうね……真のすべての(オール)兵器が(ウェポン)有効(フリー)な戦争というものは」




 冥王星軌道上に、巨大な怪物の影が確認された。それこそがアルフ・アーであることは、誰の目にも明らかである。

 電波を追跡していたのだから、最低でも光速で移動できるであろう怪物は、しかし一光年にも満たない太陽系の内部で移動が確認されていた。

 それはつまり、目的地を目指して減速しているということ。その目的地が母星であることは、確実であった。


 軍隊が存在しないこの楽園では、警察こそが最強の組織である。

 各都市には複数の警察署があり、そこにはいくつかのキンセイ兵器が保管されていた。


 それが、以前のことである。

 現在は多くのエイセイ兵器が建造され、それの乗組員として警官隊が配備されていた。

 直に新しい組織として独立するはずであったが、その前に『有事』が発生した。


 皮肉というほかないだろう。

 過去の亡霊、フロンティア・スピリットによってエイセイ兵器開発の議論が始まり……。

 そのエイセイ兵器の危険性を訴えようとした清木リネンによって、エイセイ兵器の大量生産が始まった。

 その結果、人類には『総力』が存在する。


 六人目の事件の時にも、八人目の事件の時にも存在しなかったもの。

 時間があればいくらでも作れた、最新最強の軍隊が存在している。


 それに乗り込むのは……ある意味では五人目の英雄たちと同じだ。

 正規の訓練を正しく履修した、正式な『軍人』たちである。


 その恐ろしさは、語るまでもないだろう。

 EOSを除けば、異世界に転移した英雄たちの総力さえ軽々と超える。


 排他の極み、楽園艦隊。

 その出撃が始まろうとしていた。


「諸君……不謹慎と知って、あえて言おう。私は今回の出撃に参加できることを幸運に思っている」


 都市の代表者、その中から選出された艦隊司令官はとんでもないことを言った。

 だが通信を通してそれを聞く兵士。つまり元警察官たち、訓練を積んだモンスターたちはそれを笑わなかった。


「世界の命運を名前も知れない一般人に託し、己の無力を呪いながらも一般人のように祈ることしかできない。そんな生き恥を晒すのではなく……。人を守る仕事に就いた者として、自らただ職務としてなすべきことを成す」


 多くの訓練を経て、正統なる防人たちが出撃する。

 彼らは『たまたま』でも『偶然』でもない。

 

 外敵を打ち払うために、然るべき者たちが空へ向かう。

 各都市で建造されていた、数十もの最新兵器。

 一体一体が都市ほどもある巨大な建造物が、反重力機構と魔道推進力によって天へ昇っていく。


 多くの人々が、モンスターが、それを見送っていく。

 移民船としての機能さえ持つそれのすべてが飛び立ち、この狭い星から脱せない状況になっても。

 それでもなお、彼らは兵士たちの武運を祈っていた。


 勝って帰ってくるか、全滅して宇宙の塵になるか。

 民間人を見捨てたりしない、自分たちだけ逃げるなんて考えてもいない。


 その出征を、雁太郎やいつかの少年も見上げていた。

 二人の手には、武勇巡査からの手紙が握られていた。



 地球を背にして出航した数十の宇宙戦艦、エイセイ兵器。

 その内部には、数千ものキンセイ兵器が待機し、出撃の時を待っていた。


 ありとあらゆる戦場で戦い、ありとあらゆる敵を殺し絶やしてきた人類とその下僕たち。

 その彼らをして、初めての体験。


 異星生命体との、星の存亡を賭けた戦い。

 もしも負ければ、後はない。星を脱出する船はなく、作る時間もない。


 最初で最後の防衛線。

 暗黒の海では、数十もの武装した(とし)でさえも木の葉同然に小さすぎた。


 だがそれに乗り込んでいる兵士たちは、異様に高い士気を保っていた。

 彼らの乗っているエイセイ兵器には、なんの異常も起きていない。


 大いなる叡智によって生み出された兵器は、それこそ人類の魂の結晶体であろう。

 この過酷なる世界に漕ぎ出しているが、まったく孤独ではない。

 むしろ大勢を背負っている、背中を押されているという安心感さえあった。


 その彼らは、極めて予定通りにランデブーを果たした。


『……全搭乗員に告げる。我ら艦隊は、想定通りの時刻に接敵した。モニターに敵性体の画像を映す。確認してほしい』


 楽園の人類が初めて遭遇した、異星の生物。


 それは小型の衛星ほどもある、球体に近いヒトデであった。

 人類が知る生物の中では、他に言い表しようがない。


 艦隊をはっきりと認識しているのか、それとも最初からそうなのか。

 胴体から直接生えている口は、多くの触腕を出しながら嘴のような歯を鳴らしている。


 真空の宇宙空間でありながら、そのいななきが船体の内部にまで伝わってくる。

 果たして念波なのか、それ以外なのか。

 まさに宇宙的狂気の体現を前に、兵士たちの決意が思わず揺らぎかける。

 


 甲種(・・)宇宙怪獣型モンスター、アルフ・アー。



 わかりきっていたが、余りにも大きく、そして恐ろしかった。

 意思をもった星のごとき捕食者に立ち向かう、自分たちの乗っている船が小さく思える状況だった。


『この怪物が……我らの母星を目指している。その意味を握りしめて、この戦いに臨んでほしい』


 司令官の言葉を聞いて、武勇巡査を含めた兵士たちは大義を思い出す。

 そしてその大義に殉じた英雄たちを思い出す。


(そうだ……俺たちは十分な訓練を経て、同じように訓練を積んだ仲間と共に、事前に十分な援護を受けてここにいる)


 誰からも生存を絶望視され、たまたま偶然巻き込まれて、しかしすべてを成し遂げた六人目と八人目を思い出す。


(ここで引き下がることは……プロとしてできない!)


 死にに来たわけではないし、死を恐れていないわけでもない。

 だが逃げることはできない、戦いを捨てることはできない。

 それが、この戦場に来た者の心であろう。


『キンセイ兵器部隊、全機出撃せよ! それが完了次第、エイセイ兵器は戦闘形態へ変形開始!』


 武勇巡査は他の多くの兵士たちと同じように、宇宙空間へと出撃していく。

 エイセイ兵器が都市のごとき船ならば、パワードスーツに過ぎないキンセイ兵器は手漕ぎボートのようなもの。

 保護下にあるとはいえ、真空に肌が限りなく近づいている。被弾はそのまま死を意味するだろう。

 だがそれでもキンセイ兵器に乗り込んだ兵士たちは、モンスターも先祖返りも、全員が飛び出していく。



『対乙種級エイセイ兵器、戦闘形態……天命の了承者!』



 そしてキンセイ兵器の出撃を終えたエイセイ兵器もまた、人型へと変形をしていく。

 誰かが行かねばならぬ、ならば己が行こう。天命の了承者と名付けられた最新の人型は、その名前を体現するべく攻撃準備に入った。


『改めて、全機へ通達する。現在我らは、地球へ向けて下がっている。宇宙空間での戦闘は、その場で足を止めるという戦いではない。相手との距離を一定に保つには、相対的な速度を合わせなければならないからだ。大気圏内の戦闘で例えるのなら、本土へ向かっている爆撃機に、戦闘機で追従しているようなものだと考えてくれ』


 その声を聴く者たちへ、改めて状況を説明する。


『我々がこの場でアルフ・アーと戦ったとしても、想定されている通りの時間に母星へ達する。戦うだけでは、足止めにさえならないのだ!』


 殲滅か、さもなくば撤退させるか。

 勝利条件は、それだけである。


『エイセイ兵器、攻撃を開始せよ! キンセイ兵器は反撃に備え、エイセイ兵器の周囲に待機!』


 対乙種級兵器という、人類の生み出した最強の兵器。

 その砲塔から放たれる、膨大な殺意の閃光。


 都市一つほどの船の、ビル程もある砲台。そこから放たれた光は、すべてアルフ・アーに着弾した。

 サイズ比を考えれば、小さな衛星にその程度の攻撃が通用するわけもない。

 だがしかし、たかが数十の都市の、数百のビルから放たれただけの閃光は、着弾と同時に小さな天体の表面を染めていた。


 戦術兵器ではない、戦略兵器。

 天体に著しい損害を与えるために作られた、母星では使えない超々(・・)大量(・・)破壊兵器。


 その着弾をみて、誰もが一瞬勝利を感じ取った。

 それこそハードSFのように、一瞬で勝負がつくものかと思われていた。


 だが、違った。

 閃光が収まった後、そこにいたのは損傷を受けたアルフ・アーであった。

 効いていないわけではないが、死んでもいない。

 その意味するところをさとって、司令官は叫んだ。


『キンセイ兵器隊! 迎撃を開始せよ! 反撃が来るぞ!』


 蛸の口のような、アルフ・アーの口。

 その歯の奥から、舌に相当するであろう細かい触手が伸びてくる。


 宇宙空間であるため、まったく音はない。

 だがまったく無音のなかを、おぞましい触手が高速で進み、こちらを捉えようとしている。

 その不気味さに、兵士たちはひるみかけた。


『う、うおおおお!』

『ち、ちくしょう!』

『これが、甲種かよ……!』


 だがキンセイ兵器をもって、その触手を迎え撃つ。

 一体では到底防ぎきれない物量だが、数千のキンセイ兵器が飛び道具を用いれば迎撃できて当然だった。

 観測できる距離から放たれた、有線の攻撃である。高度なセンサーとコンピューターがあれば、文字通りのオートエイムは十分に可能だった。

 通常の戦闘では到底使えない、非人道的な殺戮兵器が怪異を掃う。


 現在のところ、楽園の兵器は甲種さえも圧倒しているかのように思われた。


『警告……アルフ・アーが形態を変えていきます!』

『なんだと? まさか巡航形態から戦闘形態へ変形を?』

『いえ、違います……これは……胎児が成長するかのように……!』


 先ほどまで球形のヒトデ、蛸のような姿だったアルフ・アー。

 だがその体は、ゆっくりと、しかし確実に変貌を遂げていく。

 それは体の外側だけではない、体の内側にも変化が生じていた。


『……変形は、あくまでも事前に備わった機能です。しかしこれは、意図的に自分の体を変化させているとしか思えません』

『我らに合わせて、進化しているというのか……そんな生物(・・)が、いるのか……』


 かつて五人目の英雄が倒した五体のモンスターは、優れた免疫機能をもち、それによってあらゆる攻撃への耐性を獲得していた。

 だがそれは防御面だけであり、全身が著しく変化することはほぼなかった。

 五体の融合についても、結局くっついただけに過ぎない。


 だがこれは、明らかに違う。

 全身がそのまま、別の生物へ、新しい生物へ進化している。


 個体のままに、進化をしているのだ。



『なるほど、ならば進化促進情報(モンキーテイル)が有効だな』

『はい、全機に通達します』



 だが人類にとって、進化などというものは解明された概念、技術に過ぎない。

 遠い過去、人類同士の殺し合いにおいてさえ、進化する兵器は製造されていた。

 ならばその進化へ対抗する手段もまた、とっくに開発されている。


『なぜ我々人類が、わざわざパッケージ製品を作ると思う? 結局それが、安定して強いからだ! エイセイ兵器の全機へ通達、進化促進情報(モンキーテイル)を装填せよ!』


 先ほどまで楽園艦隊は、アルフ・アーを未知の怪物だと思っていた。

 だが現在は違う、相手に合わせて進化する、高速で環境に適応するモンスターだと理解した。


 なら殺すのは簡単である。

 後出しじゃんけんで人類が負ける道理はないのだ。


進化促進情報(モンキーテイル)付与攻撃……はっしゃああ!』


 現在も進化している、適応をしているアルフ・アー。

 その肉体へ、再度の攻撃が行われた。

 進化促進情報(モンキーテイル)が付与されている以外は、全く変わりのない超々大量破壊兵器の着弾。

 しかし先ほどは確かに有効だったはずが、今はほとんどダメージがない。


『こちらの攻撃を学習し、単純に硬くなったか、あるいは防御概念を獲得したのか。寒冷地の獣の毛皮や皮下脂肪が分厚くなり、耳が小さくなり、体が大きくなるように……』


 相手に合わせて肉体を変化させ、より相手に有効な生物へと変化する。

 これを数世代かけて行うのではなく、単一の個体で行う。

 なるほど、恐ろしい生物だ。


『驚異的なスピードの進化だな。だが……』


 楽園艦隊は、一旦攻撃を止めていた。

 進化していくアルフ・アーを、ただ眺めているだけである。

 普通ならば、ただ諦めているようにしか見えないだろう。


 しかしそれは違う。

 これは勝算を持った放置である。


『その行きつく先は……ミミズ(・・・)だ』


 急速に進化していく、アルフ・アー。

 最初こそ天命の了承者を模して、人に近くなっていった。

 だがしかし、途中から手足を失っていく。

 それだけではない、口や触手さえも消えていく。


『お前は高速で進化し、適応する。進化を促進されたお前は、この短い時間で数億年もの進化を遂げたのだろう。そしてその短い間……私たちはまったく攻撃していない』


 アルフ・アーは、稼働できる部位を動かしていた。

 全身を変化させているのではなく、動かせる部位をとりあえず動かしている、そんな印象を受ける。

 つまり……戸惑っている様子だった。


『お前は数億年間、まったく攻撃されない環境で生活したということだ』


 人間の先祖には、しっぽがあった。

 それを使って、自分の体重を支えることもできた。

 だが現在の人類にはない、なぜか。使っていなかったからだ。


『進化とは! 取捨選択の連続だ! だが捨てたものが本当に不要とは限らないし、手に入れたものが本当に有用とは限らない!』


 今こうしている間にも、アルフ・アーは急速に進化している。

 使っていない器官が劣化し、退化し、消えていく。

 人類はまったく攻撃していないので当然だが、さきほどまで獲得していた防衛機能さえ消えていく。

 

『高速で進化するということは! 簡単に体が変化してしまうということ! 誘導すれば簡単に暴走する、危うい機能にすぎん!』


 これぞ、人類の真骨頂。

 生物を支配するということは、環境と進化を支配するということ。

 進化を自慢するモンスターなど、人類にとってむしろ与しやすい存在だ。


『お前にどんな機能が備わっていたとしても! 加速した進化がそれを失わせていく! そして……そして! その変化には、膨大な栄養を消費するはずだ!』


 ある意味では、ラードーンと同じ弱点であろう。

 この怪物は結局捕食者であって、植物のように光合成できるわけではない。

 だがその方向に進化したとしても、もう手遅れだろう。太陽から遠い宇宙空間に、これだけの巨体を維持できるだけのエネルギーは存在しないからだ。


『お前の進化はもう決まっている! 栄養の消費を抑えるため、さらに体機能を減らしていく! お前は時間の経過とともに……自分の命を守るために、何もできない無力な存在となるのだ!』


 進化など、適応など、こんなものである。

 そこに知性が宿らないかぎり、誘導に乗ってしまうのだ。


『この宇宙空間で生存している、それだけが取り柄の生き物にな……!』


 勝ち誇る司令官。

 しかし彼は、それでも警戒を怠らない。

 この興奮状態は一種の反作用であり、冷静さを欠いているわけではない。


『……総員、警戒を怠るな。まだ相手は、詰みきっていない。進化が加速しているということは、強化も加速するのだからな!』


 勝利へのルートは確かに切り開かれた。

 だがまだその途中である。


 このアルフ・アーにも一応の知性がある。

 この窮地に対して、知性がさらに進化する可能性がある。


 その知性が、多少なり進化を制御することはあり得るだろう。

 つまり、捕捉している餌に向かっていこうとする、という話だ。


『敵が行動を始め次第、単一属性攻撃での迎撃を行う。相手が耐性を獲得すれば別の属性へ変えて、ローテーションを組むのだ!』


 司令官の指示が終わると同時に、アルフ・アーの攻勢が始まった。

 急速な劣化と同じ速度で、体が急速に強化されていく。

 それは体を動かす最中ですら変異を続ける、まさに秒速の進化であった。


 アルフ・アーは体を高速で変化させながら、楽園艦隊へ襲い掛かる。

 それに対して楽園艦隊は、消極的な迎撃に転じる。


『しのぎ切れば、我らの勝ちだ!』



 宇宙空間での戦闘は、いよいよ本格化した。


 エイセイ兵器やキンセイ兵器は破壊されていったが、それ以上にアルフ・アーは破壊されていく。

 進化の暴走に振り回される甲種に対して、いよいよ勝ったかという時であった。


『報告します! アルフ・アーが中核部より何かを発射しました! このエネルギーは……ランダムワープです!』

『我々を巻き込んでワープさせるつもりか?!』


 一種のワープ爆弾であろう、アルフ・アーの分身体。

 それがエイセイ兵器の艦隊へ向けて、高速で突っ込んでくる。


 迎撃しなければならないと、誰もが動こうとした。


『俺が、行きます!』


 そしてたまたま動いたものが、武勇巡査だった。


『うおおおおおお!』


 エイセイ兵器艦隊の中心部へ向かおうとする、ランダムワープをしようとする分身体。

 それにキンセイ兵器でしがみつき、軌道を変えていく。


『俺は……もう、ためらわない!』


 分身体の抵抗によって、どんどんキンセイ兵器が破壊されていく。

 だがそれでも、彼はしがみつくことを止めなかった。


『俺は……警察官だあああああ!』


 その叫びが、最後の通信だった。

 武勇巡査は分身体のランダムワープから、多くの仲間を守ったのである。


 彼だけがランダムワープで消えた後も、戦いはしばらく続いた。

 楽園艦隊は彼以外にも多くの犠牲者を出しつつ、しかしアルフ・アーを完全破壊することに成功していた。


 そしてアルフ・アーは散り際に悟ったのである。

 真の脅威とは己ではない、この星の生物であると。

 


 楽園の後日談。


 宇宙空間で行われた苛烈な戦争によって、最初の災害たるアルフ・アーと、天命の了承者の残骸も楽園に落ちていた。

 その残骸によって、人工衛星の一部まで破壊される始末である。

 もちろんとても小さな一部であって、特に害はない。だがだからこそ回収され、科学者のもとで研究が行われていた。

 

 そんな、科学者の家に生まれた幼い少年が、実家の家宝でいけない遊びをしていた。


「よいしょ、よいしょ……!」


 魔王の遺産とも推測される、とても古い宝。

 特別な力があるとされる、しかし使い方のわからぬ道具たち。

 それを使って、泥遊びをしていたのである。


「よいしょ、よいしょ!」


 矛先のようなデザインのスコップで、地面をこねている。

 コウノトリのようなデザインのジョウロで、地面に水を上げている。

 キャベツのようなデザインの器を、その地面の上に置いている。

 そしてその指には、肋骨のようなデザインの指輪がはめられていた。


「赤ちゃん、赤ちゃん~~!」


 宇宙で戦争が起きていたというのに、少年はそんなことを知らなかった。

 彼は大人が騒いでいることに何の興味も持たず、その上で遊びに興じていた。


「赤ちゃんはどこから来るの~~キャベツ畑でとれるの~~コウノトリが運んでくるの~~泥をこねたらでてくるの~~結婚したらできるの~~」


 子供なりに大人の話を解釈して、全部やればできるだろうと思ってしまった。

 特に深く考えず、赤ちゃんを作ってみようと思ったのだ。


 それが、婚の宝の正しい使い方と知らぬままに……。


 甲種宇宙怪獣型モンスター、アルフ・アーの残骸。

 対乙種級エイセイ兵器、天命の承認者の残骸。

 乙種異星精霊の情報を収めていた、人工衛星の残骸。


 それら三つ(・・)を、キャベツの器に入れてしまったのである。


「早く生まれないかな~~! 赤ちゃん!」


 そして……そのキャベツの器の中で……。


 四つ(・・)の新しい種族、その母体が生まれつつあった。



 武勇巡査について。


 アルフ・アーの分身体と共にランダムワープを遂げた、武勇巡査。

 彼は命を捨てる覚悟で組み付き、そのまましばらく意識を失っていた。

 だが目を覚ましたその時は、目を疑う光景が広がっていた。


 豊かな森林地帯で、アルフ・アーの分身体が森の木々を食っていたのである。


 なんの冗談か、ランダムワープで人類の生活できる星に転移してしまったのだ。

 進化が加速したままの怪物が、生物の繁栄している星に達した。

 その意味を理解して、彼は何とかしようとする。

 しかしキンセイ兵器は自己修復中で動かず、彼自身の体もぼろぼろで動かなかった。


 彼にできることと言えば、見ることだけだった。

 栄養枯渇状態だったアルフ・アーが、その腹を満たしていくところを。

 分身体に過ぎなかった個体が、どんどん大きくなっていくところを。


 そして……。


「なんだ、見たことのないモンスターだな」


 亜人と見間違うほどの大男が、アルフ・アーの前に現れ……。


「まあどうでもいいか……消滅属性(ロスト)具現技(クリエイト)


 その巨体を一瞬で消す姿を。


殺害(キル)


 現時点ですら乙種に達したであろう怪物は、音もなく一瞬で消滅していた。

 その光景に、彼は我が目を疑う。それこそ、夢の中にいるようだった。


「あ、アテルイ君、もう終わったの?」

「ヒミコ様?! ここはあぶのうございます!」

「私にそれを言うのかしら……それより、生き残った人がいるわね」


 武勇(ぶゆう)(たける)

 彼の物語は、まだまだこれからである。

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― 新着の感想 ―
試作品や型落ちのエイセイ兵器やカセイ兵器がこっちの世界でもある程度通用していてその上の超々大量破壊兵器 その天体損傷レベルの攻撃を受けて生きている耐久力と不死性、とてつもないスピードで進化する特殊性、…
[一言] 美少女モンスターはどこ?
[一言] これですら甲種扱いにしかならんって Aランクハンターの化け物っぷりが際立つな(目反らし
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