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かもしれない運転

 因果の収束は近い。

 すべての英雄がEOSの元へ、すべての脅威が魔王の元へ。

 それを、彼らも感じていた。



「ドラゴンズランド行こう」


 西方で休んでいる狐太郎は、やや焦っている顔でそんなことを言い出した。

 それを聞いているのは、四体の魔王だけである。他の面々は、一旦外してもらっている。


 先延ばしにしていたことを実行するということで、特に驚くようなことではない。

 竜王たるアカネは、感慨深そうだった。


「ドラゴンズランドかぁ……いよいよこの世界の、ドラゴンの自治区に行けるんだねえ」

「貴方はのんきねえ……そもそも自治区というか、ドラゴンが支配している国でしょう。それを自治区って言うと変な感情を与えるわよ」

「どう違うの?」

「貴方学校通ってたの?」


 独立国家に向かって自治区というのは、余りいい印象を与えないだろう。

 だがアカネは自治区生まれの都市育ちなので、自治区という言葉に悪い印象はない。

 なんなら自治区と国家に、大した違いがないと思っているのだろう。

 そんな彼女を、クツロは咎めていた。

 大鬼クツロは、パワフルでクレバーでビューティーなお姉さんなので、そのあたりのことは詳しい。


「言葉の意味って、時代や土地柄で変わるものね。大昔は城郭も建物っていうか町のことを指していたらしいし……」

「アカネ、難しく考えるな。自治区と名乗っているわけでもないのだから、普通にドラゴンズランドと呼べ」


 長命なるものたちは、一周回ってアカネに理解を示していた。

 言葉の意味の変換は頻繁に起こりすぎるし、倫理観も急速に移ろうものだ。

 なのでアカネが取り立てておかしいわけではない。


「ええ? でもさあ、空論城のことを悪魔の自治区って言っても、ササゲは怒らなかったじゃん」

「それはそうでしょう、実際悪魔の自治区だったし……」

「……?」

「ああ、もう面倒ね……」


 央土の中にある、央土の裏社会のつながりがある、央土の政府から存在を認識されている、悪魔の支配する土地。

 なるほど、非公式だが自治区である。見逃されている土地、というわけなのだから。

 なのでササゲは、空論城のことを悪魔の自治区と言っても文句を言わなかったのだ。


 だがドラゴンズランドは、通常の人間社会から遠いらしい。

 竜の民と呼ばれる民族を支配下に置いているが、彼らは一種の奴隷であり、主権のようなものは持っていないらしい。

 主権はあくまでも、支配者たるドラゴンの方にある。


 それに対して楽園におけるモンスターの自治区は、神たる人間が『主権を与えてやっている地域』なのだ。

 同じ主権があるとしても、まったく形式が違うのだ。


「しかしご主人様、なぜ今そのようなことをおっしゃるのですか」


 アカネへ説明をするのが面倒になったコゴエは、話題を切り替えることにした。

 今までだって行こうと思えば行けたのだから、急に言い出す意味が分からない。


「俺もいろいろ考えたんだが……千念装もそうだけど、ノゾミちゃんもいきなり来た。これは……ダッキちゃんと一緒にシュバルツバルトに入ったときと似てる気がする」


 狐太郎の顔は、苦悶に満ちていた。

 何かが集まってきている。偶然や確率の偏りというよりも、運命の収束を感じるのだ。


「あと何回かイベントが起きて、そのままラストステージに進みそうな気がする」


 狐太郎の脳内に、黄色信号が灯っていた。

 ゲームで例えるのもどうかと思うが、このまま何事もなく十年ぐらい経過して、天寿を全うできる流れではない。


「時間経過なのか、それともフラグを立てた時なのかわからないけども……一応先に挨拶ぐらいはしておきたい」


 狐太郎の言葉を聞いた四体の魔王は、それを笑えなかった。実際そんな感じになりそうである。


「考えすぎだと思うか? でも俺は、そう思えて仕方ない」


「……ゲームだったらそんな感じになりそうだよね」

「私もそんな気がしてきたわ……やり残したことがないか、ちょっと振り返ろうかしら」


「セキトとアパレはルゥ家と契約しているけど、空論城の悪魔はどうしようかしら」

「ことが大きく動くのなら、その前にアルタイル殿と会っておきたいな」


 四体の魔王も、本格的にそれを心配し始めた。

 決定的で劇的な変化、カセイが消えたとかそういうレベルではない異常を想定してしまったのだ。

 その想定は、多分現実に起きるだろう。


(俺たちが困る状況を逆算すると、それ以外にあり得ないからな……)


 現状、狐太郎たちは最大最強国家の一員である。名目上ではあるが、次期国王ですらある。

 その彼が困る事態と言えば、その央土との関係が切れることだ。

 可能性が、ないとは言えない。というか狐太郎たちは、もういいかなという気分になっている。


(俺たちがいなくなっても、みんな困りはするだろうが……致命的なことにはならないからな)


 Aランクハンターになったばかりの時代は、カセイを守る義理と義務があった。

 征夷大将軍になった時代は、央土全体に対して責任を負うこととなった。


 だが今は、割と暇である。

 もちろん強大な遊軍がいる、という安心感と安定感はあるのだろうが……。

 それでも役目を負っているわけではない。


 シャインやコチョウのように退役して、国の外に出てもまあ問題はない。


(この国を、この世界を去れば、アカネたち以外とは縁が切れるだろうが……別にいい気もするし)


 結婚して子供でもいて、親戚でもいれば話は違っただろう。

 だがそうではないのだから、気楽に去れるのだ。


(というかもうむしろ、困る事態になってもいいから、この世界から出たい……)


 楽園に帰っても、問題は山積みだろう。だがそれでもいいのだ。

 Aランク上位モンスターやら英雄やらがいない、人権意識の高い世界に帰りたいのだ。


(この世界で築き上げたすべてを捨てて、平和な国でのんびり過ごしたい……)


 ある意味、主人公的な思想であった。

 他の四体も、だいたい同じである模様。



 そんな結論に至った狐太郎一行は、いろいろあってカンヨーに戻ってきた。もちろんアッカの家族も一緒である。

 まだ平定の終わっていない西方では、いろいろと問題があるという判断だった。


 気晴らしをするはずが、自分たちに襲い掛かる危機に直面する。

 何とも皮肉なことに、厳重に守られる意義を学んで帰ってきたのだった。


 ちなみに……ナタは彼女たちが出ていってほどなくして倒れ、帰ってくるときには復調し『また頑張ります!』となって、『やっぱりうっとうしい……』という原点回帰に至るのだった。


 だがそんなことは、どうでもいいことだ。

 狐太郎たちは絶望のモンスターを連れて、究極のモンスターと麒麟、獅子子、蝶花に紹介することとなったのだ。


「特種違法製造型モンスター、ユウセイ兵器『絶望のモンスター』。名前はノゾミです……八人目の英雄と呼ばれているはずの、牛太郎さんたちの仲間です」


 やや恐縮した様子の彼女は、ちらちらと同種である究極のモンスターを見ている。

 もちろん究極のモンスターも、じろじろと彼女を見ていた。


(この人が私の原型になった人……あらゆる世界で唯一の同種……!)


 ノゾミからすれば、相手は先祖のようなもの。

 生み出された理由も、製造に使用されたいけにえも、何もかもが自分と近い『同類』。

 牛太郎たちにさえ向けられなかった、同族意識。それが湧き上がって、たまらなかった。

 究極のモンスターからすれば初対面だろうが、ノゾミにすれば初めて実母に会ったようなものだった。


(名前、あるんだ……!)


 一方で究極のモンスター(吸収形態)は、彼女に個体名があることに驚いていた。

 もう究極という名前で定着しているので、全員それで認識している。


(なんで僕は、あの時ホワイトの名づけに文句を言ったんだ……!)


 自分の出自はともかく、自分の名前が『究極』だという点に関しては自業自得なので、悔やんでも悔やみきれずにいた。


「僕たちの後も、問題がたくさん起きたんですね……問題を起こした僕が言うのもどうかと思いますけど……」

「八人目の英雄、百年後のモンスター……因果関係から言って、私たちはその時代以降にしか帰れないわね」

「素敵な英雄さんに会えてよかったわね、ノゾミちゃん。あの猫太郎だったら、そうはいかなかったと思うわ」


 新人類の三人は、三者三様の反応をする。

 複雑な事情を抱えている彼女のもたらした情報に、いろいろと思うところがあるようだ。


「細かい話をする前に言っておきたいんだが……多分これから、楽園がらみで何かが起きると思う。それこそ、この世界を出るような、何かが」


 狐太郎の説明は、途方もなくいい加減で、ものすごくふわふわしていた。

 究極もノゾミも、何のことだか、という顔をするしかない。

 だが麒麟たちは、それを受け入れていた。


「そうでしょうね……戦争を終えた僕のところへ千念装が来たことも含めて、動き出している感があります」


 麒麟もかつては、運命論者だった。

 それは一種自己中心的なものであり、利己的な運命論者だった。

 だが今は、運命とはもっと大きいものだと考えている。


 自分は名前のある脇役であり、主役は別にいる。そしてその主役もまた、運命の中でもがく者の一人にすぎない。

 ガイセイとの出会いや二度の戦争が、その結論に至らせていたのだ。


「その時は……僕たちも帰りましょう。その先で裁きが待っていたとしても、それは受け入れるべきことです」


 狐太郎たちが楽園に行っても、まあそこまで問題にはならない。

 地位と名誉を捨てることにはなるが、帰ってもそれなりの待遇を受けられるだろう。


 だが麒麟たち三人は、その限りではない。

 この国にいれば、最強の英雄ではなくとも、それに準ずる位置にいられる。誰からも頼られる、忙しい一方で成果を出せる日々がある。

 それを捨てて故郷に帰れば、家族も親族も全員死んでいて、しかも罪人として拘束される日々が待っている。

 それでもいいと、麒麟たちは帰ろうとしている。


「僕は、まだ何の責任も取っていません。僕は、僕たちは……僕たちの仲間に、何も償っていない」


 この場に集った、四組のラスボス。

 究極のモンスター、絶望のモンスター、千念装、新人類のトップ三人。

 この中でも新人類の三人は、ある意味まともなラスボスだ。

 彼らは彼らの意思と信念をもって、犯罪に走ったのだから。


「この世界でどれだけ名を上げても、それは償いとは別のことだわ。手遅れかもしれないけど、故郷で刑に服しましょう」

「この世界では、素敵な思いをさせてもらったわ。必要とされて、感謝もされたわ。実りがあったと思うの。だから……帰りましょう」


 三人は、あえて故郷へ帰る決断をしていた。

 その顔には、なんの迷いもない。


「それに、凄く疲れましたから……」

「そうね、一生分働いたわ……」

「もう休みたい……」


 この三人は、酷使の日々に疲れていたのだ。

 これが今後も続くと思うと、うんざりしてしまうのである。


 英雄に準ずる力を持ち、以前でさえBランク上位、今ならAランク下位までなら単独で屠れる麒麟。

 機動力と踏破性に優れ、圧倒的な索敵能力と隠密能力を持つ獅子子。

 大量の人間を一度に強化、治療できる蝶花。

 

 全員が優れた能力を持ち、しかも人間的にも優れている。

 そのため彼らは、それはもう便利に使われていた。


(まあこの人たちがいたら、全部解決だもんな……)


 千念装を得る時一緒に行動をしたので、そのときの便利さを覚えている狐太郎たち。

 やっぱり斥候役と全体強化回復、なんでもできる勇者は、シンプルに便利である。

 単純に三人まとめて送り出すだけで、大抵の問題は解決するだろう。

 央土で重用されるのも、当然のことだった。


「もういっそ刑に服そうかと……多めに考えても十五年いかないでしょうし」

「そうなのよね……ここに居たら一生使い潰されるものね……」

「私たちの代わり、いないものね……」


 じゃあ働かなければいいじゃんともなるが、そうはいかないのが『優秀な人間』なのである。

 自分しかできない、とても評価される仕事というのは、きつくても断りにくいのである。

 もっと強い大義名分がなければ、距離をとることが難しいのだ。


「……俺たち全員が抜けるって言ったら、みんな困るだろうな」


 そして狐太郎もまた、優秀な人間であった。

 彼の仲間である四体もまた、優秀なモンスターだった。


「あの……究極のモンスター……さん、皆さんは何を……」

「さあ?」


 なお、究極のモンスターと絶望のモンスターは、そこまで酷使されていない模様。

 彼女たちは特異ではあっても、優秀なモンスターではないのだ。

 この場合の優秀とは、一人でどこかに行かせて何とかさせられるか、ということである。

 この二体に、それは不可能であろう。


「それにしても、元の世界か……僕の場合は待っている人も何もないけど……ここにいてもなあ」

「究極のモンスター、さんは、その……大切な人とかいらっしゃらないんですか?」

「いるよ?」


 究極は、なんでもなさそうにそう言い切った。

 それを見て、ノゾミは察した。


(これが、英雄に愛された者……芯のある人……!)


 芯がある、軸があるとはこういうこと。

 何か嫌なことがあっても、立ち直れる、立ち直れる場所があるのだ。


「たださあ、僕のご主人様は僕が好みじゃないらしくてね……相棒としては使ってくれるけど不満はあるし、相手にだって悪いじゃん。かといって別のご主人様を探すのも嫌だし……帰るのもアリかなって」

「そうですか……」


 そのうえで、精神的に自立もできている。

 相手の気持ちも尊重できるし、次のことを意識できる。

 彼女のこれまでの人生が、それなりに実り豊かなものだった証拠だろう。


 優秀かどうかとは別のところで、精神的な成熟も存在しているのだ。

 実際、この世界に来たばかりの新人類三人は、優秀ではあっても自立しているとはいいがたかった。


「あの……その、それで……」

「なんだい?」


 奇縁によって究極のモンスターに遭遇したノゾミは、改めて思った。

 新人類の三人から自分の製造目的を知らされているうえで、それでもたくましく生きている先輩。

 その彼女と、親しくなりたいと思っていた。


「お名前は……」


 失敗した。


「……ごめんね、僕究極って呼ばれてるんだ。もう究極でいいよ」


 精神的に成熟しているので、やや捨て鉢気味ではあるが、自分の状況を素直に言えるのだった。


「えっ……」

「僕のご主人様は、ちゃんと僕に名前を考えてくれたんだよ。でも僕さあ、形態が変わると体形や精神年齢も変わって、好みも変わるんだよ。そのせいで形態が変わるごとに名前へ文句を言うようになってさあ……怒って『もうお前(・・)でいいや』ってなっちゃったんだよ」

「ええ……」

「二人で旅していた時期が長くて、僕もそんなに困らなくてさ……で、新人類の三人に会って、究極のモンスターだってわかって……それから究極って呼ばれてる」


 やや強がりが混じっているが、それでも自業自得も含めて笑い話にできていた。


(強い……!)


 弱さを笑えるのなら、それはもう強いと言っていいだろう。


(私だったら、絶対に耐えられない!)

(ものすごく失礼なことを考えられている気がするね……)


 二体は同じような境遇だからこそ、もしも自分だったら、という想像が働くのだった。


「……あの」

「なんだい?」


 ノゾミの仲間は、一応全員人間であった。

 そのため彼女は、割と人間らしい話題で盛り上がろうとした。

 究極には人間味のある話題が通じなかったので、彼女にはもう一種類しか話題がなかった。


「私は貴女と同じ、特種モンスター……ただしサポートユニットとして作られています。主体的には戦えない上に……リミッターが壊された今、とりついた相手を自滅させることしかできません。実際それで……Aランク下位のモンスターを殺しました」

「……えっ、Aランク下位って相当だよ」


 究極はホワイトと一緒に旅をしていた関係で、狐太郎よりもこの世界について詳しい。

 なんなら、この場の誰よりもいろいろなところに行って、いろいろな層の人に触れあっている。

 この世界を満喫しているモンスター、と言っても過言ではないだろう。


「ですが……貴女なら、私と一緒に戦えると思うんです」

「……まあいいかな」


 究極は閉じた存在である。

 その小さな体に多彩な機能を詰め込んだのだから、成長の余地がないのは当然だ。

 どこまでも成長していくホワイトや、急激なパワーアップを果たした麒麟へ思うところがあった。


「じゃあ、やってみようか!」

「はい!」


 ただ特別なだけのモンスターが二体、その邂逅によって生じる力は如何に。


「あ、じゃあ相手は僕がしますよ。能力の検証は大事ですからね」

「……やっぱ止めようかな」


 だが、麒麟と戦うのは嫌な模様。

 しかし麒麟以外だと検証が面倒なので、結局彼と戦うことになるのだった。



 来るべき最終イベントに備えて、戦力の確認をすることになった一同。

 具体的にどんな奴とどんな状況で戦うのかはわからないが、それでも戦力を判定するために戦ってみることにしたのだった。


「では行きますよ……転職武装、勇者……千念装!」


 カンヨー近くの荒れ地で、では行きますよとお出しされる準乙種級装備。

 Aランク中位に次ぐ力を発揮した彼へ、ノゾミは言葉を失う。


「……え、これ……あの……え?」


 あの人は自分たちと同郷ですよね、と確認するノゾミ。

 とてもではないが、普通の人間が懐古的な武装で発揮できる力ではない。


「彼はパワーアップイベントをこなしてから、ノーリスクでアレを発揮できるようになったんだよ……」

「それ、ズルくないですか」

「そうなんだ……まんべんなく酷いんだよ……」


 純楽園産の力を発揮する麒麟に対して、違法製造型は恐れおののく。

 やはり人間は遥か昔から、だいぶおかしいのだろう。


「できれば勝ちたいんだけど……協力してくれるんだよね?」

「……はい!」


 必要とされる、というのは悪くないものだ。

 それに対戦相手が強いというのも、考えようによっては気が楽であるし。


「それじゃあ最初はこのまま僕で……!」

「では行きます、絶望のモンスター……革命形態!」


 吸収形態のままで戦おうとする究極に対して、ノゾミは革命形態で戦うと宣言する。

 その直後、少女の姿をしていたノゾミが、一本の小銃へと転じる。


「……革命形態?」


 何事かと思って、麒麟はその姿を見守る。

 赤い小銃へと変化したノゾミは、究極の手の中で輝く。

 究極もそれを見て、何が起きるのかと身構えるが……。



『コユウ技、アンリミテッド・スライダー!』



 直後、すさまじいほどの熱波が、麒麟と究極を包み込んでいた。

 まるで周囲が灼熱地獄になったかのように、口に入ってくる熱で肺が焼けそうになる。


「これは……精霊種が得意とする、環境変化形の技……?」


 火災の中に突入したかのように、周辺の環境が熱気に包まれた。

 この環境下では、火の精霊が活発化し、なおかつ氷や水の精霊は弱体化するだろう。あるいは、消滅さえあり得る。

 そこまでいかなくても、熱に対する耐性が低ければ熱のダメージを継続して受けるに違いない。


 熱に強く、かつ火で攻撃する者たちが仲間にいれば、補助として大いに活躍できるはずだった。


「環境変化に特化した形態……それだけならコゴエさん以上……?」


 便利は便利だが、属性攻撃ができない究極にはあまり意味がない。

 そう思ったところで、あることに気付く。


「熱のダメージ……火属性……はっ!」


 そこまで想像がおよんで、麒麟は究極を見た。

 火のダメージを受けることで、それを完全な効率で吸収し続けている彼女がいた。


「そうか……単独の属性攻撃なら、彼女には餌にしかならない。この環境にした時点で、自動的に回復を……?」


 そこまで言ったところで、小銃の色が変化した。

 直後、熱気が一瞬で喪失し、膨大な風が吹き荒れ始める。

 まるで竜巻の中にいるように、すさまじい気圧の変化が生じていた。


「いたあ……!」


 一瞬だけ、究極が苦しむ。どうやら風属性の攻撃で、ダメージを負う状態だったらしい。

 だがそれもすぐに収まり、逆に急速に回復している。


「これは……これが、革命形態?」


 またも地形が変わった。

 大地から魔力を発する鉱石がせり出し、大量の砂が噴出し、宝石が砂利のように転がる。

 大地の属性に状況が変わった、おそらく風の精霊ならばダメージを負うだろう。


 さらに大量の水があふれ出したり、清く清浄な光が周囲を照らしたり、汚れた油のような空気がねばりつきもした。

 周囲の状況を、劇的に改変し続ける。それが革命形態、ということだろう。


 これならば、コゴエやササゲのような、肉体を持たないものには有効だろう。

 また肉体があると言っても、状況の変化にそこまで強くない亜人では不利なはずだ。

 千念装で身を守っている麒麟は、冷静に状況を把握していた。


「……やっぱり全然効いてないね、僕もさっきからエリアドレインを使っているんだけど」

『属性の偏りを変動させ続ける、アンリミテッド・スライダー……これに耐えられるのは、あらゆる属性に耐性が高いドラゴンか、それ用の処置をされているロボットやキンセイ兵器か、貴女だけだと思っていたのに』


 その状況を見て、究極とノゾミは困っていた。

 このアンリミテッド・スライダーは、環境の激変を引き起こすものだ。

 リミッターがかかっている状態なら、火耐性の装備を味方に与えたうえで周囲を加減した火属性で満たして、火属性の攻撃力を上げつつ氷属性の敵を弱らせるとか、そういう使い方をできる。

 だがリミッターが外れた今は、極端な変化を引き起こし続けることしかできない。

 これはこれで敵からすると厄介だ、なにせ特定の属性へ誘導させるとか、そういう知略による攻略が不可能なのだから。


 それこそ麒麟のように、ありとあらゆる属性へ、強い耐性を持っていなければならない。


「……仕掛けるよ!」

『はい!』


 だが、革命形態は、伊達や酔狂で銃の形をしているわけではない。

 装備者へ主導権を握らせることになるが、小銃は小銃として使用可能なのだ。


『コユウ技、スライダーショット!』


 ある意味で、コゴエと同じだった。

 周囲の環境を激変させつつ、それに合った攻撃を放つ。

 これを全属性分発揮できるのなら、確かに大抵の相手に勝てるだろう。

 属性的な耐性が低いものなら、力量差を覆せるほどに。


「むう……結構効きますね」


 火属性の威力が出せる環境で放たれた、火属性の弾丸。

 それを受けた千念装の盾は、なんの傷も負っていなかった。


 それこそ、かつて自分がガイセイと戦ったときと同じである。

 とはいえ、今回はそれを自分が受ける側なのだが。


「駄目だ……この人、属性的にとんでもなく強い」

『それなら……暴走形態で!』

「わかったわ……それじゃあ私も、同調形態に!」


 小銃に変化していたノゾミは、一瞬で光となり、究極の中へ吸い込まれる。

 それを受け取った究極もまた、成長した女性へ変わる。


『コユウ技、アンリミテッド・レゾナンス!』

「……不思議ね、自主的に強化するなんて」


 通常の場合、強化の上限は四倍とされている。

 だがリミッターの外れたアンリミテッド・レゾナンスは、同調したものを数十倍まで強化してしまう。

 普通に考えれば、耐えられるはずのない数値だ。この上で壊死するほどの回復を行い続けるのだから、融合者が死ぬのは当たり前だ。


 だが同調形態の究極ならば、その回復と強化に悪い影響を受けない。

 純粋に利益だけを享受し続けることができる。


「それじゃあ行くわね、麒麟君……コユウ技、レゾナンスインパクト!」


「ショクギョウ技、シールドガード!」


 やはり麒麟は、盾で丁寧に受け止める。

 しっかりと腰を落とし、侮ることなく防御に徹した。


「そんな……!」


 どっしりと構えた麒麟を、究極は動かすことができなかった。


『究極さんの力は、数十倍にパワーアップしているのに……!』

「麒麟君が自己強化してくれていないから、結局そこまでの威力が出ていないのよ……!」


 もしも麒麟が自己強化していれば、せざるを得ない状況なら、レゾナンスインパクトに特効が乗っていた可能性もある。

 だがそうではない以上、そこまでの力は出せないのだ。


「では反撃を……クリティカルスラッシュ!」

「づうううう!」


 バフを盛れない以上、麒麟も強めの攻撃を当てるしかない。だがそれでも、強化と回復を繰り返しているはずの究極へ、大きなダメージを与えていた。


「治ったけど……格上って感じだわ」

『リミッターが外れているのに……!』


 治りきらないほどのダメージを負えば、普通は即死するだろう。

 回復上限がない二体だからこそ、常に回復をしている状態なら復帰可能である。

 しかし、地面に倒れている彼女たちは、安心どころではなかった。


「エネルギーは補い合えるから十分だけど……下手をすれば塵も残さないで消されるかも……」

『これでだめなら……最後の形態でやりましょう。私と貴女のコンボなら……通ります!』

「そうだよね、じゃあアタシで行くよ!」


 究極のモンスターが貫通形態、幼女の姿になったところで、ノゾミは体から飛び出して巨大な円環と化す。

 麒麟と究極を囲う円環(リング)は、その内部にいる者へ等しく摂理を強要する。


『絶望のモンスター……冷戦形態!』


 元より絶望のモンスターは、人間への失望によって生み出されたモンスターである。

 血の流れない戦争、冷戦。その名を冠する形態の能力は、際限なく増大していく戦費を象徴したものだ。



『コユウ技、アンリミテッド・エクスペンション!』



 その技の発動を見た時、麒麟はとんでもなく驚いていた。

 なぜなら、自分の目の前に幾重ものバリアが生まれたからである。


「な……!」


 周囲を見れば、自分の分身らしき幻影が見える。

 その上呪い除けのような、自分のダメージを代わりに請け負う人形まである。

 しかも同時に、体の力が抜けていく感覚を覚えた。

 

「まずい……!」


 相手の力を消費して、相手に多重の特殊防御をかける。

 普通に考えれば、なんの役に立つのかわからない形態だ。


 だが麒麟は、その『本来の使い道』へ思いをはせるよりも、究極とのシナジーへ考えが及ぶ。



「いくよ……コユウ技、アイドルパンチ!」

「がっ……!」



 その想像を裏切ることなく、特効の乗り切った攻撃が麒麟の体に刺さっていた。

 相手の特殊防御をすべて無効化し、なおかつ無効化した特殊防御の数だけ威力が増大するアイドルパンチ。

 それをモロに食らった麒麟は、今までで最大のダメージを受け、無様に吹き飛んでいた。


「やったあぁ! 麒麟をぶっ飛ばせたよ!」

(精神年齢、本当に変わるんだ……)


 究極が無邪気に喜ぶ姿を見て、ノゾミはしばらく困惑していた。

 だが無理もあるまい、一度は完敗した相手へ大ダメージを与えられたのだから。


「キョウツウ技、ジブンカイフク」


 しかし喜びもつかの間、麒麟は普通に立ち上がっていた。

 ダメージを受けたら治せばいい、麒麟は自分を治すことも得意である。

 もちろん回復上限はあるのだが、アイドルパンチの一発ではそこまで問題にならなかった。

 冷静形態での消耗も、彼にとって大したものではなかった。


「いやあ、効きましたよ。思った以上に強いですね」

「そ、そっか……効いたなら、まあいいかな……」

(何でしょう、このひと……ずる過ぎる……)


 究極のモンスターと絶望のモンスター、その協力は確かに強かった。

 吸収形態と革命形態なら、自己回復に加えて多数への制圧力が上がる。

 同調形態と暴走形態なら、基本となる能力値がBランク中位からAランク下位へ上がり、遠距離攻撃もできる。

 貫通形態と冷戦形態なら、相手の攻撃を封じつつ特効を最大まで付与できる。


 究極のモンスターの各形態の特殊性が生かされたまま、特異な力が増えたのだ。

 なるほど、敵にすれば厄介極まりない。穴が一つでもあれば、そこを狙って突破されかねない。


 だが麒麟に、それはない。

 元々麒麟は一切弱点がなく、苦手な技がほぼない。

 その上で全能力値が百倍向上したのだから、搦め手が通用するはずもないのだ。

 搦め手なんてものは、素の弱さを隠そうとするものに有効なのだから。


「僕以外になら、有効だと思いますよ」

「……でも勝ちたかったなあ」

「そうですね……」



 さて、それを見ていた楽園の者たち。

 その感想は、特種がいろいろやってたけど、千念装がクソだった、というものだ。


「究極ちゃんは、状況次第でAランク上位二体をまとめて相手にできるのに……」

「麒麟はガイセイに勝てなかったって言うけど……数値で上回らないと勝てないだけなのね」

「全能力全耐性全適性が高いって……クソね。面白味も駆け引きもないわよ、コレ」

「どちらも、敵でなくてよかった、というところだな。この世界の英雄にとってはともかく、我らにとってはどちらも脅威だ」


(麒麟君が配慮して、同調形態の時に自己強化したりしてたら違ったんだろうけども……そうでなかったら遊びで作ったもので、ガチに勝てるわけないしな……)


 条件次第で格上殺しが叶うのが特種で、格下には絶対負けないのが千念装ということだろう。

 いけにえにされた人間の数や質の違いもあって、順当な結果になったとしか言えまい。


(しかし……レベルを上げないプレイ、ガチ編成以外のプレイだと……特種二人の方がクソだな。俺の編成だと特にそうだ……)


 ライトゲーマーである狐太郎は、プレイの幅を狭める存在にうんざりする。



(EOSがあったら、天国へ永久追放されそうだな……)



 鉄杖形態、天国。カードゲームを元にした調和成す神へ、狐太郎は思いを馳せるのだった。

次回から新章です



暴走形態 アンリミテッド・レゾナンス

対象と融合し、強化と回復を行う。リミッターが外れると、強化と回復を過剰に行ってしまう。


革命形態 アンリミテッド・スライダー

武器となって装備され、周辺の環境を変化させる。リミッターが外れると、常に最大値で変化をさせ続けてしまう。


冷戦形態 アンリミテッド・エクスペンション

敵味方を問わず、全員へ特殊防御を強要させる。その消費は各々で負担させることになる。

本来は劣勢になったとき、お互いに攻撃できない状況を作って、体勢を立て直すためにある。

リミッターが外れると、尋常ではない量の特殊防御を展開させられるため、敵味方を問わず消耗して死ぬ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽園だと100年経ってるみたいだし麒麟たちも時効かもなあ
[良い点] ノゾミちゃんは言動がかわいいなあ >「……え、これ……あの……え?」 こことか特に好き [一言] >「八人目の英雄、百年後のモンスター……因果関係から言って、私たちはその時代以降にしか帰れ…
[一言] 中の人な狐太郎じゃない、楽園産の狐太郎は実在するのだろうか。或いは楽園産の狐太郎が発狂してシミュレーテッドリアリティでも発症してるのか……
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