夢の中のヒロイン
いつからこの戦いが続いているのか、なぜ対立しているのか、誰も知らないし覚えていない。
だがずっと、戦い続けている。それだけは、誰もが知っていることだ。
「いやあ、白組は強いな。だがこの紅組も負けてねえ、このまま消していってやろうぜ」
「ああ、消えることなんて怖くねえ。どんどんぶつかって、あっちを先に消してやろう!」
修羅の世界の住人は、日常の世界や栄光の世界と変わらない。彼らは誰もが、消滅を恐れず、受け入れていた。
だからこそ、誰も戦うことをやめない。競技を始めなければ、マスターアップやその眷属は何もできないというのに。
競技や遊戯には、代理戦争という面がある。
実際に殺し合うよりは生産的であるということで、代替的に勝敗を決してその結果に従うものだ。
だがその遊戯、競技で命を賭するのなら、それは代替として機能しているのだろうか。
少なくともこの世界では、人々は遊戯や競技の結果に生死をゆだねている。
この世界の人々は、生死に価値を見出さないのか。
それとも、死にたがっているのか。
※
最後の審判、マスターアップ。
その性質は、アップデートできないゲームバランスそのものである。
一応、ゲームとして成立している。
一応、完成品として進行している。
だがバランスの調整がめちゃくちゃになっている。
いわゆるクソゲー。一方が有利過ぎたり、あるいは戦闘が冗長になりすぎたり、単調な作業の繰り返しになったり。
雑に言って、面白くないゲームだった。
「マロン……ヒロインっていう職業は、あいつに有効なんだよな?」
「ああ、もちろんだ」
「それなら何で、有効打を浴びせられない」
蛇太郎の、真面目な憤り。
それは苛立ちであり、作戦を組み立てるマロンへの怒りだった。
「キンセイ兵器でももってくれば、固定値攻撃や必中技があったはずだ! この職業にそれがあるのかと思ったら、そんなこともないし……!」
「落ち着くんだ……まだ勝機は来ていない……!」
マロンの目は、耐え忍ぶことを求めるものだった。
まだヒロイン技は、本領を発揮していない。
それを理解した蛇太郎は、マロンのいう勝機を信じることにした。
『勝機? くだらないな、マロンよ。よりにもよって、お前が勝機などという言葉を吐くとは』
そのマロンを、天秤の怪物は煽った。
『戦い続ける世界に、勝敗のない世界に、興奮と感動のある世界に、何の意味があるというのだ?!』
どんなにいい加減で適当で、バランスもスムーズさもない判定でも。
ないよりは、ずっといい。
死や消滅が待つとしても、きっちりと終わらせるべきだ。
『戦うことの苦しみも! 負けを認められない恐怖も! 勝ちたいという怒りも! それらの為に消耗していく心も! お前は否定する! 見て見ぬふりをする!』
戦いは、疲れる。
興奮は、疲れる。
感動は、疲れる。
勝ちたいと思うことは、疲れる。
負けたくないと思うことは、疲れる。
だがそれでも、認められない。
今日までの日々の重さが、明日という日々よりも重くなってしまう。
『この世界の誰もが、いい加減終わらせたがっているんだよ!』
だからこそ、誰かが終わらせなければならない。
『いつまでも戦うことが、楽しいわけがないだろう! いつまでも応援することが、疲れないわけがないだろう! いつまでも熱狂することを、誰もが望んでいるわけがない!』
「……この世界が正しくないとしても、消すことが解決なら間違っている」
蛇太郎は、静かにポップを見た。
「この世界が嫌いな人もいる。押しつけがましい熱狂に、辟易する人もいる。でもそれで出す答えが破滅なら、俺はそれを受け入れられない」
彼女はこの世界が嫌いだといった。
それでも戦おうと、救おうと言ってくれた。
「この世界で夢を見る人が、ずっとここにいるわけじゃない。それだって、もう確かめていることだ!」
いろんな夢があるのだろう。
不都合のない日常の夢を求める時もある、準備期間に神経を割く夢を求めることもある、だったら熱狂に浸る夢もあっていい。
「次に進むために、俺はここを越える!」
『……そうか』
天秤が、笑った。
『ならば私も、甘んじて結果を受け入れよう……たとえ敗北であったとしても!』
「どの口が言う!」
「お前だけには言われたくねえよ!」
なにか感動的なセリフで締めようとしているが、マロンも蛇太郎もキレ気味である。
それこそ子供のように『はい当たってません!』とか『はい失敗です!』とか『はい大して効いてません!』とか言っている奴だ。
そんなのが潔いような雰囲気の言葉を発しても、何も思うところはない。
『コクソウ技! 多弾頭撃!』
そして実際に、それを裏切ってきた。
天秤の皿に乗っていたダイスとコインを、四体のモンスターに向かって発射したのである。
当然攻撃自体は固定値であり、そこまで痛くないはずだった。
だが着弾したその瞬間、異様なことが起きた。
「あ、あああああ!」
四体のモンスターは、まるで何十回と殴られたかのように振動した。
コインやダイスがぶつかっただけなのに、何度も何度も体が跳ね飛んで、そのまま吹き飛んでいったのだ。
「う、うう……が、ご……」
吹き飛んだ四体のモンスターは、まさに戦闘不能だった。
殺されてこそいないが、立ち上がることもできずに、うめくばかりである。
「……多段ヒットだ」
「……は?」
「アクションゲームや格闘ゲームでよくあるだろう。一度殴っただけなのに、何回も当たったことになる攻撃が」
マロンは何が起きたのか、冷静かつ客観的に説明していた。
「攻撃判定が何度も起きる攻撃だ。一回一回は固定ダメージでも、当たり方次第では何十回もヒットしたことになる……」
「なんだよそれ……」
今の攻撃は、受けてはいけなかった。
どんな手段によるとしても、直撃は避けなければならなかった。
だが食らってしまった。
それによって、あっさりと勝負がついてしまった。
アクションゲームのRTAで、膨大な体力をもつボスが、バグや仕様を利用した技で瞬殺されるように。
『コクソウ技……四終! 第三者による決着!』
天秤の中央部、支柱の部位が抜刀を始める。
仕込まれていた刀が姿を現し、敗者たちを断じようとする。
鉄剣形態から生まれた怪物は、そのまま敗者たちを全員切り裂こうとする。
「あ、ああ……」
終わった。
半数が戦闘不能になったら、というレベルではない。
議論がないほどに、全員が同時に戦闘不能になった。
これではどんな戦争でも、勝負でも、遊戯でも、余地なく敗北である。
蛇太郎は思わず膝から崩れ落ちる。
彼の前に突き付けられた現実は、余りにも残酷だった。
だが仕方ない。負けは負けで、受け入れるしかないのだ。
それが勝負であり、現実というものだ。
「そうね……これがゲームなら、戦争なら、そうなんでしょうね……」
だがしかし、魔法少女は立ち上がった。
フリルだらけの服がボロボロになって、不定形の体が欠損して。
それでも彼女は、震えながら立ち上がった。
「でもねえ……私はねえ……審判が決めたぐらいじゃあ、負けを認めないのよ……!」
プロゲーマーもプロスポーツ選手も、棋士もオリンピック代表も。
審判が決めたこと、ルールには決して逆らえない。
だが魔法少女は、負けを認めない。
それがどれだけ痛くて苦しくても、何度でも立ち上がり、最後には勝つのだ。
「他の誰かがそうでも……私は、そうじゃないのよ……!」
そしてそれは、魔法少女だけではない。
ヒロイン、ヒーローと呼ばれる者たちは、一度倒れたぐらいでは屈さない。
「ご主人様、ごめんね。ちょっと不安にさせちゃったかもしれないけど……私、まだまだ戦えるから!」
「ご主人様、私はまだやれます……だから、諦めないでください……私を、信じてください……!」
「この身が砕けようとも……私は勝つまで戦います。それが、この私の使命なのだから……!」
ヒロインという職業の持つパッシブスキル、『不屈の正義』。
一度戦闘不能になったとしても、自動的に復帰する能力。
半数の脱落がそのまま敗北を意味する敵に勝つための、最後の命綱だった。
「みんな……」
これがボクシングの試合なら、間違いなくテクニカルノックアウトが宣言されるだろう。
テンカウント以内に立ち上がったとしても、このコンディションでは戦うことを許可できない。
仮に主審が許可を出しても、そのまま死ぬだろう。
奇跡の逆転など、公正で公平な勝負には起こらないからだ。
奇跡を起こして勝つものを、人は英雄と呼ぶ。
「ここだ! 相手のコクソウ技がキャンセルされた、このタイミングでインプットワンドを使うんだ!」
立ち上がった四体を見て、マロンが力の限り叫んだ。
「活力を込めて、四体に力を注ぐんだ! 相手の体力が回復する間も与えず、一気に勝負を決めるんだ!」
公正で公平な勝負の規定を破るのは、物語の王道だった。
致命傷を受けても立ち上がり、誰かのために立ち向かう。その彼女たちが、負けるなんてありえない。
「ヒロイン技は、自分が劣勢になるほど威力が増す、効果が増す! ましてや一度戦闘不能になって、そこから立ち上がったなら! ピンチへの反発で爆発的な威力が出せる!」
「……これが勝機か」
蛇太郎の目が、少しだけ闇を帯びた。
いや、光か。
「こうなるとわかって、彼女たちを戦わせたのか」
闇とも光ともつかない、危うい目があった。
「そうだ、彼女たちもそれは覚悟のうえで戦っている」
だがマロンは、それで揺らがない。
そんな咎めは、覚悟のうえでここにいる。
「……わかった」
その返事を聞いて、蛇太郎はインプットワンドを構える。
「ムゲン技……ファイナルフィナーレ!」
決められた時間内に、決められたボタンを押していく。
さながら音楽ゲームめいた活力の込め方をして、蛇太郎は四体のモンスターを支援する。
その表情は、鬼気迫るものがあった。
「おおおおおおお!」
「来たよ、来たよ……ヒロイン技……OPソングキック!」
どこからともなく、音楽が流れ始める。
どこからともなく、歌が聞こえてくる。
愛と勇気と友情と、希望と正義の詰まった歌が聞こえてくる。
「たあああああ!」
リームの飛び蹴りが、当たり判定さえ無視して直撃する。
『ぐぅううううう!』
それは、一種の固定値。
この状況で攻撃が通らないなんて、ルールに反する。
圧倒的な説得力を以って、マスターアップの定めたルールから逸脱する。
「ヒロイン技……ファントムパンチ!」
ラージュが一瞬で間合いを詰める。
まるで瞬間移動をしたように、天秤の体に接近していた。
近すぎて十分な威力を出せない間合いで、彼女はその拳を小さく短く当てた。
ただそれだけで、打ち抜くとか打ち砕くとか、そんなことはなかった。
「これが……クンフーです!」
だがマスターアップは、固まったように動けなくなる。
ゆったりと下がっていくラージュが、勝利を宣言するようなことを言った瞬間、マスターアップの体に亀裂が走り、内側から光が噴出していた。
『ごふぅ!』
「まだまだ攻め立てる!」
六本の腕で光の剣を振りかざし、ヤドゥが駆ける。
この隙を逃すまいと、果敢に突撃しようとする。
『なんのぉ!』
マスターアップは、またもコインやダイスを放って迎撃する。
切りかかってくるのなら、近づけさせないまで。遠距離攻撃で、死にかけた彼女を止めようとする。
「なんのぉおおおおお!」
彼女はそれでもひるまず、切り払いながら前進する。
連続ヒットするコインやダイスが、近未来的な装甲を吹き飛ばしていく。
六本ある腕が、その手にしている剣が弾かれる。
「ヒロイン技……!」
そしてついに、彼女のヘルメットが粉砕された。
その内部にある、彼女の顔があらわになる。
「マスクブレイク、スラッシュ!」
残った一本の剣だけで、彼女は攻撃を届かせた。
今まで何度も重ねてきた攻撃よりも重く、一刀のもとに大打撃を加える。
『が、ああああ……!』
「プロからすれば、私たちなんて遊びなんでしょうね。毎日一生懸命頑張っていて、ゆるく楽しくやっている私たちがうらやましいなんて言うんでしょうね」
だがそれでも、マスターアップは倒れない。
潔いかどうかはともかく、最後まで世界を滅ぼそうと抵抗する。
「そんな私たちが、勝ちたいなんて言っても……薄っぺらく感じるんでしょうね。でもいいのよ、薄っぺらくったって……!」
女の子の憧れ、魔法少女。
それに扮しているポップは、その魔法少女を貫こうとする。
「どれだけ薄くてもね、偽物じゃないのよ!」
『マロンの人形風情が!』
「ヒロイン技……」
キレイな服がどれだけ汚れても、小さい手がとれだけ傷だらけになっても、立ち上がるから格好がいいのだ。
それが、ヒロインなのだから。
「あっ……」
だがそれでも彼女の体が崩れそうになる。
不定形のスライムとして、足の形が維持できなくなる。
「大丈夫か?!」
だがそのポップを、後ろから蛇太郎が支えた。
骨も肉もない体を、何とか持ちこたえさせようとする。
「ご主人様……サイコーね!」
その蛇太郎にポップは微笑む。
そして、最後のヒロイン技を放った。
「ヒロイン技……パートナーシップ……ボンバー!」
誰かのために戦う魔法少女を、誰かが支える。
あまりにも美しいルールに支えられて、虹色の輝きがステッキから放たれた。
それは崩壊しかけていたマスターアップを飲み込み、光の中へ消していく。
『私の負けだ、ここはな……待っているぞ、蛇太郎。五番目の世界の、その先でな』
そしてマスターアップは、確かに己の言った通り、負けを認めて消えていった。
『今まで誰もたどり着けなかった場所で、お前が来るのを待っている』




