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大変お疲れ

 今回狐太郎の行軍によって、大規模な改修が行われ、国内の不穏分子は壊滅するか息をひそめた。

 一部ではあるが大規模なインフラが復興し、一時的ではあるが国内の治安が回復したことを意味している。

 領民たちからすれば、局所的な回復でも一時的な平和でもなんでもありがたいことだ。

 内心で面白く思わない者もいるだろうが、それでも利益は全体にもたらされていた。


 貴族たちは嫌な思いをしたが、まあ仕方がないと受け入れていた。

 なにせ彼らは困窮している。嫌な思いをしてトラウマを抱えるぐらいで、物理的な破滅を逃れられるのなら受け入れるだろう。


 それに、文句を言える立場でもない。

 悪魔に何かを要求するときは、基本的に賭けや知恵比べというギャンブルである。

 対価を払ったら仕事をしてくれる、なんて悪魔は少数なのだ。

 なぜなら、面白くないから。対価(コスト)さえ支払えば危険(リスク)などない、なんて安心を悪魔は好まない。

 お前が賭けに勝ったら領地の犯罪者を捕まえてやるが、お前が賭けに負けたら領地の犯罪者の味方になるぞ、なんてことを言い出しかねないのだ。

 だが今回はそれではなかった。コストを支払うだけで確実に仕事をしてくれるのなら、ありがたいものだろう。


 そう、ありがたいのだ。

 恐ろしい存在ではあるが、悪魔はありがたかった。

 狐太郎にとっても、である。



 各地を回った後、狐太郎たちはカンヨーに帰還した。

 戦災復興と治安回復に努めたわけだが、狐太郎自身は実務をまったくこなしていない。

 にもかかわらず、狐太郎は憔悴していた。悪魔への餌やりは、彼の心身へ甚大なダメージを与えていたのである。


「……あとでノベルに安眠に効く薬でも作ってもらうわ」

「ご主人様、大変お見事でございました」


 城の中を歩いている狐太郎と、四体の魔王。

 よろよろ歩く狐太郎を、コゴエが寄り添って支えていた。


「クツロのご飯も大変だけど、悪魔のご飯も大変だよねえ」

「ちょっと待ちなさい、アカネ。それはどういう意味よ」

「どういう意味も何も……クツロがお肉食べていると、私たちの食欲がなくなるんだよ。最近は結構慣れてきたけどさ……」


 アカネはしみじみとクツロをディスり、クツロはそれに不満げである。

 普段ならコゴエが『種族的な差へ言及するな』と指摘するところだが、現在彼女は狐太郎を支えるので精いっぱいである。


「はあ……ご主人様にあれだけの教養があったなんて……底知れないとはこのことね……」


 最後の一体であるササゲは、城に入った状況でも悦に浸っていた。

 先日拝見した狐太郎の拷問、その余韻に浸っていたのである。

 もう半月近く経過しているのに、まだ余韻に浸っている。


「……ササゲ、アレのことはあんまり思い出させないでくれ。正直今でも思い出すと嫌になるんだ」

「あら、ごめんなさい。でもね、他の悪魔たちもご主人様の手並みには感動していたのよ?」

「アレはお前らが怖かったからだと思うんだが……」

「それでも、よ。悪魔の威圧を完全に乗りこなしていたじゃない」


 先日の拷問は、悪魔あってこそである。

 あの拷問は受ける本人が、本当に死ぬ、と信じて疑わないからこそ成立するのだ。

 貧弱な狐太郎だけでは、あそこまで怯えてくれたとは思わない。


 それに、狐太郎の表情に諦念と殺意があったからだろう。

 演技らしい演技など、感じ取ることはできなかった。

 その点も、ササゲが称賛しているところである。


 なお狐太郎は、実際演技などしていない。

 これをやったら本当に死ぬ、と知っている。

 蘇生できるから殺しちまえ、という投げやりな殺意があったのだ。


「まあ……お前が喜んでくれて何よりだよ」

「ええ! ご主人様は、本物の悪魔使いね!」


 ササゲに褒められると、改めて悪魔使いがどういう仕事で、どういう視点でみられるのかわかる。

 人間に危害を加える存在を飼育し使役するとは、つまりこういうことなのだ。

 そんなのを千体も従えていれば、餌代の負担だってかさむ理屈である。


「……お前が喜んでくれてうれしいよ」


 狐太郎は、なんとか自分にとってうれしいことを探そうとする。

 しかし思いつくのは、ササゲが喜んでいることだけだった。

 国民を救って救って救いまくったのに、ササゲが喜んだこと以外に自分への利益がない。


(田舎でのんびり暮らして、面倒なことは全部誰かに押し付けて、退屈を満喫してえ……)


 もう十分以上に頑張った、もう頑張らなくてもいい気がする。

 でも世界にはたくさん困っている人がいて、狐太郎の助けを待っている。

 ヒーローの苦悩に直面した狐太郎は、厭世的な気分に浸っていた。


 ブゥも同じような考えをしているが、それでも真面目に頑張っているので、悪魔使いとはこういう人間なのかもしれない。


 さて、そんな時である。

 狐太郎のもとに、一人の男が現れた。


「狐太郎様! ご帰還なさったと伺いまして、挨拶に参上しました!」

「な、ナタ様……」


 元Aランクハンターにして元斉天十二魔将、現近衛兵長、大志のナタ。

 カンヨーとジューガーを守る彼は、ものすごい笑顔で馳せ参じてきた。


「この度は、各地の平定、お疲れ様です! 既に各地から感謝状が届いており、大王陛下もお喜びなられております!」

「は、はい……」

「さすがは四冠の狐太郎様! 最強の魔物使い! 大王陛下の腹心! 先日の北笛の件もそうでしたが、まったく見事な手腕としか申し上げようがございません!」

「はい……」

「その貴方が不在の間、王都の守りは薄くなっておりました……ですが! この私が近衛を率い、万全の守りを敷いておりました! この通り、王都は健在でございます!」

「は……い」


 大志のナタは、成熟した英雄である。

 ものすごく強いし、体格も立派だし、何なら声も大きい。

 その彼がだんだん距離を詰めながら、圧迫を仕掛けてくる。

 その状況に、狐太郎はひるんでいた。


「恐れながら、大志のナタ様。ご主人様は、遠征でお疲れです。どうか挨拶はほどほどに」

「おお、これは失礼をしました、コゴエ殿! では私はこれで失礼します!」


 その狐太郎をおもんぱかって、コゴエが助け舟を出した。

 ナタは速やかに自分の非を認めて、足早に去っていった。

 生真面目な彼だが、ややテンションが高すぎる。


「……徹夜明けみたいなテンションだったわね」

「実際徹夜しているんじゃないの? 顔色がちょっと悪かったし」


 過ぎ去った嵐の後姿を見て、クツロとアカネは呆然としていた。

 目にクマがあった、お疲れの様子のナタ。

 最強の生物であっても、睡眠は必要であろう。

 にも拘わらず、彼は十分な休息をとっていない様子だった。


「まあ……心中は察するに余りあるからな……」


 その彼を見送る狐太郎は、無理気味な生活サイクルに理解を示した。

 無理をしなければやってられない、という生真面目さがあるのだろう。


「でもまあ、休みは必要だよな。俺たちが戻ったんだから、しばらく休むように話を……」


「それは不要です」


 ナタが去ったと思ったら、また別の誰かが現れた。

 男性ではなく女性、ナタと別の迫力を持つ女傑が現れた。

 ギュウマの妻であった、ラセツニである。


「ら、ラセツニ様……」

「狐太郎様、気遣いは不要でございます。ナタは元より生真面目すぎる子でしたが、今はさらに生真面目さが増しています。休めと命じられても、休むことはできないでしょう。倒れるまで、好きにさせてあげてください」


 ナタの理解者である彼女は、倒れるまで頑張らせろと言ってくる。

 確かに休めと言われて休むような男でもないが、それでも突き放しが過ぎる。


「で、ですが……」

「あの子もバカではありません。一度倒れれば反省し、己の管理も徹底するでしょう。ですがそれ以外では、反省などできません」

「そ、そうですか……」


 一度犯した過ちを繰り返さないのだから、バカではないのかもしれない。

 しかし人に言われても改められず、倒れるまで働き続けないと限界がわからないのは、賢いとは言えない。

 今のナタは馬鹿でも賢くもない、興奮状態なのかもしれない。


「あの子にはもう、後がありません。貴方様やアッカが守ってくださったものを、これ以上一つでも失えば……あの子は耐えられないでしょう」


 人生は失うことの連続であり、戻ってくることは決してない。

 だが取り返しがつく範囲、やり直せる範囲というものがある。

 それを超えると、本当にどうしようもなくなる。そんな一線が、人生にはある。

 

 打ちのめされた人が誰かから『やり直せるよ』とか『まだ大事なものがあるだろう』とか言われるが、マジでやり直せないし、マジで大事なものがないパターンもある。

 現在ナタは、その瀬戸際、土俵際である。

 ここから何か一つでも取りこぼせば、彼は真面目さゆえに己を許せなくなって、己の人生に決着をつけてしまうだろう。


「その時は……貴方に続投を願うかもしれません」

「彼を応援します!」


 狐太郎は切実にナタが頑張ることを応援することにしたのだった。

 同僚が倒れたら自分の負担が増える。だから同僚を労り、大事にする。

 それもまた、社会人の姿であろう。


(もう二度とやりたくねえ……!)


 絶対に十二魔将になりたいナタ、絶対になりたくない狐太郎。

 二人はやはり、同僚なのであった。



 いろいろあって疲れていた狐太郎だが、別方向からまた疲れてしまった。

 使っていない筋肉を使うと疲れるというが、腹を殴られた後で頭を殴られたかのような、疲労の二重奏である。

 もうすっかり疲れた狐太郎は、情けないと思いながらクツロに運んでもらっていた。


「まあでもアレだよね……ナタさんの気持ち、私もわかるなあ」


 部屋まで一緒に行こうとしているアカネは、そんなことを言った。

 気軽に同調すると危険なぐらいヘビーな話題だが、アカネが言うのなら許されていた。


「頑張りすぎて空回りということか。だがアカネ、お前の場合は頑張りすぎて空回りというより、自分の要求を通そうと躍起になっているだけだぞ」

「いや、そういうのじゃなくてさ……別のところで戦ってて、ご主人様を助けに行けないことだよ」


 なるほど、とわかることだった。

 それについては、他の面々も同意である。


「シュバルツバルトでも結構あったけど、この間の戦争もそうだったじゃん。何かあったらどうしようって思ったら凄い怖くてさ~~……シャインさんにも迷惑かけちゃったよ」

「そうだな……戦いが終わって動けなくなった後どころか、戦う前から浮き足立っていた」

「普段なら我慢できることも、我慢できなくなっちゃうわよねえ」


 狐太郎にとって痛しかゆしな点なのだが、四体の魔王は狐太郎と運命を共にしたがる。

 狐太郎が危ない目に遭うのなら自分も危ない目に遭うし、自分が危ない目に遭うのなら狐太郎も危ない目に遭わせるのだ。


 それが当たり前であり、それが普通なのだ。

 とはいえ必要性があれば、ある程度は受け入れる。

 だがその心中は、穏やかからは程遠い。

 

「ふ……まあそうよね」


 なお、王都奪還戦において、狐太郎の護衛を務めたクツロ。

 彼女は微妙に誇らしげで、微妙にマウントを取っていた。


「確かに自分で戦えない、自分でご主人様を守れないって、とってもストレスよねえ……」


 狐太郎を抱えたまま、悠々と歩くクツロ。

 彼女は先日の戦争で戦った、偉大な英雄を思い出していた。


「やっぱりモンスターは、ご主人様の傍で戦ってこそよねえ……」


「どうしたのかな、クツロ……いまさらマウント取ってくるなんて」

「あれじゃないの? 最近精霊や悪魔、ドラゴンが活躍しているのに、亜人が活躍していないから……」

「発言は認めるが、和を乱すのは感心しないぞ。わざと嫌われるような言い回しは避けるべきだ」


「……ねえご主人様、Aランクとは言わないけど、せめてBランク上位の亜人とかいないかしら。デット技とか抜きで……。そういうのがいたら仲間にしない?」


 理解の深い仲間たちが、結論へ先回りしてくる。

 マウントをとることに失敗したクツロは、狐太郎へスカウトを提案してくる。

 ただでさえ餌代で苦しむ狐太郎にとっては、頭の痛い話だ。


「……クツロ、俺寝たいの。わかるよな?」

「ごめんなさい」

「そのうえで言うけどな……お前別に王様になりたいわけじゃないだろう。ペットじゃないんだから、無責任に仲間を増やそうとするなよ」

「そこまで正論で諭さなくても……」

「メズヴみたいなこと言ってる自覚あるか?」

「正論って痛いわね……」


 それこそゲームじゃないんだから、仲間を軽々しく増やさないでほしい。

 なぜモンスターにそんなことを言わなければならないのか、狐太郎は論理的な矛盾に苦しんでいた。


「……あのな、クツロ。俺はあの時お前が戦ってくれて頼もしかったし、勝ってくれて助かったし、一緒に来た亜人たちが戦ってくれて救われたよ。それじゃダメなのか?」

「それはそれでいいけども、過去の栄光にすがっているようで嫌なのよ……先に希望が持てないわ」


 クツロの苦悩もわからないではない。

 他の三体と比べて、配下が心もとない気がするのだろう。

 クツロは亜人、大鬼であり、人間に一番近い精神性をしている。

 だからこそ、彼女が他の三体と張り合う気持ちはわかる。


(どうでもいい)


 だが今の狐太郎にとっては、どうでもいいことだった。

 ただでさえ疲れているのに、これ以上気苦労を増やしてほしくなかった。


(つうか、Bランク上位の亜人ってなんだよ……ランク的にサイクロプスみたいのだぞ、居ても飼えねえよ)


 素でBランク中位の亜人、というのは結構いるらしい。

 キョウショウ族のような力の強い亜人たちの中なら、結構数がいるらしい。

 というかまさに、先日の戦争で最後の守りを担当したのが彼らである。


 その彼らよりも一段上の亜人となれば、やはりサイクロプスぐらいしか知らない。

 というか、ラードーンはドラゴンじゃない理論によって、サイクロプスは亜人ではないのかもしれないし。


「こう言っては何だがな、クツロ。精霊使いたちはコチョウ殿の配下であって、私の配下ではない。よってお前の嫉妬は的外れだ」

「貴方にそれを言われたら、精霊使いはみんなショックを受けるでしょうね……」


 コゴエから仲間への気遣いの言葉は、精霊使いたちにとっては心無い言葉だった。

 聞いているクツロをして、同情してしまうほどである。


「まあそうは言うけどさ、亜人はそんなに株下がってないじゃん。ドラゴンは怖くて逃げだすし、精霊使いたちはミーハーだし、悪魔の自治区は臭かったじゃん」

「殺すわよ」

「亜人はそういうの無いでしょ。エリートをよりすぐっていたから当たり前だけど、正直羨ましいよ」


 クツロのフォローをしようとして、ササゲをディスってしまうアカネ。

 なんでも言い合える間柄だと、不意に誰かを傷つけてしまうのだろう。


「悪魔の自治区が臭いっていうのは不満があるけども……とにかくそんなに不満があるのなら、ピンインの仲間へ指導でもしてあげなさいよ。実質配下みたいなものだし」

「……その発想はなかったわね」


 そしてササゲからの提案を聞いて、その気になるクツロ。

 その表情は、妖しくも前向きなものだった。


「あの亜人たちを鍛えれば、私も少しは面目が……」

「おいバカやめろ」


 思わず突っ込みを入れる狐太郎。

 いくら何でも、越権が過ぎていた。


「ササゲ、悪ふざけが過ぎるぞ。クツロもほかの人の仲間に余計なことするな」

「……そうね、悪かったわ」

「申し訳ありません」

「マジで寝させてくれ、マジで……」


 ピンインとその仲間の危機を、狐太郎は水際で救っていた。

 誰も彼に感謝することはないだろうが、だからこそ悲劇は回避できたのだった。


「クツロ……俺のことはベッドに放り込んでくれ、後は寝るから……」

「それは……フーマ一族に任せますので」

「この服着たままだからいいだろう……」


 もう疲れた、もう無理だった。

 クツロに運ばれている狐太郎は、気力体力の限界だった。

 

 それこそ徹夜明けのようなテンションで、眠りに向かって思考が雑になっていく。

 もう誰も、彼の睡眠導入を妨げることはできない。


「ああ、狐太郎閣下! お待ちしておりました!」


 そう思っていたら、美女、美少女、子供、赤ん坊の集団が待ち構えていた。


「大変お疲れのところ、申し訳ございません。どうか私たちに、お時間をいただけませんか」

「……」


 圧巻のアッカ、その妻と子供たちである。

 全員が公爵家の生まれであり、現職の西方大将軍の細君である。


「……二時間寝かせてください」


 狐太郎は大変お疲れだったので、二時間のインターバルを要求するのだった。



 二時間寝たら、狐太郎の頭は少しすっきりしていた。

 だがそれは、状況がすっきりしているなんてことではない。

 おそらくろくでもないであろう問題を抱えている彼女たちへ、それなりの対応をしなければならないのだ。


(アッカ様の嫁さんたちが、俺に頼まないといけないことってなんだよ……)


 普通に考えて、彼女たちが解決できないことなどそうそうない。

 各々が公爵家だし、旦那が西方大将軍のアッカである。

 財力も権力も武力も、旦那さんにおねだりすれば全部解決である。

 その彼女たちが解決できないということは、アッカでも解決できないということだ。


「おい、入ってきてもらえ」

「承知しました」


 気が滅入る一方で、聞かないと問題が解決しないのも事実だ。

 彼女たちの要望を無視したままだと、枕を高くして眠れない。


(後で何をされるかわからねえ……あの人マジで陰湿だからな……)


 陳情は聞かないことが一番まずい。

 馬鹿な内容なら、その時は追い返せばいいのだ。

 むしろそうであってほしいぐらいだが、世の中そんなに甘くないことも知っている。


「失礼します……」


 アッカの妻と子供たちが、わんさか入ってきた。

 それはもう、一クラスぐらいいる。

 英雄色を好むというが、さすが最強の英雄と言わざるを得ない。


(ガイセイのお師匠様だもんなあ……)


 もちろんだが、彼女たちと一緒に魔王たちも入ってくる。

 彼女たちは部屋の外ですでに打ち解けていたらしく、アッカの子供たちとも戯れていた。


 それに対してほほえましく思わないでもないが、無理難題を持ち込んでくることは確実なので、ちっともほほえましくなかった。


「それで……ご用件は」

「ええ……大変申し上げにくいのですが……」


 大変お疲れの狐太郎へ、話題を切り出そうとする若き妻たち。

 ふと眼もとを見れば、お疲れの雰囲気である。

 やはり彼女たちも、大変な難題を抱えている様子だった。


「アッカ様のところへ、連れて行っていただきたいのです」

「……は?」


 思わず耳を疑った。

 圧巻のアッカは、西方大将軍として単身赴任をしている。

 その彼へ会いに行きたいという気持ちはわかるが、なぜ狐太郎にお願いするのかわからない。


「ご主人様、お気持ちはわかりますが落ち着いてください」


 苛立ちかけた狐太郎を、コゴエが止める。

 言うまでもないが、狐太郎は英雄である。

 彼がどれだけ非力だったとしても、彼が苛立てば誰もが怯えるのだ。


「もう少しだけ、話を聞いて差し上げてください」

「……」


 コゴエに言われた狐太郎は、そのまま他の三体を見る。

 コゴエのことは信頼しているが、彼女は動物的な思考に対して過度に理解を示すところがある。

 なので彼女の判断だけだと、微妙に偏りかねないのだ。


 よって、他の魔王も見る。

 全員が話を聞くように頷いてくるので、客観的に重要なのだとわかった。


「変な声を出して申し訳ありません、続きをどうぞ」

「はい……もちろんアッカ様が恋しいということもあるのですが……ナタ兄様が……」


 アッカの妻たちと、子供たち全員がストレスを感じているようだった。


「すごいしつこいんです」

「は?」

「どうやら、その、ナタ兄様は私たちのことも全力で守る所存のようで……それ自体は頼もしいですし、気持ちはわかるのですが……」


 狐太郎が西重を滅ぼした英雄なら、アッカは王都を守った英雄である。

 国王も十二将も倒れた後で西重と話をつけて、コウガイの子供やラセツニを守ったのである。

 その彼の妻や子供が王都に残っているのなら、ナタは何が何でも守らなければならない。


 筋道として、その通りなのだ。

 むしろここで手抜きをすれば、それこそアッカへの裏切りであろう。

 だがしかし、ただでさえ生真面目なナタが、全力を注ぎこんでいるのなら……。


「朝も夜もなく三時間ごとに定期確認をしたり、抜き打ちで不定期の確認をしたり……戦時中のような厳戒態勢を敷いているんです」

(それは迷惑だな……)


 強面のSPに守られ過ぎて、息が詰まるお嬢様、といったところだろう。

 必要性は理解できるが、感情的に受け入れられないのだろう。


「私が各地を回る前は、そんなことはなかったのでは?」

「いえ……むしろ貴方様が王都を長く離れたからなのです……」


 このカンヨーには、四人の英雄がいる。

 ナタ、ガイセイ、ホワイト、狐太郎だ。

 だがガイセイとホワイトは、成熟の一歩手前でやや不安が残る。

 狐太郎がいないのなら、ナタは自分だけで何とかしなければならない。

 実際そうなのだから、彼は張り詰めに張り詰めているのだ。


「では、戻ってきたのですから、しばらくは安心では……」

「私たちもそう思っていたのですが……」


 その時である。

 ばたんと、狐太郎の部屋の扉が開いた。


「失礼します!」


 徹夜明けのテンションを維持したまま、三時間ごとの定期確認に参上した益荒男、ナタ。

 彼は怖いぐらいこわばった笑顔で、大真面目で挨拶を始めた。


「狐太郎様! ご休憩のところ失礼いたします! 圧巻のアッカ様のご家族様の安否を確認するべく、参上いたしました! 何事もないかの、定期確認でございます!」

「……あ、はい!」


 びしびしと、指先呼称で人数を確認していくナタ。

 張り詰めた笑顔は一種のピエロめいており、子供が泣きそうな迫力だった。

 だがナタは、それに気づくだけの精神的余裕がない。


「あの……」

「なんでしょうか!」

「今は私も城にいるのですから、そこまで気になさらずとも……」

「いえ! 私は警備の責任者ですので! 狐太郎様がご帰還なさったとしても、こうして警備を継続する所存であります!」


 そりゃあ狐太郎だって、この城にいるとはいえ責任者ではない。

 いざという時、責任を押し付けられても困る。

 だがそれにしても、肩に力が入りすぎだった。


 彼は狐太郎と違って体が一つしかないので、ぐるぐる回りながら確認をするしかないのだ。

 そりゃあ疲れるだろう、むしろ倒れていないだけ英雄である。


「本来なら! 十二魔将の配下である近衛兵を、彼女たちへ付けるべきでしょう! ですが現在の近衛兵は、民兵以下……これでは彼女たちへ付けることなどできません!」


 自分が一番強いので、なんでも自分でやる英雄の鑑。

 その強さが守るべきものを傷つけているのだが、それに彼は気づけていなかった。


「は、はあ……」

「ですが! これも私の力不足故! 遠くない未来、彼女たちを守れるだけの近衛を育て上げ、警備としてつけるつもりです! それまでどうか、不安全な状態になることをお許しください!」


 信用できる配下がいないという状況を、生真面目さとパワーで解決しようとしている男。

 彼が倒れるより先に、彼に守られている者たちが倒れそうだった。


「では! 私は次の仕事がありますので失礼します!」


 やる気にあふれ、こぼれて水びたしである。

 空回りを起こして、周囲に火花が散っている。


 去っていくナタを見て、狐太郎はアッカの家族の気持ちが分かった。

 これは束縛が強すぎた。


「ナタ兄さまの気持ちもわかるのです。貴方様ほどではありませんが、私たちも西重の残党から狙われうる身……アッカ様を憎む者たちが、私たちをさらおうとしても不思議ではありません」


 黄金世代は、全員殺されたというわけではない。

 息をひそめて潜伏し、報復を狙っているものもいるだろう。

 だが武将程度の実力では、アッカやナタ、狐太郎は狙えないだろう。

 ならば狙うのは、その親しい相手だ。


 もしもアッカの妻たちが西重の残党につかまれば、復讐のはけ口として非道の限りを受けるだろう。

 それを避けたいという気持ちはわかる、わかるのだがしんどい。


「でも……ちょっと羽を伸ばしたいなあと……」

「護衛ならば、獅子子さんに頼むのはいかがですか? 彼女が護衛なら、ナタ様も任せてくださると思うのですが」

「彼女は今、西方に行っておりまして……」

「そうですか……」


 ナタは悪くない、最善を尽くしている。

 彼の危機感も、責任感も、極めて正常だ。


 でもそれを負担に思う彼女たちも、極めて正常だった。



「……じゃあ三日ぐらい寝るんで、それまで待ってください」



 でも狐太郎も大変お疲れだったので、まず休むことにした。

 ナタと違って、自己管理のできる英雄だった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  隆慶一郎さんの小説であったなあ…。  才能のある人が部下を使う立場になると、部下なんて自分より劣ってるのばかりだから部下に仕事を任せても結果的に自分がやった方が早いしいい結果も出る。  …
[一言] 昔女優さんが嫌だった元カレについて聞かれて SPみたいに常に警戒心バリバリで過剰に守ろうとする男との思い出語ってたの思い出した
[一言] Bランク上位といったら、ちょっと前の麒麟さんレベルってことになりますな。そんなのそうそう居るわけないし。 これ、アッカさんのご家族を移動させるよりもナタさんを出した方が早そう。狐太郎さんが帰…
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