割れ鍋に綴じ蓋
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今回の話で、特異体質の話に一旦ケリがつきます。
さて物語は、一旦南万に戻る。
四人に合流した楽園の英雄たちは、兎太郎の事件を題材にした映画やアニメ、ゲームのプレイ動画などを見ていた。
元が人類の存亡をかけた大事件であり、月で何が起きたのか全くわかっていないこともあり、何より百年ぐらい経っていたので盛り放題だった。
まあ、面白い。
地球に落下する隕石の激突を防ぐのと同じぐらい、がちがちの鉄板で面白い。
最終的にはモンスターや人々が祈りをささげる中、月面で爆弾を破壊して、奇麗にエンディングを迎えるのだから安心感も強い。
それをなした英雄が生きていて、女の子で、完全に完成した久遠の到達者に乗り込んだりするアフターストーリーもあった。
秀吉に負けた明智光秀が生きていて天海僧正になってましたとか、織田信長が本能寺の後も生きてましたとか、そんな感じである。
「ううう……すげえいいストーリーだった……感動した! 映画っていいなあ……」
「はあ、ドキドキする……男優に惚れるところだった……子供の数とか考えてた……」
肝心の英雄二人は、視聴者として楽しんでいた。
いいものはいいと評価する、いい英雄だった。
他の面々もそこそこに楽しんでいたが、二人が大いに泣いているので引いていた。
二人が邪魔で、娯楽が頭に入ってこなかった。
楽しんだもの勝ちで、他は負けていた。
(劇場で隣にいたら嫌な客だな……)
(凄いな、自分のことで盛り上がってる……)
七人目と八人目は、先輩たちに困惑を隠せない。
ある意味いい人なのだろうが、一緒にいるのはきつかった。
英雄は平時には適応できない、というのとは違った、個性の強すぎる二人である。
「いやあいい映画だった……よし、次いきましょう」
「そうだな……今度は俺と黄河を題材にしたのを……」
「や、やめましょう! もうみんな疲れてます!」
「そ、そうですね、そろそろ休憩を……」
六人目の英雄だけならまだしも、五人目の英雄譚まで見始めたら、それこそ何百年もかかりかねない。
というかノンストップで半日映画を見ているので、長命種以外は限界を超えていた。
映画鑑賞、動画鑑賞も一種のマラソンであり、心身へ負担を強いるのであった。
(もっと早く止めろ……)
人生という限られた時間、そのうちの半日を無意味に浪費した面々は、いまさら止めた二人へ恨み言を心中発声した。
「よし……じゃあお茶を飲みながら、感想の発表をするか!」
「いいっすね! じゃあ俺レヴューとか書いちゃいますよ! 俺、書くのも読むのも好きなんで!」
「なにい?! いや、それは後でいいだろう。今は感想をだな……」
「や、やめませんか? さすがに息抜きもそれぐらいに……」
「ええ、真面目な話をお願いしたいです」
息の詰まる、息を切らせる『息抜き』を終わらせようとする英雄たち。
彼らが『やめろ』と言わなければ、終わらない圧政がそこにあった。
「ご、ごほん……そろそろですね、ノゾミちゃんについてお願いが……」
話をごまかすように、この世界での目的に話をシフトさせようとする牛太郎。
行方不明の友人を思う気持ちが先か、凄くにらんでくる愛する人たちを思う気持ちが先か。
「ああ、特種モンスターだったか? 自己憐憫と衆愚批判、反文明思想で作られたモンスターだよな」
「……そうです」
狼太郎のざっくばらんな発言を、牛太郎は全面的に肯定する。
ここで彼女が『反戦思想』と言っていれば、アレはそんなたいそうなものじゃないと、声を荒げながら否定していただろう。
馬鹿な大衆の民意に従わざるを得ない、かわいそうな僕ちん。
憂世兵器の本質を、牛太郎は唾棄している。これは他の四人も同じで、絶望のモンスターの人格はともかく、設計者も発注者も憎んでいた。
「百年後の高度なテクノロジーで、作るもんがそれ……歴史は繰り返すって奴だなあ」
「いえ、さすがにそこまで発展していませんよ」
兎太郎の期待を、牛太郎は否定する。
文明の発展は、等速ではない。急激に発展する時代もあれば、ある程度停滞する時代もある。
大戦争が終わった後の閉塞した時代では、そこまで顕著な変化は起きていない。
しいて言えば、それこそ八人目の英雄が解決した後、エイセイ兵器が大量に生産され始めた後は多少違うのだが……。
当然彼ら彼女らは、それを知らない。
「何言ってやがる。特種モンスターなんて、他に作る動機がねえだろうが」
その一方で、時代の変革を見てきた狼太郎は、特種モンスターについて切り捨てた。
自身も改造された人間である彼女は、アルティメットシステムを冠した存在にも詳しい様子である。
「お前ら、特種モンスターと一緒に戦ったんだろう? ならわかってるはずだ、アレはそんな大したもんじゃねえ」
「そ、その言い方は……」
「倒し方がわかったら勝てます、なんて兵器としては失格もいいところだ。条件付きの無敵なんぞよりも、そこそこに性能が高くてそこそこに頑丈でそこそこに汎用性の高いものの方が……ずっと上等だ。むしろそれこそが、いい兵器ってもんだ」
さらりといい兵器の条件を口にする狼太郎だが、実際はそれが一番難しかったりする。
それを自覚しているので、ずっと上等だ、とほめたのであるが。
「特種ってのは、条件次第でどんな相手にも勝てますって意味だが……ねえよ、そんな条件」
実際に完成した兵器の運用法が、机上の空論だと彼女は断じた。
「いいか? 究極のモンスターで超強い敵を倒そうと思ったらだな、話にならんぐらい強いモンスターがずらっと並んでるところに出してだな、自主的に自己強化してもらわないといけないんだぞ? ねえよそんな事態、どんな状況だよ、接待レベルだぞ。使いこなせる奴はいねえよ」
彼女のいうことに、誰もが共感している。
なお、この世界の住人は究極のモンスターをフル活用しているもよう。
「特種なんて結局キワモノだ、普通が一番強い」
「詳しいですね~~、さすが年の功」
「……は?」
兎太郎の合いの手に、狼太郎は耳を疑ったかのような声を出す。
「ちょっと待てお前ら……まさか知らないのか?」
「何がです?」
「まず……お前らが使ってるキメラシステムとアバターシステムを作ったのは、シルバームーンの創始者だぞ」
「は?! 二人目の英雄が戦った、あの?!」
「でもって、究極のモンスターに使われたアルティメットシステムのひな型は、創始者が俺をはじめとする特異体質の持ち主たちを調べた結果できたもんだぞ」
知っていて当然だと思っていたことを、相手が知らなかった。
そのことに狼太郎は驚いていたが、兎太郎とその仲間達は大いに驚いている。
というより、牛太郎もその仲間も、蛇太郎も驚いている。
歴史に隠されていた真実、裏設定に驚愕を隠せない。
「要するに特種モンスターは、特異体質を持つ人間のキメラだ。だから究極のモンスターは人間に近い形をしているし、人間のいけにえが必要なんだ」
「あの……人間に近いことはともかく、人間のいけにえが必要な道理がわからないのですが」
牛太郎と仲間たちはすでに、絶望のモンスターの『材料』となった人たちを見ている。
だからこそ、いけにえがささげられたことは知っていた。
だが技術的な必要性までは、想像が及んでいなかった。
「俺もくわしいことはわからねえ。だがどんな人間の中にも、潜在的に『特異体質の因子』があるらしい。ただ膵液や血液、毛髪で遺伝的な情報を集めるだけじゃ足りないそうだ」
優秀な人間のクローンを作る、という程度なら簡単だ。
短所が無く長所しかない人間を作るのも、すでに確立された技術である。
具体的に言えば、それが現代のホムンクルスたちだ。
だが特異体質を再現する、というのはクローン技術では無理だ。
クローンは雑に言って一卵性双生児を作る技術なのだが、実際の一卵性双生児でも特異体質は片方にしか宿らない、ということがある。
その一方で、血統によって多少生まれやすさというものが出るのだが……。
これは血縁というよりも、家名という呪術的な要素が強いらしい。
「だからこそ、人間をいけにえにする。平凡な人間を大量にささげて、非凡な人間を生み出す。ちょっと形式は違うが、蠱毒みたいなものだな。実際には妖精種の能力も加算しているんだが……妖精と非凡な人間のハイブリットってところか」
他でもない非凡な人間の代表である彼女は、かつて出会った創始者に思いをはせながらそんなことを口にする。
「究極のモンスターは、根本的に治癒限界がなく、蓄積限界もなく、強化限界もない。そのうえで完全なる吸収効率と送受効率まで持っている。だが……それだけだ。それこそホムンクルスにさえ負ける」
理論上どんな相手にも勝てる、なんていうものは不安定の極みだ。
相手にしてみれば厄介ではあるが、味方側も扱いにくい。
「絶望のモンスターも、同じようなもんだろう? 珍しい体質を詰め込んだって、普通の強さには勝てねえよ」
あながち、間違った指摘ではなかった。
少なくとも牛太郎は、絶望のモンスターと融合したエイセイ兵器の砲台を破壊している。
性質さえわかっていれば、絶望のモンスターも絶望的ではない。
否。
「貴方の考えも間違っていませんが……ちょっとだけ違うんです」
絶望のモンスターは、悪趣味な金持ちが作った、高級なペットですらない。
厭世的になった政治家が発注した、皮肉の極みのような危険物である。
「ノゾミちゃんは……勝つために生み出されたんじゃない……愚かな人間を破滅させるために生み出されたんです」
※
世の英雄譚は、大抵悲劇的な結末を迎える。
ドラゴンを倒すとか、宝物を持ち帰ってくるとか、何かの戦争に勝つとか。
そういう偉業を成し遂げた英雄たちも、最後には非業の死を遂げる。
それには様々な理由があり、一概にこうだから、とは言えまい。
しかし理由の一つに、めでたしめでたし、への拒否感があるのではなかろうか。
ドラゴン倒せませんでした、死にました、では英雄ではない。
宝物見つかりませんでした、帰ってきませんでした、でも英雄ではない。
戦争負けました、責任取って辞めました、でも英雄ではない。
だから物語の英雄はちゃんと勝ち、目標を達成する。
だが、英雄は幸せに暮らしました、だと正直面白くない。
勝ち組の人生なんて、聞いても面白くないのだ。
ま、人生そんなに甘くないよね、という一種の安心感を得たいのである。
人生をうまくやった英雄への嫉妬、という面があるのだろう。
さて、その点、北笛の王女、メズヴ・キョウドである。
彼女の冒険譚は……ぶっちゃけバカ受けした。
『やあやあやあ! 我こそは我こそは、央土の英雄、四冠の狐太郎様に仕える四体の魔王が一角、竜王アカネ様第一の下僕! ウズモであるぞ!』
珍しいことに、低空を飛行するクラウドライン。
それが人語を張り上げて、北笛の大地に現れた。
『狐太郎様からの命令を受け、この地に参上仕った! 北笛を駆ける大王が一人、エツェル・キョウドは何処か!』
Aランク中位モンスターの中では最強格のクラウドラインである。彼が声を上げてエツェルを呼べば、逆に他の部族たちは手が出しにくかった。
尋常ならざる速度で北の空を飛ぶクラウドラインは、結果的に北笛中に宣伝したのである。
『汝が娘を、送り届けるように拝命した! メズヴは乗騎とともに多くの獣を従え丙種の怪鳥を討ち取り、その首印をもって凱旋した! 汝が大将軍に劣らぬ英雄ならば、我ここにありと叫び娘を迎えるがよい!』
怪しいものではないアピール、娘さんを送り届けに来ましたアピール、俺に手を出したら四冠の狐太郎が黙ってねえぞアピールをするウズモ。
その彼のもとに、大慌てでエツェル・キョウドがやってきて、礼をもって迎えた。
迎えられた彼女は、自信満々、得意満面でウズモに持ってこさせた巨大な首を自慢した。
そして……まあ、ご存じの通りの結果になったのである。
彼女のしりぬぐいをするため、エツェルは他の二人の王に頭を下げ、戦利品である誘拐した女たちを全員帰国させた。
これによって北笛の男たちは『あのバカのせいで戦利品を返すことになった』と怒る一方で、『すげえ奇麗に落ちがついたな』と笑ったのである。
乗騎とともに多くのモンスターを従えて、英雄ならざる身でAランクを討ち取る。それは北笛的に最高の冒険であったのだ(その分借りがデカい)。
これでめでたしめでたしだったら、正直面白くなかっただろう。
大人たちはゲラゲラ笑って彼女の落ちぶれぶりをネタにし、子供たちは未知の地である央土での冒険に思いをはせるのであった。
伝言ゲームが始まったり、聞き間違いが起きたり、他の話と混ざったりして、背びれ尾ひれがつくように、『メズヴとマックの大冒険』は巨編となってバズッたのである。
これで面白くないのが他の二人の王の、その娘二人である。
スカハとイーフェは、メズヴが目立っているのが気に入らなかった。
これがただの失敗談ならともかく、実際には自分たちでも到底不可能なAランク退治の武勇伝。
笑い話になってはいるが、それでもメズヴとマックの武勲であることは北笛全体が認めている。
場合によっては、央土でさえ広まっているかもしれない。
由々しき事態である。
同じ時代に別の王の娘として生まれた者として、これを放置することはできない。
場合によっては、北笛の子供たちは皆が『メズヴとマックの大冒険』を聞いて育つようになり、それが永劫続くことになりかねないのだ。
とはいえ、メズヴの二番煎じなど矜持が許さない。
それにやろうと思っても、三人の王が大きな前例を作ってしまったため、慣習的に不可能となったのだ。
苛立ちを抑えきれぬまま、彼女たちは乗騎であるBランク上位モンスターにまたがり、北の荒涼たる大地を駆けていた。
ちょうどその折に、絶望のモンスターを拾ったのである。
究極のモンスターがそうであるように、絶望のモンスターもまた楽園の住人を基準とする『小人』。
よく知らぬ二人でも、狐太郎の関係者だと察するに余りあった。
二人は自分に従っているモンスターで風防を作り、それの中で彼女を保護したのである。
「絶望のモンスターとか言ったな。ここは北笛という土地だ、なぜお前はここにいる」
スカハの質問は、東京で倒れている外国の人へ『ここは日本だ、なんでお前はここにいる』と聞くぐらいハチャメチャである。
ノゾミが普通ではない、異邦人であると見抜いたが故の質問だった。
「私は……エイセイ兵器からおちて、ランダムワープしたんです……」
「……イーフェ、わかるか?」
「わからん。嘘は言っていないようだが……」
エイセイ兵器から落ちて、というのはだいたい想像がつく。
しかしランダムワープしてここに来た、というのは理解のほかだった。
意図したわけではない、ということぐらいしかわからない。
なぜ意図しないのに、この荒涼たる大地に来たのか、さっぱりわからないのだ。
ここが海辺なら漂流しましたで話が終わるのだが、地面に寝転がっているのだからそれでは通らない。
「よくわからんが……行く当てはなさそうだな」
「……はい」
楽園からこの世界に来た者たちは、狐太郎一行、究極のモンスター、麒麟一行である。
狐太郎たちは『みんな一緒だしまあいいか』ぐらいのテンションだった。
究極のモンスターは何がなんだかわかってなかったので、適当にぶらぶらしていた。
麒麟一行は元の世界に未練がなかったので、超ポジティブだった。
だが絶望のモンスターは、半端に希望を知っていて、壮絶に絶望している。
そのうえでたった一人なのだ、ただ流されるままである。
ある意味正常な状態なので、二人は彼女の心境については察していた。
(ここはどこなんだろう……きっと全然知らない土地だわ)
自暴自棄になっている絶望のモンスターは、ここが楽園ではない、ということだけは理解していた。
世間知らずということで、牛太郎と比べても格段に大きい二人の女性が、亜人なのかどうかさえ分からない。
だがそれでも、身なりからして楽園ではないと、察してしまう。
(もう、みんなには会えない……)
楽観できる材料など、一つもなかった。
さりとて自殺するほどの活力もなく、抵抗する気力もなかった。
「で……お前は狐太郎という男を知っているか?」
その一瞬後で、目を開いて驚く。
スカハの言葉に、口から出た名前に、非常に驚いたのだ。
その驚いた顔をみて、「やったぜ」と笑うスカハとイーフェ。
早合点されたのだと思って、ノゾミは慌てて否定する。
「ち、違うんです! 私が知っている人は、芥子牛太郎っていう人で……名前が似ていたんでびっくりしただけです!」
「……似たようなものだろう。少なくとも同郷か、同じ文化圏のはずだ」
「奴もまた、どこからきたのかわからない男だというし……試す価値はあるだろう」
目的のある二人と、目的のない一体。
逆に話は、とても早く進む。
「……」
従う者と引っ張る者。
双方は相争うことなく、順調に動いていた。
しかしその心中は、やはりすれ違っている。
(大きなモンスター……でもこの子たちは、私が知っているユウセイ兵器とは違う……野生、とはちがうけど普通の生物。そして……信頼できるご主人様に従っているのね)
特種たるノゾミは、見上げる二体のモンスターに羨望を禁じえない。
人為も悪意も皮肉もない、生のままの生物が、人とともに生きている。
それが、いっそすがすがしいほどに妬ましい。
スカハの乗騎、Bランク上位モンスター、王化オオユキヤマアラシ。
ヤマアラシ型のモンスターであるこの獣は、全身が針のような毛におおわれている。
普通のヤマアラシのように背中だけではなく、寒冷地に適応するために毛玉のような見た目になっているのだ。
密度の濃い体毛は自分の生み出す熱を逃がさず、外部の寒気を遮断する。猛吹雪の中たたずみ、全身が雪に覆われても死ぬことはないという。
イーフェの乗騎、Bランク上位モンスター、王化ブリザードドン。
草食動物、サイのような獣である。巨大なサイであるこの獣は、氷河期の生物を思わせる。
体毛そのものは薄いが、表皮や皮下脂肪は非常に分厚い。それによって自分の体温を保ち、氷点下でも生存が可能である。
サイの特徴である巨大な角も当然あり、王化に合わせて巨大化を遂げていた。
吹雪の中でも堂々たる振る舞いをする姿は、家畜や畜生という言葉から遠すぎる。
獣の群れの、長。そう名乗るだけはある、誇り高き立ち姿だ。
見上げているだけで、畏敬の念があふれてくる。
過酷な大自然の中で生きてきた、たくましい生物。
それは人造生物からすれば、まばゆいほどの輝きだった。
(それに比べて、私は……醜い)
多くの人間をいけにえに生み出された、悪意の結晶。
彼女へ自虐するなというのは、あまりにも無体な話だ。
自分を生み出すために犠牲となった人々の残骸、生み出した人間の無邪気な狂気、発注を駆けた男の勝手すぎる絶望。
それを、彼女は見ている。
悲劇的なことに、彼女の仲間となった牛太郎たちは、とてもまともだった。
まともな彼らを基準に人格を構築した彼女は、自分が醜悪に思えて仕方なかった。
「……なぜ寒くないんだ」
「高熱を体内から発しているわけではない……だが体温は感じられた……」
その一方で、スカハとイーフェは疑問を禁じえなかった。
寒風吹きすさぶ荒涼たる大地で、ろくに荷物も持たず一人横たわって、しかも平然と生きているなど普通ではない。
この世界の住人の基準から言っても、おかしなことだった。
寒冷地のモンスターは、動物であれば体温を逃がさないような体形をしている。
またここで生きている人間たちは、寒冷地にふさわしい分厚い服を着こんでいる。
つまり、寒くないわけではないのだ。寒くても慣れれば平気、などという甘い考えはまったくない。
何もしなければ死ぬ、それが普通であり……生きているのはおかしいのだ。
「……メズヴ曰く、狐太郎とやらは寒さにも暑さにも耐えられる服とかいうのを着ているらしい」
「ああ……よくわからんが、そうらしいな。ならあいつもそうなのか……」
なんだかよくわからないが、なんだかよくわからないということは狐太郎の関係者だな。
ある意味論理的な思考によって、自分たちの考えが正しいと確信を深める二人。
イーフェは粗雑にノゾミを抱えて、共にブリザードドンに乗り込んだ。もちろんスカハも、オオユキヤマアラシの体毛の上にのっかった。
「行くぞ、ホリン!」
「フェル、奴に遅れるな!」
どんと、ロケットスタートが発動する。
仮に狐太郎を乗せていた場合、遥か後方にふっとんで、地面に激突して、そのまま死ぬほどの加速である。
Bランク上位に至った、雪原の怪物たち。この二体が走り出せば、まさに痛快なほどの疾走となる。
荒涼たる大地に積もった雪を噴き飛ばしながら、豪快に突き進んでいく。
「……わあ」
その背に乗った彼女は、思わず感動していた。
野生の機能美、躍動する命への感動、というものだろう。
小柄ではあるが、先祖返り程度には頑丈な彼女である、
狐太郎や兎太郎、蛇太郎や牛太郎では耐えられない振動が、軽い絶叫マシーン程度の刺激に収まっていた。
エイセイ兵器の中で目覚め、世界の広さを知らない彼女にとってはまさに最高の体験だ。
見渡す限りの荒野も、すさまじい風圧で襲い掛かる寒気も、胸の躍る喜びしかない。
「ふっ……楽しんでいるようだな」
「あ、その……す、すみません」
イーフェは背後から感じる、同乗者の喜びを感じ取った。喜びを悟られて、ノゾミは思わず謝った。
さっきまで死んだ方がいいとか言っていたくせに、ちょっと遠乗りしただけで感嘆を漏らすなど短絡的すぎる。恥を知っている彼女は、それを察されたことに赤面した。
(つくづく……私の生みの親の言葉は正しかったのね……というか、私が情けない……)
絶望なんて一時の感情、個人の所感に過ぎない。
ドクター汚泥という最悪の科学者が残した、哲学的なようで合理的な、人の心について説いた言葉だった。
どれだけ辛く悲しい気持ちも、気持ちでしかない。
ちょっと気分転換すれば、それだけで終わる。
もちろん転換した気分も、すぐに沈むのだろうけども。
その程度だ、結局のところ。
「ふふふ……一人で寝転がっていれば、気分が沈むのは当たり前だ。だがな、こうして見渡す限りの世界を友と一緒に駆けていくと……それだけでたまらないだろう?」
「そ、そうですね……」
「まあ我が父は、『それよりも女を奪って男の前で辱めるのが楽しい』とかいうんだがな」
「……そ、そうですか」
北笛の遊牧民的なブラックジョークに対して、転換した気分が早くも沈むノゾミ。
良くも悪くもワイルドな価値観に触れて、このままついていくのはまずいのでは、とまともに考えてしまうのであった。
(……そうよね、そんなものよね)
人間に期待しすぎたら駄目だし、野生にも期待しすぎてはいけない。
それは彼女が短い人生で学んだ、どうしようもない教訓である。
(こうやって楽しく走っている分には楽しいけど……この人たちも決していい人じゃないし、このモンスターだって無害じゃないのよね……)
ノゾミは、自分を戒める。うっかりこの世界で、この寒い土地で生きていこうと思いかけていた。
絶望が一瞬の所感なら、この高揚だって一瞬の所感だ。よく知りもしないくせに、遊牧民族って素敵なんだね、文明的な生活よりずっといいね、と考えるのはバカである。
楽園にだって、北笛にだって、いいところもあれば悪いところもある。
その二面性が、分けられないこともある。
楽園が窮屈で息苦しいとしても、それは安全で治安がいいことと引き換えであり……。
この北笛が単純で開放的だとしても、それは危険で暴力的なことと引き換えである。
そう、この疾走だって、楽しいのは周りに敵がいないからだ。
脅威となる敵が現れれば楽しいどころではないし、圧倒的な強者が現れれば死の危険にさらされる。
言い方は悪いが、今楽しいのは、ただ調子に乗っているだけだ。
ガイセイに出会う前の麒麟たちが、新しい世界へ夢と希望を持っていたのと同じである。
「……イーフェ! 何か来るぞ!」
「ああ……後ろから追われている!」
オオユキヤマアラシもブリザードドンも、Bランク上位にふさわしい巨大モンスターである。
王化している二体ならば、ことさらに巨大である。
それは小型モンスターに狙われにくいことを意味しているが、大型モンスターからは逆に狙われやすいことも意味している。
めったにあることではないが、同等のBランク上位、あるいはその上から狙われる可能性もある。
「……え?」
背後を向いたノゾミは、思わず言葉を失った。
Bランク上位モンスターたちでさえ、建造物と見まごう巨大さだったのだ。
それの背に乗っている彼女は、そのうえで見上げてしまう巨大な生物を、生物だと認識できなかった。
最初山なのかと思った、だが動いている。
次は雲かと思った、だが激しく上下している。
それこそ、タンカーにも匹敵する威容。
核兵器の直撃さえ耐えるであろう、英雄以外では勝てない怪物。
Aランク下位モンスター、フェザーザウルス。
分厚い羽毛に包まれた、巨大すぎるドラゴンの登場であった。
巨大な後ろ足によって、二足歩行での追跡を行っている。
大量の唾が口から吐き出され、それが空中で凍結し、霜となって後方へ飛んでいく。
「は……?」
これは現実なのかと、ノゾミは疑った。
だが明らかに現実であり、こちらへ接近してきている。
双方の戦力差を思えば、ホッキョクグマ一頭と秋田犬二頭ぐらいの差がある。
「くそ、ずいぶん腹を空かせているようだな! このあたりに奴の住処はなかったはずだが……!」
「なんとか撒くぞ! いくら何でも、このまま父上のところへ連れていけない!」
スカハとイーフェは、比較的落ち着いていた。もちろん、彼女たちの乗騎もである。
野生の世界で生きている彼女たちにとって、これは想定の範囲内だからだ。
たとえるのなら、船で沖に出て、嵐に巻き込まれたようなもの。ちょっと運が悪かった、その程度である。
どう考えても勝ち目はないが、逃げ切るともなれば話は違う。嵐に勝つことはできないが、嵐をやり過ごすことはできる。
むしろこの程度も自力でどうにかできないのに、外へ駆け出すなという話だった。
自分の命に責任を持てるから、彼女たちは自由を満喫していたのである。
「あ、あの……これってよくないですか!」
「ああ、まずい!」
困惑するノゾミに対して、イーフェは冷静に状況を伝える。
「相手はAランク下位、ホリンやフェルの格上だ! このまま逃げ切る!」
「逃げられるんですか?!」
「……ま、その時はお前だけ落とすさ」
走っている車から、地面へ突き落す。
それをあっさり言うイーフェは、しかし酷薄ではない。
「奴は人間の一人や二人、わざわざ狙わない。お前だけになれば、踏まれなければ死なないだろう」
「……貴方たちは?」
「私もスカハも、乗騎と運命を共にする。おめおめ生き延びる気はない」
遭難者を助けた後で、嵐に襲われたような状況だ。
その遭難者だけ救命ボートに押し込み、自分は船を運命を共にする。
それぐらいのことであり、悲壮になることでもない。
「……勝ちましょう」
「……は?」
「私に考えがあります……いえ、協力してもらえば、私が殺します」
だがそれを、彼女の仲間は良しとしなかった。
だから彼女も、良しとしなかった。
「おい、待て! 相手はAランクだぞ、メズヴがやったようにBランク上位が何十体もいれば倒せなくもないが、二体では勝ち目もない!」
この世界に来たばかりの、千念装に選ばれる前の麒麟では、このフェザーザウルスに勝つことはできなかっただろう。
究極のモンスターでも、自分の身を守ることはできても、勝つことはできないだろう。
もちろんノゾミも、一体では絶対に勝てない。
「私はAランクモンスターじゃありません」
「なら!」
「でも私は特種ですから、条件を整えてもらえば、誰が相手でも勝てます」
だが他の者に条件を整えてもらえば、十分に勝てる。特種とは、そういうものなのだ。
「……どうすればいい?」
「私をあのモンスターの体に貼り付けてください、あとは私一人で殺します」
無茶を言う、と今度はスカハとイーフェが息をのんだ。
だができないとは、彼女たちは言わなかった。
少なくともメズヴは、氷喰いを相手に挑んだのだ。
ならば自分たちも、できない道理はない。
「わかった! デカい口を叩いたんだ、失敗したらただじゃ置かないぞ!」
「よし、私も乗ったぞ!」
人間とフェザーザウルスでは、ノミと象ほども差がある。千人でも万人でも、勝ち目などない。どれだけ攻撃しても、虫がさしたほどにもきくまい。
だが逆に、張り付くだけなら可能だ。難しいが、可能だ。
それが二人を、その乗騎を燃えさせた。
逃げ切るのは自慢になるが、勝った方が楽しいに決まっている。
ノゾミの自信に、二人はのっかった。
「フェル、足を溜めろ! ノゾミ、お前は私につかまれ!」
「ホリン! 私たちは一旦逸れるぞ!」
フェザーザウルスの視界で起きたことは、サイの方が少し遅くなり近づいてきて、ヤマアラシの方が右に逸れていっただけのこと。
できればどっちも食べたいが、フェザーザウルスの巨大な顎をもってしても、同時に食うのは無理がある。
まずはこの一体、と、ノゾミとイーフェの乗っているブリザードドンに首を伸ばす。
「……コネクトクリエイト! アイアンチェーン!」
巨大な顎が迫る瞬間を、彼女は見逃さなかった。
大口を開けて接近してくる巨大な頭めがけて接続属性の鎖を放ち、ノゾミとともに乗騎から飛び出す。
そして自分の主が背から離れたと察した瞬間、ブリザードドンのフェルは溜めた足を開放し、一瞬で加速し、フェザーザウルスの口から逃れていた。
食いつこうとして、空を切った。
苛立つフェザーザウルスは頭を上げるが、その頭部にはイーフェの放った接続属性の鎖が接続したままである。
「ははは! メズヴはAランクの鳥を相手にこれをやったらしいが……ドラゴンが相手な分、私の方が上だな!」
「す、すごいです! でも、このまま!」
「ああ!」
二足歩行で頭を揺らしながら走っているフェザーザウルス、その頭と鎖でつながっている二人は、大いに揺さぶられていた。
だがその揺れを利用して、鎖を手繰り、どんどん登っていく。
やがて鎖は跳ねて、二人はフェザーザウルスの体にぶつかりそうになる。
「ここだな!」
「はい!」
ここで、イーフェとノゾミは分かれた。
ノゾミはフェザーザウルスの体に飛びつき、イーフェは重力に従って落ちていく。
「……!」
それは必然、イーフェが空中で無防備になることを意味している。
落下していく彼女にフェザーザウルスは気づいていないが、その巨体がぶつかりかけていた。
「プルクリエイト! キャッチストーム!」
その彼女の元へ、一旦離脱していたオオユキヤマアラシのホリンが接近する。
その背に乗っていたスカハは、イーフェに向かって吸引属性のクリエイト技を発動させ、自分に向かって引き寄せた。
空中にいたイーフェは、辛くもスカハと合流し、ホリンの背に乗っていた。
「やったか!」
「ああ!」
Aランクモンスターに一泡吹かせてやった、というだけで二人はご機嫌である。
もちろんホリンもフェルも、それを理解して笑っていた。
だが、ここから先、どうなるのかはわからない。
特種を名乗った、ノゾミのお手並み拝見である。
二体と二人は、逃げながらも見上げていたのだが……。
その光景は、目を疑うものだった。
「は?」
羽毛に包まれたフェザーザウルス、その体が内側から破裂したのである。
※
「なんて、巨大なモンスター……エイセイ兵器に入りきらないぐらい、大きい……」
とりついてみたら、実際には機械だった、なんて可能性も考えていたのである。
だからこそ本当に生物だったことに、驚愕を隠せない。
「……貴方は、悪くないわ。もしかしたら、逃げた方がいいのかもしれない」
うまくすれば、食われずに逃げ切れたかもしれない。
うまくすれば、誰も死なずに済んだかもしれない。
そしてこのフェザーザウルスは、生きるために必死なだけだ。
間違っても、悪ではない。
だが、もしかしたら食われるかもしれない、もしかしたら殺されるかもしれない。
それは殺すには、十分すぎる理由だ。
「でも草食獣だって……食べるわけでもないのに、肉食獣を殺すのよ……!」
思わず、悼んだ。
強大なる生物を殺すことを、思わずためらった。
だがそれに浸るということは、条件が満たされたことを意味している。
「絶望のモンスター! 暴走形態!」
何が起きたのかと言えば、合体である。
ブゥに悪魔が合体するように、ノゾミはフェザーザウルスと一体化する。
体の中へ寄生し、体内に溶け込む。
「コユウ技! アンリミテッド・レゾナンス!」
アルティメットシステムならぬ、アンリミテッドシステム。
敵対生物と同化した彼女は、内側で何をしたのか。
まったく傷を負っていないにも関わらず自分を治癒し、まったく攻撃する気がないのに自分を強化したのである。
それも、自分のエネルギーを消費して。
「貴方がどれだけ強大なモンスターだとしても! どれだけ頑丈で、どれだけ生命力にあふれていても! それには限界が存在する!」
それは、究極のモンスターの同調形態と逆であった。
自分を強化し、治癒し、それを寄生先と共有しているのである。
現在フェザーザウルスは、我知らぬままに強化され治癒されている。
だがそれに、フェザーザウルスは耐えられない。
「強化限界がある! 治癒限界がある!」
強化され続ければ、体が崩壊する。
治癒され続ければ、体が壊死する。
本来は失敗であるそれを、意図的に、強制的に引き起こすシステム。
「私の強化に! 私の治癒に! 貴方は絶対についてこれないわ!」
どんな技術も、節度を守れば有用だ。
だが人は愚かさゆえに、節度を弁えず暴走する。
そんな皮肉を込めた兵器は、その性能を発揮する。
自分の性能を何百倍と強化し、自分の体力の何百倍も治癒を行う。
それによってフェザーザウルスも体を何百倍も強化され、自分の体力の何百倍も治癒される。
特種であるがゆえに、ノゾミにはまったく負担がない。
フェザーザウルスだけが、一方的に朽ちていく。
薬も過ぎれば毒となる。転じて、毒にするつもりで薬を過剰投与する。
それが、アンリミテッドシステムの設計思想である。
ああああああああ!
フェザーザウルスは断末魔の声を上げようとして。
!!!!!!!!
何百倍に強化された叫びにフェザードラゴンの首は耐えきれず、頭部が粉みじんに吹き飛んだ。
「そうよ……誰も、誰も……私についてこれないの……」
巨大なモンスターを腐り殺したにも関わらず、蓄積限界を持たぬがゆえに疲弊のないノゾミ。
彼女は虚しさと寂しさを味わいながら、フェザーザウルスの死骸から離脱した。
死んだばかりにも関わらず、腐乱しきっている死体の中で、彼女はたたずむ。
共にAランク討伐を成し遂げたスカハやイーフェたちをして、近寄りがたい光景だった。
「誰も、私の安全装置を戻せない……」
彼女も、最初からこうだったわけではない。
牛太郎たちと協力していた時は相手が壊れないように、自分で強化に限界を設けていた。
だが今の彼女は、それができない。清木リネンによって、安全装置が壊されてしまったからだ。
「もう私は、こんな戦い方しかできないの……」
共生ができない、寄生しかできない、破滅させることしかできない。
単独では無力な彼女は、その在り方を呪っていた。
※
※
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話は、央土に戻る。
千念装を獲得し、準乙種にまで上り詰めた麒麟は、ナタを相手に稽古をしていた。
ガイセイと戦ったときと同じく、まったく歯が立たない。ちょっと傷をつけるのが精いっぱいで、強くなった実感がわかなかった。
「すごいですね、麒麟さん! まさかこの私に、血を流させるなんて!」
(インフレに取り残されている……)
ナタは本気で褒めているし、実際驚異的なパワーアップを遂げている。
英雄以外でここまでランクがアップするなんて、この世界の常識を超えすぎているのだ。
なお、英雄にはまったく通じない模様。
だがその姿を見て、究極のモンスターは羨ましそうにしている。
「はあ、いいなあ……僕もパワーアップイベントとかこないかなあ……」
ありとあらゆる世界で唯一、絶望のモンスターと同じだけの体質を持ち、それゆえに共存できる怪物。
モンスターパラダイス史上最強のラスボスが、さらなる強化を遂げる日は近い。
次回から新章です。




