閲覧注意
今回の話は、趣味が悪いです
大地の精霊使い、ノベル。
彼女は大地との完全親和体質に加えて、蓄積限界のない体質も持っている。
このシナジーは非常に強く、相互的に極めて有用に働いている。
まず大地との完全親和体質がなければ、エナジーの供給元が確保できない。
給料が多くないと預金残高が増えないのと一緒で、普通に生きているだけだとエナジーの蓄積は微々たるものなのだ。
大地からエナジー供給を受けられる彼女だからこそ、膨大なエナジーをため込めるのである。
また蓄積限界のない体だからこそ、多彩な変身が可能となる。
特殊な金属や鉱物に変身するには、膨大なエナジーが必要となる。
蓄積できる量が平凡ならば、そこいらの土や石に変化するのがやっとだろう。
つまり、炎の精霊との完全親和体質しか持たないサンゲツは、平凡で普通の炎にしか変身できない。仮に特異な炎へ変身しようとすれば、一瞬で力を使い果たして戦闘どころではない。
炎の精霊へ変身できるだけでも十分凄いのだが、ノベルと比べればどうしても見劣りしてしまうだろう。
やはりノベルこそ、最強の精霊使い。
無尽蔵のエナジーを持つことによって、環境の力を一切借りずに戦える、無条件でのBランク上位。
彼女を所有していた悪魔たちが、どれだけ狐太郎を崇拝しているのか。
それがわかるというものだろう。
※
さて、狐太郎である。
現在彼は、手勢を率いて各地を巡っていた。
つまりクラウドラインの頭に乗って、大量の悪魔や精霊を侍らせながら、傷ついた国土を回っていたのである。
亜人の王であるクツロが『亜人の影が薄いわ……!』と真剣に危機感を覚えていたらしいが、それは些細なことである。
とにかくものすごく目立つ行軍によって、彼は魔女学園の理事長、その実家へ訪れたのである。
途方もない人外の武力をバックに現れた彼に対して、理事長の実家の面々はものすごく怯えていた。
悪魔の持つ暗黒のオーラと、膨大な精霊たちの荒ぶる暗雲と、超でかいドラゴンたち。
それを従えている小男が現れたのだから、そりゃあ怖い。
「大王陛下直属のAランクハンター、四冠の狐太郎と申します。どうも初めまして」
「お、お会いできて光栄です……!」
狐太郎は威圧的な行動はしていないが、武力を背景にしているので相手は怯えてしまう。
しかし怯えるぐらいの戦力を求めていたのだから、むしろ期待通りと言えるだろう。
(まさか本当に来てくださるとは……なにか対価を要求されるかもしれないが、もしもの時は娘でも差し出す……!)
なにせ先日まで戦争が起きていたのだ、各地の疲弊具合は大きい。
実利が保証されているのなら、悪魔の親玉とだって取引をするだろう。
(パパは私を差し出すって言ってたけど……亜人のお嫁さんなんて嫌……!)
その覚悟が全員にあるわけではないが、とにかくそれぐらい切迫している。
まともな貴族たちが一番恐れているのは、民からの反乱である。
食うに困った民衆、不満をため込んだ民衆は、その怒りの矛先を貴族に向ける。
つるし上げを食らうというか、柱に吊るされる。
物理的に首にされて、まあ悲惨なことになるだろう。
それを心配するぐらい、彼らは追い詰められているのだ。
「さて……本来私のようなものがこの地に訪れた時は、面倒な手順を踏まなければなりません」
「て、手順ですか」
「ええ、ですがそのような余裕は双方にないと思っております。なのでここはひとつ、書面上はそういうことをした、ということでお願いします。よろしいでしょうか?」
「あ、は、はい!」
狐太郎はジューガーから学んだ政治的手管を、いかんなく発揮していた。
書面上はものすごく恭しく迎えて、ものすごく格式高い作法を経て、末代まで語られるような会を開いたということになる。
実際には、やったことにしようね、で終わらせた。
「ですが、これはあくまでもマナーとして……」
「は、はい!」
「私とその配下の悪魔は、貴方がたを呪うことはありません」
「……!」
「問題ありますか?」
「い、いえ!」
悪魔があまり言いたがらない言葉だが、それでも狐太郎はしっかりと言った。
これをいうと普段のササゲは嫌がるのだが、今はにこやかに笑っている。
それが何を意味するのかと言えば……ろくなものではない。
「では、土木工事の責任者とお会いしたいですね。竜の民と話をして、今回の工事の実務的な相談をさせていただきたい」
「は、はい、至急に!」
「荒らされた田畑についてですが、ノベルがある程度対応できます。そちらの責任者とも、ぜひお話を」
「もう招集しております!」
「それから……潜伏している西重の残党、および増えた野盗への対応ですが……これは悪魔を当たらせますので」
「よろしくお願いします!」
狐太郎は現場作業や現場監督があまり得意ではない。というか、まったくできない。
実際に働くこともそうだが、具体的な指揮は他の者に任せるのが主で、口も手も出さないようにしている。
これを一般の会社に例えると、現場仕事をまったくわからない社長、ということになる。
お飾りもいいところなのだが、下の者が優秀なのでそこまで運営に支障は出ていない。
汚職や横領、パワハラやセクハラなどもしないので、そこそこにいい社長として認識されている。
それに、まったく仕事をしないというわけでもない。
株主や取引相手に相当する大王との話し合いや、福利厚生についてなど、上としての仕事はやっている。
そして今回のことは、福利厚生の一環と言えるだろう。
「さて」
とんとん拍子に話を進めて、合いの手を入れさせるにとどめていた狐太郎。彼はここで、話を区切った。
その振る舞いに、貴族たちは冷や汗をかく。
「皆さんが私に頼りたい、という気持ちはよく理解できます。また同時に、然るべき対価を払えないということも、理解しています。それでは、不安で仕方ないでしょう」
金を払って仕事を依頼する、というのはある意味安心である。
有償の仕事なのだから、文句をつけることもできる。
無償で膨大な仕事をしてもらうのは、膨大な借りを作るということだ。
狐太郎自身前回の戦争で借りを作ってしまい、現在それの返済に苦労しているところである。
「とても、まともで素晴らしいかと」
「は、はあ……」
「世の中には借りを作っても返さなくていい、と思っている輩がいますからね。そういう輩ほど、軽々に借りを作ってしまう」
「……おっしゃる通りです」
「貴方がどう思っていたとしても、他の輩は勘違いしかねない。四冠の狐太郎は、無償でなんでもしてくれるのだと、ね」
貴族たちは、怯えてしまう。
なにせ狐太郎の顔が、苦悶に歪んでいるのだから。
「……迂遠な話をして申し訳ない。では結論に話を向けましょう……あなた方には、悪魔への対価を払うことへ協力をしていただきたい」
「……は?」
「私の配下である悪魔たちは、人間から怖がられないと死んでしまう、恐るべき悪性のモンスターなのです。ですがここのところ、恐怖が足りていない。私のような小男に従えられているからでしょうねえ」
国中の悪魔を従えている、四冠の狐太郎畏るべし。
悪魔の支配する街の住人から、悪魔よりも悪辣だと恐れられた、狐太郎畏るべし。
悪魔たちにとって自慢の主ではあるが、その悪魔たちへの恐怖が相対的に薄れている。
なんだ、案外従えられるもんなんだな。
国の為に戦ってくれるなんて、案外いい奴らじゃん。
そういう考えによって、悪魔たちが軽く見られている。このままでは、最悪餓死しかねない。
空論城の悪魔たちは狐太郎に服従しているので、その運命を受け入れるだろう。
だが自分の手勢が餓死するのは、狐太郎としても嫌である。
「これから罪人を捕まえてくる悪魔たちへ、私はあるゲームを持ちかけました」
「悪魔への、ゲーム……?!」
「殺すことなく、傷つけることなく、心だけをずたずたに引き裂いて連行してこいと。一番怖がらせた悪魔に対して、私から褒美を渡すと」
「……!」
「貴方には、私と一緒に審査をしていただきたい」
狐太郎は、無理をして笑っていた。
顔はかなり引きつっていて、彼自身ものすごく嫌そうだった。
「あ、悪魔に責めさいなまれた者たちを、全員観ろと?」
「はい」
「その中で誰が一番悲惨なのか、私たちに決めろと?!」
「はい」
狐太郎は、嫌そうな顔のまま、悪魔たちへ合図する。
「この悪魔たちへの餌やり……ぜひ協力していただきたい」
悪魔たちは、笑った。声を出さないまま、異形で笑った。
目で笑った、口で笑った、鼻で笑った、痙攣するように全身で笑った。
その姿を見て、貴族たちはひるむ。
「どうしてもいやなら、やめてもいいですよ」
「ほ……本当ですか?」
「その場合、私一人で審査します」
「……一族郎党、全員参加いたします」
狐太郎の優しい気遣いに、貴族の当主は涙を流していた。
その家族たちも、悲鳴をこらえながら涙する。
そう、悪魔が笑う、収穫の時であった。
※
悪党を捕まえてこい、ただしできるだけ怖がらせて。
一番怖がらせた奴に、褒美をやろう。
悪魔たちからすれば、至極の遊戯だった。
お前らの存在意義を見せてみろと、自分の主から言われたのである。
皆が大喜びで領地に散開し、獲物を探し始めた。
山賊や野盗、西重の残党のような『わかりやすい悪』が、その標的となっていた。
悪魔たちは約束に縛られているが、罪を犯しているかどうかを見分けられるわけではないし、証拠をつかむ能力を持っているわけでもない。
やろうと思えばできなくはないが、時間がかかりすぎるのと趣旨に反するので、ほとんどの悪魔が人里離れた場所に潜む者たちへ忍び寄ったのである。
「我らが主への供物になるのだ……光栄に思うがいい!」
とある悪魔は、山賊団のアジトに押し入った。
武器を奪い防具をはぎ取り、食料を持たせることもなく追いやった。
即座にとらえることはなく、何日もかけて追いかけまわした。
眠りそうになったときは、その影から現れて襲い掛かった。
誰かが見張りを立てた時は、その見張りの目の前で、わざと一人を飲み込んでやった。
何十人もいた山賊団を、何日も何日もかけて削っていき、全員が心を病んだところで、まとめて捕まえていた。
「童心に帰った気分だ……祭りとはこうでなくては!」
とある悪魔は、一気に野盗を拘束し、それを一人ずつ殺していった。
わかりやすくくじを作り、全員に引かせていき、あたりを引いたものをむごたらしく殺したのだ。
あるものは崖から落とし、あるものはモンスターの餌にして、あるものは川に沈めた。
またあるものは嗜虐の限りを尽くしてから殺し、またあるものは呪縛で自分の首を吊らせた。
そして最後の一人を、獲物として献上したのである。
「狐太郎様からの褒美……一体どんなものだろう!」
とある悪魔は、手勢を率いていた。
捕らえた野盗を異形の悪魔たちに全身を舐め回させ、その触手で締め付け、さらに巨大な口の中でもごもごと抑えこんでやった。
生理的な恐怖を全身で堪能させたあとで、朝になれば何事もなかったかのように解放した。
そしてそれを、夜になる度にくりかえし、文字通り悪夢を演じたのである。
やがては朝になる度に自殺を試みるものまで現れだしたところで、狐太郎の元へと連れて行ったのである。
……こうして、悪魔たちはものすごく自慢げな顔で、憔悴した者たちを狐太郎や貴族たちの前に出し、どうやって怖がらせたのかを自慢したのである。
それを聞く者たちの恐怖もまた、悪魔たちのごちそうであった。
この噂が広まることによって、悪党たちは恐れをなし、逃げるように解散していく。
結果的に示威となり、抑止力へとつながったのである。
だがそれは、あくまでもわかりやすい悪党たちの話。むしろ一線を越えるか越えないかの小悪党たちは、それを楽し気に見るばかりであった。
※
決闘や処刑というのは、一種の娯楽であったらしい。
人が傷つけあったり殺されたりするのを、民衆は見ていたらしい。
あまり趣味がいいとは言えないが、悪いことをした奴が無残な目に遭うのは、見ていて気分がいいのだろう。
親は子供にそれを見せて、悪いことをしたらああなるんだよ、と教えるのだ。
今回のことは、領主はともかく、民衆にとってそんなものだった。
人里離れたところに潜んでいる者たちが、悪魔に襲われているだけなのだ。
街中に大量の悪魔があふれていたらそりゃあ怖いだろうが、見上げた空に時々いる程度なのだから、不満にはならない。
むしろ土木工事に参加している、ドラゴンたちの方が人気なぐらいだった。
だが、街に潜む小悪党、チンピラたちは悪魔に対してよからぬ考えをしていた。
「……なあ、聞いてるよな。今この街に、悪魔が一杯来ているらしいぜ」
「ああ、らしいな。もう領内の悪党が大体捕まったんだろうなあ……」
「でよう……俺に考えがある」
チンピラの一人が、ニンマリと笑っていた。
それは己が知恵者であると示せることへの、優越感からくる喜びだった。
「この街に来ている悪魔に、知恵比べを挑むのさ」
「……は? お前みたいな馬鹿が?」
「絶対負けて、そのまま奴隷だろ」
「いやいや、勝算はあるんだよ……!」
そのチンピラは、いい考えを明かした。
「いいか、この街に来ている悪魔たちは、みんな狐太郎って奴の下僕だ。だがまだ、完全じゃない」
「は?」
「悪魔は人間に従うとき、他のモンスターと同じように、名前をもらうんだよ。それができて、契約は完璧になるんだ」
その知識は、確かに正しかった。
悪魔本来の名前は、人間に発音できない。
だからこそ、主となった人間は、悪魔に名前を与えるのだ。
それによって、主従関係は完成する。
「だがな、狐太郎って奴は千体の悪魔、全員に名前をやってないんだよ。むしろ二体かそこらにしか、名前をやってないんだ」
「……そりゃそうだな」
「千体だもんな」
「だから、狐太郎の主従関係は完成してない……俺に従う可能性がある!」
可能性の話をした彼に対して、仲間たちは冷ややかだった。
結局、知恵比べで勝てるかという話に保証はない。
「だから、勝てない問題はどうなんだ?」
「なんかいい知恵でもあんのかよ」
「そんなもん、もう勝ってるんだよ!」
だが彼は、契約の矛盾をついていた。
「いいか、奴らは狐太郎から『普通の人間に危害を加えるな』って命令を出されているんだ! だから俺に対して、呪ったり攻撃できないんだ!」
「……そういうおふれも出てるしな」
「それはそうだな」
「だから! 俺がどんな知恵比べを持ち出しても、俺に危害を加えられない!」
「……」
「つまり! 悪魔は俺に勝っても、俺を呪えないんだよ!」
これは、正しい認識だった。
悪魔のルールとして、そうなってしまうのである。
「悪魔と狐太郎の契約は不完全! 悪魔は俺を呪えない! これが合わされば……『俺が勝ったらお前は俺のもの、お前が勝ったら俺はお前のもの』というルールにした時点で、どんな知恵比べでも悪魔は負けを選ぶしかなくなるんだよ!」
勝った場合の契約が履行できないので、負けを選ぶしかない。
まさに物語の悪役にだけ通じる、論理パズルの完成だった。
「……なるほど、それはアリだな」
「いけるじゃねえか! 失敗しても、全然問題ねえし!」
「だろう! だから俺はこれから行ってくるぜ!」
意気揚々と、チンピラの一人は去っていく。
その姿を見て、仲間の二人は興奮気味だった。
「おいおい、もしかしたらあいつが悪魔使いになっちまうのか? だったら媚を売って、うまい汁を吸わせてもらわないと……」
「いやいや! 俺たちも悪魔を探して、狐太郎から奪っちまおうぜ!」
四冠の狐太郎は、本人が非力だが、従えている悪魔やドラゴンによって英雄になっている。
ならば彼からモンスターを奪えれば、その地位さえも奪えるかもしれない。
なんとも夢のある話に、二人は鼻息を荒くする。しかし……。
「……いや、待てよ」
「なんだよ」
「お前、ランリって精霊使いを知ってるか? 四冠の狐太郎に無礼を働いて殺されたんだが……」
「無礼?」
「ああ……」
悪魔のルールに夢中になると、人間のルールを忘れてしまう。
基本問題から応用問題への、発展というものだった。
「狐太郎にモンスターよこせって言ったんだと。で、重罪だから殺されたって」
「……じゃあ悪魔へ『俺のものになれ』言った時点で、その悪魔が狐太郎にチクったら」
「ああ、死刑だな」
※
貴族たちと狐太郎、ついでにブゥは、グロッキーだった。
一週間ほどの滞在期間に、悪魔たちが列をなして、成果物を見せびらかしてきたのである。
そんなものをずっと見ていたら、そりゃあ嫌な気分にもなるだろう。
むしろ狐太郎や領主たちを嫌な気分にさせるためにやっているようなものだから、極めて正しい結果と言える。
(ようやく終わった、きつかった……でも、また次のところでもやるんだよなあ……)
貴族たちは今回で終わりなのだが、狐太郎は次回もあるのだ。それを思うと、もう憂鬱である。
しかし絶対服従してくる相手なのだから、相応の対価を払わなければならない。
これを怠れば、ササゲから不信を買いかねない。
「ご主人様……悪魔の為に、ここまでしてくださるなんて……」
もう誰が優勝かなんて関係なかった。
悪魔の王であるササゲは感激にむせび泣き、配下の悪魔たちも感動に震えている。
結果発表を前に、会場は大団円を迎えかけていた。
「狐太郎様、失礼します」
そう思っていた時である。空論城を支配していた大悪魔のうち一体が、拘束した人間を連れてきた。
彼は悪魔特有のいたずら心を顕にして、狐太郎の前に差し出す。
「こちらの人間なのですが、狐太郎様の所有物である私に対して、所有権をかけた戦いを挑んできました。当然重罪人ですので、こうしてお連れした次第」
「あ、ああ……」
狐太郎はランリのことを思い出して、嫌な気分になる。
だが悪魔の悪意は、ここからが本番だった。
「狐太郎様、よろしければ祭りの〆として……御自ら手本のほどを!」
これには、貴族もほかの悪魔たちも、目を丸くした。
まさか狐太郎自身へ、拷問を実行するように要求するとは。
「や、やるわね……!」
悪魔の王であるササゲをして、思わず称賛する悪辣さだった。
その発想はなかったと、他の悪魔たちもおののいている。
「……俺の独自じゃなくていいか?」
「はい!」
「……そうか、じゃあササゲ。今から言うもの、持ってきてくれ」
だが狐太郎は、これを想定していた。
言われたらいやだなあ、と思いつつ、しかし考えてしまう悪魔使いのサガである。
「……と……と……と……だ」
「ああ、アレね! アレをやるのね!」
一部の層では有名な話なので、ササゲは用意するものを聞いただけで手を打った。
同時に己の主がそれを思いついたことに、大いに感動している。
彼女は大いに急いで、いくつかの小道具を持ち込んできた。
それを見ただけで、連れてこられた男は暴れだす。
だが悲しいかな、Bランクの悪魔に抑え込まれれば、抵抗などできるものではない。
「ご存じの通り、俺はとても弱い男だ。この世界の普通の人に比べて、非常に死にやすい。だがそれは程度の問題であって、おかしなことは何もない。俺が小さな石で殴られれば、それだけで死ぬ。でも普通の人だって、ものすごく大きな石で殴られれば死ぬ」
狐太郎はササゲから『ペーパーナイフ』を受け取った。
ものすごく嫌そうに近づいて、それを拘束されている男の前に見せる。
「俺はちょっとでも血が流れたら死ぬが……普通の人だって多めに流れたら死ぬ。こんな小さなナイフでも、止血をしないで出血させ続ければ……そのうち死ぬ」
悪魔を従える男が、悪魔から受け取ったナイフを手にしている。
それだけで、拘束されている男はそれが呪われた凶器にしか見えなかった。
「ま、痛みはないらしいから安心しろ。それよりも、怖くて仕方ないだろう? 目隠しをしてやれ」
抑え込んでいる悪魔は、ノリノリで目隠しを受け取り、男の視界を奪う。
それこそ死刑囚に対しての慈悲であり、絶望しかなかった。
「立たせたままなら、アキレス腱のあたりがいいか? そこからなら、出血も早いか……」
狐太郎はわざとらしく、男の裾をまくる。
そしてペーパーナイフで、わざとらしくなぞった。
「痛くないだろう、鋭いナイフだからな。だが血は、確かに流れ始めた」
狐太郎はササゲから水の入ったバケツを受け取り、ナイフでなぞったあたりにちょろちょろと水をたらし始める。
目隠しされた男は、ものすごく抵抗を始めた。
もちろん水を滴らせているだけなのだが、全力で抵抗している。
その姿に、貴族たちは震え、悪魔たちは声を殺して笑っている。
「抵抗すると、血圧が上がるぞ。出血も早くなる」
狐太郎がちょっと多めに水をかけると、男は泣きながら止まった。
呼吸は荒く、体は震えているが、それでもなんとか止まっている。
「……初めて人を傷つけたが、嫌なもんだな。殺すなんて、楽しいもんじゃない」
それがとどめの一言だった。
ストレスの限界に達した男は、がくりと意識を失っていた。
「もういいだろう、というか勘弁してくれ」
「いえ、大変結構なお点前でした……」
狐太郎のやったことは、それなりに有名な人体実験である。
実際に人が死ぬ危険な行為であり、真似してはいけない。
悪魔たちは狐太郎の行為に拍手してるが、彼自身は嫌そうだった。
「それで、この男は?」
「もう解放してやれ……死なせるなよ」
今までさんざん人を殺させてきた狐太郎は、結局人を殺せなかった。
解放された彼は、その後絶対に悪さをしない、真面目な男として生涯を終えたという。




