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再発防止策

(やっぱりみんな驚いているわね……コチョウ閣下も、とんでもなく驚いている……)


 サンゲツの才能を見て、他の生徒たちは開いた口がふさがっていない。その姿を見て、ヨイチはさもありなんと頭を抱えていた。


 当人が自己申告していたように、彼女はとんでもない天才だった。

 本当に、客観視して、統計学的に見て、天才の中の天才だった。


 炎の精霊との完全親和体質というのは、優れているとかそういう問題ではない。

 文字通りの意味で、評価規格外である。


 一般の精霊使いと違い、まず一切リスクがない。

 そのうえ精霊と自分の間に境界がなく、精霊と交信する必要さえない。


 精霊使いというよりは、精霊そのものと言っていい。

 そんなものが初心者向け学級にいるのだ、浮いているにもほどがある。


「どう? 私は凄いでしょう! これはもう、一気に精霊学部へ入学ね!」

「ダメです」


 燃え盛る炎そのものとなりながら、サンゲツは胸を張った。

 それに対して、悩まし気にヨイチは否定をする。


「飛び級は入門部に入る必要がない、優秀な生徒であると認められた場合のみ適用されています。ただし、一般的な学力も含めて、ですが」

(シャイン隊長のことね……)

「とはいえ、サンゲツさんほど優秀な生徒なら、学力についてカバーしつつ飛び級を用意したかもしれません」


 飛び級という制度については、様々な考え方がある。


 小学生なのに大学生並みに勉強ができる子供からすれば、授業が退屈でかなわないだろう。

 小学生の年齢でも、大学へ進むことが正しいのかもしれない。


「ですが今は、それは許可できません」


 周囲の子供からすれば、段違いに優秀な同級生がいるのは、正直面白くないだろう。

 疎んじていじめてしまうかもしれないし、あるいは比較して学習意欲を失ってしまうかもしれない。


 その両方が、このクラスで起きようとしていた。


「え~~? 天才の私を、このまま入門部に置いておくの~~?」


「確かになあ……あの子、本当に天才だし……」

「特異体質の天才様と一緒に修行って……英雄の卵と似たようなものじゃないの……」

「俺、あんな小さい子に負けるのはちょっと……」


 起きてしかるべき事態、であった。

 天才という異物を凡俗の中に混ぜるのは、双方にとって好ましいことではない。

 だがそれでも、この学校にはそうせざるを得ないことだったのだ。


「……」


 ちらりと、ヨイチの視線が泳いだ。

 見るまいと思っているのに、つい見てしまうのである。


(……嫌な予感が)


 仮面の下で、コチョウは視線を察していた。


「皆様もご存じでしょうが、戦前に一度、当校から精霊学部がなくなったことがありました」

(やっぱり……)


 もう落ちがわかったので、コチョウはすでに落ち込み始めていた。

 

「表現がややこしくなるので、敬称を現在のものと統一しますが……ほんの数年前、ジューガー陛下の要請を受けて、当時の精霊学部の長は優秀な生徒を護衛候補として派遣しました。王都奪還軍第四将軍、コチョウ・ガオの弟である……ランリ・ガオという生徒です」


 皆様もご存じでしょうが、という言葉に偽りはなかった。

 さすがにサンゲツはそうでもなかったが、他の面々はコチョウと同じような顔をしていた。


「彼は優秀な風の精霊使いでしたが……心が未熟でした。四冠の狐太郎様の元へ行った彼は、そこで最高位の氷の精霊、コゴエ様に見惚れ……あろうことかコゴエ様の運用権を渡してほしいと言ってしまったのです」


 心が未熟と言っているが、要はバカだっただけである。

 結構酷い言い方をしているようで、それでも配慮している方だった。


「彼はその場で殺されました」

「……なんで?!」

「そのうえ、推薦した学部長も処刑されました」

「なんで?!」

「精霊学部も、先日まで潰されていました」

「……なんでそんなことに」


 あまりの急展開に、サンゲツは叫んでしまった。

 なんで殺されるのか、彼女には理解できないのだろう。

 当時の狐太郎も最初は理解できなかったので、彼女の感性が間違っているわけではない。


「いろいろと問題はあるのですが……それがわからない貴方を飛び級させるわけにはいかないのです!」

「ええっ?!」


 なんかすごいことをいっている風だが、まったくそんなことはない。

 

「確かにな……」

「そうよね……」

「やっぱり子供だな……」

「いくら天才でもねえ……」


 それが証拠に、他の生徒たちも納得していた。

 飛び級で進学するということは、若くして卒業するということである。

 最悪、ランリと変わらないような精神状態のままで、卒業を迎えかねなかった。


「サンゲツ、貴方は確かに天才です。ですが心が足りません、それをこの入門部で学んでほしいのです」

「……そんなの必要ないでしょ!」

「そういうところがダメなんです!」


 教師としてのコンプライアンスを守るため、やや迂遠な言い方をしているが、突き詰めると『そんなこともわからねえバカは卒業させられねえんだよ!』ということである。


 心が足りないというのも、常識がないとか最低限の礼節が足りないとか、そういう意味なのである。

 御大層に言っているようで、初歩の算数と同レベルのことであり……同じぐらい、できないと大問題である。


「はっきり言って……貴方は本物の天才です。最低限の礼儀を学びさえすれば、そのまま貴方の望む実践的なギフト技を教えていいほどに」

「……そんなに大事なの?!」

「はい! それはもう!」


 実感のこもった言葉だった。


「王都奪還軍随一の豪傑で知られる西原のガイセイ様も、若き日には西方大将軍圧巻のアッカ様より作法の指導を受けておりました。豪放磊落に思われる中にも、礼儀があり……主であるジューガー陛下には無作法を働かなかったとか……」

(それは微妙なところね……)


 ガイセイ本人をそれなりに知っているコチョウは、ちょっと疑問を抱かずにいられなかった。

 とはいえ『許される一線を越えそうで越えない』という上級者向けの礼儀は通していた。

 その点で言えば、うわべの礼儀しか知らなかったランリや、それすらできないサンゲツは駄目なのかもしれない。


「ランリ・ガオの無礼はすでに国内に広まっていましたが、狐太郎様が救国の英雄となった今はさらに意味が重くなっています。どの学校でもランリ・ガオのような生徒を出さないように、細心の注意を払っているのです! つまり……貴方はどの学校に通っても、飛び級などは許されません!」


 一応言っておくと、ランリは優秀な生徒ではあったが、飛び級でも何でもない。

 にもかかわらず彼の再発を防ぐためという理由で、彼女の飛び級を止めるというのは……。


(アカネさんを見て『このドラゴン、私にちょうだい!』とか言いそうだものね……)


 コチョウから見ても、極めて的確な判断と言わざるを得なかった。



 炎の精霊への完全親和体質を持つ、サンゲツという女生徒の入学。

 それがわかったのは、コチョウが入門部へ入ることが決まってすぐのことだった。

 つまりコチョウを特別扱いするな、という命令が下った後であり、彼女へ伝えるべきか少し悩んだほどである。


 いろいろ議論したところ『さすがにそれで文句を言うコチョウ閣下じゃないだろう』という結論に落ち着いていた。

 実際彼女は不満を抱くことはなかったし、教師たちへ『教えてくれてもよかったのに』なんて言うことはなかった。


 では、他の生徒はどうか。

 彼らだって学校生活を楽しみたかったのだ、異物がいると知らされなかったことへ何か思うだろう。


 自分たちよりも年下なのに、精霊使いとしてはずっと上。

 その事実に対して、どう思うのか……。


「あ、カーテンさんとサンゲツちゃん。また一緒に勉強しているの?」

「あ……それ宿題だろ? 今日提出なのに……またやってなくて、カーテンさんに聞いているのか」

「カーテンさん。面倒見るのはいいけど、答えを教えたら駄目だよ? それに宿題をやってくるように、ちゃんと言わないと……」


 クラスメイトのみんなは、なんだかんだ言って受け入れていた。

 というか、サンゲツがそこそこバカだったのが大きいのだろう。

 これで勉強もめちゃくちゃできていて、頭もよかったら、それこそ排斥していたかもしれない。

 しかし割と簡単な問題も解けないので『こりゃここで勉強しないとだめだな』と誰もが納得していたのだ。


 何度も言うが、入門部の目的は専門的な知識を学ぶ準備をする場所である。

 今回はサンゲツだけが特に成績が悪いのだが、通常の場合でもばらつきがあり、水準を満たしていない生徒が複数いるのだ。

 だからこそ、卒業までに最低水準に届くように指導する。それが入門部の役目でもあるのだ。


「ううう……イジメられてる」

「そんなことないわよ、サンゲツちゃん。ただ寮に戻ったとき、やっておけばよかったって言ってるじゃない」

「だって……ショウエン・マースーのドラゴンの本と、バブル・マーメイドのスケッチ集の新しいのが、届いたんだもの……」

(ショウエンさんと……バブル・マーメイド……あの治癒属性の子?)


 なんか思わぬところから、知っている人物の名前が出た。


(ショウエンさんが本を出しているのは知っていたけど……なに、あの子も本を出していたの?)


 侯爵家四天王は、元討伐隊とそんなに親しくない。

 滑り込みのようなタイミングで狐太郎の護衛になり、そのあとは狐太郎が東西へ奔走したため、親しくなる暇がなかったのだ 


(そういえばドラゴンの食事風景で、なんかスケッチを描いていたような気も……)


 普通なら流すところだが、知っている名前だったので考えてしまった。

 勉強が嫌いでたまらない彼女が、夢中になって読む本。それを知り合いが出しているというのは、一種の恐怖さえ覚える。


「ドラゴンと人間が、協力してお料理を作る絵が、凄く素敵で……」

(ああ、アレ! やっぱりあの時のアレ!)


 自分も実際に見ていたので、思わず手を打ちかけていた。

 世の中、どこで因果が巡ってくるか分かったものではない。


「ドラゴンと空を飛んでいる絵も、凄くて凄くて……」

(あの時のアレもね……)


 娯楽の乏しいこの世界では、伝説のドラゴンの食事風景とか、伝説のドラゴンの背に乗って旅をしたとか、そういう絵はすごく人気がある。

 なまじ実体験をしたものが多いだけに、『この絵は本当なんだ!』というロマンもあって、大いに人気が出ていた。


 ちなみにこの世界の本は、手書きで写本されることもあるし、浮世絵のように木版印刷されることもあるし、活版印刷されることもある。

 スケッチに関しては木版印刷されているのだろうが、ショウエンの本については活版の可能性が高かった。


「超素敵で、寝るのを忘れちゃったの……」


 学術的な興味というよりも、素敵な風景写真集的な面白さがあったのだろう。

 実際に見た光景とはいえ、それを忠実に再現し、感動を伝えられるとは……。


(もしかしてあの子……すごいのかしら)


 そんなことを考えていると、宿題の大変さに屈していたサンゲツが、とんでもないことを言い出した。


「ねえ……もうこの際さ、学園やめちゃわない?」

「は?」

「学園に来たらすごく楽しい毎日が続くと思ったのに……すごい退屈で、嫌になるわ」


 いや、とんでもないことではない。

 人生のどの瞬間でも訪れうる、誰だって考えてしまうことである。


 期待に胸を膨らませても、それが実現するとは限らないのだ。


「そ、そんなことないわよ! きっとこれから楽しくなるわ!」

「ええ~~? でもさあ~~」


 期待が大きければ大きいほど、反動も大きくなるものである。


「私って天才でしょ?」

「ええ、そうよ。本当の本当に天才よ」


 コチョウは、本当にそうだと言い切っていた。

 彼女が会っていないのは、前線に出ていた現役軍人の精霊使いぐらいで、他の凄腕とは全員知り合いである。

 その彼らと比較しても、サンゲツは頭一つ抜けている。


「貴方は本当に、国一番の精霊使いになれる器だわ!」


 普通の精霊使いは才能があっても、同調しすぎて死んでしまうことがある。

 だからこそ、才能があればあるほど、慎重に修行を進めなければならない。

 ギフト技なのだから、それぐらい当然なのだ。


 だが彼女は、最初からそんな心配がない。

 何一つ心配せず、精霊そのものとなりながら修行ができる。


 絶対に失敗せず、常人以上の強度の修行ができる。

 これが才能でなくて、なんだというのか。


「超羨ましいでしょう?」

「ええ、とっても羨ましいわ!」


 才能があるというのは、本当に羨ましいことだ。

 真面目に頑張っている人間ほど、切実にそう思ってしまう。


 例えば侯爵家四天王など、終始それを呪っていたほどだ。

 彼らはひたすら、才能がない才能がないと言われ続けた。


 お前たちは才能がないから、現地に行って覚醒するなんてことはない。

 お前たちは才能がないから、全員で協力してもBランク中位の攻撃を一回防ぐのがやっとだ。


 そして実際、その通りだった。

 最高の指導者から最適な指導を受け、徹底的なスケジュール管理をされて、本人たちも真面目に頑張って、数年間それが続いて。

 それでも、言われたとおりの実力にしかならなかった。


「私も、貴方みたいな特別な才能が欲しかったわ……」


 一般に才能があると言われている武将たち、黄金世代たちやリゥイ、グァン、ヂャン。

 彼らでさえ、必死になって努力してなお、Bランク中位モンスターに勝つのがやっと。

 生涯を武に捧げてなお、それを超えることはないのだ。


 その限界をはるかに超えたところに、彼女は立っている。

 彼女の天才性は、疑う余地がない。


「その私がさ~~……学園に通う必要なんてあるの?」

「……それは」

「勉強しないといけないこととかはさ、カーテンおばさんがやってよ。一緒に学園なんかやめてさ、ハンターとかになって、大活躍しようよ! そうなれば学歴とか、全然関係ないし」


 コチョウは、顔を隠していてよかったと思った。

 彼女の言葉を聞いて、複雑な心境にならざるを得なかったのだ。


 傲慢の極みのようでいて、天真爛漫でもある。

 幼い子供の言葉に、無邪気な言葉に、彼女は自分の人生を見つめなおさざるを得なかった。


(どうしよう……)


 彼女のことを否定したいのに、自分の人生でそれを否定できる言葉が見つからない。


「私ならさ~、すぐBランクハンターとかになれるし、そのまま偉い人の目に留まって、そのまま将軍とかになれるかもだし……」

(どうしよう……人生そんなにうまくいかないわよとか、人に頼るのもどうかと思うわよとか、そんなことを私が言っていいのかしら……)


 学園をやめてすぐにBランクハンターになって、そのままの流れで大王から『将軍になってね』と言われたコチョウ。

 その彼女に、サンゲツを止める権利などあるのだろうか。


「でもさ……私一人だと、ほら、計算とか面倒なこととかあるし……おばさんがいてくれたら、心強いかなって……ね? すごくいい話だと思わない?」

(人に頼るなって、私が言っていいのかしら……)


 他でもないOGのシャインに、今日までおんぶにだっこだった。

 面倒なことを他人に押し付けてきた、と言われても文句は言えない。


「こんなチャンス、めったにないわよ? ね?」


 年下の天才に頼られるというのは、結構悪くなかった。

 でもそれはそれとして、彼女の人生にいい影響を及ぼすとは思えない。


(私は、一体どうしたら……!)



 大地の精霊との完全親和体質であるノベルは、常人へ指導できないと言っていた。

 逆に言って、常人に合わせたカリキュラムは、天才にとって退屈だろう。

 学園をやめたい、という気持ちは理解できる。


 その一方で、学園側が再発防止処置を真剣にやっていることも、否定できるものではない。

 行動に問題のある生徒へ飛び級を許可するのは、学園の存続にかかわりかねない。


 もしも彼女に飛び級を許可して、精霊学部へ入らせて、そのまま短い期間で卒業させた場合……。

 今と大して変わらない、世間を舐めた子供のまま、世間へ送り出すことになってしまう。

 それもおそらくは、首席で卒業した、という扱いになって。


 それで職場で問題を起こせば、魔女学園はいよいよ危ぶまれる。

 人格形成ができないという、教育機関失格の烙印を押されるのだ。


 人格形成、健やかな成長、社会に出られる大人へ。

 そんな教育機関のお題目は、割と軽んじられがちである。

 だが実際の社会では、それを身に着けていないと……。


 学校で何を習ってきやがった!


 と言われる羽目になる。

 というか、言う側に回ることもあるだろう。


 サンゲツはなまじ才能があるからこそ、良くも悪くも目立ってしまい、結果として魔女学園の地位を貶めることになる。もちろん、彼女自身の人生も、よくないものにしてしまうだろう。


 だがそんな大人の事情が、サンゲツに通じるはずもない。

 というか通じていないから、彼女には問題があるのだ。


 コチョウは、そのあたりのことをよくわかっている。

 両方の理屈がわかるからこそ、彼女は苦悩していた。


 案外シャインや狐太郎に声をかければ、何とかしてくれるかもしれない。

 そうでなくとも、解決策を提示してくれるだろう。


 だがそれは、さすがにできなかった。

 今までさんざん他人におんぶにだっこだったのである、学友の問題まで頼れば、なんなのかわからない。


 いろいろと考えた結果、コチョウは真っ向からぶつかることにしたのだ。一人の精霊使いとして、天才中の天才へ。

 実習室を借りる許可をもらい、サンゲツを呼び出す。一緒にここで、練習をするということにしたのだ。


「……ねえ、ここでギフト技の練習をしてもいいの?」

「ええ、いいのよ。私とあなただけで練習をするって約束で、特別にね」

「うわあ! すごいじゃん、やるじゃん、カーテンおばさん! そっか、お願いすれば練習できたんだね!」

「普通なら、そんな簡単にはいかないわよ。それこそ……貴方が天才だからね」

「そうよね!」


 いかに難燃性の部屋の中とはいえ、火を使う練習を生徒だけで許可されることはない。

 ましてや失敗すれば自滅するギフト技を、入門部の生徒に許すなどありえない。


「それからもう一つ……私がいるからよ」


 特別扱いしないでほしいとねだっておいて、権利を乱用していた。

 だがそれが必要だと、彼女は判断したのだ。


「カーテンおばさん……先生から信用されているのね」

「ええ、まあね」

「やっぱり子ども扱いされてるのかな~~……」

「仕方ないわよ、でもすぐに信用してもらえるようになるわ」

「でしょ、天才だもんね!」


 まったく自然な動作で、サンゲツはマッチに火をつけて、自分を燃やし始める。

 それには一切の警戒心や恐怖がなく、そして実際に何の問題もない。

 その所作が、すでに天才だった。


 それに対して、コチョウもまた自分に火をつける。

 従えている精霊と慎重に同調し、炎で身を包んでいた。

 それは、炎の塊と、炎を身にまとっている者の対峙だった。

 

「へえ……」


 サンゲツはまったく無警戒に、コチョウに近寄っていく。

 そして炎そのものとなったその手で、燃えているコチョウの体を撫でまわした。


「すごいじゃん、私が触っても平気だ! たいていの人は、触る前に燃えちゃうのに!」

「……それ、やめた方がいいわよ」

「あはは! ちょっと燃えたぐらいで火傷する人なんていないよ~~!」

「それはそうだけど……」


 狐太郎様ならヤバいんだろうな、と思いながらサンゲツになされるままに成る。

 実際、サンゲツに触られても、彼女はまったく堪えていなかった。

 コチョウも一旦精霊と同調してしまえば、炎への強い耐性を得られるのである。


「それじゃあ、練習しましょうか?」

「そうね! じゃあ天才の私が、手取り足取り教えてあげるわ! 感謝してね!」

「いえ、私が教えてあげるのよ」


 コチョウは指向属性を発動させて、炎をゆったりと動かし始めた。


「サンゲツちゃんはギフト技の練習がしたいんでしょう? 私が教えてあげるわ」

「……は?」


 天才であると自負し、天才であると認められている。

 それゆえに、相応に尊大な彼女は、格下の友人とみなしていたカーテン・ランナーの反抗に苛立っていた。


「私と違って、天才でも何でもないカーテンおばさんが、私に物を教えるって……ふざけないでよね!」


 この天才である私が、友達でいてあげている。

 その優越感を汚されて、サンゲツは燃え上がる。


「ちょっと同調できるからっていい気になって……わかってるの? その分私も、本気で攻撃できるんだよ!」


 さすがにサンゲツも、人を殺したいわけではない。

 だから普通の人間へ本気で攻撃できないが、強い耐性を持っているコチョウへは攻撃できる。


 防具を着こんでいる相手だから、遠慮なく攻撃できる理屈だ。


「だあああああ!」


 手足のように炎を操り、コチョウへ向けて殺到させる。

 入門部に入ったばかりとは思えない、まさに天才の技。

 それに対してコチョウは、普通に対応をした。


「スピリットギフト、ベクトルクリエイト」


 火の精霊と指向属性を合わせて、攻撃をそらす。


「フライングフープ」


 炎の導線を作り出し、自分へ当たる軌道の炎を誘導する。

 それによってサンゲツの繰り出した炎は、彼女の周りをくるくると回り始めた。

 そこから脱することなく、誘導されるままになっている。


「……あ、あれ?! 私の出した炎なのに……!」

「これが、精霊使いのギフト技よ。周囲にあるエナジーを誘導して、自分の力のように操る。炎の精霊使いが自分を燃やすのは、精霊と同調するためで……自分の炎で攻撃するためじゃないわ」

「う、ううう!」


 コチョウの周囲を回っている炎には、まだサンゲツの神経が及んでいる。

 にもかかわらず、思った風に動いてくれない。まるで体を操られているようで、サンゲツは大いに慄いていた。


「もちろんできなくはないけども……その場合、自分のエナジーだけで攻撃をすることになってしまう」

「う……」

「もう疲れてきたでしょう?」

「……そんなこと、ない」


 燃え盛る体を維持していたサンゲツは、やがて火の勢いが衰え始めた。

 炎の精霊そのものとなっているのだから、自分の力で燃えているのであり、それが維持できなくなってきたのだ。


「ほら、これで元気になるでしょう」

「……うん」


 コチョウは流していた炎を、サンゲツの体へ返す。

 それは分散していた力を元に戻すのと同意であり、炎の精霊へ炎を補給するものだった。

 サンゲツは疲労が回復し、勢いを取り戻して再び燃え上がる。

 しかしその顔は、消沈したままだった。


「……カーテンおばさん、強いじゃん。羨ましいとか言っていたけど、私のこと馬鹿にしてたの?」

「そんなことないわよ、本当に羨ましいと思っているわ」


 コチョウに、サンゲツほどの才能はなかった。

 シュバルツバルトに身を置き、生真面目に努力をして、過酷な戦場に立って、それでもなお一人前程度だった。


 だが、一人前(・・・)である。

 たかが一人前、されど一人前。

 一人前とそうでない者の間には、大きな差がある。


「私はこれが精いっぱいで、どれだけ努力してもそこまで上達しないわ。十年ぐらい、真面目に頑張ってもね。でもあなたは……二年ぐらい真面目に頑張るだけで、私なんか抜いていくわよ」

「本当に?」

「ええ、本当よ。私は一人前がやっとだけど、貴方は間違いなく国一番になれるわ」


 コチョウがサンゲツに勝てるのは今だけ、それに偽りはない。

 サンゲツが成長すれば、すぐに抜かれてしまうだろう。


「授業が難しいなら、私が教えてあげる。ギフト技が使えなくて退屈なら、一緒に練習してあげるわ。だから一緒に、学校に通いましょう?」

「……しょうがないわね、負けたから従ってやるわ」


 ぷいっと、サンゲツは強がりを言う。

 本当に悔しくて泣いているのだが、それが見えないように顔をそらしていた。


「でも、二年と言わず、すぐに抜いてやるんだから!」

「ええ、楽しみにしてるわ」


 勝気な言葉に、コチョウは一安心する。

 これで真面目に勉強するようになってくれれば、こんなうれしい話はない。


(それにしても……一周回って初めて見たわね)


 その一方で、思うところがあった。

 サンゲツに対して絶対に言えないことを、彼女は脳内で反芻していた。


(この子は……炎の精霊との完全親和体質しかない。ブゥさんのように上限を破る体質も、ノベルさんのように無尽蔵に蓄積できる体質もない……単一の特異体質だわ)


 現在国一番の精霊使いは、冷厳なる鷲アルタイルであろう。少なくとも、その候補に入る。

 なにせ戴冠していないとはいえコゴエと互角に戦ったのだ、条件さえ整えればBランク上位は確実である。


 その彼以上の素質を持つサンゲツ。

 彼女が全力で鍛えて、国一番の精霊使いになったとき、どれだけ強いのか。


(Aランクなら壊せるあの森の木材が、彼女の力に耐えている……いえ、今後どれだけ精進しても、彼女では壊せない)


 やはり、Bランク上位なのである。彼女は文字通りの意味で、Aランクの壁を壊せない。

 炎の精霊との完全親和体質など、突き詰めれば炎の精霊に変身する程度なのだから。


 二重の特異体質を誇るノベルでさえ、やはりBランク上位。

 ならばサンゲツが、Bランク上位を越えることはあり得ない。


 アルタイルの実力を百とすれば、サンゲツの潜在能力は百五十程度。

 その程度の違いでは、ランクの壁は壊れない。


 いつかくる挫折の日。それに耐えられるように、少しでも彼女に寄り添おうと思うコチョウであった。


(負けないでね、超えられない壁にぶつかっても……今日のように、諦めないでね)

今まで複合型の特異体質持ちは多く現れましたが、単一の特異体質持ちはサンゲツちゃんが初めてです。


もちろん複合型のほうが珍しいのですが単一型が登場しなかったのは、特異体質が一つあるだけだとちょっと強いとかちょっとすごいどまりで、ほとんど意味がないからです。


そしてもっと言うと、ブゥ以外の複合型は、全員何千年か何百年も前に生まれた身です。

長命のため生き残っているだけで、この時代に大量に生まれたというわけではありません。


そして特異体質の持ち主たちについて、まだ掘り下げることがあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] Aランクは歴史に名を残すレベル、アッカレベルは歴史上での最強論争のうちの一人とかそのレベルの傑物なんだろうな
[一言] と、すると 特に才能の無い普通の人……死ぬ程努力してB下位が限界(精鋭兵) 普通に才能のある人……努力を積み重ねてB中位が限界(将軍) 単一の特異体質……体質の種類次第でB上位に届く(サン…
[一言] やっぱり、サンゲツが学校やめたら…死? どこのヒモ付きでもないBランク上位なんて、生かして置く程甘い世界じゃなかったよね
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