夢への飛翔
わからない、まったくわからない。どうすれば面白いゲームが作れるのかわからない。
面白いゲームは山ほどあって、それを何度もプレイしたのに。先人の知恵を学ぶべく、多くの参考書や講義を聞いたのに。
それでも出来上がるゲームは、まったくのクソゲーである。
面白くないのは当然のこと、操作性も悪いしバグまみれだし、製作者でもクリアまで持っていけない。
これではもはや、バグを避けて正解を探るゲームである。製品としてお金を取れないレベルだ。
「通しでプレイしてみても……全然面白くない……難易度の上昇が無茶苦茶だし、チュートリアルでも操作方法がよくわからないし、インターフェイスも遊びにくいし……そもそもバグで進行しない……」
阿部は世界が滅ぶ瀬戸際になっても、まだゲームを作っていた。
何をどうすれば面白くなるのかまるで分らないまま、製作途中のデータを前に頭を抱えている。
しかしそれは、彼だけが特別ではない。
世の創作者たちは、駄作を作ろうとして駄作を生んでいるわけではない。
いくらでも名作があるのにその作り方が分からないし、いくらでも大作があるのに話の続け方が分からない。
苦心して苦悩して、心血を注いで。
それでも出来上がるほとんどのものは、駄作かそれ以下。あるいはまず出来上がらない。
記憶に残るのは名作ばかり、記憶に残らなければ生まれなかったことと何が違うのか。
それでも彼らは創作する、それはなぜか。
「……これじゃあ優勝なんて狙えない」
苦心や苦悩のない仕事や趣味などないだろう。
彼らもまた、仕事や趣味をしているだけなのだ。
全力で頑張っているということは、つまりそういうことだ。
「はぁ……世界が滅ぶっていうのに、俺は何をやってるんだ」
弱音が漏れることもある、阿部だけが特別ではない。
「いっそ、彼女を連れて……誰もいない世界へ……」
弱音を吐くことは、恥ずべきことではない。
恥ずべきことは、ゴールを目指さないことだ。
「……よし」
彼は生真面目に、作業を再開する。
以前にやっていた殺戮のスコア合戦よりも、ずっとマシだと信じて。
※
世界へ、高熱が満ちていく。
世界の性能が下がるうえで、さらに情報が氾濫していく。
その情報源、根源に対して蛇太郎が対峙する。ただ一体の、夢の中のモンスターを従えて。
「もうお前にはうんざりだ」
確固たる殺意を向けて、蛇太郎はインプットワンドを構える。
「もうやめろ……ただ先延ばしばっかりしやがって!」
苛立ちを前に出して、軽蔑を露わにして、目の前の相手を罵倒する。
「なにが地獄だ……これのどこが地獄だ! ただ不愉快なだけだ!」
『ジゴジゴジゴ……何を言う! それこそが、地獄だ!』
地獄の鉄槌たる存在は、己の存在意義を主張する。
『地獄の本質が罰であるとして……罰とはなんだ? 不快であること、不愉快であること! それはままならぬこと、動けぬこと! 為そうにも為せぬこと! 邪魔であること、妨害されること、遅延されること! 何もできないことこそが……地獄なのだ!』
もっとも強い感情を、彼は主張する。
それがないこの世界に、正しくなれと諭すように。
「くだらない……そんなもの、ない方がいいに決まっている!」
『……そう思うか?』
「当たり前だ、快適で愉快で軽快な方がいいに決まっている!」
『はは、不要か! 確かに不要だ!』
「何を……」
『そう思い込みたくなるのだろうなあ!』
地獄が笑った。
真理を知るものは、真理を知らぬものを嘲る。
正気だと思っているものを、その勘違いを嘲る。
「もうやめましょう……時間の無駄です」
決然たる表情のラージュは、強く言い切った。
「この怪物と私たちは、分かり合えません」
「そうだな……」
楽園の人間は、かつて多くの生物を滅ぼした。
その中にはあえて滅ぶことを良しとした生物もいる。
この怪物も、その一種でしかない。
『ははは! このメーカートラブルを倒すか? できるだろうなあ、だが世界を滅ぼすまでに間に合うかな?』
もとより世界を滅ぼすか、滅ぼさせないかの戦い。
メーカートラブルは、この栄光の世界を滅ぼすことしか考えていない。
「……間に合わせるさ、おしゃべりはここまでだ!」
「行きます……レトロ技、モノクロサンダー!」
強化されてなお、エフェクトは変わらない。
それは処理の限界を見極めているがゆえであり、これ以上派手な技は打てないのだろう。
そしてそれが一体である。
数値的な威力は数倍になっていても、処理は格段に軽くなっている。よって処理限界に達する可能性は、大幅に下がったといえるだろう。
『はははは! こい、眷属たちよ!』
だが一体だけで攻撃していることは変わらない。
メーカートラブルは大量の眷属を放出し、己の周囲へ展開する。
それは捨て駒の特攻ではない、弾除けの肉壁である。
ただの時間稼ぎであることは明白だ。むしろこのモンスターは、それしかしてこない。
『さあどうする? どうする? どんどん世界は重くなっていくぞ!』
「……害悪の極みだな」
もとより無理心中を図る相手だ、まともであるはずがない。
苛立たしさの極みに達した蛇太郎は、インプットワンドを強く握る。
「ムゲン技を使ってください」
「え?」
「ムゲン技、タイミングチャンスを使うんです!」
その蛇太郎へ、ラージュはインプットワンドの発動を指示していた。
「これ以上時間経過を許せば……ターンを重ねれば、私たちは壊滅します。ですから、次の攻撃で倒すしかありません」
「……通常攻撃を、連続攻撃へ変化させるタイプの技か」
「はい。タイミングよくボタンを押して、判定を成功させるイメージでお願いします」
通常攻撃を連続攻撃へ変化させる技、というものは蛇太郎も知っている。
相当上位の補助技であり、大技中の大技だ。術を使う側も、使われる側も高位でなければならない。
使う側が強くなければならない理由は、そもそも術が高位だからなのだが……。
「……持つのか?」
「わかりません……でも、それしかありません」
強力な技を連発することが、そもそも高負荷である。
術を受けて連続攻撃を行えば、肉体へダメージが伴うのはよくあることだ。
それに耐えられる強さがラージュにあったとしても、目の前の相手を倒しきれるほどとは思えない。
銃で例えれば……。
残弾が十分としても、銃身が焼き付きかねない。
「私の体がどうなるとしても、技を使い続けます。貴方は相手を倒すまで、タイミングを計り続けてください」
「……」
蛇太郎は、自分の中の卑しさに気付いた。
マロンも言っていたが、『望んでいた冒険』なんてろくなものではない。
この『仲間へ犠牲を強いる』こともシチュエーションではある。
だがそれは、決して喜ぶべきではない。いや、望んでいたことを卑しむべきことだ。
だがそうした自罰や羞恥を抜きにすれば、他に手がないことも事実だ。
やりたいと思ってはいけないが、やるしかない場面である。
「死なないでくれ。君が死んだら、倒す意味がない」
「いえ……死んでも倒しましょう。そうしないと……」
二つの顔を持つラージュは、その両方で微笑みかけた。
「ご主人様が、死んじゃいますから」
「それは……そんなことは、気にしなくていい!」
「気にしますよ。だって、私たちのご主人様ですから」
よく見れば、彼女の手は震えていた。
それが恐怖からくるものであり、彼女が自分を惜しんでいるようにしか見えない。
そして彼女の言葉は、勇気を振り絞って強がっているようにしか感じられない。
「それに……この世界を守るためにここへ来たんですよ? この世界にあるたくさんのものを、貴方は守らないと……」
「……そこまでする価値はあるのか?」
日和った、覚悟が鈍った、あるいは見込みが甘かったことに気付いた。
仲間と一緒に命をかけて戦うことと、仲間に命を捨てさせることは違う。
いや、段階が違うだけで、同じことなのかもしれない。だが蛇太郎にとっては、違うことだった。
「心血を注いだデータだとしても……夢の結晶だとしても……」
それはしょせん、うたかたでしかないはず。
それへ身命を賭させることは、いまさらながら嫌になった。
「それを言ったら、私だってそうですよ」
世にありえざる多頭龍、アルトロンは自分の存在を下げた。
「でも意味がある、命がある……魂があるんです」
自分に価値があるのなら、この世界にも価値がある。
その言葉を、蛇太郎は敬意をもって受け止める。
「だから……一緒に守ってくださいね」
「ああ!」
決意をもって、インプットワンドを持つ。
タイミングは感覚で伝わってくる。それを誤れば、決死の覚悟も無に帰してしまう。
「行くぞ……ムゲン技、タイミングチャンス!」
ただありったけボタンを押し込むのとは違い、機を捉えて活力を込める。
それも仲間が苦痛を伴うと知ったうえで。
難しい上に楽しくもない行為だが、絶対に成功させる気構えだった。
「行きます……モノクロサンダー!」
ごおん、と一発目の雷が落ちる。
それによってメーカートラブルに張り付いていた眷属が引きはがされる。
「ここだ!」
「もう一発! モノクロサンダー!」
ごおん、と二発目が落ちた。
多くの眷属が破壊されたが、それでもまだメーカートラブルは見えない。
「さ、三発目!」
「モノクロ……サンダー!」
ごおん、と雷が落ちる。
さらに眷属が吹き飛ぶが、ラージュの体から血液がこぼれた。
「……!」
蛇太郎は、傷を治してやりたかった。
だがインプットワンドは、活力を込めるタイミングを容赦なく伝えてくる。
(さっきより早くなってる!)
成功となるタイミングが短くなっている、難易度が上がっている。
それは仲間を回復させる『隙間』が、どんどんなくなっていくことを意味していた。
(片道切符だ……一度失敗すれば相手は補充するから、こっちは最初からやり直すことになる!)
何度もこれをやれば、時間がどうとかではなく体がもたない。
一度で成功させなければ、後はない。
「四発目!」
「もの、くろ、サンダー!」
ごぁあんと、ここでようやくメーカートラブルが露出する。
そしてラージュの鱗が内側からの圧力で爆ぜ、大量の出血をした。
その姿を見て、蛇太郎は思わずインプットワンドを取りこぼしかけた。
だがその離れる直前で、加速している『機』が伝わってくる。
「う、ああああああ!」
次成功したら、どうなってしまうのだろう。
そう思いながらも、蛇太郎は活力を込めた。
「モノクロ……さん、ダー!」
ラージュが、ひるまなかった。
まるで痛みを感じていないかのように、ダメージの蓄積を無視して攻撃を続ける。
「六発……目!」
「あああああ!」
ついに技の名前を吐く余裕もなくなった。
彼女の口からこぼれるのは、音ではなく大量の体液である。
『があああああ!』
だがそれは、メーカートラブルに届いていた。
ついに、ようやく、ただ長引かせることしかしなかった相手へダメージがつながった。
ここから押し込まなければ、勝ちはない。
『まだまだ……このメーカートラブルが、世界を、この世界を滅ぼすのだ……!』
「おおおおお!」
「あああああ!」
もはや蛇太郎は、自分が血を吐く勢いだった。
だがそれでも懸命に、涙を流しながら機をとらえる。
もはや連打に近い形で、間断なく活力を込める。
「あああああ!」
二つある頭のうち、ドラゴンの首が大きく後ろへのけぞった。
それは内部から崩壊したように、気絶して力を失っていた。
だがもう一つある頭は、人間の頭は、鱗に覆われていた筋肉などを露出させつつ、なおも吠えていた。
『我を倒すために……心血を注ぐ……それが無意味だと、わからないとは……!』
自らも無理心中を試みておいて、メーカートラブルは相手を呪う。
自爆覚悟で向かってくる蛇太郎たちを、心から呪う。
『その心血が、人を苦しめているとなぜわからない!』
「苦しくても! それには意味がある! 望んで苦しんでいる!」
活力を込めて、意思を吐く。
「苦しむことが、悪いことなわけがない!」
『何を……!』
「こうやって全力で、一生懸命になることが、悪いことなものか!」
活力を込めるのは、もはや連打の域。
雷が落ちる間隔も、当然連打に近づく。
「傷だらけになって、ボロボロになって……だから格好いいんだ! だから尊敬できるんだ!」
『……』
「俺はそれを、裏切らない!」
炎と氷、そして底なしの洞。
地獄でできた不快の塊は、幾度となく落ちる雷によって砕けていく。
そして……。
「……」
「ラージュ!」
ついに、アルトロンが止まった。
銃身が壊れ切るより先に、残弾が尽きていた。
もはや倒れた彼女を、蛇太郎は慌てて抱える。
「……!」
抱きかかえた腕が、血に染まっていく。
力を失って、自分を支えられなくなっている彼女。
まるでぬいぐるみのように、蛇太郎のなすがままだった。
「ああ……」
人形で例えれば、綿がこぼれているようなものだ。
最大出力の何十回分も出した負荷で、彼女は壊れ切っている。
「……四終!」
『ふん……あいにくだが、終わっている』
自分の負けを意識した蛇太郎は、せめて呪おうとした。
だがそれに対して、メーカートラブルは満足げに応じる。
『口惜しいが、このメーカートラブルは破砕された。この世界を滅ぼす力は、もはやない』
ゆっくりと朽ちていく、地獄の権化。
しかしその目に当たる光は、蛇太郎を捉えていた。
『だが、お前にはある』
「……またそれか、ステージギミックと同じようなことを!」
『当然だ、お前を見て私も確信したのだからな』
希望と確信を込めて、地獄は勝者を祝福する。
その勝者が、自分たちの本懐を達成させると信じていた。
「俺が、お前たちの思う通りに動くとでも思っているのか!」
『嫌でもそうなる。お前が望むとか、そういう問題ではない。お前はお前のまま、世界の破滅を選ぶのだ』
不快の象徴は、痛快に笑っていた。
『ははははは! 私は待っているぞ! お前が私を呼ぶ時をな!』
最後の最後まで、笑い続ける。
ひたすら時を稼ぎ続けていた悪夢は、最後まで不快さを失わなかった。
「……ラージュ」
そしてそれを、蛇太郎は無視した。
敵などどうでもいい、そんなことよりも力尽きた味方である。
仲間であり、友達。自分と一緒に、命を懸けてくれたモンスター。
「ラージュ……絶対に助けるからな!」
非力な彼でも抱えられるほど、ラージュは軽かった。
蛇太郎はこぼれていく彼女をできるだけ支えて、運び始める。
彼女が助かるかはわからない、だが……。
もしも自分がこうなったなら、手遅れであってもこうしてほしかったはずだ。
彼は自分が求めることを、彼女にしてあげたかった。
※
この栄光の世界にも、治療所は存在している。
そこへラージュを運び込んだ蛇太郎は、椅子に座りながら祈っていた。
もちろん他の三体も傷ついていたため、彼のそばにいるのはマロンだけだった。
「……無茶をさせた」
「君が悪いわけじゃない、彼女もそう思っているよ」
うつむきながら手を合わせている蛇太郎を、マロンは慰める。
その姿は、とても冷静なものだった。治療所に運び込まれたモンスターよりも、蛇太郎のことを心配していた。
「ラージュはこの世界が好きだったんだろう? だったらどうなったって、本望ってものさ」
「そうだな……でもそれを、俺は舐めていた」
蛇太郎は、自分を見つめなおした。
「俺は……陰キャだ」
「何をいまさら」
「理想が自分の中にあって、それが満たされないと不満をため込む」
なぜマロンが自分へ辛らつなのか、自分なりに答えを出したのだ。
「この世界の人みたいに、自分の理想を形にするわけでもないのに……与えられたものが思ったのと違うと文句を言うんだ……」
その言葉を、マロンは黙って聞いている。
「そのくせ望んでいたものを出されると……辛くて苦しくて文句を言う……嫌な奴だ」
自分で選んだ男の成長を、静かに受け入れていた。
「本当は友達が欲しかったのに……なんだかんだ理由をつけて、友達を探さなかった。それだって、俺が、俺自身が嫌な思いをしたくなかっただけなんだ……」
世界を救うのだから、これだって覚悟しておくべきだった。
つまり安請け合いをしたということであり……。
「俺は、ここに来るべきじゃなかった。他の誰かを、ここに連れてくるべきだった」
後悔が、弱音が出ただけだった。
「……君の言う通り、君は嫌な奴だよ。こっちとしても、正直別の人にするべきだったと思っている」
「うぐ……」
「確かに君以外の人でも、この世界は救えるだろう。でも……」
治療所から、人影が出てきた。
傷ついていたモンスターが、復帰してきたのである。
「君だって、世界を救えるさ」
そのモンスターが何体なのかを数えて……。
マロンからの言葉を聞いて……。
蛇太郎は……。
※
時は、数分前までに移る。
「俺は……俺は!」
蛇太郎の脳裏に浮かんだのは、栄光の世界での出来事。
そしてその世界で戦った、地獄の鉄槌メーカートラブルとの死闘。
そこから連鎖するように、この世界の英雄サイモンとの戦いがよみがえった。
『対甲種魔導器、End of service、鉄槌形態!』
『来い、メーカートラブル!』
『コクソウ技、四終、地獄! 集積中枢物理崩壊!』
この世界で不義を成した男を、地獄に落とした。
義によって立ち上がり、葬ったのだ。
「俺も……俺も!」
かつて打倒し、今は従えた怪物。
その言葉が、彼の脳裏で反響する。
「俺も……地獄に落ちるべきだ……!」
彼はもはや、自分の意志で生きているわけではない。
生きてくれと託されたからこそ、強要されたからこそ、生きている。
彼は自分の意志で生きていられるほど、強くない。
他の英雄たちに支えられなければ、生きていられない。
弱すぎる、儚すぎる命だった。




