夢に占う
思い出は美化されるものというが、正しく言えば美しい思い出だけが残るというべきだろう。
あるいは美しくない過去は、思い出と呼ばないだけなのかもしれない。
歴史を変えた名作と呼ばれるアニメも、実際に見てみれば作画が粗かったり予算が無かったりすることもある。
名シーンだけ切り取れば面白くても、通しで見れば今一かもしれない。
とはいえ……過去の作品だろうがなんだろうが、面白いものがあるのは事実である。
過去の作品は全部ダメ、というのは逆に不公平であろう。
玉石混交は、何時の時代にも適応されることなのだから。
前置きが長くなったが、レトロゲームでもクソゲーはクソゲー、名作は名作。
ゲームの面白さに、性能は関係ないのである。
※
さて、レトロ技を習得するために、レトロ部門の区画へ入った一行である。
レトロ部門とはレトロっぽい、というよりも限られた容量の中で面白さを競う部門だという。
ボクシングの階級と同様に、容量にも階級があるらしい。
その分細分化しているように思われるが、しかしどの階級もなかなかの激戦区だという。
容量が小さいということは、その分作業が少なめで済むということだからだ。
個人単位、あるいは数人で参加できる分、容量制限のないものよりも参加団体の数は多いという。
またしても待たされている蛇太郎は、しかし居心地が悪そうではなかった。
テーマパークか、あるいは特設会場か。
立体的なドット、ピクセルで構成された『アイテム』や『背景』、そして『敵』。
それこそ文字通りの意味で、本来の意味でゲームの世界に入ったようだった。
精緻な画像には精緻ゆえの難しさがあるのだろうが、こうした粗い画像で表現することもまた難しいのだろう。
限られた容量の中で、プレイヤーに没入感を得てもらう工夫。それは決して、バカにできたものではない。
(じゃあ技術の革新は無意味なのだろうか……いや、そうでもないな。当の制作者側が、限界を越えたがっているわけだし)
紙の白と墨の黒だけで、水墨画は描かれる。
それはそれで難しく、同時に評価も高い。
だがそれを唯一至高とする者ばかりではない。
多くの色を、光沢を求める画家がたくさんいたはず。
だからこそ多くの絵の具が作られてきたのだ。
つまり限られた容量の中で頑張ることはいいこと、より大きな容量のなかで表現しようとすることもいいことだ。
大事なのは、デキである。
(面白くなければ、労力も無価値……当然だが、過酷な世界だな)
マロンと別れて、蛇太郎は散策している。
不思議なもので、どれも粗い『画質』であるにも関わらず、上手なものと下手なものの見分けがつく。
そこはセンスの違いなのだろうが、大量にあるからこそ善し悪しが比較される。
微細な差まではわからないし、何がどういいのか説明できないものもあるのだが、それでも露骨にダメなものと結構いいものの差は明らかだった。
なにせ、何なのかもわからないような物もある。失敗作が大量に、雑多に転がっている。
(日常の世界よりは、ずっといいな。まあ滅ぶとわかっているのに、ずっと積み重ね続けるのはバカだとは思うが……)
栄光とは熱意あってこそだろう。
熱意の伴わない栄光など、それこそ何の価値もあるまい。
苦心して、比較して、競い合ってこその栄光である。
日常の世界のように、誰もがみんなだらだら過ごして、全員へメダルが配布される……というのは夢の中でさえあり得ない。
そんな栄光に、価値など感じられまい。
あるいは、栄光の価値とは。
こうして目標に向かって、突き進む時間にこそあるのではないか。
(いや、さすがにそれはないな。それは美化が過ぎる。頑張っている人に対して、失礼極まりない)
意識の高いことを考え始めた蛇太郎は、自分を諫めた。
頑張ること自体にも意味はあるだろうが、それは目指すべき栄冠あってこそ。
勝てなくてもいいじゃん、というのは勝ちたがっている人に失礼だ。
(それなら……全力で発展したがっている人へ、発展しなければいいじゃん、というのも失礼か)
これでもか、これでもか、とばかりに積み重なっている試行錯誤の数々。
それを見ていると、それこそスポーツを頑張っている学生を見るような気持ちになってきた。
(……というか、この世界ってゲーム作ってるんだよな? 優勝者の作品とかあったらやってみたいような気も)
ゲームの試遊ができるのならば、という心境で探し始める蛇太郎。
その彼が見つけたのは、試遊場ではなかった。
それはレトロな世界に見合わぬ、リアルな、日常から切り取られたような実物の墓だった。
(春礼墓地みたいな、でっかい墓碑だな……歴史を感じさせるというよりは、普通に年代物だ)
子供の時に修学旅行で訪れたことがある、大変歴史深い墓地。
それを思い起こさせる、あくまでも荘厳な慰霊の地。
その墓碑銘は多くの名前はなく、ただ『哀れな被造物へ』とだけあった。
(大戦期の人造種の墓か? いや、それにしては……)
戦争で散っていた、原初の人工知能を搭載した兵器たち。
それを弔う墓を知っている蛇太郎は、しかし『被造物』とまとめられていることに違和感を覚えた。
(人造種が墓を作るときは、一々被造物であることを強調しない……。つまりこの墓は創造者が……クリエイターたちがゲームのユニットを弔うために?)
悩んでいる蛇太郎は、しばらく考察していた。
明らかに異物だからこそ目立つ、『真面目』な場所。
それを見る彼は、思索に没頭していた。
墓の前で墓の意義について考えるという、ある意味失礼なことをしている彼。
その蛇太郎へ、話しかける者がいた。
「あら……初めて見る人ね?」
「あなたは……相田さん?」
「私のこと、知ってるの?」
日常の世界でも出会った女生徒、相田であった。
とはいえ今の彼女は、女生徒という雰囲気ではない。
それからほんの少し成長した雰囲気を持っており、新社会人といった落ち着きが見て取れる。
「え、ええ……」
思わず名前を口に出してしまったが、どうやらあっていたらしい。
違っていたら人違いで済んだのだが、本人だったので余計気まずくなってしまった。
「前に会ったことがあったのかしら……ごめんなさいね、覚えていなくて」
「い、いえ、その……俺も阿部さんから聞いただけでして……」
「ああ、阿部君から……」
やはり彼女は、蛇太郎の知る相田であるらしい。
彼女の主観からすれば、別の夢を見ている、という程度なのかもしれない。
だが広大な夢の世界で、同じ人に会うとは思っていなかった。
「貴方もお墓参りに来てくれたのかしら?」
「え? いえ、迷っただけなんです。ただ……このお墓はなんですか?」
「ああ、初めて見たなら不思議に思うわよね。でもこれは……これだけは、遊びで作ったわけじゃないの」
相田は手に花束を持っていた。
それは献花であり、この世界で初めて出会った制作以外の行動だった。
「墓碑銘を見るに……誰かが死んだわけではないようですが」
「ええ、そうよ。これはこの世界で生まれた……破壊されるための被造物への弔いよ」
万物に仏性が宿る。
ただでさえ夢の中で、その中においてもただ生み出されただけの被造物。
プログラム通りに動くだけの、魂も知性もない存在。
だがそれでも、哀れに思う気持ちは湧いてしまうようだ。
あるいは、それこそが仏性なのかもしれない。
「負けるために生み出される存在への慰霊……ですか」
「ええ……実感がわかないかもしれないけど、昔のこの世界はもっと『リアル』でした」
「それは……」
「ええ……本物そっくりの『敵兵』を皆で殺して、その数や速さ、芸術性を比べていたんです」
デジタルの世界ならともかく、イメージの世界では『本物』を用意する方が簡単だ。
ましてやこの世界の本質が『栄光』であるのなら、その昔の方がよほどそれを突いているだろう。
「ですが、ずっと同じ相手だと……その、ほら……?」
(まあ言いにくいよな……墓の前だと特に)
相田は言葉を探そうとして、うまくいかなかった。
だがそれでも、蛇太郎は咎めることがなかった。
確かに中々口にしにくいことである、別の表現をしたくもなるだろう。
「新しい獲物を求めた、ということでしょうか?」
「ええ、そのとおりよ! うまく言えなくてごめんなさいね? でも……結局同じなのよね。いえ、むしろ……自分たちで作ったからこそ……それが、露骨になったわ」
現実世界においてさえ、人は神である。
絶対的な安全圏に守られ、蓄積された技術によって豊かな暮らしが叶い、同族同士の争いさえ起きない。
己よりも強大なモンスターたちを下僕とし、それに誰も疑問を持たない。持つものが現れたとしても、反逆が波及することはない。
人は頂点、人は神。
だからこそ、その振る舞いは……。
あまりにも残虐だ。
「この世界では、誰もが勝者よ。順位をつけることはあっても、相手に負けるなんてことはない。だから私たちは……自分たちが勝つために負けるものを、自分たちが殺すために殺されるものを生み出している。いえ、それさえも、ましな方。生み出されきっていないものさえ、私たちは放置する……」
失敗を重ねることで、人は成長する。
駄作、習作を経て、わずかな完成に至るのだとしたら。
製作者とは、どれだけの『被造物』を見捨てているのか。
「楽しむために、感動するために、希望を得るために、達成感を得るために。もちろん、それは邪推よね? でも……やっぱりどうかとは思っているのよ。だからこうやって、みんなでお墓を作ったの。そして年に一度は、みんなで慰霊をするの。バカみたいって思う?」
「い、いえ……」
「でもやめられないのよね……競うのも、作るのも……人の業なのかしら」
少しだけ困った顔の彼女は、それでも笑っていた。
己の行動が罪深いと知り、それを人以外が罰せぬことも理解し、己の悪性を認識しながら……。
それでも生み出し続ける、人の愚かしさ。それを自嘲しているのかもしれない。
(誰も傷つけないために、傷つけていい何かを生み出す。人造種たちも最初はそうだったらしいが……)
この世界の被造物に、尊厳が与えられることはない。
彼らはあくまでも、ただのコマ。凄惨なダメージ描写は当然のことながら、どんな攻撃力や攻撃手段、セリフのテキストや表情があっても、それは倒すためのもの。倒した時の悦のためのもの。
一周回って、多大な労力の果てに、人は再び罪悪感を覚えるほどの『敵』を作り上げていた。
「……ふふふ、ごめんなさいね。貴方もこんな話を聞きたくないでしょ?」
「いえ、そんなことは……」
「やっぱり阿部君に会いに来たの? でも彼もレトロ部門に出場しているから、今忙しいのよ」
寂しそうな彼女は、無理をして、照れ笑いをしていた。
「あの人ね、優勝しないと私と結婚できないって言ってるの。笑っちゃうでしょう、しょせんゲームなのに……」
「い、いえ……そんなことは」
確かに、笑ってしまうといえば、笑ってしまうことだ。
実際に、現実で武勲を上げることなら笑うことはないが、ゲーム制作なら笑えてしまう。
「まああの人……プレイは得意なんだけど、制作するのは苦手なのよね……」
(じゃあ優勝無理じゃん……)
「笑えないわよね……」
「はい……」
なお、実情はちっとも笑えなかった。
「もういっそ、全部かなぐり捨てて、私と逃げてくれればいいのに……」
「そうですね……」
※
さて、夢の中でさえちょっと嫌な気分になった蛇太郎だが、暇は見事につぶれていた。
(PVP部門とかRTA部門とかないんだろうか……)
世界が滅ぶかどうかって時に、考えている話題ではないのかもしれない。
しかし気になって仕方ないので、彼は阿部と相田の結ばれる方法に思いをはせていた。
「おいおい、何考えてるんだい?」
「いや……とあるカップルが結ばれる方法を考えていた」
「何考えてるんだよ! 真面目にやってくれよ!」
「……すみません」
まるで職場の先輩後輩のような話だが、真面目な蛇太郎はそれを受け入れていた。
世界が滅ぶという時に、カップルのことを気にするのはよくあるまい。
「大事の前の小事って言葉を知らないのかい! というかそもそも、君が気にすることじゃないだろう!」
「何から何までおっしゃる通りです……」
「まったく……君は真面目なのかそうじゃないのかわからないね。今君が気にしないといけないのは、彼女たちの新しい衣装についてだろうに」
「……それはおっしゃる通りじゃないだろう」
さて、レトロである。
なんと言っていいのかわからないが、とにかく、こう、古いのである。
(ドット絵とかポリゴンになってるわけじゃなくてよかった……)
おめかしを終えた四体は、誇らしげにポーズを決めている。
しかし特殊性癖を持ち合わせていない蛇太郎は、彼女たちを見ても性的興奮を禁じえないことを禁じえてしまった。
「もう、前も言ったけどちゃんと褒めてよね~~! モチベーションアップもご主人様の仕事じゃん!」
さて、『盗賊』に扮しているのはグリフォンのリームである。
ものすごくぴっちぴちのタイツを着ており、その上からわずかな布地の、短い袖、短い裾の服を着ている。とても薄手の靴まで履いており、それこそ普通の人間めいた姿だった。
彼女の下半身は分厚い毛皮で覆われているのだが、それが引き締まっているため、さらに人間に近づいていた。
(なんか……骨格まで変わっているような気が……)
なお、蛇太郎は衣装を変えただけでは説明できない異常事態に遭遇し、下半身をじろじろ見ていた。
「きゃあ~~! やだもう、私の下半身にメロメロ~~?」
「ち、違う! 心外だ!」
蛇太郎の心外だ、という否定には、『私があなたへ興奮しているというのは、非常に不名誉な勘違いなので修正してください』という酷い言葉が封じ込めてある。というか、蛇太郎はすごく嫌そうである。
これはこれで、一種のセクハラと言えるだろう。
「あ、あの! わた、わたしも、じ、じろじろ見てください!」
「あ、はい……ううん」
「なんで困ってるんですか!」
「君も困っているような気が……」
アルトロンのラージュは、とても古いゲームの『性的な魔法使い』『大人のお姉さん』という、布地の少ないシンプルなお色気服だった。
ちなみに、布を一番多く使っているのは、とんがり帽子である。
背中からドラゴンの首が生えているが、それがほとんど存在感を持っていない。
「恥ずかしいだろう? 無理をしなくても……」
「だ、大丈夫です! きっと慣れますから!」
(それはそれで嫌だなあ……)
露出の高い水着みたいな恰好をしても平然としている仲間、そんなの一緒にいたくない。
それが蛇太郎の、せめてものわがままだった。
「君はずっと、恥ずかしがったままでいてくれ……」
「それはそれで……嫌です」
「そうだな……じゃあさっさとこの世界を救おう」
一人の女の子の尊厳の為に、一刻も早く世界を救う。
それが蛇太郎の、世界を救うモチベーションになっていた。
「あらあら……じゃあ私のことは、どう褒めてくれるのかしら~~?」
「うわあ」
「なによ、しつれいねえ!」
ぷりぷりと怒っているのは、インテリジェンススライムのポップである。
全身が軟体である彼女は、現在分厚い装甲に身を守られている。
普段は裸みたいなものなのだが、現在はみっちりと鎧に包まれていた。
彼女は軟体なのだから、鎧の中に入り込んでいるというべきなのかもしれない。
なのだが、その鎧の形が卑猥だった。
なぜか異様に、胸部と臀部がデカい。そのうえで、腰がやたら細い。
人間の性を理解してない彼女をだましているようで、哀れにさえ思える。
下品な日本語を書いたプラカードを、日本語のわからない人に持たせてバカにしているようですらある。
一刻も早く修正しなければ、人間の品位に関わるだろう。
「これは君に言っても伝わらないだろうが……セクハラで訴えてもいいと思うよ」
「それって、どういう意味かしら?」
「なんというか、こう……人間の価値観から言うと、ものすごく下品だ」
「褒めてないわよね、それ」
「むしろ不快だな、怒りを覚える」
「……そうもストレートに心配されると、私も傷ついちゃうわ」
今からデザインを変えるのは、また面倒だろう。
なのでこのまま戦うことになるのだろうが、蛇太郎は彼女の名誉のためにも早く終わらせるべきだと思っていた。
こうして彼の戦う理由が、また一つ増えたのである。
「そ、その……私は、どうでしょうか!」
「似合っているよ」
「そ、そうですか!」
そのうえで、アシュラのヤドゥである。
どうせこんな感じなんだろうなあ、という想像を一切裏切らない、下着を金属製にしたような、守備範囲の狭い鎧を着ていた。
そのうえで六本の腕はそれぞれが武器を持っており、露出している肉体は実にムキムキである。
他の三体と異なり、女性のボディビルダーめいた、色香とは別種の美しさがあった。
六本の腕があることを含めても、実に健全な肉体美と言えるだろう。
これを性的とみなすのは、彼女だけではなく健全なスポーツマン全体への偏見ではなかろうか。
「ご主人様……私のことを、戦士として見てくださるのですね」
「ああ」
「それはそれで、ちょっと残念です」
残念そうなヤドゥだが、さすがに怒り出しはしなかった。
ほかの三体と違って、変な目で見られていないからだろう。
「……君、四分の三を奇異の目で見ているよ。自覚はあるんだろうね」
「犬に変な服を着せているようなもんだろうが」
普段の姿が『民族衣装』としてまともであるため、『人間の考えた性的な衣装』を着せられている四体が哀れである。
それこそ犬に変てこな服を着せて喜んでいる、奇特な飼い主になっているようで不快だった。
「でもレトロってこういうもんだろう? 特に設定資料とかではさあ」
「そこで忠実にしなくてもいいだろう……というか、レトロでもそうじゃないのなんて、いくらでもあるはずだ。恣意的な偏りが見て取れるぞ」
これでいいだろ、というマロン。
我慢してやってるだろうが、という蛇太郎。
相容れぬ思想の衝突もまた、仲間の相互理解を深めるきっかけなのかもしれない。
「芸術性が高いのを忠実に再現したら、結局容量が重くなっちゃうじゃないか!」
「作画コストまで反映されてるのか、この世界は?!」
「だから、そういう敵なんだよ! 簡単にコスプレで再現できる程度じゃないと、まともに動けないんだよ!」
「……前回の敵も変だったが、今回も変な敵だな」
前回は時間経過とともに、技が発動していく相手だった。
だが今回の敵は、世界の性能を下げてきている。そのうえで世界内ではわずかな容量、処理能力をさらに消費し続けているのだから、やはり時間は残り少なかった。
「とにかく……明日には、四終のところへ勝負をかけよう!」
「……そうだな、心血を注がれたこの世界は、ちゃんと守らないとな」




