夢を押し込めるもの
栄光の世界もまた、モンスターのいない人間だけの世界だった。
そこで行われているのは、ゲームの制作風景である。
現実に……と言うと語弊があるが、制作されたものが実際に投影されている。
栄光の世界というには、地味が過ぎる風景である。投影されている画像はとんでもなく豪勢なのに、誰もがタブレット的なものを操作しているだけ。
夢の世界というよりも、夢の裏方という雰囲気が濃い。
それはそれで夢があるとは思うのだが、やはり今ひとつ承服しかねるところだった。
「……もう細かいところは突っ込まないから、この世界がどんな悪夢に襲われているのか教えてくれ」
「気持ちはわからなくもないけど、思考放棄はよくないよ。それに今何が起きているのかは、この世界をよく知らないとわからないし」
世界を救う勇者にあるまじきことだが、世界について考察することをやめた蛇太郎。
そんな過ちを正すように、マロンは世界の説明を始めた。
「この栄光の世界では、みんながゲームを作っているんだ」
「それはわかるけども……」
いったん地面に降りて、制作風景を眺めながら歩き始める一行。
ただゲームを作っているだけといえばそれまでだが、だれもが真剣そのものである。
真剣につくっているものが、無価値であるわけもない。熱の入っている作品群は、見ているだけでも楽しかった。
少なくとも彼の仲間である四体は、被造物に対して興味津津のご様子だった。
声こそ出していないが、右や左をきょろきょろと見回している。
(いや……俺だって、この世界をどうかと思っているわけじゃないんだよ。少なくともさっきの世界よりは守りがいがあるよ)
ふと隣を見れば、3Dモデルに剣を振らせている人がいた。
重量を感じさせる動きを表現するため、自分でも動いたり、他の人の作品や実写などの資料を基に悪戦苦闘している。
人によっては気にもしない表現であるが、彼はそれでもがんばっていた。
(もしもこの世界が滅びたら……これも消えるんだろうな)
夢の世界で作ったものである、バックアップなどできないし世間へ公表することもできないだろう。
だがそれはそれとして、心血を注いで制作したものが消されてしまうのは、とても悲しい。
いくら覚めれば消えるとしても、悪夢によってなかったことにされるのは痛ましかった。
「そしてみんなでゲームを作って、発表し合って、評価し合っているんだ」
「まあそうだろうな」
さきほど木の素材を作っている人がいたのだが、彼はわざわざ破壊された場合のモデルも作っていた。
これでただイラストを作っていた、では筋が通るまい。
「一本のゲームを一人で作ることもあるし、たくさんの人と協力して一本のゲームを作ることもある。さっきみたいに、だれでも使える素材を公開していることもあるんだよ」
「そうだろうな」
「みんなすごい凝り性だから、どれも凄い出来なんだ」
「そうだろうな」
「だから世界がピンチなんだ」
「そうだろ……なんで?」
おかしいことだった。
なぜ凝ったものを作ったことで、世界がピンチに陥るのか。
空から隕石が降ってきて、着弾して滅亡する。
そんなわかりやすさから、あまりにも程遠かった。
「この世界を滅ぼそうとしているナイトメアは、世界そのものの性能を下げているんだ。だから凝ったものに耐えられないんだよ」
「世界の性能……?」
世界の性能とは、これいかに。
先日のステージギミックのように、世界がこちらへ攻撃を仕掛けているのなら、それの攻撃力や攻撃頻度が下がるのだと理解できる。
だがゲームを制作している夢の中で、夢の性能が下がるとはこれいかに。
「おい、あれ見てみろよ」
「ああ……ついにぶっ壊れちまったか」
その疑問に答える形で、製作者たちの声が聞こえてきた。
十人ほどが製作の手を止めて、遠くを見上げている。
その視線の先には、巨大な人型が見えた。
どうやら複数の製作者が協力していたようで、その人型の周りには沢山の人がいる。
いるのだが、彼らは身動き一つしていない。そのうえ製作途中であろう人型は、ところどころの画像が乱れている。
バグの修正中かとも思ったが、その乱れはどんどん悪化している。
そして最後には、ぶつんと消えていた。
人型は当然ながら、その製作者たちも消滅したのである。
その消滅の仕方は、まるでブラックホールに呑まれたようだった。
これはさすがの蛇太郎も、驚きを隠せない。
「やっぱ重すぎたよな、あのグラは……まさか動かす前からぶっ壊れるとは」
「最近は特に負荷がやばいからな……みんなギリギリを攻めてるから、仕方ないっちゃ仕方ないけどな」
なお驚きなのは、一緒に消滅を見ていた製作者たちがあるあるネタ扱いしていたことだろう。
やはり日常の世界と同様に、消滅に対する恐怖が無さすぎた。
「ま、しょうがないよな! さ、続き続き!」
「世界が滅ぶ前に、ゲームを完成させないとな!」
話を聞いているだけで、どんどん頭が痛くなってきた。
世界の仕組みは分かったのだが、住人の思考がまるでわからない。
「なあ……世界の性能が下がってるって……ゲーム機本体とかパソコンの経年劣化ってことか?」
「物のたとえとしては、大体あってるよ。ここはデジタルな世界じゃないけど、同じような状況にされつつあるんだ」
(いや、ゲームだろ絶対……)
イメージは理解できた。
凝った作りのため、情報処理が追いつかなくなっている。
ハードの性能が下がっていることで、内部のデータがどんどんぶっ壊れていく。
それがこの世界に訪れている危機なのだとしたら……。
「ゲーム作るのをやめればいいんじゃ……いや、そうじゃなくても軽いデータのゲームを作ればいいんじゃ……」
「うん、その場合は世界の崩壊が大幅に遠ざかるね」
やはり世界は、救うものを試す。
この世界を救うべきか否か、蛇太郎に決断を求めるのだ。
「でもみんな凝り性だから、全力で制作しているんだ。夢の中でいうことじゃないかもしれないけど、みんな不眠不休なんだよ」
(それはもはや、自殺なのでは……)
容量の軽いゲームだって、面白いものは面白い。
凝ったグラフィックやモデリングがなくても、ゲーム性に大きな差はないはず。
ゲームそのものの面白さは、そうした見た目とは本来無関係のはずだから。
でも頑張っている。
自分から積極的に苦しんで、自分から容量を大きくして、自分から消滅しようとしている。
(いくら夢の世界だからって、不眠不休で頑張ってるって……。これはむしろ、消滅が待っていないほうが地獄なのでは……)
凝り性という言葉の、その重みを感じる蛇太郎。
細部にこそ神が宿るというが、まさにそれ。彼らは細部へ神を宿そうとしているのだ。
尊敬を通り越して、もはやドン引きである。
理解できなくはないし、想像できなくもないが、絶対に共感できないし真似もできない。
(この世界にいる人、アーティストとかクリエイターばっかりだろ……)
異なる価値観に触れるというのは、必ずしも新鮮な気持ちを得られるわけではない。
それを体感する蛇太郎は、痛感という言葉の痛みを知っていた。
(アイドルものの裏方は盛り上がるらしいが、こういう制作の裏側はずっと見ていて面白いものじゃないな……いや面白いを通り越してしんどい)
心血を注ぐ場面を見ていると、気楽に楽しむことができない。
それは制作している人たちにとっても、不本意なことであろう。
「ちなみに、世界の性能を上げている人たちもいるんだよ。彼らもものすごく苦心して、世界全体の発展に貢献していたんだ」
「それなら、その人たちが危ないな……」
「うん、一番最初に滅ぼされてる。だからこの世界の低性能化が著しいんだ。早く何とかしないと……この世界全体の限界を迎えてしまう」
蛇太郎は疎外感を覚えていた。
彼自身がすでに発展し終えた世界の住人だからかもしれないが、マロンの言っていることに今一共感できない。
(ものすごく頑張って世界の性能をあげたら、その性能にふさわしいグラフィックやエフェクトが求められて……物理エンジンとかも入って……それで容量が足りなくなって、もっと世界の性能を上げて……)
はっきり言って、自分で自分を苦しめているようにしか思えない。
だが本気で頑張るとは、自分で自分を苦しめることに他ならないわけで。
世界の性能を下げているという怪物がいなくても、もとから地獄なのではあるまいか。
「栄光の世界か……」
なるほど、非常に平和的で、夢があって、栄光を求める者たちの見る夢だった。
「それじゃあこの世界で戦うためのショクギョウを得に行こうか」
「え、メイドじゃだめなのか?」
「ダメって程じゃないけど大変だよ」
「またそれか……」
日常の世界では、敵を速攻で倒さなければならなかった。
だからこそ攻撃に特化したメイド技が必要だった。
文章にするとメイド技という単語がノイズになるが、とにかく必要性は論理的に説明できる。
「ええ~? もしかして私たちのメイド姿が変わるのが嫌って感じ?」
「それは違う」
「もう、そこは即答しないでよね~」
グリフォンのリームがからかってくるが、蛇太郎は即答で否定する。
気の置けない関係になったからこそ、遠慮のないことが言えるのだ。
「私たちの乙女心が傷つくじゃん!」
「主語がでかいな、ほかの三体を巻き込むなよ。みんなはそんなことを考えてないだろう?」
からかってくるリームをあしらいつつ、蛇太郎はほかの三体の顔色を窺った。
だが三体とも、リームよりも深刻そうな顔でへこんでいる。
(考えてた……!)
蛇太郎はほかの三体と打ち解けていないので、リーム以外が落ち込んでいると困ってしまう。
あわてた彼は、なんとかフォローしようとする。
「ご、ごめん! 俺が悪かった!」
「謝るぐらいならきついことを言わないほうがいいよ」
そんな蛇太郎に、マロンもあきれ気味である。
とげとげした物言いをするのに、相手が傷ついたら自分も傷つくというのは、彼の面倒さを表しているのかもしれない。
「で……その、なんだ……どこに行くんだ? まさかメイド喫茶みたいなところに行くんじゃないだろうな……」
「どんだけ嫌なんだい……まあそこよりはまともだよ」
「メイド喫茶はまともじゃないって意識があったんだな……」
「文句が多いなあ……」
なおマロンと蛇太郎は、割と平気でひどいことを言い合えている。
「この世界でも、悪夢の影響を受けない力があるんだ。それを習得しに行こう」
「この世界にある力であらがえるなら、俺はいらないんじゃ……」
「だから、この世界の人は滅びに抗えないんだよ」
「そうだった……」
この世界にある力と、蛇太郎の活力が合わさって、ようやく悪夢を倒せるのである。
それを再認識した蛇太郎は、マロンの誘導にしたがって歩き始めた。
「こ、この世界は、嫌いですか?」
そんな蛇太郎に続く、アルトロンのラージュ。
不安げな彼女は、蛇太郎の機嫌をうかがった。
「あ、いや……嫌いではないかな……」
「わ、私は、好きなんです……だから、その……このままだと、嫌だなって……」
「それは……そうか、それは頑張らないとな」
自分が好きな世界を守ることに、自分の主が消極的。
それは夢の住人としては、悲しくなってしまうことだろう。
(そうだよな、この世界を好きな子がいても不思議じゃないよな……)
蛇太郎はこの世界に引いているが、悪趣味とは思っていない。
こういう創造的な世界を好きな人も、一定数いるだろう。
ラージュがそうだったなら、なるほどと納得できた。
「……やば! なんか来たよ!」
その納得をかき消すように、リームが危機を知らせた。
全員が周囲に警戒を張り巡らせ、身構える。
その身構えた一瞬後で、二体のモンスターが出現する。
片や、氷の針山。
片や、燃え盛る泥。
地獄の風景を思わせる怪物が、周囲を凍らせ、熱しながら現れる。
フリーズとオーバーヒートの行き着く先は、等しく地獄。
その具現を前に、蛇太郎はとっさの指示を出す。
「四体とも、メイド技だ!」
目の前の相手が強いならば、全力で当たるべき。
すくなくとも素のまま戦うよりは、ずっとましだという判断である。
なお、メイド技だ! という発言がすでにまともではない。
「あ、バカ!」
「え?」
だがその指示をした後で、マロンが叫んでいた。
しかしその指示はもう終わっており、四体はショクギョウ技を使用するために変身を始めている。
障壁に包まれながら、メイド服に着替えていく。
しかし、途中で止まった。
「……あ、あれ? ご、ご主人様、途中で止まっちゃった!」
「ご、ごめんなさい……あれ、あれ?」
「おかしいわね……なんなの、これ」
「申し訳ありません……不覚!」
変身の最中であるにも関わらず、動きが止まっている。
声はしているのだが、口は全く動いていない。
「は?!」
「相手は地獄の悪夢だ! あの敵の前で重い動きをしたらああなっちゃうんだよ!」
「みんなの動きもその判定なのかよ!」
光に包まれて変身すると、処理が重くなってしまうらしい。
原理はわからなくもないが、その原理がこの状況で適応されるのは意味が分からなかった。
「一体ずつならともかく、四体全員を同時に変身させるなんて……自殺行為だよ!」
「そういうことは先に言えよ!」
逸ったことは悪いと思うが、先に言えば回避できた事態である。
マロンの指摘は正しいかもしれないが、説明不足は否めまい。
「だ、だけど……変身の最中は無敵のはず、攻撃を受けても……」
地獄の悪夢Aは力をためている!
地獄の悪夢Bは力をためている!
「……みんな、体が動くようになったら防御だ!」
ものすごく嫌な話だが、相手はものすごく合理的な動きをしていた。
どうやら相手の動きが止まった時には、自分たちは力をため込むようになっているらしい。
反射などの能力があれば利用できるかもしれないが、あいにくとそんな力はない。
「わ、わかった! ぼ、防御だね!」
「こ、怖いです……抵抗できないなんて!」
「身動きできないって、めちゃくちゃ怖いわ!」
「なんの、来るとわかっていれば備えることなど……!」
拘束も永遠ではない。
ゲームでいえば、一ターン行動不能になる程度の話。
所詮悪夢の眷属、そこまで恐れることなどない。
「やった、動けるように……!」
地獄の悪夢Aの先制攻撃! チャージしていたので威力は倍だ!
地獄の悪夢Bの先制攻撃! チャージしていたので威力は倍だ!
「はぁ?!」
思わず叫ぶ蛇太郎。
どう見ても知性を持たないモンスターなのに、ルーチンの殺意が過ぎる。
防御をする前に最大威力を叩き込むそれは、初見殺しの鑑であった。
「きゃああああああ!」
氷のニードル弾と炎の放射が、防御しようとしていた四体を一気に飲み込む。
それは即死ではないものの、四体へ大きなダメージを与えていた。
「だから言ったじゃないか、自殺行為だって!」
「だから、言うのが遅いんだよ! 俺が悪いのは認めるけど、世界観の解説より先に言ってくれ!」
派手な技を使えば、相手の動きを封じ、強大なダメージを与えてくる。
それがこの世界を脅かす、地獄の理、それに適応した眷属であった。
「それは僕も悪いと思ってるよ! とにかく……派手な技を使わないように指示してくれ!」
「それはわかったけども……強力な技は大体派手なような……!」
本来ならコンピューターゲーム、デジタルならではの限界。
それを夢の世界に適応させる、地獄の脅威。
それに対抗できる、この世界にある力とは……。
「だからこの世界で獲得するんだ! レトロ技をね!」
「……もう、いいよ」
メイドよりはマシだった。




