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夢のかけら

 避難民を護送し終えて、ナイルと一行がセイカに戻った後の話である。

 百年前とはいえ故郷の文明に触れて調子を取り戻した牛太郎一行は、兎太郎の仲間たちと話をしていた。

 なお、兎太郎本人は牛太郎一行の持っていた、自分の登場するゲームをやり始めている。


「ところで……避難している人たちがずっと言っていたんですが……大将軍って実在するんですか?」


 牛太郎の切り出した話題は、彼らがずっと疑問に思っていたことである。

 曲がりなりにも最新兵器であるプラネットウェポンですら、プルートの軍勢には手も足も出なかった。

 Aランク下位を倒すのがやっとで、Aランク中位相手には時間稼ぎしかできなかった。

 それはそれでとんでもないことで、この世界の誰もが驚いていた。というか本人たちも、よく生き残れたなと驚いたほどである。

 だがそれはそれとして、『大将軍が来てくれないと……!』という言葉にはずっと疑問があった。


「彼らを疑うわけではないのですが、人間がどうにかできるとは思えないのですが……」


「あ、それ私も気になってたの! 伝説とか神話の怪物が現れたから、伝説とか神話の英雄を呼んでいるんじゃないかなって……」

「いや~、ないでしょ。いくら百年前の型落ちだからって、対乙種級カセイ兵器でもジリ貧だったんだよ? 先祖返りが何万人いても勝てないって」

「現地の人が信じてるだけで、実在はしてねーだろ。アレを一人でどうにかできるって、それ本当に神様じゃん」

「伝説の英雄の皆さんに助けてもらった私が言えることじゃないけど、夢にもすがりたくなるわよね」


 彼ら彼女らは、ぶっちゃけ戯言だと思っていた。

 近代兵器で大軍を編成して、ようやく勝てるであろう甲種モンスター。

 それに一個人が勝つなど、それこそ夢物語としか思えまい。


 というか、甲種や乙種のモンスターは『そういう生き物』なのだろうという認識だ。

 異世界ということもあって、非現実的ではない。

 だが人間という既知にして同種の生き物が、そんなことできるわけないという先入観があった。


「知らないって、こわいですね……」


 だがムイメはそれをあえて否定する。

 五人の認識が狂っているわけではないのだが、それは見識が狭いだけである。


「ここだけの話ですけど、私たちは実際に大将軍と戦いました……超強かったです……」

「え?」

「私たちは他のAランク上位モンスターとも戦いましたけど、あの人なら一人でも勝てたと思います」


 ムイメが発言をした一方で、他の三体は黙っている。

 だがその表情は、それこそうんざりしたものだった。


「おかしいよね……私たち、気付いたら伝説の英雄になってたもんね……」

「私たち一般市民だったはずなのに、この世界でもぶっちぎりの危険なモンスターとか、この世界で最強の英雄とかと戦ってるのよね」

「ご主人様のせいだわ……あの人が、よくわからない星の下に生まれたからよ……」


 改めて人に説明するとなると、自分たちの置かれている状況の異常さを嘆きたくなってきた。

 この世界に生きているほとんどの人々は、大将軍やAランクモンスターとは無縁な生活をしているのだ。

 なのに別世界の住人であるはずの四体は、無縁であるはずの存在と何度も戦っているのである。


「え……本当にそんな人間がいるんですか!?」

「ここだけの話ですけど、普通に権力争いに参加してました」


 カセイ兵器を数十体まとめて消し飛ばせるほどの実力があるのに、やっていたことは普通に権力争いである。

 よく考えたらおかしなことだが、人間なんだから仕方ないのかもしれない。


「蛇太郎さんがEOSでどうにかしてくれましたけど、そうじゃなかったら絶対勝てなかったです……」

「一人目の冠と同じ、魔王の遺産……対甲種魔道器EOSですか……英雄にも有効なんですね」

「狼太郎さんが言うには、もともとそのための兵器だそうです。実際他の超強いモンスターにも有効でしたし」


 世界の理そのものへの介入を行う、宇宙最強の兵器EOS。

 度を超えて理不尽な相手以外には無用の長物であるが、いったん発動すれば英雄でさえも抵抗の余地はない。


 しみじみと翼をばたつかせるムイメだが、それを聞いた五人はものすごく緊張した顔になっていた。


「あの……蛇太郎さんって、何がどうなってアレを手に入れたんですか?」

「は? あの、貴方たちって、蛇太郎さんよりもずっと後世の英雄なんですよね? なんで知らないんですか?」

「七人目の英雄については、よくわかっていないんです。だからEOSを持っていること以外に、何の情報もなくて……」


 蛇太郎の一代前と、一代後の組。

 彼ら彼女らは、そろって彼のことがよくわかっていなかった。


「それっておかしくないですか? だって蛇太郎さんは、七人目の英雄なんですよね? 貴方達はその活躍を認識しているんですよね?」


 著しい矛盾があった。

 EOSを持っているのだから、英雄的な何かを成し遂げたのだろう。それが後世に伝わっていなかったとしても、そこまでおかしなことではない。

 しかし、百年後の一般人が『七人目の英雄はEOSを持っている』ということを知っているのなら、なぜ持っているのかも伝わっているべきだった。


「そうよね。私たちは月の怨霊を倒したことが伝わっているから『六人目』扱いなんだし……具体的な武勇伝がないのに、どうして知られているの?」


 オークのイツケが、疑問の説明をしたとき、比較的歴史に詳しい鳩がそれに答えた。


「実は……『とある事象』が観測されたときに、その発生源が魔王の遺産EOSであることが報道されたんです。そのとある事象を引き起こした者が、七人目の英雄と呼ばれるようになったらしくて……」


 勝利歴以前にかかわる、非常に繊細な事柄。

 だからこそ狼太郎のような一部の長命種だけが知る、甲種魔道器EOSの事情。


「とある事象って、なんだったんですか?」


 話の流れの必然として、ハチクは質問をする。

 自分たちの仲間の、その武勇伝を問う。


「それは……!」


 言おうとして、鳩はあわてて口を閉じた。

 妖精へ改造されている彼女は、その過剰な感情表現によって後悔を露わにしていた。


 牛太郎も、四々も、蓮華も、猫目も。

 単なる歴史的な事件だと思っていたことの、その当事者がいることを再認識していた。


 何があったのかはわからないが、ろくでもないことが起きたことだけははっきりしているのだ。


 いや、正しくは『起きていた』というべきなのだろう。

 蛇太郎はそれを葬った英雄なのである。


 黙った五人を前にして、四体は窮した。

 やはり蛇太郎は、知れば後悔するような、そんな事件に遭遇してしまったのだ。



 蛇太郎は自室で、けん玉をしていた。

 世界最強の武器であるEOSを、普通のけん玉のように扱っていた。

 彼は楽しそうでもなければ、真剣そうでもない、疲れ切った顔でそれをしている。


(俺は……俺は……俺は、何を言った。ああ、俺は、俺は……!)


 彼は己の冒険譚を振り返っていた。

 彼だけが知っている、彼にとっての物語。

 他の英雄たちの物語を知る度に、その苛烈な輝きを増す日々を。


(俺は、仲間に……仲間に!)


 自己嫌悪、自己否定。

 誠実な男は、自分の先代との違いにのた打ち回りそうになっていた。


(俺は間違っていない、間違っていなかった。だがそれは……胸を張れる正しさだったか? 俺が狭量だっただけじゃないか?)


 胸が痛い、胸が苦しい、頭が痛い、頭が苦しい。


 生きていることに、耐えられない。


(俺は、死ぬべきだったんじゃないか?)


 EOSの所有者になった冥王の瞳から、静かに涙がこぼれた。


 つう、と目から落ちて、自分の服にかかった。


(俺に、ハッピーエンドを迎える資格はあるのか?)


 EOSを握りしめる。

 今もこの手に残る、最終奥義の感触。


『----を、諦めないでくれ……君だけのハッピーエンドを、終わらせないでくれ』


 それは、祝福だった。少なくとも、憎悪はなかった。

 だがそれでも、ただ生きてくれという願いは、間違いなく呪いだった。


(死にたい……死なせてくれ)


 疲れている顔の彼は、天井を仰いだ。

 生きることが保障されているこの快適な空間は、彼にとって罪悪感を募らせるばかりで。


「蛇太郎~! ちょっと来てくれよ~!」

「やばいぞ、これはやばいぞ……!」


(なんで俺は、罪悪感に浸れないんだろう……)


 そんなことを考えていたら、狼太郎と兎太郎が部屋に入ってきた。

 前任の英雄二人は、顔がぐしゃぐしゃになるぐらい泣いている。

 見ていて引くほど、二人とも感動で情緒がぐちゃぐちゃになっていた。


「どうしたんですか、二人とも……」


「牛太郎の仲間が、俺をモデルにした映画を持ってたんだよ……やべえぐらい感動した! リアルを超えてるぜ、この映画!」


(そんなこと言わないでほしい……)


 世界を救った英雄本人が、自分の冒険を卑下しているようで嫌だった。

 いやそれ事実をもとにしたドラマですよね、と口から出そうになる。


「俺も見たぜ……すげえ、感動した。これに比べたら、俺の撮ったドラマなんてクソだ……」

(まああの同人みたいな出来なら……)

「マジでやばいぜ! お前も見ようぜ!」


 実在の英雄たちからの、フィクションの推薦。

 それを言われた冥王は、落ち込んでいたことも忘れてしまっていた。

 だがそれが、幸せなこととは限らない。


(今そんな気分じゃない……というか興味ない……)


「全俺が泣いたんだぜ、やっぱり映画は最高だな!」

「お前も一緒に感動しようぜ! 感動を分かち合おうぜ!」


「……はい」


 嘘っぱちのフィクションを、作品として楽しめる英雄たち。

 彼らのスタンスこそが、あるべき姿なのかもしれない。


(胸を張れなくても、正しいほうがいいな……)


 そして他人と比べることで、自分の正しさを再認識する蛇太郎であった。





 グリフォンのリーム、アルトロンのラージュ、阿修羅のヤドゥ、インテリジェンススライムのポップ。そして妖精のマロン。

 愉快の加減を間違えている仲間とともに、新しい舞台に降り立った蛇太郎。

 元の世界と大差のない『日常の世界』を後にした彼を待っていたのは、別の意味で既知のものが埋め尽くす『栄光の世界』だった。


「ここが二つ目の世界、『栄光の世界』だよ!」

「……なにか、おかしい。言葉にしにくいが、なにか変だ」


 何一つ不都合が存在しない、笑顔だけの世界が日常の夢だった。

 ならば栄光の世界とは? 新しい世界に戸惑う蛇太郎の目に飛び込んできたのは、木々の生い茂る森だった。

 たくさんの広葉樹が、無秩序に生えている。栄光というには自然すぎる光景なのだが、何かおかしさを感じてしまう。


 先ほどまでいた日常の世界との『違い』を感じ取り、彼は木に近寄った。

 そして、顔をその木に寄せていく。できるだけ近くで、自分の前にある樹木を見たのだ。


「これって、もしかして……3D画像か?」


 ちゃんと観察しなければわからないほど、繊細で緻密な立体画像。

 先ほどの世界はあくまでも現実をそのまま持ってきたものだが、この世界は現実に寄せている作り物だった。


「よく見れば……いくつかパターンはあるけど、同じ木をコピーしている?」

「そうだよ、よくわかったね。この世界にあるすべてのものは、人がクラフトしたものなんだ」

「クラフト? みんなの集合意識によるものとかではなく?」

「ほら、こっちこっち」


 マロンに案内されて、森を抜ける。

 たくさんの木々が生い茂る森を出ると、そこにはタブレットと睨めっこをしている職人がいた。


「うむむ……」


 無礼を承知でタブレットを覗き込むと、そこには樹木があった。

 この森を構成している、大量の木。そのコピーの元となる、新しい樹木のパターンを制作しているようだった。


「……この人、何をしているんだ?」

「ずっと木を作ってる」

「何のために!?」


 いくらここが夢の世界だったとしても、いやだからこそ、木をずっと作る人がいるなど信じられなかった。


「というか、コピーするんなら樹木なんて一種類あればいいだろ!? いや、一種類ごとに一パターンでいいだろ!」


「なにぃ?」


 マロンへ文句を言っていた蛇太郎だが、反応したのは樹木職人その人である。

 というか、絵を描いている人の近くで『絵なんて無駄だ』といったのだから、怒るのは当たり前だ。


「す、すみません! 失礼しました!」


 油断というほかない。

 相手が夢の住人だからといって、言葉が届かないと思い込んでいた。

 楽天の極みだった日常の世界と違い、栄光の世界では人は傷つき苦しむようだった。


「まったく……お前は全然わかってないな。いいか、一種類の樹木だからって、全部同じだと不気味だろう!」

「そうですね! おっしゃる通りですね!」

「確かにコピーで増やせるが、だからこそ単調じゃダメなんだ。できるだけ多くのパターンを作らないと、リアリティがなくなってしまう!」


 そして栄光の世界の住人は、きわめて不自然なことを言った。


「そうじゃないと、夢から覚めてしまうだろう?」

「……?」

「どうした、文句があるのか」

「いえ、そんなことは……」


 夢から覚めるということは、夢をみていると認識しているということだ。

 つまり明晰夢、ということだろうか。

 蛇太郎は正気な人に向かって、失礼なことを言ってしまったことになる。


「さっさとどっかに行ってくれ! 今月中に三種類の素材を作るのがノルマなんだ!」

(栄光っていうか、仕事じゃないか……いや、仕事に栄光がないとは言わないけども!)


 タブレットで描かれていた木の画像が、本当に立体映像として出現する。

 風が吹けば揺れて、空からの木洩れ日も連動して動く。


 かと思えば、目の前でいきなり燃えたり、切断されたり、へし折れたりし始めた。

 文字通りのダメージエフェクトである。


 それを見る蛇太郎は、言い知れぬ予感に身を震わせた。


「なあ、リーム。失礼を承知でお願いがあるんだが……」

「え、なに。いきなりかしこまっちゃって」

「俺を上空へ運んでくれないか?」

「そんなこと、いちいち大げさに前置きしなくてもいいのに~」


 グリフォンのリームに頼んで、空の上に運んでもらう。

 慣れてしまった奇妙な浮遊感には何も思わず、彼はただ世界を見渡した。


「これは、まるで……オンラインのクラフトゲーム……!」


 実物にそこまで詳しいわけではないが、蛇太郎の知る概念そのままだった。

 見下ろした世界では、たくさんの素材が制作されていた。


 建物や地形、武器や防具、特殊効果や動作そのもの。

 それらが一から制作されている、すべての創造物に製作者のいる世界。


 否、製作者と被造物だけがある世界だった。


「今この世界は、地獄の悪夢によって脅かされている。それに勝てるのは……君とそのモンスターだけだ」


 圧倒される彼の隣で、マロンが浮遊している。


 発展と発達、複雑さと精緻さを極めていく世界。

 その行き着く先はやはり地獄であり……。


 それに勝てるのは、蛇太郎だけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界の四終はプルート以外の雑魚を葬った奈落穴(デスホール)かな?栄光の世界がゲームの世界ならモデルは設定外空間、いわゆる謎の場所かな?ダイパリメイクでタイムリーだなぁ。
[気になる点] 優しさを忘れないでくれ、たとえそれが何百回、何千回裏切られようとも、か。 光の巨人は光の国に帰れたが、人間は地上で…あるいは地獄でも、希望を捨てずに居られようものか。 なんと辛い願…
[一言] 大将軍級がこの国まだ2人いて 大きい国だと十人ぐらい居るの教えんでええんか?
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