ワシントンの斧と桜の木
プレイゴーレムが救難信号を発信すれば、即座にナイルは受信することができる。
人工衛星もないこの世界であっても、そこまで離れていなければ何とかなるものだ。
だが南万国内での救援要請が届くのには、それなりの時間を要する。
つまり雑に言って、牛太郎たちが守っていた避難民たちは、しばらくまともなものを食べられていなかった。
救助が間に合った避難民たちは、安堵するとおなかがすき始めた。
当然ナイル内の食糧備蓄から吐き出すことになったのだが、なんとかギリギリ足りた、という程度である。
もちろん、いきわたっただけ大したものだ。ほんの十分で首都から被災地へ急行できるのだから、一回分持てば問題ないだろう。
むしろ『足りたんですか?!』とホウシュンが驚いたほどである。
「で、久しぶりに故郷の料理、何か食べられるって話になって……カレーか? この国は香辛料の原産地で、この手の料理は珍しくないって話だったけど」
「それはそうなんですけど……ほら、現地よりと言いますか……知ってるのとちょっと違ってて、さらっとしてて……」
「ああ、スープカレー的な?」
「どっちかというと、タイとかでしょうか? とにかく、好みと違ったんです」
現在英雄たちは、食堂車両でそのまま料理を食べていた。
せっかくなので全員同じものを、と思っていたところ、牛太郎の仲間の要望でカレーとなった。
妖精の姿になった四人の少女たちは、期待通りの『普通のカレー』を食べている。
それはもう幸せそうで、見ているだけで彼女たちの喜びが伝わってくるようだった。
「この手の妖精種は感情表現が濃いからな。嘘がへたくそって性質もあるが、見ている分には楽しいよな」
「人間に乱獲されていた時期もあったわね~~。だから滅ぼされなくて済んだんだけど」
(生々しい……)
そんな四人を見ている狼太郎とインダスは、妖精種に改造された四人から懐古に浸っていた。
内容が過激すぎて、蛇太郎はドン引きであるが。
(妖精種の前で『お前らはペットとして生き延びたんだぜ』とか言っていいのか? いや、そもそも生粋の妖精種じゃないし……人間だし……)
「なあ蛇太郎、ちょっといいか?」
そんな蛇太郎へ、兎太郎が耳打ちする。
彼らしくもなく、隠しごとをしている。
周囲に人がいる状況なので、隠しごとに向いている状況でもないが。
「アレ、エロいと思うか?」
「……ないですね」
「だよなあ」
蛇太郎は『彼女たちを異性だと認識していません』と言っていいのか若干迷ったが、彼女たちだってそう思われたいわけでもないだろうと判断して、らしくもなく踏み込んだことを言った。
「でもな、牛太郎は真剣だったぜ。あれは嘘や冗談を言ってる感じじゃなかった……!」
「まあそうですけども……」
蛇太郎としては、カミングアウトされたことを忘れたかったので、掘り返してくる兎太郎に引いていた。
しかしその一方で、気になるところがあるので一応確認する。
「あの、兎太郎さん。貴方はその、隠しごとが苦手ですよね? まさかとは思いますけど……本人たちに直接言ったりなんて、しませんよね?」
「するかよ」
呆れた調子で、兎太郎は答えた。
「男と男の内緒話だぞ? 野暮の極みじゃねえか」
「はあ、まあ……」
「それに……なんだかんだいって、牛太郎は仲間を元に戻すつもりなんだぞ? じゃあ黙っててもいいじゃねえか」
「……そうですね」
いろいろと粗雑な兎太郎にも、最低限のモラルはある。
これで牛太郎が『今の姿が好みなんで、ずっとあのままにしようと思います』とか言い出そうものなら、さすがに説得するか密告するだろう。男同士の秘密であることを、人の尊厳と秤にかけることはあるまい。
助ける価値がない奴ならぶっ殺すか見殺しにしようぜ、というだけに正義観もあるのだ。
「だからお前も、いらねえ気を回すなよ? あいつがクズなことをしようとしたら、その時ぶん殴ればいいんだ」
(間に合うとは限らないが……でもまあ、たしかに……)
蛇太郎は、改めて四人の少女を見た。
異性を感じられる姿ではないが、悲劇の被害者である。
彼女たちにこれ以上の悲劇が起きるなど、あってはならないことだ。
(でもそんな気が湧くかなあ……?)
でもその情景を想像すると、ギャグにしか思えなかった。
大変失礼なことなので、口に出すことはなかったが。
「だいたいまああれだろ? そもそもあの女子たち、牛太郎を恨んでるだろ。元の姿に戻れたら話をする間もなく、ぶん殴ってそのままバイバイじゃねえの? 告白する暇もないんじゃね?」
「……そうですね」
兎太郎の想定する未来も、考えようによっては失礼だ。
だが自分たちがそうなったら、と考えればありえなくもない。
むしろロマンスやらロマンやらを抜きにすれば、一番自然な成り行きだ。
さすがにそうなれば牛太郎も、わざわざ追いかけて真意を伝える、なんて真似はすまい。
変な言い方だが、角が立つ別れの方が丸く収まるのだ。
「あっ……」
そんな時である。
妖精ゆえの過剰な感情表現によって、四々はスプーンを落としてしまった。
彼女はそれが地面に落ちるより早く拾おうとしてしたのだが、それは人間だったころの名残、反射的なものだった。
バリアフリーもあるナイルの食堂車で、妖精用の高い椅子に座っていた彼女は、そこから落ちそうになってしまう。
妖精特有の高い重心も手伝って、彼女は体勢を崩し……。
「大丈夫か?」
「あ……うん」
牛太郎の大きな手によって、支えられていた。
もちろんいかがわしい部位ではなく、大きすぎる頭に手を添える形である。
「うん……」
替えのスプーンをナイルからもらいながら、四々は自分を支えてくれた牛太郎の手をなでる。
とても小さくなってしまった、自分の手との違いを悲しむように。
「四々ちゃん?」
「ひゃう?!」
「前言ってたよね? 私のことを、応援してくれるって言ってたよね?」
「う、うん、もちろんだよ!」
なおそんなことをしていたら、蓮華から釘を刺された。
妖精特有の過剰な感情表現によって、人と人は分かり合えているのである。
分かり合えていたとしても、同じものを狙えば争うしかないのだ。
(ご、ごめん、ちょっとときめいちゃった……蓮華ちゃんが先に好きになったのに……)
争いたいわけではない、だが彼女たちの乙女心は戦いへと向かっていた。
これも一種のつり橋効果だろう、戦いの中で頼れる異性に惹かれるのは自然なことだ。
(で、でも、やっぱり、こんな体で好きって言われても困っちゃうよね……戻ってからにしよう、正々堂々告白しよう、うん!)
戦うは、戦う。だが正々堂々だから卑怯ではない。
でもそれは奪い合いにほかなるまい。
なお……。
(いやあ……四人ともかわいいなあ……素敵だなあ……)
牛太郎は戦いの中で通じあった四人に夢中だった。
「うわ……」
岡目八目とはよく言ったもので、兎太郎の仲間を含めた女性陣も、牛太郎の趣味嗜好を理解していた。
いかに別種族の男性とはいえ、珍しい嗜好の持ち主は引かれる運命にある。
「黄河を思い出すなあ……」
しかし、このナイルの艦長は、そんな牛太郎の特殊性癖に興味津々だった。
「それで、狼太郎さん」
「お、おう! 複数同時対戦とか、久しぶりで盛り上がりそうだな!」
「ゲームの話ですか?」
「あ、いや、その、なんだ……?」
「ノゾミちゃんのことなんですが……」
気の早い狼太郎に対して、牛太郎はマジレスをする。
今の四人の、そのありのままの姿に惹かれている牛太郎だが、それはそれとして大切なことを忘れていない。
離れ離れになった仲間を、なんとしても探し出したかった。
「俺たちの仲間であるノゾミちゃん……違法製造型モンスター、特種ユウセイ兵器絶望のモンスターについてなんですが……心当たりは?」
「全くないな」
色恋沙汰以外にはまともな狼太郎である。
忖度のない意見を、そのままぶつけていた。
「そもそもランダムワープは、どの時代、どの世界に行くのかもわからない。それこそ宇宙の果てに飛ばされても、全く不思議じゃねえ。希望を持つのは、間違ってるな」
残酷な現実を、隠さずにあけすけに言う。
海に投げた手紙入りの瓶を探すような、そんな当てもない話である。
気休めがどうこう、ではないだろう。
わかりきっていたことだけに、牛太郎もその仲間も沈んでいる。
だが絶望するには、この状況そのものが『都合がよすぎた』。
「だが……お前らもわかってるとは思うが、俺たちがそろっていること自体が、奇跡どころの騒ぎじゃねえ。数字の偏りにしても、度を越えている」
別々の時代、別々の場所からランダムワープした英雄たち四組。
その面々が、ほんの数年以内で合流を果たしている。
これは何かの思惑か、何かの摂理が働いているとしか思えない。
「魔王が生まれたこの世界、この時代で何かが起きているのか、あるいは……ま、希望はあるな」
どうあがいても探せない時代と場所にいるのではなく、この時代の探せる場所でまだ生きているかもしれない。
虫のいい話だが、楽園の英雄がそろっている状況こそがその証明といえるだろう。
「だがエイセイ兵器やカセイ兵器と違って、特種モンスターは目立たないだろう。発信機の類があるわけでもないなら、本人を探すのは無謀だな」
そういって、狼太郎は蛇太郎を見た。
正しくは彼が持つ、魔王の宝EOSを見た。
「俺たちがEOSに集められたように……その絶望のモンスターも魔王の冠に引き寄せられている可能性が高い。一人目の英雄、冠の支配者、天帝を探すべきだろうな」
ランダムワープで姿を消した英雄は、この場の四組だけではない。
魔王によって追放された、一人目の英雄こそが最初の漂流者であるはずだ。
「メタ読みってやつですね! 俺も大好きです!」
なお、六人目はそれを映画的に解釈していた。
「……まあ確かに、メタ読みだ。だが実際、この状況で一人目と蛇太郎が合流してないのは不自然だからな。そう考えた方が自然だろう」
「あらあら、じゃあ究極のモンスターや新人類の三人も来ているかもね」
「逆に言えば、三人と二体しかいないってことよね? 意外と少ないような気もするわ」
「そうでもないでしょ、八人目以降も来ているかもしれないし」
メタ読みを始めた狼太郎と、その仲間たち。
五人目の英雄ではあるが、誰よりも年長者な彼女たちは気楽にことを考えていた。
そんな四体を見て、牛太郎とその仲間たちは疑問をぶつける。
「あ、あの……不機嫌になってしまうかもしれないんですけど、よろしいですか?」
歴史の生き字引である狼太郎へ、鳩は挙手をした。
「狼太郎さんって、一人目の英雄に会ったことがないんですか? 一説によれば、一人目の英雄と貴方は同一人物だと……」
「は? 俺がパパを殺したって? できるわけねえだろう、そんなこと」
歴史の解釈は人それぞれだが、珍説を本人にぶつければ困惑するのが道理だ。
事情をよく知らない者の憶測は、やはり突飛が過ぎるのである。
「でも……魔王が復活したのに、四天王唯一の生き残りである貴女が動かなかったのは不自然だという意見が。だから実際には動いていて、この時代を守るために戦っていたって……」
「この俺が、あの時代をねえ……」
とはいえ、その説の根拠には思うところがある。
魔王が復活を宣言し、人間に服従していたモンスターたちへ号令をかけた時、誰よりも真っ先に狼太郎が動くはずだった。
カセイ兵器の主である彼女が動けば、歴史は大いに変わっていただろう。
「ぶっちゃけ、パパが復活したとき……はせ参じようと思ったんだよ。大慌てで身づくろいを始めたんだが……」
「ああ、おしゃれしてたんですね?」
「してたら一人目に討伐されてた」
「……おしゃれには時間がかかりますからね」
確率の偏りとか奇跡が起きたとかじゃなかった。
ただ好きが過ぎただけだった。
「いやだってな! 俺だけの格好とかじゃなくてさ! 娘とか孫とかの写真も整理始めたんだよ! パパにとっても孫とかひ孫だろ? 生まれた時からお葬式の時までの写真を見せようと思ったら、すげー時間がかかってさ! それに俺と黄河の結婚式のアルバムとかもまとめなきゃいけなかったし……」
(そりゃかかるわ……)
短命なる人間と長命なるサキュバス、旦那ラブとファザコンと親バカと孫好きおばあちゃんが混じった、魔王によって生み出された生物。
魔王への忠誠心が高すぎて、魔王の救援に間に合わなかったのだ。これも一種の自業自得なのかもしれない。
「整理始めたら、昔のことがよみがえってきてさあ、涙が止まらなくてさあ……もういろいろ極まっちゃってさあぁ……」
しかしそれを、誰がとがめられるだろうか。
長い人生で多くを経験した彼女は、その人生を伝えきれなかったのである。
「だから逆に、討伐された後もまあしゃあねえかな、って気分になれた」
(魔王……キャラメイクに失敗しすぎ……)
親が死んだのは悲しいけど、でも親だけの人生じゃないことを確認できた。
だから誰も呪わずに生きていられる、それが彼女の結論だった。
なお、孤独にさいなまれて、世界を呪った魔王。
彼が狼太郎の子供や孫に興味があったかはわからないが、まあうんな結果である。
「それに、それからしばらくは忙しかったからな。馬太郎から挨拶されたり、猫太郎を紹介されたり、狗太郎に告られかけたり……」
知らない名前が続いたので、牛太郎とその仲間は混乱している。
そんな彼らへ、我が事のように誇らしく教える兎太郎。
「狼太郎さんはな、一人目以外の英雄と面識があるんだぜ。馬太郎ってのは二人目、猫太郎ってのは三人目、狗太郎は四人目だ」
「え……そうだったんですか?! 名前のない英雄たち三人と、会ったことがあるなんて……!」
これには牛太郎も驚きである。
楽園から追放されなかった英雄たちは、それでも名前が知られていない。
いかに各方面に顔が利くからと言って、その全員と知り合っているのは驚きだった。
「だからまあ、いまさら一人目に思うところはねえ。とはいえ、まともであることを願うばかりだがな」
改めて、狼太郎は牛太郎を見る。
かつての馬太郎と重なる、特種を思う英雄。
歪んだ意図によって生み出されたモンスターを憐れみ、いたわる、良き神の姿だった。
その一方で、己を良き神と思えない蛇太郎は……。
(俺のEOSが異世界へ追放された英雄たちを引き寄せているとすれば……一人目の英雄が異世界に追放された英雄の敵を引き寄せている……もしもそうなら、それはつまり)
やはり自己評価が低かった。
(俺は英雄に支えられている。ならば一人目は……世界に追いやられた者たちを、逆に支える器があるのか……)
絶望のモンスターは、確かに牛太郎たちによって尊厳を与えられていたのだろう。
だからこそ悲しいのだが、それは嘆くことではない。悲しくない方が、よほど嘆かわしいのだから。
(運命が、必然が、俺の周りに英雄をもたらしているのなら……俺はそれだけ情けない奴だってことか……)
牛太郎もそうだが、他の英雄たちは自立している。
きっと単独になっても、それなりにうまくやるだろう。
甲種や英雄、魔境を滅ぼす。それしかできない、葬の宝を持っているだけの男。
一人では何もできないくせに、誰かとつながれない男。
「まあ、まともじゃないとしても、きっといいやつだな。……素敵な恋が始まったらどうしよう……?」
「歴代の英雄とラスボスの邂逅……映画化決定だな!」
「真面目に話を聞いている四人……四々も蓮華も鳩も猫目もエロいなあ……」
(いや、そんなことないのかもしれない……)
そんなことないなあ、と思える程度には周りの英雄もかなり駄目だった。
周りの英雄がダメ人間だと、劣等感を感じずに済む。
そういう意味でも、彼は周りに救われていた。
(愚痴っている場合じゃない、俺がしっかりしないと……)
※
さて、一旦カレーも食べ終わり、今後の大方針も決まったところで、牛太郎の仲間たちを交えた食後のお茶会が始まった。
議題となったのは……やはりというか、六人目の物語だった。
「六人目の英雄、星になった戦士、冒険の神、怱々兎太郎……その仲間のムイメ、キクフ、ハチク、イツケ。知っちゃいけないことを知った気分です……!」
「うわ……端末で調べたら、本当に墓碑銘に書いてある! じゃあこの人たちが本当に六人目の英雄とその眷属なんだ……!」
「これって、公表したらまずいんじゃないかしら……ほかの犠牲者たちは、ただ死んだだけってことになっちゃうんじゃないかしら……」
「私の知り合いに、クラウドファンディングを立ち上げた人の子孫がいて、『私は六人目の英雄の子孫なんだ!』って自慢してたよ……もう自慢できないじゃん」
本気で特定できなかった、特定のしようもなかった六人目の英雄。
その正体を特定してしまった彼女たちは、歴史の暗部に触れる刺激を受けていた。
「そうですよね、普通はクラウドファンディングを立ち上げた人が『六人目』だと思いますよね……」
「なんでエンジョイ勢の私たちが、世界を救う羽目になったんだっけ……」
「ご主人様をたたいてでも、カセイ兵器で母星に帰ればよかった……そもそもそんなに月に行きたくなかったのに……」
「それは言わない約束よ……」
なお、自分たちが伝説の英雄になっていたことを再確認して、悲しくなってしまう四体の仲間。
「あの! 私たち六人目の英雄の物語が好きなんですけど! ラストシーンって実際にはどんな感じだったんですか?!」
その四体へ、歴史の真実を問う四々。
「久遠の到達者に乗り込んで、中枢に突入して、そこで怨霊と戦ったんですよね?! どんな感じだったんですか?!」
現場で実際に戦った、というか当事者だった四体。
彼女たちは互いの顔を見合わせて、困った顔をする。
確かに他人事なら楽しいだろう、ラストシーンだろう。
でも彼女たちからすれば、本当に悲壮な覚悟の戦いだったのだ。
あんまり軽々に話したいことではない。
自分たちが話す立場になると、蛇太郎の気持ちがわかるというものだ。
あの地獄みたいな戦況を、物語のラストシーン扱いされるとたまらない。
だがしかし、突っぱねるにしても、彼女たちの戦いを聞いた後なわけで……。
「どんな感じって言われても……アバターシステムを使って、エネルギーの集中しているところを破壊しただけなんですが……」
とりあえずムイメは、素直に答えた。
最終決戦については、母星でもある程度把握されていることである。
久遠の到達者に搭載されていたアバターシステムを使って、爆破の中枢ごと怨霊を倒した。
搭乗員は全員一般人で、他に武器がなかったのだからほかの可能性がないのだ。
「じゃあ! 宇宙開発者たちの怨霊と、どんな舌戦を繰り広げたの?!」
興奮気味の蓮華が、食い気味に聞いてくる。
おそらく映画なら最高の見せ場だろう。
宇宙開発者たちの怨霊と、星になった戦士のラストバトル。
どんな名台詞の飛び交う決戦なのか、気になって仕方ないらしい。
「私ね! 月の中心に入ったときの『この一歩は……人類の力の証明だ! 人類は、退化なんかしていない! アタシたちがその証明だ!』とかいうセリフが好きなんです!」
「『貴方たちの無念はわかる……でも、今の世界を壊させはしない!』っていうベタなセリフが好き! ベタだけど熱いわよね!」
「ゲームのセリフだけど『ワタシの一歩が世界を切り開く! 誰よりも先に、誰よりも前に!』っていうのもあったよな~~」
なるほど、映画やゲームならそうなるんだろう。
エンターテイメントとは、そういうものだ。
「解釈にもよるけど、怨霊と和解する話もあるよね……『そうか、人はまだ枯れていないのか……』『そうだよ。アタシだけじゃない、みんなが祈ってくれたから、私はここに来たんだ……』『それなら……きっと』とかも好きですよ」
それを聞いている四体は、何も言えなくなってきた。
当時のことはよく覚えているが、だからこそ彼女たちのあこがれを否定できないわけで。
「う、牛太郎もさ、プレイゴーレムに乗り込むときは格好良かったじゃん! ね?」
「え、そうだったか? あの時は必死で……」
「『俺は、抵抗する! お前にも、運命にも、絶対に負けない!』『俺は、受け入れない! お前の押し付ける平和を、ノゾミちゃんに課せられたプログラムを、この結末を! 俺は断固として拒否する!』『お前が何を諦めても、俺は諦めない! いや……俺たちは、諦めない!』ってさ!」
蓮華の露骨な君を見ているよアピール。
しかしあの場面であの言葉が吐けるのなら、惚れ直すには十分だろう。
惚れの上塗りである。
「へえ、お前は政治家先生にそんなことを言ってたのか」
「兎太郎さんは、どうだったんですか?」
「ごちゃごちゃわめいていたが、取り合わないで殴り殺した」
なお、兎太郎本人。
「生きているんならともかく、相手は怨霊だぞ? 話してどうするんだよ」
「……ま、まあ、そうですよね」
まさかの塩対応であった。
冷や水ならぬ塩水を浴びせられて、牛太郎とその仲間はやるせなくなっていた。
窮地に助けに来た時もそうだったが、兎太郎のことを熱血漢とでも思っていたのだろう。
実際そういう面もあるのだが、無駄だと判断したことはとことん切り捨てる面もある。
「ご、ごめんね……ウチのご主人様、必要な時は過剰なぐらい合理的に動くから……」
絶句しているファンへ、キクフが謝った。
エンタメが大好きなくせに『戦闘中に相手とおしゃべりするなバカ』とかいう男は、客観視すると理不尽である。
「あ、いえ……少しがっかりですけど、納得もできますから……」
塩対応された牛太郎は、それでも飲み込んだ。
実際怨霊と会話が成立するわけないし、何時爆発するのかもわからなかったんだし、大慌てで破壊するのは当然であろう。
夢のない話だなあ、とか思いつつも、とがめる気にはなれなかった。
歴史的瞬間なんだから名セリフの一つでも言っておけよ、なんて言えるわけもないし。
「まあ黄河のセリフも、結構捏造されてるしな。創作を参考に創作をして……古文の引用とかにもなるし」
狼太郎はさすがの度量であった。
やはり自分が創作され倒されていると、耐性ができるものなのだろう。
(でもがっかりだな……)
後世に残った名セリフは全部創作だよ、と歴史の偉人から言われた蛇太郎。
彼も結構がっかりしている。
「大体、敵に何か言ったなんて大事なことか?」
そうした冷えた雰囲気を読まず、兎太郎は心のままに語る。
「敵よりもまず仲間だろ? 仲間になんて言ったのか、の方が大事じゃねえか?」
それを聞いて、ムイメ、キクフ、ハチク、イツケは思い出した。
あの戦い、最後の瞬間を。
『俺は、楽しかった。みんなは?』
『最悪ですよ、宇宙船の中は狭いし動けなかったし』
『ほんと。買った服、全部置いてきちゃった』
『うふふ……家にも帰れないしね』
『お父さんもお母さんも、心配しているんだろうなあ……』
『よし、行くぞ!』
『はい!』
『やっちゃえ!』
『いいわ……みんな一緒よ!』
『これで、御終いだわ!』
ああ、あった。
確かにあったのだ、心に響く言葉が。
心を一つにした先にある、労いと決意の言葉があったのだ。
兎太郎の提起を聞いて、四体は思い出に浸った。
その姿を見て、牛太郎やその仲間も察する。
やはり六人目の英雄は、本当に誰もが憧れる英雄だった。
そして……。
(俺は……俺は……!)
蛇太郎は、自分が仲間へ最後に何と言ったのか、思い出してしまったのだ。
次回より 新章 栄光と地獄




