両片思い
兎太郎が母星で祈られていたことを知らないように、牛太郎もまたリネンの末路を知らない。
しかし牛太郎たちの想像する『テロの結果』を否定する者は、この場にはいなかった。
それだけわかりやすく、異論の余地がない結論だったのである。
「おそらくそうなっているでしょう、ですからあの政治家についてはもういいんです」
「ま……脱出に失敗してりゃあそのまま死ぬし、成功していても捜査が入っておしまいだろうな。万が一証拠の不備があっても、事件そのものの責任を取ることになるだろ」
万が一のさらに万が一、その男が無罪放免になったとしても、世界が平和に向かっていくことだけはない。
それこそ、歴史が証明し続けてきたことである。
軍備が縮小されるのは皆が安全だと思った時であり、軍備が拡大されるのは危機感が刺激された時である。
危機感を煽って平和の大事さについて考えさせても、死にたくないから武器を取る、で話は終わりだ。
己の結論ありきで歴史や教訓の選り好みをするものは、周囲を巻き込んで破滅してしまうのだろう。
「それにしても、皮肉なものね……私たちが月で遭遇した事件が、巡り巡って貴方たちの事件に至ったなんて」
「あ、いや! 星になった戦士やその仲間の皆さんが悪いわけじゃないですし!」
オークのイツケが時の流れに思いをはせたところで、牛太郎が慌てて訂正した。
「月の事件自体、皆さんに全然関係ないですし……皆さんが頑張ってなかったら、平和どころじゃなかったでしょう」
「だよな! 俺たちは英雄だな! 映画化決定だな! むしろ続編公開だな!」
(俺たちが帰らないと、続編もくそもないと思うんだが……)
後世の人間からほめたたえられて、ドヤ顔をする兎太郎。
その偉業自体はなんの偽りもないのでドヤ顔でも何でもしていいのだが、帰ることを前提にしている兎太郎に呆れる蛇太郎である。
「その話はもういいじゃないですか! それよりもこの人たちのことを考えましょうよ!」
ハーピーのムイメが、四人の改造人間を翼で示した。
絶望に浸っている彼女たちを放置するなど、モラルのある者たちには耐えられない。
絶望は一時の感情だが、この体のままだとことあるごとにそれが訪れそうである。
なんとかできるのなら、してあげたいところだ。
「そーだよね。私たちも天使にされたり大鬼にされたり、妖精にされたり人魚にされたもん。変な体にされた気持ちがよくわかるよ、他人事じゃない」
「そうよね、あれがずっと続くなんて、私たちには耐えられないわ!」
ワードッグのキクフ、ミノタウロスのムイメ。
ともに携帯改造装置後天的融合投射機によって弄り回された身である。
自分の体が改造された人間たちに、強い共感を向けていた。
「……みなさんは戻るんですね」
「……いいなあ、私たちはずっとこれなのに」
「なんでこんなつらい運命が私たちに襲い掛かるの……」
「けっ……一緒にするんじゃねえよ」
なお、不可逆改造を施された人間たちは、一緒にされたくない模様。
過酷な運命の渦中では、人の心は荒んでいく。
やはり平和とは、豊かな心の平安あってこそなのだろう。
「おい兎太郎、お前のチートツールに人間はあるか?」
「あ、ちょっと待ってくださいね……ないです」
「じゃあ無理だな、帰るまであきらめろ」
なお、狼太郎は即座に結論を出していた。
ユウセイ兵器云々はともかく、アバターシステムやキメラシステム、カセイ兵器にEOSの特徴を知る彼女の出した結論は単純である。
「え……逆に言うと、母星に帰れば大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、少なくとも見た目だけはな。そこから先は専門家の意見を聞くことになるだろうが……」
希望を見出した四々に対して、狼太郎はなんでもなさそうに答えた。
「馬太郎……二人目の英雄の仲間は、キメラシステムで『比較的マシ』な姿に換装していた。今のお前たちに対して使っても『限りなく人間に近い妖精』ぐらいにはなれるはずだ」
不可逆的な改造を施された四人は、心のどこかでもう戻れないではと悲観していた。
たとえ故郷に帰ることができたとしても、ただのかわいそうな被害者になってしまうのではないかと考えていた。
だが光明は、確かに見出されていた。さすがは魔王軍四天王の生き残り、亀の甲より年の功である。
「ほ、本当ですか? 本当に本当ですか? 帰ったらロストテクノロジーで、実際には無理でしたとかないですか?」
人間は一度騙されると、なかなか疑い深くなるもの。
しかし説明を求めるのは、信じたいからこそ。
必死な蓮華は、あくまでも希望の実態を求めていた。
「文明が滅びてりゃあその限りでもねえが、よっぽどのことがなけりゃあ大丈夫だろう。現物がないならともかく、ここにあるわけだし」
「そ、それは……」
キメラシステム。
六人目の英雄が扱ったとされる、月に封印されていた非人道的兵器。
兎太郎が活躍する以前は珍兵器の一種でしかなかったが、それ以降は本当に『伝説の武器』の一つになっている。
そのため兵器に詳しくない四人の改造人間も、その存在や機能は知っていた。
その現物がここにある、それを思い出して兎太郎を見た。
「そ、そうよね……私たちの(広義における)治療だから人道的に考えて必要だし、人間のサンプルなんてたくさんいるし……人間に変身する能力なんて、悪用のしようがないし」
狼太郎の言う通り、現物があるというのは大きい。
そのうえ過去に同じような目的で使われていた、というのも心強い例だった。
法的な問題に関しても許可が下りるだろう、と鳩は認識しなおしていた。
「な、なあ! このナイルってカセイ兵器なんだろ? エイセイ兵器と同じで、ある程度は工場みたいなのもあるんだろ? だったらここで『人間のデータ』を作れないのか?」
可能性を認識したからこそ、猫目は前に身を乗り出していた。
治す技術があるのなら、今すぐにでも何とかしてほしいところである。
キンセイ兵器やユウセイ兵器は、いうなれば戦車や戦闘機。
それに対してエイセイ兵器やカセイ兵器は、巨大戦艦や空母である。
中にどんな施設があっても、全く不思議ではない。
「やめた方がいいわね」
だがそれを、エルフのチグリスが諫めた。
「不可能とは言えないけど、私たちは専門家でも何でもないの。もともと搭載していたキンセイ兵器を改造したり、それの装備を製造することはできるけど、現物があるだけのキメラシステムについてはどうにもできないわ」
現物がある、完成品がある、というのは確かに心強い。
だが専門家がいるわけでもないし、研究機関のデータが残っているわけでもない。
その状況で、簡易な設備でどうこう、というのは危険極まりないだろう。
治療目的だからこそ、安易なことはできない。
「最大の問題は、サンプルの少なさね。この世界の人間は明らかに人種が違うし……かといってこの船に乗っているまともな人間は……」
ダークエルフのユーフラテスが、じろりと車両内を見渡した。
少々時間が異なるが、同じ世界からやってきた者たち。
その面々の中で、純粋な人間はわずか三人である。
「たったの三人、しかも全員男……無理ね」
改造人間である狼太郎や四々、蓮華、鳩、猫目はサンプルになりえない。
ほかの女性は完全にモンスターであり、まともな人間は男が三人いるだけ。
これでは『人間の女性のデータ』を集めるのは無理だろう。
「まずは身体検査したら? 大きな目標もいいけど、現状を把握するほうが先でしょ」
その一方で、吸血鬼のインダスはまず健康を心配していた。
見た目の完成度はかなり高いが、だからといって健康だとはかぎらない。
ナイルの中で調べるにも限度はあるだろうが、やらないよりはいいだろう。
「ってことで、男子は出てなさいよ。どんな結果が出るか知らないけど、同種の男には知られたくないものよ」
彼女に促される形で、三人の英雄たちは食堂車両から追い出された。
三人ともモラルははっきりしており、異性に身体測定の結果を知られたくない、という気持ちも分かった。
特に抵抗することもなく、そろって去っていく。
さて、そのあとである。
食堂車両に残ったのは、女子ばかりであった。
『お客様へご案内します、本機にはご希望のサービスを提供する設備がありません。インダス様のおっしゃる通り、可能な範囲での検査をお勧めします』
ナイルの放送を聞いて、四人の少女は体を固めた。
未来に希望が見えてきたが、現状を確かめるのは怖すぎる。
各々が自分の手を見て、震えていた。
現状を確かめて、それが絶望的なものであったら。
いや、その可能性が高かった。
それだけの説得力が、変わり果てた姿にはある。
それこそ素人目に見ても、戻るとは思えない。
「私……私、戻れるかな!」
自分の置かれている状況が恐ろしくて、調べることを躊躇する。
そんなことは、普通の人間でもあることだ。
ましてや、何の覚悟もなく改造された、普通の少女には。
「私、戻れるのかな……戻りたいよ!」
他の三人より先に、長月蓮華が泣き崩れた。その大きな瞳から、大粒の涙を流している。
大粒の涙、というのが比喩ではない。妖精種特有の、過剰なほどの感情表現、感情の発露である。
彼女の涙はビリヤードのボールほどにおおきく、しかも異常なほどの表面張力によって球形を保っている。
「こんな体……嫌だよ!」
流す涙さえも、人間離れしている。
涙を流せば流すほど、自分が人離れしたことを思い知ってしまう。
「こんな体……女の子だって、思ってもらえないよ!」
泣きじゃくる蓮華に、運命共同体である三人は寄り添った。
本当の意味で分かち合える四人、そのつながりはとても強い。
「蓮華ちゃん……牛太郎君のこと、好きだったもんね」
「今回の旅行で告白するんだ、とか言ってたものね」
「こんな姿にされたってのに……まだ好きなんだな」
同じ年ごろで同じ種族の異性。
なるほど、そういう感情を抱いていても不思議ではない。
長月蓮華は、芥子牛太郎に懸想していた。
彼女は抱いていた恋心を、体ごと粉砕されたのだ。
「こんなことなら……もっと早く言っておけばよかった……」
ナイル以外の誰もが、恋心を理解する種族である。
だからこそ彼女の後悔に、深く共鳴していた。
この体になった原因が牛太郎にあっても、それでもなお消えない思いがある。
そういう魔法が、恋にはある。
「この体になっても、牛太郎は優しいし……どんなに追い詰められても格好良かったし……」
ましてや、相手は英雄。
同種の異性の英雄の、その英雄譚を間近に見れば、恋がより強く燃えるのは必定だろう。
「だから……だから……四々ちゃんや鳩ちゃん、猫目までどきってしてるし……」
「……そ、そんなことないよ?」
「そ、そうよ~~……蓮華ちゃんの好きな人、盗るわけないじゃない」
「お、おまえ~、自分が好きだからって、他の奴も好きになるとか、恋愛脳だぞ~~」
話の風向きが変わった。
それを誰もが、敏感に感じ取る。
「嘘だよ! みんな結構あいつに惹かれてるじゃん! 私が告白して振られたら、今度は自分が告ろうかな~~ぐらいは思ってるじゃん!」
「……まあ、それは、ね?」
「……フェアな精神にのっとりましょう?」
「……その場合、私たちは悪くなくね?」
この、女の友情。
同じ年ごろで、同種で、同じ境遇だからこその、遠慮のなさである。
「思ってるじゃん!」
異性だと友情が成立しないという話があるが、嘘である。
同性でも友情の成立は難しい、というのが正しい。
「あんな体になっても恋バナで盛り上がれるなんて、さすが人間ですね……」
同種の同性がいなくてよかった、と思いつつ、精神的なタフさにおののくムイメ。
あそこまで珍奇なボディにされたのに、男の取り合いができるなんて、別の生き物からは信じられないことである。
まさに万物の霊長というほかない。
「へっ、乙女じゃねえか……」
なお、永遠のプリンセスである狼太郎は、そんな四人を見て嬉しそうに笑っていた。
「心配することねえさ、蓮華。女子の魂を持っているお前は、立派な女の子だ。きっと牛太郎も、おまえの告白を受け止めてくれるだろ。今からでも遅くねえ、勇気を出しな」
「嫌ですよ!」
女子たるもの、惚れた男子の前では身ぎれいにするもの。
それは他の動物でも同じ、一種の本能である。
こんな変わり果てた姿で、告白なんてしたくなかった。
高確率で振られる可能性もあるのだ、絶対に拒否である。
「こんな姿で告白したって、うまくいくわけないじゃないですか! 今の私、妖精なんですよ!」
「そんなことねえさ。似たような体の俺だって、立派に恋ができたんだぜ……」
温度差が著しいのだが、狼太郎は自身の経験を誇らしげに語ろうとしている。
「俺の旦那だった黄河は、そりゃあもう剛の者でな。俺だけじゃなくて、ここにいるチグリスやユーフラテス、インダスにだって手を出してたんだぜ……」
何千年も前の英雄の話を、昨日のことのように語りだす幼児の姿をした四天王。
その内容はわりと歴史的な事実なのだが、対象が規格外すぎてなんの参考にもならない。
「な、インダス?」
「え、まあ……たしかに変態だったわねえ」
変態だったわねえ、の一言で片づけられてしまった英雄黄河。
違う生物から見ても変態だというのだから、さぞ酷かったのだろう。
「歴史の教科書にも載っていたと思うけど、私も大戦時には暴れたのよ。吸血鬼が絶滅していたから、対策が不十分でね。一晩で基地を中から殲滅したこともあったわ」
恋話がいきなり武勇伝に変わった。
「屈強な軍人たちの多い基地の中に入って、片っ端から血をすすって、ネクロマンシーで操って、凄惨に殺しまくったの。勝って帰っていた私は、それはもう吸血鬼って感じで……」
インダスは吸血鬼らしからぬ吸血鬼、ではない。
むしろ万人が想像する、人類を捕食する吸血鬼だった。
彼女にとって人間は餌、食い物である。
人間を食べることに、なんの罪悪感もない。むしろ狩猟の興奮があるだけだ。
そんな吸血鬼さえ、情婦にしていた男、大戦の英雄黄河。
彼はいかなる剛の者だったのか。
「そんな私のことを、黄河様は好きだったわ……」
彼女は決して、悪く思っていなかった。
「ありのままの私を、好きでいてくれた……」
吸血鬼であるインダスを、人として愛していた。
「だから現場でことに及んだわ、変態よね」
人間の生き血をすする君が好き。
人間をたくさん襲う君が好き。
人間を苦しませる君が好き。
むしろ興奮する!
だから吸血鬼と、現場で及ぶ。
英雄の胆力、ここに極まれりであろう。
「……さすが大戦を終わらせた英雄ですね」
同種の英雄の雄々しさを聞いて、蓮華はそうコメントすることしかできなかった。他の三人は、言葉もない。
なぜなら黄河の話をしているインダスは、本当に『ま、そんなところが好きだったんだけどね』って顔をしていて、他の三体も同じように浸っていたのだ。
異なる生物間での愛というのは高レベルすぎて、万物の霊長である人間の女子たちにも、理解が及ばないところである。
「まあそんな奴もいるってことだ。確かに一般的じゃないかもしれないが、牛太郎がそういう趣味のやつかもしれないだろ? 希望を持ったらどうだ」
(それ、希望じゃない……)
長命種たちから短命種への、恋を楽しめという熱いエール。
温度差が激しすぎて、逆に冷え切っていた。牛太郎の仲間の四人だけではなく、兎太郎の仲間の四体もドン引きである。
「で、でも……ほら、私たちと皆さんだと、全然違うじゃないですか」
やや退きながらも、四々は違うことをアピールする。
牛太郎の名誉のためにも、自分たちのことを卑下していた。
何が何だか分からなくなってきたが、このまま放置することはできない。
「なんだかんだ言って皆さん、美人ですし! 英雄黄河が好きになったのも、わかりますよ。人間離れした美しさっていうか!」
「チグリスさんもユーフラテスさんもインダスさんも、同性だけど見とれちゃいますよ!」
「狼太郎さんの真の姿も、きっと凄いんでしょうね! 魔王の娘ですもんね! サキュバスクイーンですもんね!」
「な、なんだ、見たいのか? しょうがねえなあ、特別だぞ?」
全身のほとんどがいやらしさでできている女、羊皮狼太郎。
おだてに弱い彼女は、ついつい真の姿をさらしてしまった。
「お前たちと同じ改造人間型モンスター、サキュバスクイーン魔王の娘だぜ!」
素面にもかからわず、宴会芸のように出された真の姿。
魔王のタイカン技によって膨大なサキュバスと一体化している彼女は、妖精もどきの四人へ肢体をさらしていた。
「……わ~、すごい」
「きゃ~~……」
「本当に、すごい、美人……」
「敗北感、やばい……」
「わ、あ、す、すまん!」
場の流れとは言え、自分たちから見たいと言ってきたのに、実際に見たらへこむ四人。
ある意味彼女も不可逆的に改造されているのだが、形態が変えられる上に『美人』である。
美人過ぎてごめんね、を地で行ってしまった。慌てて戻るが、それでもやはり幼児レベル。そこまで変な体型ではない。
「お、俺の姿を見て、見惚れるんじゃなくて落ち込むってことは、魅了への耐性が高いってことだな! お前ら中々高性能だな!」
同じ改造人間型として、性能を褒めて喜ばせようとする狼太郎。
同じ改造人間の集まりだった四天王では、そうやって褒め合ったものである。
なお、全然意味がない模様。
「そうだよね……改造人間であることが問題なんじゃなくて、こんなちんちくりんなのが問題なんだよね……」
「伝説に聞くエンシェントウンディーネの人殺雫とか、究極のモンスターとか、ノゾミちゃんみたいに奇麗ならよかったのに……」
見た目が最悪だ、という基本に戻った四人。
振り出しに戻ってもいいことない。
「この呪われた姿……前世で何かしたとしか思えない。いったい私が、前世で何をしたっていうの……!」
「お世辞でもキモカワ……マジレスだと言葉を失うほどキモイ姿……きっついよぅ……」
ドット絵だとかわいくても、3Dだとキモイ。
アニメとかならかわいいが、リアルにいるとただキモイ。
そんなモンスターもいるわけだが、彼女たちはまさにそれ。
頭身が低いこともあって、お世辞にも美麗ではない。
鏡とかお互いの姿を見て、うぉっ、となることもしばしばである。
なお先人たちのアドバイスは、突き詰めると『気にすんな、そのうち慣れる』である。
長命種らしすぎる、参考にならないアドバイスだった。
万能なアドバイスだが、人類には早すぎる到達点である。
「あの、みなさん……黙ってましょう」
「そうだね……そうしよ」
「私たちには、荷が重いわ……」
「部屋に帰りたい……」
長命種たちの慰めがことごとく滑っていく中……話題がヘヴィすぎて、短命種の四体は何も言えない。
やはり行動を伴わせられない者では、発言を慎むほかないのだろう。
(奇跡が起きるといいわね……)
四体はただ、祈るのみ。
祈りは届かないと知っている彼女たちは、ただ奇跡を期待していた。
※
さて、二人から三人に増えた、一般的男子の英雄たち。
追い出された彼らは、盗み聞きなどするはずもなく、それこそ男子会を開いていた。
「あの……なぜ列車の屋根の上に」
「ナイルで男たちの内緒話をするときは、屋根の上って決まってるんだぜ」
(お前が勝手に決めただけだろ……)
いかに停車中とはいえ、列車の屋根の上に登るのは危険である。
それをわかっているのだが、三人とも屋根の上にいた。
「でさ、俺正直期待しているんだぜ? こいつ全然面白くねえからさあ」
新人を歓迎するあまり、後輩をないがしろにしていく兎太郎。
自分でも自覚があるだけに、蛇太郎はただ傷つくだけだった。
なお歴史の偉人同士のヒエラルキーをみて、牛太郎は少々面食らっている。
「お、面白い話、ですか? 俺も正直、面白い話をできる自信なんて……」
牛太郎の表情は、取り繕えないほど暗かった。
(それはそうだ……仲間が一体行方不明で、他の四人もあの状態。それで楽しい話なんて、できるわけがない……)
人の痛みがわかる男、蛇太郎。
彼は牛太郎の内面を想像し、自らも苦しんでいた。
「何言ってるんだよ! 四人も同じ世代の子を連れ歩いてるんだ、誰か一人ぐらいいい人がいるんだろ?」
なお、兎太郎はぜんぜん気にしない男である。
「四人の中の誰が好きなんだよ、言ってみろよ~~」
「兎太郎さん、いくらなんでもそれは……」
さすがに目に余ったので、蛇太郎が彼を止めようとする。
仮に好きな人がいたとしても、その好きな人があんな目に合っていれば、心中なんて言えるわけもない。
「そ、そういうことなら、お、お、俺が……俺が言います、言えるように努力しますから……」
「いや、お前の女の子の好みなんて大体わかるし」
もう現時点でかなり面白くないことになっている蛇太郎だが、なんとか後輩を助けようとしていた。
「あれだろ、お前恋愛受け身だろ」
「……」
「自分にも優しいギャルとか、積極的なお姉さんとか、おとなしいと見せかけてぐいぐい来る可愛い子とか、やたらと好感度が高くて自分を裏切らない真面目ちゃんとかが好きだろ?」
だがしかし、彼は無力化されていた。
逆鱗に触れるどころか急所を貫く即死の四撃が、オーバーキル気味に蛇太郎を燃え尽きさせていた。
「あ、あの、七人目の英雄さんが酷いことに……」
「ん、ああ……まずいな、美人局に引っかかったとか、こっぴどく振られたとか、もう誰かと付き合ってました、とかそういうのを思い出させちまったか……」
命の火が燃え尽きそうな蛇太郎。
さすがに兎太郎も困ってしまうが、まあそれはそれであった。
「ま、次の恋を見つければ解決するだろ。で、牛太郎は誰が好きなんだ?」
「……俺は、そんなことを考える資格がないんです」
色恋に興じる資格なし。
蛇太郎が察したように、牛太郎は己に恋を許さなかった。
「どう言い訳をしても、俺の不注意であの四人の体を台無しにしてしまった……恨まれても仕方ない、彼女たちを治すまで許してもらえないでしょう」
結果から言えば、彼女たち四人が改造人間になったことは、仕方のないことだった。
致命傷を負っていた彼女たちを助けるには、治療ポッドでよかったのだろう。だがそのあとも危機は続いたのだから、戦力が必要だった。
もしも全員がまともな人間のままだったら、絶望のモンスターがいても途中で負けていただろう。
だがそれは、結果論、それも全体主義の結果論である。
歴史の教科書に書いてある分には『運命だな、しかたなかったな』で済むが、実際に加害者となって友人たちを変貌させた牛太郎が思っていいことではない。
「それに、ノゾミちゃんのこともあります。人間に作り出され、人間に操られて、人間に絶望していたあの子を探し出すまで……何も言う気はないんです」
科学者と政治家の、どうでもいい思想の為に生み出された彼女。
なまじまともなモラルがあったからこそ、その心の痛みは激しかったはず。
「これが終わってようやく、俺は、この想いを……伝えられます」
「で、誰が好きなんだ?」
(すげえな、この人……)
真面目に責任を感じている男へ、結論を強いる冒険の神。
冥王はただ、その図太さに呆れていた。
「もとの姿はわからねえけどさ、誰が好きとかはあるんだろ?」
「え、ええ……まあ……」
「野暮なことはしねえから、言っちまえよ!」
「……はい」
まあ本人に言うわけじゃないからいいかなあ、という感じで流される平和の神牛太郎。
時代の流れを作るのは、兎太郎のような男なのかもしれない。
(……まあちょっとは気になるけども)
なお、蛇太郎。どうかと思いつつも、黙っていた。
「正直、以前は四人ともなんとも思ってなかったんです」
「は?! 五人そろってお出かけしてるのに?!」
(確かに……)
「あの子たちのこと、友達としか思っていなかったので……でも、あのエイセイ兵器の中で戦う中で、その……惹かれていきまして」
もじもじしている牛太郎。
どうやら本気で、懸想している相手がいるらしい。
「で、誰なんだ?」
「誰というか……」
本当に恥ずかしそうに、照れくさそうに、牛太郎は本心を打ち明けた。
「四人とも好きなんです……」
(何を言っているんだ、こいつ……)
牛太郎の胸の思いを聞いた蛇太郎は、牛太郎がまともではないと理解していた。
本当の言葉を聞けたからこそ、感じてしまう思いがあるのだ。
(あの四人の体を治して、絶望のモンスターと再会して、そのあとで『四人とも好き』って思いを伝える気だったのか……)
恋愛沙汰なんて、周囲から見れば真面目ぶっているだけの茶番である。
おそらく牛太郎も、本人としては真面目なのだろう。
だがしかし、だからこそ伝えた時の惨劇が予想できてしまう。
「へえ……四人とも好きなのか。つまりお前は……ああいう体型が好みってことか?」
兎太郎は、さすがの度量だった。
なお、その質問はかなり即物的である。
「いや、違うと思いますよ……」
「いえ、そうなんです……」
否定しようとしたら、肯定されてしまった。
やはり人の心なんて、察することはできても分かり合えないのかもしれない。
「一応言っておきますけど、わざと改造したわけじゃないんです。本当に確認不足だったんです……でもあの姿になった四人と一緒にいたら……いいなあって……」
(駄目だこいつ……)
恥ずかしそうに話す牛太郎。
その株の暴落は、甚だしかったわけで。
「あのおっきなおめめとか、ちっちゃくてつるつるしてるおててとか、ちゅるっとしている全体のラインとか……すごくいいと思います」
「へえ、そういうもんなんだな」
個人の思想や嗜好は自由だ。
それを他人に伝えなければ、実害がなければ、それはそれでいいのだろう。
少なくともこの時点で、牛太郎の思いが誰かを傷つけることはなかった。
だが伝えられた場合のことを思うと、今から胸が痛かった。
(苦労の末に体を治して、友達と再会して、そのあとに『あの妖精体型が好みだった』と言われるのか……)
だが希望のあふれる未来への旅路には、その地雷が埋まっているわけで。
ある意味、バッドエンド一直線なわけで。
「じゃあその思いを伝えるためにも、頑張らねえとな!」
「はい!」
(やめた方がいいと思う……)
一体どれだけの奇跡があれば、元の世界に帰れるのだろう。
一体どれだけの試練を超えれば、絶望のモンスターと再会できるのだろう。
しかし何もかも都合よくいっても、その先は地獄である。
英雄たちの性癖
狐太郎 普通
馬太郎 普通
猫太郎 普通
狗太郎 普通
狼太郎 彼女の基準だと普通
兎太郎 普通
蛇太郎 普通
牛太郎 ヤバい
蛙太郎 普通
雁太郎 普通
鴨太郎 ヤバい




