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モンスターパラダイス8ー平和の代償ー

 勝利歴の終わりより、人類は大量破壊兵器の製造をしなかった。

 法的に禁止されていたことは事実だが、終末戦争の疲弊によって人類にそれだけの余力がなかったともいえる。


 月に封印されていた久遠の到達者、勝利国の保有していた最後の勝利者、そして人造種たちの制作者が秘匿していた純血の守護者。

 この三体のカセイ兵器、エルダーマシンを例外として、大量破壊兵器やそれになりうるものはなかった。


 だがその三体も、すでに消えている。

 純血の守護者は四人目の英雄によって完全破壊され、最後の勝利者は五人目の英雄とともに消え、久遠の到達者は六人目の英雄を送り届けるために崩壊した。


 考えようによっては、正真正銘の平和が訪れたのだろう。

 しかし人類も、あるいはモンスターたちも、これでいいのかと考えた。


 無理もない話である。五人目の英雄が戦った相手は、それこそ完全なる外敵。今後も現れない、とは言い切れない。

 また六人目の英雄が活躍した事件においても、人類は己の無力さをかみしめることになっていた。


 いざという時、無防備なままでいいのか。

 人類にはモンスターを守る義務が、都市の指導者には世界を守る義務があるのではないか。


 有事に備えて、強大な兵器を作るべきではないか。


 その懸念が広がったのは、むしろ遅すぎたほど。

 だがいったん広がれば、否定することはできなかった。


 世界規模の投票が行われた結果、僅差にて賛成多数となった。

 反対票を投じた人々やモンスターたちも、賛成多数ならば、と受け入れていた。


 かくて製造されたのが、サテライトウェポン。衛世にして永星の兵器、世界を永遠に守るための兵器である。


 カセイ兵器と同様の設計思想を持ち、内部には多くの工場や施設が存在する。 

 最悪の場合生存者を乗せて星を脱出することさえ可能な、英知の箱舟であった。


 だがしかし、危険思想を掲げる冒涜教団によって、エイセイ兵器は乗っ取られてしまった。

 それもただ奪い去られたのではない、その製造の始まった段階で、すでに内部へ教団員たちが入り込んでいた。

 それによって英知の箱舟は、冒涜するための箱舟となっていた。


 兵器の閲覧会に参加していた一般人や、教団員以外の乗組員は殺害された。

 最悪なことに、最新最強の兵器は、危険団体だけを乗せて空へと飛び立ってしまったのである。


 だがしかし、牛太郎とその仲間四人は、奇跡的に生き残っていた。

 内部で発見した人造種『ノゾミ』とともに、エイセイ兵器奪還の為に奔走する。


 そして彼らがたどり着いた、テロの中心人物とは……。



 副教主、ドクター汚泥。

 多くのユウセイ兵器を生み出した男が操るプレイゴーレムは、コアを破壊されたことで機能を停止した。

 その戦闘の余波によってドクター汚泥も死亡し、残すは教主のみとなる。

 中枢への道をロックされたため、他の教団員たちの邪魔も入らず……。


 その行きついた先で、牛太郎たちは目を疑う黒幕に出会った。


「……やあ、待っていたよ」


「あ、貴方は……」


「ほう、私のことを聞いていなかったようだね。てっきりあの狂った男から聞かされているかと思ったが……」


清木(きよき)リネン……?! ほ、本人ですか?!」


「いかにも……都市の指導者の一人であり、今回のテロの被害者のひとりであり……このエイセイ兵器製造計画の主導者だ」


 二人目の英雄も、事件の黒幕が大企業の社長と知ったときは驚いただろう。

 だがさすがに、ここまでは驚かなかったはずだ。

 なぜ政治家が、テロなど企てるのか。それもここまで大規模かつ、自分が現場にいる状況で。


「どういうことですか……?」


「ざっくりいうと……すごく偉い人だ」


 世間のことをよく知らないノゾミへ、牛太郎は雑な説明をする。

 もちろん本人もそこまで詳しくないが、そう間違ってはいなかった。


「な、なんで指導者さんがこんなことをするんです?!」


 理解に苦しんだ四々が叫ぶ。

 今回のテロは、ただ多くの人が死んだだけではない。

 ただでさえ危険な兵器へ、冒涜的な兵器を詰め込みすぎていた。

 政治家の悪だくみにしても、度が過ぎている。


 二人目の英雄が告発した事件とは、スケールが違いすぎる。

 黙っていればばれなかった、ではない。最初から世界を巻き込みすぎていた。


「そ、そ、そうですよ! 私たちをこんなわけのわからない姿にしたのも……それは牛太郎だけど! でも、それができる機械を乗せてるなんて……!」


 蓮華もまた抗議する。

 マッドサイエンティストだった汚泥に会ったときは、なるほどこの男ならこんなわけのわからない兵器を作るだろうと納得できた。

 だがそのさらに上の男が、清廉潔白で有名な政治家だとは思いもよらなかった。


「あ、貴方は……恥ずかしくないんですか?! なんで平気な顔をしていられるんですか?! 私の両親だって、貴方に投票していたのに……」


 鳩は現実を受け入れつつ、弾劾していた。

 政治家がテロを主導して、市民やモンスターを殺すなどあってはならない。

 すべての有権者、すべての主権者への冒涜である。


「道理で……道理でこんな堂々としたテロが実現したわけだ……ちくしょう!」


 猫目は憎悪しつつ納得していた。

 兵器の内部を改造するなんて、ただの犯罪者にはできない。

 だが計画の主導者がテロリストだったなら……いや、それ以外では想像できないことだった。


「なにか……なにか言ってください。俺たちにはまだ投票権なんてないですけど……市民の一人です!」


 牛太郎は、絞り出すように説明を求めた。

 一人立っているだけの彼を殺すことは可能だが、何も聞かぬままそれはできない。


「……市民、か」


 病んだ顔の政治家は、白々しくも空々しいつぶやきをした。


「愚民の間違いではないかな?」


 言葉を失う、とはこのことだろう。

 政治家の口から出てはいけない、言ってはいけない言葉だった。


「何を君たちは大騒ぎをしている? 私にはそっちの方が理解できない」

「何を……今回のテロで、どれだけの人が死んだと思っているんですか! それに今だって、このエイセイ兵器は乗っ取られたまま……このままだと多くの人が犠牲に……」

「多くの人? 何を言っているんだい、大した数じゃないだろう」

「な、何百人もの人が死んでるんですよ?!」

「全然大したことじゃないさ、この兵器が暴れた場合のことを考えればね」


 ドクター汚泥には、熱狂があった。

 子供じみた発明品を製造するという目的のため、金づる(スポンサー)に全面協力しているといっていた。

 彼にとっては、ユウセイ兵器を作ること自体が目的だったのだ。


 だがエイセイ兵器を作り出したはずの男は、エイセイ兵器を心底憎んでいた。


「君も社会の時間、歴史の時間に習ったはずだ。かつての戦争で、どれだけの兵器が暴れ、どれだけの人間が死に、どれだけのモンスターが死んだのかをね」


 他でもない大量破壊兵器のど真ん中で、しらけ切ったあきれ顔をしている男。

 彼は履いている革靴を擦り動かし、虫をつぶすかのような動作をした。


「長命種たちもまた、それを知っている。短命なる私たちも、その記録を受け継いでいる……にもかかわらず、この世界に大量破壊兵器が生み出されてしまった」


 政治家の目は、愚民を見る目だった。

 常識を知らない輩へ常識を語る、軽蔑と疲労の色の濃い顔をしていた。


「この宇宙船は、あのバカ科学者が作った悪趣味な兵器とはわけが違う。ひとたび暴れだせば、とんでもない被害が出る。なのになんで君たちは、いまさらのように慌てている? そもそもこの兵器を望んだのは、君たちだろう?」


 ここまで聞いて、五人は論旨を理解した。

 つまりこの政治家は……戦争のための兵器を看過した、一般市民全員に怒っているのだ。


 テロが犠牲を出したというのなら、戦争の方がもっと犠牲が出るのに。

 ユウセイ兵器が人道に反するというのなら、エイセイ兵器の方がもっと人道に反する。


 あながち、間違っているとも言えないことだ。


 だがそれは……。


「ふざけるな!」


 テロを起こした者が言っていい言葉ではない。


「あんた政治家だろうが! 言いたいことがあるなら政治の場で主張できるだろうが! なんで犯行声明なんかで世界を動かそうとするんだ!」


 牛太郎は荒々しく吠える。

 どんな姿であれ、どんな苦難の旅であれ、生きているだけましというもの。

 だが他の大多数は、何もできずに殺されたのだ。

 目の前の彼の、勝手な思惑に巻き込まれて。


「もちろん私も主張したさ……だが、何も変わらなかった」


 擦れ切った政治家は、飄々とさえしていた。

 すがすがしいほどに、開き直っていた。


「長命種も、短命種も、人造種も……歴史を忘れてしまった。民意に問うた結果が、この兵器をつくることだったのだから」


 理想に燃える政治家の、民意への失望。

 世界中の人々が、兵器を望んでいるこの現実。


「民意の前に、政治家など無力だ。私一人の声では、何も変わらなかった……そのくせ、虚飾まみれの勧誘をすれば、馬鹿がわんさかと釣れたよ」


 彼は冒涜教団を作り上げた身でありながら、その教団員をバカにしていた。


「私がどれだけ戦争の悲惨さ、兵器の悲しさを語っても、誰も行動してくれなかった。反対票は半数に届かず……しかも反対した者たちも『多数決だから』とそれ以上の行動はなかった。だが飾り立てた言葉を並べれば、これだけ多くのバカが非合法な行動を嬉々として行った」


 あるいは、教団設立がうまくいかなければ、まだよかったのだろう。

 だがあっさりと教団員が集まり、エイセイ兵器の乗っ取りも成功してしまった。

 その事実が、彼に不快感を味わわせる。


「君たちはね、愚民だ。どれだけ歴史的事実を語っても、耳触りがよくないからと聞き流す。ありふれた手口の詐欺であっても、耳触りが良ければ飛びつく。だから、バカなんだよ」


 悪いのは騙した自分ではない、騙された教団員だ、一般市民なのだ。


「歴史は繰り返される……それは歴史から何も学ばぬ愚民によって引き起こされ……取り返しがつかなくなる!」


 正しいといえば、正しいのだろう。

 少なくとも彼の計画は、周囲がまともなら成立しない。

 成功しているということは、つまりそういうことだ。


「愚者が経験からしか学ばぬというのなら……体験させてやるまでだ! 兵器の恐ろしさ、戦争の恐ろしさをな!」


 今回のテロによって、一般市民は恐怖を思い出す。

 兵器というものがどれだけ危険なのか、戦争がどれだけ愚かなのか。

 よって、ある意味ではこの時点で……彼の目的は達成されていた。


「……あなたが冒涜教団の教主であり、人類の指導者の一人であることは理解しました。そのうえで、質問があります」


 彼の迫力に圧倒されている五人を置いて、ノゾミはあえて質問をする。

 胆力や迫力を知らぬ彼女にとって、目の前の相手は脅威ではなかった。

 だからこそ、ごく基本的な、根源的なことを問う。


「今回のエイセイ兵器が製造された理由について、貴方は一切言及していません。エイセイ兵器を否定する貴方は、外敵や危機的状況に対してどのような対策を練っているのですか?」


 なるほど、もっともな話である。

 五人目の英雄や六人目の英雄が直面したような、カセイ兵器がなければ対応できない事態。

 それを解決するために、エイセイ兵器は生み出された。


 兵器の悪用や戦争の再発を恐れる気持ちはわかるが、過去起きた危機が再現されたら、どうするつもりなのか。

 対案がないのなら、エイセイ兵器を製造することもやむを得ないはず。


「……なるほど、選りにも選って、君がそれを聞くのか」


 ノゾミを知る教主は、決まっている答えを出した。

 賢者たるもの、兵器が必要な危機にどう備えるべきか。



「その時は仕方がない、諦めて滅びを受け入れよう」



 政治家は、高らかに己の理念を、理想を口にした。


「過去に二度危機が訪れ、カセイ兵器によってそれが退けられた。だがもうカセイ兵器が残っていない……ならば滅ぶべきだ」


 戦争の凄惨さ、人間の愚かしさを知る男は、歴史の再現を恐れていた。


「対策を練らないことによって、危機へ対処できず滅ぶ可能性よりも、兵器の悪用によって戦争が起きる可能性の方がずっと高い。戦争が再発する可能性をつぶすためなら、他のどんな危険性も受け入れるべきだ!」


 自分の犯行によって証明された、人間の愚かしさ。それをもって、『人間の賢さ』を前提とする未来を否定する。

 人間は賢くなどない、だから大量破壊兵器など持ってはいけない。

 危険だとわかったうえで、厳重に管理されていたはずの兵器を乗っ取った男は、己の勝利を謳う。


「平和は何よりも優先される! そのためには兵器は害悪でしかなく……放棄するべきもの!」


 世界を指導するべき男は、世界に教訓を与えるという、本懐を遂げていた。



「それによって何が起きたとしても……それは平和の代償だ!」



 牛太郎は、言葉を失っているノゾミを見る。

 そして己のすぐそばで震えている、四人の仲間を見る。


 口が裂けても、人間は賢いなどと言えない。

 冒涜教団の生み出したユウセイ兵器は、確かに人間の愚かしさを証明していた。


「それは……」


 牛太郎は、政治家へ何かを言おうと思った。

 だがそれが無為だと気づく。

 本懐を達成した彼へ、何を言っても無駄だった。


 彼を否定するのは、牛太郎の役目ではない。

 そう理解した彼は、ただ事務的なことを言う。


「なら、もう十分のはず。警察に出頭するべきだ……そのあと裁判の場で、自説を語ればいい」

「いや、不十分だ。このエイセイ兵器を自爆させ、その凄惨さを世に示す」

「そんなことをすれば、全員死ぬぞ! 生き残った教団員だって、巻き込まれる!」

「そうだな……だが教団員など、死んで当然の輩だ。いっそ死んだ方が、世の為になるとは思わないかい?」


 否定できない。

 目の前にいる教主を含めて、全員がろくでもない『人間』だった。


「……牛太郎君、止めよう。死んでいい人なんて、きっといない」


 だがそれでも、四々はモラルを信じた。


「そうだね……私もまだ死にたくない、この格好のままなら、なおさらね」


 蓮華もまた、未来への希望を口にする。


「……ええ、その通り。ノゾミちゃんと一緒に、いろんなところへ行くって約束もまだだもの」


 鳩も弱弱しく笑い、強がりを言った。


「とりあえず、こいつをぶちのめそうぜ。話はそれからでもいいだろ……!」


 猫目もまた、意気を燃やす。

 少なくとも彼に、満足な死など迎えさせたくない。


「……そうだな、そうしよう」


 牛太郎は前へ出る。

 とりあえず拘束して、引き渡そう。

 そこから先は、然るべき者が何とかするはずだ。


「ノゾミちゃん……こいつを捕まえて、この船を降りよう」

「……わかりました」


 教主の言葉に動揺していたノゾミも、牛太郎の言葉に従いかけていた。


「ふむ……君たちは何か、勘違いをしているようだ。いや、愚民である君たちが、思い上がるのは当然だな」


 だがそれを、大人は否定する。


「君たちがここまで来ることができた理由は、単純なものだよ。相手がバカだったからだ」


 彼は己の率いていたものを、全員バカだと断じた。


「特にバカなのは、あのマッドサイエンティストだ。彼はユウセイ兵器の製造者、勝とうと思えば簡単に勝てた。そうしなかったことが、彼の愚かしさの証明だ」


 やはり、否定できない。

 確かに教団員は、皆がバカだった。


「だが私は、そんなことをしない。さっさと勝つさ、それで目的を達成して終わらせる」


 一人の政治家が、端末を操作する。それによってエイセイ兵器の中枢が、機械的に動作する。

 中枢から上昇し、外部である甲板へ移動した。  


 エイセイ兵器の甲板の上で、対峙する少年少女と大人。

 高度なバリアによって風が遮られているこの場所こそが、最後の戦いの舞台だった。


 そしてそこで待っていたのは、巨大な砲台だった。


「エイセイ兵器にもともと搭載されていた、固定砲台だよ。当然のことだが、お遊びであるユウセイ兵器より数段危険だ」


 改造人間や人造モンスターよりも、普通の兵器の方が強い。

 なんの面白味もない言葉だが、当然といえば当然だ。


「とはいえ……君たちの従えている絶望のモンスターがいれば、まあ勝ち目はあるだろう」


 ノゾミの正体、絶望のモンスター。

 その名前は、すでにドクター汚泥から聞いている。


「……はい、私が一緒なら皆さんを守れます」

「そうだろうな。絶望のモンスターは、もともと私が作るように命じたもの……その性能は、私も知っているところだ。だからこそ、賢い私は当然の対処をする」


 愚かな一般人と、己は違う。

 賢い政治家は、当然すぎる行動に出た。


「強大な自立兵器……奪われたときの準備ぐらい、させてあるさ」


「み、みなさん! 私を破壊して……」


「遅い」


 端末を操作されると、ノゾミの体が光った。

 まるで磁石で吸い寄せられるように、固定砲台へと連結していく。


「の、ノゾミちゃん?!」

「まさか……外部から操作されたの?!」

「酷い……人造種だって、人権はあるのに……」

「きれいごとばっかり並べやがって、やることは外道だな!」


 妖精の姿に改造された少女たちは、大人の悪行に抗議する。

 だがそんなことは、目の前の彼には通じない。


「正しい判断をした、とほめてくれたまえ。そもそもこれとて、汚泥自身もやればできたことだ。つまり君たちは、まっとうに対応されていれば、さっき負けていたのだよ」


 確かに、正しい。

 たった一人に裏切られただけで何もできずにいる、都市の他の指導者たちよりは賢い。


「さて、これで君たちは絶望のモンスターを失った。そのうえ、この固定砲台に絶望のモンスターの力が加わった……一応言っておくが、さきほどまでかかっていた安全装置も解除してある。つまり君たちが勝つ可能性は、ない」


 直後、砲台が光った。

 エイセイ兵器の固定砲台が、火を噴いたのである。


 とっさに牛太郎を守る四人だが、何もできずに吹き飛んだ。


「ぐ……み、みんな……」


 もろともに吹き飛び、甲板に転がった牛太郎。

 彼が見たのは傷ついた四人と、砲台と融合して苦しそうなノゾミだった。


「お、お前……!」


「わかったかね? 君たちは自分の力で何か成したつもりだったようだが、それは気のせいだ。君たちは何も成せない」


 牛太郎の憎悪は、政治家に届かない。

 このテロリストは、少年少女の声など耳を貸さない。


「絶望のモンスターを得て、改造人間になった友達と一緒に戦って……大昔の英雄にでもなったつもりかね?」


 歴史の偉人に己を重ねている、そんな少年を軽蔑する。


「君は英雄になどなれない、いや英雄など未来永劫生まれない。何か起きたとしても、誰もが無抵抗に運命を受け入れる」


 端末が操作される、砲台が光る。


「に、逃げて……!」


 パーツとして組み込まれた絶望のモンスターが、被造物の悲哀に抗うように、仲間へ願った。


「俺は……俺は!」


 八人目の英雄、平和の神、捨て身の仁者。



「俺は、抵抗する! お前にも、運命にも、絶対に負けない!」



 牛太郎は、天命を受け入れた。


「俺は、受け入れない! お前の押し付ける平和を、ノゾミちゃんに課せられたプログラムを、この結末を! 俺は断固として拒否する!」


 この理不尽に、抗った。


「お前が何を諦めても、俺は諦めない! いや……俺たちは、諦めない!」


 少年少女は、立ち上がる。

 妖精の姿になっても、四人は人間として、不屈の意思で立ち上がる。


「そうだよ……ここであきらめたら、ノゾミちゃんがかわいそうだよ……!」

「ノゾミちゃん、待っててね……絶対助けるから……!」

「約束を守るわ……私にとっても、生きる理由だから……!」

「その砲台をぶっ壊して、そのおっさんもぶちのめすよ……!」


 その姿をみて、ノゾミは抵抗を強める。だがそれでも、彼女と一体化した砲台は、まったく動きを変えない。


「いや……いや! 私なんて見捨てて! みんな、逃げて!」


「くだらん」


 その愛を、大人は否定する。


「元気があって結構だが、君たちは何も成せない。なぜかわかるか? 単純に、そうなっているからだ。君たちがここまでこれたのは、間が抜けていたか手が抜かれていたからだ」


 絶望している大人は、希望など信じない。


「君たちは用意されていたものを、得意気に振り回していただけ。だから、何もできないのさ」


 ぽちりと、端末へのタッチ一つで砲台が発射される。

 それは皮肉にも、合理化された戦争そのものだった。


「く……!」


 光が、五人を包んだ。

 爆発が上がり、エイセイ兵器の甲板がわずかに揺れた。


「い、いやああああ!」

「ふむ、汚泥め。うるさい兵器をつくったものだ……まあ私の注文通りではあるから、これぐらいの悪趣味は看過してやろう」


 絶望のモンスターの絶望を、機械の冷却ファンの音ぐらいにしか聞いていない、この大人。

 彼はいよいよ、このエイセイ兵器を自爆させようとして……。



『このメッセージを聞いているということは、君たちは私に勝利し、あの腐れ政治家野郎と戦っているということだ』



 その声を聴いて、瞠目した。


 初めて驚いたリネンは、爆炎に包まれていた着弾地点をにらんだ。


『もしかしたら奴自身も聞いているかもしれないな。悪態でもついてやりたいが、そこは我慢しよう』


 その爆炎の中心には、光の壁があった。

 明らかにバリアであり、内部にいる誰かを守っていた。


「お、汚泥……!」


『私は……子供のころから、自分の異常さを理解していた。自分の望むものを、世間が受け入れないと知っていた。だがそれでも夢を現実にしたくて、腐れ政治家野郎の計画にも乗ってやった』


 その光の内側から、録音されていた死者からのメッセージが届いている。


『研究には、資金が必要だった。それを用意してくれるのなら、目的などどうでもよかった。だが……どうやら私も、もう切り捨てられるようだ』


 冒涜することを楽しんでいた男が、自分を殺すであろう少年少女へメッセージを送っていた。


『だがね……私も恥は知っている。私があいつを殺すとか、弾劾するとか……恥知らずにもほどがある。別の誰かがやるべきだと思っていたところに、君たちが来た』


 少年少女が、少年少女であること。

 大人に反発する、子供の気持ちを持っていること。

 それを肯定する、一人の大人からのメッセージ。


『ま、私が言うのはどうかと思うが……君たち、そいつをぶちのめしてくれ』


 光の壁の中で、何かが動く。


『勝手に絶望している勘違い野郎に教えてあげてくれ。絶望などというものは、しょせん一時の感情、個人の所感に過ぎないと』


 それを、ノゾミは知っている。

 ついさっきまで、戦っていた相手だ。


「コアは、破壊したはずなのに……!」


 そして、気付く。


「コア以外は、壊していない……!」


「あいつめ……仕込んでいたな! 自爆装置もロックされている……!」


 リネンは、端末を確認する。

 その内部プログラムの中に、『絶望のモンスターを強制起動させた場合に発動するプログラム』があった。

 つまりそれこそ、最後のユウセイ兵器を再起動させるプログラム。


『そして大人ぶっている奴自身……別に何もやっちゃいないと』


「あの、腐れ科学者がぁあああああああ!」


『詐欺でヒトを集めて、税金を横領して、公共事業を私的に利用した挙句、理念だ理想だ平和だの、偉そうなことを言っているだけの汚職政治家に……』



 対丙種級ユウセイ兵器、プレイゴーレムが再起動する。

 


「なにを、勝手なことをぉおおおおお!」

『身の程を教えてやれ』



『行くぞ、みんな!』


『うん! ノゾミちゃんを助けよう!』

『あいつの思い通りにはさせない!』

『皮肉ね……あの人に助けられるなんて!』

『どうでもいいさ、こいつをぶちのめせるんならな!』


 妖精種となった四人、それぞれの持つ宝石のコアがゴーレムと融合する。

 四人をコアとして、牛太郎をパイロットとする。


 新しく生まれ変わったプレイゴーレムが、エイセイ兵器の固定砲台と対峙する。


「みんな……」

 

 仲間を、友達を、大事なモンスターを、助けるために。



 ほどなくして、戦闘は終わった。

 勝利したのは、牛太郎たちである。


 特種モンスターであるノゾミと融合したエイセイ兵器の砲台は、確かに強力といえば強力だった。

 だが特種モンスターは、究極のモンスターと同じ。倒し方さえ理解すれば、豊富な戦闘手段さえあれば、勝てない相手ではない。


「ノゾミちゃん……」


「みんな……」


 破壊された砲台の中から、絶望のモンスター、ノゾミは助け起こされた。

 本人も疲れている牛太郎の手は、とても大きく暖かかった。


「ごめんね、手荒くなっちゃって……」

「ケガしてない? いたくない?」

「これでみんなで約束を守れるわね!」

「あいつを刑務所にぶち込んでからだけどな!」


 小さくなった四人の少女たちもまた、柔らかく小さい手で彼女に触れていた。


「わたし……」


 ノゾミは、切なさに震えた。

 この仲間のもとに帰れたことがうれしい一方で、どうしていいのかわからない感情も持て余していた。


「もう君を誰も操らない、強制しない。これから一緒に、いろいろ考えていこう……!」


 その時である。

 彼らの乗っているエイセイ兵器が、大いに振動し始めたのは。


「な、なんだ!」


「くだらない……ああ、くだらない! まったく、まったくくだらない!」


 戦闘の余波でボロボロになった清木リネンが、手元の端末を操作していた。

 操作し終えると同時に、甲板にたたきつけて端末を破壊する。


「君たちは、何も成しちゃあいない! 単にあの腐れ科学者が私を裏切っていただけだ! ほかの理由はない! 奇跡など、希望など、一切関与していない!」


 負けを認めたくない、汚い大人。

 彼は汚れ切った、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「君たちは、英雄になりたかったんだろう? 名もなき八人目の英雄として、語り継がれたかったんだろう? だったら応援してやろうともさ!」

「何をした……」

「ランダムワープだよ、もうすぐこの船はどこへも知れない空間へと転移する! もちろん戻ってくることはできない!」


 それは、意趣返し。

 英雄になろうとしている少年少女を、あざ笑う振る舞いだった。


「脱出ポッドは用意したが……一人分だけだ! 妖精だろうが何だろうが識別して、一人以上乗れば安全装置が働くようになっている!」


 もとより生きて帰るつもりのなかった男である、彼はあくまでも絶望を強いようとしていた。


「ああ、もちろんさっきのゴーレムに乗って脱出するのも無理だ! 脱出を封じるためのバリアも展開している! 自爆しようにもあの腐れ科学者によって停止させられているが……これぐらいのことはできた!」


 牛太郎は、己の失策を悟った。

 ノゾミを助け起こすより先に、あの黒幕を叩きのめすべきだった。


「さあ選ぶがいい……その絶望のモンスターも含めて、一人しか生還できない……この現実を、絶望しろ!」


 めでたしめでたしなど認めない。

 安易につかまって終わることを認めない。

 そんな彼の悪あがきに、五人は怒りを燃やすが……。


「わ、私は……!」


 起き上がったノゾミは、そのまま五人から離れる。


「私は、乗りません! 皆さんの中から、乗る人を選んでください!」


 その顔は、泣いていた。

 絶望しているから死を選んだのではない、自分よりも大事な人がいるからあきらめた顔だった。

 

「みんな優しいから……私を乗せようとするから! だから、駄目なんです!」


 駆け出す、逃げ出すノゾミ。

 その姿を追おうとする五人の前に、甲板から脱出ポッドがせりあがってくる。


「さあ選ぶがいい! 残されて絶望しろ! 乗り込んで生還して、そのあと絶望しろ!」


 高笑いする、壊れた大人。

 その彼に対して、もはや五人は慈悲を持たない。


「……みんな、いいよな」


 牛太郎が何を聞いているのか、四人はわかっていた。


「誰が乗るのかは、もう決まってる」

「ほう、お前か……自分がかわいいんだな! まさに愚民だ!」

お前だ(・・・)

「は?」


 牛太郎はその手でリネンの髪をつかみ、粗雑に引っ張っていく。

 抵抗できないリネンは、混乱の極みにいた。


「な、なぜだ! お前は、お前たちは、英雄として帰還するつもりじゃなかったのか?! 私を助けて、お前たちに何の得がある! 私が感動するとでも思っているのか!」

「黙れ」


 牛太郎の顔には、軽蔑があった。


「少なくとも俺は、英雄になりたくてここまで来たわけじゃない。みんなで帰るために、ここまで来たんだ。みんなで、そろってだ!」

「何を、幼稚な……」

「幼稚なのはお前だ。これから先何が起きるのか、俺でもわかる!」


 乱暴にポッドを開けて、その中に押し込む。

 呆然としているリネンに、牛太郎は最後の言葉を送った。


「お前がやったことは、まったくの逆効果だ!」

「は?」

「帰って確かめろ、誰よりもお前がバカだってことをな!」


 脱出ポッドが、正常に機能した。正しく一人だけ乗っているポッドは動作して……想定外のことに呆然としているリネンを乗せて、ランダムワープしようとしている船から脱出していた。


 だがそんなことは、牛太郎たちにはどうでもいい。最悪彼が死んだところで何も思うところはない。


 彼らはそろって、ノゾミの逃げた方向へ走っていった。


 エイセイ兵器の甲板、その突端にて。

 仲間たちは、合流を果たした。


 だがしかし、それはやはりノゾミにとって好ましくない結果だった。


「やっぱり……みんなで来てしまったんですね……」

 

 短い付き合いだったが、彼女にとっては人生のすべてだった。

 その彼女からすれば、この結果はわかりきっていた。

 だがそれでも、回避したいからこそ、もがいてしまったのだ。


「当たり前だろ……君を置いて、逃げることなんてできない」

 

 矛盾した話ではあるが……。

 五人がノゾミを置いていくような薄情者なら、ノゾミは逃げたりしなかっただろう。

 ノゾミが五人よりも自分を優先するなら、五人は彼女をここまで大事に思わなかっただろう。


 その結果が、五人と一体の全滅である。

 美しい結末と言えば、そうかもしれない。

 この窮地でいがみ合うよりは、ずっといいのかもしれない。


 だが、だからこそ、そうであっても。


「私は! あなた達に生きてほしかった!」


 彼女の涙は止まらない。


「なんなんですか、私って! 絶望のモンスター……人を冒涜するために生み出されたモンスター……なんなんですか!」


 それは、彼女の生まれてきた悲しみ。


「人はどうして、私を生んだんですか! なんで、なんで……!」


 それは、愛する人を得てしまった悲しみ。


「奇跡みたいに、いい人たちに会って! そのいい人たちと一緒に頑張って! そのいい人たちと戦うことになって! その挙句、みんなで死ぬなんて!」


 奇跡が起きてなお、全力を尽くしてなお、この結果にしか至らなかった。


「もういや! 私なんて、生まれてこなければよかった!」


 その彼女へ、五人は何といえばいいのかわからない。


 ありきたりな言葉が浮かんでは消えていく。


 そして皮肉にも、彼女へ送る言葉は……。


「泣いてもいいんだよ」


 四々は、泣いている彼女を許していた。


「ノゾミちゃん、泣きたかったら泣いていいんだよ」


「そうだよ、泣いちゃいなよ! 泣いたらきっと、すっきりするからさ!」


 蓮華も同様に、泣くことを肯定する。


「そりゃあさ、いやだよね! 私たちだってものすごく嫌な気分だし、一緒だよ!」


「ねえノゾミちゃん……あなたは確かに絶望しているわ……私たちだって、あとで後悔するかもしれない」


 鳩は明るくない未来を描いて、しかし認めていた。


「でもね……貴方を作った人が言っていたように……そんなのすぐ終わることよ」


「ま……最後の最後で、いいこと言ったよな」


 猫目もまた、あの言葉を反芻していた。


「ノゾミちゃん、きっと大したことないんだって。私たちが泣いても悲しんでも、絶望しても。それでもさ……いいことあるよ」


 化外の者に替えられた四人は、強がりの笑みを見せる。

 強がれるだけの余裕が、彼女たちにあった。


「ノゾミちゃん……俺たちはさ、こんなとんでもないことに巻き込まれたのに、全員生きてる」


 牛太郎が、手を差し伸べる。

 あくまでも歩み寄らず、ただ待っている。


「なら大丈夫だ、だって最初の願いは……確かにかなったじゃないか」


 八人目の英雄、芥子牛太郎。

 彼は知っている、願いをかなえるためには苦難を超えることが必要だと。


「みんなでこの船を脱出する……だろ?」

「私は……」


 歩み寄ろうとした、その時だった。

 エイセイ兵器が、大いに揺れた。

 ランダムワープが始まってしまったのだ。


「ぐ!」

「あああ!」


 牛太郎は踏ん張ろうとするが、とてもではないが踏みとどまれない。

 ノゾミは近寄ろうとするが、彼女も立つだけでやっとだった。

 四人の少女は、牛太郎にしがみつくことしかできない。


「……ノゾミちゃん! 生きていてくれ!」


 これから先、何が起きるのか。

 牛太郎は察した、だからこそ声を張り上げる。


「俺たち人間は、確かに愚かだ! 俺たち五人は、確かにガキだ! でも……絶対にあきらめない!」


 この一瞬後に、何が起きるのか。

 牛太郎は理解したうえで、願いを届ける。


「俺たちは、絶対に君を探し出す! どれだけ変わり果てても、どれだけ時間をかけても! 絶対に、絶対に、君を探し続ける!」


 人の愚かしさの犠牲者を、絶望させるわけにはいかなかった。


「だから、諦めないでくれ! 生きていてくれ! 俺たちは……俺たちは!」


 いや、絶望してもいい。この状況だ、絶望したくもなるだろう。


 だがそれでも、希望があれば……。


「君に、会いに行く!」


 揺れるエイセイ兵器の上で、牛太郎は最後に笑った。

 ほかの四人も、しがみつきながら笑った。


 それを見たノゾミは……。


「私は……私には、そんな価値は……!」


「ある! 絶対に! これは気の迷いなんかじゃない!」


 吹き飛んでいく牛太郎。

 それに遅れて、ノゾミもまた虚空へ消えていく。


 牛太郎の言葉は、届かなかったかもしれない。

 だがそれなら、届かせる。

 彼らにとって、ノゾミに会うことが目標になっていた。




 人工衛星や偵察機によって記録された、防御バリア越しの画像。

 エイセイ兵器の甲板で戦う、安陳腐なデザインのゴーレムと、エイセイ兵器の砲台が映っていた。


 それは時を超えて『八人目の英雄』が現れたことを一般人に伝え、さらにその未帰還をもって物語が決着したことを意味している。


 一人目、五人目、六人目、七人目。

 英雄たちと同じように、名前もわからぬまま帰らぬ人となった。


 多くの教団員たちとともに。


 唯一の生還者である清木リネンは、当初こそ被害者扱いだった。

 だが事件の真相が究明されていき、彼が黒幕であること、殉死する覚悟だったこと、八人目の英雄によって生還させられたことが判明する。


 黒幕を生還させたことによって、より一層八人目の英雄の名が上がるのだが……。


 それは、歴史上において、大したことではなかった。


 脱出ポッドの中で意識を失っていた清木リネンが目を覚ました時には、歴史の転換が起きていたのである。


「……そうか、私は生かされたのか」


 目覚めたリネンが周囲を見れば、軟禁のための座敷牢だった。

 もちろん一種の比喩であり、実際には鍵付きの病室である。

 中にいる看護師の目は極めて厳しいものであり、監視としてモンスターも何人かいた。


(なるほど、私が黒幕であるということは、すでに理解されているようだな)


 牛太郎と戦っていた時は、それこそ頭に血が上っていた。

 だが今の彼は、とても落ち着いている。

 開き直っているといえばそこまでだが、本懐を達成し終えているのだから問題ないとも言える。


(ふん、無能どもめ……いまさら私を捕まえて何になるというのだ……)


 計画を全うした彼は、周囲を見下していた。

 実際のところ、公安に位置する者たちは誰もが敗北感にまみれている。

 もう遅い、という意味では意見が一致していた。


 そして、もう一点についても、である。


「目を覚ましたようですね、リネンさん……貴方は今回の事件の容疑者として扱われています」


 公安に属するであろう、細身の中年男性。

 彼は険しい目つきで、ベッドに寝たままの清木をにらんでいた。


 すさまじい眼力だが、清木には通じない。

 いまさら真実が明らかになったところで、なんの意味もないからだ。


「今回の事件の容疑者、か……」

「ええ。それを抜きにしても、貴方はエイセイ兵器計画の責任者です。テロを未然に防げなかった責任は、貴方にあります」

「違いない……とはいえ君も、同じだろうがね」

「ええ、その通りです」


 そういって、公安に属する男性は世論について語り始める。


「今回の一件を一般市民が解決したことにより、私どもはとても肩身が狭くなっています」

「……私と戦った彼が、八人目の英雄と呼ばれることになるのかな」

「それは自供ととらえてもよろしいですか」

「構わんよ、もう終わったことだ」


 目的を達成したものこそが勝者ならば、誰が勝ったのかは明白だった。

 そう、清木の起こした世間への警鐘は、確かに世界へ戦争をの恐怖を思い出させたのである。


「職を下ろされた政治家は気楽なものですね」


 だがそれが、兵器の放棄につながるかと言えば、否であろう。



「各地でエイセイ兵器の製造が始まりつつあるのに……」

「……は?」



 何が何だかわかっていない清木へ、説明するのも面倒だと、公安の男性はテレビをつけた。

 当然ながらどの局も、どの時間帯も、エイセイ兵器の暴走について取り扱っている。



『今回の事件によって、世論はいっそうの兵器開発を要求してきています』


『ご覧ください、市民団体がプラカードを掲げ、『防衛のための兵器を』と主張しています』


『まるで戦前の光景ですね……』


『ええ。ですがこれは生放送、現在どこの都市でも起きていることです』



 平和的であり、合法的な、秩序だったデモ行進。

 しかしその内容は、極めて荒々しいものだった。



『人類やモンスターは、戦争への恐怖を思いだしました』


『そのため自分や家族の身を守るための、強力な兵器を求めているのです』


『強大な兵器が乗っ取られ、空を飛行しているというのに、何もできなかった』


『テロリストの気まぐれによって、一方的に攻撃されかねない。その恐怖を味わった彼らは、防衛の手段が必要だと訴えています』



 思い描いていた理想とは真逆の光景に、清木はおもわず起き上がり、立ち上がろうとして、監視役のモンスターに押さえられた。



「な、なぜだ……なぜ兵器を恐れるくせに、兵器を作ろうとするんだ……! 先人が守ってきた平和が、どれだけ尊いのか……学ばなかったというのか!」



 彼の叫びに応えるように、テレビの向こうでキャスターが語る。


『兵器開発にかかるコスト、維持に必要なコスト、今回のようなことを避けるための防犯のコスト……いずれも膨大な予算を必要とし、市民の生活を圧迫するでしょう』


 戦争なんて、兵器なんてろくなものじゃない。

 そう語るキャスターは、しかし民意を否定できなかった。


『ですが、自分の生活や家族の安全を守るためならば……仕方のないことなのでしょう』


 戦争をするぐらいなら、人を殺すぐらいなら、無抵抗に殺される。

 そんな考えかたの持ち主は、少数派に過ぎない。



『これは……平和の代償なのですから』



 そもそも、平和の定義が間違っている。

 平和とは、戦争がないことではない。

 平和とは、家族や社会の安全が守られているということ。

 一方的に殺される懸念がある時点で、すでに平和でもなんでもない。


 平和(りそう)を乱すものが兵器なのではなく、平和(せいかつ)を守るために兵器がある。


「ば、バカが……! なぜ、なぜそう考えるんだ!」


 平和になったから武器を捨てるのであって、武器を捨てたら平和になるわけではない。

 平和になっていないのに武器を捨てれば殺される、殺されることをよしとする生物はまずいない。


「兵器があることへの恐怖を……なぜ兵器でごまかす……矛盾しているじゃないか!」


 危険であると警鐘をならせば、人々は備える。

 警鐘を鳴らしたら無防備になる、と考える方がどうかしていた。


「なぜ、わかってくれないんだ……!」


 もちろんそれこそが勝利歴の時代の倫理なのだが……。

 民意をそちらへ誘導してしまったのは、他でもない清木であった。


 絶望など個人のもの。

 彼の絶望は、彼だけのものだった。


 かくて世界は平和が維持されたまま、兵器の開発が激化していく。

八人目の英雄 捨て身の仁者 平和の神

芥子 牛太郎


仲間の名前の由来 四大宝石


五十八 四々 ダイヤモンド

長月 蓮華 サファイア

血潮 鳩 ルビー

歯車 猫目 エメラルド

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで黒幕を償わせるためと友人を置いていかないために脱出ポットを使えるのはまさしく英雄だわ
[一言] >「その時は仕方がない、諦めて滅びを受け入れよう」 中学生のころ学校の先生より第9条の勉強の際、国連との絡みあわせてこんなことを言われた。 まぁ、時代もあったからかな。 じいさんがなろうに…
[良い点] 安全保障に関しては作品全体を通してのテーマの一つと言って良さそうですね カセイの防衛や狐太郎の護衛、ハンターって仕事そのものもそうでしたね 平和(せいかつ)を守るためには嫌なこと・やりたく…
感想一覧
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