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ヒヤリハット

 荒涼たる大地に、巨大なクレーターが形成された。

 本来この世界の英雄ならば、これと同等規模の破壊も可能だろう。だがこの破壊には、通常では考えられない効果があった。

 それを観測したのは、他でもないナイルである。


『空間の歪みが正常に変化しました。おそらく魔境と呼ばれる特殊環境が崩壊したものと思われます』

「……なるほど、それもEOSの能力ってことか。そのために作られたっていうのなら、納得の効果だな」


 コクソウ技、『四終・死』イベントムービー。

 一定時間の経過によって発動し、敵を殲滅し、世界さえも滅ぼす力。

 本来なら魔王が使うため、無力な蛇太郎が使うとなれば、仲間との連携が不可避となる。


 しかし、その効果たるや、まさにそのためだけに作られた、という非常識さである。


「おい、蛇太郎。聞こえているか?」

『……はい』

「四終っていったか? それ、あんまり使うんじゃねえぞ。俺の親父はそれをばかすか使うつもりだったかもしれねえが……どうなるかわからねえもんを、軽率に連発するもんじゃねえ」


 ナイルの内部にいる蛇太郎へ、狼太郎は助言を送る。

 色恋沙汰が絡まない限り、彼女の言葉は常に正しい。


「中性子爆弾をぶっ放した俺が言っても説得力がねえかもしれねえが、核兵器を単なる強力な兵器だと思って使うようなもんだ。強大すぎる力、不可逆の効果は、検証せずに使わない方がいい」

『……わかりました』

「お前、前に言ったよな? 全人類を見殺しにすることになったとしても、EOSは渡さねえって」


 蛇太郎以外で、EOSに詳しい数少ない人物。

 彼女の言葉ならば、彼は素直に受け入れることができる。


「それでいい。お前の持ってるそれは……対甲種……宇宙最強の武器なんだからな」

『はい』

「安心しろ……それを持っているお前を、投げたりしねえよ。兎太郎もそうだが、俺たちも……」


 通信の向こうで、蛇太郎が勇気を出した。


『仲間、です……からね……』

「そういうことだ。これからも俺たちのことを頼りに……」



『狼太郎さ~~ん! こいつ牛太郎って言って、俺たちの時代の百年後ぐらいから来たらしいですよ~~!』



 なお、間が悪い男、間を考えない男がいる。


『もう乗せちまっていいですよね? 乗せてから話聞きましょうよ!』

「……わかった、乗せてやるから案内しろ」

『はい! いや~~……百年後の世界で、俺の伝説はどうなってるのかな~~……再映画化決定だな!』


 百年後の世界からやってきた後輩を知っても、彼は後世で自分がどう評価されているのかしか気にしていないらしい。

 百年後の世界の住人が現れたということは、元の世界に帰ることができたとしても、百年以上経過しているということなのだが。


『……百年後、ですよ。私のお母さんとかお父さんとか、死んじゃってますよね……』

『さすがに、きついよね……もう会えないとかじゃなくて、死んじゃってるんだもんね……』

『ご主人様って、何を考えているのかしら……なんで平気なのかしら……』

『もういや……』


 なお、彼の仲間は普通に傷ついている模様。


「百年かあ……短命種の子にはきついわよねえ……あとで慰めてあげないと」

「あら、私だって人並みに傷ついているわよ? 人造種も代替わりしているでしょうし」

「本当はご主人様である兎太郎君の領分だけど、仕方ないわよねえ」


 長命種である狼太郎の仲間は、さすがの貫禄であった。

 なお、兎太郎に慰める能力がないことを見抜いての発言であった。


「……覚えておけ、蛇太郎。鼓舞するのと慰めるのは、別の能力だからな」

『はい……』


 もちろん、両英雄も兎太郎に呆れている模様。


「よし、ナイル。牛太郎ってのを収容し次第、戦闘連結を解除。運航連結にしてから、非戦闘車両とも連結して……避難民を収容するぞ」


 だが問題は解決した。審議はまだまだ必要だろうが、ひとまず最大の脅威は去ったのである。


『なんで自分で話を聞いて、それを言ってくるんだろう。これもネタバレなんだろうか……』


 なお、蛇太郎はいまさらのように兎太郎の人間性に問題を感じていた。



 さて、南万の都市である。

 なにやらよくわからん連中によって守ってもらっていたら、同じような感じの連中が大挙して助けに来て、なんか冥王の軍勢を葬ってくれた。

 Aランク上位モンスター、プルート。本来なら英雄以外ではどうにもできず、膨大な被害が生じる最悪の災厄。


 実際牛太郎の尽力をもってしても、多大な犠牲が出た。

 多くの命を見捨て、多くの仲間を死なせた。


 それは仕方ないことだ、嵐や地震に文句を言うようなものだ。

 それは理屈だが、心では納得できないだろう。


 牛太郎が守り抜いた避難民たちは、上空から降りてくる列車を仰いでいた。


「あの、親方……もしかして南万って、侵略されてるんじゃないですか?」

「どういう意味だ?」

「あの牛太郎ってやつらもそうですけど……その、この国を侵略するために来た軍隊が、俺たちのことを助けてくれたんじゃ?」

「……なんで侵略しに来た奴らが、俺たちを助けるんだよ」


 列車が降りてくるのを待つ間に、新兵は持論を展開した。

 古参兵は、ただそれを聞くだけであった。


 ただその二人の会話を、他の避難民たちも聞いている。

 新兵の言葉が、信ぴょう性の高いものだったからだ。


「だって……牛太郎って、どう見ても一般人じゃなくて、兵隊でしょ?」

「……そうだな、民間人があんなもん持ってるわけねぇよな。……というか、最初はそう思ってたもんな」

「でもほら……『俺は人の価値を証明しないといけない』とか言って、俺たちのことを助けてくれたじゃないですか」


 政治的に腐敗している国家、あるいは経済的に困窮している国家。

 お世辞にも幸せではない国の民は、時として侵略者を歓迎する。


「すげ~いい奴らばっかりいる国と、うちの国が戦争状態になってて……で、南万って国を侵略しに来たけど、民は助けてくれる、みたいな……」

「そりゃあ虫のいい話だな。でも……そうかもな」


 人の価値を証明する。

 牛太郎の信念は、行動で証明されていた。


 身をささげて尽力した彼の仲間であるというだけで、現れたばかりの怪しい列車が助けだと信じていた。

 自分たちの味方である南万の軍よりも、よほど素晴らしい救助隊だと思っていた。


「……よし! もしもそうなら、俺は牛太郎につくぞ!」

「俺もです! ついていきます!」

「会ったこともない王女様のせいで戦争をするような国なんて、こっちから願い下げだ!」


 これに、避難民たちは同調する。

 会ったこともない奴の為に戦わされる国よりも、納税していないのに助けてくれる国の方がいいに決まっている。

 もう南万とは縁を切る、皆は牛太郎への恩に報いようとしていた。


 ほどなくして、ナイルが降りてくる。

 まさに、山を砕く天空の動く鉄の城。

 これに乗れば、助かる。そう思えるだけの、別世界の代物だった。


 避難民を受け入れるべく停車した、万能走破列車ナイル。

 そのドアが開いて、出てきたのは……。


「皆さん、お待たせいたしました」


 普通に、南万の女性だった。


「私はホウシュン、この国の王女です。皆さんを救助すべく、客将の皆さんに協力を願いました」


 彼女は真面目な王女なので『南万の王女が保証する、怪しくない救助です』と言っていた。

 なお……。


「さあ、怪我人の方から並んでお入りください」


「……ありがとうございま~す」

「南万バンザーイ……」


 拝謁の栄を得た新兵と古参兵、避難民たち。自分たちを助けるために交渉してくれた王女の顔を、きちんと見ることができなかったわけで。



 ナイルの内部でも『当機は南万王国王女のホウシュン様からの要請により、皆さんを救助するために来ました』とアナウンスがあった。

 安心してね、怪しいものじゃないよ、という放送。あと少し早く言ってくれれば、こんな気分にならなかったのに。

 そう思いながらも、避難民たちは城のような列車に入っていく。

 さすがに食堂車両に入りきらないので、即座に客車両へ案内された。客車にはすでにミルクが用意されており、全員にいきわたっている。

 あまりにもケガが酷いものは回復用のポットに入れられたが、相手が毒虫の類だったということで、その『ケガが酷い』人数も多かった。

 入りきらない人は輸送車両の倉庫へと案内し、ナイル内部の遠隔操縦ロボットアームによって治療などを行っている。


 倉庫に押し込まれて、見たことも聞いたこともないロボットアームで、見たこともない治療をされるのは、とても怖いだろう。

 だが見たことも聞いたこともある毒虫で、うんざりするほど見てきた死体になるよりは、ずっとましであるに違いない。


 ともあれ、ナイルの内部へ収容された人々は、ようやく安心を得られた。

 しばらく停車するということだが、全く問題ないだろう。何なら、別の場所に行くよりも安心で安全だ。


「それにしても……リヴァイアサンよりも多かったですね……」

「本当にね……中性子爆弾がなかったら大変だったよ……」

「さすが中性子爆弾……人類の英知の勝利ね……」

「あれが無かったら、ずっと虫の相手を……想像したくないわ」


 さて、英雄一行である。

 もはや会議室となっている食堂車両で、一同はくつろいでいた。


 ただ、くつろぐにくつろげないのが兎太郎の仲間である。

 もう自分の親しい人が全員死んでいる、という現実と向き合いきれず、話題を切り替えた。

 そしたらプルートの話題になって……まあ、うん、であった。


(あなた達は正常です……)


 そんな彼女たちのことを、蛇太郎は優しい目で見守っている。

 ほかの面々はくつろげているのだが、それは彼らが英雄だからであって、彼女たちがおかしいというわけではない。


「どうも、初めまして! 一応八人目の英雄、ということになると思います、牛太郎です!」


 そうこうしているうちに、八人目の英雄牛太郎が現れた。

 先祖返りというわけではないが、それでもかなりがっしりとした青年である。

 細い体をしている蛇太郎や、少し小柄に入る兎太郎と並ぶと、かなり目立つだろう。


「まさか五人目の英雄、六人目の英雄、七人目の英雄に助けていただけるとは……!」


 もうすでに兎太郎がネタバレしているのだが、牛太郎は蛇太郎の時代からさらに百年ほど後の時代から来たらしい。

 一人目の英雄が魔王を討ってから数えて、蛇太郎がEOSを得る。その期間が二十年ぐらいだということを考えると、かなり間が空いている。


 それだけ平和な時間が長かった、ということもあるのだろう。

 それでも八人目が立たなければならないほど、異世界へ飛んでくるような事態になったということだった。


「魔王の娘、星になった戦士、魂の解放者……歴史の偉人に会えて、感無量です!」


「ま、そういう堅苦しいのは無しでいいぜ。それよりもお前の状況を……」

「俺偉人?! いやあ、参ったな~~! そりゃそうだけどな~~!」

(駄目だ、この人……)


 狼太郎は話を進めようとしているのに、兎太郎は一気に脱線させにかかる。

 やはり乱世の英雄は、平和な時代に適応できないのかもしれない。


「やっぱりあれ? お前も俺に憧れていたりするの? 俺のアニメ映画とか実写映画とかクレイアニメーション映画とか見て育った口?」

「……映画?」


 熱い映画押しの兎太郎だが、牛太郎は少し首をひねっていた。


「すみません、俺映画観てないんで。友達ならわかると思うんですけど」

「え~~……面白くねえなあ」

(さっきまで虫と戦っていた人に、なんでこんなひどいことがいえるんだろう……)


 考えてみれば当然の話である。

 歴史の偉人が映画化するとしても、それを万人が見るわけではあるまい。

 蛇太郎自身、英雄の出る映画を全部知っているわけでもなし。


「ただ……ゲームのキャラとかにはなってましたよ」

「マジで?!」

「はい、英雄がたくさん出てくるゲームなんですけど……」


 そういった牛太郎は、なにやら端末をいじり始めた。

 どうやら端末の中に、そのゲームが入っているらしい。


「これです」

「……女じゃん」

「はい、女の人ですね」

「なんで俺が女の子になってるの?!」


 なお、百年後に発売された英雄のたくさん出てくるゲームでは、兎太郎は女の子になっているらしい。


「ほかのゲームでも出てますけど、大抵女の子ですね」

「え~~……男いないの?」

「少なくとも俺は知りませんね……水着になっていたり、サンタになったり、ハロウィンに出てたり、完成した久遠の到達者の艦長になっていたりしていますけど、全部女性です」

「マジか……売れてる?」

「はい」

「じゃあしょうがねえなあ」


 商業主義に走る企業に対して、偉人自ら許可が下りていた。

 でもその場合、使用料とかを払う必要が生じかねないわけで。


「ていうか、着ている宇宙服が全然違うんだけど」

「え、そうなんですか?」

「俺らが着てたのは、もっと新しくて薄いのだよ。こんな原始時代の宇宙服じゃねぇよ」

(言いたいことはわかるけども、原始時代に宇宙服はないと思います……)


 ちゃんと資料が残っているはずなのに、船外作業用らしきがっしりとしたハードタイプの宇宙服を着ている『六人目の英雄』。

 本人が創作物へ時代考証に文句をつける、というのも英雄との邂逅にふさわしいのかもしれない。


「お前つまらねえこと気にしてるなあ、兎太郎。俺と黄河なんて、無茶苦茶な設定にされることがしょっちゅうだったぞ?」


 なお、そんな新人の悩みに呆れるのは、歴戦の偉人である狼太郎だった。

 魔王時代の英雄にして勝利歴末期の英雄でもある彼女は、それこそ多くの創作物で好き勝手に描写されている。


「俺がパパとだけじゃなくて他の四天王とも恋仲ってことになってる乙女ゲーとか、俺が実は男でしたとか、黄河が過去の恋人の生まれ変わりとか、やりたい放題だったぞ」

「あ~~……そういやそういうの、結構ありましたよね」

「俺の時代にも結構ありますよ、やはり魔王の娘は波乱万丈の人生ですから」

「俺は長く生きているだけだ……ま、みんなが俺のことを覚えててくれるのは悪くねえが」

 

 長くフリー素材になっていただけに、その度量はさすがである。

 いまさらどんなキャラクターにされても、文句はないらしい。


「それはそれとして……話を戻しませんか?」


 咳ばらいをした蛇太郎は、なんとか軌道を修正する。

 このままだと後世の人間から、自分が何をしたのか語られることになりかねない。


(魂の解放者と呼ばれているからには……まあよくわかっていないんだろうな……)

 

「そうだな、じゃあお前の仲間紹介してくれよ」

「はい……というか……」


 蛇太郎の提案する通り、牛太郎は仲間を紹介しようとする。

 しかしそもそも、その仲間がどこにも見当たらなかったわけで。


「おい、みんな! どこに隠れたんだ?」

『食堂車両のドアの裏においでです』

「そうですか、ありがとうございます」

(隠れているなら、そっとしておいてあげるべきでは……)


 ナイルの内部ということで、ナイルが隠れている仲間たちの場所を教えてくれる。

 なんでも便利ならいい、というものではないらしい。


「もう……そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……」


「あ、あのね、牛太郎君……私……うん、恥ずかしいからいやだよ!」

「そうだって! こんな格好、見せられないよ!」

「お前はいいよな、お前は! でも私たちはそうじゃねえんだよ!」

「もういや……放っておいてよ!」


「放っておけないさ! それが人間の心ってもんだろ?」


 隠れている仲間を抱えて、牛太郎が食堂車に戻ってくる。


 その姿を見て、蛇太郎は目を見開いた。


(こ、これは……!)


 牛太郎の四人の仲間は、妖精の姿をしていたのである。


(妖精……! マロンと同じ系統の、ぬいぐるみめいた妖精……!)


 手足も胴体も、細く短い。にもかかわらず頭は大きく、目もまた異様に大きい。

 そんなシルエットを見て、蛇太郎は戦慄を禁じえなかった。


 だがそんな彼をよそに、彼女たちは自己紹介を始める。


「ど、どうも~~! ヨンシだヨンシ~~!」

「ハトだぽっぽ~~」

「レンゲだっレ~~~~♪」

「ネコメだにゃん!」


 なお、かなり無理があった。

 本人たちがかなり無理をしていると、簡単にわかる自己紹介だった。


「……ねえあなた達、もしかして人間?」


 妙な自己紹介に悩んでいるところで、対日光防御の服を着たままのインダスが質問をした。

 人間が大好きな彼女が、妖精に向かって『人間ですか』と質問をするのは、かなり奇異である。


 だがそれを言われて、四人は本気で驚いた顔をしていた。


「え、でも全然匂いが違いますよ?」

「だめねえ、キクフちゃん。もっと鼻を鍛えないと、ワードッグの名前が廃るわよ?」


 ワードッグであるキクフは、非常に優れた嗅覚を持っている。

 その彼女をしてわからないことを、吸血鬼のインダスは見抜いたのだ。


「……何ふかしてるのよ、インダス。単に昔同じようなのを見たってだけでしょうが」

「大戦の末期には、貴方たちみたいな改造人間が結構いたのよ。もちろん、貴方たちほどの完成度はなかったけどね」


 歴史に刻まれなかった、本気の禁忌。

 それを目にしていた長命種たちは、その経験で正体を見破ったのだ。

 その一方で、差別するような眼はない。せいぜい、懐かしがっている程度だった。


「ほらみんな、大丈夫だろう? この人たちは見た目でヒトを判断しない、きっと力になってくれるよ」

(……!)


 牛太郎の何気ない一言に、蛇太郎の心はえぐられていた。

 だが彼の傷心に彼も彼の仲間も気付かず、自己紹介をやり直す。


「私の、その、本当の名前は、五十八(いそはち)四々(よんし)です……」

「私は長月(ながつき)蓮花(れんげ)……」

血潮(ちしお)(はと)……はとって呼んでください」

歯車(はぐるま)猫目(ねこめ)……」


 改めて名乗った彼女たちをちゃんと見ると、確かに普通の妖精には見られない、人工的な特徴が見えた。

 妖精たちは精霊と違って、炎や氷、風や雷といった純粋な属性の力を帯びない。だが彼女たちは、各々が違う属性をまとっている。


 胴体部にはカットされた宝石があり、そこを中心に体が形成されているようにも見えた。

 

 またパイプや歯車など、人造物も頭部から生えている。

 これは付喪神の特徴であって、妖精が持っているのはおかしかった。


「彼女たちは、丁種ユウセイ兵器、違法改造人間型モンスター……デザインドールズなんです」


 泣き出してしまう彼女たちのことを、牛太郎は温かく抱きしめていた。


「馬太郎の仲間を思い出すな。もっともあいつらは違法製造型であって、違法改造人間型ではなかったが……俺の同類か」


 牛太郎に抱かれて、なお泣いている彼女たち。

 その姿を見ればわかるのだ、彼女たちが人の心を失っていないと。

 人の体を失ったことを、悲しんでいるのだと。


「見たところ、望んでなったわけじゃなさそうだ。何でこうなったんだ?」

「それは、俺が悪いんです……」


 本当に申し訳なさそうに、牛太郎は彼女たちの頭をなでていた。


「俺たちはもともと友達で……よく遊びに行く仲だったんです。でも……ある日エイセイ兵器のお披露目式に出かけた時……悲劇が起きました」


 ユウセイ兵器は人類の進歩を冒涜するために作られた兵器だが、エイセイ兵器はその逆。

 あくまでも人類の利益を第一に考えて作られた、外敵と戦うための巨大兵器である。


「エイセイ兵器は、わかりやすく言えば最新型のカセイ兵器なんです。その巨大兵器の内部で見学させてもらっていた俺たちは、テロに巻き込まれました……」


 あの時、あれがなければ。

 これが運命だというのなら、呪わずにいられない。


「テロに巻き込まれて……俺たち以外の見学者は全員死んでしまいました。無事だったのは俺だけで、他の四人も瀕死でした」


 当時の恐怖を思い出しているのか、牛太郎は、目を閉じて震える。


「なんとか四人を助けたい。そう思った俺は、破壊されたエイセイ兵器の中をさまよいました……そこで見つけたんです、回復用のポッドを」


 透明なガラスの円筒形の器へ、怪我人を入れる。

 すると内部で診断や治療を行ってくれる、大戦期に確立された医療設備。

 それを見つけた時、牛太郎は本当に安堵した。


「これで四人を助けられる、そう思った俺は四人を中に入れたんです……でも、悲劇が!」


 牛太郎の中で、四人が大声で泣きだした。



「改造ポッドだったんです!」



(……慌ててたんだな、うん)


 呆れてものも言えない一同、蛇太郎はなんとか牛太郎を弁護した。


「医療ポッドは、その隣にありました……! 俺があわてていたばっかりに!」


「本当だよ! こんな姿にされるなんて、思ってなかったよ!」

「医療ポッドがないならまだあきらめもつくけどさ! 隣にあるって何よ!」

「改造ポッドと医療ポッドを間違えるってなんだよ、てめえ!」

「こんな姿にされて、生きている意味がないじゃない!」


 なぜ四人が泣くのか、それは悲しくて悔しいから。


「でも考えてもみてほしいんだ……紛らわしいものを、隣に建てる方が悪いんじゃないか?」


 手遅れだが、指摘は正しい。

 人は過ちを犯す生き物なので、できるだけ間違えないように配慮する必要があるだろう。


「多分あれは、俺じゃなくても間違えるよ」


「被害被ってるの、私たちなんだよ!?」

「設計ミスはともかく、あんたもミスしてるでしょうが!」

「なんで私たちが、こんな目に合わないといけないんだよ!」

「マーフィーの法則に飲まれちゃったのね……私たち」


 だがそれはそれとして、間違えた負債を背負うことになった仲間たちは、間違えた本人に文句を言う。

 テロリストだって悪いとは思うが、ここまで豪快に失敗されては、たまったものではない。


「た、他人事だと思えません……」

「私たち、まだましだったんだね……なんだかんだ言って、元に戻れるもんね」

「そこ、超大事よね……」

「ありがとう、キメラシステムを作ってくれた人……感謝しています」


 兎太郎の仲間たちは、共感しつつも安堵していた。

 まさにチートで改造されていた彼女たちだが、種族としてのアイデンティティは失っていない。

 やはり体から離れたら、心は傷ついてしまうのだ。


「あ、わかった!」


 その嘆きを一切無視して、兎太郎は手を打った。

 平気で仲間を改造する彼は、彼女たちの悲劇など気にしていない。


「なるほど、そのテロはマッチポンプだな!」

「え?」

「エイセイ兵器ってのは、都市とか人造種が協力して作った巨大兵器なんだろ? なのに内部にはユウセイ兵器の改造ポッドがある……つまり、そのテロは、エイセイ兵器を作った奴の自作自演だな!」


 兎太郎の推理を聞いて、牛太郎とその仲間の涙が引っ込んでいた。

 六人目の英雄の観察眼に、後世の人間たちは感服するしかない。


「映画ならそうなる!」

「……はい、その通りです。テロを起こしたのは冒涜教団というカルトで、その教主は……都市の政治家でした」


 映画なら、というメタ読みができるのは第三者だからこそ。

 実際に巻き込まれた当事者たちは、端末で見る政治家がテロを起こすとは考えにくかった。

 いや、まず考えないだろう。それこそ陰謀論でもあるまいに。


「でもそいつのことはどうでもいいんです、もうけじめはつけました。あとは裁かれるでしょう……それよりも俺たちには、やらないといけないことがあるんです!」


 この場にいる三人の英雄たちは、これと言って目的がなかった。

 だが牛太郎とその仲間には、漠然とした願いではなく、はっきりした目標があった。


「究極のモンスターと同じ、特種(・・)モンスター……(ノゾミ)ちゃん。何としても彼女を探して、抱きしめてやりたいんです……!」


 牛太郎の言葉に、抱かれていた四人も真顔になる。

 泣いている場合ではないと、己を奮い立たせたのだ。


「協力してください、みなさん。彼女もきっとこの世界のどこかに……どこかにいて、泣いているんです!」


 涙を分かち合える相手も、拭ってくれる相手もいない。

 孤独にさいなまれている、人間を冒涜するために生み出されてしまった、悲しいモンスター。


 彼女と会うことこそ、八人目の英雄の大願であった。


「俺は、彼女に……生きていていいんだって、教えてあげたいんです!」





 南万と、央土を挟んだ反対側、北笛。


 冷風吹きすさぶ乾燥地帯にて、一人の女性が倒れていた。


 彼女を見つけた現地の遊牧民が、その安否を確認していた。


「おい、まだ生きているぞ……こいつ本当に人間か?」

「亜人、でもないようだな。噂に聞く、ホワイトという英雄の仲間なのかもしれん……」


 この北の大地で倒れてまだ息がある、それは尋常なことではない。

 現地の人間だからこそ、その異常に驚嘆してしまう。


「どうする、スカハ?」

「どうするもこうするもあるまい……例の征夷大将軍に、貸しを作れるかもしれない。イーフェ、助けてやれ」

「そうだな……おい、起きれるか? 名前は言えるか? その知恵はあるか?」


 皮肉すぎるほどに、人間に似ているモンスター。

 否、彼女こそ、皮肉の為に生み出されたモンスター。


「私を……助けないで」


 世界でただ二体だけ存在する、特種モンスター。

 すなわち、モンスターパラダイス8のラスボス。


「私は、生きていてはいけないの……」


 冒涜教団によって生み出された、ユウセイ兵器。





「私は……絶望のモンスターだから……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 兎は良くも悪くも我が道を行く性格ですね なまじ能力と先導力があるのがあれなんですよね 後改造ポットに関しては焦ってるなら仕方がないよ……うん
[一言] 良いね。
[一言] やっぱり狐さんチームにはラスボスが集まる運命か… 不幸自慢なら負けないゾ!真の絶望ってやつを見せてやる!…狐さんが
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