生物災害VS戦争災害
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隣の芝生は青く見える、そんな言葉がある。
他人のことは良いように見えるということだが、悪いところはそのまま悪く見えるだろう。
自分の悪いところは、悪いとわかっていても慣れてくる。だが初めて会った相手の悪いところは、そのまま悪く見えるのだ。
昆虫型最強種、プルート。
甲種に位置する絶対の怪物とはいえ、これが野生動物として君臨するこの世界は、楽園からすれば地獄でしかない。
だがしかし、その地獄の住人たちは楽園を羨ましいと思うだろうか。
楽園から訪れた優しい人々、まったく無関係な、自分たちより屈強な人たちを助けるため、命を賭けて怪物に立ち向かう英雄たち。
彼らを見て、彼らが暮らした世界をどう思うだろうか。
一体どんな地獄から来たのかと。
あんな英雄たちが生きている世界が、楽園であるわけがない。
だが違う、違う。
彼らは確かに、楽園からやってきたのだ。
※
雲霞のごとき、虫の群れ。
絶対的な統率者の蜜に操られ、人を喰らい森を喰らい獣を喰らい、甲種さえも喰らう。
ただの自然現象、抗えぬ大災害。
この世界においても、膨大な種族と数量を誇る、虫という繁栄種。
普段は喰らいあう者たちが肩を並べ、進軍する。
その猛攻に、人は抗えないのか。
対丙種級遊星兵器プレイゴーレムの内部で、牛太郎は震えていた。
一体幾度、この群れに屈しただろう。この群れに飲まれる、多くの民を見捨てたのだ。
許さない。
平和の神と謳われる彼は、不寛容へ至っていた。
ただ生きている生物の、その存在を許さない。
「ユウセイ技……」
とあるモンスターに対抗するために生み出された、ユウセイ兵器プレイゴーレム。
その体形は、一種玩具めいている。いや、子供の工作じみている。
首もなく腰もなく、コクピットのある胴体部分はやや丸みのある直方体。
それから生えている手足は指もない、柔らかいもの。
紙粘土と紙パックで作った、幼子の夢。
夢を形にした、とはこれのことなのかもしれない。
「アクション剣!」
職業の加護を受けているかのように、装飾の施された剣が生み出される。
まず柄が生まれ、鍔が生え、刃が形成される。
向かってくるのは、Bランク下位モンスター、斧天牛。
小牛ほどもある巨大なカミキリムシ、その外骨格を苦も無く切り裂く。
体液をまき散らしながら、精兵と同等の虫が真っ二つになった。
そして何の原理か、火薬も燃料も内蔵していない虫が、盛大に爆発する。
だがこの一体など、砂浜の砂一粒。まったく同じ形をした、まったく同じ虫。
恐れを知らぬ怪物たちが、飛んで向かってくる。
「ユウセイ技、ダブルアクション剣!」
指もない手で、二本の剣をつかむ。
油粘土に爪楊枝を突き刺すような形で、二刀流が実現する。
「でぃやああああ!」
まるで、子供のごっこ遊び。
両手に持った剣を振り回す、ただそれだけの剣。
だが、十分すぎた。
Bランク下位ごとき、まったく問題ない。
エネルギーが充実しているこの兵器にとって、Bランク下位などただの虫である。
何体、何十体であっても、切り裂かれて爆発するのみ。
では、Bランク上位は?
上空で切り散らすプレイゴーレムへ、さらなる脅威が迫る。
Bランク上位モンスター、ホームランバッタ。
戦場の兵士を蹴れば、兵士の死体を家に届かせるほどの怪力、健脚。
それをもって跳躍してきた、一軍に匹敵するバッタ。
亜音速に達するかというその突撃に対して、プレイゴーレム内部のアラームが鳴り響く。
「ユウセイ技、無敵シールド!」
だが無意味。
子供が『無敵だから死なない』と言い張るかのような絶対防御の盾が、プレイゴーレムの片腕に装着される。
ぐちゃん。鉄の壁に泥団子がぶつかったかのように、ホームランバッタは自壊しバラバラになる。
「無駄だ……無駄だああ!」
止むことなき突撃の連鎖。
無敵であることさえ知らぬと、ホームランバッタの群れが襲い掛かる。
一体で足りぬならばと、何百何千ものバッタがぶつかってくる。
飛んで火にいる夏の虫、でしかない。
「!」
その群れの止まぬうちに、さらなる群れが襲い掛かる。
それにあるのは、命令に従うという機能のみ。
Bランク上位モンスター、クラウドホーム。
蜂型のモンスターであるこの怪物は、巨大な巣を己らの羽根で飛行させる。
その内部から飛び立つ多大な兵隊蜂は、四方八方からくらいついてくる。
当然盾で防げぬ猛攻は、クレイゴーレムの全身を切り刻むかに見えた。
「ユウセイ技、ジョイントアクション剣!」
二本の剣の、その柄頭が連結する。
何の意味があるのかわからないが、二本の剣は一つになっていた。
「ユウセイ技、ジョイントトルネード!」
剣を振り回すと竜巻が起きる。
そんな子供の妄想が、現実に出現する。
悪夢のごとき蜂の群れを、竜巻となって切り刻む。
「だああああああ!」
剣とともに竜巻となった牛太郎は、そのまま牽引されている巣に突っ込む。
何千もの蜂の住まう巣に突入し、内部から破壊し、まだ孵化していない卵や、芋虫のような幼虫ごと殲滅していく。
「おおお!」
叫びと同時に、切り裂かれたすべての虫が爆発した。
「……はぁ、はあ!」
歓声を上げることはできない、勝どきを上げることはできない。
己を鼓舞するように、負けてはならないと叫ぶ。
その懸念が間違っていない証明として、まるで底の見えない虫がくらいついてくる。
昆虫型Cランクモンスター、ゴーストバレット。
先ほどのホームランバッタに比べれば、余りにも小さいコオロギの群れ。
だが多い、多すぎる。
「……!」
嫌というほどに思い知った、エネルギーの重要性。
このまま戦い続ければ、力が尽きる。
当然すぎる帰結が、またも脳裏によぎる。
鼓舞の言葉を忘れるほど、悔しさで歯を食いしばりそうになる。
「アバター技、シン破壊!」
破壊神の化身が、その憂いを吹き飛ばしていた。
己の手にした槍から放つ波動が、虫を塵にして吹き飛ばした。
「出し惜しむな、あとのことなんて考えるな!」
三つの眼を輝かせる冒険の神は、己を鼓舞するどころではない。
「お前は、お前たちは、お前たちには!」
心に浮かぶ言葉が、彼の口から吐き出される。
抜き身の叫びが、他者を奮い立たせる。
「俺たちがいるだろうが!」
その周囲を、眷属となった四体が旋回している。
「力尽きたら引っ張ってやる! 倒れたら起こしてやる! お前が誰かを助けるんなら助けるし!」
Cランクモンスター、ヒートボール。
蜂団子を作り出す蜂が、神に群がる。
神など知らぬと、皇帝の兵士が包み込もうとする。
「アバター技、シン電壊!」
掲げた槍から、雷がほとばしる。
その雷が、四体の仲間に命中する。そしてそこから枝分かれして、周囲をさらに粉砕していく。
「戦うなら一緒に戦う! だから行くぞ!」
英雄は、英雄を仰いだ。
世界を救った英雄は、世界を救った英雄を仰いだ。
「……はい!」
言葉に、力がある。
ある、ある、あるのだ。
「アバター技、シン崩壊!」
ばらまかれる、破壊の爆弾。
殺到してくるDランクモンスターの混成群を、近づけまいと吹き飛ばしていく。
「ユウセイ技、シューティング剣!」
プレイゴーレムが剣を突き出せば、それと同じ剣が大量に発射されていく。
まるでシューティングゲームの弾幕、尽きぬ群れに尽きぬ剣が襲い掛かる。
雲霞を切り裂いてこそ英雄、モンスターを滅してこそ英雄。
視界を埋め尽くす虫を薙ぎ払う、視界を埋めつくす大爆発。
「こんなの相手に、よく頑張ったもんだ」
「……ええ、でもまだまだ! まだまだ頑張れますし……!」
八人目の英雄が、弱いわけもない。
プルートの軍勢に抗ったこの兵器が、それを駆る者が弱いわけがないのだ。
「敵も、まだ……!」
「みたいだな」
子供の描いた無敵のロボットも、人々の描いた破壊の神も、対丙種級。
Aランク下位モンスターを倒せるはずの兵器を駆る者たちは、しかしその光景にひるむ。
未だ一体も倒せていない、Aランクの虫たち。
そしてそれに従う、一割も減っていない低ランクの虫たち。
抗えるだろう、抗うだろう。
だが勝てない、対丙種とは、丙種を無限に殺せるという意味ではない。
『先走りすぎだぞ、お前ら』
だがそれは、人智を、人知を超えていない。
巨大なモンスターに負けぬ巨体の、鉄の巨人。
人類が生み出した殺意の権化が、英雄たちに道を譲らせた。
『ちまちまやってたって埒が明かねえ! それなら大量破壊兵器の出番だろうが!』
火星兵器ナイルの、その胴体部分の砲口が開いた。
十もの砲口の、その一つ一つがプレイゴーレムより大きい。
あまりにも大人げない殺意を臭わせる兵器が、その猛威を解き放つ。
『大量破壊兵器を使用いたします、友軍の皆様は白線の内側へお下がりください』
エルダーマシンの人工知能から、警告の音声が流れた。
その砲から放たれるのは、いかなる弾丸か、それとも魔法か。
いかなる特殊素材か、いかなる特殊効果か。
違う、違う、違う。
『カセイ技! 中性子爆弾弾頭ミサイルランチャー!』
環境破壊など知ったことではない、殺して殺して殺すための兵器が、魔王の娘によって放たれる。
『発射ぁああああ!』
中性子爆弾、つまり核兵器。
それを搭載したミサイルが、十発もぶっ放された。
極めて高い透過性を持った破壊の電波が、虫の群れの中心部で解き放たれた。
人知の結晶が、人造の星が、人道を無視して虫を焼く。
平和な時代に生まれた英雄たちが、思わず息をのむ。
己の先祖が生み出した純然たる兵器の、その恐ろしさを目に焼き付けていた。
『……これで死ぬんならかわいいもんだがな』
核兵器という禁忌をもってしても、倒せるのはBランク上位まで。
電波の何たるかも知らぬはずのAランクモンスターたちは、虫の分際で人造の星に耐えていた。
その生命力は、いったいどれほどか。
ボタン一つで国家を滅ぼす人知が、ただの野生動物によって持ちこたえられている。
これは、Aランクは、人知を超えている。
未だに百に達する巨大昆虫の群れは、欠片も弱らぬまま向かってくる。
『ま、人間よりはカワイイけどな』
人間の敵ではない、ではない。
人間の敵である、倒さなければならない敵である。
『ぶっ殺してやるよ』
破壊兵器を駆る絶滅種たちは知っている。
人間が倒すと誓えば、絶滅しかありえない。
『おおお!』
一歩歩くだけで大地を揺らす巨大が、走り出す。
人を食う猛獣を何十と踏みつぶす軍靴を、轍を大地に刻む。
だがそれに怯む虫ではない、Aランクではない。
Aランク下位モンスター、涙枯らし。
巨大なへっぴり虫の怪物が、高温の化学ガスを噴霧する。
このガスはへっぴり虫同様に催涙効果があり、その温度もまた100度を超えている。
特殊な力を持った虫の代表の、その発展形。
ひとたびガスを放てば、一つの街を覆いつくし、その町で暮らす人間を毒殺する。
その犠牲者たちは涙を流しつくして死ぬということから、涙枯らしと呼ばれるこの生物。
『催涙効果のあるガスと判明、本機に影響はありません』
『涙を流す機能がないものね』
『マシーンだものね』
対生物に特化したガスなど、深海でも走行可能なエルダーマシーンには無効。
その唯一の芸を破られた涙枯らしは、なおも噴霧を続けるが、知ったことではない。
最後の勝利者は、虫を叩き潰す。
『カセイ技! ギガ・ランマーアーム!』
その巨大な右手が、虫の巨体を一瞬で押しつぶす。
中性子爆弾にさえ耐えた生命の神秘を、ただの質量攻撃が叩き潰す。
対丙種装備では苦戦を強いられる怪物を、ただ一撃で瞬殺する。
虫を踏みつぶし、地面へ押し付けるように、念入りに大地ごとねじ伏せていく。
だが倒すべきはその一体だけではない、なおも殺到する膨大な虫を相手どらねばならない。
Aランク下位モンスター、大天。
巨大な蛾のモンスターではあるが、その最大の特徴は成虫へと羽化を遂げた後も、幼虫の時代に持っていた繭を作るための糸を出す機能を維持していること。
もちろん口から糸を出すのではなく、臀部から放出する。
いったん羽ばたき待機したうえで、その糸を噴射した。
最後の勝利者の左手に糸が絡みつき、引き上げていく。
『左腕部に負荷がかかっています』
『ナイルの重量を支えるほどの強度があるのか?!』
昆虫の出す糸は、強度が高い。
種類にもよるが、人造の繊維にも負けない強さを持っている。
当然ながら太ければ太いほど強さを増すため、巨大兵器に巻き付くほどの太さがあれば、それこそナイルの巨体を持ち上げるほどであった。
『成分を分析するわね……嘘でしょ?!』
『信じられない……単純な物理強度だけじゃない、魔力強度や異常耐性も強い!』
『糸に比べて地味だけど、あの巨体で飛行しながら、さらにナイルを引き上げる……羽の力も半端じゃない!』
チグリス、ユーフラテス、インダスは瞠目した。
ただの生物が進化で獲得したとは思えない、モンスターとしか言えない怪物性。
これがAランク下位だというのだから、恐ろしいとしか言えない。
『ぬううう!』
ナイルの左腕が、火花を上げる。
列車から変形した腕が、歪に伸びつつあった。
『おおおお!』
狼太朗は幼い声で叫び、レバーを動かす。
巨大を極める蛾との力比べ、それによって……。
巨人の左腕が、肘から外れた。
これが生物ならば、致命傷だろう。
兵器だったとしても、本来の性能を大きく損なうに違いない。
だがしかし、ちぎれたはずの腕が、拳を握りしめる。
連結を解除しただけの腕が、車輪を展開し、レールを展開する。
『どてっぱら、ぶち抜かせてもらう!』
肘が壊れたのではない、肘を切り離したのだ!
『カセイわざぁぁあああああああ!』
糸に絡みつかれたまま、鉄拳の車両が走行する。
ただの羽虫でしかない大天の、その腹部に大穴を開けて貫いた。
『レぇールぅ、パァアアンチ!』
拳の軌道は急カーブを描いて、一気にUターンする。返す刀で落下していく大天の頭部をぶち抜き、そのまま再度連結する。
五体が連結しなおしたナイルは、その右足を輝かせた。
『カセイ技! ギガ・ホワイトファイア!』
燃やし尽くす、高温の白い炎。
それが虫たちに襲い掛かり、焼いていく。
だが中性子爆弾にさえ耐えたAランクを焼くには、まだ威力が足りない。
『カセイ技!』
今度は左足が変形した。
内蔵されているギミックが動作し、格納されていた武器が展開される。
『ギガ! ドリル!』
右足だけで跳躍し、背中のブースターで姿勢を制御。
『キィック!』
左足のドリルで、モンスターの群れに突貫する。
分厚い装甲に覆われた怪物たちを蹴散らして、軍勢を貫いていく。
そのまま敵の群れを縦断するか、と思わせたところで。
『なにぃ?!』
Aランク中位モンスター、ブラックダイヤモンドオオクワガタ。
昆虫型最強の装甲を誇る怪物に刺さる形で、ドリルの攻撃は停止していた。
『全方位より敵が接近してきます』
『ぐ!』
いかに最強の火星兵器とはいえ、相手が強すぎた。
ただ一体の巨大兵器では、Aランクの群れは無謀が過ぎた。
Aランク下位モンスター、岩落とし。
Aランク下位モンスター、アンタッチャブル。
Aランク下位モンスター、チョウジョウチョウチョウ。
Aランク下位モンスター、スベカラクスカラベ。
一体だけなら、一体ずつなら脅威ではない虫の群れ。
それが一斉に、動きを止めてしまったナイルへ襲い掛かる。
それはさながら、制空権を失った戦艦か。
人類の英知も、戦術が欠けていては勝ち目などない。
「アバター技、シン死壊!」
「ユウセイ技、レインボータックル!」
そしてそれを守る戦闘機が、小型機が展開されていた。
小回りの利かないナイルを守るのは、六人目の英雄と八人目の英雄。
身動きが取れなくなったナイルの周囲を飛び回り、接近してくる敵をはじき落とす。
一撃で倒すことができないとしても、吹き飛ばすだけなら全く問題ではない。
『悪いな、お前ら! カセイ技……ギガ・リフトアーム!』
ドリルを引き抜き、右腕でつかみ、ブラックダイヤモンドオオクワガタを持ち上げる。
いかに巨大で強大だとしても、結局はクワガタムシ。持ち上げられるということは、そのまま敗北を意味している。
『カセイ技……トレインビーム!』
巨大ロボットの額から放たれる、致死性の閃光。
有害を極める殺意の光が、黒光りする装甲に突き刺さる。
焦げ目がつく、どころの騒ぎではない。
見るからに毒性の煙を噴出させながら、その装甲の内部へ侵攻していく。
『出力! 最! 大! だああああああ!』
大自然の猛威を、生命の神秘を、人知が穿ちぬいた。
強固な外骨格を貫かれた乙種モンスターは、体の内側から沸騰し、その手足を吹き飛ばしながら転がった。
恐るべきは、その装甲。内側から破裂させたにも関わらず、外骨格は節目が外れるだけで、原形をとどめていた。
『……くそ、これ本当に野生動物なんだよな?!』
『だからそうって言ってるじゃないの、ご主人様』
『愚痴を言ったって始まらないわよ? あの戦争と大差ないじゃない』
『こんな大量の敵……大戦末期を思い出すわねえ』
『俺たちはあの戦いの末期に封印解除されたんだろ! 懐かしむほど長く戦ってねえよ!』
カセイ兵器が暴れていた時代、人間同士が戦っていた時代を思い出す五人目の英雄とその仲間たち。
Aランクのモンスターたちは、それこそ人間の生み出した兵器にも劣らない。
特にAランク中位は、数体相手にするだけでも手に余る。雑魚と呼ぶには、余りにも粒ぞろいだ。
「俺たちが倒せなかったあのクワガタムシを……さすがカセイ兵器。でも……!」
強敵と戦い続けてきた牛太郎は、目下に群がる巨大昆虫たちを見て顔をゆがめた。
Aランク中位モンスター、グレートヘラクレスオオカブト。
同じくAランク中位モンスター、タイタンアトラスオオカブト。
同じくAランク中位モンスター、スチームバンクスタッグビートル。
同じくAランク中位モンスター、北斗七星天道虫。
同じくAランク中位モンスター、ウゾウムゾウゾウムシ。
勝てないわけではない、倒せないわけではない。
だがやはり、数が多すぎる。この縮みゆく世界の中でも、Aランク中位の脅威は健在だ。
これもまた、残酷な現実だろう。最強のカセイ兵器であるナイルなら、乙種を十体倒すこともできるだろう。だがあいにく、乙種に限っても二十体以上残っていた。
「ヤバいな……」
破壊の化身となった兎太郎が、そうつぶやいた。
彼がそう口にするということは、それだけ状況が深刻ということだ。
相手の底は見えているが、こっちの底よりも深いのである。
これが、甲種と戦うということ。対策を練ってなお、強大であることに変わりはない。
虫の皇帝プルートは、大勢であるがゆえに最強なのだ。
人知を、人類の英知を、凌駕しているといってもいいだろう。
「……そろそろこっちも限界だ! まだか、蛇太郎!」
このままでは、さすがに勝てない。
対丙種級が二体、対乙種級が一体では、甲種になど及ぶべくもない。
「対甲種魔導器、EOS……鉄球形態!」
だがここには……、対世界、対英雄、対甲種の武器が存在する。
ナイルに搭乗していた七人目の英雄は、けん玉の球を振り回していた。
それこそけん玉の間違った遊び方であり、誤った使い方だったのだが、終末を意味するEOSにおいてこれも正しい使い方である。
「コクソウ技、奈落穴!」
その時、世界が揺らいだ。
あらゆる攻撃に対して無敵だったとしても、体力が無限だったとしても、絶対に耐えられない穴。
ナイルを中心に、守るように、落下すれば死を免れない穴が発射される。
虫たちは蜜に操られながらも理解した、それに触れれば死あるのみだと。
それこそ虫のように逃げ回り、死から逃れようと散っていく。
お世辞にも高速ではないギミックは、当然のように回避が可能だった。
だがそれも、世界の縮小が本格化するまでである。
強制スクロールと落ちたら死ぬ穴の合わせ技、しかも味方とぶつかり合って自由がなくなっていく。これがゲームなら、コントローラーを投げ出したくなるほどの鬼畜仕様である。
だがこれは、彼らにとって現実である。
「昆虫型最強種、プルート……か」
そんな虫の群れの中で、唯一平然としている個体がいた。
放たれる球体の穴が迫っても、身動き一つしない。
そのまま穴に飲み込まれ、しかし何事もなかったかのように生還を果たす。
無数の残機をもつ、虫の親玉、プルート。
生まれながらに単為生殖をしているこの種族には、即死攻撃さえ意味を持たない。
「お前はこうやって、時間がたつのを待つだけなんだろうな。放っておけば、自分の兵隊が倒してくれるんだもんな……それがお前の必勝法だ」
蛇太郎はけん玉を振り回しながら、自分の持つ武器の力を、その生み出された所以を見た。
「だが……一定以上の強さを持つ敵に対して、お前は持久戦しかできないってことだ」
対甲種魔導器EOS、鉄球形態。
その機能は、当然のように目の前の怪物に適応している。
「時間は経過した! 勝利条件は満たされた!」
コクソウ技は甲種に対してのみ発動が可能であり、その中でも真のコクソウ技はそれぞれのもつ条件を満たさなければ発動できない。
そして発動すれば、不死身の甲種だろうが、最強の英雄だろうが。
魔境そのものだろうが、滅ぶのみ。
「コクソウ技! 四終、死! イベントムービー!」
鉄球形態の奥義、イベントムービー。
その発動条件は、鉄球形態に移行してから一定時間が経過すること。
「来い! ステージギミック!」
それは、まさにイベントムービー。
いったん始まってしまえば、どんな力を持とうと抗えぬ運命の一幕。
バッドエンドの情景そのものであり、変化するなどありえない。
干渉不能の情景、空から降ってくる巨大隕石の衝突。
プルートは仰いだ、燃え盛る星を。
虫たちは仰ぎ見た、絶滅の死を。
そして彼らは悟るのだ、時間をかけすぎてしまったと。
「楽しい時間は、終わりだ! 死ね!」
縮みゆく世界の中で、逃れる先もなく……。
すべての虫は、無力に命を散らした。
※
楽園の民は知っている。
楽園とは、不都合なものがいない世界。
楽園が存在する世界とは、すでに排除が終わった世界。
傲慢なる人が、友好的ではないと判断した生物を抹消した世界。
楽園の住人たちは、己に対して不寛容な存在を、根絶するまで戦い続けたのだ。
楽園の社会ほど、残酷な平穏は存在せず。
楽園の英雄ほど、残酷な災害は存在しない。
コクソウ技、四終。
特殊な条件を満たすことで勝利を確定させる、各形態に一つずつある技。
鉄球形態 イベントムービー 一定時間の経過 ほかの形態に移行するとカウントは解除される。
鉄槌形態 ??? 停止した状態からさらに入力が重なったとき サイモンを倒した技。
鉄剣形態 ??? 犠牲の有無とは無関係に勝利が確定したとき リヴァイアサンを倒した技
鉄杖形態 ??? ノットブレイカーに対して使用するところだった。使わなくても勝てた。




