自分の価値は自分の行動で決める
モンスターパラダイス8~平和の代償~
モンスターパラダイス6の実写映画の評判が良かったため、完結作だったはずのモンスターパラダイス7が発売されてから長く間が空いてから制作され始めた。
そのため7よりもゲームハードが成長しており、戦闘グラフィックなどが大幅に進化している。
シナリオは過去作のセリフリスペクトが多く、これぞモンスターパラダイス、というエグさがある。
とはいえ7とは比較にならないほどまともであり、7をプレイしていたガチ勢は『気をつけろ、後日の追加コンテンツでひどいことになるぞ』と身構えていた。
なおそんなことはなく、『9受け継がれる残骸』や『10歴史に刻まれる名前』、『11望まれた新しい命』といった新シーズンの脚本はかなりまともである。
2と7だけが度を超えて酷いだけで、他のシナリオは別ゲームと変わらないという意見もある。
とはいえ、『美少女モンスターを育成しよう』というシリーズのコンセプトを、ゲームシステムが根本的に否定している、というのは『度を越えた皮肉』であり、モンスターパラダイスらしさなのかもしれない。
育成できる味方モンスターが一体しか現れないという点も含めて、スタッフが『もう美少女モンスター育成ゲームを作りたくない』とでも思っているのかもしれない。
他の長編シリーズがそうであるように、もはやモンスターパラダイスというタイトルは、世界観の名称だと考えるべきなのだろう。
テーマは人間の尊厳、本当の平和、そして手段と目的。
昆虫型最強種、プルート。
アブラムシのモンスターであり、アブラムシの持つ能力を拡大した生態を持ち……。
それゆえに何かと『意味不明』な性質を持つモンスターである。
だが最大の武器は、他の昆虫型モンスターの使役であろう。これに関しては蜜によるものであり、理解は難くない。
最大の武器ということは、それだけ厄介ということである。否、厄介というよりも凶悪というべきかもしれない。
シュバルツバルトで生息しているプルートの場合は、膨大な高ランクモンスターを従える大軍勢となる。
ここ南万ではまた別の厄介さ、虫本来の厄介さが浮き彫りとなる。
蝗害に代表されるように、虫の最大の武器は小ささと数の多さである。
そのうえで蜂のように毒を持つ虫や、蚊のように病気を感染させる虫までいる。
種類自体もさることながら、一種ごとにも数が多い。
そしてこれらの『小さい虫』は、FランクやEランクに相当し……。
つまり、呆れるほど膨大に生息しているのだ。そのうえで、魔境がある限りいくらでも湧く。
まさにきりがない、無尽蔵の軍勢だろう。
虫の王と戦う者たちは、それこそ嵐や大波を相手にするような、そんな心境となる。
いかに本体が弱いとはいえ、侮ってはいけない。
プルートは、甲種、Aランク上位モンスター。
この星の頂点に君臨する、最強の怪物の一角である。
※
病気を媒介する災蚊、炎症を引き起こす毒の針毛を空気中にばらまく酒毒蛾、人間を不調にする音波を発するヤンマコオロギ、木材や木製家具を食べる城白蟻。
これらはそれこそ虫のように殺せるため、Fランクモンスターに位置している。これらの駆除に関してはハンターや兵隊に依頼するどころか、現地の子供が仕事として行うこともある。
薬草を燻して出した煙によって、簡単に殺すことができる。そんな低ランクの中の低ランク、最底辺の害虫。
普段なら不快害虫と大差ない、なんてことのない小物。
それが、何千何万と殺到してくる。合計して何千何万ではない、一種ごとに何千何万なのだ。
何十何百という種の連合軍。これはもはや、幾億という言葉さえ陳腐なのかもしれない。
英雄ならば、一息で殲滅できるだろう。あるいはスライム型最強種たるカームオーシャンならば、近づかせることさえないだろう。
だがそうでないモンスターや人間にとっては、もはや絶望である。
城壁も、河も、薬草も、剣も、エナジーも。
膨大に過ぎる数の前では、等しく無意味だった。
だがそれは、当たり前といえば当たり前。
Aランク上位モンスターの出現とは、本来そういうものである。
「……一応言っておく、救難信号を出した」
その無意味に抵抗するものが、南万の一都市を守っていた。
逃げ遅れた者たちがすし詰めになっている、虫の群れに包囲されている都市。
以前は豊かな森に囲まれていたはずが、虫の群れによってぺんぺん草一本残らぬ荒野になっていた。
そんな中で、取り残されたかのように無事な都市。それは一人の英雄とその仲間が、魔法のバリアを展開していたからに他ならない。
「言うまでもないが、気休めだ。この世界に電子機器があるとは思えないし、あったとしても救難信号が伝わるとは思えないし、伝わったとしても来てくれるとは限らないし、来てくれるとしても間に合うとは思えない」
八人目の英雄、牛太郎。
体長4mの対丙種級ユウセイ兵器、プレイゴーレムに搭乗している彼は、仲間に対してそう伝えていた。
「連日の戦闘で、魔力の残存はわずか。それが尽きれば装甲も維持できなくなり……虫に食われて死ぬだろう」
だがしかし、それを言われている相手を、一般人たちは見つけられない。
シートベルトさえないコクピットの中で、独り言をつぶやいているようにしか聞こえないだろう。
「一都市を守るバリアを展開し続けているんだから、当たり前だ。おそらく、あと十分だって持たない」
だがしかし、少女たちのすすり泣く声が聞こえてくる。それも、高々4mほどの兵器の中から、四人分も。
「……みんな一緒に死ぬ。虫にじわじわと食われて、醜く死ぬんだ」
悪いことにそのプレイゴーレムがいる場所は、避難所である都市のど真ん中である。
絶望的な彼の言葉は、そのまま避難民たちに聞こえているのだ。
「でもまあ、仕方ないさ。ここで俺たちだけ生き残ったら、それこそあの子に合わす顔がない……人間に絶望してしまうからな。醜く生きるよりは、まあいいさ」
だが、それをとがめる者はいない。
この都市を守るために連日戦い続けた彼ら五人が、ついに力尽きたとて何か文句を言えるものか。
最初こそ神々しく輝いていた機体も、もはや朧げに点滅するのみ。それもだんだん弱り、消えていく。
それが尽きた時こそ、この都市を守るすべてが消える時だ。
いや、違った。正真正銘最後の守り、この国本来の兵たちがまだ残っていた。
たった二人の負傷兵が、まだ残っていた。
そのうちの一人、年長者である古参兵が、ともに戦った五人に話しかけようとした。
だが言葉が出ない。彼らに何と言っていいのか、全くわからないのだ。
「親方……俺、どうすれば……」
その彼へすがるように、もう一人の負傷兵、入隊一年目の新兵が命令を乞うていた。
「どうすれば?」
親方と呼ばれた古参兵は、たった一人の部下を見た。
毒などに侵され、皮膚の大半が変色している。
換えていない不潔な包帯で巻かれた、哀れな怪我人。
悲しいことに、自分も同じようなもの。それが最後の残存戦力だというのだから、本当にどうしようもない。
「俺が聞きたいぐらいだ、まったく……」
目の前の彼を見ているだけでも絶望的なのに、周囲にはその何百倍、何千倍もの避難民がいる。
たった二人で、逃げ遅れた民を守らなければならない。
彼らは一応兵隊なのだから、それが仕事なのだ。
思わず笑ってしまう、実現性の乏しい仕事内容だった。
「はははは!」
彼は笑った、空元気の笑いだった。
「親方……」
「まったく、ついてねえぜ……なあ」
笑っていたが、目が笑っていない。
涙が枯れた顔の彼は、絶望に浸りすぎた新兵だけを見ていた。
彼は新兵に向かって話しているが、実際には違う。
古参兵が愚痴を言っているのは、それこそ周囲の民や八人目の英雄たち、そして世界そのものである。
「必ず勝てるとか言われて戦場に放り込まれて、勝てば家族にいい暮らしをさせられるとか言って、とんでもなく強い外国と戦わされて、結局は和平だ! 戦場から生きて帰ってきたら故郷はがたがた、戦いが始まる前の豊かな暮らしはどうなったんだか!」
そしてその不満は、彼だけのものではない。
他の国々の兵たちも、同じように考えているだろう。
「で、これだぜ?! 虫けらの群れに食われて死ぬんだぜ? やってられねえよ!」
風が吹けば倒れそうな空元気だった。
だがそれでも、この都市で一番元気なのは彼だった。
「こんなことなら、豊かになるって信じたまま、あの戦争で死んでおけばよかったぜ! 人間に殺されればよかったぜ! なあ!」
自棄の極みだった、彼は本当にうんざりしていた。
そしてそれは、避難民も同じようなものだった。
戦争が終わって、一息ついて。
戦争前よりも悪くなったままで。
でも頑張ろうと思った矢先に、モンスターの被害である。
笑えないが、笑うしかない。
「お国の為に、名誉の戦死ができたんだぜ?!」
「親方……」
「……なんてな」
しわだらけ、傷だらけの顔。
それが、精悍な表情になった。
一つになっている五人へ、何を伝えればいいのか。
彼はようやく、己の中から見出していた。
「ありがとうよ、助けてくれて感謝しているぜ」
彼は、礼を言いたかったのだ。
そんな当たり前のことも、思いつかなかったのだ。
「お前らだけなら、いくらでも逃げられたのにな。困ってるやつらを助けに行かなかったら、もっと長く持ったのにな……本当に、いい奴らだぜ」
ばんばんと、硬い機体の装甲をたたく。
「今度は俺たちの番だ。なあに、ずいぶん休ませてもらったしな、虫ぐらいやってやるさ」
後悔はないと、口にしていた。
実際にどう思っているかは別として、この状況で後悔していないといえるのは強い心の持ち主だけだろう。
「あの戦争は、何が何だかわからなかった。噂じゃあ、顔も見たことがないお姫様が原因で、でっけえ戦争になったとか……。何が何だかわからないまま前線へ行って、何が何だかわからないまま戦って……みんな死んでいったのさ」
最後の仲間、新兵を見た。
この場にいる彼だけに、同意を求める。
「俺たちは、今、ここで死ぬ。なんでだ、何のためだ?」
新兵は、力強く答えた。
「ここの人たちを、守るためです!」
「ああそうだ!」
相手が虫だったとしても関係ない。何のために戦うのか、あまりにもわかりやすすぎる。
どんな政治目標よりも具体的で、伝わりやすすぎた。
「何のためなのかもよくわからなかった、あの戦争で死ぬよりずっといい死にざまだ!」
「はい、親方! 俺、最後までついていきます!」
希望でもなんでもない、ただの強がり。
しかしそこには、確かな人間の尊厳がある。
負けても死んでも、食われても殺されても。
彼らは決して、卑しくはなかった。
避難民たちは、感謝の涙を流した。
これだけ絶望的な状況なのに、自分たちを助けようと、奮闘しようとしてくれているものがまだいる。
助けを乞う相手が、ここにいるのだ。
「お前らは、逃げろ。走ってでも、逃げろ。お前らは、十分戦ったんだ……あとは、任せとけ」
牛太郎たちへ、彼は逃げることを勧めた。
虫に包囲されている状況で、疲れている『貧弱な亜人』が逃げられるとは思えない。
だがそれでも、最後の気遣いがありがたかった。
「……!」
コクピットにいる牛太郎は、無言でレバーを握った。
助けてくれてありがとうと言ってくれた、助かってくれと言ってくれた。
そんな人たちを見捨てて、なぜ逃げられるのか。
何も助けられていない。
対丙種級ユウセイ兵器は、彼という英雄は、甲種に抵抗するにはあまりにも非力すぎた。
「誰か……誰か!」
彼は、乞うた。
「誰か、この人たちを助けてくれ……!」
自分の命ではない、自分の周りにいる人、自分の周りにいる人たちの助けを乞うていた。
ユウセイ兵器の残エネルギーが尽きる、バリアが消える。
もはやこのユウセイ兵器は、動かない置物になり果てていた。
結界が決壊し、都市以外のあらゆるものを食い荒らした虫たちが殺到してくる。
虫の王の先兵、飢えた虫の群れが、食い残された人間たちへ襲い掛かる。
わずかな内部バッテリーにより、操作画面だけが光るプレイゴーレムの操縦席。
その内部で、エネルギー量低下以外での警報が鳴り始めた。
『警告』
『未知の兵器が接近中』
『識別中、識別中』
動力の停止した、指一本動かせない兵器。
残されたわずかなエネルギーで動く、高度なセンサー類。
それがとらえたのは、ありえない『元の世界の兵器』。
「対甲種魔導器EOS、鉄剣形態。コクソウ技……出撃選択!」
それが意味することを理解できぬまま、すべての虫が停止する。何が起きているのかわからぬままに、虫の行動が停止する。
こちらに向かおうとしているのに、うごめいているのに、一寸たりとも進むことができていない。
雲霞のごとき虫たちが、すべて完璧に止まっていた。
「お、親方! 親方! あ、あそこに!」
新兵は、避難民たちは、八人目の英雄は仰ぎ見た。
そこには、神が降臨していた。
「宇宙戦艦権限神器。偽神装填、現身召喚!」
それは、冒険の神と、その使徒。
破壊の神とその眷属を模した、六人目の英雄たちである。
「大・黒・天! シヴァああああああああ!」
装備選択を終えた英雄が、三つの眼で地上を見下ろしていた。
その鋭い眼光は、まさに破壊の神。その機嫌を損ねれば、自分たちが滅ぼされるとわかってしまう。
『識別完了。対丙種級兵器、アバターシステム』
「アバターシステム?! 月で消えたはずの英雄が、なぜここに?!」
この状況で、唯一相手を理解できる牛太郎。
彼はコクピットの中で、『歴史の偉人』に遭遇した現実を受け入れかねていた。
だがその一方で、彼が全世界を救った英雄であることを思い出す。
自分の搭乗している兵器と同等ではあるが、それでも心強いことに変わりはない。
「ま、まさか……」
「勘違いするな!」
三又槍を手にしている彼は、はっきりと誤解を解いていた。
「俺たちは、助けに来たわけじゃない!」
突如として空から現れた、人ならざるもの。
それを見上げる誰もが、彼の言葉を聞いて衝撃を受けた。
だがそんなことは知らぬと、彼はさらに叫んだ。
「だが、助ける!」
助けるために来たわけではない、本当にそうだったのだ。
だがしかし、助けに来たわけでもないのに、彼は助けると決めていた。
「そうだろう! みんな!」
彼はガナとなった己の仲間に同意を求める。
人に近づいた四体は迷いなく頷き、見るもおぞましき虫を見据え、その武器を向けていた。
『ああ、その通りだ!』
そしてそれに、別の声も同意する。
「親方、親方!」
戸惑う中で、新兵が古参兵へ叫んだ。
「空から、女の子の声が!」
街を見下ろす六人目の英雄、そのさらに上空から少女の声が聞こえてきた。
幼い声のようで、その発する言葉はあまりにも強く、力に満ちていた。
『非戦闘車両連結解除、戦闘連結開始』
巨大な鉄の蛇が、火花を上げて絡み合う。
雲を縫う糸のごとき威容が、人の形へと変わっていく。
『連結完了、変形開始』
もはや識別を待つまでもない。
コクピットの中の牛太郎は、それが何なのかわかっていた。
「そんな……アレは……!」
『識別完了。対乙種級カセイ兵器、最後の勝利者』
それは、人類の殺意。
遊製にして憂世というユウセイ兵器とは一線を画す、まぎれもない殺意の権化。
『火星兵器戦争形態……最後の勝利者!』
過世にして火星の兵器、人類の英知の体現者が上空に出現する。
石斧を始祖とする武器の系統樹の突端、人類が人間を殺すために生み出した兵器を破壊するための兵器。
最後の戦争で勝ち残った、改修され続けたエルダーマシン。
最後にして最古の兵器が、その威容をこの世界の民に示す。
『助けに来たわけじゃない! だが、助ける!』
誰かを助けるために、命を懸ける。
そこに価値を見出す、英雄が三人。
『文句ないだろ、蛇太郎!』
「当然です!」
巨大なる兵器を差し置いて、最強を誇る葬の宝を持つ男。
すべての準備ができたことを確認し、世界への干渉を切り替える。
「鉄剣形態、解除。コクソウ技、メニューウィンドウ解除」
判定を司る鉄剣が解除されたことで、停止していた状況が動き出す。
止まっていた虫けらたちが、一斉に殺到してくる。
しょせん一時しのぎに過ぎないのか。
もはや助けは間に合わなかったのか。
『エネルギー反応、増大』
「アバター技、シン破壊!」
『カセイ技、ギガ・ホワイトファイア!』
いいや違う、間に合っていた。
万全の状態を整えた英雄たちによって、最底辺の虫たちはそれにふさわしく消え落ちる。
ただの一体も、餌にありつくことはできない。ただの一人も、食われることはなかった。
助けは、間に合った。
「おお……て、天使様……それとも、何……?」
ゆっくりと降りてきた破壊の神の化身。
不敬不信心の極みがごとき存在へ、しかし避難民たちは崇めかけていた。
「あ、あの……」
その正体を察している牛太郎は、彼へ話しかけようとする。
驚きのあまり、何を言っていいのかもわからない。
「話はあとだ!」
だがそれは、この非常事態において許されない。
冒険の神はまだあわてている、まだのんびりできるわけではない。
「レーダーはついてるか? まだこっちに向かって虫が殺到してきている!」
「!」
「すげえ数で、中には大物もいる! まだ避難できる状況じゃねえ!」
一瞬で虫が焼き尽くされ、それらによる音が消え、殲滅の残り香が漂う中。
想定されてしかるべき光景が、上空に現れた。
「あ、ああ……」
「や、やっぱりだめだ……大将軍様じゃないと、どうにもならない……」
新兵や古参兵は、仰ぎ見て絶望した。
巨大を極めているように見えた、最後の勝利者。
街をまたいでいるその巨体が、まるで小さく見えるほどの大軍勢。
Fランク、Eランクの群れが消えたことを察したかのように、DランクCランクの群れが襲い掛かってくる。
人間を食い殺す猛獣を、ただ一体でむさぼる捕食者の群れ。虫にしては巨大すぎる種族たちが、やはり大挙して向かってくる。
思わず歓声を上げそうになっていた者たちは、握りしめていたこぶしを思わず緩めていた。
「ど、どうすれば……」
今すぐ避難しなければならない。
可能なら、最後の勝利者へ収容しても逃げなければならない。
だが、それは不可能だ。もうすでに、そう言われている。
光明を見出していた牛太郎は、現実につぶされそうになっていた。
「決まってるだろうが、皆殺しにするんだよ!」
だがやはり、冒険の神は迷わない。
『その通りだ! プルートとかいう虫の親玉をぶち殺す! 群れももちろんぶち殺す! そのあと避難するやつを整列させて、整然と避難させてやるんだよ!』
百戦錬磨を誇る太古の神にとっては、この状況も慣れ親しんだもの。
慌てて過つことなどない、誰よりも的確に、論理的に正解を導き出す。
『カセイ技、ワイヤレスチャージ、ハイスピード!』
「お、おおお?!」
赤い光の束が、プレイゴーレムに突き刺さる。
機体が熱を持ち、ダメージとして蓄積されていく。
だがそれと引き換えに、急速にエネルギーが回復していった。
『定格ではない充電によって、ダメージを受けています。修復を開始します』
「こ、これは……なくなっていたエネルギーが、一気に回復を……」
『こっちはカセイ兵器だ! それぐらいの備えはある!』
緊急事態用に開発され、長年放置されていたアバターシステム。
一人の科学者が目的もなく完成させただけの、ユウセイ兵器プレイゴーレム。
それらと異なり、膨大な実践と検証が行われたカセイ兵器は、その巨体に見合う圧倒的な戦闘継続能力を持っている。
他の小型機へのエネルギー供給など、できて当然、朝飯前であった。
『これで戦えるな?! ならその街から出ろ! EOSで封鎖するから、すぐに出られなくなるぞ!』
「……俺は……いけます!」
行くべき時に、行ける者ばかりではない。
だがここには、行ける者たちがそろっている。
「お二人とも……ここはお任せしました!」
古参兵と新兵は、突然の要請で、かえって冷静になっていた。
何をしていいのかわからないからこそ、具体的な指示は冷静さをもたらす。
二人は示し合わせたかのように、南万流の敬礼を行った。
「……ユウセイ技!」
ユウセイ兵器を扱う彼に、遊製も憂世もない。
あるのはただ、義に命を投じる勇気のみ。
「シューティング……ウィ~~~ング!」
ずんぐりとした機体から、余りにも薄く鋭い翼が形成される。
その巨体を支えられるとは思えない薄膜は、しかし力強くプレイゴーレムを上空へと舞い上がらせる。
「四々! 鳩! 蓮華! 猫目!」
プレイゴーレムの一部となった、己の仲間へ叫んだ。
「行くぞ……今度こそ、この町の人たちを助けるんだ!」
間に合わず助けられなかった、多くの命がいた。
助けた気になっても、取りこぼした命があった。
すぐそばにいるのに、力不足で何もできなかった。
それでも屈さなかった英雄たちが、空へ舞い上がる。
今度こそ、プルートの軍勢に勝つために。
「梅、菊、竹、蘭!」
それに続く形で、兎太郎も仲間へ呼びかける。
「俺は決めた、この人たちを助けるぞ!」
世界を救った彼ではあるが、善意の塊でも何でもない。
フロンティアスピリットに立ち向かったのは、あくまでも闘志ゆえ。
分け隔てなく、すべての命に価値があるとは思っていない。
だがその彼をして、この街の人々には価値があった。
かけがえのない自分の命を、他の人の為に使う人たち。
誰かを助けたいという人こそ、他の人から助けられるべきだと信じていた。
それは四体も同じこと、楽園のどこにでもいる普通のモンスターたちは、この場の彼らを見捨てなかった。
『Nile、Tigris、Euphrates、Indus!』
魔王の娘もまた、ともに戦ってきた仲間を鼓舞する。
『若いのがやる気になってるんだ、俺たちも負けてられねえぞ!』
EOSの真価を発揮するには、勝利条件を満たす必要があった。
それを達成するための最大戦力こそ、他でもない最後の勝利者。
機体の知能であるナイルと、同乗し操作している三体。
かつて黄河とともに戦った者たちとともに、虫の軍へと挑む。
「……」
仲間を鼓舞するほかの三人の英雄を見て、蛇太郎はEOSを握りしめた。
やはり英雄には、仲間がいるのだ。
ほかのどの英雄も、死地に臨む、己の仲間がいる。
こんなガラクタよりも、ずっとほしかったもの。
それを持つ者たちが、戦場へ向かう。
それが、いっそうれしい。
自分だけなのだ、こんな想いをしているのは。
英雄は虚像ではない、それを確かめただけでも、十分すぎるほどうれしかった。
「対甲種魔導器、End of service、鉄球形態!」
敵にAランク上位モンスターがいる。
だからこそ発動できる、世界を滅ぼすための技が。
「コクソウ技、境界流動!」
それは、世界の果てを生み出し、それを動かす力。
魔境の内部の空間がゆがむように、四人の英雄が飛び出したあとの街が切り離されて、断絶される。
違う、切り離されたのは街ではない。プルートの軍勢と四人の英雄たちの立つ、荒野の戦場だけが切り離されたのだ。
もはやプルートとその軍勢は、EOSを持つ蛇太郎を倒すまで、縮みゆく世界から脱出することはできない。
それは同時に、これ以上プルートの軍が増えないことを意味していた。
「行くぞ、ステージギミック……お前の生み出された、最初の理由を果たすんだ!」




