古典的な落下
日常へ向けて落ちていく、巨大隕石。
その隕石と同期しながら、戦いは始まる。
その最中で、隕石は問う。
英雄を知らぬ、無邪気な少年に問う。
『人は日常の中に死を見出す、お前も心のどこかでそれを願ったのではないか』
「願ったことがない、なんていうつもりはない。だけど……! それだけじゃない!」
『シシシシ……それだけじゃない、か!』
隕石は笑う。死の権化は、死以外を語る若者を笑う。
『すべてではない。だが、一部ではある』
「なに?」
『死も、地獄も、審判も、天国も。突き詰めれば一つの感情に帰結する』
隕石は、落下の中で若者だけを見ていた。
『この世界で最も強い感情……ありとあらゆる感情、多くある感情の中で、最強の感情によってわれらはできている』
「感情……感情に、強いも弱いもない!」
『あるのだ! この世界にはな!』
隕石が燃えている、大気との摩擦によって燃え上がっている。
その熱が、周囲一帯へ伝播していく。
『コクソウ技、激痛地形!』
すさまじい熱波によって、周辺一帯の風景さえ赤く染まる。
その範囲内に入ってしまった蛇太郎は、全身に猛烈な熱を受けていた。
「く……で、でも! お、俺が耐えられるのなら……!」
確かにダメージは大きい。だが、蛇太郎という貧弱な人間が即死しない、意識を保っていられる程度である。
戦闘に優れたモンスターならば、熱いと感じてもダメージは受けないはずだった。
「うぅ……!」
「あ、熱い……!」
そう思って、四体を見た。
だが奇妙奇天烈なことに、蛇太郎と変わらない様子だった。
強大なモンスターと貧弱な人間が、同じ攻撃を受けて、同じように苦しむなどあり得ない。
「まさか……モンスターに対しての特効効果が?!」
ありえない、とは言えない。
そうでもなければ、この状況の説明ができなかった。
だが違った、もっと単純で、わかりやすい攻撃である。
「そうじゃない、これは割合ダメージだ!」
自身も熱に耐えているマロンが、熱の中で叫んでいた。
「割合ダメージ……最大HPの何割かを削りつづけるとかいう……ゲームじゃないんだから!」
「わかりやすく言っただけだよ! 厳密には『一定時間経過すると死亡する』とか、そういうタイプの攻撃だ!」
1ターンで最大HPの二割を失う。
五分間留まると力尽きて死ぬ。
なるほど、意味としては同じものである。
「ただ、あくまでも割合ダメージだ。回復し続けていれば、ある程度は耐えられる!」
「全体回復アイテムを使えばいいわけだな!」
全体回復魔法の効果があるアイテムを使用し、熱に耐える四体へ支援を行う。
焼石に水、ではないだろう。このままアイテムを使い続ければ、在庫の限り持ちこたえられる。
だがそれは、相手がこれだけを使ってくる場合である。
『コクソウ技、奈落穴!』
隕石から放たれるのは、大量の黒い渦。
それはまさにブラックホール、落下すれば死あるのみ。
「まずい、落とし穴だ! 落ちたら死ぬ!」
ここは空中だから落ちないだろう。
そんな言葉が無意味に思える、わかりやすい死。
マロンの叫びに、蛇太郎はインプットワンドを握りしめずにいられない。
「タイミングを合わせて活力を込めるんだ! わかりやすく言うと、穴に触れそうなタイミングでボタンを押す感じだ!」
こうなれば、分かりやすい説明はありがたい。
四体のモンスターや自分に向かってくる、大量の穴。
それが接触する直前で、活力をインプットワンドに込める。
「こ、これでいいのか?!」
「そうだ、これでいいんだ!」
活力を込めることで、向かってくる死を回避できていた。
本来ならあらがえぬはずの超重力に対して、空中での跳躍により回避できていた。
その結果を見て、マロンは力強く断言する。
「当たれば死ぬ、それは仕方ない。でも死は避けられる、遠ざけることができるんだ! それが、生きていくってことだろう?!」
「ああ、その通りだ……!」
過酷な環境に居続ければ死ぬ、深い穴に落ちれば死ぬ。
それはとても普通のことで、実際にそうなれば死ぬしかないのだ。
だが、わかっているから避けられる、防げる。
生命はそのように続いている。
『だが避けても避けても迫ってくる、それが死というものだ!』
だがその生命は、死という停止から逃れられるわけではない。
死を克服した命など、存在しない。
『コクソウ技、境界流動!』
周辺を満たす熱気、放たれ続ける奈落。
増え続ける死因、死に至る脅威が、さらに増す。
世界の果てが、のしかかってくる。
畳み掛けるように、押しつぶしてくる。
それはどうにもできない、世界の終わりだった。
「……あれは」
「わかってると思うけど……あれはどうにもできない。避けることも、遠ざけることもできない。だから……」
まだ攻撃さえできていない。
ただ逃げているだけ、その現実を蛇太郎は直視せざるを得ない。
「あの壁は、絶対にどうにもできない。時間が経過すればするほど、僕たちの移動できる範囲が減っていく……そして、最後にはつぶされる」
「……」
視覚効果、というものがあった。
燃え盛る隕石というだけでも恐ろしかったが、それよりも輪をかけて恐ろしい。
見渡す限り、視界の果てが迫ってくる。
それは、まさに絶望だった。いや、それ以上の思考停止だった。
逃げようとする足が止まる、戦おうとする手が止まる、考えようとする頭が止まろうとしてしまう。
まだ体が動くはず、まだ活力はあるはず、まだ生きているはず。
だが、英雄に至っていない彼は、思わずインプットワンドを取り落として……。
「とりゃあああ!」
「あだっ?!」
その取り落としたインプットワンドを、空中でキャッチしたのはリーム。
メイド服を着たままの彼女は、キャッチしたインプットワンドで蛇太郎の頭を叩いた。
「まったくもう、どうしたの? 落っことしたら駄目じゃない!」
「あ、いや……」
灼熱の大気が、未だに彼女を焼いている。
メイド服は焦げつつあり、痛々しいやけども見える。
だがそれでも、彼女は笑っていた。
「もう、しゃんとして! ね?」
「いや、ねって言われても……」
グリフォンのリームは、かわいらしく笑っている。
だがしかし、そのかわいらしさでごまかせるほど、この状況は温くない。
世界が滅ぶ直前で、かわいい女の子が一人笑いかけるぐらいで、人の心が安定するわけもない。
だがもしも、その女の子が……。
「あいつをぶっ倒すだけじゃん!」
かわいい女の子というだけではなく、苦楽を共にする仲間だったなら。
「あいつだって夢だよ! 死ぬとかそんなんじゃなくて、ただのイメージだよ!」
「!」
「やっつければ倒せるんだよ! そんなことも忘れたの?!」
「……ああ、忘れてた」
要は怖気づいただけだった。
世界の滅亡にあらがう力は、確かに自分の中にある。
そしてその活力は、周囲からの刺激によって燃え上がる。
一息入った蛇太郎は、マロンだけではなくほかのモンスターも見た。
「怖気づいたのは、俺だけか」
まともな人間であることが、どこかでこだわりになっていたのかもしれない。
英雄になろうと思っていた自分が、まともであるわけもない。
まともでない人間が、更なる異常になることを躊躇しているだけだった。
「話し合いは終わりだ……行くぞ!」
※
ともに落ちていく、空での戦い。
その行き着く先は、日常たる大地。
落ちきる前に破壊するか、破壊される前に到達するか。
その勝負を決めるのは、生きようとする意志のみ。
(いける……!)
相手は死のイメージの具現、視覚化された死。
つまり、見えている、予測出来る死。
見えているのだから、避けられて当然だ。
未知の手段による攻撃ではなく、あくまでも既知なれば。
学習出来る、知恵あるものにとって問題にならない。
いける、勝てる。
その思いが、活力へと変わっていく。
「メイド技……ホワイトブリム……フラッシュ!!」
メイドのユニフォーム、四体がそろって身に着けている、白いカチューシャ。
メイド技を習得したものが、どの種族でも使用可能なこのショクギョウ技。
これは同時に使用するモンスターの数が多ければ多いほど、その威力を増すという性質を持っている。
単独でも使用可能だが、一種の合体攻撃といえるだろう。
メイドは単体でもメイドだが、やはり大勢いるのが当然。
メイドの群の、群たるゆえん。
メイドたちの協力攻撃に、蛇太郎は活力を込めていた。
一人と四体による大技によって、巨大な隕石は崩壊に向かっていった。
『シシシシ、痛い、痛い、痛いなあ!』
だがそのさなかも、隕石は笑っていた。
『死んでしまうなあ、このままだと我だけ死んでしまうなあ!』
「そうだ……お前だけ死ぬんだ!」
『それが無理だから、こうしているんだがなあ!』
隕石は叫ぶ、蛇太郎は叫ぶ。
『我こそは世界の摂理、本来の理! この夢の世界の、人の無意識の集合体! 故にこの世界がある限り、我は滅びることができぬ!』
「……そうか、お前は哀れだな!」
言っていることの半分も理解できないが、半分わかれば十分だった。
自我を持ってしまった隕石を、蛇太郎は憐れむ。
「だがそれでも……俺はこの世界を守ると決めたんだ!」
憐れんだうえで、活力を注ぐ。
幸せな夢を守るために、蛇太郎は隕石を砕こうとする。
『世界を守るために……この世界を存続させるためにか?』
「そうだ!」
『シシシシ! お前こそが哀れだな!』
四条の光線が、巨大隕石を穿った。
本来なら、大気圏に突入している隕石を砕いても、さほど意味などない。
だが死の具現を砕いたことは、イメージとしての崩壊も意味している。
「勝ったのか……?」
勝利を意識したとき、活力という感情を発揮した疲労が襲う。
だがそれは、つまり残心を怠ったということ。
勝ったという油断が、致命的な隙を生む。
「だめだ、まだ倒せていない!」
マロンが注意を促した、その時である。
『まだだ、まだだ!』
粉砕されて、ばらばらになった巨大隕石。
その内側から、小さな隕石が飛び出してきた。
それは小さいながらも大いに加速し、地表に向けて急降下していく。
『シシシシ! 世界を、世界を……世界を滅ぼす! この夢を終わらせてやる!』
その執念は、どこからくるものか。
幾千幾万もの人が待つ世界へ、終末の隕石が迫る。
『コクソウ技……四終!』
それは、最強の怪物を葬るための技。
それは、無敵の英雄を葬るための技。
つまり、真の国葬技。
一度条件を満たしてしまえば、英雄であってもあらがえぬ絶対の技。
死を司る鉄球、ステージギミックの最終奥義。
『製作済みの結末!』
バッドエンドが確定した状態、ルートが決定した状態。
始まってしまったものは、もうどうにもならない。
定められた結末へ、すべてを終わらせる死が達そうとしていた。
「あ……」
その技の性質を知らずとも、蛇太郎は理解できてしまう。
そもそも、突破されてはいけないのだから。
「まだだ!」
だがそれを、マロンは再び叫んで否定する。
「まだ条件を満たしていない! あのコクソウ技は、まだ止められる!」
「それは……」
「インプットワンドに活力を……気合を入れるんだ!」
まだやれるというのなら、蛇太郎は諦めない。
マロンに燃えている魂が伝播し、蛇太郎も叫ぶ。
「コントローラーのボタンのバネがぶっ壊れるまで連打するんだ!」
「わかった!」
「レバーをガチャガチャするんだ!」
「わかった!!」
「叫べ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
まだ間に合う、まだ届く。
その思いが、活力を爆発させる。
その活力の向かう先は……!
「ご主人様……伝わってるよ! ご主人様の熱い思いが!」
隕石との戦いで、焦げていたリーム。
彼女の体が、衣服が、武装が。
何もかも『一新』されていく。
「メイド技、一新!」
それはメイドからの昇格、さらなる力を得ていく強化形態。
「メイドリーダー!」
より一層豪華となったメイド服を着て、グリフォンのリームはまっさかさまに飛翔する。
大地を滅ぼそうとする隕石を追い抜き、前に回り込み、仁王立ちのように立ちふさがる。
「ご主人様から受け取った活力……ここで出し切る!」
それは、世界を守る最後の希望。
あるいは世界を滅ぼすための、最後の障害。
世界の滅びを行うものと、世界を存続させるもの。
相容れぬ両者が、全力でぶつかり合う。
『シシシシ! 誰も! 誰も望んでいない! この夢が続くことなど、誰も望んでいない!』
「違う……ご主人様から伝わってくるんだ! この世界を守りたいって思いが! ご主人様は、この世界を守りたいって思ってるの!」
『誰もが、待っている! この死を、待ち望んでいる! この夢の、幸福なだけの日々の結末を!』
隕石は大いに小さくなっていた。
一時は一つの山ほどもあったはずだが、今や大きめの家程度。
だがそれでも、グリフォン一体で止めきれる大きさではない。
「まだまだ、もっともっと、たくさん面白いところがあるんだから! ご主人様を誘って、いろんなところを見て回るんだから!」
だがそれでも、彼女の体に流れ込む活力が、その背を押している。
「この面白くて楽しい世界を……いろんな人の夢を、終わらせない!」
猛禽類のかぎ爪を、拳のように握りしめて。
「世界は、終わらせない!」
世界は、まだ終わらない。
蛇太郎の冒険は、まだ始まったばかりなのだから。
「メイド技……奥義!」
攻撃偏重の職業、メイド。
その中で唯一の、攻撃の被弾を前提とする技。
接近戦でしか使えない、接触した相手を吹き飛ばす技。
その名も……。
「メイド・アンタッチャブル!」
触れられるが、触れてはならぬ者。
それへの制裁が、隕石へと叩き込まれる。
「おさわりするお店じゃありませ~~ん!」
『ぐ……!』
迷惑な客への制裁。
招かれざる脅威を退ける打撃は、ついに隕石のかけらを粉砕した。
『シシシシ……あと少し、あと少しで、発動できたものを……』
一定時間の経過によって発動できる、コクソウ技、四終イベントムービー。
あと少しで完全に発動し、この世界を粉砕し、夢を滅ぼすことができるはずだった。
その発動が未然に防がれたことで、悔しそうになりながらも、ステージギミックは消えていく。
「……終わりだ。あと三体も、必ず俺が倒す」
隕石の残骸は、吹き飛ばされていた。
真上に飛ばされたことで、リームの傍から蛇太郎の傍に移動していたのである。
「この夢の世界は、確かにいびつで、変なところもある。だが……それでも、俺はこの世界を守ると決めた」
『……』
「お前が意志を持ってしまった、自殺願望だったとしても……その意義を達成させるわけにはいかない」
迷いのない顔は、葛藤を越えた証。
落下の中でも伝わる、確固たる信念。
それを見た隕石は……。
『シシシシ……仕損ずれば、お前も死ぬぞ?』
死の権化は、脅すように尋ねていた。
「それでもいいさ、命を懸けてこそ仲間だ」
それは、蛇太郎の求めていた仲間。
重い友情を期待していたからこそ、この使命にも覚悟を決めていた。
『……シシシシ!』
隕石は、その返答に満足していた。
『シシシシ! そうか、そうか! マロンよ……夢の世界の守り手よ! お前はついに間違えたな!』
活力を使い切って、息を荒くしている蛇太郎。
彼のすぐ傍に居るマロンへ、隕石の残骸は塵になりながら笑った。
『お前が呼んだその男は! この世界を滅ぼす! 必ず、必ずな!』
笑いながら消えていく、死のイメージ。
それは負け惜しみ、と呼ぶにはあまりにも不吉だった。
だが言われた蛇太郎も、マロンも、決してそれに動じていなかった。
「……マロン、俺は」
「言わなくていいよ、蛇太郎。あんなたわごと、真に受ける奴はいないさ」
世界を守る、多くの人の夢を守る。
その使命がある限り、蛇太郎はもう迷わない。
風圧があるようでないような、そんな世界で、蛇太郎は下を向いた。
そこには、見渡す限りの平穏な世界がある。
心のどこかで終末を切望していて、それでも毎日を明るく楽しく過ごす人々。
「……現実の世界と変わらない、守るべき世界だ」
誰も、自分に感謝なんかしないだろう。
それでもかまわないと、蛇太郎は思った。
それこそが、名前を残さなかった英雄たちの、共通している誇りなのだから。
「ああ! その通りさ!」
「……ところでマロン」
だんだん近づいてくる地表。
それを見ながら、蛇太郎はふと疑問を抱いた。
「これって、着地はどうするんだ?」
※
接近してきた隕石が、空中で爆発した。
その光景を、日常の世界の人々は見ていた。
誰もがあっけに取られて、しばらくの間固まっていた。
だがその破片が燃え尽きていく様を見て、破滅が訪れなかったことを理解して。
ちょっと残念そうになりながらも、それでも日常に戻っていった。
結局その程度のことである、破滅が訪れても訪れなくても、人々は特に困っていなかった。
蛇太郎やマロンの頑張りに思うところもなく、むしろ知ることもなかった。
だがしかし、隕石の衝突が未然に防がれたことで、思うところのある者もいた。
「……相田さん!」
「阿部君……」
世界が滅ぶからと、諦めていた二人。
どうせ思いを伝えあっても、何の意味もないのだと、未練にまみれながらも諦めていた二人。
だが隕石の衝突が防がれたことで、一念発起していた。
「実は、相田さんに伝えたいことがあるんだ……!」
「……」
「聞いて、くれますか?」
顔を赤くしている二人。
阿部という男子生徒の問いに、相田という女子生徒は顔を赤くして頷く。
「……!」
もちろんその頷きは、話を聞くだけということ。
話の内容はまだ口にしておらず、これから話す内容に同意してくれたわけではない。
いや、しかし。
そもそもこの状況で、話を聞くということは。
つまり、そういうことであろう。
「俺は……相田さんのことが……」
その時である。
空から降ってくる、五つの影。
それが学校の屋上に着陸した。
否、墜落した。
「きゃああああ!」
「うわあああああ!」
余りのことに、抱き合う二人。
どうしたものかと思った二人は、何があったのかと墜落したところへ近づいていく。
するとそこには、クッキーカッターでくりぬいたかのように、人やモンスターの形の大きな穴が開いていた。
そこから覗き込むと、天井を貫いた先、学校の最上階の教室でうめく人の影があった。
「た、大変だ!」
「きゅ、救急車呼ばないと!」
もはや告白どころではなく……二人は慌てて屋上から最上階に戻り、うめく一行を助けに行くのだった。
ちゃんちゃん♪
もう空中戦は、こりごりだよ~~。




