夢の中のモンスター
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巨大隕石の落下。なるほど、わかりやすく世界の終わりである。
いつ滅ぶのかはっきりしているし、世界中の全員が死ぬことであり……。
もう諦めるしかない、そんな事態である。
トラックにはねられるとかならば、死なない可能性はある。死ぬとしても、めちゃくちゃ苦しんで死ぬこともあるだろう。
だが母星が吹き飛ぶほどの巨大隕石なら、苦しむ暇もなく死ぬ。
どんなにひねた考えの持ち主でも、母星が滅びれば生きていられるとは思うまい。
まさに、死のイメージだった。
その隕石を見上げながら、蛇太郎は学校内のベンチに腰を下ろしていた。
周囲では騒がしい文化祭が行われていて、多くの生徒たちが楽しそうに過ごしている。
(……言いたくないが、救うという気にならない)
蛇太郎は基本優しいのだが、善意の塊ではない。
他人を傷つけたくないと思っている一方で、困っている人を見捨てられない、という程でもない。
そんな彼は、この世界を積極的に助けたいと感じなかった。現地人がのんきに遊んでいるのに、命を懸けて全力で戦いたいと思うわけもない。
(苦しんでいる人の存在を求めていたわけじゃない、本当だ。でも助かりたいと思ってない連中を、助けたいと思うわけもない……)
気のせいだろうか、誰もが自分の死を喜んでいるようですらある。
世界が滅びてみんなが死ぬことを、歓迎しているようですらあった。
これが現実世界ならともかく、夢の世界である。
救いたいと思うことさえなくなっていた。
(ここは夢の世界だろう……滅びてもいいような気がしてきた……)
その所感を口に出さないあたり、彼は真面目だった。
「もしかして、この世界が滅びてもいいと思っているかい?」
そんな内心を察したのか、マロンが問う。
それに対して、蛇太郎は即座に返答ができなかった。
心の中を明かすことも、嘘を言うこともできなかった。
「……あのさ、ここは夢なんだよな?」
「うん、もちろんさ。もうわかっているだろう?」
「ああ、確認しただけだ。疑ってない」
夢にしては、夢がない。
空想の世界にしては、現実に寄せすぎている。
それこそ、テーマパーク程度の『夢の世界』だ。
少なくとも、『環境』については現実で再現可能だろう。
「でも……この夢は必要な夢なのか?」
現実の現代が戦乱の世で、かつての平和な時代へ思いをはせている、というのなら理解できる。
確かにこんな幸福な日常を、夢想として抱くこともあるだろう。
だが蛇太郎の知る『現代』では、こんな光景など珍しくもないのだ。
違うのは、誰もが笑顔、誰もが幸福で満ち足りていることだろう。世界が滅びかけていると分かっているのに、楽しそうなことだけだ。
「ははは、そう思うのも無理はないよ。でも夢ってこういうものだよ?」
夢の住人であるマロンは夢の無いことを言った。
「僕はあんまり現実に行けないけど……多くの人がみる幸せな夢は『日常の中の幸せな時間』さ。想像するのが簡単だからね」
「……それもそうか」
ゲームクリエイターや漫画家、イラストレーターのような『夢を現実にする』職業ならともかく、一般人では『現実に存在しないもの』を具体的に脳内で描けるわけもない。
(誰もが知っているもの、思い描けるものしか『夢の世界』には存在できない……当たり前だな)
この世界はイメージで構成されているので、『誰もが知っているもの』しか存在しない。
なので物流が無くてもお店には食材が並んでいるし、発電所がなくてもコンセントは通電している。
専門家しか知らない、詳しくないことは、この世界には存在しえない。しなくても世界は回っている。
夢の世界なのだから、ある意味当然だ。
「それに……君だってわかってるはずだよ? この世界がどれだけ凄いのかをね」
「……まあ」
「少し歩いてみようよ。そうすればきっと、君もよくわかるさ」
マロンに促されて、蛇太郎は学校の中へ入った。
校舎の中は文化祭とは切り離されており、誰もが友達とたわいない話ばかりしている。
同性と話している生徒もいれば、異性と話している生徒もいる。
誰もが楽しそうで、幸せそうだ。
(夢、か……)
青春の只中にいる蛇太郎は、この光景に切なさを感じた。
学校というものに憧れていた幼児のころは、これが普通だと信じていた。
学校に行けば友達ができて、毎日楽しくて、行くのが楽しみになると疑わなかった。
実際に、そんな生徒もいたんだろう。
だが蛇太郎はそうでもなかった。
夢見がちな一方で、現実も見てしまう。
そんな彼には、あんなに幸せそうな時間はなかった。
(あの中のどれぐらいの子が、実生活でも幸せに過ごしているんだろうな)
幸せな日々を過ごす人が、幸せな夢を見る。それは普通のことだ。
だが幸福な日々に憧れる人が、憧れをそのまま夢に描くことだってあるだろう。
(もしかしたら俺だって、この世界に来ていたのかもな……そしてああやって、楽しく友達と過ごす日々を……)
想像していると、気恥ずかしくなってしまった。
情けないことである。学校を卒業してしまった後で悔やんでいたり、特別な事情で通えない人ならともかく……。
やろうと思えば実際にああした輪に入れる自分が、届かぬ夢のように憧れているなど。
それこそ、赤面であろう。
(いやいや、夢に見るぐらいなら……それはまあ……)
改めて、他人が見ている夢であることを実感してしまった。
意図したことではないし個人が特定できるわけでもないが、究極のプライバシー侵害と言えるのではないか。
他人が胸の内に秘めている憧れを、冷静かつ客観的に見ている。
もしも自分が同じ立場だったらと思うと、恥ずかしくてかなわない。
(俺の知り合いとかいないだろうな……キスシーンとか見たら、洒落にもならないぞ)
理想の学校生活の舞台だというのなら、それこそ不純異性交遊だってありえるだろう。むしろそれが普通ではないか。
ちょっと人目がないところに行けば、『そういう』光景も見てしまいそうである。
「なんか帰りたくなってきた……」
この世界を守るとか守らないとか以前に、まず他人の夢から出たくなった。
良くも悪くも、ここは正気の人間がいていいところではない。
(疎外感が凄い……)
この世界を救う。その言葉が、余りにも虚しい。
文字通りの意味で虚しい、かなりやりがいがない。
自分の知っているものしかないのに、異世界に来たようだった。
自分の知っている文化しかないのに、異民族に囲まれたようだった。
ホームシックにかかってしまった彼は、校舎の中から出ていこうとする。
マロンの嘆願を無視するわけではないが、奮い立つ何かが湧き上がらないのだ。
(人の居ないところに行きたい……夢の世界に、そんなものないだろうけども……)
校舎を出た彼は、必然学園祭の行われている場所へ来た。
せめて、自分の知らないところへ行こうとしていたら……。
「相田さん……その……えっとさ……」
「な、なにかしら?」
案の定というべきか、『そういう場面』に出くわしてしまった。
一人の男子生徒が、一人の女生徒を誘おうとしている。
手にはチケットを持っているので、学際のコンサートか、それに類するものだろう。
(……俺が見ないほうがいいだろう)
公衆の面前で行われていることではあるが、見ないほうがいいと思っていた。
夢の中の出来事である、どうせ成功するに決まっている。
いや、夢の中の出来事以前に、二人を見ていればお互いを憎からず思っていることが分かっている。
別にプロポーズをするわけでなし、二人でコンサートを見るぐらいなら……。
「……あ、あの、いや、うん……ご、ごめん、何でもないんだ」
「え?」
(は?)
しかし、なかなかどうして。
夢の中であるにもかかわらず、男子生徒の方がへたれた。
この男子生徒、夢の中でまで意中の女子を誘えないのである。
「こ、声かけちゃってごめんね? と、友達と一緒に楽しんでよ」
「……そ、そう……阿部君も、友達と楽しくね」
(いやまあ……ありえないとは言い切れないけども)
君にぞっこんで夢に見る。
夢の中でさえ君に声もかけられない。
そんな、なんかの歌詞のような展開が、目の前で起きていた。
相手のことを神聖視しすぎるあまり、近づくことさえ怖がっている。
阿部と言う男子だけではなく、相田という女子もまた同じような状況だった。
想像を絶する甘酸っぱい状況に、蛇太郎は思わず体が固まっていた。
「……じゃ、じゃあね!」
「う、うん!」
第三者である蛇太郎でさえ、この状況には耐えがたいものがあった。
ましてや当事者である相田が耐えられるわけもなく、彼女は顔を真っ赤にして去っていった。
「お……俺に勇気がないばっかりに……」
自分が半端なことをしてしまったせいで、彼女を傷つけてしまった。
それを後悔する、阿部の嘆きは深い。
(……わかる)
誰に聞いても、阿部が悪いというだろう。実際蛇太郎もそう思っている。
どうせしり込みするのなら、そもそも声をかけなければいいのに。
声をかけなければ傷つけずに済んだのに、なぜ声をかけた後でしり込みするのか。
しかしその気持ちは、蛇太郎にはわかる。
突き詰めて言えば、ただ怖いだけなのだが、その怖さが分かるのだ。
蛇太郎自身、同じような状況で同じことをしないとは言えない。
誰かへ思いを伝えるのは、とても怖いのだ。
「こういう夢を見る人もいるんだな……」
「そうだよ。でもこういう夢だって、悪いものじゃないさ。夢で見たことを、必ずしも現実で繰り返すわけじゃないしね」
ある種感心する真面目さをみて、蛇太郎がつぶやく。
それに対して、マロンは補足をしていた。
「夢で見て後悔するから、その分本番では勇気を出す……ってことか?」
「その通りさ、今の人たちが現実でも学生とは限らないけどね。でも社会に出た人だって、学生のように初心な気持ちを持っているものだよ」
「……」
マロンの言葉を聞いてから、蛇太郎は周囲を見た。
少々の例外があるものの、お気楽で能天気なこの世界を見渡す。
「……この幸せな世界は、守らないといけないのかもな」
この『日常』で起きることは、現実世界でも達成可能なことである。
現実に酷似している世界だからこそ、逆に実現可能なことしか起きない。
お祭りを楽しんだり、友人とたわいもない話をしたり、街でたわいもない時間を過ごしたり。
ちょっと勇気を出せば実行可能で、運がよければ達成可能なことだ。
だがそのちょっとの勇気や、ちょっとの幸運が、どれだけ難しいのか。
他でもない蛇太郎は、よく知っていることだ。
楽園で生まれ育ち、何不自由のない生活を過ごしてきた、どこにでもいる普通の『幸福な市民』である蛇太郎。
勝利歴やそれ以前の時代からすれば、夢にも描けない恵まれた環境で過ごしているのだが。
それでも、なんの鬱屈もない、と言うわけではないのだ。
この能天気な夢を見ている人たちも、現実ではどれだけ辛い思いをしているのかわからない。
他人からすればどうでもいいことだったとしても、本気で悩んで苦しんでいるのかもしれない。
「この世界が壊れたら、夢が終わる。幸せな夢さえ見れないのは、きっと辛いな」
「そうさ、夢を見ることが罪であるわけがない。夢見ることは、誰にだって許されているんだよ。そうじゃないなんておかしいよね」
マロンの言葉を聞いて、蛇太郎は空を見上げた。
相変わらず、そこには巨大な隕石が見える。
「権利は、あって当然のものじゃない。みんなで守るものだ……少なくとも俺は、そう教わった」
誰であっても、ストレスの無い夢を見る権利はある。
それを何者かが侵害するのであれば、誰かが権利を守るために戦わなければならない。
「この締まりのない世界は……誰に迷惑をかけているわけでもない。それを踏みにじる奴がいるのなら、俺は……」
蛇太郎は、阿部を見た。
今もしょぼんとしている、自分の似姿がいた。
「俺は、この夢を守るよ」
「……そうかい、ありがとう」
蛇太郎の決意を聞いて、マロンは嬉しそうに笑っていた。
「君がその気になってくれてよかった、それじゃあ仲間を集めようか。流石に君だけじゃ、何もできないからね」
「……ちょっと待ってくれ、仲間ってどこにいるんだ?」
この世界は、人間の夢だ。細かいことを抜きにしても、夢を見たモンスターはここには来ない。
もちろん文字通り『夢うつつ』となっているモンスターが、仲間になって戦ってくれるとは思えないのだが。
「まさか今から現実に戻って呼んでくるとか?」
「それなら、モンスターを仲間にしている人を呼ぶよ。そうだろう?」
「……それもそうか」
蛇太郎には仲間がいない。
その蛇太郎に声をかけたのだから、マロンは最初から『現実のモンスター』を当てにしていなかった。
「確かにここは人間の夢だ。だから普通のモンスターは、ここにはいない。でもね、あの終末の怪物たちと同じように……夢の世界で暮らすモンスターはいるんだよ」
「……まさか、サキュバスか?」
夢の世界で暮らすモンスターと聞いて、真っ先に思いついたのは絶滅したはずのサキュバスだった。
悪魔の亜種であり、人類を捕食する者たち。サキュバスクイーンの血肉となった『総体』を除いて、とっくに消えたはずのモンスターだった。
「いや違うよ」
「……そ、そうか」
あっさり違うと言われて、蛇太郎は思わず恥じた。
やはり素人は、うかつな発言をするべきではない。
「夢の世界にいるモンスターたちは、現実世界に居場所が無いんだ。つまり……」
マロンが説明を始めた、その時であった。
空に浮かぶ巨大な隕石に、非現実的なことが起こった。
「……な、なんだ? 隕石が、割れた?」
非現実的なことに、はるかかなたの隕石から割れた音がした。
巨大な隕石からかけらがいくつも分離して、その上地表に降ってくる。
本体である巨大隕石はまだ遥か彼方なのに、割れたばかりの隕石のかけらだけが先に接近してきているのだ。
「まずい……終末の手先、眷属だ!」
「……つまり敵か!」
かけらの一つが、遠近感さえも無視して蛇太郎たちのいる学校へ降ってくる。
流石に蛇太郎たちの居るすぐそばへ来ることはなかったが、それでも校舎の近くに『着弾』した。
本来なら隕石の衝突など、目視できるものではない。また同時に、近くに落ちれば相当の威力になるだろう。
だがそうした脅威の意味でも、物理法則は無視されていた。
少しばかり大きな音はしたし振動もあったのだが、校舎のガラスさえ割れず出店一軒倒れることもなかった。
「……もう来たってことなのか」
「……うん、そうみたいだ」
だがそれでも、マロンも蛇太郎も、顔が硬い。
敵がすぐ近くに来ていて、仲間のモンスターがいない。
それがどれだけまずいのか、マロンこそが分かっている。
焦っているマロンを見て、蛇太郎も状況の深刻さを理解していた。
「きゃあああああ!」
絹を裂くような乙女の悲鳴。
それは隕石のかけらが落下した先から聞こえたもので、誰かが襲われていることは明らかだった。
「相田さん!」
その声に反応したのは、阿部だった。
彼にはわかったのだ、意中の相手の叫びであると。
「……!」
走り出した阿部を、蛇太郎は追おうとする。
そんな無謀を、マロンは止めなかった。むしろ自分も、大慌てでそれに続いている。
「眷属であっても、力は本物だ。このままではあの子の夢が終わってしまう!」
好意を抱いている男子から誘ってもらえると思ったら、相手がしり込みしてうまく行かなくて、悲しくなって逃げたら隕石がぶつかってきた。
まさに悪夢という他ないが、防げるのなら防ぎたかった。
「相田さん!」
「阿部君!」
そしてたどり着いた先には、奇妙なモンスターが存在していた。
空中で静止しているにも関わらず、『尾』を引いている隕石。
まるで人魂のように揺らめくそれが、相田に向かって接近しつつあった。
その大きさは、玉乗りで使用するボールほどだった。加えて高温を放っており、近づくだけで危険であると分かってしまう。
これがぶつかれば、それこそ死ぬだろう。見ただけで脅威だと、納得できる怪物だった。
「相田さん!」
その威容を前にして、阿部は走った。
なんの意味もないと知ったうえで、相田をかばうように抱きしめたのである。
「!」
それは、蛇太郎にとって初めて見る『本物の愛』だった。
夢の中だからこそ、一切の偽りも打算もないとわかる。
本当の願望。それしかない世界だから、その光景は尊い。
重すぎる愛が、この軽薄な世界に現れていた。
「駄目だ!」
二人まとめて、潰され燃やされそうになる。
それを見て、マロンが絶叫した。
その声に押されるように、蛇太郎は駆けだしていた。
「……!」
守りたかった。本物の愛を、そこにある想いを守りたかった。
「駄目だ!」
そこが夢の世界だからか、蛇太郎は間に合った。
地面に倒れたまま抱きしめ合う二人を背に、無謀にも災厄を前に立ちふさがる。
「この夢は……ここで終わっちゃダメだ!」
その時であった。
「そうさ、ご主人様。この夢は終わらせちゃいけない!」
一陣の風。
鷹の翼をもつ怪物が、獅子の足で災厄を蹴り飛ばす。
「……?!」
蛇太郎は、目を疑った。
まだ背中しか見えていないが、それでも異常さが分かる。
瘴気のある魔王の故郷ならまだしも、楽園には存在しないはずの分類。
明らかに通常の生物とは異なる、ありえない怪物。
「シュゾク技……ライオンキック!」
鷹の上半身と獅子の下半身をもつ、あまりにも有名な想像上のモンスター。
「グリフォン……!」
災厄を蹴った彼女をみて、蛇太郎は理解した。いいや、再確認した。
ここは、夢の世界だと。
「その通り、私はグリフォン! グリフォンのリーム! 御主人様と一緒にこの世界を守る、夢の世界の住人だよ!」
※
楽園にもハーピーは存在する。人間の手足の代わりに、鳥の翼とかぎ爪を持つ者たちだった。
だが彼らは、『四肢』であって『六肢』ではない。翼があって手足もあって、と言うわけではないのだ。
だがこのグリフォンは違う。羽毛に覆われた頭がある一方で、かぎ爪のような手があって、背中に鷹の羽が生えている。その上で下半身は獅子、ネコ科の猛獣めいているのだから、奇妙な姿と言う他ない。
全体的なシルエットは悪魔や天使に近いが、ハーピーも天使も知っている蛇太郎からすればまさに奇怪な存在だった。
「さあ、ぼうっとしている場合じゃないよ! 私だけじゃアイツを倒せないんだから、力を貸して!」
その奇怪な存在に、助力を促された蛇太郎。
彼はそれを聞いてようやく、蹴り飛ばされた隕石が再び接近してくることに気付いていた。
「力と言われても……!」
悲しいかな、蛇太郎は先祖返りではない。マジックアイテムを持っているわけでもないので、貸せるような力など持ち合わせがなかった。
「これを使うんだ、蛇太郎!」
その困惑に対して、マロンが回答を示す。
大きめの水晶がはめ込まれた、金属製の魔術杖。
それを受け取った蛇太郎は、何が何やらわからない。
「それはインプットワンド! 悪夢を破る補助の杖なんだ! それは現世の人間である君にしか使えない!」
「つ、使う? 俺は魔力とかはほとんどないんだけど……」
モンスターがショクギョウ技で使う武具、それに酷似ているからこそ困惑する。
これをどう使えば、力になるのかわからない。
「大丈夫! それは現世の人間である君の、その強い心を動力にしているんだ! 強い活力を込めれば、それは悪夢を打ち破る力になるんだよ!」
「具体的に言ってくれ!」
魔力は体の中にないので、込めようがない。
活力ならあるだろうが、それを杖に込めろと言われても困る。
どこにいる誰でもわかるように、具体的に説明して欲しかった。
「ゲームのコントローラーにあるボタンを、特に意味もなく連打するぐらいの気持ちを込めるんだ!」
「……わ、わかった」
分かりやすいが、活力の削がれる説明だった。
しかし実際、目の前に脅威が迫っている。
ここでやる気を出さなければ、何も守れない。
「う、うぉおおおお!」
特に意味もなく大きな声で叫びたくなる、無意味と知っても決定ボタンを連打したくなる人の業。
それを杖に込めると、その水晶がまばゆく輝いていく。
「きたきたきた! 行くぞ~~!」
その輝きに応えるように、グリフォンのリームもまた輝いていく。
悪夢の眷属である隕石のかけらへ、強力な一撃を与えようとしていた。
「ムゲン技! テンションアッパー!」
現世の人間だけでは夢に触れえず、夢の住人だけでは悪夢に勝てない。
人間の活力が夢の住人に加わることで、ようやく達成できる悪夢の撃破。
蛇太郎によって強化されたリームが、先程とは比較にならない威力の技を放つ。
「シュゾク技……ライオンキック!」
技自体は、先ほどと同じだろう。
だが先ほどは吹き飛ばされただけの隕石が、今度は粉みじんに散っていた。
まさに悪夢の撃破と言うしかない光景、花火のようにちる眷属と、それを成した『仲間』に蛇太郎は目を奪われていた。
「すごい……」
感じられたのは、確かな感触。
己の心が彼女の力になり、敵を倒したという実感。
「ありがとう、よくやってくれたね蛇太郎!」
初戦果に震える蛇太郎を、マロンは労った。
これからたくさん戦うことになる彼ではあるが、その一歩目は順調なものだった。
「改めて……私はグリフォンのリーム! よろしくね! なんなら名前は好みのをつけてもいいよ!」
「あ、いや……その……ちょっと待ってくれ」
余りの急展開に思考停止しかける蛇太郎。
押し寄せてくる情報の波に、思わず屈しかけるが……。
元より優しいのがこの男、ふと振り向いて、庇っていた男女へ話しかける。
「その……大丈夫ですか?」
夢うつつのままであろうに、ぼけっとしていた二人。
相田と阿部は、自分たちが抱きしめ合っていたことに気付く。
「……きゃああああああ!」
「へぐ!」
相田は思わず、阿部を突き飛ばしていた。
及ばずながらも自分を助けようとしてくれた、自分からも抱き着いていた相手を、着き飛ばすという暴挙。しかもそのまま走り去っていくという、失礼の極みだった。
しかし年頃の乙女としては、正常な反応と言う他ない。
「……はあ」
そして残された阿部もまた、礼を言うどころではなかった。
「……結局、誘えなかったな」
夢の中の出来事だからだろう、心のままに言葉を出していた。
どうやら彼にとって、窮地を脱したことよりも、好意を寄せている相手を誘えないことの方が、よほど大事であるらしい。
「……もうすぐ世界が滅ぶのになあ」
空を見上げて、意気地のないことをいう阿部。
やはり夢の世界にいる彼は、この世界が滅ぶことを知っていた。
見事なほどに、会話がかみ合っていない。
しかし蛇太郎は、一方的ながらも相手のことを理解していた。
「滅ばない、俺が滅ぼさせない」
己が何をするべきなのか、その意義を確かめて。
蛇太郎はマロンとリームに話しかけた。
「二人とも……俺は戦うよ、この夢を守るために」
その顔は、戦うことを決意した表情だった。
それを見てマロンは笑い、リームもまた微笑んでいる。
だが誰もが、これから夢の世界に起きる異常事態を、想像さえしていなかった。




